竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
唐突ですまないが。諸氏は、『転生』という言葉をご存知だろうか。
そう、輪廻転生のアレである。が、ここではもう少しサブカルチャー寄りの……いわゆるジャンルの一つとしての『転生』のことを指す。
古来より、神話から小説、漫画に至るまで、あらゆるジャンルで『あなたは○○の生まれ変わりです』というシチュエーションは親しまれてきた。
その内情は様々だが、それには大雑把に分けて二種類が存在する。
一つ。生まれ変わる前───前世というヤツを最初から覚えているもの。
一つ。生まれ変わった後───劇的な出来事で、あるいは不意に、前世を思い出すもの。
だいたいこの二種類に分類される。というのが、個人的な意見だ。
無論、探せばこれに該当しないケースはいくらでも見つかるだろうが、今ここで重要であるのは、生まれ変わりというのは大抵の場合において前世の記憶というヤツを持っている。ということだ。
……まぁ。何が言いたいかというと、つまり。
前世の記憶も今世の記憶もハッキリしない
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凡庸。パッとしない。それなりに真面目。成績は普通。
彼という人間を構成する要素を挙げると、概ねそんなところだろうか。
他には……現在アルバイト中の苦学生であるとか。割と日和見主義というか、中立であるとか。その程度の情報しか、特筆すべき点はない。
総合して、いたって普通の男子学生。
それが、彼───アシュリー=ヴィルセルトという人間だ。
そしてその平々凡々とした一般人は、
「んー……良い朝だ」
と、フェジテの一角で日光を浴びながら伸びをしていた。
「ふむ。本日も快晴なり……といったところか」
「おはよう、アッシュくん。今日も良い天気でよかったね」
「ああ、おはよう。フィーベル、ティンジェル。珍しいな、今朝は寝坊でもしたか?」
路地の前から飛んできた声に、チラリと時計を見ながら挨拶を返す。いつも二人が通う時間よりも、少しだけ遅いのは事実だ。つまり、残念ながらアッシュ───アシュリーもそこまで早く来ているわけではない。
呼ばれたうちの片方……ルミア=ティンジェルの隣にいた銀髪の少女がやれやれと言いたげに盛大にため息をついた。
「アッシュ……あんた、相変わらずのんきっていうか、緊張感がないわよね……」
「? この時間でも間に合うはずだけど」
正確には開始5分前には着くはずだ。
しかしこの説教魔、もといシスティーナ=フィーベルはそもそも、ギリギリに着くような時間に家を出るなと言いたいのであった。
「はあ……まぁ、いいわ。こっちはただの忘れ物よ。一緒にしないでちょうだい」
「システィ、ヒューイ先生のこと気に入ってたもんね?」
「ヒューイ……ああ、あの根っこが根暗っていうか悲観主義っぽそうな先生」
「教師になんて言い草よ」
「辞めちまったんだっけ? また中途半端な時期だよな」
肩に引っ掛けた鞄を持ち直し、件の優男を思い返す。教科書の内容をわかりやすく、懇切丁寧に教えてくれていた男教師だ。が、つい先日唐突に辞めてしまったらしく、今日はその代わりの講師が入るとか入らないとかいう話だったか。
という情報をシスティーナに言われるまで綺麗さっぱり忘れていた、ということは伏せておいた。
「そう……はあ、ほんと残念よね……ヒューイ先生、すっごく良い先生だったのに……」
「とっつきやすかったのは確かだな」
魔術師というのはプライドの高い人種が多い。崇高なる神秘を解き明かし、自在に行使する自らのことを選ばれた人間だと自負している者が多いのだ。人類の全員が全員魔術を使えるわけではないから、ことさらにそうした意識が強いのだろう。
力を手にすれば調子に乗るのが人間のサガである。ある意味では仕方のないことなのかもしれない。
が、このプライドや選民意識がいくところまでいってしまうと、魔術師は外道魔術師と呼ばれる存在へと容易に変貌する。生贄にしたり巻き添えにしたりと、要するに一般人の犠牲を顧みなくなるのだ。
そういう外道魔術師が集まる組織もあるというが、普通に暮らしている以上はあまりお目にかかることのない集団である。
「……と、俺はこっちだから」
「なんで? ここまできたら学院までの道は一緒でしょう?」
「寄るとこがあるんだよ。昨日、バイト先に財布忘れちゃって」
「ギリギリで登校してないで早く行けこのおばかっ!!」
はーい、と気の抜けた返事をしてバイト先へ。
財布を確保し、店長に軽い挨拶をして戻ってきた時、何故かシスティーナとルミアは……というかシスティーナは肩を怒らせていた。
この短時間でなんでさ、と言う級友に半ばキレながら「知らない!」と返すと、そのままシスティーナはルミアの手を引っ張ってズンズンと歩いて行ってしまうのであった。
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───と、朝にそんなことがあったなあ、と教壇を見ながら思った。
「自習にしまーす。……眠いから」
目の前というには少し遠いところでおやすみ3秒と言わんばかりの勢いで寝落ちする一人の男。
すごいな、いくら俺でもあそこまでのスピードで寝落ちることはそうそうない。
結局始業ギリギリで教室に到着した俺よりもはるかに遅れて現れたその男はグレン=レーダスというらしく、案の定今日やってくるという非常勤講師だった。そんでもって意外にも若い。俺よりも二つか三つ上、といった程度だろう。
この辺りではそこそこ珍しい黒髪黒瞳。顔は悪くないが、肩にかかる程度に伸ばされた髪は適当に括られている。切ったら良いのでは? と思わないこともないが、髪を切るというのはなかなかどうして面倒なものである。前髪ですら目が隠れるほど伸びてもしばらく放置してしまうというのに、後ろ髪となれば言わずもがな。それに縛ってしまえば意外と楽だったりもする、というのは知り合いから聞いた話だ。
おしゃれという線は……ないだろう。それにしては雑すぎる。あっちこっち跳ねている髪でおしゃれですなどと片腹痛い(と身だしなみに厳しかった友人なら言うだろう)。
むしろやる気が皆無というか。
現在進行形でやる気が皆無というか。
そういうことに気を回す活力があるようには見えないというか。
「ふっ……ざ、けん、なーーーっ!!」
怒号とともにフィーベルの教科書が飛んでいった。投げたのももちろんフィーベルである。なんだかキャンキャンと騒いでいるが、要するに優等生様は新任講師のこの体たらくが許せないらしい。朝から元気なことである。
その後の展開? フィーベルがキレ散らかしてるのを延々後ろから眺め───るのは早々に飽きたから普通に自習をしていた。フィーベルと俺は別に仲良しというわけではない。ただ席が近いだけである。そして朝から騒ぎまくるのはフィーベルだけで十分だ。
「ねえ、アッシュくん。システィのことなんだけど……」
だからなにゆえに俺のところにお鉢が回ってくるのか?
