犬夜叉RTA 桔梗救済ルート   作:パプリオン

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幕間 天下覇道の剣

 

「死人の巫女よ。娘は凶悪な邪気に憑りつかれている。だが、凍てついたわしの心さえ溶かしたおまえであれば、あの者の心を取り戻すことができるはず」

 

「どうして、そのことを……」

 

「なに……最後の最後ぐらい、迷い苦しむ者の助けになりたいと……そう思ったまでのこと」

 

白心上人が最期に遺した言葉は、叢雲牙に憑りつかれた百江を憂うものだった。きっとそれは、自らの心を解き放ってくれた桔梗に対する、恩返しのようなものだったのだろう。

白心上人はこの世への未練を断ち切り、安らかな表情で消えて行った。桔梗は懐から勘助の遺髪を取り出すと、それも白い光に包まれて天に還っていく。

 

──その、傍らで。

 

「白霊山の結界はこれで解ける。奈落を倒すまで、そして桔梗が幸せになるまで、あともう少し……」

 

うわごとのように呟く百江の顔を、桔梗は直視することができなかった。

彼女の胸中に潜むのは、邪気に侵された友をなんとかして止めねばならないという想いのみ。

もう、後に引くことは出来ない。

 

桔梗も……そして、百江も。

 

 

 

「よく見ていてね、桔梗……"獄龍破"!!」

 

百江の手により一切の躊躇なく放たれた獄龍破は、白霊山のふもとで目にした惨状と同じものを引き起こすだけの力を持っていた。

新生奈落の体はあっけなく崩れ去り、後には何一つ残らなかった。

 

「すごいでしょ。これが、私が新しく手に入れた力。そして、桔梗のことを守るための力──」

 

振り返った百江は、あろうはずのない光景に思わず目を見開く。

 

桔梗が、自分に向けて弓を引いていたのだ。

 

正確には百江の持つ叢雲牙を狙って……なのだが、瘴気に蝕まれた百江には、その意図を汲み取れるだけの思考が働かない。

 

そこに在ったのは、『桔梗が自分に弓矢を向けている』という漠然たる事実のみ。

故に──かろうじて桔梗を慕う心のみ残していた百江は、激しく動揺した。

 

「き、桔梗?一体なにをしているの…!?」

 

「百江……その刀を手放せ。今すぐに」

 

百江は顔を強張らせながら、桔梗の言葉をこう解釈した。『叢雲牙をよこせ』と……

 

「嘘だ……そんなの、嘘に決まってる…!」

 

『嘘などではない。やつはおまえを殺し、この叢雲牙を奪い取ろうとしているのだ』

 

彼女の揺らぐ考えを読み取った叢雲牙が、嬉々として語りかけてくる。常ならば到底信じ難い話だ。しかし、今の百江には他ならぬ叢雲牙の声だけが次の道標となっている。

 

『おまえの前にいる巫女は、桔梗などではない。真っ赤な偽物だ』

 

「まさか──私を、騙すために…?」

 

一度傾きかけた考えは元に戻ることなく滑り続け、一つの極論へとたどり着いてしまう。

考えうる限り、最悪の方向へと。

 

『だからやつは、おまえに向かって矢を射かけたのだ。先ほど言っていたではないか。本物の桔梗であれば、おまえに攻撃をするなどあり得ぬと』

 

「そうだ。そんなことをするのは、私の知ってる桔梗じゃない。

だったら……お前は、誰だ。私の、敵だな……!!」

 

刀より伸びた触手が百江の右腕に絡みつき、同化していく。百江が最後に残していた心を失い、叢雲牙の意のままに動く操り人形と成り果てた瞬間だった。

彼女は叢雲牙の謂れのとおり、殺戮を繰り返す悪鬼になり果ててしまったのである。

 

「叢雲牙に惑わされ、私の区別すらつかなくなってしまったというのか!?」

 

『敵であるなら、躊躇することはない。この叢雲牙をもって引導を渡してやれ…!』

 

桔梗と叢雲牙、両者の声が重なる。

だが、百江の耳に一方的に入ってきたのは──邪悪な刀の声であった。

 

「私は……私が桔梗を守るんだ。おまえのような偽物は……消す。消す。消してやる……!!」

 

今度こそ、彼女の中にあった葛藤が消え去る。

百江は激情のままに叢雲牙を振りかぶり、桔梗に向かってそれを振り下ろした。

 

「くっ…!」

 

間一髪のところでそれを避けた桔梗であったが、二の矢を構えようとして思い止まる。

 

こうなることを、全く想定していなかったわけではない。

だが……"あの"百江が自らに刃を振るったという事実は、少なからず桔梗の考えを乱す要因となっていた。

 

百江は桔梗の放った破魔矢を持ち前の跳躍力で回避し、空中で体勢を整えつつ突貫する。

その動きを悟った桔梗は咄嗟の判断で結界を張り巡らせるが、叢雲牙の斬撃を僅か一太刀浴びたのみで、結界は粉々に砕けてしまった。

 

(馬鹿な…!)

