竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
まあいいか、とすべての匙を投げて書き上げました。ゆるして。
「本当は、時期尚早なのですけれど」
そう言って、女は笑んでみせた。
それなら放っておいてほしかった、という少年の言葉を無視して、なおも重ねる。
「ですが、それもここまで。その正体、その能力、あまりに不明瞭ではありますが……」
ちらり、とエレノアが見やるのは、数多の怪物を屠り、真銀か日緋色金でもなければ斬り裂けぬと謳われる宝石獣さえも砕いてみせた赫き魔剣。
いずれこの少年がどこに与するのか、どんな存在となるのかは現状では不明だ。敵か味方か、あるいは第三者か。剣聖のごとき存在となるのか、宝の持ち腐れとなるのか。
だがどうなるにせよ、手元に確保しておくに越したことはない。
エレノアとて神ならぬ身。敬愛する大導師のように多くを知るわけではないが、それでも彼の異常さは明らかだ。叶うのならば、魔術師としての欲に任せてその身体をバラバラに解体して解剖して解析して、魂も精神も肉体も全部明らかにしてしまいたいほどに。
「どうですか? 大いなる
始まりは仮にも竜に連なるモノをその身一つで破壊したという異常性から。
その次はエレノア自身の忠誠と直感から。
その二つを理由に、エレノアはアシュリーを勧誘───否、捕獲すべきという結論へと至った。
実際に大導師がどう動くかはわからない。エレノアはただ粛々と、大導師のために行動するのみ。
そのために近付いた。そのために逢瀬を重ねた。そのために、今───こうして傷を負わせた。
死なない程度に体力を削るための一刺し。捕らえるのであればもっと適した方法があっただろうが、エレノアはそうしなかった。それはこの目で彼の能力を確認するためでもあり、火照った身体を冷ますためでもあった。
冷たいナイフに滴る、熱く甘い生命の原液を舐め取って、エレノアはやはり微笑む。
「ええ、ふふっ。昂ってしまいますわ……」
「───それが、あんたの本性か」
ため息を一つ、冷ややかな声とともに吐き出した。
少年は既にエレノアを打破すべき障害と見なしていた。見事な切り替えと言わざるを得ない。あの街、あの場所で見せていた純真さ、凡庸さは消え失せている。
代わりに構えているのは鋭利な刃。触れるものを斬り裂く魔剣。魔力は枯渇寸前のようだが、その刃を持つというだけで十分に厄介だ。
それにきっと、彼はエレノアを斬ることを躊躇わない。そんな確信があった。
「返答する。こちらの回答は『
「まあ、つれない御方」
心底残念だ。
残念だが、仕方ない。
「では、力づくで連れていきますね?」
「結局、そういう結論になるんだな」
もう一度、ため息。
目の前の少年はいかにも『うんざりする』とでも言いたげに肩をすくめ、長剣を構える。
これ以上の問答は必要ない、ということか。
惜しくはあるが、こちらの時間も無限というわけではない。グレンやアルベルトが侵入している以上、エレノアとていつ儀式が邪魔されるのか気が気ではないのだ。
つまりこの戦いは、互いにとって短期戦が望ましいもの。少年は戦闘力の問題から、エレノアは本来の役割の問題からそれぞれこの再会を終わらせようとしている。
「───いざ」
短い言葉。同時にアシュリーが地を駆ける。速攻を仕掛けるとは見上げた度胸だ。
こう言ってはなんだが、アシュリーの白兵能力はそう高くない。リィエル=レイフォードに比べれば大抵の剣士は凡才に成り下がるとはいえ、高く見積もってもせいぜい中の中が良いところ。
だが先の通り、手にした長剣は宝石獣さえ斬り裂く業物だ。それが凡庸な人間であるはずのアシュリーの脅威度を一段階、引き上げている。
「さあ、さあ皆様、出番ですわ。ああ、私ったら火照って昂って仕方がなくて───」
「フッ───!」
「───燃え上がってしまいそう」
横に一閃。それを跳躍で躱し、エレノアは清浄だったはずの神殿から不浄なる死骸を無数に顕現させる。ここに来るまでにアルベルトに相当数減らされたはずであるにも関わらずその数は通路を埋め尽くすほどであり、そして全員が女性。
