竜殺しっぽい誰かの話。   作:焼肉ソーダ

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今回はちょっと長いぞー! なんと10000文字弱ある(白目)
あと、設定と描写がごちゃごちゃになってきたのでシンプルに解説すると今の、というか日常に固執していたアッシュは『焼け跡に行って家族ごっこをしていた子士郎』が一番近いと思います。
とんでもねえ後ろ向きを十年間続けてきた残骸。なお思い出せるとも帰れるとも言っていない。
まあ、士郎の方は切嗣に救われて新しい生き方を手に入れたけど、ね?

というか、構成が前回と被ってしまったが許せ……。


43.陰謀の坩堝、渦中にて

「は、はははははは───!」

 

 竜の抑えきれぬ歓喜が呪文に紛れ、炎の渦を巻き起こしながら響いていく。

 

 倉庫街はひどい有様だった。建物は崩れ、石畳は削れ、この世の地獄とすら表現できるような光景がそこには広がっていた。

 

 ───これが地獄など笑わせる、というように。

 赫色の魔剣を携えた、竜殺しが大地を蹴る。

 

 カタチを外れ、型を外れ、かつて願った(願われた)存在から離れていく。

 

 ───それでも、せめてと。

 

 残り滓の叫び声。……壊れかけたカタチを別の機構(データ)で置き換えて、ただひたすらに剣を振るう───

 

「───ッ」

 

 もはや竜の手に得物はない。度重なる剣戟。意志なき剣の身では耐えられぬ、と言うように砕けて割れた。

 

 苦境だ。どう見ても。

 

 ……だが。

 

 竜は、今なお凄絶に笑っている。

 

 今まで知り得なかった強敵との死闘。人でありながら己が身を討ち果たした愚者ではなく。真っ向から、己と戦いねじ伏せる。そんな猛者との戦いに、今までになく昂っている。

 

 皮肉な話だ。誰よりも人らしくありたがった残骸は只人らしい在り方を喪失し、誰よりも人から外れた存在の末路を求めた竜は人らしい歓喜の感情に打ち震えている。

 

 竜の鱗を持つ拳で竜殺しの剣の腹を打ち、首を刈り取る軌道を逸らし、五体全てを用いて目の前にいる好敵手を打ち滅ぼさんと吠え猛る。

 対する灰は一切無言。歓喜もなく、戦いへの高揚もなく、一歩間違えれば迫るであろう死への恐怖もない。ただ機械的に、かつての己が執着したものを害する存在を屠らんと刃を走らせる。

 

 一撃、二撃。拳と刃の応酬の間で火花が爆ぜるたび、余波だけで傷が刻まれていく。傷が深いのはレイクの方だ。竜殺しの概念は、攻撃全てが竜種への絶対の毒となる。

 首を狙う刃を身体を反らすことで避け、逆袈裟に斬り裂かんと狙う刃を叩き落とし、飛来する刃を竜言語魔術(ドラグイッシュ)で吹き飛ばし───竜の鱗であるが故に、全力で放てば人の肉など容易く貫通する拳を抉り込む。

 

 さすがにそれを素手で受けることはしないらしい。片手に銀色の短剣を生み出して、握ったそれで逸らされる。斬り返される前に手を引っ込め、代わりに蹴りを見舞ってやった。

 ……それを逆手に取られた。まともな人間であれば防御に徹するしかできないだろう()に手をついて軽やかに跳び上がり、翼のないはずの竜殺しが宙を舞う。

 

 七割に迫った影響で意識が混濁する。拠り所としていた最後の燃え滓に、見知らぬ在り方が介入する。……構わない。どうせ終わりは見えている。遅かれ早かれ自分は今のカタチを見失う。それでも───そんな愚直なまでの意志のもと、かつて観測()た黄昏に立ち向かう英雄をその身を以て再現する。

 

