竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
結局、あの場でグレン先生が物理的に分割されることはなかったが、代わりにグレン先生の取り巻きが増えた。
ことあるごとに自分の派閥へと勧誘するおまけ付き、だ。
「初めから先生を囲んでみんなで食べれば良い話でしたわね」
「あはは、そうだね。みんなで食べるのは楽しいもんね……? でもちょーっと近付きすぎじゃあ、ないかなあ……?」
「ふっふふふ……あなたたち、あんまり先生にくっついてると先生も邪魔よ……?」
「へっへっへ……そういうお前も引っ付いてるじゃねーか……語るに落ちてるぜ、システィーナ……?」
今も、グレン先生を囲んでピクニックよろしくみんなで食事をしている……はずなのに、なんでかこう、雰囲気がめちゃくちゃギスギスしている。……乙女の攻防戦、というやつなんだろーか。俺にはよくわからんが、フィーベルとティンジェルがグレン先生にものすっげー懐いてる……と言っていいのかはわからないが、とにかく大事に思ってることは俺でもわかる。
そこに第三勢力、表向き同性だからと遠慮なくくっついていくエカティーナたちが現れればもうそこからは泥沼、水面下の戦い。冷戦、というやつだ。率直に言って近寄りたくない。
そういう理由もあり、俺は正直混ざる気にもなれないので、ぼっちのレイフォードやレイフォードになぜか優しいヴィーリフなどとボケーっと平和な毎日を過ごしていた。
……一緒に、といってもほとんどレイフォードのオマケみたいなもんだったけど。
他に変わったことがあるかと言われれば……ああ、そういえばキサラギが時々模擬戦の申し込みをしてくるようになった。レイフォードの方が強いと言うとそっちに行くのだが、レイフォードの方がヴィーリフと話したりしているときはこっちに来る。
ここでもオマケ扱いかと思わないこともないが、そっちの方が気が楽なので別に良いかと最近は思い始めた。俺は別に、構ってもらえないからと騒ぐような人間ではない。
それに最近はレイフォードも自分で友達を作ろうと頑張っているのか、ヴィーリフと二人一緒にいることが多くなった。おかげで俺は名実ともにぼっちだ。いや、いいんだけどさ。レイフォードが友達を作るのは良いことだと思うし、前に進もうとしている姿は素直に応援したくなる。
過去に縛られず、未来へ進む。
それはなんて素晴らしい───
「アッシュさん」
「うお。どーした、キサラギ?」
考え事をしていたら気付かなかった。にゅっと脇から現れたキサラギに若干面食らいつつ、無表情でじーっと見上げてくるキサラギの顔を眺める。なにか用があって話しかけたのではないのだろうか? 能面のような表情はぴくりとも動かない。
「……いえ。なんというか、いつも一人でいるようでしたので。もしやぼっちなのかと憐れんだ次第です」
「……もうちょっとオブラートってもんを知ろうぜ、お前。否定はしないけどさ」
女の子だらけの学院に通う少女たちに、女の子に変身しているとはいえ本来男の自分が紛れるのは気が引ける。フィーベルとティンジェルはグレン先生の取り合いで忙しいし、そうなると必然、こっちが関わる人間はほとんどいなくなるのである。
早く戻りたいわー。ああ、帰りたい……。
「なんていうか、無気力ですよねあなた。ゴリラみたいな腕力してるくせに」
「もしかして投げ飛ばしたりしたのまだ根に持ってる? ねえ」
「いえ、そういうわけでは。まあ資源の無駄だとは思いますが」
ぼそぼそぼそー、とつぶやくキサラギは、本当にどうしたのだろうか。用事があるなら早く言ってくれないと、断るにせよ承諾するにせよ判断ができないのだが。
そんなことを考えつつ、じーっと見つめ返してみる。
やがて観念したのか、キサラギはやれやれといったポーズで肩をすくめる。
「理由のない雑談もある、というユーモアをもう少し理解してほしいもんですが」
「む。すまん、頭が固くなってるみたいだ。……それで?」
「……ま、いいでしょー。それより、皆さんお忙しいようなのでここでお礼を。質の高い授業もそうですが、おかげで学院史上最悪と言われたうちのクラスも、少しはマシになるでしょう」
「俺に言わないでくれ……そういうのはグレ……レーン先生に直接伝え───」
「あの中に混じって、なおかつその渦中にいるレーン先生にこれを伝えろと?」
「俺が悪かった」
おしくらまんじゅうにされて顔を青ざめさせているグレン先生からそっと視線を外して降参のポーズ。
しかし、短期留学はまだまだ続くのだし、これ以降でもチャンスは探せばあるのでは?
