初見殺しで、言ったもん勝ち。
「な、なにこれ!あ、貴方たち何を....ふぐっ!?」
夜。
暗い時間までバイトをしていて、その帰り。
そんな矢先に、背後から抑え込まれて何かを吸わされた。
意識の底に堕ちた意識。
そして、目を覚ますと人気のない暗い工場跡のような場所で目を覚ましていた。
困惑のままに声を上げようとした瞬間、周りに居た黒服が私の腹を蹴り上げた。
「げほっ...!つつぅっ....ごほっがほっ!!」
「はぁ~これだからガキは嫌なんだよ。いちいちうるせぇっていうの?ペッ!」
お腹を蹴られた衝撃で口から空気を吐く。
鈍い痛みと急に腹を蹴られたということに強張る身体。
そんな私の顔に、面倒くさそうにペッと何かを吐きかける。
ぺちゃりと頬に突くのは黄ばんだ液体。
生臭く、それは痰であることが分かる。
なんで私がこんな目に.....!
不条理に涙ぐむと、不意に黒服の一人が私の服の中に手を突っ込み始める。
最悪の想定が頭を過り、身体の芯まで
縛られながらもさっきのように藻掻いて必死に抵抗する。
「やめっ...やめてください、そんな...きゃっ!!」
「鬱陶しいんだよ勘違いすんなガキ。おっ、あったあった。」
顔を殴られて横に倒れる。
口の端が痛んで、血が滲んでいる。
黒服の男は私のデバイスを手にすると、そのまま後ろに居る男の人に投げ渡す。
すると、そのデバイスに何かUSBのようなものを差し込むと操作する。
そして、操作する指を止めて顔を上げた。
「雛月アリス、楽庭学園中等部の感応体質。間違いない。」
感応体質。
その言葉を言われた時に、彼らが何のために私をこうしているのかが分かった。
「な、なんですか....わ、私に魔導書の活性をさせたいんですか!?で、でも魔導書の活性は図書館が....。」
「つまりはこの都市だけでしか行われていないのだろう?それじゃ困る人も居るんだ。...君にはこれから大きな船に揺られて遠く離れた外国に行ってもらう。ちなみに君に選択権はないから。」
魔導書の活性及びに蔵書は学術都市内でないと許されていない。
つまり、この人たちは海外でそういう許されていないことをしようとしている人の為に、私を海外に拉致しようとしているってこと...?
海外の誰とも知らない人の元に送られる。
そんなことになったらどうなるのか....。
「い、いやだっ!や、やめてください!!な、なんでもします!!だから、それだけは!!」
必死に動きながら、目の前の人にそう訴えかける。
しかし黒服は全く表情を変えることはない。
「悪いがこちらも仕事でな。そういうわけにもいかない。...おい、運び込むぞ。」
「先輩、俺このくらいの歳の子が一番好きなんすよ。...なんとかなんないですか?」
すると黒服の一人がもう一人に話しかける。
その発言の意図が察してしまう。
自分の純潔を見も知らない男に奪われて、さらに海外に送られてしまう。
それは今まで感じたことのない恐怖。
震える身体を抱く。
それだけは...それだけはやめさせて....!
