竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
そして抽象的な文章がめちゃ多い。すまない。
……最初から、間違えていた。
なにかを愛したという感情だけがあった。
なにかを願ったという執着だけがあった。
だけどそれは、
燃え滓からもとのカタチを思い出すなんて、初めから無理だった。
……ならもういい。
もういいのではないか。
ありもしないものを探すのはやめにして。
いい加減、楽になれば良いじゃないか───
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ある晴れた昼下がり。
私は、あの雨の日以降まともに話すようになった子どもと一緒に家の塀に腰かけていた。
少しお行儀が悪いとも思ったけど、隣にいる少年がさあ座れとわざわざ敷物まで出してきてくれたのだから無下にするわけにもいかなかったのだ。
その少年はいつかのように、じっと、空を見上げている。
もうないもの。ソラの向こうへ消えたものを懐かしむように。
そう言ったら、実はそうなんだ、といつものように笑って答えた。どこか寂しい笑顔は、恐怖を押し殺しているようにも見えた。
もうそれがどんなものだったかは思い出せなくなってきたけど。でも、確かに自分はその毎日を愛したのだと、照れくさそうに笑ってから。
───オレはなんていうか、貰われ子みたいなものでさ。
なにかを探るよう、ぽつぽつと語り始めた。
貰われ子。別の場所からやって来た子ども。
───じゃあ、新しい生活は嫌いだった?
……そう聞いたのは、私も同じだったからかもしれない。平和で、ありふれた、だけど希望に満ちた毎日を突然になくして。新しい生活に放り込まれたのは、私も同じだったから。
けど、彼はゆるゆると首を横に振った。そんなことはなかった、と。
───新しい生活も、好きだったよ。昔の生活に帰れないのは寂しかったけど。
……でも、本当に好きだったんだ。
オレの新しい人生が、なんでか始まるんだって。そう思った。
だけど、と顔を暗くした。……人は過ちを繰り返して成長する。けれど同時に、過ちから目を逸らす生き物でもあるのだと前置きした上で。
───オレが忘れてしまいたいものを思い出すときには、オレはもうオレじゃなくて。
オレが覚えていたかったものをオレが思い出すことなんて、永遠にないだろう。
人は罪を忘れて、過ちを忘れて。祈りを抱えて、願いを抱えて生きていくものだから。
なにもかも諦めてしまったようにそう言って、笑う。なんでかそれが無性にムカついた。ありふれた日常が好きだと、そう語った口でなにを言うのかと憤慨した。
なによりも。終わりを悟ったように、本当の気持ちを押し殺して。過ぎたことだけを口にする彼が、ひどく腹立たしかった。
───それなら。
───それなら、私が───
……だから、つい言葉を投げていた。びしりと指を突き付けて感情のままになにかを言った。できもしない約束に彼はきょとんとした顔で、それでもやっぱり笑っていた。
───なら、イヴ。オレのこと、頼むな。
微笑んだまま、彼がそっと手に触れる。……風が出てきたのだろう。いつも暖かな手は冷え切っていて、今にも消えそうな炎を思わせた。
私がなにか言うより先に、少年はするりと塀から滑り落ちていく。
───それじゃあ、また明日。
返事を待たずに、彼は自分の家に戻っていく。
後ろ姿が見えなくなるまで見送って、私も同じように塀から滑り落ちた。玄関口で胡散臭い老人と話していた姉が、私に気付いて抱き上げてくれる。……恥ずかしいからやめてほしい。もう、私は九つなのだ。
───いーの、いーの。イヴはまだ、たっくさん甘えていいんだから。
……もう。
腕がぷるぷるしているのに、姉は降ろすつもりはないらしかった。
抵抗するのもバカらしくって、はあ、とため息をついて身体をそのまま姉に預ける。
そういえば、そんなこともあったかもしれない。遠い日常。
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フェジテにある一軒家。一人暮らしにしては贅沢なボロ家が、指定された場所だった。
「うぅ……なんか、不法侵入みたいで気が引けるなあ……」
「安心しろ、白猫。立派な不法侵入だ」
「安心する要素とかどこにあったんですか!?」
緊張感をほぐすように軽口を叩き合いながら扉を押し開けると、中にあったのはごく一般的な部屋だった。
キッチンが併設された通路を抜けた先にある部屋が主な生活圏らしい。真ん中には大きめのテーブル。ベッドやクローゼットが隅に置かれ、窓際には書き物用の机がある。
