犬夜叉RTA 桔梗救済ルート   作:パプリオン

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誤字報告等もいただいており、ありがとうございます。
誤用していた表現もあり、たいへん勉強になります。



幕間 楓の回想録

 

椿、という名には聞き覚えがあった。

 

五十年前、まだ桔梗おねえさまの背中を追いかけることしかできなかったあの頃。

歩き巫女という修行の一環で諸国を旅していたわたしとおねえさまは、妖怪退治の依頼を受けた道すがら、偶然にもその椿と邂逅を果たしていた。

当時椿の名はおねえさまと並び立つほどに知れ渡っており……されどおねえさまに過ぎたる巫女などいないと信じていたわたしは、ただ守られるだけの身でありながらも、内心では椿に強い対抗心を抱いたことを覚えている。

 

「よいのか桔梗どの。ここは私一人で十分……妹とともに下がっていなされ」

 

「お心遣いに感謝する。されど、心配は無用」

 

「ほう、身内がこの場にいても心ひとつ乱さぬとは。流石というべきか」

 

「楓……どこかに隠れていなさい」

 

「は、はいっ!」

 

空から現れた妖怪の群れを次々に滅していく二人の姿。

椿の腕前は勿論のことであったが、やはり桔梗おねえさまは別格であった。戦い方に無駄がまったくない。洗練された所作の一つ一つは最早美しいと感じられるような段階にあり、おねえさまが妖怪に向かって弓を引く光景は、わたしの目に深く焼き付いていた。

 

 

 

それからしばらくの時が経ち、風の便りで椿が忽然と姿をくらましたという話を耳にした。

 

「桔梗おねえさまは、どこにも行かないよね?」

 

わたしはその時、同じようにおねえさまが消えてしまったらということを考えてしまい、そのようなことを口走ってしまった。

 

「私はどこにもいかないよ。これからも、ずっと一緒だ」

 

「うんっ!」

 

強く、気高く、美しい巫女。

幼少期のわたしにとっては、桔梗おねえさまがすべてだった。

いつまでもおねえさまと共にいたい。そしていずれはおねえさまと肩を並べて戦いたい。

それがわたしの、物心がついてからの切なる願いであった。

 

 

 

「おねえさま!?そんな、この傷は…!」

 

別れの時が訪れたのは、それからしばらくしてのことだった。

おねえさまは四魂の玉を奪おうとした犬夜叉を封印し……その際に負った傷が元となり、この世を去った。

やり場のない気持ちを整理するには、長い月日が必要だった。村の衆も目に見えて表情を暗くしていたことは、よく覚えている。

 

なぜおねえさまは破魔の矢ではなく、封印の矢を使ったのか。なぜ憎しみ合った末に射抜かれたはずの犬夜叉は、こんなにも安らかな表情をしているのか。──後になって、それら全てが野盗"鬼蜘蛛"の仕組んだ罠であったということを知るまで──わたしは、知りたかった多くのことを何も知れぬまま、この世で最も大切なものを失ったきりになってしまったのである。

 

 

 

それから今に至るまで、()()はおねえさまに及ばないながらも精進し、修行を積み重ね、村を守る巫女として生きてきた。

人の一生分にも及ぶほどの長き年月の間には、当然ながら一概には語りきれぬほどの大事がいくつもあったわけであるが……おねえさまを失ったあの日の出来事に比べれば、それらは全て些細なものに過ぎなかったと言えよう。

 

わしの中ですっかり止まりかけていた時が再び動き出したのは、おねえさまが亡くなってちょうど五十年が経ってからのこと。

 

かごめという少女が突如として骨喰いの井戸から現れ、御神木に張り付けられていた犬夜叉が再び目を覚ました。おねえさまが消滅させたはずの四魂の玉は、かごめの体内を通じて再びこの世へと舞い戻り……戦いの末に散り散りとなってしまったのである。

 

四散したかけらが悪しき者の手に渡らぬよう、再び探し集めるのは本来おねえさまの妹であるわしの役目。しかしこの体はとうの昔に老いており、村を守るだけで精一杯のわしにはとてもその責を負うことは適わず、犬夜叉とかごめにかけら探しの旅を託すこととなった。

 

 

 

そうしているうちに、事態はあらぬ方向へと進み始めた。裏陶という妖怪の転生術により、桔梗おねえさまが死人として蘇ってしまったのである。

あってはならないことが起きてしまった。わしは己の無力さを五十年ぶりに味わうこととなった。

 

「犬夜叉……なぜ裏切った!!」

 

蘇ったおねえさまは、犬夜叉に対する憎悪の念に縛られていた。かつて犬夜叉に裏切られたという思いのままこの世を去ったのだから、それは無理のない話だったのかもしれない。

だが、血の分かった妹として、そんなおねえさまのことを野放しにはできなかった。今のおねえさまは、彷徨う魂をむりやり人の形に詰め込んだ"死人"に過ぎないのだ。

この世に在っても、おねえさまの魂は苦しみを重ねるだけ。それゆえに犬夜叉への未練を断ち切り、安らかに成仏してもらう事こそが、唯一救われる道であると……わしはそう信じて疑わなかった。

 

 

 

死人であるおねえさまの隣に、百江と名乗る少女が現れたのは、一体いつのことだっただろうか。生き返ったおねえさまがわしの元へ訪れた時、その者はなんの物怖じもなくおねえさまに付き従っていた。

その姿がまるでかつての自分を彷彿とさせるようで、どこか奇妙な感覚を抱いたことを覚えている。

だからこそ、わしは彼女に向かってこう尋ねたのだ。「おぬしはどうしておねえさまと行動を共にしているのか」と。

 