 

桔梗とて、己の巫女としての力量は弁えているつもりだ。得意の結界術でなら受け止めきれると判断していただけに、この一瞬の攻防は彼女に大きな衝撃を与えた。

 

間合いを遠距離から近距離に近付けた二人は、互いの武器を構えなおす。

未だ迷いの念を強く持つ桔梗と、命ぜられるまま凶刃を振るおうとする百江。両者の表情には明確な差が生まれていた。

 

「百江、目を覚ませ!おまえの心は、そんな刀に操られるほど弱くないはずだ!」

 

「偽物の分際で桔梗らしく私に説教だなんて、笑わせてくれる。この私が、そんな安い手に引っ掛かるとでも思ったか!?」

 

『それで良い。百江、奴の言葉はすべて戯言だ。とっととあの煩い口を黙らせてやれ…!』

 

叢雲牙より放たれた衝撃波が、桔梗を襲う。満足に防御することも適わず、桔梗は後方の岩肌に思いきり叩きつけられた。

 

「ぐ…あっ!」

 

土と骨の体が強い痛みを感じている。だが、それ以上に痛むのは……己の心だ。

すっかり変わり果ててしまった友への罪悪感。そして、仲間を救いきれなかったことに対する後悔。

次々に押し寄せてくる感情の波は、桔梗の一挙手一投足を鈍らせる要因たらしめていた。

 

「百江……私は──」

 

手にしていた弓が、叢雲牙の一閃により弾き飛ばされる。

 

無防備な状態となっても尚、攻め手を緩めようとしない百江の姿を瞼に焼き付けながら……

 

「──もう少しだけ、おまえと共に歩みたかった」

 

 

 

桔梗の奥底から出た言葉は……しかしながら、最期の言葉とはならなかった。

 

「奈落と異なる瘴気の気配を追ってきてみれば……まさか父の形見なぞに巡り合おうとはな」

 

長く美しい白銀の髪。

 

金色に光る両の瞳。

 

額には、妖の本性を秘めた月の紋様。

 

かつて西国の大妖怪と畏れられた男を父に持ち、その片鱗を大いに受け継いだ美丈夫──殺生丸が、この空間に足を踏み入れていた。

 

「そなたは、犬夜叉の…!?」

 

「口の利き方に気を付けろ。あのような半妖、弟に持った覚えはない」

 

桔梗の霞むような呟きに、殺生丸は目ざとく反応した。淡々と言葉を並べながらも、その態度には明確な敵意が伺える。妖怪としての誇りを持つ殺生丸にとって、異母弟の存在は決して認められぬ存在であった。

 

「それはそうと……人間の女ごときが叢雲牙を握るなど、実に愚かしいことよ」

 

「愚か、ですって?」

 

その言葉を受け、百江の視線が桔梗から殺生丸に移り変わる。

 

「半妖の犬夜叉から鉄砕牙すら奪えなかったあなたに、そんなことを言われる筋合いは無いんだけど?」

 

「この殺生丸にかような口を利けるとは……余程の命知らずらしい──」

 

殺生丸が言い終わる前に、百江は動き出していた。

叢雲牙と天生牙。地界と天界を統べる剣同士が、激しく交わり合う。

 

「……随分と舐めた目つきだね。気に入らない」

 

「その言葉、そっくりそのまま返しておこう」

 

鍔迫り合いの状態から百江が一歩前に踏み込む。

人であるはずの彼女が、力の差で妖怪の殺生丸に圧し勝っているのだ。

 

「天生牙……百の命を救うとされる、癒しの刀。あなたの父親は、随分と可愛らしい剣を遺していったんだ」

 

「…!」

 

「馬鹿な父親だね。私と同じ、人間の女に惚れ込んで……」

 

「黙れ……」

 

「この叢雲牙に身を委ねていれば、もう少し長生き出来たかも知れないのに」

 

「黙れっ!!」

 

