竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
結果から言うと、グレン先生はクソ雑魚だった。
確かにフィーベルはうちのクラスでも1、2を争う実力者だ。対抗できるやつと言えばドジっ娘貴族として密かに人気のあるナーブレスか、万年孤高ぼっちと名高いギイブルくらいのものであろう。
だがそれにしたって、アレはない。アレは一種のいじめだった。双方にとっての。
フィーベルは誇りを汚されるという精神的な、グレン先生にとっては電撃をモロに喰らうという物理的な。
『私が勝ったら、心を入れ替えて真面目に授業に取り組んでください───』
それがフィーベルが、手袋を叩きつけたときに震えながらも口にした要求だ。
魔術師同士の決闘は、勝者が敗者に要求を通すことができる。そういう決まりなのだそうだ。しかし内容が内容であるために、軽々に挑むことは忌避される傾向にある。
つまり、そんな手段に訴え出るくらい、フィーベルはあの講師の態度が相当腹に据えかねていた、ということだ。
そりゃ『クビにされたくなければ働け』と貴族という強権をチラつかせたにも関わらず、『是非ともクビにしてください』とここ数日で一番イキイキとした顔で言われたのである。さすがの俺もちょっと引いた。なにしに来たんだ。
そんなこんなで始まった生徒VS講師という前代未聞の決闘騒ぎ。【ショック・ボルト】の早撃ち対決ということで決まった試合を制したのは、なんと我らがシスティーナ=フィーベルだった。
というか一発KOだった。開始直後に見せていた強者の風格はどこへやら。殺傷能力は低いとはいえ雷に打たれたグレン先生は一瞬で地面にのびた。
が、そこはさすがグレン=レーダス。赴任初日から居眠りをかます期待の新人講師。
まさかの一発KOを晒したにも関わらず、グレン先生は不屈の精神で『今のはハンデだし』などと言ってのけ、挙げ句の果てには、
『不意打ちとは卑怯な(※いつでもかかってこいと言ったのは先生です)』
『おっとボクってば三本勝負だからって油断しちゃったカナー!?(※別に三本勝負とは言っていません)』
『は? 三本勝負? なに言ってんのお前これは五本勝負だかんな! まだ負けてないかんな!!(※三本勝負とも五本勝負とも言っていません)』
など、あの手この手で負けを認めず、五本勝負でさえ負けが確定し、最終的に四十七本勝負にまで持ち込んだ上でボッコボコにされて降参し、ではようやくフィーベルの要求が通るのか───というよりこれ以上見ているのがいたたまれなくなるくらい一方的な試合が終わるのかと思った瞬間には『俺、魔術師じゃないし』と言って約束を反古にする始末。
前代未聞の事態に興奮していたクラスメイトたちもさすがに白け、熱気はグレン先生がどこぞへと逃げ出すなり冷え込んだ。
「システィ……大丈夫?」
「……心底、見損なったわ」
ふるふると震えるフィーベル。無理もない。俺ももし真面目に、一世一代の大勝負みたいなノリで仕掛けた決闘をあんな風にされたらキレる自信がある。擁護のしようがない。
というかむしろ、一周回って人はプライドをなくすとあそこまで卑劣になれるのかという思いが……いや、これに関しては人それぞれだな。うん。深く考えるのはやめよう。グレン先生にも事情があるのかもしれないし。
「そう、例えば真面目になると死んでしまう『
「……バカ言ってないで、戻るわよ。自習の準備、しなきゃ」
力なく項垂れている美少女を見るのは正直心が痛いのだが、あいにくと俺にできることはまったくない。
大の仲良しさんことティンジェルが励ましてくれることを祈るのみだ。
事件が起きたのは、それからさらに三日ほど経った頃だった。
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「あ、あの、先生……ここがわからないんですけど……」
今日も今日とて自習の時間。一応最初の方は授業っぽいことをしていたグレン先生もとうとうなけなしのやる気が底をついたのか、三割くらい聞き取れないよーな声色で教科書を音読している。
しかし、前回の決闘でもう諦めたのか、あのフィーベルでさえもうなにも言わなくなったというのに、ティティスは健気にグレン先生に質問をしようと教科書を持ってトテトテと駆け寄っていく。が、珍しく「どこだ?」なんて言葉を返したグレン先生と教科書の1ページを見せようとしたティティスを止めたのは、意外なことにフィーベルだった。
「やめておきなさい、リン。そいつは魔術の偉大さも崇高さも、なに一つ理解していないんだから」
割とひどい言われようだが、そもそも言われたグレン先生も、教壇の上に放置された辞書に手が伸びていたのでおそらくまともに教える気はなかっただろう。
講師泣かせと言われたフィーベルにあれだけ言われても折れないとは大した男だ。もうお互い意地になっているんじゃないのかと思うほど、二人の態度は頑なだった。
「いきましょ。そこなら、私が教えてあげるから……」
「───なあ、魔術のどこが偉大で崇高なんだ?」
……おや?
