竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
色々あって体調崩してたり、プロットちゃんと組み直したりしてたら遅くなりました!ここから徐々にペースを戻していきた……いけたらいいな……。
「……一つ聞いていいですか? グレン先生」
「なんだ? 言ってみろ」
晴れ渡る青空、柔らかな芝生。
そしてそこにずらりと並ぶ、聖リリィ魔術女学院の生徒たち───の先頭で、敵意マシマシの目でこっちを睨んでくるエカティーナ・フリーダ・キサラギの三人組。
キサラギはともかく、他二人の言わんとしていることはわかる。『首洗って待ってろよテメェ』である。
「なんだって俺が、この状況で、こいつらとサブストをすることになっちゃってるんです!?」
俺の心からの文句に、グレン先生はゲラゲラと笑っている。腹立つ。後ろではフィーベルとティンジェルが困ったように苦笑いをして、レイフォードは少し離れた場所でぼけっと突っ立っている。
「ふっふっふ……覚悟することですわね。あなたがたのようにこの学院にふさわしくない田舎者など、即刻叩き出して差し上げますわ」
「くっくっく……覚悟しておくんだなぁ、このおのぼりさんよぉ……ソッコーでごめんなさいって言わせてやるからなあ?」
「あんたら意外と仲良いのでは?」
「冗談もほどほどにお願いいたしますわ!」
敵意ギラギラでこっちを睨むエカティーナとフリーダ、その後ろで呆れたような顔をしているキサラギ。
……なぜこうなっているのかといえば、それはまあ、半分くらい俺が原因なのだが。
経緯をかいつまんで説明すると、こうだ。
グレン先生が、エカティーナたちが広げていた『授業にふさわしくないもの』をダイナミック不法投棄したそのあと。まあ当然、あの二人をはじめとした月組の面々はブチギレた。
そりゃそうだ。格下……というと少し違うかもしれないが、ともかくそんな立場のグレン先生が、自分たちの決めたルールを容赦なくぶち壊しにしたんだから。
が、問題はこのさらにあとで。
ブチギレたエカティーナたちはその矛先をこっちに向けた……というか、口々にアルザーノ帝国魔術学院とそこからの留学生である俺たちをこき下ろしはじめたのだ。
やれアルザーノ帝国魔術学院の授業は卓上のママゴト、やれ実戦的ではない、やれ田舎くさい……その他諸々エトセトラ。貴族ってどうしてこう、他者をこき下ろすことにかけては天下一品なのであろうか。いや、ここの閉鎖的な環境が悪いのか……? ナーブレスは……ダメだ、ドジっ子な部分が目立ってしまってわからん。
しかしこれにはさすがにフィーベルも激おこ。俺は面倒なことになったなあと遠い目。ティンジェルは苦笑、レイフォードはいつも通りという状態だった。……正確に言うとグレン先生のダイナミック不法投棄にキレた生徒にフルボッコにされてた辺りで剣を抜きかけていたが、ヴィーリフが止めてくれたっぽい。
───が。
「ふっ……いいぜ? そこまで言うんなら勝負しようか。ちょうど、次の授業は『魔導戦教練』だしな。お前らが『田舎くさいがり勉』ってバカにしてるやつらの実力を見せてやるよ。三対三のパーティ戦でどうだ? こっちが負けたら俺はこの学院を出ていく。逆に勝ったら……なんでも一つ、言うことを聞いてもらおうか」
「……言ったな? いいぜ、吠え面かかせてやんよ。そこのデカ女にもな!」
「まったく、野蛮ですわね。……ですがわたくしも、そこの方の振る舞いには物申したいことがございますし、良い機会です」
「……おや?」
「ほう、アッシュをご指名とはいい度胸じゃねーの。よし、ならこっちの切り札のリィエルは封印してアッシュにやらせてやるよ!」
「おやおやおやあ?」
というわけで、なんでか俺がレイフォードの代わりに入ることになったのであった。
いやおかしいよ。問題が起きないように、よしんば起きたとしても巻き込まないようにと思っていたのになんでだよ。
確かに若干列車でついいつもの癖で煽ってしまった記憶はあるけどさあ! それか!? それがあかんかったのか!? くそう! ……どう考えてもそのせいだよな。完全に自業自得です本当にありがとうございました。
「……まあ、レイフォードが出たら瞬殺だろうし……ある意味ちょうど良かったのか……?」
