竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
「ああ……やっぱり所詮はその程度、か」
けほ、と血を吐き出す。その間にも、目の前のナニカはこちらに剣を向けている。
剣を握った左手。
勝ち目はない。全くと言っていいほどに。
「随分と変わったカタチをしているから、運命の戦いの余興にと足を運んでみたけれど……ダメだね。全然ダメだ」
いや、本当、どうしてこうなったんだろう。
「判決を下そうか。───君は死刑だ、アシュリー=ヴィルセルト」
俺はただ、のんびり過ごしたいだけなのにね?
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たん、と地面と壁を蹴って棒高跳びの要領で背面すれすれに屋根を跳び越える。
背中がギリギリ建物を越えるか越えないかというところで、爆風が巻き起こった。
視界の端にチラリと見えたのは翼の生えた葡萄のようななにかだった。それが自分に向かって飛んでくるや否や、なにかするまでもなくひとりでに爆発。直撃を避けるために無理矢理建物を跳び越えたのは、背後に壁があったからこその苦渋の判断だった。
自分は未だに
【トライ・レジスト】こそ付与してはいるが、やはりこちらを殺すつもりなだけあって威力は高く、とてもではないが耐えきれない。
捕らえるために手加減をしていたエレノアと対峙したときとはまるで違う。
それは本物の殺意。暴虐。そして蹂躙。
久しく目にすることのなかった、それは濃密な死の気配───
「ぐぅ……ッ」
身体を石畳にぶつけるだけでは飽き足らず、ごろごろと無様に地面を転がっていく。短剣を地面に突き立てて勢いを殺し、なんとか動けるようになった瞬間にその場から飛び退いた。
「雑魚のくせにしぶといね、君」
どこか苛立ったような口調で男が言う。山高帽を被ったその男は濃い灰色の髪と瞳を晒しながら、悠々と天使のようななにかに掴まって降りてくる。
男の名はジャティス=ロウファン。
元・帝国宮廷魔導士団特務分室、執行官ナンバー11《正義》にして、一年余前、『天使の塵』を使って帝都を舞台に帝国にたった一人でケンカを売った、真性の狂人である。
はじめはただ死人のように生気を感じさせない人間を相手していただけなのに、戦っているうちに───いつの間にか、アシュリーは彼のいる場所へと導かれていた。
「技量も普通。位階も普通。
「───ッ!」
「せめて必中のルーンでも刻んできたらどうなんだい? 単調で読みやすいったらありゃしない。僕の天秤を使うまでもない」
投げ飛ばされた短剣を避ける傍ら、手を振り煌めく粉末をばら撒く。
それは即座に質量を持った実体として存在を獲得し、剣を振りかざしながら武器を投げ放った直後の少年の首を刈ろうと空を駆ける。
それを後ろに避け左右にステップを刻むことで躱し、避けきれなかった攻撃をなんとか受け流す。
「やれやれ……本当に余興にもならないね。あのドブクズが欲しがってるみたいだから、先に
掲げられた手から粉がこぼれ、ジャティスの背後に無数の銃を携えた天使が現れる。
銃口が向くのは当然───アシュリー。
「『
短剣だけでは凌ぎきれないと察して早々に切り札を切る。柄を支点にくるりと回し、魔剣で弾丸を打ち払う。
しかしそれも一時凌ぎに過ぎず、更に言うなら凌ぎきれているわけでもない。弾ききれなかった弾丸が身体を掠めて浅い傷を作っていく。
間違いない。この男は強敵だ。
自分の技量では悪くて犬死に、良くて軽傷を負わせられるかというところ。
弾丸を防ぐ間にもジャティスはひどく退屈そうに腕を振るい、新たなる天使を顕現させる。
巨大な
無数の斬撃は余波だけで石畳を砕き、土煙を巻き上げる。
斬撃だけならなんとか対処できないこともない。だがこちらが一回魔剣を振るうたび、敵の剣は二度、三度と空気を切り刻む。
敵の剣の巨大さ故に回避は不可能。懐から二つ
いつぞやの焼き直しだ。また自分はこの魔剣の力に頼り切っている。
そのことに唇を噛み締めながら、天使を両断したことでなんとかできた隙……のようなものに滑り込む。ジャティスまではあと数十メトラの距離がある。短剣をもう一度投擲───ジャティスの呼び出した左手に阻まれる。
天使を模ったものとは違い、腕のみで顕現するものたちは完全にジャティスによる操作で動いていることくらいはもうわかっている。そしてそこから考えるに、ジャティス自身もかなりの腕前……近寄ったところでまともに戦いになるのかと言われれば───否。いつぞやのエレノアとの戦いのように、真っ向から斬って捨てられて終わりだろう。