フィーベルの発言のなにが癇に障ったのか、なぜか今日のグレン先生は今までのグータラぶりが嘘のように食い下がっている。
それに当然負けじと反論するフィーベルだが、グレン先生の勢いは弱まらない。人類の持つ技術とその有用さを並べ立てた上で、さて魔術はなんの役に立つのか、なんのために存在するのかと問う。
ついにフィーベルのしつこさに折れた、とか聞き飽きた、というよりは、
「ああ悪かった、訂正するよ。魔術はすげえ役に立つよ───人殺しのな」
───何かを、憎んでいるような。
というかそれは言ったらアウトなやつでは? という俺のささやかな困惑などお構いなしに、グレン先生が捲し立てる。
グレン先生のそれは要約すると、『ナイフは人を殺せるのでナイフはクソ』みたいな言い分だった。なんぞ魔術に恨みでもあるのかと思うほどの言い草だ。
まあ分からんでもない。さっきはナイフに例えたが、熟練した人間でなければ傷つけるか怯えさせるかが関の山なナイフに比べて、魔術の殺傷能力はそれを大きく上回る。才能があればの話ではあるが、誰でも使えるという点では殺戮のための道具として名高い銃器とそう変わりない。ごくごく一部の人間しか使えないというのも、役に立たないという言葉の裏にあるだろう。
が、ガチで鑑賞かドンパチかの2択しかない(偏見だが)銃と違って、魔術には確かに一般人が利用することがほとんどないという問題はあるものの、知識がなくてもある程度の傷を癒せる治癒魔術っていうファンタジー御用達のものもあった気がするし、錬金術なんかはもっとわかりやすく有用だ。グレン先生の言はちょっと極端なんじゃないだろーかとも思う。
あれか? グレン先生は魔術に一族郎党皆殺しにでもされたのかな?
「まったく、こんな人殺しにしか役立たんクソみたいなモンを必死に勉強してるお前らの気が知れないね! そんなもん勉強する暇があったらもっと」
と、そこまで言ったところでグレン先生による魔術批判は幕を閉じた。代わりに響いたのは乾いた音。
グレン先生の言うところの『クソみたいなモン』を学ぶための教科書から顔を上げると、そこにいたのは片手を振り抜いた姿勢で震えるフィーベルと、呆然と片頬を抑えているグレン先生だった。
え、殴ったの?
「……大っ嫌い……!」
事態を飲み込むより早く、フィーベルがそう吐き捨てて教室から飛び出していく。
……思ったより大事になってしまった。
絶妙な居心地の悪さの中、グレン先生はガリガリと頭をかくと、「今日も自習だ」と言い残してフィーベルを追うように───実際に追うつもりは毛頭ないのだろうが、教室を出ていく。
冷え切った空気は、その一日中消えることはなく。
教室を飛び出したグレン先生とフィーベルの姿も、現れることはなかった。
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なんてシリアスに締めたのに、翌日。
学校には、
「……悪かった」
などと言いながら、(ちょっぴり)頭を下げるグレン先生の姿が……!