「アッシュさんにもお礼をしたかったんですよ」
「……そりゃまた。なんで?」
「模擬戦もそうですが……故郷のことを聞いてくれたのが嬉しかったので。私は、シノビ……といっても、もう奉じるべき主を持たない一族ですが、の末裔です。誇り高く主君に尽くし、影に徹するかつての姿は……もはや、伝承の中にしかありません」
「……エカティーナはご主人様じゃないのか?」
「侍女とシノビは違うのですよ、アッシュさん」
そういうものか。
「そういうものです。もちろん、嫌なわけではありません。時々……いや、すげーウザいですが、それはそれ。……だけど、それでも……求められているもの、今の私の姿が……昔、お爺様から聞いて憧れたかつての正しきシノビの姿と違うことが、私には少し悲しかった」
「……そうか」
「まー、そんな青臭い感傷に浸るようなトシでもないんですが。それでも、思うことはあるんすよ」
相変わらず無表情のまま、キサラギがエカティーナの方を見る。
横顔からは、感情は読み取れない。
「……だから、シノビ……そっちはニンジャと呼んでいるようですが。その話ができたのは、私にとっては喜ばしいことなのです。ニンジャが平時は畑を耕す農耕民族だったとか、どっからそんな情報仕入れてきたんです?」
「んー、ま、色々と。東方マニアみたいなもんだからね、俺」
「ふふっ……マニア、ってだけであそこまで調べられるとは思えねーんですけどね。でもこれで、ますます修行にも身が入るとゆーものです」
声だけで微笑んで、手裏剣の形をしたヘアピンに触れる。
……お礼を言われるようなことでもないのだが、そう言うのであれば受け取っておこう。
人間、一つくらいは目標があった方が良い。それがどんなにくだらないものであれ、走り続ける道標くらいにはなるだろう。
自分のためにしたことでお礼を言われるのはなんというか筋違いのような気がしてむずがゆいが、まあ、たまにはいいだろう。こっちも、純粋に嬉しかったのだしおあいこだ。
「こっちからは以上です。リィエルさんはほったらかしでいいんです?」
「セット扱いすんのはレイフォードに失礼だろ。……とまあ、それはおいとくにしても……あの二人を引っぺがす気にはならないよ。さすがにな」
「ああ、なるほど。……エルザさんも、あんな風に笑えるんですね」
そこで一旦言葉を区切り、安堵したようにキサラギが息をつく。
確かに、ヴィーリフは今はレイフォードと一緒にいるが、それ以外の誰かと一緒にいるところは滅多に見たことがない。
短い付き合いだが、ヴィーリフが人付き合いが嫌いとか、苦手だとかいうわけではないだろう。
なんせ、あのレイフォードと仲良くしているのだ。他にも社交的な人間がいる中で、なぜレイフォードとだけ接しているのかは甚だ疑問だが。
「……ハブにしてる、ってわけじゃねーんだよな?」
「まさか。うちのバカお嬢もコレットも、派閥フリーの生徒がいたら真っ先に勧誘に行きますよ。ていうか、行きました。……ものの見事にフラれましたが」
「温厚そうなヴィーリフが、どっちかに肩入れするのを嫌がった。ってんじゃないのか?」
「有り得なくもないですけど……それ以上に、どうもこっちと関わるのを避けているフシがあります。あまり言いふらすようなことでもないんですけど、エルザさんはちょっとメンタル面に問題がありまして。それで、必要以上に関わり合うのを避けているんじゃないかなー、と」
「精神的な問題ねえ……」
なおのこと、レイフォードと仲が良い理由がわからない。
レイフォードなら気にしなさそうだから? いや、そもそも俺もそうだがレイフォードは初対面でお互い剣を抜いたやつだぞ。意外と肝が据わっているとはいえ、仲良くするならやっぱり他の人間の方が適任なのではなかろーか。
……考えても仕方ないか。
いずれにしても、レイフォードとヴィーリフが仲睦まじく勉強に励んでいる、というのは良いことだろうし。
「それもそうですね。……ま、見守りましょ。これでエルザさんが壁をなくしてくれれば、もうほんと万事解決です」
「……そーだな」
腕を組んで、苺タルトをめぐってなにやら話している二人を遠くからそっと眺める。
キサラギの言う通り、このままなにも起きないと良いのだが。