 重力を味方につけながら、空から残骸が堕ちてくる。その前座とでも言うように、四条の光が降り注いだ。不安定な体勢から放たれるにも関わらず、その速度は弾丸並みだ。

 それを避け、打ち落とし、撃墜しながらさらに吠える(笑う)。大地から天上へ吹雪が奔る。無数の氷柱が空に座す灰を撃ち落とさんと肉薄する。

 

 魔剣が残光を置き去りに翻る。地から昇り、空を駆ける氷柱が粉砕され、破片を引き連れて拳を固めた少年が失墜する。奔る光。拳鍔(ブラスナックル)がどこからか顕現する。なんでもありか、とレイクはさらに笑った。この分では、槍やら弓やら斧やらを持たせても十全に振るうに違いない。デタラメだ───自分の存在を棚に上げて、思う。

 

 真っ向から受け止めれば破滅は必至。故に取るべきは回避。だが───それでは焼き直しだ。何度も繰り返した光景の繰り返し、この強敵を前にそれだけでは味気ない。

 散らばる鱗の破片を手に取った。一度だけでいい。砕けたあとの残骸であろうとも、使えるのなら使い潰せ。中心から砕けた剣は、何度も力を込めたせいだろう。柄さえもが短くなっていた。血に濡れるのを承知の上で刃の根元に手を添える。今はこの痛みさえもが心地良い。

 

 ああ、この闘争のなんと心躍ることか!

 

 『弱き強者』たる愚者との再戦を目的として黄泉より舞い戻っておきながら、それを超える好敵手と出会えたことに興奮を覚える自分は、魔術師としては失格だろう。

 惜しい、と思った。同時に、素晴らしい、とも思った。前者はもっと早くにこの竜殺しと巡り合えていたらという念。後者は───たとえ何度朽ち果てようと、この戦いを続けられるという現実への感謝の念。

 

 際限なく高まり続ける内側の熱を訴えるように竜が吠える。己が身にかけられた封印を解けないのが呪わしい。次があるのならば全力全開で戦いたい。心ゆくまで───

 

(お前はそうではないようだが)

 

 空からこちらを見る銀灰色に感情はない。ただ外敵を屠るだけの装置のようだ。あるいは兵器か。

 それもそうだ。お前は人間であってはならない。もはや人間ではないと自嘲するように吐き捨てたお前は正しい。

 

(───そうだ。笑うな。戦え。それでこそ、お前は───)

 

 炎のような尾を引いて、竜殺しが墜落する。右腕と、それに握った竜鱗(一族の末路の象徴)で迎え撃つ。

 

 拳と砕けた刃がぶつかり合った。互いの得物が互いに砕け、破片が互いの腕を傷付ける。大地へと帰還した灰が、至極冷静にもう片方の腕を振るう。その手に赫い、竜の死を携えて。

 

 次が最後だ。次の一合で全てが決する。右腕は使い物にならないと、左腕を突き出した。

 

 ……恐らく。斃れるのは己だろう。

 

 それは確信。力量差や状況などを超越した直感。

 

 ───なぜなら。

 

 なぜなら、彼は。彼こそが。

 

(───お前は。()()に相応しい)

 

 とびきりの執着と歓喜を込めて、笑わぬ氷の剣士の代わりに───顔を、歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 びしゃり、といつかの再現のように血が地面へぶちまけられた。

 

 レイクの腕は少年の首を捉え。少年の剣は、竜の心臓を貫いていた。

 

 あとほんの数瞬、貫くのが遅れていたら───その首は捻じ切られ、死んでいたことなどわかっていただろうに。

 

 目の前の少年が、どくどくと、生き物と同じように脈を打っているのが不思議だった。人ならざるモノを再現するその身体が、人のように暖かいというのは、ひどく。

 

「───見事だ」

 