肉は腐り、骨は露出し、眼球は落ち窪み身に纏っていた衣服はボロ切れと化した死者の群れ。それが一斉に、この場における主以外の生者───アシュリーに向けて殺到する。
辛うじて残っていたのだろう発声器官からおぞましい金切り声を上げながら、腐り落ちた爪でその喉を裂かんと死者にあるまじき速度で群れ集う。
まずは小手調べ、ということだろうか。お行儀よく順番に、ではないとはいえ、辛うじて対処できるレベルの死体がじわじわと迫っている。
「死者の群れとは、良い趣味をしているなエレノア=シャーレット!」
「お褒めに与り光栄ですわ」
「褒めて、ないッ!!」
地面を踏みしめ、逆手に握った魔剣を振り抜く。一体を袈裟懸けに両断しつつ、回し蹴りの要領で大きく足をしならせ、後続の死者を吹き飛ばし、胴体を粉砕する。背中の傷が痛んで血を吐き出し続けているが、それだけだ。行動に支障はない。
空中に跳び上がりながらもう一撃。空中で体勢を整えて、着地する寸前に両手で『
「さすが、ですわね。ではこちらは如何?」
ぱん、とエレノアが軽やかに手を打ち鳴らす。
群がる死者の数が膨れ上がる。囲んで捕らえてしまおうとでも言うのだろうか。
一体一体処理しているのでは間に合わない。事ここに至り、威力の代わりに短剣よりも取り回しの悪い『
───であれば。
踏み込み。逃げるのではなく、その包囲網の中心へと自ら進んで魔剣を握る右手に力を込める。
ただの剣であれば、骨を残す骸を一太刀で斬り伏せることは叶うまい。
ただの斬撃であれば、一体斬り伏せる間に他の骸が襲い掛かろう。
無数の死者がアシュリーを取り囲む。偽りの魔剣の担い手は、残りわずかしかない魔力を肉体に走らせる。
───魔力放出。
本来魔術に用いるガソリンであるそれを、世界の改変ではなく瞬間的なブースターとして利用する術。いわば一瞬だけジェット噴射による推進力を獲得する業だ。
実際彼の大英雄がそんなことをしていたのかは不明だが、少なくともこの少年は使ってみせる。振るってみせる。
足りない力量を補い、立ちはだかるものを自分なりに手っ取り早く粉砕するための技術。
「───ッ!」
噴き出した魔力を利用して、コマのように身体を回転させる。魔剣はそのまま、刃を地面と平行にして保持し続ける。
通常の武器であれば、骨に、腐肉に阻まれて刃は途中で止まるだろう。だが稀代の魔剣は止まらない。藁束のように獲物を斬り裂きながら、一切の減衰なく全てを両断せしめてみせた。
腐り落ちた肉が周辺に撒き散らされる。砕けた骨が床に転がる。
やはり強引であったためだろう、断面はなにかに引きちぎられたかのようにささくれ立っている。
一度に多くを。効率を求めた結果、彼は己に群がる死骸を一瞬で斬り伏せた。
だが、底がないからの無数、果てが見えないからこその無限。
エレノアの周囲から、再び土を、床を割って屍体が湧き出す。一応、その数は先よりはまだマシだ。
手持ちが尽きたのか───あるいは、未だにこちらの実力を測っているのか。そう推測し、強引に突破したせいで崩れた体勢を立て直して、
「《吠えよ炎獅子》」
攻撃に転じるより早く、今度は炎と死体の両方が迫る。
少年は魔術に長けているわけではない。動く屍はどうとでもできるが、魔術のようなものを防ぐ術は数えるほどしか有していない。
───使いすぎた。もうほんのわずかしか魔力は残っていない。魔術は使えてあと二回。
それ以上は確実にマナ欠乏症に陥る。実質的に、使えるのはあと一回きり。
その一回を、ここで費やすのか? 一瞬、そんな躊躇いがよぎるが───
「クソッ……!」
考えている時間はない。【
ぎり、と歯を噛み締めて耐える。冷や汗が噴き出すそばから蒸発していく。血の気が引いていくような感覚。そういえば実際に流血していたのだったか、とぼんやり思った。
エレノアがアシュリーの確保を目的としているせいか、そこまで強い威力ではないことが幸いした。これくらいなら直撃さえ避ければ【トライ・レジスト】でなんとかギリギリ耐えられる。だがそれが切れた瞬間、自分は炎に巻かれ、負ける。
(時間がない……踏み込むか……?)