劇的ビフォーアフターなんてモンじゃない。
あの。
グレン先生が。
フィーベルに。
頭を。
嘘だろ、あの後の放課後に一体なにがあったって言うんだ───!?
などと戦慄している俺をよそに、なんか開眼したっぽいグレン先生は改めて指定の教科書に目を通してツワモノっぽくフッと笑った。そして───
「お前らって、本っっっっっっっっっっっっっ当に馬鹿だよな」
なんか罵倒されたでござる。
あの無礼さ、というか大人気なさは薄れていないようで妙な安心感を覚えてしまったのは秘密である。一応弁明しておくが、俺に
で、
ちらほら一節詠唱もできないくせにー、とかお前に言われたくねー、とかいう声が聞こえる中、グレン先生はそれをまるっきり無視して黒板に初めて『自習』以外のまともに読める文字を書きつけた。
常のミミズがのたくったような文字ではない。きちんとした、意外なほどに綺麗な文字だ。
ようやくまともな仕事を与えられたチョークが綴った文字列は、《雷精よ・紫電の衝撃以って・撃ち倒せ》───要するにさっき『程度』とバカにされた【ショック・ボルト】の呪文列であった。
「はい問題。これをー、こーしてー、これで呪文が四節になりました。これを唱えるとどうなる?」
「は? そんなものまともに機能しませんよ。必ずなんらかの形で失敗します」
「ハイ馬鹿ー。失敗するのなんざわかってんだよ。聞いてるのはどう失敗すんのかってコト。
究めてんなら当然わかるよな? 究めてんだもんな? 復習の必要もないくらい熟知してるんだもんな? まぁっさかとは思うけど……『ランダムです』、とか言うやつなんて、もちろん、いねーよなぁ?」
煽る煽る。煽りよる。それはもうイキイキとしてらっしゃる。グレン先生はグレン先生であった。
そして俺は不幸なことに何かを言おうとして口をパクパクさせているナーブレスを目撃してしまった。なんか『ラッ……!』とか聞こえた気がするからたぶん『ランダムですわー』、とか言おうとしたんだろう。先生の煽りの標的になるところだったね、よかったね。
そして全滅と見るや、グレン先生はひとしきり煽った後に「答えは右に曲がる、だ」と、そう宣言して呪文を唱える。
雷撃は、綺麗に右に曲がった。
教室がどよめく。偶然だ、という負け惜しみのような声は、
「五節にすると射程が落ちる。一部を消すと威力が落ちる。……究めたってんなら、これくらいできねーとな?」
グレン先生の宣言と、ことごとくその通りの挙動を示す雷撃に打ち消された。
「お前らは『この程度』の呪文の法則すらわからんくらい、ド基礎を無視して必死こいて魔術式やら呪文やらを暗記してたっつーわけだ。それがお前らお馬鹿どもの常識だからな」
マジでひでぇ言いようだが事実である。
魔術というのは『そういうもの』であったし、がんばって覚えれば使えるものをわざわざ追及するような輩もこのクラスにはいなかった。かく言う俺も割と暗記組だった。というか暗記しか勉強法を知らなかった。
というわけで覚醒グレン先生が魔術のド基礎を教えてくれることになりました。やったね。
あと内容的にはめっちゃ面白かったとだけ言っておく。
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いっけなーい! 遅刻遅刻!
私、アルザーノ帝国魔術学院の二年生!
ちょっと別の世界の知識が薄っすらあったりするけどそれ以外はたぶんきっと概ね普通の男子学生!
でもある日「お前らのクラスはこの休み期間も授業あるから」って言われてもう大変! のーみそはもう休日と認識して忘れていたゾ!
次回、「廊下の中心で遅刻を叫んだけもの」、お楽しみに!
「うおおおおおおおおおやべぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
お楽しみに! じゃねえんだよ馬鹿がよ!!
そんな小ネタに走るくらいならその頭回した分のカロリーを足に回せやボケがぁ!!
そんなわけでどうも、オンオフがキッチリできる男、でもちょっとオフにするときだけスイッチがゆるめ───を自負している俺ことアシュリー=ヴィルセルトです。愛称はアッシュ。クラスメイトにして友人のカッシュと若干被っているのが悩みの種です。あんまり気にしてないけど。
そして今日は本来ならば休日だったはずが、ヒューイ先生がいなくなって授業が遅れた影響で授業日にシフト。しかし一回「この日はオフ」と認識した脳はなかなか「この日は
昔のグレン先生だったら遅刻したところでなにも言われないだろうが、最近のグレン先生は遅刻なし授業問題なし面倒見意外と良しの優良物件。というかまず説教魔に捕まるのが目に見えている。
でもなんか、こう、必死こいて走ったのが伝わってくれればちょっとくらい大目に見てくれないかなっていう下心もある。なんだかんだで甘っちょろいフィーベルのことだ。目の前で死ぬ一歩手前レベルで息を切らしている被告人を見ればちょっとくらい、そうちょっとくらい手心を加えてくれる。俺信じてる。
不幸中の幸いは、今日はたまたま学院に忘れ物を取りに来ていたことだろう。一応学院に行くのだし、とちゃんと制服は着ていたし、忘れ物自体は屋上にあったからすぐに取りに行くことができた。
しかし何故か教室に集まっていたクラスメイトに挨拶し、のんびり屋上で荷物を回収し、さて帰ろうかと扉へと向かっている途中でチャイムが鳴り響き、そこで俺は唐突に思い出したのである───あれ、そういえば今日授業じゃね? と。
「我ながら間抜けェェェェェェ!!」
ずざーーー、と廊下の曲がり角で急ブレーキ、速度を落として右カーブ。階段の手すりに手を引っ掛け、最上段から踊り場まで一気に飛び降りる。
常であれば人がいる状況でこんなことはできないが、今日は自分たち二組生徒の貸し切りである。遠慮する必要はない。
気分はさながら暴走馬。いくつもの階段をショートカットし、廊下を駆け抜けて───
「おんやァ?」
「あらー?」
不審者、発見。
目が合った瞬間、冷や汗が背筋を伝った。
足を止め、チンピラ風の男とダークコートの男の二人と対峙する。
「ボク、どしたのぉ? ダメじゃァん、授業始まってるよォ?」
「……それはごもっとも。俺も早いとこ教室に行きたいんですけど、なんかガタイの良い野郎どもが教室前の廊下に陣取ってるもんで」
平静を装いながらも言葉を返すが、心臓はドクドクと警鐘を鳴らしている。近付いてはいけないと、直感が囁いていた。
目に見えない緊張感のようなものが膨れ上がっていく。殺意───それから、舌なめずりをされているような悪寒。獲物として認識されたと、半ば本能で察していた。
だが目を付けられてしまった以上はどうしようもなく、ざり、と一歩後ろに足を引くことしかできない。
切り抜ける方法はなくはない。なくはないが、教室が近いこの状況で下手に動けばどうなるかがわからなかった。
腕に覚えは……まあ、昔師匠にしごかれたし鍛錬は欠かしていないから、それもなくはない。
しかし目の前に立ちふさがっているのは、明らかな強敵二人。戦力は未知数、目的も不明。戦場において棒立ちは死と同義だと教えられたにも関わらず、自分の思考は半ば完全に停止していた。
「ジン」
「うい」
「やれ」
短い言葉。それにチンピラ風の男は最高に下卑た笑みを浮かべ、
「《ズドン》」
───刹那、心臓へ向けて閃光が迸った。
(……ああ。本当に───なんて、間抜け)
暗転する意識の中、最後に聞こえたのは自嘲する自分の声だった。