竜殺しっぽい誰かの話。   作:焼肉ソーダ

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四六時中プロット練ったりセリフ考えたりしてるせいでついにアッシュが夢にまで出るようになった。こわい。


44.日常は遠く

 また明日、とか言ったクセに、丸々三日姿を現さないとは良い度胸だ───と、そんな風に思いながら私は彼の家の前に立っていた。

 

 楽なのだ、ここは。なんていうか、心が。

 

 父や一族からの重圧もない。周りの僻むような視線もない。あの日、母の死とともに失った子どもらしい毎日に、ここでなら戻れるような気がしていた。

 

 なのに、肝心の彼が一向に姿を見せないから、少し、その……そう、苛立って。嫌がらせのように、ドアをノックしまくった。

 ややあって、内側から扉が押し開けられる。この家に住んでいるのは一人だけ。面倒を見ているらしい老人も、別に住み込みで一緒にいてやっているわけではないらしい。つまり、向こう側にいるのは私の尋ね人なわけで。

 

 ───あ、やっと出てきたわねこの引きこもり。ちょっとアシュリー、どういうつもりなのよっ!?

 

 ぼけっとしながら姿を現した少年に、私はそうがなり立てた。三日ぶりに見た姿に、ちょっと安心したことなんか気のせいだ。

 

 だけど、出てきた少年はいつもと少し違っていた。なんていうか、いつにも増してぼんやりしているというか。目はどこか虚ろで、目の前にいるはずなのに視線が私をすり抜けているような感覚。

 

 少しだけ怖くなって───でも、約束があったから。風邪でも引いたの、と、いつも通りに声を掛けた。

 

 ───アッシュだ。

 

 ふいに、彼がそう言った。

 一度だけ、瞳を閉じてから。なにかを振り払うように───あるいは、決意を固めるように頭を振って。

 

 ───アッシュでいい。

 

 そう言って、私を見た彼の顔は。

 

 全くもって、いつも通りの『アシュリー=ヴィルセルト』と同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ───システィーナは、暗い泥の中にいた。

 

 眠くて眠くて仕方がない。とんでもなく頑張って、もうなにもできない……そんな状態に似ている。

 

 なにがあったんだっけ、と記憶を手繰り寄せる。確か、グレンのサポートをしていて……死んだはずのジンが、自分の前に現れて……それに、立ち向かうと決意して。

 

『《荒れよ風神・千の刃振るいて・烈しく躍れ》───!!』

 

 そして、グレンに教えてもらったばかりの呪文を唱えて、かつてのトラウマに───ジンに突っ込んでいったこと。それは、覚えている。

 

 それから……それから……?

 

「……そう、だ」

 

 胡乱な意識が覚醒する。寝ている場合じゃない。グレンを。ルミアを助けないと。

 

 眠りの淵に引きずり落とされた意識を引っ張り上げ、重い瞼をこじ開ける。

 

(私が……あの二人を、助けないと……!)

 

 普通の世界に生きる自分しか、あの二人を日常に連れ戻してはあげられない。

 

 起き上がらないと───まだ、戦いは終わっていないのだから。

 

 泥のようにまとわりつく無気力感を振り払い、暗い眠りの世界から抜け出して───

 

「先生っ! ルミアっ───あれ?」

 

 瞳を開くと、そこは清潔さを感じさせる白い部屋だった。

 

 ついさっきまで、死闘を繰り広げていたフェジテの街並みではない。

 

 この景色は見覚えがある。細部やレイアウトは異なるが、この雰囲気は───

 

「……ここはフェジテ警邏庁舎の救護室。おはよう、システィーナ=フィーベル。無事目が覚めたようでなによりだわ」

 

 システィーナに向けた、というよりは自嘲するような響きを含んだ皮肉っぽいセリフ。

 見れば、部屋の隅に置かれた椅子に……真紅の髪を整えて、もうすっかり見慣れた帝国宮廷魔導士団の制服を着た女性が座っていた。

 

 紫炎色の瞳がこちらをじっと見つめているのに気付いて、反射的に身を起こそうとするが……起こせない。

 全身が鉛になってしまったようだった。ベッドから起き上がることさえままならない。

 

「……いいわよ、そのままで。強敵相手にずっと戦っていたんだもの。限界を超えて酷使した身体と精神が反動で疲れ切ってるだけ。マナ欠乏症も近い。そこでおとなしくしていなさい」

 

 システィーナの状態を伝えると、女性は不機嫌そうに鼻を鳴らして黙り込んでしまった。なにかを言いたいけど、言えない。そんな雰囲気が微かに漂っている。

 

 そこで気付いた。ジンを戦闘不能に追い込んだあと、トドメを刺せなかったせいで窮地に陥った自分を助けてくれたのは……確か、この女性ではなかったか?

