手負いの綾小路と別れた俺は堀北を部屋に招き入れた。
質問リストを渡すだけなら玄関に待たせてもよかったのだが、堀北の用件はそれだけではない予感がしたので部屋に上げることにした。
「初めて男子の部屋に上がったけれど、意外と綺麗にしてるのね」
今の発言から堀北も年齢=恋人いない歴であることがわかった。
ほんの少し親近感を持ったことは黙っておこう。
「綺麗好きだし、そもそも物自体が少ないからな」
学生寮は8畳ワンルームで高校生の一人暮らしには十分な広さになっている。
さらにベッド、学習机、テーブル、冷蔵庫、電子レンジ、エアコンが備え付けとなっており、自身で用意した家電はテレビ、DVDレコーダー、ノートパソコンくらいだ。
「麦茶とオレンジジュースどっちがいい?」
「麦茶をお願いできるかしら」
「了解」
二つのコップに麦茶を注ぎ、そっとテーブルの上に置く。
「あとこれが茶柱先生に質問したリストだ」
「リストまで作っていたのね」
机の引き出しからリストを取り出して堀北に渡す。
「松下にアドバイスをされて作ったんだ」
「紙で用意してくれたのはありがたいけれど、後でデータファイルを貰える?」
「いいけど……なんでだ?」
「万が一紛失したときに他のクラスに情報が漏洩するリスクを減らすためよ」
「なるほど。でもUSBに焼いても失くしたら同じじゃないか?」
「暗号化すれば問題ないでしょう」
「そういうことか」
昨日までは他のクラスとの競争を考えていなかったので、紙でも保管していたがこれは処分したほうがよさそうだ。
「それにしても沢山質問してるのね」
「入学二日目からほぼ毎日してたからな」
「ほぼ毎日……」
堀北は麦茶を飲みながら、じっくりと質問リストを確認している。
「プライベートな質問もしてるのね」
「ああ。特に興味はなかったけど、全部未回答だと心が折れると思ったから、一日に一つだけプライベートな質問をしてみた」
「そう」
堀北が質問リストの確認を終えるまで10分ほどかかっただろうか。
ようやく紙から俺に目を向けた。
「ほぼ未回答だけれど、これは肯定と捉えていいのよね?」
「そうだな」
「しかしよくこんなに質問を思いついたわね」
「疑問に思ったことはすべて質問したからな」
「それにしてもこんなに多くの質問をするなんて異常だわ」
「自覚はある」
「自覚はしてるのね……」
もう15年も生きてるのだ。
自分が極度の心配性で、他人から変に思われるのは慣れている。
「でもこの学校ならその心配性な性格は活きると思うわ」
松下と同じことを言われた。
俺の極度な心配性を肯定してくれたのは二人目だ。
「立花くん」
「は、はい」
「あなたはDクラスに配属されたことに納得しているのかしら?」
そういえば堀北はDクラスに配属されたことに納得していないままだったな。
「納得はしている」
「なぜ? あなたは小テストで85点だったし、体育の授業を見る限り運動能力も高い方だと思うのだけれど」
「ちょっと中学時代にやらかしたことがあるんだ。恐らくそれが原因でDクラスに配属されたんだと思う」
堀北の言う通り学力と運動能力には自信があった。それに友達もそれなりに多かったからコミュニケーション能力も問題ないはずだ。
なのに俺はDクラスに配属された。
とすれば理由はアレしか考えられない。
「問題を起こしたということ?」
「そうだな。詳しく知りたい?」
「いえ。無理に聞くつもりはないわ。……でも私は中学時代に特に問題を起こしたことはない」
「そうか。ちなみに中学時代に友達っていたか?」
「いないけれど。そもそも必要なかったもの」
「そうか。……ていうか堀北も薄々気づいてるんじゃないのか?」
「……何にかしら?」
「自分がDクラスに配属された理由に」
今日、共に行動して気づいたが、堀北も松下と同じくらい頭が切れるタイプだ。
なので茶柱先生の話を聞いて、答えに辿りついていてもおかしくはない。
「あなたにわかるというの?」
「恐らく堀北がDクラスに配属された理由は――――社交性が極端に低いことだ」
綾小路とのやり取りを見た限り多少は会話するようだが友人とは思えなかった。
俺との関係を疑われたくらいで、胃液が逆流するほどの腹パンを友人にはしないだろう。
それに中学時代にも友達はいないと答えた。
つまり学校からは社交性に問題ありと評価されているのだろう。
「それが原因とは限らないでしょう」
「そうか? 堀北は学力も運動能力も高い」
水泳の50メートル走では水泳部の小野寺に次いで2位だった。
松下の話だと短距離はクラスで一番速かったらしい。
つまり運動能力はクラスでトップクラスということになる。
「中学時代に問題を起こしてないなら、考えられる原因は社交性しかないだろう」
ここまで情報があれば、誰でも簡単に答えに辿り着ける。
佐藤や篠原のお馬鹿二人でもわかる問題だろう。
「……っ」
事実を受け止めたのか、悔しそうに唇を噛む堀北。
綺麗な顔が台無しだからおやめなさい。
「今までは友達や仲間がいなくても問題なかったんだろうけど、この学校じゃそうはいかないみたいだぞ」
なぜ堀北は友達が必要ないと思うようになってしまったのだろう?
