ようこそ心配事が多い教室へ   作:御米粒

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最寄りの本屋に5巻まだ置いてませんでした!


4話

 軽井沢が泣き止むまで何分経っただろうか。

 俺は彼女の頭を撫でたり、抱きしめたりもせず、ただ上着に隠された手首を凝視していた。

 

「ごめん……。急に泣いちゃって……」

 

 瞳を赤くした軽井沢が申し訳なさそうに言う。

 

「気にするな」

 

 それより軽井沢の手首が気になる。

 もし手首にリストカットの傷跡があれば、脇腹の傷跡も自分でつけた可能性が高くなる。

 逆に手首に傷跡がなければ、事故か何かで負ってしまったのだと納得できる。

 

 ……いや、待て。

 

 軽井沢は俺に告白したいじめの内容はほんの一握りで優しいものだと言っていた。

 俺には十分酷い内容だったが、あれより悲惨な被害だと傷跡が残るくらいの暴力や性的暴行が考えられる。

 

 まさか中学の同級生に刃物で傷つけられたのか?

 

 最近の中学生ってそこまでエグイことをするのだろうか。

 わからない。

 岩手の田舎で育った俺にはわからない。

 急に都内在住の学生が怖くなってきた。

 現在、俺も都内在住の学生だけど。

 

 とりあえず軽井沢に自傷癖がないか確認をしなければいけない。

 確認しないと彼女の手首が気になって気になって仕方ない。

 しかしどうやって確認する?

 本人に直接確認するのはアウトだ。

 そんなデリカシーがないことは聞けない。

 

 どうにかしてパーカーを脱がせよう。

 

 衣替えまで待つ選択肢もあるが、まだ4月の上旬だ。先が長すぎる。

 それに不安は放っておくとどんどん大きくなる。

 ただでさえこの学校は心配事が多そうだから、軽井沢の手首のは今のうちに確認しておきたい。

 ならばやることは一つだ。

 

「しかし4月だっていうのに今日は暑いな」

 

 まずは暑さをアピールしてパーカーを脱がせる作戦だ。

 

「特に暑くないけど」

 

 くそ失敗した!

 暖房をつけておけばよかった!

 だがまだパーカーを脱がせる方法はある。

 

「悪い悪い。暑いと寒いを言い間違えてしまった」

「う、うん……」

「今日は寒いな」

「確かに涼しいかもね」

「そんな薄手のパーカーじゃ寒いだろ。俺の上着を貸してやろうか?」

「いや、これで十分だけど。それに薄手じゃないし」

「……そうか」

 

 またもや失敗!

 軽井沢が寒がりだったらうまくいったのに!

 

「さっきからどうしたの?」

 

 懐疑的な目を向ける軽井沢。

 仕方ない。

 ここはいったん撤退だな。

 

「何でもない。とりあえずこれからの話をするか」

「これからの話?」

「軽井沢を守るって言っただろ。その話だよ」

「あ、うん」

 

 軽井沢は頬を紅潮させ頷く。

 

「まだ入学して一週間しか経ってないけど、女子もある程度グループは出来ただろ?」

「そうね」

「軽井沢がわかる範囲でいいから教えてくれないか?」

「わかった。あたし、松下さん、佐藤さん、篠原さんのグループはわかるでしょ?」

「もちろん」

「あとは櫛田さんが中心としたグループ。櫛田さん以外は大人しい子が多いと思う」

 

 櫛田は王、井の頭と一緒にいることが多い。

 確かに見た目は大人しそうな子たちだ。

 

「次に小野寺さんのグループ。運動部に所属してる子が多いかな」

「運動部か」

 

 軽井沢は続けて女子のグループを説明してくれた。

 

「最後にどこのグループにも入ってないのが堀北さん、佐倉さん、長谷部さんね」

「教えてくれてありがとう。ちなみにグループ間同士でトラブルはあったりしないよな?」

「ないない。さすがに一週間で衝突したりしないって」

「だよな。ちなみに相性悪そうな人はいるか?」

「今のところ堀北さんくらいかな」

「逆に堀北と相性いい人いるのか?」

「いないかもね」

 