俺も色々あって成長(と言っていいのかはわからないが)をして、ようやく打ち合える程度にはなったものの、まだまだレイフォードと並ぶほどにはなってない……と、思う。実際にやったことがないからなんとも言えないが。
レイフォードは黒魔術による攻撃は壊滅的だが、錬金術と剣技に関してはずば抜けている。今回のパーティー戦のルールは近接格闘と模擬剣あり。要するにレイフォードの独壇場だ。一対三でも圧勝するに違いない。
なのでまあ、レイフォードの代わりに俺が出張るのは実は相手方からしてもありがたいことだったりするのだ。
……たぶん。
「さてと……んじゃ、ルールの再確認だ。お前らがやるのは三対三のサブスト。非殺傷の呪文を軍用魔術として扱う、よくあるルールだな。近接格闘と模擬剣の使用も許可する。それでいいな?」
「ええ、異論ありませんわ。……ですが、一つだけ追加ルールを。炎熱系呪文だけは使用禁止でお願いします」
「……炎熱系禁止ぃ?」
妙なルールに、グレン先生が怪訝そうな声を出した。炎熱系は確かに、火傷などの治りにくい傷を負いやすい。治癒魔術があるとはいえ、髪の毛などが焦げたらさすがに戻らないだろうし。
ここにいるのは女子ばかりだし、そういうのを嫌がったのだろうか? それにしては表情が真剣だが。
「ま、いいぜ。炎熱系呪文はなし、だな。お前らもそれでいいな? ああ、アッシュは剣禁止な」
「承った。……他に制限は?」
「なくていいだろ。剣も模擬剣だし……結局、お前が俺以外と実際に戦ってるところなんてほとんど見てないしな。ちょうどいい機会だ。ま、加減はしろよ?」
「善処します」
本気で殴ったりしたらどっか折りそうだし、加減をしろという指示に否やはない。
「……なんだあ? アタシらを当て馬にしようってか?」
「……そのようですわね。コレット、今だけは因縁は後回しにいたしましょう」
「同感だ。まずは……このクソ生意気なおのぼりどもを叩きのめす!」
やだ……殺意……。
これが実戦だったら殺されかねない……。そうなったら殺すけど……。
そんな風に思っていると、相手の準備も整ったらしい。こっちの前衛は俺一人だが、相手はフリーダとキサラギの二人だ。その前衛の一人であるキサラギが、短剣を片手に一本ずつ持ちながら爆ぜるように肉薄する。
どうやらキサラギがこっちをひっかきまわして、その間に後衛二人を潰そうという魂胆らしい。レイフォードじゃなくてよかったね、本当。
「……すみませんね、うちのバカお嬢どもが」
「ん……や、ついで煽ったこっちにも非はある。勝手に見下してこき下ろすのはどうかと思うけど」
「ごもっとも。……弁護する気もあれに同意する気もないですが、一応、幼い頃から苦楽をともにした姉妹みたいなものなので。遠慮なしでいかせてもらいます───よッ!」
極端にすぎる前傾姿勢。ついさっきまでこっちに迫っていたはずのキサラギの姿がかき消える。───上か。
「はぁぁあああああッ!」
奇襲なんだからもう少し静かに突貫してはどうだろうか───などと言うのは無粋か。
頭上から降ってくる銀閃をひょいと躱し、すれ違いざまに腕をひっつかんで吹っ飛ばす。殴りさえしなければ怪我もさせない、誰も傷つかない、ハッピー。
「ぐぅ……っ!? ど、どんな筋力してるんですかあなた!」
「試したことないけどライオンくらいなら投げ飛ばせると思う」
「……バケモノですか」
「失敬な」
ずざー、と地面を削りながら勢いを殺し、キサラギがもう一度こっちに迫ってくる。が、さすがにそんな見えやすい攻撃に乗ってやるわけにはいかんのでこれもひょいひょいと避けていく。
剣がないのは少し不安だったが、これなら素手でもなんとかなりそうだ。中途半端なところまでしか教わってなかったとはいえ、拳闘もそれなりに鍛えているのだ。グレン先生との特訓もあるしね。
「……あなた、そうでもないように見せかけて……相当な使い手ですね? 私が突貫するまで、一切そんな気配はなかったのに……」
「切り替えは得意な方なんだ。そっちも、学生の割には結構やるんじゃない?」
「あなたに言われると、皮肉にしか聞こえませんね。……せめて、一撃は食らわせてみせます。『シノビ』の誇りにかけて───!」
「え、ニンジャ!?」
ニンジャ!? マジで!?
