竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
低クオリティを挟むくらいなら、一回休みを挟んで態勢を立て直すべきなのだろうか。
「はぁ───はぁ───ま、間に合った……か……!」
しんと静まり返った会場に、グレンの荒い息遣いがこだまする。
会場中の誰もが───『シルフ・ワルツ』の七番を踊っていた人間の全てが、ぴたりと彫像のように静止していた。
明らかに異常だ。先ほどまでの盛り上がりからは想像もつかないほどの静寂ぶり。敵がなにか仕掛けてきていたことは間違いない───
「……よくぞ、我が《右手》から逃れた」
静止していた人物たちの中で唯一、周りのように無機質なものではなく余韻に浸るような静止の仕方をしていた人物が、ゆっくりと
いかにも音楽家然とした、その初老の人物は───楽奏団の指揮者。
彼こそが、真なる《魔の右手》。
この社交舞踏会に紛れ、ルミアの命を狙った天の智慧研究会の第二団《地位》、ザイードだった。
「『魔曲』───形のない
「その通り。我が家系に代々伝わる七つの『魔曲』を奏で聞かせることで、私はその場に居合わせる全ての人間の意識と記憶を掌握できる───そら、そうなれば『暗殺』なんて簡単だろう?」
デタラメな『暗殺』もあったものだ。確かに、記憶にさえ残らなければどう殺したって『暗殺』には違いない。
今まで帝国を苦しめてきたその《右手》の能力が、ようやく詳らかにされたのだ。
「……まあ、一名効きの悪い人間もいたようだが。だがそれも、この物量の前には関係あるまい? さらに言えば……貴様らは既に、表層意識こそ操れぬが魔術に関わる深層意識野を掌握されている。……無駄な抵抗は止めておいた方が身のためだぞ? もはや、貴様らには万に一つの勝ち目もないのだから」
まったくもってその通りだ。いかな手練れだとしても、この人数を相手に魔術なしで切り抜けることは難しい。しかも相手はただの一般人なのだ。
もちろん、殺してしまっても構わないのであればやりようはいくらでもあるが───巻き込まれただけの人間にそれを決断できるような人間は、この場にはいない。なにより、自分のせいで楽しかった社交舞踏会が地獄の宴に変貌してしまった、と茫然自失としているルミアの前で、そんなことはできない。
「これぞ我が固有魔術ッ! 【
高笑いとともに、指揮者───真なる《魔の右手》ザイードが指揮棒を振り上げる。
意識と記憶を掌握された舞踏会の参加者たちが、虚ろな瞳でグレンたちを四方八方から取り囲んだ。当然のように、そこには二組の生徒も混じっている。
ぎり、と奥歯が砕けそうなほどに嚙み締め、逃げ場はないかと周囲に視線を巡らせる。───ダメだ。入り口方面は既に塞がれている……!
「ははははは、無駄だとも! さあ、大人しくこの『魔曲』の前にひれ伏し、そして死ね───!!」
「くそ───ッ!?」
いつの日か、フェジテに再現された『天使の塵』の悲劇を思い出す。あのときも、なんの罪もない人々が襲ってきたが……今回は知り合いばかりな上に、手遅れなわけではない。ただ操られているだけ、つまりザイードさえどうにかしてしまえば助けられる可能性があるのだ。
下手な希望は、ときには選択肢を狭めてしまう。逡巡するグレンを嘲笑うように、燕尾服に身を包んだ生徒の一人が高く跳び上がって───
咄嗟に身構えたグレンの頭上を通り越し、ザイードめがけて突っ込んでいった。
「……なぁ!?」
グレンとザイード、どちらの声だったのかは定かではない。が、ザイードは即座に指揮棒を振りすぐそばにいた生徒を盾にする。燕尾服の裾を揺らした生徒はさすがに人の壁を蹴散らしていくことはできなかったのだろう。ギリギリで手に持っていた刃を止めてザイードの目の前に着地した。風圧でザイードたちの服がはためく。
「……ありゃ。首、落とせなかったか」
乱入者はケロリとした顔で振り抜こうとしていた短剣を腰に括り付けると、殴りつけようとしてきた生徒を
「すみません師匠、俺はやっぱアサシンには向いてないみたいですわ───というわけで一発、頼みます」
その瞬間、ピュイイイイイ───と、耳をつんざく甲高い音が鳴り響いた。アルベルトの投げ放った投げナイフ、その柄に仕込まれていた投笛だ。
同時に、会場の入り口から轟く四発分の銃声。
突如発生した重力場に、生徒たちが押し潰される。それを放ったのは───
「今じゃ、こっちに走れい! そう長くは保たんぞい!」
「じじい!? クリストフにリィエルも……!」
どうやら、この三人はアルベルトと同じく『魔曲』に抵抗していたらしい。ありがたい援軍だ。
と、なれば。先ほど急襲を仕掛けたあの生徒は───
「ティンジェル、失礼」
「わ……アッシュ、君!?」
細い胴に腕を引っ掛け、俵のように担ぎながら走る燕尾服の少年。眼鏡以外は見慣れた姿のその生徒はアシュリー=ヴィルセルト。グレンの教え子にして、現在ルミアに次ぐ第二位の厄ネタでもある自称凡人!