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みんなが寝静まった真夜中、こっそりと部屋を抜け出す。
向かう先は風呂だ。全寮制の聖リリィ魔術女学院では、風呂は共同で使うことになっている……なっているのだが……男の俺が女子と一緒に入るわけにもいかず。ほんと~~~にこっそりと、こうして真夜中に一人、ぱぱっと風呂に入るのがここ数日の日課だった。
「グレン先生が憐れんでくれて助かった……」
さすがに無理やり引きずってきたことに罪悪感でもあったのか、それとも同じ『実は男性』という境遇に対する思いからなのか、グレン先生があることないこと喚き散らして俺が一人でこの時間に風呂に入ることを認めさせてくれたのだ。
内容に関してはマジでめちゃくちゃだったが。なんだ、裸を見られたら誰が相手でも結婚しなきゃいけないとか。どこの部族だ。
「はあ……まあ、いいか……」
湯船に浸かりつつ、凝った身体を揉み解す。
女性の身体もさすがに一週間も経てば慣れてくるというもので、ぼーっとした意識で身体を洗い、泡を流し、並々と張られた湯に沈むくらいはできるようになっていた。
湯気に紛れて、ほうと息を吐きだす。
「……帰らないと」
瞳を閉じ、壁に頭を預けながらつぶやく。
呆れるほどに繰り返してきた言葉。口癖と言ってもいい。
おまえは誰で、どこにいたくて、どこにいるのか───そんな声が、脳裏を掠める。
「……そろそろ、出るか」
浴槽から出て、髪の毛から湯を落とす。
溢れる水の音に紛れて、がちゃりと扉が開く音がした。
目を向ける。ぺたーんとした肢体を、薄青色の長い髪が申し訳程度に隠している。
「…………」
「…………」
「……なんでいるん?」
「明かりがついてたから、入っていいと思った」
「……せめて脱衣所の服は確認してくれ……」
すっぽんぽんのレイフォードから視線を逸らし、横を通り過ぎる。
レイフォードは俺の中身が男だと知っている。一緒にいるのは気まずかろう。
……そう思っての、行動だったのだが。
がしり、と。
気が付けば、腕が握られていた。眠たげな目が、じっとこちらを見上げている。
「……レイフォードさん?」
「……ん。少し、お話、しよう?」
「…………せめて外で」
「ん。一緒に入ろ」
「聞いてた!?」
こっちの配慮を汲んでほしかったなあ!!
「大丈夫。ここは広い」
「そういう意味じゃねえっての……あいたたたた、わかった、わかったから腕を引っ張るな。抜ける!」
ぎりぎりぎりぎりと、了承するまで離さないと言わんばかりに腕を締め上げるレイフォードに降参する。こんなことで腕をダメにされてはかなわない。
こっちの言い分を理解してくれたのか、レイフォードはぱっと手を離す……ことはなく、そのまま腕を引いて風呂場へと侵入していく。どうやら、マジで入るつもりらしい。なんで今入るんだ。
「……エルザと勉強してたら、遅くなった」
「あー、そうかい……ヴィーリフは?」
「帰った。部屋、別の寮だから」
ヴィーリフと別れたあとも勉強していたら、いつの間にか入浴時間を過ぎていたのだそう。
なるほど。そういうことなら理解はできる。なんだってこうなるのかはまったくわからんが。
「ったく……しょうがないなあもう」
湯船に戻りつつ、レイフォードに背中を向ける。『自分』で耐性がついたとはいえ、それとこれとは話が違う。
ばしゃばしゃと、水が跳ねる音を聞きながら、延々と素数を数える。ダメだろう、これは。男として。俺は覗き見は苦手なタイプの男なんだっての。良識は捨てない。風呂覗き、ダメ絶対。青い欲をみなぎらせるカッシュとはちげーのだ。
……あれ。そういえば、変身維持薬って飲んだっけ……? ふと思って記憶を探るが、飲んだ覚えはない。確か、風呂上がりに飲もうと思って部屋にある机の上に置きっぱなしだ。
まずいな。さっさと上がらねばならん理由ができてしまった……!
「レイフォード、悪い。ちょっと薬飲まないとだから───」
「ん」
「離して!?」
泡まみれで見えていないはずなのに、レイフォードの腕はがっちりとこちらを掴んで離さない。どうやら理由があろうがなんだろうがここから帰すつもりはないらしい。
……というか、レイフォードが使ってんの、それボディーソープでは?
