──あれから、半年の月日が流れた。
激動の日々が終わり、彼らに訪れたのは平穏な毎日。
無論、この世から悪しき存在が全て消え去ったわけではない。
されど、少なからず桔梗や犬夜叉に巡っていた宿命の闘いに一応の終止符がついたことは確かだった。
「桔梗さま、あっちのほうにたくさん薬草が生えていたよ。一緒に見に行こう! 」
草花を抱える巫女に元気よく話しかける少女の名は、小夜。
桔梗が死人であるという事実を知っている、数少ない者の内の一人だ。
「これだけあったら、しばらくは薬草に困らないでしょ?」
「ああ。良く見つけたね、小夜」
「えへへっ」
慈愛の心をもって接する桔梗と、褒められて自慢げにしている小夜。
二人の姿は、傍から見れば本当の姉妹のようで。
「それじゃあ桔梗さま、また明日!」
「うん、またね。気を付けて帰るんだよ」
「はーい!」
元気よく手を振る彼女に頬を緩めながら、桔梗は小夜の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
「さて……いつまでそんなところに隠れているつもりなんだ、犬夜叉?」
桔梗が誰もいないはずの木陰に語りかけると、犬耳の少年が渋々といった表情で姿を現した。
「毎度言っているが、一緒にいてくれてよかったのだぞ。ああ見えて、小夜は肝が座っているからな」
「別に、そういうのは気にしてねえ。ただ柄じゃねえってだけだ」
犬夜叉はどちらかといえば見知らぬ他人との接触を避けようとする節がある。本当に信頼している相手でなければ、なかなかその心を開こうとしないのだ。
加えて半妖に対する偏見というのは、いまだ健在である。
来るもの拒まずのこの村においてはその風潮がほとんど無いに等しいのだが、二百年余りの時を孤独に生きてきた犬夜叉はそういった事情を汲んで、人前では可能な限り桔梗と会わないことを心掛けていた。
「あの小夜ってガキ、昔の楓みたいだったな」
「……私が死人と知ってもなお、慕ってくれている。本当に頭が上がらないよ」
在りし日の過去が、昨日のことのように思い起こされる。
小夜はあの日、確かに死魂虫を操る桔梗の姿を目の当たりにしていた。
だというのに、桔梗がしばらくぶりにこの村へ戻ってきた折には、その帰参を一番に喜んでくれた。
死人を恐れぬ度胸を褒めてやるべきなのか、はたまたその無警戒さを諌めるべきなのか、その答えは出せぬままであったが……少なくともそんな小夜の優しさは、桔梗の心を温かくさせるのに十分な熱量を持っていた。
「さて、私はこれから豊作祈願の神事に赴くつもりだが……共に行くか、犬夜叉?」
「柄じゃねえって言ったろ。そもそも、どこの国に妖怪を連れ歩く
奈落を倒す旅をしていたあのころとは違う。この村は、今の二人にとっての居場所なのだ。
なればこそ、村で慕われている彼女に奇異の目が向けられることは避けねばならない。犬夜叉はそう考えていた。
桔梗は桔梗でその誤解を解こうと奔走しているのだが……結果はあまり芳しくない。
だが、これについては時間が解決してくれるだろうと確信している。
誰がどう見ても異端な存在だった
「それに、おめーはもう四魂の玉から解放されて、一人の女になったんだ。無理に巫女の役割を果たす必要もねえんだろ。
知らねえぜ?