確かに、キサラギのこのすばしっこさはニンジャっぽいと言えばニンジャっぽいが。まさかこんなところでお目にかかれるとは思わなかった。……やべ、テンション上がってきちゃった。
サムライもいたりするって聞くけど、実はここにいたりしないかな。さすがにそこまで都合良くはないか。
続く二閃。避ける。背後から忍び寄る刃を叩き落とす。くるりくるりと舞のように軽快なキサラギの動きは、微かに記憶に残る枝葉に似ていた。『きさらぎ』は確か二月の意だが、どちらの人生でも、二月であってもオレの故郷に雪は降らなかった覚えがある。名前の割には温暖だった。たぶん。肝心の名前はさっぱり思い出せないが。
焼け焦げた記憶が刺激されるのが嬉しくて、ついついニィと口の端っこを持ち上げながらキサラギの動きに付き合ってしまう。ま、あの二人はフィーベルとティンジェルで十分対処可能だろうし別に良いだろう。
「……ああ、困るなあ」
グレン先生やレイフォードの行く末がかかってるとか、綺麗さっぱり忘れてしまいそうだ。
嬉しくて楽しくて仕方ない。自分らしくもないが、まあそういうこともあるだろう。
「ちょお、なんですこのバーサーカー!? もうちょっと知的なイメージがあったのにぃー!?」
「幻覚だ。忘れるといいさうっふっふっふっふ……ああ、楽しい。久しぶりに生きてるって感じする」
「こいつもうヤダー!?」
ヤダヤダと言っても一度仕掛けた相手から撤退するのはプライドが許さないのか、キサラギが退く様子はない。好都合だ。こと魔術戦で、初等呪文を大雑把にしか使えない俺では連携がかなり怪しい。ルーンだと普通に使うとC級軍用魔術程度の威力はあるし、ただの模擬戦で使うのはちょっと不安。ここは信頼関係のあるフィーベルとティンジェルのコンビに任せた方が良いだろう。
フリーダが突っ込んできたらそのときはそのときだし、魔術もアルベルトさんの【ライトニング・ピアス】ならともかく、【ショック・ボルト】程度なら勘で避けられる。
上段回し蹴りを腕で受け止め、お返しとばかりにこちらも脚を叩き込む。加減はしている……はずなので、別に受け止めても骨が砕けたりはしないはずだ。
ニンジャというだけあって身軽なのか、キサラギは側転でそれを躱すと短剣を握りしめ、今までとは若干違う挙動で身体を捻る。……む。やらせたら面倒だな。
たん、と一歩下がり、上空へ逃れる。当然こっちを追尾してくるが、まあ問題ない。拳を振り上げ、落下しながら思いっきり力を込める。
「……やっば!?」
度重なる戦闘で、こっちの攻撃をまともにくらってはまずいと理解しているのだろう。キサラギは慌てて短剣を交差させて防御姿勢に入る───が、当然それは織り込み済み。
落下しながらの攻撃はキサラギの身体を掠め、真っ逆さまに地面に落ちていく。大振りな一撃を外し、大きな隙ができた……と判断したのか、構え直してキサラギが攻撃に転じる。
それを見ることもなく、地面に向かって落ちる拳をぱっと開いて支点にする。未だに空中にある身体を捻り、ベクトルを下から横に強引に変更。とくれば、当然捻られた身体は横に向かってぐるりと回る。
下+横で斜め下に向かって足がしなる。キサラギの極端な前傾姿勢は、上部に大きな空間の余裕ができる。なにが言いたいかといえば───体格の差もあって、上から蹴りを叩き込むのは比較的容易ということだ。
「あぐっ───!?」
「一本、と」
せっかくこんなに楽しいのだから続けたいのはもちろんなのだが、このままだと本当に目的を忘れそうだったので反撃。キサラギはあっさり地面に沈んだ。
「ジニーッ!?」
「そんな……ジニーは、近接格闘戦ならコレット姐さんにも匹敵するのに……」
「起き上がり……はなしか。フィーベルー、そっちはどうよー?」
「全然問題ないわね」
風を巻き起こしながら応じるフィーベル。その背後ではティンジェルが淡々と呪文を紡いでいる。どうも、あちらも余裕らしい。こっちの会話が聞こえたのか、キサラギを倒された二人はぷるぷると震えている。……キレたか。
キサラギの実力に信を置いていたのか、こっちを倒すのは後回しにしてまずはフィーベルたちをコテンパンにのそうという方針に切り替えたらしい。そういうことならわざわざ攻撃しにいくこともないか。邪魔になりそうだし。
「《雷精の紫電よ》───ルミア!」
「うん! 《虚空に叫べ・残響するは・風霊の咆哮》───!」
「ぐっ……!? ああもう、なんなんだよこいつら!」
「《大気の壁よ》っ! ジニーがやられた以上、もうこちらにはあとがありませんわ! 突っ込みますわよ、コレット!」
「言われなくても───!」
……あ、死んだなあいつ。
そこで突っ込むのは悪手ですよ。
「うおおおおおおお!?」
あーあ、飛んでっちゃった。
たぶん、ティンジェルが地面に【スタン・フロア】でも仕掛けていたんだろう。うっかり踏み込んだフリーダは天高く舞い上がった。べしゃっ、と勢いよく地面に落ちる。受け身は取ったようだが、致死判定は免れない。
「コレット───!?」
「《大いなる風よ》っ!」
「え、あ、しまっ……きゃああああ!?」
吹っ飛んでいったフリーダを気にしすぎたエカティーナも、フィーベルの【ゲイル・ブロウ】で場外負け、と。
……ふむ。キサラギもダウンしてるし、これで終わりかな?