気になる。
気になってしかたない。
「私は……」
容姿は美少女と言っても過言ではなく、芸能界にいてもトップクラスに可愛いと思う。
勉強も運動も出来るから、他人からも一目置かれる存在だったはずだ。
とすれば、考えられる原因は……
嫉妬によるいじめか!
幼馴染が言っていた。
女子の嫉妬から生み出されるパワーは非常に恐ろしいものだと。
突出した存在は特に嫉妬されやすいらしい。
そういえば隣のクラスの美少女が中二に上がったらクラスからはぶかれたと聞いたことがある。
その生徒は中一のときに同じクラスだったが性格は特に問題なかったと思う。むしろクラスメイトに勉強を教えたり、運動が苦手な子に付き添ったり優しい子だったと思う。
それでもいじめの被害にあってしまった。
原因はクラスメイトの女子による嫉妬だ。
幼馴染の話だと、女子グループのトップの子が自分より人気があるのが気に入らず、その子を無視するよう女子たちに指示したらしい。
その話を聞いて女子は男子より陰湿だと実感させられた。
恐らく堀北も似たような経験をしたのだろう。
ハイスペックに対する僻みなのか。
男子からの人気に対する僻みなのか。
原因はわからない。
デリケートな問題なので直接本人にも聞かない方がいいだろう。
だが安心してほしい。
中学時代は堀北一人だけが突出した存在になってしまったようだが、幸いうちの学校は国立の名門校様だ。
我がBクラスには松下、櫛田とハイスペックな女子がいる。
それに容姿だけなら軽井沢、佐藤、長谷部もいる。
堀北だけが突出することはないだろう。
だから中学時代のような思いはしなくて済むはずだ。
「いきなり友達を作れとは言わない。まずは仲間を作るところから始めたらどうだ?」
「仲間……?」
「ああ。仲間と言う言葉も気に入らなければ、Aクラスを目指すステークホルダーと思えばいい」
いきなり友達や仲間と言われても、周りに壁を作っている堀北は拒絶するかもしれない。
「なぜ私がAクラスを目指すと思ったの?」
「茶柱先生とのやり取りで、私がAクラスじゃないのは納得できないと言ってただろ?」
「そこまでは言ってないわ」
「それじゃBやCクラスだったら納得していたのか?」
「しないわ」
結局Aクラス以外納得しないんじゃないか!