「ふふっ。本当に大変だったな、あの時は……」
四魂の玉が消滅したのち。
傷を癒した桔梗たちが初めに行ったのは、楓の村の復興だった。
かの村には奈落との闘いの際に瘴気が降り注いでおり、多くの地が焦土と化していた。
桔梗としても生まれ故郷である村を放っておくことはできず、浄化の力を少しでも役立てようと尽力した。
だが……桔梗がこの場所に留まり続けるには、一つの問題があった。
それは、この村に生前の彼女の姿を知るものが多く残っていたということである。
長らく平和が保たれていたこの村では、当時少年少女であった者たちが戦で死ぬこともなく、老いたりといえど健康な状態で暮らしていた。そんな彼らに桔梗の姿を晒せば、どうなることか。
最悪の事態に陥ることを想像した楓は、五十年前を知る者の前に、極力桔梗を出さないよう心掛けていた。
しかし……人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、「巫女の桔梗」が生前の姿のまま蘇り、村に居ついているという噂は瞬く間に広がってしまった。
かつての頃を知る村人たちは楓の家へと殺到し、この世に舞い戻った桔梗に対して嫌忌と畏怖の念を抱く──ようなことはなく。
まるで現人神を敬うかの如く、彼女のことを崇め奉り始めたのである。
その光景に楓は思わず目を疑ったが、よくよく考えればこうなるのも当然のことだと思い直した。
彼らは皆、子供のころに桔梗を慕っていた者たちだ。
悪しき物の怪の類を寄せつけず、難病や飢饉と戦い、村の皆を励まし続ける。妹の自分と同じように彼女の優しさと強さに触れ、その姿に憧れていた者たちなのだ。
彼女が残した功績は、あまりに偉大なものだった。だからこそ、『桔梗さまが蘇った』という尋常ならざる事実は、彼らにとって神仏の復活のように受け取られてしまったのだろう。
されど、桔梗にとってはその崇拝の対象となることは大いに憚られた。
巫女としての道半ばに犬夜叉と恋に落ち、奈落の策に嵌まって一度は命を落とした私に、手を合わせられるような価値はいかほども存在しない。
仮に崇められるとするなら、それは不甲斐ない自身の代わりに村を五十年間守り抜いた妹──楓であるべきなのだ。
桔梗がそう反論したところ、当の楓本人は「本当におねえさまは、自覚のないところで相手の心を揺さぶりなさる……」と言って強引に話を終わらせてしまった。
ともかくそんな経緯もあり、桔梗はほとぼりが冷めるまでかの村を離れることを決めた。
楓からは「もう離れ離れは嫌ですおねえさまぁ…!」と泣きつかれたが、会えなくなるほど遠い場所には行かないと約束したことで、ひとまずの落ち着きを取り戻していた。
「まさかあん時は、楓ばばあの泣きっ面を拝めるとは思ってなかったぜ」
「ああ見えて、感情は人一倍豊かなんだ。私などと違ってな……」
「何言ってんだ。それを言うならおまえとそっくりに、だろ?」
「え…?」
(自覚、無かったのか……)
これまで巫女として生きてきた弊害か、桔梗は己の感情の変化に疎いところがある。
彼女の喜怒哀楽は実のところかなりはっきりと表に出ているのだが、本人としてはあくまで冷静さを保てているつもりらしい。
犬夜叉にしてみれば桔梗が拗ねたり悲しんだりしている時がすぐに分かるため、ある意味好都合な面もあるのだが……
反対に、その性格が災いして一触即発の事態に陥ったこともある。
それは、楓の村で復興作業が始まったばかりのころ。
奈落の瘴気を祓うことのできる桔梗とかごめは、必然的に同じ場所での浄化作業を余儀なくされた。
かごめは桔梗に対し、命を救ってくれたという恩義がある。
桔梗も以前のようにかごめのことを疎ましくは思っていない。
されど、共に犬夜叉を想うもの同士の宿命か。
二人は浄化の手を緩めぬまま、どちらがより犬夜叉のことを愛しているかで互いに一歩も譲らぬ主張を繰り広げ始めたのだ。
もちろん後になってから、双方ともに行き過ぎた言動を反省してはいたのだが……
それからも彼女らの微妙な緊張感はなかなか紐解けることなく、かごめが「受験」のため元の時代に戻るまで、ぎくしゃくとした関係は続くことになった。
諍いの元凶たる犬夜叉は、当然ながらその間まったく生きた心地がしなかった。
桔梗が楓の村を離れることになった際には、いの一番に彼女へ同行を申し出た犬夜叉。
だが、いつまでもこの現状を良しとするわけにはいかない。
桔梗とかごめ。似て非なる二人の女性を惚れさせた男として。
