白童子が弥勒の風穴に飲み込まれて消滅したのち、神楽はあてもなく空を彷徨い続けていた。
奈落への裏切りは十中八九ばれているはずだ。しかし自らの心臓は、その奈落の手元にある。
どこにも逃げ場はない。
そんな絶望的な状況に、神楽は思わず歯を食いしばる。
(だけど、あたしは諦めねえ。逃げぬいてやるさ……どこまでも──)
そう決意した矢先のこと。
神楽の眼前に現れたのは、今しがた彼女が頭に浮かべていた存在……奈落だった。
「っ…!?」
「神楽、白童子は死んだようだな」
(てめえが死ぬように仕向けたんだろうが……)
「愚かなやつだ。本気でこのわしにとって代われると思っていたらしい」
奈落の独白を、神楽は険しい表情のまま聞き続けていた。やはり奈落には何もかもがお見通しだったのだ。
であれば、次に始末されるのは必然的に自分となろう。
瞬時に翻ればこの場から逃げ去ることはできるかもしれない。だが、奈落が持つ心臓を握りつぶされればそれで終わりだ。
どれだけ必死に考えても、この状況を打開できる策は思いつかない。
万事休すかと思われた……その時。
「神楽……きさまに自由をやろう」
「な、に…?」
「きさまが喉から手が出るほど欲しがっていたもの──心臓だ」
奈落の提案は、にわかには信じ難いものだった。
これまで神楽を縛っていた根幹の部分を、そっくりそのまま返してくれるのだという。
そんな絵空事が信じられるかと凄む神楽に対して、奈落はあくまで涼しい表情を崩さない。
瞬間──奈落の掌にあった心臓が音もなく消えた。
同時に神楽の中で、これまでに味わったことのない鼓動が鳴り響く。
(心臓が、戻…っ!? )
喜びの感情を味わう暇もなく、神楽の体に衝撃が加わる。
呆然としながら視線を落としてみれば、己の体を瘴気に塗れた触手が貫いていた。
「く……っ!」
「安心しろ。大切な心臓は避けてやった」
「奈落……てめえっ!!」
強い怒りの感情と共に風刃を放つも、奈落の結界の前に阻まれてしまう。
触手から大量の瘴気を注ぎこまれた神楽は、貫かれた部分を右手で押さえながら、奈落に背を向けて空を駆けていく。
「せいぜい楽しむがいい。絶望と苦痛に苛まれた、自由とやらをな……」
あえて止めを刺さなかった奈落は、必死に逃げ延びようとする神楽の後ろ姿を、残酷に嗤いながら眺め続けていた。
※※※※※※※※※※
前代未聞のガバ(1パートぶり28回目)が発生するRTA、はーじまーるよー。
前回は不可能と思われた金禍と銀禍の関係改善に成功。その後村人のご厚意で空家を拠点化することに成功しました。
『計画通り……』と野獣の眼光を光らせるほど順調ではないのですが、結果的には拠点確保というチャートに戻ってこられたので良しとしましょう。
また前回パートのコメントに、「ガバ多すぎで感覚麻痺してきたわ」というものがありましたが……奇遇だな、私もなんだ。
そして現在。桔梗とほもちゃんには久々となる安息の時間が訪れています。
本作では終盤へ差し掛かるにつれ怒涛の戦闘ラッシュが待ち受けており、"一戦したら次のストーリーに入るまで休憩"という前半に見られたパターンがどんどん減っていきます。
すると体力回復ポイントを見誤り、手持ちの道具もなくなってお陀仏となることもしばしば。だからこそ休めるうちに休んでおく必要があるわけですね。
あ、そうだ(唐突)
少し前に妖気の結晶を渡してくれた神楽についてですが……多分もうそろそろお亡くなりになると思います(無慈悲)
時系列的には白童子が先に消滅した後、「突然行って、びっくりさせたる」とばかりに現れた奈落の手により、瘴気をしこたま注ぎ込まれてしまうのです。
"お前の望んだ自由はこんなにもつらく苦しいものだったのだ"ということを分からせるために、本当なら心臓を握りつぶせば終わりのところ、わざわざ神楽の中に戻したうえで致命傷を与えているんですね。