 今までの高揚感が噓のように。レイクは凪いだ心で微笑んだまま、静かに目の前で返り血を浴びながら、微動だにせずにいる少年へと賛辞を贈った。

 こぼれ落ちる血と同じように、身体から力が抜けていくが───支えはいらない。己を貫いた剣が、未だこの身を縫い留めているのだから。

 

「名を。教えろ、剣士(セイバー)

「───アッシュ」

「そうか」

 

 静かに告げられた名に、淡く微笑む。

 (アッシュ)。炎を体現するように戦いながらも、氷のように冷めた彼には似合いの名だ。

 

 不意に、自分の心臓を貫く刃がかき消えた。ぐらりと身体が傾ぐのを気力で引き留め、なんら感情を映さない瞳をひたと見据える。

 

 最後の力を振り絞れば。今も手の中で脈を打つ、彼の鼓動を止めることは可能だろう。まあ、実際には阻まれるだろうが。

 だが、レイクはそうしない。怪物は英雄に斃されるモノ。その定義に殉じるように。あるいは───こんな終わりではなく。遠い未来の再戦を、望むように。

 

「……良い死合だった。お前は、違うか」

「……なにも。感じるものは」

「そうか」

 

 淡々と告げるその姿は、ますます装置かなにかのようだ。……ああ、それでいい。

 

「それでいい。それでこそ、お前は───」

 

 最後まで言葉を吐き出すことなく、ずるりと首から手が滑り落ちる。限界を迎えた死骸は膝から崩れ落ちていた。

 

 それを無感情に見届けてから、つと天を見上げて息をついた。そっと胸に手を触れる。まだ鼓動は続いていた。……底で燻るいつかの雨の日。地獄の再現が、記憶の端を掠めた。

 

「ああ───」

 

 身体だけは生きている。心はとうに死に絶えた。もしかしたらなにか少しくらいは残っているかもしれないが、どうせこれからその機構(感情)は動かなくなる。些末事だろう。

 救いがあるとすれば。前とは違って、失うわけではないということ。なぞるカタチに、その機構が組み込まれなくなるだけだ。

 

 頬に飛んだ血を拭って、法医呪文(ヒーラー・スペル)で小さな傷だけを癒して歩き出す。

 まだ戦いは終わらない。歩みはまだ止められない。燃え滓の叫びは潰えていない。

 

 次はどこへ行くべきだったかを記憶から引っ張り出す。確か───

 

「アルザーノ帝国、魔術学院……」

 

 懐かしい名前だ。ほんの少し前まで自分もそこにいたのに、今では致命的なまでに遠い場所のような気がした。

 ……いや。最初から、正しい意味では所属などしていなかったか。

 

 ただ微かに残る日常を再現するためだけに、できるだけ近いものを選んで所属していただけのこと。我ながらひどい話だ。ありもしないものを探すためだけに、未来を探す人々の間に紛れていたのだから。

 

「───……」

 

 頭を振って、惨状には目もくれずに歩き出す。

 

 最後に。どこか懐かしい視線を感じた気がして、一度だけ振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 時はわずかに巻き戻る。

 

 イヴ=イグナイトがフェジテの警邏庁に到着するまであとわずか。グレンはシスティーナの援護で警備官から逃げ回って───

 

「白猫? おい、白猫!? 応答しろ、白猫ッ!!」

 

 否。システィーナの援護は消えていた。聞こえるのは悲鳴と、何度も地面を転がるような音。そして───下卑た笑い声。

 

 聞き覚えがあった。かつて自分が無力化し、裏切り者として殺された男。ジン=ガニスの声だ。

 

 未だ倉庫街では天変地異が起こり続けている。この状況で、さらにシスティーナまでもが襲われたのだということを理解して、半ばパニックになりながらグレンは路地を駆け巡る。

 幸い、なぜか包囲網は先ほどまでに比べればガタガタだ。だが、システィーナがいるはずの中央区まで突っ走るにはさすがに邪魔すぎる。なによりも、ここで捕まってしまえばルミアどころかシスティーナを助けに行くことさえできない。