激高した殺生丸は怒涛の連撃を繰り出していく。百江が本来知るはずのない過去を口走っていたことは、殺生丸としても承知の上であった。

しかし……百江が蛮骨に対して一切の慈悲を示さなかったように、殺生丸にとっては相手が人間であるということを理由に手心を加える故を持ち合わせていない。

ましてや、内心で尊敬の対象としていた父のことを侮辱されては、殺生丸としても冷静でいられる道理は無かった。

 

 

 

「百江……」

 

刻一刻と移り変わる状況を呆然と見つめていた桔梗は、殺生丸と紙一重の攻防を続ける友の名を呟いた。

 

『絶対に諦めない。それが私の信条だから』

 

いつのことだったか、百江の発した言葉が頭を過る。

あの時、桔梗の瞳に映った百江の後ろ姿は、間違いなく桔梗に何らかの影響を与えていた。

百江との出会いが無ければ、ここまでの道のりだって、大きく異なるものになっていたはずだ。

 

傷を負っても血すら流れない己の体に鞭を打って、立ち上がる。

 

そうだ。まだ終わってなどいない。

 

五十年前のあの時のようにすべてを諦めたら……また悲しい別れが訪れるに違いない。

 

「待っていろ……百江。必ず、助ける…!」

 

「桔梗ーっ!」

 

意を決した桔梗の前に現れたのは、犬夜叉。

彼もまた一度は叢雲牙の前に敗れながら、持ち前の負けん気で再び立ち上がり、この場所へ駆けつけていたのだ。

 

「大丈夫か、桔梗!?」

 

「私なら大丈夫だ。それよりも──」

 

「ちっ。百江のやつ、案の定叢雲牙に操られてるじゃねえか……って、殺生丸!?」

 

犬夜叉は百江と激しく剣戟を繰り広げる相手を見て、二重に眉を顰める。

 

「どういうこった殺生丸!なんでおめえがその女と戦ってやがんだ!」

 

「……」

 

しかし……殺生丸は犬夜叉を一瞥したのみで、その問いに答えようとはしない。そんなことはどうでも良いとばかりに、さらに激しく百江に踏み込んでいく。

 

「最初っから叢雲牙しか眼中にねえってか。こうなりゃ鉄砕牙で、まとめて吹き飛ばしてやらあっ!」

 

「犬夜叉、待ってくれ!百江は……あいつは、私の仲間なんだ!」

 

風の傷を放とうとする犬夜叉の耳に、桔梗の叫びが木霊する。その言葉はまさしく青天の霹靂だった。

百江との出会いを通じて桔梗が変わりつつあることは、犬夜叉もうっすらと感じ取っていた。しかし、まさか「仲間」という言葉が桔梗の口から出てこようとは……

 

「やつの足止めを頼まれてくれぬか」

 

「殺生丸の?できねえ話じゃねえが……桔梗、おまえまさか!」

 

「ああ。その間に、なんとしても百江の邪気を祓ってみせる」

 

「なに馬鹿なこと言ってんだっ。あいつはもう、叢雲牙に心を奪われちまってるんだぞ。力ずく以外に止められる方法なんてねえ!」

 

「確かにそうかもしれない。だが……それでも私は、やらねばならぬのだ…!」

 

「お、おいっ、桔梗!」

 

 

 

『あの百江という少女は、ある意味でかごめ以上に不思議な子じゃな……』

 

これはつい先日、桔梗らと共に戦った楓の弁だ。

 

四魂の玉の因果に導かれたわけではない。

かごめのように、誰かの生まれ変わりというわけでもない。

 

ただ……彼女は忽然とこの時代に現れ、何かを為そうとしている。犬夜叉にとってのかごめのように、あの百江という少女は、常に桔梗の側に寄り添っていたのである。

そして、桔梗はそんな彼女のことを「仲間」であると言い切った。かつて仲間など必要とせず、自分と同じように孤高に生きていた桔梗が、である。

 

だが、今の犬夜叉には桔梗の気持ちが痛いほどに分かる。分かってしまう。

犬夜叉自身もまた、仲間との出会いで自分の内にある何かを変えられた一人だから。

 

──つくづく自分たちは、「現代」の人間と縁があるらしい。

 

そんなことを思って、犬夜叉は大きく息をついた。

 

「……ったくよお!」

 

犬夜叉はひとりごちながら、その脚力で走る桔梗の頭上を飛び越えた。

激戦を続ける二人の間に割って入り、殺生丸の刃を百江の代わりに受け止めたのである。

 

「桔梗、いまのうちだ!どっちにしても、あんまり長くはもたねえぞっ!」

 

「犬夜叉……すまぬ。恩に着る!」

 

