竜殺しっぽい誰かの話。   作:焼肉ソーダ

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祝・三十話~……なのだがくそう、授業が……授業が入りまくってて投稿が追い付かん……でも絶対に一日一投稿だけは崩さないぞ……。しかしどこかおかしくないか不安になるな。プロットを書きなさい。


30.度が合わない

 アルザーノ帝国魔術学院の学生会館。時刻は社交舞踏会が開催される午後七時よりも少し前、六時半を過ぎたところ。

 

 ルミアの護衛もあるので会場内で落ち合おうという話になり、アシュリーは着換えを済ませてリィエルと別れて一人ホール内をうろついていた。

 

 ドレスの着付けはシスティーナたちが手伝ってくれるというし、会場内の雰囲気でも見ておこうと思ってのことだ。

 賑やかしなのか、既に会場内では楽団がダンス・コンペでも用いる『交響曲シルフィード』───編曲者の都合で本来なら八番まであるところが、七番までしか間に合わなかったらしいが……の演奏を始めていて、学院内外の生徒が楽しげに踊っている。

 

 参加者の一部にはシスティーナたちのような貴族も多いのだろう。気分はちょっとした社交界だ。

 

「……人、多いねえ」

 

 いつもの癖でポケットに手を突っ込みつつ、ふらふらとさまよう。途中でカッシュやウェンディとすれ違ったので軽く会釈をしておいた。しばらくは怪訝そうな二人だったが、ややあって誰だか気が付いたらしい。カッシュは爆笑しながら挨拶を返し、ウェンディは『名前が出てこなかっただけですわ!』とそれはそれでなかなか酷い言い訳をしていた。

 

「お、お前それ、ギイブルのお株奪うつもりかよ!?」

 

 とは、微妙にサイズの合っていない燕尾服に身を包んだカッシュの言だ。

 きっかけであったことは確かだが、別に株を奪うつもりはない。

 

 そんなに似合っていないか、と聞くと二人揃って首を横に振ったので一安心。

 

 と、そこでようやく本命のシスティーナたちがやって来たらしい。お前がリィエルと踊るとはどういう風の吹き回しだ、と面白そうにからかってくるカッシュを軽い腹パンで沈め、入り口近くの方へと移動する。

 

 銀色と青色を認めて、慣れない服に居心地悪く身動ぎしながら近付いていく。

 

 銀色───システィーナはさすが、と言うべき姿だった。空色を基調としたドレスは二段重ねのフリルになっている。やはり貴族ということもあって着慣れているのか、完璧に、違和感なく着こなしていた。緩く編み込まれた長い銀髪も相俟って、まるで本当に妖精のようだ。

 扱いにくい、という皮肉を込めて真銀(ミスリル)の妖精とも評されるシスティーナだが、今日この場に限ってはそれは間違いなく褒め言葉として機能する。

 

 青色───リィエルもまた、人形のようだと褒め称えられるだけのことはある。どこか海の色にも似たエメラルドグリーンのドレスはシンプルなもので、システィーナのものよりフリルは少ない。だが、その愛らしさを強調するように背中には大きめのリボンがあしらわれ、羽衣のように揺れている。

 動きやすさを重視したのだろう、リボン以外の余計な装飾を省かれた服は全体的にすらっとしたシルエットだ。リィエルの小柄さもあり、まさしくお人形さんのようでもあった。常とは違ってしっかりと櫛を通され、二つに結い上げられた髪もその愛らしさを高めている。

 

 少しだけ硬直してから、思い出したように声を掛ける。そこでどうやら相手方も気が付いたらしい。くるりと煌びやかなドレスを翻して、声の主へと寄ってくる。

 

「や。似合うな、二人とも」

「……そっちもね。まさかそんな手で来るとは……」

「んー。やっぱ似合ってない?」

「似合いすぎて怖いくらいよ……それ、どうしたの?」

 

 それ、というのはいつものアシュリーの顔にプラスされた、アンダーリムの眼鏡のことだろう。

 普段見慣れないという新鮮さもそうだが、今日に限ってはアシュリーもしっかり髪に櫛を通し、軽く後ろに撫でつけた、比較的かっちりとしたスタイルだ。まあ、元がクセっ毛なのかオールバックのようにはできていないのだが。それでも、常よりは真面目な印象になる。