「レイフォード。……レイフォード。わかった、降参だ。逃げないから、離してくれ」
もうこうなったらどうしようもない。逃げられない以上薬は飲めない。つまり、明日からは晴れて男の身だ。バレるのは少し痛いが、エカティーナたちが男が紛れていたと知ったら土下座なりなんなりして見逃してもらおう。
ちゃぽん、と諦めてもう一度身体を沈める。ついため息がこぼれるが、仕方ない。
「……話って、なんだよ?」
「ん……よく、わからない。わからないけど、話がしたいと思った」
「またずいぶんとアバウトな……まあ、いいけどさ。そういや、最近はヴィーリフと仲良いんだな?」
話題がないらしかったので、思いついた言葉を投げていく。
レイフォードも、ヴィーリフのことは憎からず思っているのだろう。いつもよりかは饒舌に、頭に泡を乗せたまま色々な話をしてくれた。
勉強に困っていたときに教えてくれたこと。お礼に苺タルトをあげようとしたら、苺が苦手だからと断られてしまったこと。キサラギとの模擬戦が終わったあとに、たくさん褒めてくれること。
「……エルザ、優しい。わたし、バカだけど……一生懸命、勉強、教えてくれる」
「……そりゃよかったな」
「ん。……みんな、仕事や勉強を頑張ってる。わたしも頑張らないと……このままじゃ、置いてかれる気がする……」
「そうなったら、あいつらなら待っててくれるだろ」
「そうだと思う。けど、ずっとこのままじゃ、たぶん……ダメ。わたしも、ちゃんと前に進まないといけない……そんな感じ?」
わしゃわしゃと、髪を洗っているのだろう音が聞こえる。
前に。未来を見据え、進もうとレイフォードなりに足掻いているのだろう。精神的に幼いだのなんだのと言われていたが、レイフォードも成長しているのだと思うと少し感慨深いものがある。
「……ねえ」
「んー……?」
「わたし、頑張るから。絶対、リューガク? ……成功させて、みんなと一緒にいられるように……」
「……おう」
熱でぼやけてきた思考で、ぼんやりと返事をする。
今のレイフォードなら、大丈夫だろう。友人ができて、自分から積極的に取り組むようになったのなら、なにも問題はないはずだ。
「……アッシュも、一緒にいてくれる?」
「───……。ああ。帰らないと、な」
「…………うん」
きゅ、と音がして、水音が止まる。どうやら洗い終わったらしい。
ついで、ぱしゃぱしゃと水を蹴る音が───あ?
「待て。待った、レイフォード。それはさすがに───っ」
なんっで文字通り一緒に入ってくるんだよ……!
あんたの教育はどーなってんだグレン先生よお!!
だが、こっちの混乱などお構いなしに、レイフォードはざばざばとお湯をかき分けて湯船に浸かってしまった。出ていくつもりはないらしい。さっきの言葉を疑っているような視線が、こっちをじっと見つめている。
「……帰る。帰るよ。俺が、普通の生活が好きなんだって知ってるだろ?」
慌てて背中を向けながら返事を投げる。そこで、言葉を詰まらせたようにレイフォードの動きが止まった。
なにかを言おうとして、ためらっているかのような沈黙。
くらくらする。長く浸かりすぎたのだ。早く出ないと倒れてしまう。
端っこまで移動して座り込み、浴室の壁に額を当てる。もう、身体は戻りかかっていた。色んな意味で早く戻らないといけないが、レイフォードはまだ見逃してくれないらしい。ぽすりと、滑らかな感触が背中に触れた。小さな額が、すがるように肌に触れている。
絹のようだとか、肌を撫でる髪がくすぐったいだとか、そんなことを考える余裕もない。自分の身体のあっちこっちから煙が上がっている。滑らかな肌が、ごつごつしたものに変わっていく。
「ねえ……大丈夫だよね? どこにも行かないよね?」
熱で視界が霞む。なにを言われているのか、頭が回らなくなってくる。
───さすがに限界だ。タオルを引っ掴んで、逃げるように浴室を出ていく。
「……帰りたいのは、本当だ。だから、大丈夫」
なんとか、それだけを返した。
みしり、とどこかが音を立てて軋んでいる。
「───フェジテに、だよね?」
遠く。
微かに聞こえた声は、聞こえなかったフリをした。
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第一印象は、よく笑うひと。