桔梗が百江と相対する状況を作ることに成功した犬夜叉は、そのまま殺生丸の刃を徐々に押し返していく。

これまで幾度となく刀を交えてきた二人の戦いが、期せずして始まった。

 

「きさま、半妖の分際で、この殺生丸の邪魔をするか…!」

 

「一人で恰好つけようったって、そうはいかねえぜ。それから言っておくが……おめぇの邪魔すんのに、半妖は関係ねえだろうがっ!!」

 

殺生丸を剣圧で払いのけ、二合、三合と打ち合っていく犬夜叉。

心のうちに、なんとか百江の目を覚ませてやれと……励ましの言葉を捧げながら。

 

 

 

叢雲牙の支配を拒みきれなかった百江は、臆することなく間合いを詰める桔梗に、得体の知れない恐怖を感じていた。

目の前にいる桔梗は、あくまでその名を騙る偽物に過ぎないはずだ。

それならば、目の前にいる巫女はなぜ無防備な状態のまま立ち尽くしている?なぜ、本物であるかの如く悲しげな表情を浮かべている?

 

「なんだ……一体なんなんだ、お前はっ!お前が偽物だということは分かっている!それなのに、どうして弓を引くことを躊躇う!?」

 

『百江、やつは隙だらけだ。ひと思いにやってしまえ』

 

「っ……そうだ、私は殺す。桔梗の邪魔をするやつらを、皆殺しにする。桔梗を、守るためにっ…!」

 

「おまえが心の底から私の死を願うのであれば、それも良いだろう。だが……おまえの心は、魂は。本当にそれを望んでいるのか?」

 

「黙れ……黙れ、黙れっ、黙れぇーっ!!!!」

 

悲痛な叫びと共に。百江は眼前に立ち尽くす、『桔梗の偽物』へ叢雲牙を振り下ろさんとする。

 

「桔梗ーっ!」

 

殺生丸と戦いながら、桔梗の窮地に気付いた犬夜叉の叫びも虚しく。

しかし当の桔梗は──それでも微動だにすることもなく、最期の時が訪れるまで百江から目を逸らそうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……どうした、百江』

 

この場に居る誰もが覚悟した"その時"は……どれほど待とうとも訪れることはなかった。

百江が桔梗に振るおうとした凶刃は──寸前のところで、その動きを止めていたのである。

 

「…き、ない……」

 

『なにをしている。早く止めを刺せ……』

 

「……でき、ない。私には……できない…!」

 

百江の中で、善と悪の心が戦っている。

そのことを瞬時に察した桔梗は、叢雲牙に取り憑かれた百江の右手を強く握った。

 

「…っ!」

 

百江の力をもってしても抑えきれなかった瘴気が、桔梗の体に流れ込んでいく。

その苦しさに思わず顔を歪めながら、しかし桔梗は決してその手を離さなかった。

 

「すまなかった……百江」

 

「何、を──」

 

「おまえにはずっと頼りきりだった。そのことが、知らないうちにおまえを苦しめていたのだな」

 

「さっきから、一体何を言って──」

 

「もういい。もういいんだ……百江。そんな武器に頼らずとも、おまえは十分に強い」

 

「だけど私は──私が、桔梗を守らなきゃいけないのに。たとえこの身が朽ち果てようとも、桔梗だけは幸せになってほしいのに…! 」

 

「おまえがいない未来に、私の幸せなどあるものか。百江が私のことを大切に想ってくれているように……私だって、おまえのことを大切に想っている」

 

「き、きょう…?私は……どうして私なんかに、そんな……」

 

「仲間というのは、悩みも苦しみも全て分かち合うものだ。それを教えてくれたのは……百江。他ならぬおまえ自身だろう?」

 

一転して優しげな表情で説く桔梗を前にして、百江は目を見開いた。

それこそが桔梗の本心であるということに、やっとのことで気付かされたのだ。

 

「私……桔梗のことが、好きで」

 

「……知っている」

 

「大好きな桔梗のことを、守りたくて…!」

 

「それも……知っている」

 

一滴二滴と、百江の頬から悲しみのかけらが零れ出す。

それは、これまでずっと気丈に振舞ってきた彼女が初めて見せた涙だった。

 

「桔梗……ごめんなさい。私…っ!」

 

『つくづくきさまは使えぬやつよ……百江』

 

それきり、百江の側から発せられるものはなにも無くなった。

百江は糸が切れたかのように力を失い、そのまま眼前の桔梗の元へ収まる。

彼女に意識があることを確認した桔梗は、今までの人生の中で一番大きな息をつき……百江の体を優しく抱き留めた。

 

 

 

「叢雲牙の怨念、ようやく消え去ったんだな」

 