 

 故に、強行突破は選ばない。選べない。

 

 もどかしい現実に奥歯を割れ砕けそうなほどに嚙み締めて、グレンはただ足を動かす───

 

「クッソ……なにが起こっていやがる……ッ!?」

 

 天変地異と、システィーナの悲鳴。その二つが、二人の教え子それぞれの生存をグレンに伝えてはいるが……生存と無事はイコールではない。特にシスティーナは何度も何度も地面にぶつかっては必死に駆けているらしい。通信に出る余裕すらない辺り、相当苦戦している。

 

 それも当然といえば当然のこと、かつてシスティーナにトラウマを植え付けたジンは態度こそ三流のそれだが、実際には【ライトニング・ピアス】の十連射などというバカげた技術を持ち合わせており、実力だけなら文句なしの超一流だ。

 確かにシスティーナも日頃の訓練で確実に強くなっているとはいえど、超一流を相手にするのはまだまだ荷が重い。それでなくともジンはシスティーナが戦いに身を投じることになった全ての始まりであり最初の恐怖。……逃げることができているだけ、マシというものだろう。

 

(死んだはずのジン=ガニス……となりゃ、まさかとは思うがあの倉庫街の竜巻は……レイク=フォーエンハイム、か……?)

 

 テロリスト襲撃事件が解決したあと。学院を襲った二人に関する報告書に書かれていた情報が頭の中で思い返される。

 

 レイク=フォーエンハイム。伝統的に(ドラゴン)に関する研究を行う魔術師の大家、フォーエンハイム家最後の一人。その血に受けた『竜化の呪い(ドラゴナイズド)』によって、竜の力を得たという正真正銘の怪物だ。

 もっとも、グレンたちと対峙した際には『竜化の呪い』を抑えるための封印を施してあったためか、一応人間の範疇に留まる能力であったが───あの竜巻が、『竜化の呪い』による竜言語魔術(ドラグイッシュ)で引き起こされたものであるのなら、人知を超えた魔術にも辻褄が合う。

 

 しかしそれは要するに、それと戦っているであろうアシュリーの生存率が大幅に下がったということでもある。未だに竜巻やら雷雨やらが発生しているあたり、生きてはいるのだろうが……無事でいられるとは到底楽観できない。

 

 腹立たしい。なぜこんな事態に陥っているのかまるでわからない。わからないが、とりあえずジャティスはぶっ殺す。

 

 そんな決意を固めるグレンの目の前に、またぞろぞろと警備官が現れる。

 

 先ほどまでよりよほど読みやすく、人間らしい配置。加えて指揮系統が混乱しているのか、ほんの少し前までの非人間的とまで言える気持ちの悪い統制は感じられなくなった。これなら、自身の勘と経験則で十分切り抜けられる。

 

 それでも───こうした『数の暴力』が、グレンの天敵であることは間違いないのだが。

 

「ああクッソ、うざってえ……!」

 

 悪態をつきながら、飛び交う銃弾やら細剣やらを避け、極限まで思考を巡らせながらどうすべきか考える───と、不意に耳に悲鳴とは違った声が聞こえた。……システィーナの声だ。どうやら、ほんのわずかな時間ではあるがジンを撒いたらしい。

 心の中で密かな賛辞を贈りながら、聞こえてくるか細い声に耳を澄ませる。

 

『せん、せ……っ』

「白猫か!? 大丈夫か、白猫!」

『助けて……助けて……ッ! 怖い、怖いよ……ルミア……リィエル……ッ!』

「白猫ッ! 落ち着け!!」

 

 過呼吸気味なシスティーナの悲鳴を聞きながら、グレンが走る。

 

 システィーナはどうも精神面が限界に近いようだ。無理もない。かつてのトラウマと突然向き合い勝利せよ、などと言うのは正しく『普通の少女』であったシスティーナには酷な話だ。