「うーん……物凄く端折って言うなら、私のことを助けてくれたから。あと突然めちゃくちゃなことやりだすから、放っとけないんだよね。さっきも犬夜叉相手に無理心中しようとしてたし」

 

おねえさまと出会って間もない筈の少女が、まるで十年来の友人のことを話すような素振りを受けて、わしは一瞬言葉を失った。

しかしそれで終わりにしてはいけない。あの悲劇を二度と繰り返さぬためにも、この場で百江という少女のことを見極める必要があった。

 

「百江とやら。その思いはおねえさまが人でないことを知ってもなお、変わらぬものか?」

 

「んにゃぴ、別に変わらないです。死人についての話は……まあ、どうでもいいというかさ。今さらそれに驚いたところで、なにかが変わるわけでもないからね」

 

わしは、不意に理解した。

 

この者はおねえさまを恐れることも、憐れむこともしていない。ただ純然たる思いのみを持って、おねえさまを守ろうとしているだけなのだ。

 

わしはおねえさまのことを、彼女に託すと決めた。

その判断がどうか間違っていないようにと……強く願いながら。

 

 

 

蘇ったおねえさまに合わせるような形で、黒巫女椿の噂を耳にした。

やつはかごめのことを呪術で縛り、犬夜叉を殺させようとしたらしい。しかしその企みは、事前に椿の動向を追っていたおねえさまの手によって防がれることとなる。

当の椿は間一髪のところで逃げおおせたらしく、おねえさまは椿を追いかけようとしていた。

 

「此度の敵は黒巫女、椿であると耳にしました。不肖ながらこの楓もお役に立ちとうございます!」

 

只でさえ無理が利かぬ体であり、足手まといになることは重々承知している。しかし、それでもわしは自ら助力を願い出た。

いまならば、桔梗おねえさまと肩を並べて戦うことができる。幼少の頃に夢見たことが、まさか五十年越しに叶おうなどとは思わなかった。

 

椿を三人で追っている最中、わしは再び百江に疑問を投げかけてみた。

 

「百江。おぬしは、おねえさまに何を望むのだ?」

 

一見すると単純なようで、核心に迫る問い掛けだ。

少なくとも彼女は、わしのように成仏を願っているとは思えない。それならばこの者は、おねえさまに対して何を望んでいるのか。それを確かめたかった。

 

「うーーーーんそうだなあ……強いて言うなら、桔梗が幸せになってくれることかな?」

 

長考の末、百江はそう言いきった。

 

死人のおねえさまがこの世に生きたまま幸せを得るなど、考えもしなかったことだ。

この世の因果から解き放たれて、魂が浄化されることでしかおねえさまは救われない。少なくともわしはそう思っていたから。

 

 

 

「過去に囚われた者の末路、か。私も人のことは言えぬな」

 

紆余曲折の末に椿を倒した後。

その最期に自分の姿を重ねたおねえさまの表情は、見るからに曇っていた。

 

「お、待てい。桔梗は椿とは違うダルルォ!?」

 

「おねえさま、ゆめゆめそのようなことは申されますな。おねえさまと椿とでは、何もかもがちがいますゆえに」

 

言い終わり、反射的に百江と顔を見合わせる。図らずして互いの意見が一致したのだ。

 

「ふふっ……分かった分かった。おまえたちにそこまで言われては、私も強情は張れないな」

 

かつて四魂の玉を狙う魑魅魍魎と戦い続け、血に塗れても表情一つ崩さぬような"巫女"であり続けたおねえさま。

 

それが今ではどうだ。

自らの姿形を写した式神に悶々としたり、私と百江のやり取りに苦笑を零していたり……

こんなにも生き生きとしておられるおねえさまを目の当たりにして、わしは何も言えなかった。

 

昔であれば、絶対に見せることのなかった姿。

そして……おそらくはこれが、本当のおねえさまの姿。

 

 

 

「楓。おまえも随分と大人になったな」

 

帰り際、馬上のおねえさまからそんな言葉をかけられた。

 

「は。おねえさまより五十年ばかり、長く生きておりますゆえに」

 

「おまえには本当に辛い思いをさせてしまった。言葉だけでは、到底許して貰うことはかなわぬだろうが──」

 

「何を仰いますやら。わしはおねえさまを敬愛こそすれど、恨む気持ちなど一寸たりとも持ち合わせておりませぬ」

 

「相変わらず優しいな、楓は。だけど……それでも、謝らせてくれ。すまなかった」

 

まったく……だ。

 

「それから──私の代わりに村を守ってくれて、本当にありがとう」

 

まったく、おねえさまはずるいと思う。

 

そんなことを言われたら。

わしが今日までずっと胸に秘めていた芯の部分を突かれたら。

 

これまでずっと堪えてきた想いが、溢れ出てしまうではないか。

 

「っ、いえ……いいえ。楓は、巫女としての務めを果たしただけにすぎませぬ。おねえさまの方こそ、本当に辛い思いをなさったのですから──」

 

 

 

 

幸せとはなにか。

恐らくはこの問いに、答えなど無いのだろう。

 

この世への未練を断ち切り、成仏することを望むのか。

 

あるいは今を生きて、かつて果たせなかった想いを為そうとするのか。

 

全てが終わったとき、おねえさまがどちらの道を選ぶのかは分からない。

 

されど…唯一血を分けた妹として。

百江や犬夜叉と同じように、おねえさまを慕う身として。

 

 

 

"おねえさまが望む幸せを、今度こそ得ることができますように。"

 

 

 

それぐらいのことを願ったとしても……きっと、ばちは当たらないはずだ。

 

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