「犬夜叉……きさまの目は節穴か。この戦い、まだ終わってなどおらぬ」

 

「なに…っ!?」

 

百江の手から離れていた叢雲牙が、ひとりでに膨大な妖気を放ち始める。

刀に宿る怨念。それが自らの意思によって再び動き始めたのだ。

 

『ふ…ふふ……はははは…!一足遅かったようだな。我は既に、この世を冥界へ帰するに充分な力を取り戻した!』

 

百江という触媒を失いながら、叢雲牙はなおも健在であった。百江から奪い取った生命力を元に、新たに己の体を作り上げたのである。

そして刀身より溢れ出る妖気は既にこの世の理を逸脱するものであり、遂には神聖なる白霊山の大地を裂き、冥界を開いてしまう。

"地の刀"を司る叢雲牙は、現世と冥界の扉を繋ぎ、この世を滅ぼし尽くすことを目論んでいたのである。

 

「なんという邪気だ。これが、叢雲牙の真の力とでもいうのか…!」

 

現状に至りて、桔梗は百江を救い出せたことにある種の奇跡を見出していた。

これほどの力を秘める叢雲牙を手にしていながら、彼女はほんの少し前まで己の意志を保てていたのだ。一歩でも間違っていれば、百江は刀を握った瞬間に精神と肉体を乗っ取られていたことだろう。

 

「桔梗、感心してる場合じゃねえ。百江を連れてとっとと下がれ!」

 

「分かっている。しかし……」

 

叢雲牙の真の力は、桔梗にとって天敵以外の何物でもなかった。

冥界からの誘いは、人の心を惑わせて冥府魔道に落としてしまう。同時に、桔梗の体内に満たされていた死魂もまた、本来行きつく先である冥界へ向かおうとする。それはつまり、恒常的に魂が奪われていくということ。現に桔梗の体からは、既にいくつもの死魂が放出されていた。

 

「今から逃げ出したところで、白霊山を離れきる前に私の魂は尽きてしまう。それよりも──」

 

「叢雲牙をぶっ壊して、冥界を閉じるしかないってことか。だったらこのおれに任せとけ!」

 

犬夜叉が勇ましく駆けていく姿を見送りながら、桔梗は自らの式神である"胡蝶"と"飛鳥"を呼ぶ。

 

『お呼びですか、桔梗さま』

 

「今からこの場所に結界を張る。私の魂が抜け出ないほどに、強力なものを」

 

『仰せのままに……』

 

桔梗と2体の式神はそれぞれに念を込め、強固な結界を作り上げた。これで一先ずは冥界の影響を拒むことができるし、気を失っている百江の身を守ることができる。もっとも現状を鑑みれば、これすらも単なる時間稼ぎに過ぎないが……

 

 

 

犬夜叉はすっかり様相を変えてしまった白霊山の断崖を身軽に登っていき、叢雲牙の元に辿り着く。そこではすでに、天生牙を抜刀した殺生丸が激戦を繰り広げていた。

見事な剣技で叢雲牙の反撃を許さない殺生丸であったが、元々天生牙は人を救うための刀であり、敵を斬るためのものではない。それ故に一見すると有利に見える局面も、その実殺生丸の側が決め手に欠ける状態となっていた。

 

『ふん……所詮は癒しの刀。その刃が届いたところで、痛くも痒くもない』

 

「…!」

 

「どきやがれ殺生丸!!」

 

雄叫び一番に斬り込んだ犬夜叉が、殺生丸を押しのけて叢雲牙と対峙する。だが、その力任せの一撃は叢雲牙によっていなされ、本来の威力を発揮できずにいた。

 

「食らえっ、風の──」

 

「邪魔だ…!」

 

刀を持つ右腕で犬夜叉を殴り、再び叢雲牙と対峙する殺生丸。

数でいえば2対1という有利な状況にもかかわらず、二人は互いを意識しすぎており、連携や協力などといった言葉は元より彼らの中に存在していない。そうなると、この中では頭一つ抜けている叢雲牙が場を自らの有利なように戦局を運べているのも必然のことだった。

 

『兄弟そろって足の引っ張り合いか。滑稽な奴らだ』

 

「戯言を、ほざくな!」

 

「余計なお世話だこの野郎!」

 

ちぐはぐな攻撃を嘲笑うかのように躱した叢雲牙は、お返しとばかりに獄龍破を放つ。百江が扱っていた時ほどの威力はないが、それでも二人に圧し勝つだけの力を誇っていた。

 

 

 

終わりの見えない戦いを下方から見つめていた桔梗にも、いよいよ限界が近づいていた。このままでは残る死魂をすべて失い、自らの体は土と骨の残骸に帰する。そうなれば当然のこと、隣に横たわる百江の命すらも消えてしまう。

 

(一体どうすれば、叢雲牙を倒すことができる…!?)