 

「白猫! いいか、絶対に助けに行く! だから、もう少しだけ……うお!? ……っ、すまねえ、もう少しだけ耐えてくれ……!」

『ぁ……』

「絶対、お前もルミアも、あとアッシュも死なせたりしねえ! 絶対だ!」

 

 吠えながら、しつこく迫ってくる警備官をいなし続ける。

 

「だから───ッ!!」

『……いえ、先生。ありがとうございます』

 

 ふと、泣き声が止んだ。

 

 凛とした声が、耳朶を叩く。

 

「白猫ッ!?」

『大丈夫です。私なら、大丈夫。……みっともないところをお見せしてすいませんでした、先生。私はもう───』

「諦めてんじゃねえよ!? 絶対助けに行くって言っただろ!?」

『違います。諦めなんかじゃない』

 

 それを一瞬、諦めととったグレンを叱責するように。システィーナの声が続く。

 

『私は───ちゃんと、立ち向かう。ちゃんと戦います。私は、こんなときに無様に泣き喚くために、先生に教えを受けてたんじゃない……ッ!』

 

 それは強い決意と覚悟だった。

 

 一瞬でも、諦めたのだと……そう判断してしまった自分が情けない。

 

 にやりとグレンの口の端が持ち上がる。教え子の成長を感じて、どうして自分が気張らずにいられよう。

 

「……わかった。だが、無理はするな。絶対に生き残れ。助けに行ってやるからな」

『ふふっ……別に、倒してしまっても構わないんでしょう?』

「……。おう、当たり前だ!」

 

 なんかすごく嫌な言葉のチョイスをされた気もするが、努めて無視した。たぶん気のせい、というか電波だ。

 

「てなわけだからよ……クソ生意気な仔猫ちゃんが待ってんだ。テメェら、そこ退きやがれ───ッ!!」

 

 拳を構えながら、グレンがさらに路地を走り抜ける。

 

 そして、その魂の咆哮と時を同じくして。

 

 イヴ=イグナイトが、フェジテ警邏庁に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 フェジテ警邏庁舎はひどい有様だった。

 

 市庁舎爆破テロ事件特別捜査本部では、ひっきりなしに罵声が飛び交っている。それは今なおフェジテで逃げ回るグレンへの罵詈雑言であり、一向に進展しない事態への苛立ちだ。

 

「なにがどうなっている!? 現場指揮統括のユアン=ベリス警邏正とも連絡がつかず、グレンとかいうイカレのテロリスト野郎はまだ捕まらない……ッ! しかも、倉庫街では原因不明の天変地異、中央区では少女に対する暴行事件だと!? 今日は一体なんだというんだ、厄日かッ!?」

 

 だん、と厳つい手を机に叩き付けるのはフェジテ警邏庁長官のロナウド=マクスウェルだ。年季の入った巌のごとき顔は義憤に燃え、叶うのならばいますぐフェジテの平穏をかき乱すクソ野郎をとっ捕まえて一発ぶん殴ってやりたい、とでかでかと書いてあった。

 ぶっちゃけ全てはジャティスによる冤罪だったりするのだが、それを知らないロナウドにはグレン=レーダスという男はもはや血も涙もない悪鬼羅刹の類にしか見えなかった。

 

「くっ……絶対に許さんぞ、グレン=レーダス……ッ! 貴様のような鬼畜生に、フェジテ市民を一人たりとも傷付けさせてなるものか……ッ!! お前たち! 中央区に一・二班を回せ! 私が直接あのイカレたテロリストを捕まえ───」

 

 と、ロナウドが捜査本部会議室の扉を開けようとしたそのときだった。

 ばん、と荒々しく扉が開かれ、向こう側から一人のうら若い娘が姿を現す。ついでにロナウドは鼻っ面を扉にぶつけて悶絶していた。確かに今日はロナウドにとっての厄日かもしれない。