いつかは決断を下さなければならないことだ。
数日後。
桔梗にとっては良く見知った人物が、村を訪れていた。
「桔梗おねえさま、お久しゅうございます。 お会いしとうございました!」
「あ、ああ。以前に会ったのは、確かひと月ほど前のことだったと思うのだが」
まるで五十年来の再会を喜ぶかのような楓に苦笑しながら、桔梗はわざわざこの村に来た理由を尋ねた。
楓の話によれば、先日の山崩れで村近くの塚が壊れ、封印されていた妖怪が逃げ出したのだという。
その妖怪とは、かつて桔梗が封印の矢で抑え込んだ『根の首』であった。
犬夜叉や桔梗と同じように五十年の間眠りについていた根の首は、積年の恨みと四魂の玉欲しさから、おそらくは桔梗の住まうこの場所を狙ってくるはずだ。そう考えた楓は、相変わらず己の老体を一切顧みることなく、馬を走らせて警告にやって来たらしい。
「そうか。あの根の首が……やはり封印の矢は、おいそれと使うものではなかったのかもしれぬな」
「仕方のないことでしょう。あのころのおねえさまは、殺生をすることに嫌気が差していた。
それに……その躊躇いがあったからこそ、おねえさまは犬夜叉と会うことができた。楓はそのように思います」
姉の心情などお見通しとばかりに楓が鋭い洞察を飛ばすものだから、桔梗はただ舌を巻くばかりであった。
その後、「根の首を倒すまでおねえさまの供をする」と言い出した楓をなんとか説得して村に帰した桔梗は、側に控えていた犬夜叉と今後の用心について話し合おうとした。
根の首は奈落などと比べれば取るに足らない妖怪であるが、本体を打ち砕かぬ限り完全に倒すことができない。故に桔梗は、あらかじめ策を講じておき、犬夜叉と連携して根の首を滅する算段であった。
「犬夜叉。今の話、聞いていたな?」
「お、おう。そんな雑魚妖怪なんざ、軽くのしてやるぜ」
しかし肝心の犬夜叉は、桔梗と目を合わそうとせず、どこか様子がおかしかった。
「どうした。何か気になる事でもあったのか?」
「あ……いや、なんでもねえ」
何かを言いかけようとして、すんでのところで自重する。
いよいよ一目瞭然となった彼の素振りを前にして、桔梗がやむを得ず問いただそうとした……その時。
辺りが、にわかにざわめき立っていく。
二人は妖怪の襲来を察知し、即座に家の外へと躍り出た。
根の首はその巨体を地中に潜ませ、末端の枝を分身体として地上に送り出す。妖木に囚われた人間は養分として吸いつくされ、息つく暇もなく骸と化してしまう。
「よ、妖怪だ!西の方角に妖怪が現れたぞー!」
「待て、東の方にも出てきているぞ!そっちへ逃げては駄目だ!」
必死になって逃げ惑う村人たち。
犠牲となった者は未だ存在しなかったが、このままでは根の首に捕らわれるのも時間の問題だった。
家屋の土間で薬草を煎じていた小夜は、気付くと根の首の分身体に囲まれていた。
慌てて逃げようとするも、扉は妖木で塞がれてしまっている。
「嫌……助けて、桔梗さまっ!!」
根の首の妖木が、少女の喉元へと迫る。
小夜はおぞましい姿の妖怪から目を背けながら、最も信頼する巫女の名を叫んだ。
「──もう大丈夫だ。小夜、遅れてしまってごめんね」
果たして、その声はしかと彼女の元に届いていた。
二人の間に割って入るように現れた桔梗は、そのまま呪い返しの術で根の首の分身を跳ね除けてみせる。
「桔梗さま!来てくれるって、信じてた……」
張りつめていた力が抜け、後ろにへたり込む小夜。
今の彼女には、悠然と構える桔梗の後ろ姿がとても大きなものに見えた。
『キ、キョウ……ついに見つけたぞ、桔梗ー!!』
そして、主役の登場に歓喜したのは小夜だけではなかった。根の首はそれまで地面に潜ませていたすべての分身体を掘り起こし、矛先を一点に集中させる。
「おまえの狙いはこの娘でなく、私だろう。さあ、ついてこい!」
根の首を引き付けて小夜から距離を置いた桔梗は、突如として明後日の方向へと走り出した。
村への被害を抑えるため、相手の攻撃を一手に引き受ける算段だった。
『四魂の玉を、寄越せえーっ!』
四方から迫りくる妖木を紙一重で躱しながら、桔梗は目的の場所へと辿り着く。
村から少し離れた、小高い丘の上。この場所であれば他の者に被害が及ぶ可能性はないし、根の首が潜めるような隙間も存在しない。
当初の目論み通りに地の利を得た桔梗は、鉄砕牙を掲げて臨戦態勢をとる犬夜叉の姿を見遣った。
──行くぞ、犬夜叉。
──任せとけ、桔梗!