 

「あ、ありがとうございます……」

「……グレンは無事よ。あなたはもう少し、そこで眠っておきなさい」

 

 用は済んだ、とばかり女性がシスティーナに背を向けて歩き出す。向かう先は当然、部屋の外だ。

 

 このとき、女性───イヴは、己の失態に内心呆れ果てていた。

 感情的になってシスティーナを助けに入ってしまった。そのせいで、『炎の眼』で集めていた情報を処理しきれなくなってグレンを……ひいては、それに接触するであろうジャティスを見逃した。

 

 かつて帝国を相手に一人で大立ち回りを演じ、完全勝利一歩手前までいった怪物であるジャティスを相手取るなら、待ち伏せがほぼ必須。しかし、こうなってしまってはもはや絶望的だ。フェジテは広い。あのジャティスを今からなんの手掛かりもなく捕捉するなど、砂漠から砂金を見付けるようなものだ。

 

 つまり───イヴは、戦う前から既に、今回の最重要事項であるジャティスを討伐する、という使命をしくじったことになる。

 しかも、昔見捨てたセラに似ていた少女を助けるため、なんていう理由で。

 

 とんでもない大失態だ。父に知られたらもはやどうなるかわからない。

 

 ここから巻き返す方法などほとんどありはしない。万が一の奇跡を願って、片っ端から情報を集めることくらいだ。

 それでも、なにもしないよりは。そう、悲壮な覚悟でイヴが扉に手を掛けたそのときだった。

 

「あ……ま、待ってください!」

 

 ベッドに転がったままのシスティーナが、それを、つい引き止めていた。

 

「……なに? 私、忙しいんだけど」

「その、すみません……でも……あなた……もしかして、帝国宮廷魔導士団……特務分室の方じゃないですか?」

「……ふぅん?」

 

 凛とした立ち姿は、帝国の切り札とまで謳われる宮廷魔導士団に相応しかろう。

 アルベルトたちも着ていた制服からしても、関係者なのは間違いあるまい。そう思っての発言だった。

 

「正解よ。なかなか良い勘ね、あなた。そう、私は帝国宮廷魔導士団が一翼、特務分室の室長。執行官ナンバー1、《魔術師》のイヴ=イグナイトよ」

「し、室長さん!? ふぇ……すごいなあ……私と少ししか違わないように見えるのに……」

「……。別に」

 

 キラキラした目で見つめてくるシスティーナ。どうにもむず痒くて、ふい、とイヴがそっぽを向く。

 セラに似ていた。見た目も少し。だけど、根っこの部分が、とても。

 

『イヴって本当にすごい魔術師だよね……憧れちゃうなあ』

『イヴ! 今日は非番? ねえねえ、一緒にスイーツ巡りに行かない!?』

『ねえイヴ、イヴって───』

 

 蘇る思い出。子犬のように人懐っこい友人の姿が、一瞬だけイヴの視界をチラついて。

 

「イヴさん、なにか私に聞きたいことでもあるんですか?」

「……えっ?」

 

 気付けば、セラではなく。システィーナが、気遣わしげな目を向けていた。

 

「別に、ないけど。どうして?」

「えっと……なんていうか、さっきから気もそぞろっていうか……顔色もあんまり良くないですし」

「……聞きたいことがあるのはそっちでしょ? グレンがどうしているのか、とかね」

「は、はい! 先生、どうしてますか!?」

「……落ち着きなさい」

 

 グレンの名前が出た瞬間に食いついたシスティーナを流し見て、最後にグレンを捕捉したときのことを思い出す。

 本当にセラにそっくりだ。落ち着きがないあたりとか。

 

「さっきも言ったけど、グレンは無事。警備官の追跡もやめさせたから、少なくとも追い回されるようなことはないわ」

「そ、そうなんですね……よかった……」

 

 もし十全に身体が動いたのならベッドから身を乗り出していたであろうシスティーナが、ホッと胸を撫で下ろし息をつく。サポートを買って出たにも関わらず、ほったらかしにしてしまっていたのが気掛かりだったのだが……さすがグレン。……むしろ、自分は必要なかったのではないかと思うと少し悲しいが。