「う、噓だ……あの三人が、こんなにあっさり……?」
「なんなんだ、あいつら……!」
「くくく……これが、お前らがバカにしていたアルザーノ帝国魔術学院のイモくさいがり勉の実力だぜ? ……さて、と……次。こいつらを相手にしたいやつは?」
ニタァ、とすごくいやらしい笑みを浮かべるグレン先生。あんた本当に教職員かと言いたくなるが、まあうちの学院の講師は濃いやつばっかりだし今さらか……。
クラス最強の三人組が負けたのを見ては、さすがに抵抗する気力も起きないのだろう。月組の女子たちが、ガタガタと震えながら首を横に振っている。
これでこの女子たちのメンタルは叩き潰したと判断したグレン先生が、さっきの三人組を引っ立ててお説教を始める。『なんでも言うことをひとつ聞く』、の内容は『真面目に授業を受けろ』、になったらしい。
ちなみに指導の内容としては───エカティーナ。顔に出過ぎ。フリーダ。単純にバカ。キサラギ。プライドに拘ってないで退くときは退け。などなど。
「お前ら、魔術を崇高な力とか語る割には肝心の知恵がすっぽ抜けてんだよ。ナイフ振り回してるそこらのチンピラとなんら変わりゃしねえ。今のお前らは粋がってるだけのただの『魔術使い』だ」
「うっ」
「ううっ」
こうもコテンパンにされては反論もできないのか、正座しながらうめくしかできないようだ。
こういうところを見ていると、グレン先生、本当に態度以外は教師として満点なんだけどなあ……という思いがよぎる。
「短い時間だけしかいないが……俺なら、お前たちを『魔術師』にしてやれる。興味ないやつは茶会でもゲームでもなんでもやってろ。ただし教室の外でだ。それがわかったんなら好きにしな。……いいな?」
「は、はいっ!」
不敵に笑うグレン先生と、すっかり聞き惚れている女子生徒たち。
……うーん。ここだけ見れば青春の一ページと言えるんだが、なんか嫌な予感がするなあ。イイハナシダナーしているときはオチ、もしくはケチがつくのがグレン先生だ。
「レーン先生……あんなに横暴だったわたくしたちを許すばかりか、こんなに親身になってくださるなんて……」
「ああ……なんて器のデケェ人なんだ……くぅっ、痺れるぜ……!」
「フッ……生徒の過ちは身をもって正し、生徒の求めには真摯に応じることこそ教師の本懐。この程度、当然のことをしたまでですわ」
「うわキモっ」
つい本音が出てしまった。いやだって、突然普段は傍若無人なロクでなしを地でいく人間が打って変わって理想の教師みたいなことをほざき始めたらそりゃそうもなるだろう。実際、フィーベルも同じことを思ったらしい。ドン引きした顔が見えた。さもありなん。
しかし短い付き合いで、グレン先生のそういった面をあまり知らない(というには若干無理があるが)月組はコロッと騙されてしまったらしい。すっかりグレン先生に心酔したように、ぐいぐいとひっついていく。早い早い早い。落ちるのが早い。
「先生、どうか未熟なわたくしたちを導いてください……」
「ああ……アタシたちに、もっといろんなことを教えてくれ……」
潤んだ瞳でグレン先生を両側から上目遣いに見つめるエカティーナとフリーダ。
がしっ! と、グレン先生の腕がその二人に掴まれる。
……ああ。
オチが見えたな。
「───『白百合会』で!」
「───『黒百合会』で!」
ピシャーン……という幻聴が聞こえた。
お互い、自分の派閥にグレン先生を引き込もうとしてグレン先生を綱とした超絶危険な綱引きが開催される。
「おー。これが大岡裁きってやつかー」
「言ってないで助け……あだーッ!?」
「ヨカッタデスネ。モテモテデスヨ」
「そうだね、モテモテDeathヨ!!」
ぐいぐい、ぐいぐい。
両側から引っ張られ、グレン先生の腕がもげそうになる。