『
炎のせいか、屍たちは自分に近付く素振りを見せない。その中でも寄ってきていたものは斬り伏せた。おそらく、爆風が消え失せれば先のように一斉に爪を振るうのだろうが……今だけは。
今だけは、エレノアに辿り着くまでの障害は、熱風しか存在しない。
好機であると、簡単には言い切れない。【トライ・レジスト】を付与しているからといって全てのダメージをカットできるわけではない。確実に、小さくない傷を負うだろう。現に今、炎は魔術による守りを貫通して少年の肌を炙っている。
その上エレノア自身の戦闘能力が未知数である以上、ここで飛び込むのは危険であり、罠である可能性すら存在する。
だが、ここしかチャンスがないのもまた事実。
いつ、エレノアがこちらへの対応を『捕獲』から『排除』に切り替えるかもわからない。
(毒食わば皿まで、だ)
最悪、どうにもならなかったとしても、グレンがルミアの元へ辿り着くまでの足止めくらいにはなるだろう。
判断は終わった。あとは行動に移すだけ。
足に込めた力を解放する。地を蹴って、左下からその肉体を両断すべく魔剣を握り直し、炎を振り切り、そして───
───ああ、やはり、と妙に冷静な意識で思った。
「ごめんあそばせ?」
この炎熱地獄にあってなお涼やかな声。
その声の主は、長いスカートをふわりと翻して───その優美な足を、大気に晒した。
初めての攻撃動作。そのままエレノアは、くるりと身体ごと回転させ、咄嗟に防御するように構え直された刃に足が触れることも構わず蹴り抜く。
宙に舞う血潮。───ない。斜めに構えられた刃に沿うように、エレノアの足は深く切れ込みを入れながら少年の腕越しに胴を蹴り飛ばした。
「───捉えましたわ」
ダン、と。
ここに至るまで、一度も自分からは近付いてこなかったエレノアの細くしなやかな五指が、無謀にも突撃して壁に叩き付けられた少年の首を掴み、身動きが取れないように押し付けている。
深く刻まれたはずの足は黒い粒子を撒き散らしながら再生し、あっという間に元の形へと戻っていた。並外れた再生能力。だがそれを訝しむ余裕はない。
硬質な音を響かせて、アシュリーの手を離れた魔剣が地に転がる。
しくじったか、と歯噛みする。頭を打ち付けたのだろう、マナ欠乏症のせいだけでなく意識が霞む。
できるだけ早く最奥に辿り着くためにあらゆる手段を講じたが、それでも景気良く使いすぎたのだ。……否、あらゆる手段を講じた、というのは誤りだ。切り札の二つ目を、自分はまだ切ってはいないのだから。
(けど、それも……)
戦力差を覆すことはできない。得られるものはこの死闘の続きだけ。それを長引かせてどうしようというのか?