一人暮らしにしては広い部屋だ。セリカの家には劣るが、それでもシンプルな間取りにしてはやはり広い。
クローゼットの中には、少年が何度も買い換えては『金がかさむ!』と嘆いていた制服が仕舞われていた。……どうやら今は私服に着替えているらしい。
本棚には種々雑多な本が詰め込まれていた。東方の文化に関する本、料理に関する本、失われた記憶についての本、異世界の存在を探る本などという眉唾物まで、幅広く。
書き物机の上には乱雑に本が散らばっている。どうやら日記のようだ。……ふと気になって、一冊目の日記を手に取る。それだけが、何度も読み返されたかのように薄汚れていた。
最初のページに書かれていたのは実に簡素な文章だった。いや、文章とさえ呼べないかもしれない。
どこか東方の文字に似た記号の上に、訳文のように公用語が書いてある。
「なんだこれ……?」
───忘れないで、と。ただ一言。
子どもの筆跡だ。それからも時折、その一言がちらほらと書かれては訳文が付け足されている。記号のような文字はだんだんと歪んで、一冊目が終わる頃にはもうほとんどただのらくがきだった。
一冊目は、普通の薄いノートだったからだろう。一ヶ月程度の日々を綴った本はそこで記録を途絶えさせ、新しい分厚い本に役割を譲り渡していた。
忘れないで。懇願のような、日記に書くには不適当な一文に首を捻る。
二冊目にも目を通そうとして日記を手に取る。これ以降はずっと、ちゃんとした日記帳だ。……気になっていたことの答えが書いてあるかもしれない。こんな状況でなければ堂々と読破してやるのに、と思いながら中身を読もうとページを開く。
「……先生、ちょっと」
と、システィーナがグレンの裾を引っ張った。
仕方なく、本を読むのは諦めてシスティーナの方に向き直った。……部屋の中心の大きな机。そこに、薄汚れたカバンが置いてある。
アシュリーのものではない。……であれば、これがジャティスが用意したモノとやらだろう。
「───ッ」
『ああ、見付けた? そう、それだよ。正直、今の君に押し付けるのは本意じゃないんだけどね……ないよりはマシというものだろう?』
……中に入っていたのは、グレンが現役時代に使っていた品々だった。
あらゆる手段をもって、敵を殺す。それだけを目的として使われてきた道具の数々。グレンにとっては、思い出したくもない負の象徴だ。
「~~~っ、……クソ、なにが目的なんだ、テメェ……!!」
『僕の目的はずっと変わらないよ? 絶対正義の執行。そして……君と決着をつけることさ』
「つか、なんでこんなもんあいつの家に配置した……! なにを企んでんだよ、お前は!」
『たまたま立ち寄ったからついでにね。目的は何度も言ってるだろう? フェジテを救いたい。それだけさ。……さあ、次の課題だ。とある場所へ向かって、用意した文章を読み上げろ。指示はもうそのカバンに入れてある……せいぜい派手に踊りながら、生き残れ』
「……クッソ!!」
ぶつん、と切れた通信。言うだけ言って、ジャティスは連絡を絶ち切った。
システィーナの気遣わしげな視線でかろうじて理性を保ち、カバンの中身を確認する。
「……ねえ、先生」
「なんだ、白猫。今は駄弁ってる時間はねえぞ」
「わかってるわよ。……でもこの部屋、なにかおかしくない?」
「は? おかしい……?」
言われて、室内を見渡してみる。
……変わったところはない。少々机が大きいが、その程度だ。
「違う。大きすぎるって言ってるの。……このサイズ、一人暮らしじゃ逆に不便よ。まるで複数人で暮らすのを前提にしているみたい」
「……つっても、あいつは一人暮らしだろ?」
「そうなのよね……でも、お金がないってバイトもしてるようなやつが、こんなところにお金を使うかしら……」
机の横には椅子が四つ。……確かに、多少狭いが数人で暮らすことも不可能じゃない。むしろ、辺境の土地であればこれくらいが一家族の普通だろう。そう言われれば、微妙な違和感を感じる。
「……あいつ、なんのために」
用意されたコートの袖に腕を通しながら、日記に目を留めた。
……わからないことが多すぎる。少しくらい、なにか答えが載っていたりしないだろうか。
「先生?」
「悪い、白猫。少しだけ……」
二冊目を開く。
始まりのページ。一冊目の忘れないで、という言葉の下に書かれていたらくがきを真似るように、下手くそならくがきが綴られている。何度も何度も、繰り返し繰り返し。
……やがて。
諦めたように、別の言葉が綴られていた。
『───思い出せない』
散々、なぞって。なぞって。なぞり続けて。
疲れ果てて───それでもやっぱり、なにも意味はなかったと。
そう、懺悔するように。
「───あいつ……?」
