竜殺しっぽい誰かの話。   作:焼肉ソーダ

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ようやくのお出ましですぞ。


19.いかにもなイケメンには大抵裏がある

「私と、結婚してください。システィーナ」

 

 片膝をつき、まるでおとぎ話から抜け出た王子のようにそう求婚の言葉を告げる優男。

 

 対するフィーベルは、まるで恥じらう乙女そのもののようにぎゅっと胸元で祈るように手を組んでいて───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 コトの始まりは数時間前。グレン先生が馬車に轢かれそうになったところまで遡る。

 

 といっても、事故ではない。ぶっちゃけ原因はグレン先生だし、実際に轢かれる前にグレン先生がすっ転んで未遂で済んだからだ。

 

 で、馬車から降りてきたやつがまたクセモノというか面倒なヤツで。

 

「レ、レオス……?」

「久しぶりですね、システィーナ。見違えるように美しくなった」

「ちょ、ちょっと……やめてよね、褒めたってなにも出ないんだからね!?」

「とんでもない。私は見て感じたままを伝えただけですよ」

「もう!」

 

 レオス=クライトス。

 クライトス家の御曹司にして、近年話題の魔術講師。今回、アルザーノ帝国魔術学院(うち)の講師が一人病欠になったってんで、助っ人に来た臨時講師。

 

 そんでもって、フィーベルの自称婚約者(フィアンセ)

 フィーベルは顔を真っ赤にして否定していたが。

 

 そのあと、なんやかんやでレオス、もといレオス先生の講義を受けに行った。

 内容としては物理作用力(マテリアル・フォース)理論とかいうやつで、これは端的にいうと『黒魔術の威力をいかにして最大限まで引き上げる方法』についての話だった。グレン先生曰く、軍人でさえもあんまり理解していないものらしい。それをレオス先生は、お世辞にも成績優秀とは言えない俺のみならず、臨時に受け持つことになった四組の生徒に完璧に理解させて見せた。

 

 グレン先生に勝るとも劣らない、それは質の高い授業だった。

 しかしグレン先生はお気に召さない模様。レオス先生の授業は、まだまだ自分の持つ力の危険さを正しく理解しているとは言えない生徒たちに、いかに効率よく威力を上げるか……言い換えれば『いかに効率よく人を殺すか』を教え込んだということになるからだろう。この理論を理解すれば、【ショック・ボルト】でも人を殺せる。

 まあ、覗き見に来た二組の生徒なら大丈夫だろうけど。グレン先生の教えを受けている生徒なら、力に振り回されることはあるまい。……俺は『破滅の黎明(グラム)』扱い切れてないけどね!

 

「く、くそ……顔よし、家柄よし、器量よし……その上授業の質まで高いとか、なんなんだあいつは……天は二物を与えないんじゃなかったのかよ……」

「『完璧超人』っていうステータスをお与えになったんじゃないんですかね」

「この世は不公平だ……ッ」

「それに関しては同意ですね……」

 

 かくいう俺も、あんないかにも完全無欠みたいな人間がいるものなのかと思っている。こういうのってだいたい実は裏でなにかやってたり、あるいは家では暴君そのものだったりと、とにかくなにかしらあるのがお約束だ。

 いやね? 普通〜に、現実にあんな完璧超人っているんだ〜、でもいいんだけどさ。

 エレノアさんといいバークスといい、なんかすごい人って大抵裏があるようにしか見えなくなってきて……。

 

 なんていうのかな。仲良くなれない気配がする。

 怪しい匂いがするというか。

 

「んー……? いや、確かに今日の授業はあのヒヨッコどもにゃちと早ぇとは思ったが……実際、レオスはかなり良い奴じゃないか? アレが婿殿なら、白猫の将来も安泰ってなもんだ。考えすぎなんじゃねえのか?」