既に勝ち目はなく、死なないにしてもロクでもない目に遭うのは確定している。なら、今からでも逃げに徹する? 不可能だ。通路は包囲されているし、首を締め上げるこの手から逃げ切れるとも思えない。
そもそも逃げてどこへ行こうというのか。街へ向かう───住民を巻き込めない。旅籠へ戻る───やはりこちらも、生徒を巻き込むわけにはいかない。どこかへわき目もふらずに駆け出してみる───すぐに追いつかれるか野垂れ死ぬかの二択だろう。
(……
なにか奇跡が起きて誰かが助けにでも来ない限り、アシュリーの敗北は決定している。そんな奇跡に心当たりはないし、縋る気持ちにもなれない。
件の組織にとって、自分はおそらくオマケ程度の存在だ。本命はルミア=ティンジェル。そしてそこには、グレンが既に救出に向かっているだろう。
であれば……最低限、目的は達したと言えよう。
もちろん命は惜しい。そもそも己を鍛えていたのは正しくはルミアのみを守るためではない。
だが、守れるのならば守りたいと思う。否、守らなければならない。ルミアも今や、帰るべき日常の一員なのだから。
それでありながら、なんという無様。
自分は所詮この程度の存在だ。ちょっと変わった才能を有していたところでそれは変わらない。
どこか誰かの力を手前勝手に借りておいて、それでもなおこのザマだ。あまりの情けなさにいっそ笑いが込み上げてくる。
……血流を塞き止められているのだろう、意識は回復することなくどんどん霞んでいく。
ついには視界さえもおぼろげになる。エレノアがどんな顔をしているのか、なにをしようとしているのかさえわからない。
(……呪文、は、無理。切り札……は……切れなくも、ない)
だが切り札を切ったところで、この状況を打破できるのか、と言われれば首を傾げざるを得ない。無為に終わる可能性の方が高いだろう。
(……けど、こっちの状態……が、良くない。不完全起動しか、できないか)
酸欠にあえぐ思考を回して、
(……それでも)
ぐ、と腕に力を込める。吸えないはずの息を吸い込み、最後の手札に手を伸ばす。最後に残った魔力を回す。
たとえ苦悶の時が長引くだけであろうとも、ここで諦めるわけには───
「……ちっ。思ったよりも役に立ちませんでしたわね」
ふと、拘束が緩んだ。
身体が地面に投げ出される。突然解放された呼吸に咳き込みながら、反射的に地面に転がっていたはずの剣を探す。……あった。
魔剣を杖のようにして立ち上がる。だがエレノアはそれには構わず、ぶつぶつとどこか遠くに視線を投げながら苛立たしげに顔を歪めた。
「こちらにかまけて本来の目的が果たせないのでは本末転倒、ですわね……ここは、退かせていただきます。非常に残念ではありますが……」
頭は相変わらず回らなかったが、掠れた声で『一昨日きやがれ』とか返した気がする。
それにエレノアがどう反応したのか、アシュリーにはわからなかった。急激に意識が落ちていく。まさかこんなあっけない幕切れになるとは想像していなかった、とどこかでぼんやり思った。
足音が消える。その場に崩れ落ちる。睡魔にも似た感覚が意識を叩き落としにくる。足音が複数戻ってくる。顔を上げようとして、もう動けないことに気付いた。
「……巻き込んで、ごめん」
最後に聞こえたのは───エレノアではない、別の誰かの悔いるような声だった。
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清潔な匂いに包まれながら目を覚ます。
自分の部屋ではない。世話になっていた旅籠の部屋に似ていたが、微妙に造形が異なる。つまりは別の部屋。
「……知らない天井だ」
なんともテンプレートなセリフを吐いて、ぼんやりと辺りを見渡した。なにがあってここはどこなのか理解が及ばない。