リィエル並み、と評される身体能力でもってルミアをかっさらい、我先にと入り口へと駆けていく。
……少し前までならその学生離れした動きに疑問を抱いていただろうが、バーナードの弟子と聞いた今ではある意味納得のいく挙動だった。
「撤退じゃあ───!」
バーナードたちもまた、結界の隙間をすり抜けて会場の入り口へ消えていく。
あとには、操り人形のような足取りで蠢く生徒たちだけが残された。
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いやあ、なんでこんなことになったんですかねえ。
このセリフも何度目かわからない。
わかるのは今、その辺でゴリラとゴリラの争いが繰り広げられているということくらいなもので。
「ぬぅうううぅぅん!!」
「いいぃぃぃいいやあああぁああぁ!!」
予め作ってあったのだろう大剣を振り回し、鋼の小手と殴り合うレイフォード。鋼と鋼がぶつかるたび、衝撃波で周囲の樹がみしみしと嫌な音を立てている。
近付きたくねーなあ。あれ。ほっとこ。
敵が魔術を封殺してくれやがったせいでこっちの武器は短剣一本。もっと大量に作っておきたかったところだが、生憎普段とは違う服なもんでまともに触媒も引っ掛ける用のパーツもない。
グレン先生とティンジェルは現在別働隊。なんでも北にある迷いの森に向かうとかで。アルベルトさんとフィーベルも、それに頷いて学院の敷地内から離脱した。
操られた学院生徒はグレン先生たちを追いかけることにしたらしい。おかげでこっちはよくわからん
やだなあ。
こっちに飛んでくる氷の剣を蹴り落としつつ、形が残っている間にお返しとばかり投げ返す。……横合いから敵の吹雪ごと爆炎で飛んでった。
イヴの炎だ。昔見せてもらったような仄かな灯火ではなく、こっちを容赦なく燃やし尽くそうとしてくる業火。
分が悪い。
どうしよっかなこれ。レイフォードは放っといても良さそうだけど、さすがにイヴとメルヘン女はキツい。
「師匠ー」
「なんじゃあ!」
「あのメルヘン女の脳天ブチ抜いていいです?」
「できたらとっくにやっとるわ!!」
そりゃそうだ。んー。しかしそうなると手がないな。
クリストフさんに手伝ってもらって一発ぶち込むのもありっちゃありだが難しそうだ。
「あはは、ははははっ☆ 私と♪ クリストフ様の逢瀬を♪ 邪魔しないでくださいなああああああ!!」
一気に強まる猛吹雪。攻めより守りが得意、というメルヘン女の吹雪はメルヘン女を中心に渦巻いているらしく、近付けば一瞬で凍らされる。
数秒なら耐えられそうだが。さて、どうしよう?