言葉を交わさずとも、その意思は通じ合っていた。
熟練の動きで矢を番えた桔梗は、根の首の本体へ破魔の矢を放つ。
それと同時に犬夜叉が放ったのは、必殺の金剛槍破。
生命力に長けた根の首といえど、その両技を受ければひとたまりもない。
断末魔すらあげることなく、根の首はこの地上から姿を消し去った。
「どうってことのねえ相手だったな。じゃ、村に戻ろうぜ」
「ああ。だがその前に──」
ずい、と桔梗の顔が近寄った。突然の出来事に、犬夜叉は動揺しながら目を逸らす。
それだけならば、照れ隠しであると言い張ることもできただろう。しかし……
「ななっ、なんでえ!?べ、別におれは、なんも隠しちゃいねえぞ!」
その露骨すぎる態度は、察しの良い桔梗でなくとも丸わかりなほどに、何か大事なことを隠しているものだった。
(……相変わらず、分かりやすいやつだ)
桔梗は内心でそんな風に思いながら、いよいよ核心の部分に切り込むことを決意する。
「犬夜叉、正直に言って欲しい。何か私に、至らぬところがあったのか?」
「ばっ…!そんなんじゃ、ねえよ……」
「ならば、話してくれ。そんなふうにずっとよそよそしいままでは……気にしてしまうから」
かつての桔梗であれば、滅多に見せることのなかったしおらしい態度。その姿を前にして、犬夜叉が築き上げていた苦悩の壁はあっけなく崩壊した。
「……実は、こいつを渡そうと思ってたんだ」
犬夜叉は意を決したかのように、懐からあるものを取り出す。
まさか贈り物をすることが恥ずかしくて、今までこんな様子だったのだろうか。それにしては、随分と深刻そうな様子であったが……
桔梗は様々な考えを巡らせてみたが、その引っかかりに対する答えは見つからないままで。
「え…?」
犬夜叉から差し出されたものを垣間見て、一瞬時が止まったような感覚を覚えた。
緒のついた純白の貝殻。その中に塗られていたのは、真っ赤な紅。
「これ、は……」
かつて犬夜叉から授かった、子安貝の紅差し。
母の形見であると聞いていたそれを犬夜叉が持っていることに、桔梗は驚きを隠せなかった。
この紅差しは粉々に砕け散ったはずだ。
五十年前……他ならぬ桔梗の目と鼻の先で。
「どうして、これが…?」
「まあ、いろいろとあってな。宝仙鬼って妖怪の二代目が見つけ出して、直してくれたんだよ」
あの世とこの世の境を繋ぐとされる宝珠──黒真珠。
宝仙鬼曰く、犬夜叉の右目に宿っていたそれを再び作り出すために、母十六夜の形見がどうしても必要だったのだという。
だが……犬夜叉にとっては、黒真珠などより紅差しの方がよほど重要であった。
以前に桔梗へ手渡したものは、己の姿に扮した奈落の手で握りつぶされたと聞き及んでいる。
改めてこの紅を贈れば、桔梗は喜んでくれるに違いない。
──本当に?