確か……キメラと殴り合いながらどっかの施設に突入して……もしかしたら奥にティンジェルが捕まってるかもなって思ってどうにかこうにか侵入して……。
「……あー」
……思い出した。エレノアさんに後ろからぐさっといかれたんだ。
その上でなんとか進もうとしてもう清々しいくらいに瞬殺、ボロ負け。
エレノアさんが強かったのはわかるんだけど、それを差っ引いてもあまりにも雑魚だったな、俺……。
普通に悔しい。こうならないように鍛えてたんだけど、やっぱり足りなかったか。こんなに弱いと次に師匠に会ったら殺されそうだ。『この四年間なにしとったんじゃー!!』とかって。
すみません、サボってたんじゃないんです、アルバイトっていう他に頑張らなきゃいけないことができただけなんです。
「はあ……」
なーんで生き残ったのにこんな憂鬱な気分にならにゃいかんのだ。やっぱ現実って理不尽だわ。平和な日々すらまともに与えられないとは。……天ぷら同好会が出張ってる時点でアウトか。
そしてよくよく見れば身体にはやたらと包帯が巻かれていた。どうやら味方の誰かが拾ってくれたらしい。役立たずの負け犬にすいません。
あまりのボロ負け具合に自虐モードに入っていると、不意に扉が開く音が聞こえた。蝶番の軋む音とともに現れたのは、同じくあちこちに包帯やらを巻いた青髪の少女───リィエル=レイフォードだった。
もっとも、包帯の量は俺より数段少ないが。
「……ん。アッシュ、起きた?」
「おう? ……ああ、レイフォードか。オハヨ」
身体を起こし、いつもの調子で返答する。ボロボロになってはいたが、レイフォードの服は制服ではなく、初めて会ったときの物々しい衣装だった。どこで着替えたんだろう、と思わないこともないが、まあ例によってこれも『気にしなくて良いこと』に分類されるので疑問はゴミ箱にポイ。
最後に会ったのはキメラが足止めに現れたタイミングだったから、ある意味ケンカ別れのような形になっていたが……仕留めにこない辺り、事件は無事解決したのだろう。よかったよかった。
「で、どしたよ?」
レイフォードはさっきから、なにがおかしいのかいつもの無表情を妙に歪ませている。
「ん……なんでもない」
「そうか」
「…………」
「…………」
か、会話が。会話が続かねえ。
「……あの」
「うん?」
これはこっちから声をかけるべきなのかと迷っていると、レイフォードの方から口を開いてくれた。
「話したいことがある」
「おう」
「その……えっと、長い話になるかもしれない」
「いいんじゃない?」
どうせベッドに転がってるんだし。こういうときは勝手に動いてはいけないので、暇つぶしと言ってはなんだがレイフォードの話を聞くのは問題ない。
あっさりOKが出たことに驚いたのか、それともなにをどう語るべきなのか考えていたのか。
レイフォードはしばらく黙りこくってから、たどたどしく言葉を選んだ。
「わたしは───」
そうして語られたのは、つい最近思い出したというレイフォードの過去話だった。
昔、天ぷら同好会の末端に、魔術の研究をさせられていた兄とともに暗殺者として囲われていたこと。
兄とその親友と、三人で支えあって地獄のような日々を生き抜いてきたこと。
その代償に、罪もない人々を何度も殺してきたこと。
そして───兄の親友が裏切り、兄シオンと、
自分が、イルシアの記憶を受け継いだ魔造人間───『Project:Revive Life』、通称『
他にも、自称兄貴の正体だとか、あの後なにが起きただとか。
そのすべてを説明し終えたレイフォードは、椅子に座りながら小柄な身体を小さく縮めていた。
「ごめん。みんな、わたしが巻き込んだ。システィーナにもルミアにも、グレンにも……アッシュにも、ひどいことした……」
……なるほど。それを言いに来たのか、レイフォードは。
しかし、
「解せんな」
ふむ、と顎に手をやってつぶやく。