 

「ダメよ。中央区の少女は放っておきなさい。全警備官もグレンを追うのは中止。倉庫街の天変地異は捨ておきなさい」

 

 真紅の髪をなびかせた女性───仲間をオトリに、一人フェジテに介入したイヴは突き放すようにそう言うと、会議室に並ぶ椅子の一番の上座に腰を降ろし、テーブルの上にその優美な足を交差させて投げ出した。

 

 かつてのイヴの友人がそこにいたら、そのポーズはちょっとどうかと思う、と苦言を呈しただろう。

 実際にはいないので、そんなことを言う人間は誰一人いなかったが。

 

「貴様、何者だ!?」

「帝国宮廷魔導士団、特務分室室長にして執行官ナンバー1《魔術師》のイヴ=イグナイトよ。話、とっくに通ってるでしょ?」

「帝国宮廷魔導士団……!?」

 

 鼻の辺りを抑えながらロナウドがうめく。なぜ軍がこの一件に関わってくるのか、まるでわからなかった。

 

「はあ……ほんと、これだから素人は……いい? この一件はただの爆破テロじゃない。もうあなたたちみたいな素人連中には手に負えない事態に発展してるの。だから私が来た。……わかる? これからあなたたちは、私の忠実な手駒として働くの」

「なんだと……!? ふざけるな! 一体なんの権利があってそんなことを───」

「権利? ああ、これで良い? はい、父上───アゼル=ル=イグナイト卿直々の勅命書。これでわかった?」

「ぬ、ぅ……!?」

 

 横柄な態度で雑に突き出された紙切れは、確かに何度見ても帝国最高決定機関《円卓会》の一席であるアゼル直筆のものだった。

 そこまで言われては、ロナウドにはもはや反論ができない。ただ、憎々しい視線をイヴに向けるしかできない。

 

「ふん……そう、それでいいのよ。犬は犬らしく、飼い主のいうことを聞きなさい……」

 

 つまらなさそうに鼻を鳴らし、イヴはロナウドをはじめとするフェジテの警備官たちに細々と指示を出していく。

 無論、ロナウドたちの苛立ちは募る一方だ。暴行を受けている少女を見捨てろという目の前の傲慢で横柄で血も涙もない人間のいうことを黙って聞くなど、フェジテの治安を担う者としての誇りが許さなかった。

 

 だが───イヴは正式な勅命書を持ってきていたし、そもそも軍人に自分たちが敵うはずもない。いざとなれば汚名を被ってでも少女の救出に向かうつもりではあるが、それでも今はこの女の命令を聞かざるを得ない───

 

 そんなロナウドを侮蔑するように流し見て、イヴは資料を流し読みながら黒い小型の魔導演算器(マギピューター)の表面に走る無数のルーン文字の羅列を追い始める。

 イヴが操作するこの石には、イグナイト家が深いパイプを持つ警邏省が統括する帝国全土の警備官たちが、常時着用を義務付けられている徽章の周辺情報を収集する機能があり、それ故にイヴはその情報源となる徽章───警備官たちを自身の都合の良いように配備する必要があった。

 

 徽章から送られてくる情報は些細なものだが、それでも数を合わせれば膨大なものとなる。この徽章こそが『炎の眼』。イグナイト家にのみ許された『特権』であった。

 

(今回、これの使用を許されたということは……絶対に失敗できないということ)

 

 父親からの冷たい目がイヴの脳裏に蘇る。それと同時に、かつてかけがえのない友人を───セラを失ったときのことも。

 一年前のあの日、父からの圧に屈してセラを見捨てるように命令を下した自分には、もはやイグナイト家の名誉以外を優先することは許されない。イヴの使命はイグナイト家の名誉、ただそれだけ。関係のないものは全て切り捨てる。

 

 たとえ、それがかつての部下でも、無関係の人間でも、親しかった幼馴染でも。

 