汚いさすが奈落きたない。そんなことばっかりしてるから裏切られるんだろ。
そんな正論パンチをかましつつ、丸一日爆睡して二人の体力がMAXに戻ったことを確認したら、とある重大イベントを経由するために来た道を引き返します。この間の移動・戦闘パートには特に見どころさんもないため810893倍速でお送りしm──
な ん で 等 速 に 戻 す 必 要 が あ る ん で す か 。
▼何かが抜け落ちていくような、嫌な感覚。
▼風の流れが……変わった。
ここまでのプレイで接点があったキャラクターが窮地に陥った場合、直感力に優れていると今のようにそこはかとなく地の文で教えてくれます。
そしてこれは神楽がやられたときのメッセージ。危惧はしていましたがやはりこうなりましたね。
「今、何かが……気のせいだろうか」
おっどうしました?(不安)
……ああ、おそらく桔梗もほもちゃんと同様に神楽の死を感じ取ったのでしょう。
奈落ルートでなくとも、神楽との友好値が一定以上に達している場合は彼女を救うもしくはその最期に立ち会える選択肢が存在するのですが、今回は神楽との関係がビジネスパートナー止まりだったため友好度不足です。
所謂『我々の力ではどうすることもできない……』というやつですね。しかし、勿論のことプレイヤーとしても神楽姉貴の悲運な死を無駄にするつもりはありません。ほもちゃんと桔梗が最速タイムで奈落を倒して仇を取ってあげますからね。
風となったであろう神楽姉貴に哀悼の意と新たな決意を示したところで今回はここまでです。ご視聴ありがとうございまし──
▼神無 が現れた!
ファッ!?!?!?!?
なんだお前!?(混乱)
……いやほんとになんだお前!?!?(大混乱)
ちょっと待って!なんでこんなところにKNN姉貴が現れてんの!?おかしいダルルォ!?
原作だと彼女はこの話に絡んでいなかったはずですし、犬夜叉との戦いで命を落とすのはもう少し先のはず……
ま、まさかこの場で鏡の力を解放する気ですか!?桔梗とほもちゃんを倒すために死ぬまで戦えとでも命じられてるんですか!?だとしたら流石に焦りすぎだろ奈落ぅ!!
もーやだ、やだもーやだ、むーりぃー、むーりぃーもーむーりぃー、うわあああん!!!(退行)
い、いいいいいや、しっしししかし落ちつっ、落ち、落ち着け着け。ままま、まだ慌てるような時間じゃない。
ストーリーがチャートどおりに進行しなかったことなんてこれまでざらにあったことです。以前にぐうの音も出ないほどの完敗を喫した相手と言えど、決して勝てない道理はありません。ややややってやんよ!!
▼鏡を向けられた私たちは、即座に武器を構える。
▼しかし、いつまで経っても戦いが始まることは無かった。
……ひょ?
なぁにこれぇ(決闘者並感)
神無は鏡をこちらに向けているものの、例の魂を奪う攻撃は発動していません。戦いの意志はないということなんでしょうか。だとすればなおさら彼女が現れた理由が分からないんですけど。
……と、よくよく鏡を覗きこんでみれば映っているのは私たちではないようです。
そこに居たのは、血に染まった着物を纏い、一人佇んでいる女性。
プレイヤーの私にとっては見覚えしかない光景を見せつけながら、神無はぽつりと言葉を零しました。
「神楽を、たすけて……」
??????????(音割れポッター)
※※※※※※※※※※
(ちくしょう……体がいうことを聞かねえ)
絶望と孤独の中で、自らの内に取り戻した心臓の鼓動が徐々に弱まっていく。
自由を求めた果てに待っていたものは──神楽が何よりも切望していたものは──こんなにも、虚しく儚いものだったのだろうか。
(ここで死ぬのか。誰もいない場所で、ひとり惨めに……これが、あたしの望んだ自由……)
奈落が言っていたことは正しかった。