「……ですかね。俺も、エレノアさんとあのジジイのせいで気が立ってんのかな……」

「ま、お前の場合、特にエレノアとやらとは親交があったって話だもんな。ちょっとした人間不信になるのはしょうがないだろ」

 

 会うやつ全員怪しく見える、ってほどではないんだけど、やっぱり少し不信感が強くなってるのかな。

 いかんな。このままでは誰彼構わずケンカを吹っ掛けるチンピラみたいになってしまう。切り替え切り替え。

 

「で、さっきから浮かない顔してるティンジェルはどうしたのさ」

 

 そう、気になるのは先ほどから暗い顔をしたティンジェルのことだ。

 グレン先生がレオス先生の講義があまり気に入らない理由を察して花のように微笑んでいたティンジェルは、今現在レオス先生の婚約者としてゴシップの中心になりつつあるフィーベルの親友。

 親友が結婚するのが嫌なのか、はたまたなにか別の理由があるのか……ともかく、いつも朗らかな笑顔を絶やさないティンジェルにしては珍しく、なにか思い詰めたような顔をしているのだ。

 

「うん……あの、先生。ちょっとお願いしたことがあるんです」

「ルミアが? 俺に? どうした、言ってみろ」

「はい、実は───」

 

 

 

 

 ───そして冒頭のプロポーズに戻るのである。

 

「おおおおおっ!? いきなりのプロポーズ! これは盛り上がって参りましたァーーーッ!!」

「うるせえな!? 野次馬根性発揮すんなよ、さっきまでのやる気のなさはどこにやったんです!?」

「くっくっく……見ろよ、あの白猫の顔。いやあ、明日からこれでからかうネタが一つ増えるな!」

「それが目的か!? クソ、本当にいざってとき以外はとことんロクでなしだなあんた!!」

「あ、あはは……結界があるからって、あんまり騒がない方が……」

「ZZZ……」

 

 今現在俺たちがいるのは茂みの中。

 ティンジェルがレオス先生とフィーベルの尾行を提案し、グレン先生が面倒そうにそれに乗っかって音声遮断の結界と迷彩用の木の枝を用意し、レイフォードはティンジェルの護衛……というか友人として同行し、俺はなぜか成り行きで一緒に鑑賞することになっていた。

 

『じゃあ俺はいらないよな。また後で───』

『えっ?』

『えっ?』

『えっ?』

『ZZZ……』

 

 あまり多すぎると尾行に支障が出るかと思って辞退した結果がこれだよ!

 

 興味のあるなしで言えば『どちらかといえばある』だからそっとしておこうと思ったのに!

 

「興味あるんじゃねえか」

「ティンジェルほどじゃないけど、一応仲良くさせてもらってるんですし、そりゃ気にはなりますよ。さっきも言ったけど、レオス先生とは仲良くなれる気がしないから不安だってのもありますけど」

「気にしすぎだと思うがなあ……」

 

 そう言うと、今度は真剣な表情でフィーベルたちを見つめているティンジェルにちらりと視線を移す。

 

「ルミアも、なにがそんなに不安なんだ? 人間不信になっててもおかしくないアッシュはともかく、お前まであのレオスを気にしてる……あの優男に、なにかあるのか?」

「…………。そう、ですよね……レオス先生って、とっても良い人、ですよね……?」

 

 レオス先生の人柄を褒めるようなことを言ってはいるが、やはりその表情は硬い。

 基本的に穏やかで、明らかな下衆外道以外には敵意を見せないティンジェルにしてはやはり、珍しい。

 

「でも……私、なんだか嫌な予感がして……バークスさんのときみたいな、そんな感覚がするんです」

「……女の勘、ってやつかねえ」

「だとしたら侮らない方が良いですね。なんせ、ガチでバークスに狙われてたティンジェルの発言なわけだし……なにより、女の勘って馬鹿にならないんですよね……」

 