ページをめくる。白紙。
もう一枚、もう一枚とページをめくる。……白紙。
そこから数枚、白紙のページが続いた。ようやくまともな文章が綴られたかと思えば、それはただのありふれた日々の記録だった。
……よくよく考えたら、古い日記を見たところでなにがわかるはずもない。
机の上に投げ出されていた数冊を手に取って、ページをめくる。ありふれた毎日のことが、大雑把に書かれていた。読み進める。聖リリィ魔術女学院から帰ってきた日付にはでかでかと『疲れた』と書いてあって苦笑する。
……その、数日後。
ルミアがさらわれた日のページに、短い文章があった。
『もういい。
もういいじゃないか。
ありもしないものを探すのはやめにして。
いい加減、楽になってしまえばいい───』
ただ、それだけ。
それだけの文字が、墓碑銘のように書き込まれていた。
意味はわからない。意味はわからなかったが。理屈ではなく感情で、刻まれた言葉の意図を理解する。
どさり、と。
日記が、床に落ちる。
「……『帰りたい』って……そういう、意味かよ……?」
『ありもしないもの』。それを探していたのだと。
カラクリも、ジャティスが執着する理由もどこにもなかった。
ただ、始まりのページに願いと嘆きだけが綴られている。
疑念に答えるものはどこにもいない。
なにを探していたのかも、具体的にはわからない。
ただ一つわかったのは……アシュリーという人間は、ずっと昔から変わってなどいなかったのだということだけ。
変わってなどいなかった。
最初から彼はなにかを探し続けていた。
救うには初めから手遅れだった。
……変わったように見えるなら。それはただ、なぞることができなくなっただけなのだと。
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───忘れないで。
路地をひた走りながら、始まりのコトバを思い返す。
正直なところ、日記に書いてあるのはそれだけだ。他に重要なものはなにもない。あそこに刻まれているのは始まりだけ。
「───は、ぁ」
ぴしり、と。軋み始めた意識をどうにか繋ぎ止めて、息をする。
……人間、一つくらいは目標があった方が良い。それがどんなにくだらないものであれ、走り続ける道標くらいにはなるだろう。
逆に言えば。目標もなく標もなく走り続けられる人間はいない。
快楽であれ本能であれ義務感であれ、なんのために生きていくのか。それだけは、全ての生物に共通した基本理念。
……なら。
それをなくした人間は、どうやって生きれば良いのだろう。
「───……」
息をする。鼓動はまだ響いている。
いつかとは逆に、身体だけが生き延びた。ココロは愛したものから燃え落ちて、残ったものを頼りにもとのカタチを探して繕った。
動き続ける残骸の、その根底にあるものは願いだった。燃え尽きたココロにほんの僅か遺された願い。
愛した世界は、眠りのように密やかに失われた。
存在さえ否定され、なかったことにされた毎日を───せめて覚えていたくて。せめて忘れたくなくて。
……でも、忘れてしまったから。あの懐かしい日々を。
だから、
───なぞったところで、思い出せるはずも、帰れるはずもないのだということから目を逸らして。
なぞるために生きてきて、生きるためになぞり続けた。
自分が何者であるのかなど、もはや最初からおぼろげにしか認識していない。遺された願いと感情。燃えて灼けて灰になって、ひび割れたココロだけが、自分の生きる全てだった。
ダレカの押し込めていた望郷の念が遺された。思い出すためには帰らないといけなかった。帰るためには思い出さないといけなかった。忘れないでという願いを叶える手段はそれしかなかった。
それは永劫無限の矛盾螺旋。ありもしないものを求め続ける願いの残滓。
現実に打ちのめされて、なぞる型すら忘れそうになるたびに始まりの言葉を刻み付けた。
ダレカの遺した願いを。それさえ覚えているのなら、自分はまだ動き続けることができると。
瞼を閉じる。
───雪景色を見た。
雪景色を見た。
一面に降り積もる、懐かしい白を見た。
此処は何処でお前は誰だ。
その問いは自己定義の再確認、機械の動作確認と同じものだ。
己が何者であるかを定義するところから、人間という今なお未熟な知性体の生は認められる。
白が降り積もる。延々とソラから舞い降りる。さながら星の欠片であるかのように。
懐かしい場所が埋もれていく。木製の古びた校舎。
どこかに広がる田舎の風景が、一瞬重なって燃え尽きた。
誰が炎を放ったのか。その記憶は押し込められた。
……ココはドコでオマエはダレだ。
星の欠片が降り積もる。延々と、延々と。焼け跡に残る灰のように。