「ちょ……《あなたたち・やめなさーい》ッ!!」
腕がもげるより先に、フィーベルの即興改変された【ゲイル・ブロウ】が炸裂する。
遠く離れた学院で、見慣れた光景が数多のお嬢様を巻き込んで再現された。
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「ふー……おや、チョークが折れてしまったな。少しやりすぎたか?」
ぽっきりと真ん中から折れてしまったチョークを見て、セリカが目をぱちくりさせる。
『タウムの天文神殿』での傷もあらかた癒えて、学院の教授として限定的ながら復帰したセリカがいるのはグレンが担当している二年次生二組の黒板前。元々、在籍はしていても授業は受け持たないセリカであるが、今回はグレンがリィエルのお目付役として聖リリィ魔術女学院に同行しているために、例外的にその穴を埋める形で特別に授業を担当しているのだ。
黒板に書き連ねられていたのはシスティーナも愛用の初等呪文である風の魔術【ゲイル・ブロウ】───の成れの果て。
セリカによって魔改造を施された、見るも無残な複雑怪奇な魔術式であった。
「な……なに言ってんだか、全くわからん」
「悔しいけど、僕もだ……安心していいよカッシュ。この教室で、今、あの術式を理解している人間はいない」
「……僕たちのレベルに合わせてわかりやすく説明してくれるグレン先生って、実はとってもすごかったんだね……」
意味のわからない記号やらなにやらがバカスカ付け足されていく黒板上の魔術式を見ながら、二組のほぼ全員が盛大にため息をつく。
当のセリカは気付いていないのか、『よーし、愛息子のためにお母さん頑張っちゃうぞー』、とばかりご機嫌でさらに魔改造を施していく。
「うぅ……先生、早く戻ってきてくれ……」
「まさか、教師に真正面からものを言うシスティーナがこんなに恋しくなる日がくるなんて」
「はぁはぁ……ルミアちゃんが……足りない……ルミアニウムが足りない……リィエルたん成分も足りないはぁはぁはぁはぁ」
「ルーゼルッ!? 抑えろこの変態ッ!!」
「取り押さえてロッカーに入れろ! くそ、リィエルちゃんがいれば楽なのになあ!?」
「こうしてみると、なかなか寂しいね……」
二組の主だった面子がいないのだ。無理もない。
カッシュやギイブル、ウェンディは残っているが、率先して騒ぐわけではないし、そもそも二組が騒がしいのは主にグレンが原因だ。そのグレンがいない今、二組の空気が穏やかなものになるのは当然と言えた。刺激的な毎日に慣れきってしまったカッシュなどの生徒は特にグレンの不在を寂しがっている。身体を張って自分たちを守ってくれるグレンは、なんだかんだでみんなに慕われているのだ。
「はあ〜……みんな、早く帰ってこないかなあ……」
グレン、システィーナ、ルミア、リィエル。
指折り数え、今はいない仲間を偲ぶ。
……そういえば、もう一人くらいいないやつがいなかったっけ? と、窓の外を眺めながらカッシュが首を捻る。
「アッシュじゃない? 確か、リィエルが寂しがるからって一緒にいった気がするよ」
「ああ、そうそう。あいつだ」
ぽん、と手を打ち合わせる。よく絡む割には影が薄いので忘れていた。
「あいつ、なーんか変なやつだよなあ」
「いたりいなかったり、影が薄いよね……。喋らないわけじゃないのに、なんでだろう?」
「うーん……なんてーかさ」
不思議そうなセシルの言葉に、もう一度、窓の外に視線を向ける。
「あいつ、実は学校生活なんて好きじゃないんじゃねーのかな」
───遠く離れた陸の孤島で、一人の迷子がくしゃみをした。
リィエルはエルザとずっと一緒に観戦しながらおしゃべりしてた。
ソロ戦闘多すぎて未だにアッシュがまともに剣で戦うところを敵以外誰も見ていない……。