「...そうだな。別に死なないのであれば問題ない。先方が欲しているのは少女ではなくて感応能力者だからな。」
しかし、現実は非情。
祈りは届くことなく、残酷にも構わないと男は口にしてしまう。
その言葉を聞いたもう片方の黒服は下卑た笑みを口元に浮かべて、こちらに手を突きだしてにじり寄ってくる。
「へへっ...だそうだ。えーと、雛月アリスちゃん...って言ったっけ?慎ましやかな体にお人形さんみたいな顔してるねぇ?金髪も青い目も素敵だよ...海外の血が入ってるのかな?願わくば、12番地区の赤線街で外国人に乱暴されて生まれたゴミ娼婦の子とかだったら、最高にシコいなぁ.....。」
「いやっ....!やめてっ...来ないで!!」
必死に声を発するも、男が聞くわけがなくこちらに近づいてくる。
近づく手を避けようと身を捩っても縛られているので避けることさえも出来ない。
「泣いてるの?可愛いね....それじゃ、服ぬぎぬぎしようね~。」
「いや!やだっ...来ないで!!来ないでよぅ!!誰か、誰か助けて!!誰かぁ!!!」
足をばたつかせて助けを必死に呼ぶ。
男は私の足を踏みつける形で押さえつけると、胸元のボタンをみるみる外されていく。
涙が頬を伝う。
そして、着ていたシャツが開かれて着ていた下着が露出される。
恥辱に顔を背けた、その時。
暗い工場の中に、光が一筋差し込んだ。
「な、なんだ....!?」
「なんだよ...良いところだったっていうのに....。」
黒服たちが一斉にざわつく。
すると、私の衣服に手を突けていた男も舌打ちをしながら立ち上がる。
目の前に被さろうとしてた男が居なくなって、その光がやっと分かった。
「悪い男たちがこんな人気のない場所で集まって至らぬことをしようとする。出くわすイベントとしては一級品だね。それに加えて....。」
その光は閉じていた扉が開かれたことで差し込む月光。
その淡い光の中で、一人の少年が仁王立ちしていた。
なんでここに居るのか、一体何者なのか...もしかすれば学生保安隊の一人か?
そんな疑問を抱いていると、目が合う。
すると、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「捕まってる可哀想な少女とかラッキー!!転生者のアクセサリーはっけぇぇぇ~ん!」
「何ぐちゃぐちゃ喋ってやがるジャリ!!あぁ!?」
黒服の一人が少年に対して声を荒げて、威圧する。
その瞬間、彼の笑みも相貌に獰猛に刻まれた。
「はいはい、じゃっ....ちゃっちゃと自己顕示欲求を満たしてやりますかねぇ!」
その自信に満ち溢れた姿。
その姿は、彼の背後で輝く月に照らされて私の目に焼き付いて離れなくなった。
◇
目の前にはおあつらえ向きと言わんばかりに、怪しい黒服が複数。
そして、服が脱がされたのか肌を晒した少女が縛りつけられていた。
口元に笑みが浮かんでしまう。
だってこんなもの、どうぞ俺という転生者のおやつにしてくださいと言っているようなものじゃないか。
この世界に転生して以降、人気が少ない路地裏や埠頭の周辺とかをパトロールした甲斐があったという物。
やはり俺は主人公となるべくしてこの世界に存在している....そういうことか。
フッ、罪な男だな...俺って。
それに、目の前に居る女の子も顔が可愛らしいじゃないか。
金髪碧眼なんて、生前じゃ縁のなかった属性だぜ。
まっ、最高においしいシチュエーションなんだからやっちゃわないと嘘だよなぁ!?
そうと決まれば、一歩工場の中へと足を踏み入れる。
「と、止まれ!!」
黒服たちは、懐に手を入れると拳銃をこちらに向ける。
銃。
それは生前では見ることのなかった道具。
トリガーを引くだけで人の命を簡単に奪うことの出来るもの。
正直、今でも慣れない。
でも、ここで分かりやすく動揺してみせるわけにはいかない。
少なくとも、動揺すれば確実に俺の負けだからな。
「はっ....ガキが、粋がりやがって....丸腰じゃねぇか。」
「コイツ、マジでただのガキかよ....学生保安隊とか治安維持隊じゃねぇのか..へへっ、ビビって損したぜ...。」
「良いところだったんだからさ、邪魔すんじゃねぇよ!!金玉ぶち抜くぞっ!!」
「子供が大人の仕事の邪魔をするものじゃないよ。...死体が残ると面倒なんだ。このまま帰ってくれれば私も君のことを忘れよう。」
こちらのただの丸腰の子供だと思って息巻く黒服たち。
やれやれ....まったく思慮が浅いよ。