 それでも、グレンの教えに従って、ちゃんと敵に立ち向かったことくらいは……褒めてくれるだろうか。

 

 そんなことを考えてから、そういえば連絡をしていないことに気付いた。グレンと最後に話したのはジンとの決着がつく前だったから、とても心配させてしまっているかもしれない。

 

「あの、イヴさん。これ……持っていってください。先生との直通の通信魔導器です……」

 

 自分では、魔力がすっからかんなのでどうせ繋げられないが───なにかの足しにはなるだろう。

 

「……フェジテでは……今、なにか大変なことが起きてるんですよね? グレン先生は……すぐ、無茶をする人だから……どうか、助けてあげてほしいんです!」

「……そ。まあ、もらっておくわ」

 

 素っ気なく返して、イヴが半割りの宝石を手に取った。しばらくそれを眺めてから、無造作にポケットに突っ込む。……これさえあれば、グレンを再捕捉してジャティスを出し抜ける。そんな内心はおくびにも出さずに。

 そうだ。自分はこの少女が高確率で持っているであろうグレンとの通信魔導器が目当てで、自ら動いて彼女を助けたのだ。そう言い聞かせて、自分を騙す。全てはイグナイトのために───イヴにとってはそれが至上。なによりも優先すべきことなのだから。決して、つまらない感傷で動いたわけではない、と。

 

 そんなイヴを尊敬の眼差しで見つめていたシスティーナが、ふと顔を曇らせた。まだなにかあるのか、とため息をつきそうになる。

 

「あ……それと……」

「……なに?」

「その、もう一人……戦ってた人がいたと思うんですけど……」

「──────」

 

 そこで、イヴの顔色が変わった。ぎり、と腕を固く握り締めて、できるだけ平静を保ちながらシスティーナの顔を見る。

 なにかの間違いだと、そう記憶の隅に追いやっていた冷たい目を思い出す。……そんなわけがないのは、イヴだってとっくにわかっているのに。

 

 あのとき見たものからもう一度目を逸らすように、システィーナの声に応じる。そういえば、目の前の少女はアレと同じ学校、同じクラスだと聞いていた。しかも講師はグレンである。なんという偶然なのだろうか。

 

「……そうね。あなた、あいつのクラスメイトだったっけ」

「え……し、知り合いなんですか?」

「聞いたことない? ……あのバカとは、帝都にいた頃に知り合いだったのよ」

「バカって……」

 

 システィーナが苦笑する。確かに少し……かなり……ぼけっとしていることは多かったが、そんな真っ向から罵倒しなくても。

 

「あ、でも聞いたことはあるかも……帝都にいた頃に、仲良くしてた女の子がいるって」

「……ふ、ふーん。そう」

「はい。細かくて口うるさいって言ってました」

「……ふーん。そう」

 

 ビキリ。なんかイヴのこめかみに青筋が立った気がした。

 

「元気だといいなって言ってて……あの、イヴさん?」

「なに」

「い、いえ! なんでもないんですっ」

 

 ぶんぶんぶんとシスティーナが勢い良く首を振った。しどろもどろになりながら、本来の用件を頭の中でまとめる。話題を逸らさないと。

 

「えっと……そ、それで……アッシュも巻き込まれてるみたいだったから、心配で」

「───……。あのバカは、無事よ」

 

 なんとか、それだけを絞り出した。

 

 少なくとも、無事であることは事実だ。……無事である方がおかしいのに。

 

 無事であったことは喜ばしい。……だけど、どうしてか心は沈んだままだった。

 

(……だから、あいつなんかどうでもいいんだってば)

 

 言い聞かせて、軽く頭を振った。

 

「……これでいい? 私、忙しいの」

「あっ……その、引き留めてすみません……」

「まあ、こっちのことは私に任せなさい。グレンのことも、……ついでに、暇があればあのぼけぼけしたバカでポンコツで役に立たない凡人のこともどうにかしてあげる」

「い、言われようがひどい……」

「……それじゃ。私、行くから」

 

 やはり素っ気なく、イヴが部屋を出る。

 

 最後に、どうにか身体を起こしたシスティーナが、深々と頭を下げて。

 

「どうか、二人のこと……よろしくお願いします」

「……。……ええ、任せなさい」

 