 苦笑を浮かべる軽井沢。

 ちなみに俺は堀北とはポイントの質問をされてから絡んだことはない。

 たまに隣の席の男子と話すようだが、親しい生徒はいない。

 コミュ力おばけの櫛田でも仲良くなれないようだから、俺や軽井沢が堀北と親交を深めることはないだろう。

 

「現状は友人関係で問題はなさそうだな」

「うん」

「恐らくこのままいけば女子のスクールカーストのトップは軽井沢か櫛田になると思う」

 

 容姿やコミュ力を考えれば松下がトップでもおかしくないが、彼女は一歩引いて見守るタイプだ。

 軽井沢のグループでも佐藤や篠原の手綱をうまく握っている。

 

「いじめられっ子のあたしがスクールカーストトップって笑っちゃうわよね」

「過去を無視すれば軽井沢の容姿や性格なら当然だと思うけど」

「……だからほめ過ぎだってば」

 

 軽井沢が何か呟いたようだが、俺は考え事をしながら話してるので聞き取れなかった。

 

「とりあえずこのままでいいんじゃないか?」

「本当に?」

「ああ。俺や松下たちと仲良くしつつ、他のグループの生徒たちともたまに遊んだりすれば大丈夫だろう」

 

 他グループとの繋がりは櫛田が取り持ってくれるだろう。

 

「あとは……絶対いじめはするなよ?」

「わかってるわよ」

「気弱な子たちに高圧的な態度もNGだからな」

「……うん」

「軽井沢なら必要以上に強く振る舞わなくても問題ない」

「そ、そうかな……?」

「ああ。ちょっと強気なくらいの方が可愛らしく見えるってもんだ」

「ふぁっ!?」

 

 スクールカーストトップだからといって高圧的な態度を取り続けると痛い目を見る可能性は高くなる。

 些細なことがきっかけで立場を失った女子を見たことがある。

 軽井沢にはスクールカーストトップを維持しつつ、櫛田の次くらいに頼りにされる存在を目指してもらおう。

 そうすれば彼女がいじめの被害にあう可能性はぐんと低くなる。

 

「軽井沢」

「ひゃっ!?」

 

 俺は両手で彼女の華奢な左手を握った。

 

「明日から頑張ろうな!」

「は、はひっ……」

 

 彼女の左手を握りしめたまま、ぶんぶんと上下に揺らす。

 ちなみに軽井沢の手を揺らしているのは、しっとり吸い付いてくるような彼女の手の感触を味わうためではない。

 パーカーの袖をずらし、手首を確認するためだ。

 軽井沢は右利きなので、リストカットをするなら左手首にするはずだ。

 

「あわわ……」

 

 急に手を揺らされて軽井沢が戸惑っているが我慢してもらう。

 何度も上下に揺らしているとだぼだぼだったせいか勢いよく袖が捲れ上がった。

 

「なにかあったら絶対守るからな!」

 

 軽井沢の左手首には――――――傷跡はなかった。

 

 むしろ透き通るような白さに心が奪われそうになった。

 危うくその白さを守るために、日焼け禁止令を発令させるところだった。

 

「ちょっ、離してよっ……!」

「あ、悪い」

 

 目的は達成した。

 これで安心して寝られる。

 

「いきなりなにすんのよ!」

「悪い。つい興奮してしまった」

「こ、興奮って……」

 

 軽井沢が身構えながら俺から距離を取る。

 

「そっちの興奮じゃないぞ?」

 

 結局、軽井沢はポニーテールを勢いよく揺らしながら部屋を後にした。

 どうやら手を握る行為は彼女にとって許容範囲外だったらしい。

 帰り際に「そういうのは付き合ってからにしてよね」と怒鳴られてしまった。

 まったく純情乙女すぎて困るぜ。

 

 

♦♦♦

 

 

「茶柱先生、おはようございます!」

「今日も来たのか……」

 