この世界のことは、数日歩いただけではあるが少しは理解している。
この世界には....魔導書とかいう物の力を使える人間が居る。
それは....特典を持っている俺にとってはとても助かる話だった。
「おいおい....、粋がってるのはどっちなのか....。俺が本当に丸腰だと思うか?」
胸に抱くのは祈り。
頼む。
上手く行ってくれと、少しでも良いから信じてくれと思う気持ち。
「なんだと....?...っまさかお前、ホルダーか!!」
かかった。
よかったぁ~、アンタが馬鹿で。
俺はゆっくりと口を開く。
笑みを抑えながらも、確かにこの場に居る全員に聞こえるように。
「あぁ。俺は、ホルダーだ。そして...俺の力は『俺の視界の任意の人間を燃やす能力』。つまり...お前らは詰みってこと。指パッチンしてボッ!!明かりをつけましょぼんぼりに~って感じぃ?南無~。」
あくまで自信満々に。
それがあくまで完全な事実であると示す為に目の前の相手に言い放つ。
俺は能力を持っている。
そして、既にお前らは終わりであると。
俺は上げていた手を降ろして、指パッチンをしようとする。
速すぎず、遅すぎず。
それは来るべき瞬間を待つために....。
「だったら....その前に撃ち殺しちまえば良い話だ!!」
少女から一番近い男が
引き金を引こうとする
他の黒服の何人かは、俺の視界から逃れようと物陰に走ろうとする。
今、この場に居る人間の誰もが俺の能力について疑いを持たなかった。
当たり前だ。
この世界にはそれが出来る人間が居るのだから。
そして、それが俺の特典の『発動条件』だった。
瞬間、銃を構えた男の腕から炎が噴き出す。
「なっ、なんだよ...指をまだ鳴らして...がぁあああぁああ!!あちぃいいいいい!!!」
「二子玉!!っ!?なっ..俺まで...うっくうううあああああ!!!」
「間に合わな....うわぁぁああああああ!!!」
熱に耐えかねて、銃を構えていた黒服が銃を取り落として地面にもがき苦しむ。
炎に包まれて火だるまになった。
それを契機に、それはどんどん他の黒服たちに連鎖していく。
...ぷっ、ククク...騙されてやんの!!
バーカ、バーカ!!
良い大人が黒服なんてダッセー恰好して行きつく先がこれとかどうなんだよ!!
自分の信じた嘘にやられる気持ちはどうだ!?
本当に綺麗に嵌ってくれて良い気分だ。
これが俺の特典だ。
『俺の視界の任意の人間を燃やす能力』...などでは全然ない。
寧ろそんなもの出まかせだ。
俺の特典名は『虚偽申告』。
『俺の説明した能力を相手が少しでもまともに取り合うと、その対象に説明した能力を使用することが出来る能力』である。
つまり、俺は相手にされなければただの人。
銃で撃たれて簡単に死ぬ、その辺に居る一般人と変わらない。
でも、少しでも警戒されるなどその能力が俺と結び付けられればそいつに対して俺はその能力を使うことが出来るのだ。
だからこそ、あの時異能バトルマンガさながら能力説明をする必要があったのだ。
銃を見せられても大して動揺しておらず、自信満々に笑って見せる必要があった。
武器を向けられて怯えているような奴が大層な力を持っているなんて、思われるわけないからな。
この特性上、俺の能力は完全な初見殺し。
言ったもん勝ち上等な性能をした、正しい意味で最強の特典なのだ。
「かぁ~!俺TUEEEEE!!!俺最強ぉぉぉぉ!!!」
それにしたって、楽だった。
一人が俺の言葉を本気にして銃を撃とうとしてくれたお陰で炎上。
それを見た周りの人間が俺を本当に発火能力者だと思い込んだんだから。
勝利の余韻に浸りながらも燃え盛る彼らの脇を通り過ぎて、少女の方へと歩み寄る。
彼らのうめき声は段々と小さくなっていく。
そんな彼らのことを意識から外して、少女の方へと歩み寄る。
「大丈夫かい?すぐ解いてあげ....ありゃ手錠だ。これ、俺解けねぇな。」
「あっ...ありがとうございます。」
おどおどとした様子で彼女は礼を言ってくる。
まるで陽光に照らされた波のようにきれいに輝くブロンドのウェーブ。
瞳はターコイズかと見まごう程の碧眼。
まごうことなき美少女である。
そして、理由は分からないしどうでもいいがここに捕まっていた。
つまりこれはファンタジー物における奴隷少女とか、そういう転生者が助けて良い奴感を演出しつつ気持ちよくなるのに使われる可哀想系少女だろう。
転生者がアクセサリー感覚で連れ回しているアレだ。
そんでもって助けて好感度上げて、その数話くらいで股開いてるってわけぇ!