 そこに黒縁の眼鏡が加わると、いつもより硬派な印象になる。本人の髪色や金属を思わせる銀灰色の瞳もあって、まるで冷ややかな氷のようだ。

 

 しかし着飾ったところで本人の性格は変わらないらしい。やや決まり悪げに視線を明後日の方向へとさまよわせて頬をかく姿はいつも通りだ。

 

「昔から家にあった眼鏡でな。度が合わないのか、かけてると若干頭が痛くなるのが玉に瑕」

「……そんなんかけてくるんじゃないわよ」

「ごもっとも。けどま、物足りない状態で淑女と踊るのもどうかと思ったんでね。頭痛も思ってたほどじゃないし、十分誤差の範囲内だ」

 

 本音を言えば、普通に伊達眼鏡でもよかったのだが。さすがに前日の深夜にやっている眼鏡屋はない。それに今日しか使わないだろうものをわざわざ調達するのもどうかと思ったので、多少の痛みは我慢することにした。

 頭痛といっても、行動に支障が出るほどではない。

 

「…………」

「……ん? どしたよ、レイフォード」

「……一瞬、だれかと思った」

 

 じとーっとした目で見てくるリィエルに、それはお前もだと言い返してやりたくなったがこらえる。

 言い返さなかったせいで会話が途切れてしまい、場に静けさが降りる。微妙に気まずい。これはなんとかせねば───と、手袋に包まれた手を顔面まで持っていってみる。

 

「……め、」

「め?」

「メガネキラーン……なんちゃって」

 

 ちょっとだけ大仰な仕草で眼鏡を押し上げ、そんなセリフを吐いてみる。

 

 ……沈黙。

 

「……忘れてくれ」

 

 どうやら自分に場を和ますセンスはないようだ、と判断したアシュリーは仄かに顔を赤くしてすごすごと退却した。

 

「……まあ、似合ってるんじゃない? 馬子にも衣裳ってやつかしら」

「褒めてんだか褒めてないんだか微妙にわかんないセリフ選びをしないでくれ」

「まご? アッシュ、おじいちゃんがいるの?」

「いねえから。いつもの天然かまさなくていいから」

 

 ルミアこそいないものの、会場の一角で談笑する三人はすっかりいつも通りの雰囲気だった。

 ルミアが来るまでは、まだ幾ばくかの時間があるだろう。練習の成果を見せてよね、と言うシスティーナの言葉に従って、二人が手を取り合って広い場所へと移動していく。

 

 なお、踊り終わったあとにシスティーナから言われたことをほとんどそのままグレンからも言われるのだが、今のアシュリーに知る由はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 たん、たたん、と足取り軽くステップを踏む。

 勢いのついたところでくるりと一回転。小柄なこともあり、まるでころころと坂道を転がる子リスのようにリィエルが回る。結い上げられた髪と大きなリボンがふわりと揺れた。

 

 再び身を寄せ、精確な動きでステップ、ステップ。滑るようにしてスウェイ。

 

 演奏に合わせてフィニッシュを決め、余韻に浸るように静かに息を吐きだす。一拍遅れて、観客から歓声と拍手喝采が降り注ぐ。

 

「───……ふう。おつかれさん、レイフォード」

「ん。アッシュもおつかれ」

 

 硬直を解き、とん、とお互いの手の甲を合わせる。どう考えてもダンスのあとにする労いではないが、それを咎めるような人間はいなかった。採点はもう終わっている。

 現在、ダンス・コンペは最後の予選を終えたところだ。興奮冷めやらぬ会場を、休憩のために突っ切って飲み物で喉を潤した。

 

 機械のような精確さで踊るリィエルと、それに合わせながらも淡々と同じように精確なステップを刻む二人のペアは、涼やかという表現が相応しかった。グレンとルミアのペアはワイルドさと華やかさで観客を魅了していたが、こちらのペアはそれとは正反対、磨き上げられた氷細工のような印象がある。若干甘いところがないでもないが……この数日間で覚えたにしては上出来にすぎる。

 