「……まぁ、あなたが言いたいことは少しはわかるわ」
「少しだけかよ」
「まだDクラスに配属されたことに納得はしていないけれど、私もAクラスを目指すつもり――――いいえ、私はAクラスにならないといけないの」
堀北から並々ならぬ決意と覚悟を感じた。
「そんなに入りたい大学や企業があるのか?」
「いいえ。私を認めさせたい人がいるの」
認めさせたい人か。恐らく親御さんだろうな。
「だから私に協力しなさい」
「それは俺を仲間にしたいということでいいのか?」
「勘違いしないで。私の駒になりなさい、と言っているの」
「ねえ、さっきの俺の話聞いてた?」
あいかわらずの上から目線だが、そこまで本気で言ってるわけではなさそうだ。
先ほどより表情が柔らかくなっている。
「元Dクラスだからあまり期待はできないけれど、ほかに使えそうな人材はいるのかしら?」
その台詞からすると、少しは堀北に評価されているようだ。
「安心しろ。うちのクラスは優秀な生徒がそれなりにいるぞ。堀北の中学と違ってな」
「え……?」
「中学時代は周りが馬鹿やクズばかりで苦労しただろうが安心してくれ」
中学では自分を貶めようとする生徒ばかりで堀北も苦労したことだろう。
「なぜ私の元同級生をいきなり貶すのかしら?」
「違うのか?」
「一応国内トップクラスの進学校に通っていたのだけれど」
「…………へ?」
「〇〇学院って聞いたことない? 地方にある全寮制の進学校でそれなりに有名だと思うわ」
聞いたことある。
岩手のお隣にある超名門中学校じゃないか。
「少なくとも今のクラスより学力が高かったのは間違いないわ」
堀北はそんな秀才な生徒たちから迫害されていたのか。
きっと俺が通っていた田舎の公立校では考えられない苛めの被害にあっていたのかもしれない。
それなら堀北が今のようになってしまったのも納得できる。
「それであなたがいう優秀な生徒は誰なの?」
「えっと、松下と平田。あまり絡んだことないけど櫛田も優秀だと思う。学力だけなら幸村がナンバーワンだろう」
「幸村くんがナンバーワン? その評価は尚早だと思うわ。まだ小テストだけだし、私と彼の差はあってないようなものよ」
どうやら自分より幸村が上だという評価が納得できないらしい。
やっぱり堀北って面倒くさい女子かも。
「そ、そうだな……。あとは綾小路も優秀だと思うぞ」
「そうね。ただ彼が何を考えているかわからない」
「確かに」
「でも利用できるなら利用するにこしたことはないわね」
そういえば綾小路は大丈夫だろうか。
松下との話が終わったらお見舞いにいったほうがいいかもしれない。
それから俺と堀北は中間テストの対策について話し合いを始めた。
「対策と言っても勉強会くらいしかないと思うのだけれど」
「そうだな。ただ茶柱先生が気になること言ってただろ?」
「私たちが赤点を取らずに乗り切る方法があると断言していたこと?」
「そうだ」
さすが堀北。記憶力抜群だ。
「まだ時間はあるし、俺はその方法とやらを探ってみるよ」
「そう。せいぜい頑張りなさい」
「お前もコミュ障を治せるよう頑張れよ」
「死にたいの?」
「生きたいです」
しまった。調子に乗って煽ってしまった。
危うく綾小路の二の舞になるところだった……。
「そういえば立花くんはなぜAクラスを目指すの?」
「え……?」
「将来実家を継ぐことが決まっているのでしょう?」
「聞こえてたのか」
「ええ。女子の声が大きかったから嫌でも聞こえてしまったわ」
恐らく佐藤と篠原のことを言ってるのだろう。
「……そうだな。実際Aクラスで卒業できなくても大したダメージはない」
進学予定の地元の大学はそこまでレベルは高くない。
無理に競争せずに楽しく高校生活を送りたい気持ちもある。
「ならなぜ?」
「……Aクラスを目指していない―――消極的と判断された生徒が退学処分を受けるかもしれないと不安に思ったからだ」
俺は高度育成高校のシステムを知ってから強い不安に襲われた。
「な、なぜそう思ったの?」
「国立の名門校だから理念に反した生徒には厳しい処分が下るのかと思って」
一度の赤点で容赦なく退学にさせる学校だ。
油断は出来ない。
「はぁ……。本当に極度の心配性なのね」
呆れたように溜息を吐く堀北。
「でも私はその心配性な性格を活かさせてもらうわ」
堀北はそう言うと麦茶を一気に飲み干し、そのまま綾小路の部屋に向かった。
男子の部屋をはしごするなんてはしたない女だ。
もちろん言葉にすると折檻されるので、心の中で留めておいたのは言うまでもない。
次回は松下と濃厚に絡みます。