この紅差しは桔梗を絶望の底へと押しやった象徴でもある。
仮にその時の記憶を彼女に思い起こさせてしまえば、本末転倒ではないか。
犬夜叉は悩み始めた。
紅を渡すべきなのか否か。他事がすべて上の空になってしまうほどに、犬夜叉は考え込んでいた。
流石に根の首との戦いの際には気持ちを切り替えていたが、鉄砕牙を収めた後は再び元の状態に逆戻りしてしまい……現在に至る。
不器用な犬夜叉が桔梗への贈り物に抱いてしまった、大きな葛藤。
それが今日一日のあらゆる言動に反映されていたのだ。
「で、どうする?いらねえってんなら、おれが持っとくけどよ」
「ま、待てっ…!」
遠慮がちに引っ込めようとした犬夜叉の手を、反射的に掴む。
「その……ありがたく、受け取りたい」
「……っ!」
消え入りそうな声で呟く桔梗を前にして、犬夜叉は心の底から悶絶した。
もし彼が理性を持たぬ獣であったなら、今すぐにでも彼女を抱きしめて拐っていたことだろう。
そう言い切れるだけの魅力が、桔梗にはあった。
香を焚き、紅を差し、白粉を塗って逢瀬を楽しむ。
そんな年頃の楽しみを経験してこなかった桔梗にとって、犬夜叉からの贈り物は宝物のように輝いて見えた。
確かにこの紅差しを奈落に砕かれた時の光景は、今でも桔梗の脳裏に焼き付いている。
しかしそんな過去をいつまでも引きずってしまうほど、彼女の心は打たれ弱くなかった。
「後生……大事にする」
むしろ桔梗は、犬夜叉から再び授かったこの紅を生涯手放さないことを決意する。
もう二度とあのような悲劇は起こさない。起こしてたまるものかと。
「お……おうっ!」
今日一日ずっと垂れ下がっていた両耳が、水を得た魚のようにぴょこんと元気を取り戻す。
桔梗の芳しい反応を前にして、犬夜叉は分かりやすく喜んでいた。
そんな彼の様子を微笑ましく思いながら、桔梗は手に持つ子安貝の蓋を開く。
内側には赤色の紅が塗り込まれていた。
「早速になるが、付けてみてもよいだろうか?」
「ああ。もちろん!」
いつになく積極的な桔梗の姿勢に気圧されながら、犬夜叉は肯定の意を示す。
内心ではすぐにでも紅を差した姿を見てみたいと思っていたから、渡りに船とはまさにこのことだ。
桔梗は洗練された所作で、その口元に紅を引いていく。
犬夜叉はごくりと息をのみながら、美しく装った彼女の顔をまじまじと見つめていた。
「あの、犬夜叉…?何か言ってくれないと、私も反応に困ってしまうのだが」
「え!?あ……えっと、その。すげえよく似合ってる……と、思うぜ」
真っ赤になりながら、己が持ちうる限り最大限の賛辞の言葉を贈る犬夜叉。
その純粋な心意気は当然桔梗にも伝わり、胸をなでおろすように安堵の表情を浮かべるのだった。
──今の私には、生きるための目的が二つある。
ひとつは五十年前に為しえなかった、『犬夜叉と共に在りたい』という本懐を果たすこと。
かつて途絶えてしまった私たちの道筋は、長い長い遠回りを経て、ようやく元の場所に戻ってきた。
果てのない旅路は、まさに今ここから始まっていくのだ。
そして、もうひとつ。
百江と交わした再会の約束を叶えるためにも、私は生きなければならない。
あの日以来、百江が再びこの時代に舞い戻ってくることはなかった。
かごめが現代に戻った際、百江の居場所を探そうと試みてくれたそうだが、結局彼女を見つけることはできなかったらしい。
まるで初めからいなかったかのように……百江という存在は、どこかに消え去ってしまったのである。
しかし──このまま彼女に二度と会えなくなるとは、私にはどうしても思えなかった。
『おまたせ。茶の湯しかなかったんだけど、いいかな?』
忘れたころにひょっこりと現れて、そんなことを言う彼女の姿が思い起こされる。
常識外の道を走っていた彼女には、時代を越えるなど訳もないだろうと思わせてしまう何かがあった。
仮に……百江がこの時代に戻って来られないのだとしても、私は絶対に諦めない。
その時は、私が百江のいる時代に会いに行く。それだけの話だ。
命ある限り、希望はそこにある。
だから私は、明日を生きる。
私たちの旅は……まだ、始まったばかりだ。
終劇