 ───妙な気分だった。会場を包む雰囲気に呑まれたのか心地の良い高揚感を感じる一方、どこか思考回路の片隅をひっかくような不快な気分とが同居している。

 

 度の合わない眼鏡を着用しているせいなのか。しかし、ここまで盛り上がった状態でアクセントを外すのも憚られる。頭痛はさほどでもないとはいえ、原因不明の不快感は嫌なものがある。

 

「わたし、グレンにごはんを持ってくる」

「んお、そうか? いってこいいってこい、俺はこの辺うろついてるから」

 

 手を振って、とことこと食事の方に駆けていく小さな人影を見送る。なかなかにハードだったが、この程度の疲労ならまだまだ動ける。

 軽く弾む鼓動を落ち着かせるように手に持っていたドリンクをもう一飲み。

 会場の熱気でぬるくなったジュースが喉を滑り落ちて、

 

「───こんばんは。良い夜ですわね? アシュリー=ヴィルセルト様」

 

 ……飲み物を吹き出さなかったのを褒めて欲しい、と思った。

 

「……意外なところで会うな、エレノア=シャーレット?」

「いえいえ、ふふふ。まさか。これは偶然ではなく必定。会いに来たのですから、意外でもなんでもありませんわ?」

「……そうかよ」

 

 どこから現れたのか、エレノアはまるで長年連れ添った恋人同士であるかのように腕を絡めている。振り払おうにも、まるで蛇のようにするすると絡み付いて離れない。強引に払うことも可能だろうが、どうなるかわかったものじゃない。

 一応、こちらへの害意は感じられないが。

 

「どうです? ここでお会いしたのもなにかの縁。一曲、いかがでしょう」

 

 会いに来たとか言ってるくせになにが縁だ、とふてくされたようにつぶやく横で、するり、と、かつては少年の首を締め上げた指を今度は背中へ添える。

 華奢な指には致死性の呪詛が付与された針が仕込まれている。不用意に動けば命はない。さすがにこの少年にも、それくらいはわかるだろう。慌てふためき、周囲に助けを請うてもおかしくはない。が。

 

「───質問。お前は敵か、味方か」

 

 そんなものは意に介さぬ、とでも言うように、彼は硝子越しに冷静な瞳でエレノアを見下ろしている。

 ───いけずな方。恐怖に震える様も、燃えるような殺意も見せてはくれないなんて。

 

「いいえ? どちらでもありません。強いて言うならほんの余興、ですわ」

「……そういうことなら、まあいいや」

 

 瞬間、肌がひりつくような敵意が霧散した。

 敵でないなら、とアシュリーはエレノアへの警戒を解いたのだ。かつて自分を騙した人間を、だ。

 

 敵か、味方か。

 ただそれのみが対応基準。徹底した合理主義。騙し打ちした人間など、憎悪の一つでも叩きつけても許されように。

 

「───そういうところが、たまらなく。ええ、たまらなく───愛おしい。焦がれてしまいますわ……」

「いや、よしてくんない? あんたの愛とかどう考えても重いじゃん、やだよ」

「レディの扱い自体はなっていないようですわね」

 

 それもまた味か。ギャップ、と言えば良いかもしれない。

 くすくすと童女のように笑うと、エレノアは音楽に合わせて踊り始める。つられてアシュリーの方も仕方がないと言うようにステップを刻み始める。

 さすがは仮にも女王陛下の側仕えを務めていた才媛とでも言うべきか、エレノアのダンスの腕は卓越していた。

 

「こうしてお話をするのは久しぶりですわね?」

「……店で最後に会ったとき以来か」

「実に残念です。あのお店、気に入っておりましたのに」

 

 さすがにもう行けなくなってしまいましたね、などと言って笑う。含むところはない。ただの世間話だ。

 ふわりとエレノアが回る。引き戻された勢いそのままに、互いの吐息がかかりそうなほど近くにまで顔を寄せる。妖艶な笑みはいつぞや、訣別の日に見せたものと同じ。

 

「もう一度お聞きしますわ。……私たちと共に来るつもりはありませんか? あなたであれば、入団資格など容易にもぎ取れましょう」

「断る。俺が好きなのは普通の日常であって、それを奪う側のそちらに与するつもりはないよ」

「おかしなことを仰いますね。あなたの愛した日常など、どこにあると言うのです?」

 