 懐かしきかな、あれはまだ俺が帝都に住み始めて日の浅かった頃の話。

 師匠が遊び相手として連れて来た……逆かな。俺を遊び相手にするために紹介したのか。ともかく、そんな出会いを果たした友人がいたのだが、彼女、俺がなにかやらかしたときってどんだけ完璧に隠蔽しても必ず気付くんだよね。あれは俺の工作がヘタクソだったのか、彼女が優秀だったのか……。

 

「……。両方だな」

 

 結論が出たので、大剣片手に飛び出して行こうとしているレイフォードを捕まえつつ改めて渦中のフィーベルへと視線をスライド。

 なにがあったのか、フィーベルはぺこりと頭を下げている。

 

「……白猫のやつ、断るつもりみたいだな」

「そうなんです?」

 

 盗み聞きを敢行している俺たちだが、実際に会話内容が聞こえているのは二人の近くに忍ばせた鼠の使い魔と聴覚を同調しているグレン先生のみである。

 その実況によると、どうやらフィーベルはそのプロポーズは受けられない、と頬を染めながらもきっぱりと宣言したらしい。

 

「ま、考えてみりゃそれもそうか。白猫は今のところ魔術一辺倒のカタブツっぽいし。なにより、あいつには確かじーさんとの夢があるって───」

 

 そこで、グレン先生の言葉が止まった。

 先ほどまでの楽しげな顔はどこへやら、険しい顔……いや、フィーベルを泣かせたあのときレベルにハラワタ煮えくりかえってるような顔だ。

 

 なんぞ、あのレオスとやらはグレン先生の地雷を踏み抜きでもしたのか?

 

 頭に迷彩用の枝をくっつけたまま、グレン先生は音声遮断の結界の外へとずんずんと出ていってしまう。

 

 そして───

 

「ざぁんねんだったなぁレオス=クライトスッ! 俺と白猫はもう恋愛のABCまで済ませた立派な恋人同士ってワケ! お前みたいな相手のこと考えねえイケメン様とは付き合えないってよ!!」

 

 うん。

 

 全く話は見えないが───一言良いだろうか?

 

「なんでそうなった?」

 

 ティンジェルと顔を見合わせ、額に手を当てて天を仰ぐ。

 

 グレン先生がレオス先生に手袋をフルスイングするのを見ながら、俺たちは密かにため息を吐き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 フィーベルに話を聞いたところ、どうやらあのレオスとやら、プロポーズのあとにフィーベルの夢である魔導考古学とそれに邁進した祖父……レドルフ=フィーベルさんを扱き下ろしたらしく、フィーベルは傷心、グレン先生はプッチンといった次第らしい。

 で、同じく我慢ならなかったフィーベルはその場の勢いでグレン先生を『私の恋人』と紹介し、レオス先生の求婚を断ろうとしたのだという。

 

 しかし予想以上に事態は発展し、フィーベルをかけて先生たちが決闘をすることになってしまったのだとか。

 

「グ、グレン先生って……もしかして、本当に私のこと……そういう目で見てるのかしら……?」

 

 ぽやぽやと、勢いに任せて色々叫んでしまった後遺症(?)なのか、恥ずかしそうに頬を染めるフィーベル。

 まあ、決闘を仕掛けたのはグレン先生の方だから、それだけ『マジ』なのだととれなくもない。……当の本人は『逆玉の輿ィ!!』と騒いでいるが、本気でそんなことのために一人の生徒の純情をもてあそぶような人物では……たぶん……そうたぶん……ないことは俺たちも重々承知だ。

 

 なので必然、グレン先生の目的は話の成り行きによって降って湧いた『逆玉の輿に乗って引きこもりのチャンス』ではなく、別のところにあるのではないか、ということになる。

 

 消去法でいくと、有り得そうなのはレオス先生の物言いにブチギレてどうにかして叩きのめしてやりたいというちょっと子どもっぽい、しかし気持ちはわからんでもない理由。そうでないのなら、マジでフィーベルと結婚したいのか、だ。

 

「グレン先生とフィーベルのカップルか……有り得なくはないな」

「そ、そうかな?」

「うん。……なんつーか、尻に敷かれそう」

 

 ところでどうしてティンジェルさんはそんなに挙動不審なんでせう?