「…………」

 

 ……だが、どうしても気になって……つい、魔導演算器の操作の片手間で遠見の魔術を起動する。

 

 グレンがいるであろう、追跡現場。……どうやら無事らしい。まあ、いくら第一級制圧対応(殺害無力化目的の対応)で追われていたとはいえ、たかだか一般人に毛が生えた程度の警備官相手にグレンが後れを取るはずもない。

 ここからは、グレンの動きを追いながら、その裏にいるジャティスを炙り出すことになる。……まあ、死んだら死んだでジャティスが表に出てくるだろうから、イヴの使命からしてみればどちらでも良いことなのだが。

 

「……ふん」

 

 少しだけホッとした自分を無視して、さて次は、と暴行事件の現場へと視線を移す。

 そこで、滅多に動揺を表に出さない魔術師たるイヴが目を見開いた。なびく銀髪。震えながらも外道魔術師に立ち向かう、その少女の姿が……なぜか、セラに重なって見えたからだ。

 

 相対しているのはジン=ガニス。……放っておけば、まず確実に死ぬだろう。

 

 ありふれた日常を理不尽に奪われただけの、かつての幼馴染と同じような普通の少女が。

 

 

 

 ───それなら、私が───

 

 

 

「……ッ」

 

 つい、会議室から駆け出していた。思考の片隅を引っ搔く自分の言葉が胸を苛む。なにを約束したのか、どうしてか思い出せないが……無視することはできないと、感情的になってしまった。

 魔導演算器に走る情報を読み取るためにはとんでもない集中力が必要だ。片手間に遠見の魔術でチラ見するだけならともかく、こうして走り出してしまってはもはや意味がない。

 

 ……それでも、なぜかイヴは駆け出していた。

 

「ああもう、こんなんだから私はイグナイト失格なのよ……っ!」

 

 吐き捨てながら、中央区の方へと走る。

 

 悪態ばかりを並べ立ててはみたが、どうしてか心は微かに軽かった。それをイヴが認めることは決してないが。

 

「──────」

 

 そして。

 

 道中、やっぱりどうしても気になって。

 

 ほんの少し。ほんの少しと言い聞かせながら───

 

 倉庫街の方に、視線を飛ばす。

 

 ……ひどい有様だ。建物は砕け、地面は割れ。炎と氷と石柱が乱立するその光景はもはや地獄絵図と言ってもいい。

 

 その惨劇の中心には、血まみれで倒れ伏す人影が───

 

「ッ!」

 

 一瞬だけ、懐かしい顔を幻視して息が詰まったが……違う。倒れているのは黒髪だ。胸から夥しい血を流しながら死んでいるその男は、どこぞの凡人ではない。

 

「───……。……。そうよ……あんな凡人が、こんなところに……いるわけ、ないじゃない……バカらし……」

 

 言い聞かせるように、走っているせいか荒くなる息と鼓動を押し込めて、これを殺した犯人を探して視点をスライドさせる。

 

 誰もいないはず。誰もいないはずだ。誰もいない、はず、なのに。

 

「───ぁ」

 

 その姿を見付けてしまった。

 

 わずかに血に濡れたくすんだプラチナブロンド。ところどころが擦り切れた黒い服。

 

 そして───一瞬だけこちらを見た、冷え切った銀灰色の瞳。

 

「……なんで」

 

 偶然だったのだろう。視線はすぐに逸れて、どこかへ向かってその少年は歩き出す。

 

 止まりそうになる足を動かして───イヴは。

 

 いつか見た、穏やかな笑顔とかけ離れた誰かを見て。

 

「なんで、そんなところにいるのよ……ッ! アッシュ……!!」

 

 嗚咽するように、それだけを絞り出した。




レイク「ここでこんな相討ちの仕方するとか浪漫がない。却下」

イヴとは気付いてないけど別にイヴを忘れたわけではないのでご安心だぜ!
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