 ダンスの最中だと言うのに、動きが止まる。

 幸い、エレノアが暗示魔術でも仕掛けているのだろう。それを見咎める人間はいない。凍てついたパートナーを蕩かすように、エレノアは強引にくるくると舞い続ける。

 

「もうあなたは外れている。どうしようもなく。であれば、どこであろうと同じこと。あなたは一生、迷子のままでございましょう」

 

 止まりそうな足を動かして、淡々とステップを踏む。腕の中で女が嗤う。

 

「───ですので、もう一度お聞きしましょう。

 私たちと来る気は、ありませんか?」

「─────────」

 

 だん、とフィニッシュを決める。会場の熱気に反して冷え切った空気の中、少年は静かに返答した。

 

「お断り、だ。一昨日来やがれ、外道」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 びっくりしたわ。なんでいんのあの人。

 

 やることがございますのでーとかなんとか言って離れていったけどそっち優先しろや。いや、暗殺とかだったら優先されても困るんだけど、グレン先生がいるなら妙なことにはならんだろうし……というかもう俺のことはほっといてよね、本当。しつこい新聞勧誘かというのだ。

 

「……はあ」

 

 楽しかった気分から一転、どんよりと重たい気持ちになる。マジでなんでいたのあの人。殺ろうと思えばできたはずだし、今回は敵じゃないみたいだったからいいけどさあ。

 あ、レイフォードが戻ってきた。……なんでそんな大量に料理を持ってるんだ?

 

「グレン、見当たらなかった……」

「広いもんなあ、ここ」

 

 見つからないのも無理はない。

 俺も今ささっと探してみたが、それっぽい人影が見えるものの焦点が合わない。どうも踊ってるようだけど。

 

「……う」

 

 ちょっと目、というか頭が疲れてきたので眼鏡を外す。度が合っていないレンズ越しに煌びやかな会場を見続けたのだ、そりゃそうもなる。

 でもまあ、ここまで来たんだし。つけっぱなしでいこう。

 

 軽く眉間を揉み解してからもう一度眼鏡をかけた。不意に、金属音のような不快な音が耳を掠める。

 ……管楽器の音色のように聞こえたけど、楽団の調子が悪いのだろうか。

 

 しかし会場にいる参加者はみんな夢見心地で、俺のように演奏に違和感を覚えている人間はいないらしい。

 単純に俺の耳がバカなだけの可能性あるなこれ。レイフォードにも聞いてみたけど首を傾げられたし。むしろフィーベルにも聞いたら『素晴らしい編曲(アレンジ)だと思うけど』っていう言葉と一緒にジト目を頂戴した。やはり俺にはそっち方面のセンスはないらしい。俺は原曲の方が好きだな……。

 

 と、そんなことをしている間に本戦の最初の試合が始まるらしい。フィルマー会長の音頭で参加者たちがまばらに散っていく。

 

「行くかあ」

「ん」

 

 短いやり取り。がしがしといつものように頭をかきそうになってやめた。ここで台無しにするのもどうかと思うし。

 

 この数日間で練習した動きをなぞっていく。

 なんか妙な感覚はあるけど、慣れない環境で疲れが出ているんだろう。最近の俺は疲れに弱すぎる。我ながら情けない。

 

 くるくると腕の中でレイフォードを転がしながら、バックで鳴り響くオーケストラに耳を澄ます。

 耳障りな演奏が、絶えず流れ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい、イヴ。聞こえるか。今、エレノアが……』

「は? エレノアって、あのエレノア=シャーレット?」

 

 じゃらり、と鎖を鳴らしてイヴが通信に応じる。

 

 ……決して特殊性癖などではない。ちゃんとした理由あってのものだ。

 

 イヴの目の前には現在、二人の男が転がっている。恰幅の良い男性と、人の好さそうな顔をした少年だ。

 