 翌朝。日課のごとく俺は茶柱先生に質問するために職員室に来ていた。ちなみに松下は寝坊したとのことで今日は俺一人だ。

 俺の質問タイムは職員室内で当たり前の光景になっているようで、くすくす笑っている先生がちらほらいらっしゃる。

   

「今日の質問はなんだ?」

「はい。今日の体育は水泳なんですけど、四月なのに水泳の授業をするのは何か理由があるんですか?」

「それには答えられない」

「つまり何か意味はあるってことですね。ありがとうございます」

 

 茶柱先生が答えられない場合は肯定と捉えている。

 

「はぁ。ほかに質問は?」

「今日は一つだけです。教室に戻ります」

「ああ。遅刻しないようにな」

「はい。それでは失礼します」

 

 丁寧にお辞儀をしてから踵を返す。

 

「きゃっ」

 

 タイミング悪く俺の背後を通ろうとした女子生徒とぶつかりそうになってしまった。

 

「あ、すみません」

「いえいえ。私の方こそすみませんでした」

 

 お団子ヘアの女子生徒は後ろに仰け反っただけだった。

 

「確か立花くんですよね。毎朝茶柱先生に質問しに来るという」

「はい。立花恭平と申します」

 

 先輩のようなので敬語で名乗る。

 

「私は橘茜です。漢字は違いますけど同じたちばなですね」

「はは、そうですね。それより俺のこと知ってるんですね」

「生徒会でも立花くんは有名ですので」

「橘先輩は生徒会の方なんですか?」

「はい。一応書記を務めてます」

「そうなんですね」

 

 生徒会か。

 よし。明日は生徒会について質問をしよう。

 

「立花」

「「はい」」

 

 同じ苗字なので二人同時に返事をしてしまった。

 

「一年の立花だ」

「俺ですか?」

「前もって言っておくが、生徒会に所属したらポイントを貰えるのか、という質問も答えられないからな?」

「うっ」

 

 質問を予測されてしまった。

 茶柱先生は全力で俺の質問を阻止するつもりのようだ。

 

「……わかりました。それじゃ教室に戻ります。橘先輩、失礼します」

「は、はい。また話しましょうね」

「ぜひ」

 

 改めて茶柱先生と橘先輩に挨拶をして職員室を後にする。

 

「生徒会でも有名って、やっぱり質問してばかりだから目立つんだろうなぁ」

 

 そうぼやきながら教室を目指す俺。

 あれだけ毎日質問をすれば悪目立ちするのはわかっている。

 だが悪目立ちして居心地悪くするより、疑問や不安をそのままにしておく方が嫌なのだ。

 疑問と不安が解消するなら、居心地の悪さなんて甘んじて受け入れる。

 

 

♦♦♦

 

 

 教室に戻るといつも以上に騒がしかった。

 

「おはよう」

 

 隣人の松下が胸元で小さく手を振りながら挨拶をしてきた。

 

「おはよう。今朝は騒がしいな」

「プールの授業があるからね」

「……ああ、前に言ってた巨乳ランキングか」

「そう」

 

 げんなりした顔の松下。

 もちろん松下以外にも何人もの女子がげんなりしたり、呆れ顔をしたり、騒ぎの中心の池と山下を睨んでいる。

 

「しょうがない。俺が注意してくる」

 

 平田は朝練があるのか教室にいなかった。

 

「放っておけば」

「でもポイント下がったら困るし」

「そっか」

 

 この教室にも監視カメラは多数設置されている。

 池たちの下ネタ発言でポイントが減らされたら馬鹿らしい。

 

「おーい」

 

 黒板の前で騒いでいる池たちに声をかける。

 

「……なんだよ」

「リア充はこっちくんな」

 

 俺に声をかけられ不機嫌な様子の池と山下。ほかに須藤、アニオタ、堀北の隣人もいる。

 初めて間近に堀北の隣人を見たが、なかなかどうして。

 

 かなりのイケメンじゃねえか!