礼を言ったということは、俺のことを恩人であると認識してるわけでしょ?
それなら割とある程度やっても許されるんじゃね?
ちょうど手錠も俺じゃ外せないしな。
そう思うと、彼女の肩に手を置いた。
そして笑顔で語り掛ける。
「君のことは俺が助けた。つまり、俺は君の恩人というわけだ。アンダースタンド?」
「え...は、はい!だから..その、ありがとうございますと....。」
どうやら大人しい性格の子みたいだな。
まぁ、ありがちだな。
「うんうん、よく分かってるじゃないか。それじゃ、僕のこと好きになってくれたかな?」
「....え?」
....なんで今疑問符を浮かべたのだろう。
あっ、そうか!そりゃそうそう言えるわけないよな。
つーかこうやって前置きを言うのもだるくなってきたな。
「つまりさ、俺を君の恩人だ。そのことについて感謝してるなら、言葉だけじゃなくて何か...あるんじゃないか?ん?」
「えっ...えっと....お金ってことですか?」
察しが悪いな。
こういう手合いははっきり言った方がええか?
ゾンビ物の奴とかやらせろって言って結局ヤれてたからな。
「違う違う。よーするに、身体ってことさ。」
「えっ.....。」
俺の言葉を聞いて、彼女が呆気に取られた表情になる。
...えっ?なんか、間違っちゃったかな?コレ。
「う、嘘...ですよね?冗談...ですよね...?」
「いや、冗談じゃなかったんだけど....そういうことなら、冗談ってことにしてもらっても良いかな?うん。そうだ!エッチは良いから、パンツ食わしてもらうとか胸触らしてもらうだけでいいから。うん。」
「や...やっぱり...!今分かりました....!お父さんが男の人はみんなケダモノって言ってたの、本当だったんですね!!!近づかないでください!!変態!!ケダモノ!!!」
うわぁ...なんかすげぇ喚きだしている。
というかさぁ....。
「なにそれ?助けてもらった時はしおらしくしてる癖に、一段落したら態度変えて喚きだすのなんなの?そもそも人間が人を助けるのに見返りを微塵も求めていない人間なんかいねーよ。虫の良い話って分かってます?」
「なんですかその理屈、最低!最低です!!」
なんだこの子、面倒臭い....。
この子、ここに置いて別のピンチな子探すか。
そう思って彼女の前から立ち上がる。
その瞬間。
「保安隊認可団体『ルーカサイト』です。貴方達は包囲されています。両腕を頭の後ろに組んで跪きなさい。」
背後で声が響く。
振り返ると、そこには白いスリットの入った制服を着た少女達が4人くらい並んでいる。
誰だ....コイツら。
しかし、なんとなく敵対的であることは分かる。
そもそも黒服全員倒れていて残ってるのは俺だけ。
これでは目の前のこのめんどい女をここで拐っていたのは自分であると思われてもしょうがないだろう。
こんな知らない世界で犯罪者扱いなんて御免被る。
俺はやっていないなんて言っても、重要参考人くらいで拘束はされるだろう。
この世界における戸籍がない俺は、捕まれば面倒なことになるのが容易に想像できるからだ。
俺は手を後ろで組むと、彼女達を視界に収めて口を開く。
それは、この状況から脱する為。
「こんなことしても、無意味だと思うけどね。なんせ俺の能力はががががが!!!!???」
俺の能力は瞬間移動だから。
そう言葉を口にしようとした瞬間、トレンチコートを羽織った少女の足元から電光が閃く。
その瞬間、身体が痺れて激痛が走った。
筋肉がビクビクと痙攣して、意識が段々と遠くなっていく。
どうやら俺は電撃を受けたようだ。
「...!カルメン、貴女何をやってるの!!!」
「ごめーん!でも一人しかいないし~こうした方が早いと思ってぇ~。」
咎める声と共に、悪びれる様子もない声が聞こえる。
クソッ....コイツ、人の話聞かねぇタイプかよ....。
俺の天敵じゃねぇか.....。
クソッたれ....。
「貴女は毎回毎回...そうやって勝手な行動でわた...迷惑.....!!」
内心悪態を吐きながらも、俺は意識を手放した。
意識が消える間際まで詰る声が鼓膜を揺らしていた。