「止めろって? いいんじゃない、放っとけば。のれんに腕押し、ぬかに釘ってやつでしょ、ありゃ」
「そうだけど……」
いや、正確には止めて欲しいというより現状をどうしたら良いかわからないといったところか。
ティンジェルとフィーベルは古馴染みだと聞く。であれば、親友が猛り狂っているのはどうにかしたいということだろう。
そして俺の返答はノー。
何故ってそりゃ、ヒートアップしすぎて介入するのが躊躇われる状況になっているせいである。
ついでに言うと位置関係も悪い。後ろからでは口出しするのもなにかと難しいのデス。
「まあ、大丈夫だろ。幸い……って言うと違うけど、あの人が遅れてきたおかげで授業時間もあとちょっとしかないし」
放っておいても、チャイムが勝手に水を差してくれる。
さらに言えば、次の授業は錬金術である。着替えを挟む関係上、どうしたってグレン先生とは離れざるを得ない。そうなれば、フィーベルも頭が冷えるだろうし、ティンジェルが落ち着かせることも容易になる。
とは言っても、言ってることは九分九厘フィーベルの方が正しいし、仕事の雑な講師に「待った!」と疑問やら要求やらを真っ向からぶつけるのはフィーベルの性分のようなものだ。ついたあだ名が講師泣かせ。落ち着きはしても撤回はしないだろうし、今後もグレン先生があの態度であれば今日は丸一日フィーベルのお説教コースになるやもしれん。
あのやかましさ、もとい生真面目さは貴族としての価値観とかプライドとかが為せる技なのだろうか。システィーナ=フィーベルとはかくも奥深いものである。
「……ああ、ほら」
そうこう言っている間に、話はまとまることなくチャイムによって遮られた。ここぞとばかりにグレン先生が教室の外へと駆け出していく。
哀れなりフィーベル。そして次の授業はさっきも言ったが錬金術だ。
ここでボケッと時間を潰したり、グレン先生を追いかけていく余裕はない。
「──────ッッッ!!」
「し、システィ、ほら次錬金術だよ! 着替えないとだから! 更衣室行こう、ねっ!」
ティンジェルが、着替えを持ってフィーベルを引きずっていく。
……しかし嫌な予感というか、結果が読める気がするというか。
そしてその嫌な予感通り、着替え中に廊下から何かがブッ飛ばされるよーな音が響いたその数分後。頭にタンコブを作ったグレン先生は、実験室で高らかに自習の旨を告げるのだった。
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「お疲れ様でしたー」
「ああ、お疲れ。また頼むよ」
「うす」
結局、昼飯を挟んだ後も自習地獄だった。
フィーベルは途中で諦めたのか体力が尽きたのか、青筋を立てながらも素直に自習に励んでいた。いや、なにも言わなかったわけではない。もちろん毎回毎回律儀に抗議してはいたのだが、まあ案の定グレン先生が聞き入れることはなく。正直血管の一本や二本ならプチッとキレていそうな形相だったが、相手が狸寝入りを決め込むのでは仕方ない。授業のたびに教科書を投げつけるわけにもいくまいし。
そーゆーことで、今日の学校生活はおおよそ平穏無事とは言い難いまま幕を閉じ、俺はこうして放課後のアルバイトに励んでいたというワケだ。
今日はちゃんと財布を持って帰ってきていることを確認し、帰路につく。
季節は春。しんと冷え込んだ薄暗い夜。俺は愛しの我が家に帰り着き、日々の疲れを癒すためにベッドへと潜り込む。
あの怒りようだと近いうちに家の権力で脅しをかけるか決闘を仕掛けるかしそうだよな、と思いながら。
「───あなたにそれが受けられる?」
「システィ! だめだよ、早く拾って……!」
……一週間後、フィーベルがグレン先生に
ついにキレたか、と思う俺をよそに、教室は予想だにしない展開にざわつくのであった。
アシュリー=ヴィルセルト。17歳。アルザーノ帝国魔術学院二年次生二組に在籍するごくごく普通の男子生徒。
転生前の個人を表す記憶なし。大雑把な知識あり。転生特典の自覚、希薄。