即死くらいは避けられるかもしれないが、それでも『戦い』と評するにはかなり厳しいものがある。
手数で補おうにも、それでは銃攻撃を捌けない。
今の状態でも捌けてはいないと言えば、その通りだが。
「ちっ───どいつも、こいつもッ……!」
数歩進んだところで───ぱん。粗雑な動作で撒き散らされた粉が、瞬時にマスケット銃を構えた天使の姿へと変貌する。
いかな魔剣と言えども振るう人間の技量が低ければ真価は発揮できない。本来の持ち主であれば容易に対応したのであろう状況に、偽りの主は無様にも苦戦する。
彼の名誉のために付け加えるのであれば……幼い頃から修練を積んでこなかったにしては、それなりの腕前ではある。剣術道場でもあれば、中位から上位には食い込める程度の実力は有しているのだ。
ただ、相対しているのが軒並み化け物だというだけで。
だん、と踏み込み。宙へと逃れ、身体を捻って一閃。
無理な体勢で放たれた斬撃は理想的な軌道からわずかにブレ、そのブレが一体の天使を残してしまう。
着地と同時、吠える銃声。左腕を貫通し、幻想の弾丸が飛んでいく。
「づ、ぅ……、……っ!」
それには構わずに進む。痛みであれば耐えられる。
足はまだ動く。であれば、前に進むことは不可能ではない。
「まだやるのかい? 大人しく死んでほしいんだけどなぁ」
「誰、が……ッ!」
足裏に魔力を集め、推進力に変えて噴射する。
魔力の光───雷にも焔にも似たエフェクトが弾け、地面が抉れる。
【ラピッド・ストリーム】と同等の加速能力。
途中、やはり剣を持った左手が無数に現れ、すれ違いざまに斬り裂こうと刃を振るう。
「寝、と、けッ!」
半分近くを気合いで耐え、残りは『破滅の黎明』ともう片方の手に握った短剣を振るうことで破壊する。
肩口が、脇腹が、太腿が抉れるが構わない。足が地面につくのと同時、『破滅の黎明』をぶん投げる。
「おっと。……使う剣だけは良いものだね。そっちの短剣も業物なんだろうけど、使うのが君みたいな凡人じゃあ剣も浮かばれない」
軽口と共にジャティスは身体を捻り、超速で飛来する赫い剣を避ける。背後にある建物が轟音とともに崩れ去る。
無手となった右手に短剣を握る。今の投擲で、なんとか、ギリギリ間合いに入るだけの時間は稼げた。何度打ち合えるかは甚だ疑問だが、遠距離から嬲り殺されるよりはマシだ。
ジャティスの視線が、横を通り過ぎていった魔剣からアシュリーへと戻る。
低く屈んだ体勢から、バネのように一気に飛び掛かる。一回、二回、とやけに頑丈な杖が閃く。
それをどうにか弾き、躱し、三回目でようやく隙らしい隙が見えて───
「……“読んでいた”よ」
ドスリ、と。
深く肉を穿つ音。
杖に仕込んでいた
その首には既に、『左手』の振るう黄金の剣があてがわれている。
「……やっぱり、こうなった、か」
全く、今日はどこかで見たようなことの焼き直しばっかりだと血と一緒に言葉を吐き捨てる。
「所詮はこの程度。本当、どうして僕はこんなゴミのところに来てしまったんだろうな……ま、いいか。直前に味わったものが粗雑で下卑たものであればあるほど、メインディッシュは美味となるのだからね」
辛うじて急所は外れているが、それもジャティスがこの細剣を動かせば一瞬で終わる。振り上げたはずの短剣は弾かれていた。
フリーになった右手で、血に濡れるのも構わず細剣を握る。
「……まだ抵抗するのかい? もう無理だよ、諦めることだね。君のここからの逆転は99.9%有り得ない」
「……質問、が、ある」
ごぽり、と、血を吐き出しながら少年がつぶやく。
ジャティスはそこでようやく、自分を睨め付ける銀灰色の瞳をまともに見た。
「ふうん?」
まだ諦めていない。
あちこちから血を垂れ流し、あとほんの少しでもジャティスが動けばそこでもう助からなくなるにも関わらず、その目には一切の恐怖がなかった。
「君がなにを言ったところで僕の勝利は揺るがないんだけど……まあ、グレンが僕の誘導した地点にたどり着くまでにはまだもう少し時間がある。いいよ、言ってごらん? 冥土の土産くらいは持たせてあげよう」
天使を消し去り、本当に最後の暇潰しだと言わんばかりに尊大に告げる。
少年は息を吸い込んで、迷わず言葉を吐き出していく。
「……一つ。今回の事件は……お前が、仕組んだものか」
「Yesだ。レオス=クライトスは実に扱いやすい駒だったよ……動機も十分あったからね。残念ながらもう『天使の塵』の中毒症状で死んでしまったけど、神はきっと彼の魂を御許に置いてくださるよ」
「………二つ。あの死人のごとき人間は、お前の仕業か」
「Yes、だ。彼らは『天使の塵』の中毒者でね。僕の命令ならなんでも聞いてくれる……実に便利な駒さ」