 

死を恐れぬからといって、もどかしい思いのまま果てることは本望ではない。地獄と化した戦場の中で、桔梗は起死回生の策を必死に探っていた。

 

そして……その糸口は、思わぬところで見つけることになる。

 

「うむむ、なんということじゃ。このままでは……」

 

どこからか微かに聞こえてきた、老齢な男性の声。

それは確かに聞き間違いなどではなく、足元のいずこからか発せられたものだった。

 

「やはりここは逃げるしか…いやしかし、さすがにこの状況で放っておくのはまずいし……」

 

「…!」

 

見つけた。

結界の中で()()()()()()()()()()としている蚤妖怪が。

 

「おぬしは確か、犬夜叉の……」

 

「冥加ですじゃ。叢雲牙復活の兆しを知り、ここまで犬夜叉さまのお供をしておりました。ですが、あの様子では叢雲牙を倒すことは難しいと──」

 

「……冥加どの。よもやおぬし、叢雲牙を倒す方法を知っているのか?」

 

妖怪は人間と違い、何百何千年と生きる者も存在する。冥加の身なりからして長き時代を歩んできたことを推測した桔梗は、思い切って小さな蚤妖怪にそう尋ねた。

 

「ああいや、正確にどう倒すかまではなんとも。

されど、少なくとも今のお二方のようにばらばらに戦っていて勝てるような相手ではありませぬ。鉄砕牙と天生牙、二つの剣が力を合わせる形で叢雲牙に挑めれば、あるいはと思いますが……」

 

「そうか。あの二人が力を合わせれば、叢雲牙を封じられるのだな…?」

 

「へ?それはまあ、断言はできませぬが……ってちょっと!?」

 

冥加はちゃっかりと結界の中に入ったまま、飛び出していった桔梗を止めようとしたが──彼女にその声は届かなかった。

 

「……っ!」

 

結界から出た瞬間、猛烈な脱力感に襲われる。その感覚は気のせいなどではない。桔梗の体からはさらに死魂が抜け、冥界へと送られていく。己の体が動くうちに叢雲牙を倒さなければ……

 

弓を杖代わりにして戦いの場まで近づいた桔梗は、残された力を振り絞って弓矢を構える。

そのまま一直線に放たれた破魔の矢は、見事叢雲牙の胴体に命中した。

 

『破魔の矢か……小癪な真似を!』

 

「今だっ!……殺生丸、てめえ邪魔すんじゃねえ!」

 

叢雲牙が怯んだところへ大技を仕掛けようとする犬夜叉だったが、再び割り込んできた殺生丸に気を取られてしまい、僅かな間に生まれた勝機はあっという間に消え去ってしまう。

 

「っ…!」

 

その時、強い震動と共に桔梗の足場が崩れ去った。言わずもがな地の底には冥界が開いており、そこへ落ちれば一巻の終わりだ。桔梗の危機をいち早く察知した犬夜叉は踵を返し、寸でのところで桔梗を抱きかかえる。

 

「すまない……犬夜叉」

 

「桔梗、おまえなんて無茶を!」

 

慌てた様子で鉄砕牙の鞘を桔梗に持たせる犬夜叉。百江との戦いで獄龍破すら凌いでみせた鞘の結界には、弱りきっていた桔梗の体を少しだけ延命させられる力を秘めていた。

 

「あの、冥加という老妖怪から話を聞いた。やつを倒すには、兄弟それぞれの力を合わせるしかないと……そう言っていた」

 

「そのことを俺に伝えるために?けど、殺生丸の野郎がおれに協力するわけねえだろ!」

 

「だが……おまえが殺生丸にあわせることなら、不可能ではない」

 

「お、おれがあいつに!?馬鹿言ってんじゃねえ。そんなこと、出来るわけが──」

 

「聞け、犬夜叉。二つにひとつだ。兄と協力して叢雲牙を滅するか、あるいはやつを倒しきれずに、私を殺すか」

 

「んなっ…!」

 

桔梗としても、自らの命を天秤に掛けるようなことは言いたくなかった。だが、事実として彼女の体に残された魂はもう僅かしかない。思いを果たせずに死ぬぐらいならばと、桔梗は犬夜叉に対してあえてその二者択一を迫ったのである。

 