「え……?」
「レイフォードが謝る理由がサッパリわからん」
「で、でも、わたしはみんなを裏切って……」
「それは事実だけど……」
だって、悪いのって要するに天ぷら同好会の奴らじゃん。
レイフォードが謝るようなことはないだろう。
「わたし、ひどいことした……のに。アッシュのことも、斬ったのに」
「生きてるからおっけおっけ」
「軽い」
レイフォードにも言われてしまった。
そんなにノリが軽いのだろうか、俺は。
そう思っている間に、レイフォードの表情が若干沈み込む。
「わたしが裏切らなければ、みんな、怪我も、怖い思いもしなかった」
へえ。
「なのに……システィーナも、ルミアも、みんな許してくれて……」
ほう。
「グレンも、命懸けでわたしを助けてくれて……」
そうか。
「……アッシュ。真面目に聞いて」
「すみませんでした」
瞬時に錬成されて振り下ろされた大剣を真剣白刃取りしつつ全力で謝った。
ごめん。真面目な話は俺には不向きだと思って相槌botに徹していただけなんだ。
「……とにかく、えっと、だから……その、ごめん」
魔術を
……なんだろう、グレン先生の気持ちがわかった気がする。俺でさえ成長を嚙み締める兄貴っぽい気持ちになっているのに、グレン先生はどんな心持ちでこれを見ていたことやら。
しかし、さすがにそろそろ真面目に向き合うべきだろう。
ごほん、と一つ咳払いをして、
「あー、なんだ、レイフォード?」
「ん」
「さっきも言ったけど、生きてるんだから万々歳っていうか問題ないよ。ほら、元気元気……あいてて」
ぐさっといかれた背中がひきつれるよーに傷んだ。ちょっと調子に乗ってしまったようだ。
「ま、ともかく、だ」
ついついぽん、と頭に手を置いてしまう。
……や、やべえ。捨てられた子犬みたいな感じだったからついやってしまったがこれ場合によってはセクハラにあたるのでは?
だがこうなったからには最後までいくしかねえ。内心の動揺を一度シャットアウトして、ぴょんぴょん髪の毛が跳ねてる頭を撫でる。
「もう迷子じゃないんなら、それでいいさ」
聞いた感じだと、レイフォードはもう任務うんぬん関係なしに学院を───グレン先生とフィーベルとティンジェルのそばをいるべき場所と定めたらしいし。
どうしたら良いかわからなくて、ひたすらにさまよっている迷子の面影は……もう、ない。
帰る場所があるというのは良いことだ。たとえそれがどこであったとしても。
「……アッシュって」
「なに?」
「変」
「直球ぅー」
最近罵倒されてばっかりだよね、俺。
というか俺が変ならグレン先生はスーパー変だろ。そう言うと、レイフォードはうんと頷いた。共通認識だった。
「それじゃ、今日はそれだけ。あとは休んで」
「そうか? なら、そうさせてもらうけど」
ふわあ、とあくび一つ。
思いっきり運動した後だから疲れてはいる。レイフォードとの会話で回復した体力も消費したのだろう、眠気が意識を夢の中に引きずり込もうと瞼を重くしている。
「……ありがとう」
「お礼はグレン先生たちにな」
「わかってる。……でも、ありがとう」
ぱたん、と扉が閉まる。
……はて、お礼をされるようなことなんかしたっけか?
今日一日の動きを思い返してみる。
レイフォードを探しに行く
→レイフォードとガチンコ勝負する
→キメラとガチンコ勝負する
→エレノアさんとガチンコ勝負する
……戦ってばっかりだなあ、今日……。
そしてやっぱり心当たりはない。
気付かなくて良いことに気付いてしまったので、布団を被って目を閉じる。
白金魔導研究所の所長が外道魔術師だったり、波止場や森が大惨事になったりと色々あったけど。
今だけは、惰眠を貪っても許されるだろう───。
これにて四巻概ね終了。
次は後日談とキッスの運命を阻まれたシスティとグレン先生の婚約大騒動だゾ。