竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
あ、蛇口は直りました。
───その日は、雨が降り続いていた。
それは、姉さんの頼みでちょっとしたおつかいに出ていたときのこと。
今思えば、あれは父上や一族たちの圧力から私を逃がすための方便だったのかもしれないけれど。とにかく、そんな雨が降る日に、私は彼と出会ったのだ。
……出会った、という表現はいささか誤解を生むだろうか。
正確には、数度目の出会いだった。
その頃から、よく笑う人間だったと思う。少しだけ大人びたところもあったけど、私にしてみればまだまだ子どもに見えた。
ともかく、姉伝いにその『子ども』とは知り合っていた。きっと、勉強ばかりで家にこもりがちだった私に同年代の友達を、という魂胆だったのだろう。
───なにしてるの。そんなところで。
放っておくのもなんだか気が引けて、傘と、おつかいで頼まれたものを入れたカバンを持ったまま、私はその子どもにそう問いかけていた。
子どもはしばらくぼんやりと、傘も差さずに雨の中で佇んでいたが、やがてなにを言うべきかまとまったのだろう。やっぱりぼんやりした仕草で、ふるふると首を横に振った。
───帰る場所が、わからなくなった。
それを聞いて、とんでもなく呆れたことを覚えている。
だって、彼の家は本当にすぐ近くだったのだ。
───呆れた。
つい本音を口に出してしまったけど、彼は気にした風でもなく、ただぼーっと、どこか彼方を探すように空を見ているだけだった。
動くつもりはないらしいと知って、大きなため息をついた。幸せが逃げる、なんて姉がいたら言っただろうが、呆れてしまってものも言えなかったのだ。
───ついてきなさい。案内くらい、してあげるから。
さすがに見知った顔をほったらかしにしていくわけにもいかなかったので、手を引いて家まで送ることにした。ちょうどおつかいの店も通ることだし、もののついでだ。
───ほら。ついたわよ。
曲がり角を一つ二つ過ぎればすぐそこだ。子どもが一人で住むにはそれなりに大きな一軒家だったから、道順は覚えていた。
お互いびしょぬれになった手をハンカチで拭いて、ふと気になって雨に打たれていた顔も拭いてやった。こういうところが甘くて、父上に叱られるのだとちょっぴり自己嫌悪したりもして。
わざわざ家まで送ってあげたのに、彼はやっぱりぼんやりしていた。風邪でもひいたのかもしれない。
───さっさと帰りなさい。
ドアの前でぼーっと雨雲を見上げているそいつの脇腹をどついて、のそのそとした動作で玄関に入るのを見届けてからもう一度ため息をついた。
余計な手間をかけてしまった。姉さんは怒っていないだろうか。
そんなことを考えていると、ひょっこり玄関に消えたはずの彼が顔を出した。
さんきゅ、とお礼を言っているにしてはずいぶんぞんざいなセリフに、もうため息をつく気にもなれなかった。
そのまま私はお店を通って、頼まれたものを買って屋敷に帰った。姉は怒ってなんかいなかったけど、ふとそういえば名前は知らなかったな、なんて思ったりもして。
───それが、十年前の雨の日の話。
取るに足らない、ありふれた迷子の話。
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「……あの」
「…………」
「もしもーし? イヴさーん?」
「……………………」
沈黙。
気まずくなって、がしがしと包帯の巻かれた手で頭をかく。
困ったようにため息をつくアシュリーはいつもの制服姿で、もう眼鏡も燕尾服も脱いでいた。今頃会場では正気に戻った生徒たちがフィナーレ・ダンスに興じているのだろうが、またも無茶をしたアシュリーは現在個室に押し込まれていた。
そこに、洗脳が解けて正気に戻ったイヴがやってきたのが数分前。以降、なにを語るでもなく両者は部屋の中に突っ立っていた。
最初は無茶をやらかしたことになにか言われるのかと思っていた。イヴの視線が、応急処置として包帯でぐるぐる巻きにされていた手に向いていたからだ。グレンやリィエル、バーナードには既にこっぴどく叱られたあとだったりする。
だが、それをじっと見てから、イヴはなにも言わずにつと視線を降ろした。今回は寝込むような傷ではなかったから、制服に着替えた以外はなにも変わったところはないはずだ。
首をひねって考えてみても、やっぱり思い当たる節はない。
一体どうしたというのだろうか? なにか、言いたいことがあるのだろうとはわかるのだが。
「……イヴってばー」
「……。……んで」
「ん?」
「……なんで、そんなザマになってるのよ?」
「なんで、って……」
ザイードが事件を起こして、それにうっかり巻き込まれたからとしか言いようがないのだが。