『そろそろ遊びは終いだ。獄龍破……!!』

 

その時、二人目掛けて叢雲牙の必殺技が放たれた。桔梗にはこの攻撃を避ける力など残っていない。犬夜叉は自らの体を盾に、鉄砕牙で瘴気の奔流を受け止める。

 

「ぐ…!爆流破っ!!」

 

そこら中に漂っている妖気の渦のおかげで、犬夜叉は窮屈な体勢からでもこの技を出すことができた。爆流破は敵の放つ妖気が大きければ大きいほどにその威力を増す。もし爆龍破を直撃させることが叶えば…叢雲牙とて無傷ではいられないはずだ。

 

「桔梗……おれはおまえを死なせねえ。その約束だけは、絶対に(たが)えねえ!!」

 

犬夜叉は互いの必殺技が拮抗する間に、もう一度爆流破を放つ。それは文字どおり、力のすべてを出し切る一撃だった。

 

 

 

"殺生丸よ。おまえに守るものはあるか"

 

それは、かつての父が殺生丸に遺した最期の言葉だった。

 

「桔梗……おれはおまえを死なせねえ。その約束だけは、絶対に違えねえ!!」

 

遠くから、犬夜叉の叫びが聞こえてくる。

何故やつは、死人の女にああまでして拘るのか。自分以外の存在を、命懸けで守ろうとするのか。

 

"殺生丸さま!"

"殺生丸さまー!!"

 

「……っ!」

 

その時、殺生丸の脳裏に二人の姿が思い浮かんだ。

それと同時に、天生牙が鼓動を打つ。

まるで、殺生丸の思いに応えるかのように。

 

「この殺生丸に、守るものなどない……!!」

 

天生牙より放たれた奥義──蒼龍破が爆龍破と入り交じり、大きな光の渦が獄龍破を押し込んでいく。

 

『なにっ!?』

 

「今だ……桔梗っ!!」

 

「叢雲牙よ……卑劣な手で私の友を穢したこと、その身を以って償え!!」

 

桔梗の全身全霊の想いを乗せた矢が、最後の一手として攻撃に加算された。

犬夜叉の爆龍破、殺生丸の蒼龍破、そして桔梗の破魔の矢……全てがひとつとなり、遂には獄龍破を押し戻し始める。

 

『なんだ……一体何が起こっている!?』

 

たじろぐ叢雲牙に、次の手は残されていなかった。

白霊山を粉砕するほどの威力が込められた波撃が──叢雲牙を貫く。

 

『馬鹿な…叢雲牙は……不滅…だ……!!!!』

 

断末魔と共に消滅していく、叢雲牙の体。

兄弟の結束が、そして桔梗の想いが、遂に天下覇道の剣を討ち果たしたのである。

 

 

 

「終わった、か……」

 

力が抜けたように足元から崩れ落ちる桔梗。死魂虫が持ってきた魂で、欠けた部分を満たしていく。

あとほんの少し魂が奪われていたら、体を保つことが出来なくなっていた。まさしく九死に一生のせめぎ合いだった。

 

「……ふん」

 

殺生丸は複雑な面持ちのまま天生牙を鞘に納め、足早に白霊山を後にしようとする。しかし、冥界の閉じる寸前に現れた光を目にして……思わず立ち止まった。

 

「父、上…!?」

 

「おやじ!?」

 

犬夜叉にとっては、初めて見る父の姿。

かつて西国の大将として畏れられた大妖怪が、うっすらとその姿を現していた。

 

『殺生丸、そして犬夜叉よ……大切なものを守りたいと思う力が、更におまえたちを強くした。

叢雲牙は黄泉の国に封印され、もう二度と戻ってくることはない』

 

二人の父は、あえて叢雲牙についての遺言を残さなかった。

犬夜叉と殺生丸が互いに守るものを得て、そのために力を合わせることを望んでいたのだ。

 

『おまえたちに言い残すことは、もう何もない。己の心のままに……生きよ!』

 

それが父の最後の言葉だった。

冥界が完全に閉じるとともに、光はやがて小さくなり…完全に消え去った。

 

 

 

殺生丸は亡き父の言葉を今一度反芻し、再び歩み始める。

 

「……行くぞ」

 

「はいっ、殺生丸さま!」

 

「あ、待ってください殺生丸さま~!置いてかないで~!」

 

その後ろに、ふもとで待たせていた小さな少女と妖怪を引き連れて。

 

 

 

「犬夜叉の父君、とても強そうなお方だった」

 

「冥加の話じゃ、かつては西国を束ねる大妖怪だったらしいぜ。物心ついた時には死んじまってたから、あんまり実感はねーけどよ」

 