 今回イヴが事前に入手していた情報によれば、彼らこそが《魔の右手》ザイードと、それを裏で操る今回の黒幕。つまり、事件はイヴの手で見事解決されたというわけだ。

 現在はこの二人を魔術が使用できないように縛り上げ、拘束する作業中なのである。しかし大手柄、と弾んでいた気分はグレンの報告で一気に落ち込んだ。エレノアが現れたから、ではない。そんな妄言をわざわざ報告に来るグレンに水を差されたからである。

 

「バカ言わないでよ。こんなところにエレノアが来るわけないでしょ」

『信じられないのもわかる! だが、現にやつは───』

「黙りなさい、グレン。あなたは王女の護衛に集中しなさい。……まあ、それも半ば終わったけどね? ふふ……」

 

 目の前に転がる二人組を縛り上げながら微笑む。

 ザイードと主犯格を捕らえた以上、あとは情報源でもあるこの二人を組織の口封じから守り切ればミッションコンプリート、完璧だ。

 

 ザイード。悪名高き《魔の右手》。あらゆる警護をすり抜け、千差万別の方法で標的を仕留めてきた暗殺者───ではあるものの、イヴにかかればまるで素人、いや素人以下だった。

 正直、帝国はずっとこんな杜撰で稚拙な作戦を立てるような雑魚に翻弄されてきたのかと思うと苛立ちさえ覚えてしまう。感情を抑えるのは魔術師の基本とはいえ、こうも拍子抜けだと複雑な気分にもなるというものだ。

 

「三人とも、聞こえる? ……ええ、ええ。ザイードと、その裏にいた首謀者を確保したわ。……聞いてない? 当たり前じゃない、私一人で十分だもの。……そう。そっちは引き続き外で待機。口封じに来る組織の人間に警戒しなさい。いいわね。……切るわよ」

 

 通信魔導器の起動をやめ、ぐるりと室内を見渡す。

 

 隠れ忍ぶのにこの二人が用いていた異界化の魔術は既に解除されている。そこはもう、なんの変哲もないただの学院の一室だ。

 

『イヴはすごいな』

 

 ふと、今も社交舞踏会で楽しげに踊っているのだろう旧友の姿がよぎった。

 そういえばアレも狙われていたのだっけ、と物思う。今回は最初から狙われる可能性は限りなくゼロであったとはいえ、これでもう安全になっただろう。……なにも知らせていないのだから、あちらは安全もなにもなくただ楽しんでいるのだろうが。

 

『俺、凡人だからさ。なにもできなくて───』

 

 そんな風に言って、どこか寂しげな顔をしていた二つ年下の子どもはもう望んだ場所を手に入れたのだろうか。

 いつぞや、帰りたいのだと語って聞かされた『ごく普通の毎日』───学校に通って、友人と笑い合うようなそんな日々に、彼は戻れたのだろうか。

 

「……冗談。あんな凡人、誇り高きイグナイトたる私がわざわざ気にする必要なんてない」

 

 凡人は凡人のままでいればいい。華々しい戦果を挙げるのは自分たち腕利きの魔術師だけで十分だ。

 どこか平和な場所に引っ込んで、バカみたいにへらへらしていればいいのだ。あんなありふれた、特筆すべきことのない人間は。

 

「そうよ……あんなやつ、関係ない。私はイグナイト。最大効率で、華々しく勝利を飾るのが私の使命。今回は、たまたま最大戦果を挙げるために会場の安全が必要だっただけなんだから」

 

 グレンは昔の友人なんだろうと言いたげにしていたが、バカバカしい。ときには無辜の民も切り捨てるのが魔術師だ。

 そんな風に一人ごちながら、イヴはなにか隠された罠や天の智慧研究会に繋がる資料がないかと部屋を漁り始める。

 

 部屋には、社交舞踏会で演奏されているものとまったく同じ、編曲(アレンジ)された『交響曲シルフィード』が流れていた。




なぞの眼鏡(C):アシュリーの家に昔(帝都に住んでいた頃)からあった眼鏡。アンダーリムの黒縁だが、度が合わないのかかけると若干頭が痛くなるので放置されていた。かけるとなんとなくかしこくなったような気がしてくる。なお、実際に度は入っていない……ように見える。

そういえば八巻、リィエルと仲良くなってしまったからにはにょたリーになるのか。困ります……。
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