 

「う、ううん。ただ、すごく大きな騒ぎになっちゃったから……ちょっと」

「ティンジェルがグレン先生を誘ったのが発端だから?」

「うん……」

 

 おそらく、ティンジェル的には親友とレオス先生の行く末を見守りたい……正確にはなにか問題が起きないか監視したい、といった思惑であの盗み聞きを提案したのであり、ここまで大きな騒ぎになるとは思わなかったのだろう。当たり前だ。俺も思わなかった。

 しかし先も言った通り、話はあれよあれよという間に大きくなり、今や『逆玉の輿を狙ったグレン先生の横紙破りの決闘』という噂は学院中に広まっていた。グレン先生の評判がまた落ちた瞬間であった。

 

 で、決闘の内容は受ける側……今回はレオス先生だが、が自由に決めることができる。

 

 レオス先生が選んだのは、なんと───

 

「魔導戦術演習。内容は魔導兵団戦、ねえ……」

 

 平たく言うと、クラスの講師を指揮官、生徒を魔導兵、初等呪文を軍用魔術として見立てて行う『戦争ごっこ』だ。ぶっちゃけ俺が役に立たなさそうな種目である。

 そんでもって、レオス先生の専門は軍用魔術の研究。従って、レオス先生は呪文の開発や改良のみならず、その運用方法や魔導兵の戦術やら戦略やらに関する知識はずば抜けている。早い話、自分の土俵だ。

 

 だが条件そのものはお互いに平等だし、そもそも先述の通り決闘のルールは受ける側が決められるのでグレン先生はレオス先生の得意分野で戦わざるを得ない。

 

 つまり超絶不利。さすがにグレン先生も魔導兵団の運用に関する知識まで豊富なわけじゃないだろうし、フィーベルの将来は非常に危うい。

 

「そんな……」

「一応、レオス先生は比較的理論派っぽいし、実戦を知ってるグレン先生なら付け入る隙はある……かもしれない」

 

 だがそれも、所詮は素人考えだ。実際どう転ぶかは全くわからない。

 

 ちなみに今は、グレン先生が大雑把にその説明をしたあと、

 

「ではこれより、俺が逆玉の輿に乗ってハッピーウハウハ引きこもりライフを満喫するために……お前らに魔導戦術論の授業を行うッ!!」

「「「このロクでなしがァーーー!!」」」

 

 と、二組のほぼ全員から非難の嵐をくらっている真っ最中である。

 まあわかる。腹立つよね。

 

 そうでなくとも女の子の敵だよねその発言。俺でもわかるよ。

 

「けどま、授業の内容自体はごくごく普通というか、カリキュラムの一環だしな。俺は粛々と授業を遂行するのデス、と」

「システィ、大丈夫かな……」

「あの光景が大丈夫かって言われたら怪しいところじゃねえかな」

 

 視線の先には女子生徒に揉みくちゃにされるフィーベル。みなさんゴシップがお好きなようで、根掘り葉掘りコトの真相やらフィーベルの気持ちやらを聞き出そうとしている。

 

 というかナーブレスってこういう話題好きだったんだ。さっきから『教師と生徒の禁断の恋! 一人の女性を巡って争う二人の殿方……! ロマンスですわーっ!』としか言ってない。

 カッチコチの貴族主義だっていうから、グレン先生の横紙破りはお気に召さないモンかと思っていたのだが、案外そういうわけでもないようだ。

 

 そして男子生徒の方は意外なことに、グレン先生に協力するという方向でまとまっているらしかった。

 

 理由は『パーフェクトなイケメンとか許せん』。なるほど、わかりやすいな。

 

「さて、お遊びはここまでにしておいて、だ。授業自体は真っ当な学院の必修科目だ。ちょうど黒魔術の授業は進んでんのに、魔導戦術論は遅れてたからある意味良い機会だしな」