ちらりと後ろを見る。師匠の手元にあるのはマスケット銃、クリストフさんの手元には大量の魔道具。俺のところにも少しだけ、クリストフさんからもらったものがある。
……ふむ。難しいとは思ったが、一発ならいけるかね。
「師匠、クリストフさん! 援護、お願いしていいですか!?」
「なにを───!?」
師匠の方には伝わったらしいので、たん、と地面を蹴って加速。いやあ、仲間がいるってやりやすいね。
腕に
「よ、ずいぶん腕上げたじゃねえかよ!」
「…………」
こちらを見ているのかいないのか、イヴが虚ろな目で炎を操り、丸焼きにしようと爆炎が迫る。うん、まともに食らったら死にますね。
威力だけで言えばあの電波魔人の方が上とはいえ、それは『超ヤバい』と『有り得ないくらいヤバい』を比べているようなものだ。つまりやべえことには変わりない。
だけどまあ、こっちにはあの魔人の炎を耐えたという実績があるので。
勘でしかないが、まあ死ぬことはないだろう。
最悪炎だったら火傷で済むし───あ、師匠はアシストありがとうございます。目の前に迫っていた火球その二が消失したのを確認して、奥に
がしり、と手を掴む。焼けるような痛みが襲うが、まだまだ許容範囲内。
止まったらアウトだ。どこから炎が噴き出しても良いように動き続けろ。
それに周囲の炎は師匠が片っ端から撃ち落としてくれてるし、イヴの反応は比較的鈍い。思考能力が鈍化しているのだろう。メルヘン女とロクな共闘ができていないのがその証拠。
もっとも、あと数瞬もすればこっちが燃え尽きるだろうが───
なに。
炎は、こちらも得意分野だ。
「……なんっちゅー無茶しよる、あのバカモン!?」
すみません、自覚はあります。
でも、できるという確信はあったから許してほしい。
「───踊ろうか、イヴ?」
炎に巻かれながら手を取り───担ぐ。
いや、担ぐというのはちょっと不正確かもしれない。抱き上げる、の方がそれらしいか?
……女性相手に申し訳ない気持ちはあるが、それを言ったらティンジェルを担ぎ上げた時点でアウトなので今回ばっかりは思考からカットの方向で。
当然そんなことをすればこっちが大炎上(物理)するのは目に見えている。ので───イヴがなにかするより早く、隣で巻き起こる吹雪に突撃する。ほんの一瞬遅れて炎が巻き上がる。
このままでは炎と吹雪に巻き込まれて死ぬだろうが、ここで腕に引っ掛けた巻物の出番だ。結界が張られ、両者が激突する瞬間に巻き起こった衝撃をある程度シャットアウト。
当然一瞬しか保たないが、一瞬あれば十分だ。
その隙に、こっちは───さっきからうるさいこの女に食い付ける。
「う、そ。あなた、正気……!?」
こっちが吹雪で凍らないように炎の壁を作らせた友人に心の中でちょびっと謝罪。
正気か。もしかしたら飛んでってるかもしれない。まあ生きてればおっけおっけ。
というかめっちゃ寒いが、まあ大丈夫だろう。なんせさっきまで燃えてましたからね。物理で。
そりゃあ、寒さへの耐性もつくというものだ。
ぴきり、と音を立てて腕が凍る。あとコンマ数秒でこっちは凍りつくだろうが───間に合う。
凍気に身を晒しながら、どうにかこうにか腕をねじ込み───
いえーい、ゆーきゃんふらーい。
君ならきっと空も飛べるさ。
「ぐっ───ああああああああッ!?」
ホームラン、入りました。
メルヘン女が、吹雪をくっつけながらどっかに飛んでいく。あ、樹にぶつかった。
……それはさておき、死ぬわこれ。いくら耐性と対策があってもキッツイわこれ。
と、その場にいたら復帰したイヴに燃やされてしまうので即離脱。
案の定、今までいた場所に燃え上がる炎。危なかったデスネ。
「……お前さん、前より危なっかしいの」
「なんとかなったでしょ?」
「グレ坊とは別の意味でハラハラするんじゃよ!?」
なんて言いつつこっちのフォローしてくれたくせにー。
「ま、敵の一人を行動不能にしたのはお手柄じゃがのう……一歩間違えたら黒焦げじゃぞ、あれ」
「燃えなかったからよし」
「良くない───む?」
と、ここでタイムアップ。糸が切れたように動きを止めたイヴと、同時に聞こえなくなる楽器の音色。───どうやらグレン先生たちがどうにかしたらしい。
魔術が解放されたのでは不利と悟ったのだろう、レイフォードとやりあっていた筋肉達磨はいつの間にか姿を消していた。
今回の損傷……腕が若干凍傷気味。火傷がそこそこ。
なんだ、問題ないな。
もうなんていうか、怪我とか気にしなくなっちゃったなあ。
これはまずい傾向だ。俺は普通の一般人でいたいのだが。
……まあ、気にしなくていいことは気にしないに限る。なるようにしかなるまいさ。
「あー、帰りたい」
焼けただれた手に治癒魔術をかけつつ、そんな風にぼやく。
マジで、平穏な日常に帰りたい。
学校に行って、バカな話で笑い合って、当たり前のように明日を待つ、そんな生活に。
───どんなものだったのか、よくは思い出せないけれど。
対魔力のランクはCくらい。
文字数がノルマより3000文字足りないのでかなり簡略化されてる。