というか、さらに言うなら火傷は敵に操られたイヴの仕業なのだがまあ、そこは指摘しないことにした。悪いのは天の智慧研究会であり、それ以外は巻き込まれただけの被害者だ。
「そうじゃない……そうじゃないでしょ!? あんたはもっと、もっと……」
「もっと?」
「……もっと、平凡で、へっぽこで。こういうときにはなにもできずに、どこかで縮こまっているべき人間でしょう……!?」
そんな風に傷だらけになりながら、戦うような人間ではなかったはずだ、と。
聞きようによっては罵倒とも取れるセリフに面食らったのか、きょとんとした顔になる。
平凡で、へっぽこで、なにもできない。それは確かに、自分を構成する要素だったはずだ。
どうして今さら、そんな
「……イヴ?」
「───〜〜〜ッ、とにかく! あんたみたいな凡才は、さっさとどっかに引っ込んでればいいんだから……!」
「あ、おい!」
言うだけ言って、イヴは乱暴な足取りで部屋をあとにした。
残されたのは、呆然と幼馴染を見送る少年が一人。
「……あいつ、なに怒ってるんだ?」
出しゃばるな、という意味なのか。それとも、目障りだから消えてしまえ、という意味なのか。
その疑問に、答える人間はいなかった。
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イヴがいなくなり、することもなくなったので大雑把に治療を終えた俺は一人テラスで夜景を眺めていた。
中ではまだフィナーレ・ダンスの真っ最中だ。参加するのも良いのだが、なんとなくそんな気分にもなれなくて。
「……はあ」
火傷を負った手をじっと見つめる。
いつから、自分はこんな風に戦うようになっていたんだっけ、とぼんやり思った。
『───あんたはもっと、平凡で───』
憤ったような声が意識を掠めた。自称しているはずなのに、どこか遠いもののように聞こえた言葉。……そうだ。自分はごく普通の、平凡な人間のはずなのに。
だって、そうでないと。いつかの
「ままならないなあ……」
自分の求めるものが奪われるのであれば断固拒否、抵抗するべきだ。
それが目に見える
だが───それをするたびに、なにかが外れていく感覚がある。
抵抗したい。もう失いたくない。───なのに守ろうとすれば、喪失の代わりに乖離が近付く。
自分はどこにいて、なにがしたくて、なにをしているのか。
いや、そもそも自分は───どんな人間だったか。
思い出せない。原型がわからないくらいに灼き尽くされて、混ぜこぜにされた灰のようだ。なにか、忘れてはいけないものがあった気がするのに。
帰りたい、と思うのに、それがどんな場所だったのかがわからない。……普通の、ありふれた日常であったのだと。それだけは覚えているけれど。
「……まあ、いいか」
気にしなくて良いことは、気にしないに限るのだ。
わからないことを考えて、一体なにになるというのか。
「アッシュ」
「んー? ……レイフォードか」
着替え直したのだろう。シンプルながら愛らしい造形のドレスに身を包んだレイフォードが、とてとてと小動物のように寄ってきた。
「よく、空を見てる。……好きなの?」
「……いや? 別段」
ソラの向こう、どこか遠くに想いを馳せることはあれど、空そのものに思い入れはない。
見るなら空より地面だ、とさえ思う。……綺麗ではあるが、目指そうとは思わない。地に足付けて、分相応な生活ができれば理想的。
本当に、ふとした疑問だったのだろう。レイフォードは「そう」とだけ言うと、同じようにテラスの手すりに腕を預けて夜景を眺め始めた。ティンジェルの護衛は良いのか、と思わないでもなかったが、グレン先生もいるし大丈夫だろう。さすがにあれだけのことを仕掛けたあとに、もう一度襲ってくるとも思えない。
ティンジェルも、今回はさすがに気にしてたみたいだけど大丈夫かな。ここにいたらいけないんだー、とかって思い詰めてなければいいが。……まあ、慰めるのは俺の仕事ではない。どうでもいいとかではないけど、俺が安易な慰めを口にしたところでティンジェルはますます気に病むだけだろう。
自分を狙って、周りにいる人間が巻き込まれる、というシチュエーション自体に遭遇したことがないからわからないけど。
たぶん、気持ちの良いものではないだろう。もし俺が自分のせいで自分の愛した日々が失われるなんて事態に遭遇したら、もう悲しみと怒りのあまり世界を諸共灼き尽くそうとするかもしれない。
「……帰りたいなあ……」
今回も、なんていうか、疲れた。
さっさと帰って安らぎたい。本当。
「…………」
「……どしたよ、レイフォード?」
「……ううん」
おう、なんか言いたいことがあるなら言いたまえよ。気になるだろがい。
だがレイフォードは特に言うつもりはないらしい。短い返事をひとつ返して、いつものように黙り込んでしまった。
しばらく、そんな静かな時間が流れた。
お互いなにを言うでもなく。レイフォードだけは、時々こっちを流し見ていたようだけど。