初めから自由など求めていなければ、命令を聞く忠実な駒であり続ければ、こんな悲惨な末路を迎えることは無かった。
(だけど……それでも、あたしは──)
自由に生きたかった。
だからこそ、神楽はあがき続けたのだ。最後の最後まで。
静かにその時を迎えようとしていた神楽の元に……一つの風が吹きすさぶ。
同時に聞こえてきたのは、誰かの足音。
奈落が止めを刺すためにわざわざ戻って来たとは思えなかった。
だからと言って、それ以外にこんな場所へ来る物好きなどいない。ありえないことだ。
しかし、それでも……
何かに縋るような気持ちで、神楽は重たい顔をゆっくりと上げた。
「……」
「せっしょう、まる……!?」
息が止まるような思いだった。
混濁する意識の中で、幻覚を見ているのではないかとさえ考えた。
しかし……神楽が何度瞬いても、殺生丸の姿が消えることは無かった。
自分が心の底から待ち望んでいた者は──間違いなくこの場所に存在していたのだ。
「奈落の匂いを追ってきた」
「そうか……あんたらしいや。がっかりしたかい?奈落じゃなくて」
「おまえだと、分かっていた」
「っ……分かっていて……来て、くれたのか」
それまで絶望を漂わせていた神楽の表情が、何かに満たされたものへと変わっていく。
気付くと、先程まであった死への恐怖すら消え失せていた。
たった一人。されど一人。
最後の最後に、また会えた。
これから死にゆく神楽にとっては、それだけで十分だった。
「それに……私だけではない」
「え…?」
だからこそ……予見できるはずもなかった。今際の際の神楽を照らす光が、さらに増えることになろうとは。
「間に合ったか。いや……百江、いけるな?」
「もちろん。急いで浄化しよう!」
「桔梗、それに……百江!?」
二人の登場に意表を突かれる形となった神楽は、やや呆然としながらも目の前の出来事を処理しようと必死に頭を動かしていた。
なぜこの二人が現れたのか。そもそも、どうして己の死期を知ることができたのか。
彼女らには殺生丸のように自分の匂いをかぎ分けることなど、不可能だろうに。
次々と湧いて出る疑問が、頭の中を駆け巡っていた。
その答えは──二人の影から現れた最後の人物によって、すべて明かされることになる。
「……」
「……かん、な……!?」
神楽の中では、いよいよ混迷の時代が訪れていた。
殺生丸が来たことすら神仏の情けだとすら思っていたのに。
以前に協力を請うた桔梗と百江が。そして終いには神無が現れるなど……そんなこと、絶対にありえない。ありえていいはずが無い。
いっそ奈落がとどめを刺すために差し向けたのだと言われた方が、よほど納得できた。
「この者が……神無が、私たちを導いたのだ。『神楽を救ってほしい』と──そう言ってな」
「な……なんで…そんなっ…!」
感情がぐちゃぐちゃになり、声が震えているのが自分でも分かった。
なぜ?どうして?そんな疑問符が次々と浮かんでは消えていく。
「どうしてか分からない?……神無ちゃんが、こうなることを望んだからだよ」
百江は手に浄化の力を込めながら、優しげな声色でそう断言した。
神楽は息を飲む表情のまま、改めて神無を仰ぎ見る。
「……」
神無は今まさに死にかけようとしている自分を前にして、これまでに見たことの無い表情をしていた。奈落の命令に誰よりも忠実で、一切の感情が無いとされているはずの、あの神無が。
開いた口が塞がらないという言葉は、まさしくこのような時のためにあるのだろう。それきり何も言えなくなってしまった神楽を尻目に、桔梗と百江は迅速かつ的確に為すべきことを為そうとしていた。
(思ったより傷が深い。どうやら、相当な量の瘴気を注ぎ込まれたらしいな)
桔梗は百江と共に神楽の前後に陣取り、胸に空いた瘴気の浄化を試みていた。かつて千年に一人の巫女と称された桔梗と、これまで幾度となく奈落の瘴気を祓ってきた百江の浄化術だ。神楽の胴体に入り込んだ致死に至る穢れは、瞬く間に清められていく。