 

 ちなみに今は本来なら黒魔術の授業の時間である。授業内容は講師に一任されてるらしいので、別に問題行動ではない。

 動機の方が十分問題だが。

 

「ですが、先生。このクラスには僕とかシスティーナとか、ドジが目立つウェンディくらいしか戦力になりそうな生徒はいませんよ? その他は所詮どんぐりの背比べ……今回の授業、無駄になるのでは?」

「ちょっとギイブル!? 聞き捨てなりませんわよ、わたくしのどこがドジですって!?」

「要所要所で呪文噛んだりスッ転んだりするところじゃないか?」

「聞こえましてよアシュリー=ヴィルセルトッ!」

 

 やっべ。

 

「あー。言っとくが、今このクラスに使い物になるやつなんざ一人もいねえよ。特にギイブル、お前みたいなのはな」

「なんっ……」

「お前ら、勘違いしてるだろ。こりゃ一対一の『決闘』じゃねー。部隊を組んでの『戦争』だ。ま、いいから聞きな」

 

 そこでセリフを区切ると、グレン先生は憮然とした表情でざわつく二組の生徒を一瞥して。

 

「魔術師の戦場に英雄はいねえってことを、これからお前らに教えてやるよ」

 

 いつものように、ニヤリと不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「で、実際のトコどうなんだフィーベル?」

「あなたまでそんなこと言うの……」

「や、純粋な興味だよ。フィーベルがどう思ってんのかで、こっちも気合いの入れようが変わるからな」

 

 グレン先生の授業が終わったあと、ティンジェルやレイフォードと一緒にため息をついていたフィーベルに気になっていたことを聞いてみたところ、追加のため息と一緒に呆れたようなセリフを頂戴した。

 いや、真面目な話だぞこれは。もしフィーベルが本当はレオス先生に勝ってもらいたいと思っているなら、俺はほどほどに手を抜かにゃならん。……元が役に立ちそうもないので、正直誤差の範囲だが。

 

「……あなた、レオスは気に入らないって言ってなかった?」

「それはそれ、これはこれ。俺の個人的な感情とフィーベルの未来のために色々とすることは全くの別だ」

 

 味方には好意を、敵には敵意を。

 これでも、その辺りの切り替えは得意な方と自負しているのだ。

 

「はあ……本当、妙なところだけ大人っぽいっていうか……まあ、いいわ。レオスにも言ったけど、私はまだ誰とも結婚なんてする気はないの」

「それはグレン先生が勝ってもレオス先生が勝っても、ってことでいいのか?」

「当たり前でしょ? そもそも景品うんぬんってこと自体、あっちが勝手に言い出したことで私は了承なんてしてないんだから」

 

 なるほど。発端はともかく、マジで勝手に言い合ってるだけなのね。

 それに、考えてみれば手を引く・引かないという言い回しはあくまでもフィーベルにアプローチする権利の話だから、確かにその通りだ。勝った方が一足飛びに『フィーベル、GETだぜ!』するわけではない。

 

「言葉の綾って言われたらおしまいだけどね。でも……やっぱり私、レオスと一緒になる気にはなれない」

「……メルガリウスの天空城?」

「うん……」

 

 フィーベルが、フェジテの空に浮かぶ謎の城こと『メルガリウスの天空城』に並々ならぬ執着を燃やしているのは知っている。それが、亡きお祖父さんとの約束であるのだということも、前に聞いたことがある。

 それを、悪気がなかったとはいえ無意味で無価値なものと断じたレオス先生に対する反発は大きいのだろう。

 

「わかってる……わかってるの。偉大なお祖父様ですら手も足も出なかったあの天空城の謎を、私ごときの魔術師が解き明かすなんて、きっと無理だって。レオスの言っていることも、間違いじゃないんだって」

「システィ……」

 