「……戻るか」
「……ん」
夜風が出てきた。ドレス姿の少女を外に放置しておくわけにもいかない。
燕尾服は傷付いてしまったからと脱いだけど、いい加減中と合流するべきだろう。
場違いではないか、という思考が一瞬挟まれたが、すぐに消えた。
自分が場違いだというのなら、それはずっと昔からのことなのだから。
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───なんだかんだと色々あった社交舞踏会が終わってから、一週間と少しが経った。
戻ってきた毎日にあくびをしながら、カバンを引っ掛けて教室へ続く廊下を歩く。
「ふあ……」
正直、こうして何も考えずに廊下を歩くのが一番心が安らぐ。家にいるのが一番ではあるのだが、うちは人っ子一人いない寂しい一人暮らしなので、半ばただの休憩所と変わらない。
友人とバカバカしい話をして盛り上がるのももちろん好きだ。好きだが、それはそれとしてこういった時間もまた気に入っている。
掲示板の前を通り過ぎざまに、なにか新しい通知が出ていないか確認する。
張り出される通知、というのはなかなかに重要な情報源だ。決して無視したり、確認を怠ったりしてはいけない。学内において重要な出来事が、そこには大量に綴られているのだ。
例えば、文化祭の部活ごとの出し物の申請期限だとか。連続殺人事件が起きてるから、授業は早めに終わらせますとか。ガス漏れ事件が多発しているので、ガスの元栓には気を付けましょうとか。
というわけで、改めてちらりと新しい張り紙が出されていないか横目で見る。休講通知、授業内容の変更通知、その他諸々エトセトラ。
どうやら新しいものはないようだ───ああいや、一枚だけ見慣れないものがある。
立ち止まって、ざっと目を通してみる。
『緊急通知:成績不振によりリィエル=レイフォードを落第退学処分とする』
大雑把に読み取った情報はそんなところ。なるほど、レイフォードが退学か。新しい情報はこれだけのようだし、教室に急ご───
「……待て待て待て待て」
前を向いたまま、数歩後ろに下がって今さっき通り過ぎた掲示板の前に戻る。
もう一度目を通す。今度はざっくりではなくしっかりと。
……見間違いではないらしく、いくら読んでも文面は変わらなかった。
要するに、レイフォードはこのままだと退学させられるらしい。
そういえばレイフォードが成績優秀、という話は聞いたことがない。身体能力で全てを解決できる分野であればめっぽう強いが、あいにくとここは魔術学院。腕力より知力がものを言わす知識の倉。
レイフォードに在籍資格なし、の判断が下されるのは、確かに致し方のないことというか。
「……いやいやいや」
それにしたってあまりにも急な話だ。第一、まだ期末試験さえ終わっていない。試験で挽回、というのがこういうときの定番ではないのか。
と、そんな風に予想外の張り紙にぼーぜんとしていると、不意にびゅごおと吹きすさぶ風。
なんじゃらほい、と思って目を向けるも、こっちが振り向いたときにはもう『それ』は弾丸のようにどこぞへとすっ飛んでいっていた。
「なんだあ……?」
見間違いでなければ、青い髪をたなびかせていたように思う。この学院で青い髪、弾丸のごとき速度で疾走する人間など心当たりは一人しかいない。
心当たり───レイフォードが走ってきた方向は学院長室。大方、退学うんぬんで呼び出されたのだろう。
それがどうして、風を切りながら廊下を走り抜けることになるのかは皆目見当もつかないが。
「…………………………」
考える。さすがに放っておくのはまずいような気もするし、そうでなくとも事の真偽は少し気になる。
レイフォードが向かったのは……校舎の外か。
といっても、学院の敷地外という意味ではない。このバカみたいに広い校舎には、あちこちに通じる中庭のような場所が存在する。
レイフォードが向かったのは恐らくその中庭に通じる道。となれば、どっかの施設に逃げ込むつもりだろうか。
それにどうせ、お目付け役のグレン先生がレイフォードが消えたと知って、そして俺を見掛ければレイフォード捜索隊に駆り出すだろう。先回りしておくのは悪いことではないはずだ。
「面倒くせえ……」
最近巻き込まれているような事件に比べれば十分にかわいいアクシデントだが、それでも今回の件といい、毎日が騒がしいのは否定できない。
それは例えば───錬金術の実験でぶっ倒れるグレン先生とか、お化け退治に出掛けて俺を壁にしやがったグレン先生とフィーベルとか、アルフォネア教授やらフィーベルとティンジェルの親御さんやらがめちゃくちゃハイテンションだった授業参観とか、ハーレイ先生の首を飛ばしかけたレイフォードとか。
……うん、濃い。
ひたすらに、濃い。
あれ? もしかして、天ぷらが襲ってくるまでもなく俺の望んだ平穏なんてどこにもなかったんじゃ……?