「……だが、私たちにできることはここまでだ。触手で貫かれた傷口までは──」
──治すことができない。そう言い終わる前に、桔梗の眼前で刃が振るわれた。
殺生丸が癒しの刀、『天生牙』を抜いたのである。殺生丸にしか見えない冥界の鬼を切り伏せると、神楽の体より抜け出した血が戻り、みるみるうちに傷が塞がっていく。
本来死にゆく者の運命を変え、生き返らせる。
それはまさしく、神に等しき力だった。
もし、殺生丸がこの場に居合わせていなければ。あるいは桔梗と百江が、神無の話に応じてこの場所まで来ていなければ。
彼女の体は瘴気に蝕まれ、あっという間に崩れ去っていたことだろう。
本流とはわずかに異なる、歴史の流れ。ほんの僅かな掛け違いによって、神楽は命を繋ぎとめることができてしまったのである。
※※※※※※※※※※
私は本作を何百回もクリアしてきましたが、この救い方は初めて目にしました。
奈落に貫かれてからでも助けられたんですねぇ。しかもそのきっかけを作ったのがあの神無とは……
いやはやまったく、驚かされましたよ。
ONDISKがVTuberになったときよりびっくりしました。
だけどこういう"まさか"があるから、本作は何度プレイしても飽きないんだよなあ。
プレイヤーもこれがRTAであるということを忘れ、すっかりイベントに見入っています。あとで攻略WIKIに書き込んどかなきゃ……とか考えてます(中ロス)
ちなみにこの特殊イベントがガバにあたるかどうかという議論については、『ガバである』ことを否定できる要素は微塵たりともありません。
神楽を助けるために大幅な寄り道をしてますし、このムーブがのちのタイム短縮に効果を及ぼすとは到底考えられないからです。つまりこれは他の例に漏れずリセ案件、ということになりますね。
ですがちょっと待ってください。
神楽と神無。二人の美しき姉妹愛にプレイヤーの涙がちょちょぎれてリセットの文字が見えなくなってしまったので、私はこのRTAを続行しようと思うんですね。
そのための……IFルート。あとそのための……「原作死亡キャラ生存」タグ?
まあそれはそれとして(デビルマン)
一命をとりとめた神楽姉貴と本当に奈落を裏切ってしまった神無ちゃんが、果たしてこの先どのように動くのか。私、気になります!
神楽が生存する場合、いつもだと必然的にプレイキャラと友好度が高い状態になっているため、その場の勢いで仲間にしちゃうんですけど、今回はそういうわけでもないですし……
そうなると王道を往く、殺生丸パーティー加入ですかね?今のところ神楽の好感度が最も高いのは殺生丸のはずなので。
「私たちにこれ以上出来ることはない。さあ、行くぞ」
え?ちょっ、ちょっと待ってください桔梗様。プレイヤーとしても一応神楽と神無の今後を知っておきたい、というのがありまして……
されどそんな懇願は通じることなく、桔梗はてきぱきとした動作で炎蹄に乗り、あとはほもちゃん待ちという状況を作られてしまいます。
「案ずる気持ちも分かる。だがあの二人なら、きっともう大丈夫だ」
そ、そうなの?
でも桔梗様が自信をもってそうおっしゃられるなら正しいのかもしれない(洗脳済み)
いちプレイヤーとしてはかーなーりー後ろ髪引かれる思いもありますが、よくよく考えたらこれがRTAだったことに気付いたので(未知なる発見)、この場は大人しく彼女の言に従いましょう。
宙を駆ける炎蹄、桔梗の差し出した手にぶら下がるほもちゃん。奇しくもアニメOP「CHANGE THE WORLD」のラストパートみたいな構図になったところで今回はここまでです。ご視聴ありがとうございました。
※※※※※※※※※※
──動いてる。自分の心臓。
──あたしは、間違いなく生きている…!