淡々と、事実のみを口にする。
多くの人間を犠牲にしておきながら、その声音に罪悪感などは一切見られない。
あるのはただ、おぞましいまでの信仰。『正義』などという、形のないものへの狂信。
「───三つ。目的は、なんだ」
アシュリーの口が、最後の質問を紡ぐ。
ジャティスはそれに、
「決まってる。───正義のためさ」
さも当たり前のように、答えを返した。
「君ごときには理解できないだろうけど……僕はこの帝国の真実を知った。故にこそ、絶対正義たる僕が、この最低最悪の陰謀のもとに生み出されたこの国を滅ぼさなくてはならない……ある人間に邪魔されたけどね。だからこそ僕は、今日この日、僕の正義の崇高さを証明するために、彼に───グレンに挑戦するんだ」
有り得ないほどに、それは澄んだ瞳だった。
求道者のような真っ直ぐな生き様であるとさえ言えるだろう。
正気でありながら狂気。己の存在こそが正義と頑なに信じ込んだその精神性。
───ああ、これは化け物だ、と、滴る血を見ながら思った。
「こうして誰かを殺すのも?」
「ああ、正義さ」
「学院の生徒を巻き込んだのも?」
「ああ、正義さ」
「……罪もない人間の日常を、台無しにしたのも?」
淀みない口調で───ジャティスは答える。
「ああ、正義さ」
正義のもとに、あらゆる犠牲は許容されるのだと。
「……そうか」
ぎしり。細剣を握る手に、もう一度力を込めて。
「喜べ、外道。───俺は、お前みたいなのが……この世で一番嫌いだよ」
鋼鉄が、音を立てて粉々に砕けた。
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───さて、現状を整理しよう。
傷は多く、俺の技量では仮にこの瞬間に全快したとしてもその命には届くまい。
足りないもの。技量、魔力、体力。うん、要するに全部だ。なにもかもが足りない。
我ながら絶体絶命ぶりに笑いが込み上げてくる。ああ、この前もこんなことがなかったっけ? 全く、馬鹿の一つ覚えかというのだ。致命傷を負うにももう少しバリエーションがほしいところ。
「…………」
杖を砕かれたのがショックだったのか、目の前の男は僅かに目を見開いている。ざまあ。
できるだけ他の部分を傷付けないように破片になった細剣を抜いて、地面に落ちた断片を踏み砕いた。細剣なのが幸いした。出血は少ない。
「はぁ……」
打開策。ないこともない。具体的にどうと言われてしまうと困るのだが、うん。例によって
デメリットは……後戻りができないということ。
版画を思い浮かべればわかりやすいだろうか。深く彫れば彫るほど、版画はくっきりと、精確な絵を描き出す───だが、削られた板は元に戻ることはない。
それと同じ。より遠くへ、より深みへ手を伸ばせば、俺は『それまでの俺』とは別のモノになる。
かつて、己の才能は三つだと言ったことがある。あれは正しくて、同時に致命的な間違いだ。
あの三つは本質的には同じモノ。それがなにに連なるものなのかはわからずとも、源流を同じくするということだけはわかる。
一つ目は単純に『英雄の持っていた武器』を再現しただけに過ぎず、
三つ目の本質は『存在を英雄に近付ける』ということに他ならない。
つまりその打開策とは、手っ取り早く言うと今まで
まあでも、記憶がなくなるとか、闇落ちするとか、そういうことは……たぶん、ない。
もしかしたらそれ以外の代償もどこかにあったのかもしれないけど、俺は知らない。
気にしなくて良いことだから、きっと気にしないことにしたんだろう。
それにほら。死んだら元も子もないわけだし。
だから───手を伸ばす。
まだ知らない奥底。手付かずのデータ。
より強く、より深く、英雄■■■■を再現する。
「───
真名、
より遠くへ。
より深くへ。
完全再現までは至らない。そこまでの器、そこまでの情報は俺にはない。
良いとこ三割。それが今の俺の限界だ。
ヴン、と鈍い音が聞こえた。『破滅の黎明』が、いつの間にか手に収まっている。
馴染む。いつもより、ずっと。
くるりと手の中で回して、いつものように逆手に持つ。
どう振るえば良いのかが、なんとなくわかる。
「……貴殿の術技、借り受ける───!」
柄にもなくそう吐き捨てると、いつものように、俺は地面を蹴って───
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───空気が一段、重くなる。
なにかをしたのだ、ということはわかった。なにをしたのか、はわからない。ジャティスの眼をもってしてもだ。
わかるのは───今、目の前にいるものが、先ほどまでとは違う生き物になりつつあるということ───!