灼け落ちたのが先だったのか。欠片が降るのが先だったのか。その答えはもはやない。
───ここはどこで、おまえはだれだ。
「……『アシュリー=ヴィルセルト』。『平凡で凡庸な、どこにでもいる人間』だ」
問い掛けに答えるたびにどこかが軋む。
もうそのカタチには戻れないと示すように。
誰かが嗤う。
その銘はもう、とっくに灼き尽くされて死んだだろうと。
「……そうだ。もう、死んだ。日常にいたはずのダレカはもういない」
遺ったのは残骸だけ。かつてそうであったというだけの灰だけが遺された。
足を止める。
遺されたものへの執着。それこそが原動力であり、それはただもとのカタチを保とうとする慣性でしかない。
歩みを止めるということは、諦めるということだ。
なにもかもを投げ出して、かつてあったカタチさえも忘却して、誰でもない何者かに成り果てるということだ。
……それは甘美な誘惑だった。中途半端に燃え残っているからこんなに苦しい。なら、いっそ全てなくしてしまえば良いだろうと。
「……けど。まだ、やるべきことがある」
灰になった『自分』の上。広げたページに刻まれた基本原理。
いつか
お前は兵器であり、刃であり、
弱者を守護するための番人であるのだと。
戦うが故の■■。
弱者を守るが故の■■。
笑わぬが故の■■。
……もう、そのページが。
自分の本なのか、誰かの本なのか、燃え残った灰なのかもわからないけど。
「───貴様か」
声が、響く。
「フェジテで暗躍している第三者……グレン=レーダスを背後から操る人間がいるだろうことは理解していた。察するに、貴様はその一派だろう」
恐怖は灼け落ちた。憎悪は燃え尽きた。もしかすると他のなにかももう消えているのかもしれない。
願いだけがまだ燻っている。
───叶わぬ願い。もはや薪にさえ成り得ぬ記憶。
叶わないのなら、せめて。
「───良いだろう。もう一度、今度はこの手で殺してやろう。恨むなら、己の
せめて、と。
残ったものが叫び続ける。
「───ハ。吠えてろ、人間」
燃やせ。燃やせ。
お前にはその手段がある。
───今さら。
これ以上外れたところで、なんの変わりがあるだろう。
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レイク=フォーエンハイムという名の男がいた。
竜の血を己が身体に組み込み、その力を得る代わりに人の身を外れた一族。その最高傑作。人を外れた怪物。
かつて愚者に討ち滅ぼされた、人の姿をした竜。それが、この男の正体だった。
それが黄泉還り、愚者との再戦を求めてフェジテへと現れた。経緯を説明するのなら、概ねそんなところだろう。
だが。
竜の前に立ったのは、愚者ではなかった。
少年だ。取るに足らない、しかし決定的な隙を晒す原因となった少年が、赫い長剣を片手に佇んでいる───
「……おかしなことを言う。お前もまた人だろう」
「いいや違う。違うな。人とは奪われ、うずくまり、ただ嘆くだけの存在だ。逃げ出して、立ち止まり。失ったものへ哀悼を捧げる生き物だ。
立ち上がり、剣を執るのは英雄と呼ばれる存在だ。人ではない。凡人では有り得ない。……もう、そのカタチからは外れちまったよ。俺は」
吐き捨てる言葉は焦がれるような響きがあった。かつて見た只人とは明らかに違う。……あるいは、こちらこそが本性なのか。
「───ああ、人でなければ怪物か。ならば俺の末路がどちらであれ、お前は俺が戦うべきものだろうよ」
英雄とは怪物の尊称であり、怪物とは英雄の蔑称である。
いずれにせよ、ただの人間ではないのだと。
そう語る銀灰色の目は、ただ敵を真っ直ぐに見据えていた。
「……問答は不要だ。人であろうが怪物であろうが構わない。私は、私の血脈が目指したものの末路を見たい」
「そうか。奇遇だな。俺も今、末路を探している最中だ」
「ならば交わすものは剣しかないだろう。……怪物と、そう呼んだな。名も知れぬ
レイクが、剣を構える。竜の鱗で作り上げられた、一族の末路、その一つ。
「貴様が相対するのはまさしく怪物。破壊にしか役立たぬ力を求め、愚かしくも人の身を外れた
「───ク」
笑いが、こぼれる。
逃げろ、と語った
帰りたい、と囁く
戦え、と義務を知る
「竜か。そうか」
……どうしようもなく外れたのなら。
もう二度と、この願いが叶わないのなら。
せめて。
「───なら、答えよう。
相手が竜であるのなら。俺はそれなりにやる男だぞ?」
───せめて、と。
その先を語らぬままに、残骸が吠えた。
Q.この作品の大戦犯って誰?
A.辺境の村を襲った外道魔術師が全ての原因ではある。詳細を挟む余裕がどこにもねえのでもうしばらくお待ちをば。