胸の底から嬉しさがこみ上げてくる。
こんな感情を味わったのは、生まれて以来初めてのことだった。
神楽は自らの身に降りかかった顛末を思い返しながら、今一度己の鼓動を確かめる。
花の色彩、鳥のせせらぎ、風の匂い……あらゆるものが新鮮に見えて、不思議な感覚だった。
自分を縛るものは、もう何もない。
どこへだって飛んでいける。
「そうだ。あたしは、この日が来るのをずっと待っていたんだ……」
「神楽……自由に、なれた?」
こみ上げるようにして出てきた独白に、一人の少女が反応した。
神楽の命を救った者たち。その中で、おそらくは最も神楽に近しいであろう人物が。
「こんなこと言うのは柄じゃねえけどよ……感謝してるぜ、神無」
かつて奈落は言っていた。
神無は何も感じないと。痛みも、恐れも、悲しみも……あらゆる感情を取り払い、心を持たぬ存在であると。
それならばあの時、あの瞬間。
"無"の妖怪を突き動かしたものは、一体何だったのか。
きっとそれは、神無自身もまだ分かっていないのだろう。
だけど……姉妹として生まれ、曲がりなりにも神無と付き合いの長かった神楽には、うっすらとその心境を理解することができていた。
「なぁ神無。おまえはこれからどうすんだ?」
何かを言おうとして神楽の口から出てきたのは、我ながら呆れるような質問だった。
こんなことを聞いても、神無から返ってくる答えはひとつしかないはずだ。
「……分からない」
「そうか……ま、そりゃそうだよな」
神無の奥底に芽生え始めたばかりの感情。それを彼女が自覚できるようになるまでには、もう少しの時を要することになるだろう。
「何はともあれ、これでお互い自由の身だ。奈落の野郎から逃げ回らなきゃならねえってのは癪だが……おまえもどこかで生き延びろよ、神無」
これは一方的な別れの言葉だ。
そう捉えた神無の顔に、ほんの少しだけ陰りが生まれる。
そして──他者の感情にめざとい神楽は、そんな神無の様子を見逃さなかった。
「……それとも、もしおまえが望むなら──」
いつも無口で、何を考えているのか分からない。
会話も必要最低限で、神無のほうから話し掛けてくることはまずあり得ない。
だけど神楽は、神無と行動を共にすることが苦ではなかった。
決して積極的に好いているわけではないが、いざというときに放っておけない存在。
……そう。放っておくことのできない存在なのだ。
「あ、あたしと一緒に……行くか?」
まるで一世一代の告白でもしているかのように、神楽の顔は熱くなっていた。
らしからぬ提案をしていることは、承知の上だ。
神楽は口達者な面もあり、たとえ一人になっても生き抜く自信があった。
しかし……偶発的に奈落から離反する形となった神無は、果たしてどうだろうか。
確かに今までは"奈落の分身"として命を繋いでこれた。
されどその庇護が一切なくなった状態で、彼女はこの乱世を生き抜くことができるのか。
考えるまでもなく、その答えは否だろう。
このまま神無を放っておけば、奈落の追っ手に仕留められるか、そうでなくともまっとうに生きていくことは不可能に近い。
「神楽と、いっしょ…?」
「ま、まあ一応、神無は命の恩人でもあるからな。そいつを放っておけるほど、あたしは恩知らずじゃねえって」
傍から見るとその態度はいかにも照れ隠しであったのだが、神無はまだそこまで細かい部分を察することはできない。
それでも神楽が自分に歩み寄ってくれているのだということは、その口ぶりから理解していた。
「だけど……わたしがいたら……神楽の自由を、奪ってしまう」
「何を言うかと思えば。おまえひとりを連れて行こうが行くまいが、あたしの自由は縛られねえよ」
「…!」
百江から飴玉を渡された時と同じ……いやそれ以上の強い感情が、神無の中に湧きあがっていく。
生きたい。
神楽と一緒に生きたい。
それは、「無の妖怪」が初めて心に抱いた自由への渇望だった。
「行くぜ神無。ちゃんと掴まってろよ!」
髪飾りの白い羽。
これに他の誰かを乗せる日が来ようとは、夢にも思わなかった。
逃げるにしても、自分ひとりさえ助かればそれでいいと思っていた。
「神楽……これから、どこへ行くの?」
「さあな。けどあたしたちは、どこにだって行ける」
しかし、神楽はもう一人ではない。
羽の後ろにちょこんと座る小さな姉と共に、これから先の世を生きていかなければならない。
……上等だ。
元よりその程度の気概すらなくて、自由を手に入れられるとは思っていない。
何が何でも生き延びてやる。
固くそう決意する神楽の目を、神無はいつまでも見つめていた。