「ちっ……面倒だけど、ゴミ処理だ」
右手を振ると、黄金色に輝く剣と無機的な白い腕が現れる。
それはジャティスの操る
剣が閃き、今にも倒れそうな少年の首を───
「───……」
消えた。
瞬きの間に、目の前にいたはずの少年が姿を消した。
どこに行ったのか───その答えは、すぐ背後から聞こえた。
「いくぞ、狂人。片腕くらいは覚悟して貰おうか」
不意に頬を撫でた風に、咄嗟に【彼女の左手】を盾にする。
キン、と。
軽い音とともに、宙に浮いた左手が無数の断片に変わり、天使は妄想へと逆戻りした。
振り向くよりも先に手を動かす。剣の代わりに天秤を掲げた右手、人工精霊【
「フッ───!」
姿を現した少年の振るう赫い刃が天秤に弾かれ、大きく仰け反り───すぐさま軌道を変えてもう一度ジャティスを斬り裂かんと滑る。
「な───?」
ギリギリで天使の守護が間に合───わない。
天秤の隙間に滑り込むようにして刃先が踊る。今まで一切の傷を負わなかった正義の右腕に、決して浅くない傷が刻まれる。
初めてのまともなダメージに舌打ちを一つ。さらに大量の
それを少年は先ほどまでと同じようにナイフを投擲───しかしその速度と精確さは比較にならない。
四本のナイフを殴り飛ばした瞬間、地面を蹴って加速。背後に回り込み、握った魔剣で片端から破壊していく。姿を晒したアシュリーを殺すべく天使の手にした銃口が動くが、銃弾が少年を撃ち抜くより先に先ほど放たれた短剣に撃ち抜かれる。
ならばと生み出された【
少年はそれを認めるなり、『破滅の黎明』を投げ放った。追撃のように蹴りを入れ、完膚なきまでに叩き潰す。
───まるで別人だ。
先ほどまで死に体だったクセにこの動き。治癒魔術を施しているのかとも考えたが、違う。
純粋に、この少年は気合いで耐えている。
「……ああ……ああ、そういうことか!」
そこで、ジャティスはなにかに気付いたように哄笑する。
愉快でたまらないと言うかのように。
「なるほど、彼らが欲しがるわけだ! 君は───」
「───ッ!」
手元に赫き魔剣を呼び戻したアシュリーが迫る。それを避けると、また別の天使を降臨させてその肩を掴む。余波で微かに傷ができるが、大したダメージではない。ほんの一筋血を流させただけに留まる。
「……逃げるか」
「いいや? 本命の時間になっただけさ。
そして訂正しよう。君はゴミではなかった。まさしく原石……いや、なににも成り得る何者かだ───!」
ばさりと翼を広げ、ジャティスを抱えた天使が空へと飛び立つ。
追い掛けようとして、足に傷を負っていることに気付いた。追えなくもないが、技量を補ったところでそれを動かす肉体が損傷していては十全に機能を発揮できない。
苦し紛れに一本ナイフを投げてやったが、やはり掠めただけで大した傷にはならなかった。
最初の不意打ちで腕を斬り裂けたのがせめてもの戦果か。
「クソ……そううまくはいかないか」
天使の姿が消えたのを見送って、『破滅の黎明』を消し去り小さく毒づく。
「これじゃ本当に……この前と、変わらな……」
膝をつく。違うのは、今度は味方が見当たらないということ。目的は果たせていないことだ。
「先生……フィー、ベ───」
そこで滑り落ちるように意識が暗闇へと消えていく。
最後に思い浮かべたのは、講師と級友の姿だった。
【急募】ストーリーを盛り上げるセンス。
ちょっと修行の旅に出るべきかもしれないがエタりそうだ……。