「……よし、切り替えよう。気にしなくて良いことは気にしないに限る」
魔法の言葉で意識をスパッと切り替える。昔から変わらないポリシーは今日も大活躍である。
気持ち早足で、校舎の中庭に出る。そこにいたのはレイフォード。……おや、おかしいな。レイフォードの足であれば、とっくに俺は追いつけない速度でどこかへ消えていそうなものだが───
「……む」
「…………」
───現状を整理しよう。
時刻、朝。場所、中庭。俺の状態、特筆事項なし。レイフォードの状態……なんでか長身瘦躯の人物に捕まってぶら下げられている。
長身瘦躯の人物の正体。───魔術でレイフォードを捕まえたのであろうアルベルトさん。
「失礼しました。それじゃ俺はこれで」
「待て」
言うが早いか、アルベルトさんに背を向けてダッシュ。この人がいると実はロクなことがないというのはティンジェルの誕生日の一件を含めて実証済みだ。
しかし悲しいかな、さすがはアルベルトさんとでも言うべきか。俺が廊下に向けて駆けだした瞬間、頬を掠めてやたらと速くて心なしか威力も高い【ショック・ボルト】が飛んでいった。
「…………。学内で【ライトニング・ピアス】は、よくないと思います」
「威力は抑えた。目撃者もいない。……問題はないはずだが」
「俺の心に問題ありだよ!」
びっくりするからそれやめてって言ったじゃん!
せめて見えてるときにしてくださいよ抵抗するんで!!
「謝罪しよう。いつでも撃ち抜けるようにと身構えていたのが仇となった。だが、逃がすわけにもいかない。お前は既に関係者だ」
「なんか物騒なセリフが聞こえた気がしますが意味わからんッ!? ええい、とにかく俺はいい加減ごくごくフツーの毎日を送りたいんで失礼しま───げえッ!?」
瞬間、あちこちを掠めて飛んでいく【ライトニング・ピアス】。
どうやら、どうあっても逃がすつもりはないらしい。
それを悟ってしまった俺は、しぶしぶアルベルトさんの手によってお縄についたのであった。
……おかしくない?