今の印象は、よく笑う変なひと。
浴室でばったり会ったそのひとは、慌ててどこかへいなくなろうとしていた。
それを捕まえたのは、正直反射的なものだった。目を離したらいけない、と、イヴに言われていたからかもしれない。
『
そんな言葉に、うん、と頷いた。ひとりにしないで、という意味にも聞こえたそれに、わたしは頷いたのだ。
ほんの少し、目を離した隙にいなくなってしまいそうなふわふわした感じ。
いつか、兄さんの偽物のためにわたしがみんなを裏切ったときよりも、いつの間にかとても強くなっていて。
すごい、と思うより先に不安になった。なんでだろう? わからないけど。
帰りたいなあ、と何度も空を見上げていたその姿は、昔のわたしによく似ていたと思う。
グレンに兄さんの面影を見て、重ねて、すがっていたあの頃のわたしに。
捕まえた腕を引っ張って、お風呂に引きずり込んだ。なんでか騒いでいるけれど、問題ない。グレンにお風呂に入れてもらったことだってあるのだし。
泡を流して、ちゃんといることにちょっとだけ安心して、他愛のない話をして、
「……アッシュも、一緒にいてくれる?」
つい、そんなことを聞いていた。
フェジテでの毎日が、わたしは大好きになっていた。そこには当然、アッシュだっている。
グレンや、システィーナや、ルミア……みんなと過ごす毎日が、かけがえのない宝物になっていたのだと、みんなを裏切ってしまったあの日に知ったのだ。
だから、アッシュにも一緒にいてほしかった。
ここにいるのに、どこにもいない、昔のわたしのようなともだちを、どうしても放っておけなかったから。
「───……。ああ。帰らないと、な」
いつもいつも、口癖のように繰り返している言葉が聞こえる。
でも、どこに? ……そう聞くことはなぜかできなくて。
───目を離さないで。
イヴの言葉が、頭の中で再生される。
じーっと、こっちに背を向けているアッシュの姿を見つめた。
髪も洗った。身体も洗った。あとは、湯船に浸かるだけだ。
程よい温度に保たれたお湯をかき分けて、アッシュの前に座る。すぐに後ろを向いてしまったけど。
なんとなく、背中に額を預けた。ところどころに小さな傷のある身体は、少しごつごつしていた。そういえばアッシュは男の子だった。まずいだろうか。でも、昔一緒にお風呂に入ったグレンも男の人だから問題ない。
……本音を言えば、怖かったのだ。
嫌われてしまったかもしれないということも。戦いになったとき、『できるから』なんて理由で敵に一人で突っ込んでいくことも。目を離した隙にいなくなってしまうのではないかということも。だから強引に一緒に来てもらったし、こうして無理やり一緒に入ってもらった。
なんとなく。本当になんとなくだけど。誰かが一緒にいないと、本当に迷子になって消えてしまいそうな気がするのだ。
お湯を蹴って、アッシュが立ち上がった。無理に引き止めたから時間が来てしまったのか、セリカがかけてくれた魔術は解けていた。グレンにはあとで謝らないといけない。
帰りたいと思っているから、大丈夫。どこにも行ったりしないと、そう答えてくれたけど……やっぱり、なにかが違う気がして。
「……フェジテに、だよね?」
確かめるように、口にした。
……返事は、なかった。
……お風呂イベントって、もっとこう、華やかなものじゃなかったっけ……?
───その頃の帝都
「んっふw ふふっふふふふ……ww」
「……イヴちゃん。気持ちはわかるが、写真をガン見しながら爆笑しとるんはちょっとどうかと」
「うっさいわねふふっ……あーもう、傑作! 見てこれバーナード、なかなか美人じゃないのあっははは!」
「……しまった。うっかり、やっぱりアシュ坊が女の子だったらよかったなーなんて思っちまったわい」
「そうよ、こういうバカやってんのがあいつにはお似合いなのようふふ、あーお腹痛いっ」
「や、やめえイヴちゃん、わしもつられて笑いそうに……だっはははは!? ほ、ほんまに美人じゃな!?」
「仕事にならないわこれ! まったく、どこまで私の足を引っ張ふっふふふw」
「イヴちゃん、それ、それ早くしまって、この老いぼれが笑い死んでしまう……!」
「……そうよ。こういうバカを、一生やってりゃいいのよ」