 

 顔の作りなら平田と同格。

 なんでこんなイケメンに今まで気づかなかったんだ。

 根暗そうで影がある感じがいまいち目立たない理由かもしれないな。

 

「なにしに来たんだよ?」

 

 池の問いに本来の目的を思い出す。

 

「あー、女子たちがそういうの気持ち悪いからやめろってさ」

「……………………へ?」

 

 事実を告げられフリーズする池たち。

 まさか自分たちの行動が不快を与えていることに気づかなかったのか?

 こいつら頭おかしいんじゃないか?

 

「う、嘘ついてんじゃねーよ!」

 

 山下が反論してきた。

 なんでみんなの視線に気づかないんだ。

 

「いや、女子たちの顔を見ればわかるだろ」

 

 そう言われた池たちは恐る恐る俺の背後に視線を向けた。

 そこには先ほどと同じように池たちを軽蔑した眼差しが揃っていた。

 

「うぐっ」

 

 ようやく自分たちの過ちに気づいたようで池たちの顔が一瞬で青ざめた。

 仕事を終えた俺はすたすたと自席に戻る。

 松下からは「お疲れ」と労われた。

 

「これで立花くんの株も上がったね」

「いや、これくらいで上がらないだろ。事実を言っただけだし」

 

 今日ではっきりしたことがある。

 うちのクラスは優秀ではない生徒が複数いる。

 須藤は素行に問題があるようだがバスケの実力は確からしい。なので彼はバスケの実力を買われて入学できたのだと納得できる。

 アニオタはPCスキルが高いようで、プログラミングはもちろん、自作でPCも作れるようだ。

 だが池と山下はどうだ?

 櫛田に注意されてからは真面目に授業を受けているようだが、内容がわかっていないのかよく唸っている。

 つまり学業の成績はよろしくない。体育の授業を見る限り運動神経もよくなかった。

 

 あいつらなんでこの学校に入れたんだ?

 

 可能性があるとすればコネ入学だろうか。

 じゃなければ国立の学校にあんな馬鹿が入学できるわけがない。

 恐らく他クラスのヤンキーたちもコネ入学だろう。

 もしかしたら格好はヤンキーだけど、高校デビューしただけかもしれん。

 そういえば最近ヤンキー漫画が流行ってると幼馴染が言っていた。

 だとしたら漫画に影響されたんだろう。

 かわいいものじゃないか。

 

「立花くん」

 

 ほのぼのしてると肩をツンツンと触られた。

 顔を向けるとそこには軽井沢が立っていた。

 

「おはよう」

「お、おはよう」

 

 なぜ挨拶するだけで顔を赤くする?

 まだ昨晩のアレを引きずってるのか。

 

「松下さんもおはよう」

「うん、おはよう」

 

 松下も軽井沢の異変に気づいたようできょとんとしていた。

 

「あ、あのさ」

「どうした?」

「あたしもお弁当作ってきたから、お昼一緒にしていい?」

 

 可愛らしくもじもじして軽井沢が問う。

 朝から庇護欲を掻き立てるのはやめてくれ。

 

「俺はいいけど」

「私もいいよ」

「ほ、ほんと? それじゃまたあとでね!」

 

 軽井沢は満面の笑みを浮かべて自席に戻っていった。

 

「軽井沢さん、どうしたんだろうね?」

「俺たちと一緒にお弁当食べれるのが嬉しいんじゃないか」

 

 昨晩の件は俺と軽井沢二人だけの秘密だ。

 いずれ松下の協力が必要になるかもしれないが、まだ打ち明けるべきじゃない。

 恐らく松下ならすぐに協力してくれると思うが、俺以外の生徒に過去を打ち明けるのは軽井沢にとって酷だろう。

 

「あっ」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 今日水泳の授業があったんだから、昨日無理して軽井沢の手首を確認する必要はなかった。

 余計なことをしてしまったと、軽く後悔する俺だった。




気温がだいぶ低くなったので風邪に気をつけましょう!
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