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さて、さっきやったばかりではあるがもう一度現状を確認しよう。
時刻。先よりは昼に近くなった。場所。学院内のチャペル。
俺の状態。なんでか、後ろ手に縛られている。
なんでさ。
まあ、レイフォードは俺より酷くて魔術で身体の三ヶ所をがっちり拘束されてるんだけど。
いや、なんでさ。
わけがわからないよ。
「逃げられても面倒だったのでな。すまない」
「いやマジで解せない……」
「お前……いないと思ったらそんなことに……」
「いっそ笑ってください」
もはや犯罪者かなにかの扱いだよコレ。
「……さて、改めて話をしようか。リィエルの落第退学についてだが……結論から言うと、もはやこちらからでは打つ手がない。正攻法で突っぱねるしかあるまい」
「あー、気になってたんですけど……レイフォードが成績不振で退学させられるってのはわかりましたけど、ティンジェルの護衛とかはどうするんです? 元々そのための入学でしょう?」
「それを快く思わない為政者もいる、ということだ。今回の一件、原因はリィエル自身の学業不振もそうだが……それに付け込んだ連中による女王陛下への媚び売りでもある」
ははあ。なるほど、要するにティンジェルの護衛っていう重要ポジションに、特務分室ではなく自分の手駒を据えておきたいやつがいる、と。
「そういうことだ。無論、こちらとしては心証うんぬんなどよりも信頼できる実力者に王女を任せておきたい。そうでなくとも、リィエルは既にこの学院のメンバーだ。……今さら、政府の陰謀で引き離すことなどできん」
「……そうですね。レイフォードがいなくなったら、二組はたぶん大騒動ですよ」
「だろうな。けど運の良いことに、リィエルに聖リリィ魔術女学院から短期留学のオファーが来てる。これを無事に成功させりゃ、なんとか成績に加算してこの退学通知を突っぱねられるんだが……」
ここで視線を向けられたレイフォードが小さく「やだ」と言ってそっぽを向いた。
どうやら、レイフォードは留学が嫌らしい。でも退学も嫌なんだそうだ。で、グレン先生はそんなイヤイヤ期のレイフォードにキレてお尻ぺんぺんだぞといつものように叱り付けた、と。
そして弾丸レイフォードができあがったのか。納得。
だが腑に落ちない点がある。
レイフォードがなんでそんなに嫌がるのか……というのもそうだが、関係者と言われて俺までもがとっ捕まった理由である。
話を聞く限り、接点があるよーには思えないのだが。
「本人から聞けば判ることだ。……リィエル。なぜ留学したくないのか、自分で言ってみろ。黙っていては伝わらん」
「う……わ、わたし……わたしは……グレンと、ルミアと……システィーナとも……アッシュとも、離れたく、ない……一緒がいい……一人は、怖い……から……」
「───っ!」
……ああ、そういうコト。
レイフォードが精神的に幼い、と前に聞いたことはあった。特殊な経歴のレイフォードは、同年代に見えてもまだまだ子どもなのだと。
今回の件も、そういうことだ。一人で留学、というのはレイフォードにとってしてみれば小さな子どもが親元を離れて見知らぬ土地に投げ出されるようなもの。そりゃ、怖いし嫌だと思うだろう。
俺もカウントされているのはなんというかむずがゆいが、関係者というのはそういう理由だったわけだ。
「……悪かった。頭ごなしに叱っちまったが……そうだよな。不安だよな、リィエル」
「ん……」
グレン先生も、それで理解したようで。さっきまでのお叱りモードはすっかり霧散していた。
が、問題は解決していない。そもそもレイフォードが留学を嫌がる以上、無理に行かせたところで意味がないだろう。それどころか、致命的なトドメになる可能性だってある。
なので、ここでの最適解はレイフォードに誰かが付き添っていく、というものだ。そして幸いなことにレイフォードの護衛対象であるティンジェルは女子。その友人のフィーベルも女子だ。
「うん、私もそう思ってた。アルベルトさん、私たちもリィエルと一緒に短期留学に行けませんか?」
「……可能だ。というより、護衛効率的にそれが最適解であると上層部は判断し、既に王女たちにも短期留学のオファーが来るように《隠者》の翁が工作をしている」
「師匠なにやってんだ」
アンサー、それはお仕事。
でもまあ、そういうことなら男子の俺たちは役立たずだ。ティンジェルたちがついていくのなら周囲とのコミュニケーションも問題ないだろう。たぶん。
「だな。聖リリィ魔術女学院は名前通り男子禁制の女子校だ。今回ばっかりは、俺もお前もついていけねえか……よし、ここは置いてけぼりの男二人で
「今なんか最低のルビ振りませんでした? ねえ」
「そのことだが、お前たちにも同行してもらうぞ」
はい?
グレン先生とお留守番かー、いや別にグレン先生とっていうのもなんか違うなー、などと思っていた俺の耳に、なんかちょっと道理にそぐわないセリフが飛び込んできた。
「問題ない。手は打ってある。グレンはそもそもの書類を捏造するとして、アシュリー、という名前も男女ともによく使われる名前だし、誤魔化しはきくだろう」
「待って待ってなにを言ってらっしゃるのかちょっとよくわからないのですが」
「そうか」
「あっ話聞くつもりないなこの人!?」
パチン、とアルベルトさんが指を鳴らす。
瞬間、轟音とともにチャペルの壁が吹っ飛び、盛大にぶち抜かれた穴から誰かがひょっこりと顔を出す。
「やあやあ諸君、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
壁の向こうから、豪奢な金髪をなびかせながら現れたのは───
大陸最高峰と名高い魔術師は、なぜか───実に楽しげに、手をワキワキさせていた。
うおおおおおおお今日も間に合ったぞおおおおおおおおお(なお校正)