 痛ましそうな表情で、ティンジェルがフィーベルの手をぎゅっと握る。

 レイフォードも、いつもの無表情をどこか悲しそうに歪めている。

 

「だけど、私は……」

「フィーベルの気持ちは大体わかった。なら、俺のすべきはレオス=クライトスを叩きのめすことだな」

「えっ」

 

 ちょっと過激な発言をしてしまったからなのか、それともレオス先生が正しいという部分を間接的に否定されたからなのか、フィーベルが間抜けな顔でじっとこっちを見ていた。

 

 だがこっちとしては、フィーベルがレオス先生の言葉に揺れている方が意外だった。

 

「正しさだけで納得できるんなら、とっくにお前はそんな夢捨てちまってるだろ? 今さら、諦めるなんてできないだろうさ」

 

 断言しても良い。正しさだけで夢を諦めたら、フィーベルはきっとそれを一生引きずることになる。

 長いとも短いとも言えない付き合いだが、それぐらいはわかるとも。

 

「ま、クラスの連中もお前が熱心なメルガリアンなのは知ってるし、そうでなくとも授業だからな。全力でやってくれるだろ」

「アッシュ……」

「レオス先生が気に入らないのも事実だしな。今回の騒ぎはどう転んでも血を見ることはないだろうし、フィーベルは気楽に、どーんと構えとけよ」

 

 なるべくいつも通りに笑ってみせる。フィーベルはティンジェルの方をちらっと見たが、ティンジェルが頷くのを見て吹っ切れたらしい。

 

「ええ、そうね。先生といいレオスといい、乙女をもてあそんだら痛い目見るんだってこと、教えてやりましょう」

 

 ……なんかだんだんグレン先生に似てきたよなあ、という感想は飲み込んで、俺はフィーベルにぐっと親指を立ててみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……はあ。バーナード、これは本当?」

 

 帝都の一角。

 帝国宮廷魔導士団に存在するある部署の室長にあてがわれた執務室で、そんな声が響いた。

 

「マジもマジじゃよ。アル坊が報告書に噓なんか書かんっちゅーことは、お前さんもよ~く知っとるじゃろ」

「そうだけど……信憑性に欠けるのよね、やっぱり」

 

 ばさり、と女性が机に書類を放る。それはアルベルトが先の任務をもとに書き上げた報告書と、アルザーノ帝国魔術学院の生徒目録だった。

 

「『アシュリー=ヴィルセルトは天の智慧研究会に狙われている可能性が高い』……ねえ。あんな凡才を、どうして帝国有史以来ずっと(ウチ)と争い続けるような魔術結社が欲しがるわけ?」

「そりゃあわしにもわからんわい。ただ、アシュ坊は凡才は凡才でも、凡人とはちと言い難いしのう……いや、凡才っつーのも最近じゃ怪しいかもしれん」

「ハッ、冗談。あれが凡人じゃないなら世の中の大半は天才よ」

「そうかのう」

 

 女性の声に答える老人───バーナードは、困ったようにぽりぽりと頭をかいた。

 

「帰り道がわからない、なんて言って雨の中でぼーっとしてたようなやつがずいぶんと出世したものね」

 

 不機嫌そうに、女性が燃えるように紅い髪をかき上げる。

 

「ほんと、くっだらない」

 

 部屋の主───当代の《紅焔公(ロード・スカーレット)》、特務分室の執行官ナンバー1、《魔術師》を拝命するイヴ=イグナイトは、

 

「ま、いいわ。《法皇》《隠者》《星》は変わらず『天使の塵(エンジェル・ダスト)』を追いなさい。元王女の護衛は《戦車》に一任すること。それから───」

 

 遥か遠く。帝都からでは見通せないフェジテの街並みを睨むように、窓の外へと視線を投げる。

 

「───件の民間協力者があちらに与するようなら、容赦なく殺しなさい」

 

 バーナードが、後ろでやれやれと言いたげに肩をすくめた。

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