「そうだったのか……おまえも、随分と苦労をしたのだな」

 

「そうでもねえよ。かよわい人間とは心のつくりが違うからな」

 

あくまで強気な姿勢を崩さない彼にどこか微笑ましさを感じながら、桔梗は静かにその身を預けた。

犬夜叉は愛しい彼女の大胆な所作に内心で驚きつつも、平静を装って桔梗の体を優しく抱き止める。

 

二人には戻るべき場所が、そして仲間がいる。しかし今だけは二人きりの時間を享受したかった。お互い言葉には出さずとも、その想いは確かに一致していた。

 

 

 

それから、どれほどの時間が経ったのだろう。

桔梗ははたと立ち上がり、犬夜叉へ別れの言葉を告げようとする。

 

「……私はそろそろ行く。未だに意識を戻さぬ百江のこともあるからな。だからおまえも、仲間の元へ──」

 

「っ、桔梗!」

 

一面に咲く蓮華の花を背景に、桔梗が静かに振り返る。その所作があまりにも綺麗で、呼び止めた本人である犬夜叉が思わずたじろいでしまうほどだった。

 

「あ、その……おれたちと一緒に、旅をする気はねえか?」

 

「……どうして、そんなことを?」

 

「奈落はこの先もおまえのことを狙ってくる。もしおれのいない所で何かあったら……そう思うと、いてもたってもいられねえ。それに、やっぱおれには、おまえが必要なんだ!」

 

「……そう、か」

 

もし犬夜叉が一人で来ると言っていれば、桔梗はそれを受け入れていたかもしれない。

しかし犬夜叉はその選択をしなかった。不器用でやさしい彼は、仲間を裏切ることができないのだろう。当然、かごめへの想いも……

 

「すまない。今はその気持ちだけ、受け取っておく」

 

だから……今はまだ、離れ離れで良い。

 

「……犬夜叉。最後に一つだけ言っておくことがある」

 

「お、おう。なんだ?」

 

「奈落を倒して、私がひとりの女になった暁には──本気でおまえのことを奪いに行く。だから、覚悟しておくことだ」

 

「へ……?」

 

素っ頓狂な声を上げざるを得なかった犬夜叉は、しかしそのときに燃え上がっていた桔梗の瞳の色を、後々まで覚えていることになる。

お互いの行きつく先が、再び悲しい別れであるとしたら──そんな下らぬ運命など、絶対に捻じ曲げてみせる。そんな決意の表れだった。

 

 

 

二人の交わらぬ旅は、もう少しだけ続いていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※ 没ネタ ~叢雲牙オークション~ ※※※※※

 

 

 

ほもちゃん「さぁそれでは!ここで叢雲牙を競りたいと思うんですよ。コイツの出来る技は、一般的な剣技はもちろん、瘴気を纏ったりも、獄龍破を放ったりも、それから屍を操ったりも、調教次第ではできるかもしれませんよ?それじゃあまず、30両から。さぁお客さん、どうぞ!」

 

犬夜叉「40!」

 

ほもちゃん「40!」

 

殺生丸「50!」

 

ほもちゃん「50!もう一声!」

 

刹那猛丸「60!」

 

ほもちゃん「60!もう一声いないか!」

 

殺生丸「70!」

 

ほもちゃん「70!もう少し欲しいなぁコイツは、こう見えても、刀身は、しっかりして…抜群の切れ味ですよ。さぁもう一声どうだ!」

 

犬夜叉「75!」

 

ほもちゃん「もう一声!」

 

殺生丸「90!」

 

ほもちゃん「90!もう一声!歯切れのいい所で!」

 

刹那猛丸「100!」

 

ほもちゃん「はい!100!お客さんに決まりだ!」

 

刹那猛丸「あぁうっ…(致命傷)」

 

ほもちゃん「お客さんどうもありがとうございますさぁ!そしたら構えてみてくださいよ。し、まず品定めして、納得いくように!何でも出来ますよコイツは!峰トカ=ドーデス?鍛えられたこの、部位。なかなかのモンでしょう!?」

 

刹那猛丸「十六夜が欲しかったんだよ!(本音)」

 

犬夜叉「なかなかえぇ仕事してんなぁ!(職人肌)」

 

殺生丸「なかなか…ちょっとこれイケそうや(さらなる高みへ)」

 

 

 




 
ボツにした理由1:叢雲牙をオークションに出したら大変なことになるから。
ボツにした理由2:そもそも犬夜叉とか殺生丸はこんなこと言わない。
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