 イヴは、それを背中で受け取って───今度こそ、部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「う、ぐぅ……ここ、は……」

 

 薄っすらと瞼を開ける。全身が痛んだが、それを無視して身体を起こす。どうやらわたしは柔らかなベッドに横たえられているらしかった。

 見慣れた風景だ。ひょんなことからわたしが居候することになったフィーベル邸。レナードやフィリアナ、大事なともだちのシスティーナとルミアが一緒に暮らしている───

 

「───ルミアッ!!」

 

 意識を失う直前の記憶が蘇り、痛む身体でベッドから飛び出そうとした。だが、侵入者───ジャティスに負わされた傷はかなり深く、無様にも転がり落ちるしかできなかった。

 

 ごろごろと、柔らかな絨毯の上を転がる。見ず知らずの他人のはずのわたしに、快く用意された私室だった。剣を錬成して、それを杖に立ち上がる。

 ルミアが……ルミアが危ない。システィーナも危ない。こんなところでじっとしているなんて───

 

「は、はは……落ち着け、リィエル……今、ここにゃ誰もいないよ……」

「……、……セリカ?」

 

 震える足で立ち上がったわたしにかけられた声はセリカのものだった。見れば、ベッドにもたれるようにしてセリカが座り込んでいる。ぼろぼろだ。いつも着ている綺麗な黒いドレスはぼろぼろで、それを着ているセリカもぼろぼろだった。

 なにがあったんだろう。もしかして、セリカもジャティスに襲われた?

 

「うんにゃ。……私のところに来たのは……同じガキはガキでも、違うやつでな……いででっ! ……まあ、そいつにこっぴどくやられて……このザマさ。なんとか、逃げ出しはしたが……当分は動けない……」

「……ん。そう。大丈夫?」

「ああ……日没までには、動けるようにはなるはずだ」

 

 そう言って、セリカは大きく息を吐いた。すごく疲れているんだろう。ベッドに寝かせてあげたかったけれど、今のわたしではセリカを持ち上げるのは難しい。

 グレンやアルベルトがやっているみたいな遠見の魔術は使えないから、なにが起こっているのかはぜんぜんわからない。セリカも、なんとかここにたどり着いて……そこからはずっと眠っていたらしいから、助けを求めてきたシスティーナから聞いた話以外は知らないらしい。

 

 なんか、システィーナが来て、『掃除屋(スイーパー)』が来て、それを片付けてたら……らざーる? とかいうのが来て、セリカの家がドカーンってなって、セリカはここに逃げてきたらしい。

 

 グレンとシスティーナは、秘密基地に逃がしたから無事なはずらしい。秘密基地。なんか、ちょっとワクワクする響きだ。今度、グレンとアッシュを誘って作ってみよう。なんとなくだけど、あの二人なら付き合ってくれる。

 

 ……そう思った瞬間、どうしてか胸騒ぎがした。寝ている場合じゃない。ううん、寝ている場合じゃなかった……そんな感じ。

 気持ちがざわざわする。嫌な予感。なんだろう。すごく、不安な気持ち。

 

 ───目を離さないで。

 

 そうだ、アッシュだ。

 アッシュは今、どうしているんだろう。

 

 わたしが傷付けてしまったのに、笑って許してくれた変な人。なにがあっても笑っていた、自称『普通のひと』。

 料理が上手で、お菓子作りも上手で、勉強はあんまり上手じゃなくて、よく見るとたまにぼーっとしてて、でもすごく強いちぐはぐな男の子。

 

「行か、なきゃ……」

 

 もう、戦わせちゃいけない。普通の生活が好きだと、何度も何度もそう言っていたのは……きっと、アッシュにとってそれが大事なことだったから。

 昔のわたしによく似たともだち。兄さんを守るという存在意義に固執していたわたしと。普通の生活に固執していたアッシュは、きっと似た者同士なんだと思う。

 

「おいおい、リィエル……無茶すんな。お前も、相当ぼろんちょだぞ……?」

「でも……行かないと……っ。みんなが……!」

「落ち着け。今のお前が行っても、なにもできやしないよ……悔しいがな。法医呪文(ヒーラー・スペル)でもかけてやりたいが……今、魔術を使うのはちとキツい……」

「……うぅ……」

 

 セリカの言っていることは、たぶん正しい。

 

 わたしが行っても、なんにもならない。グレンもシスティーナもルミアもアッシュも、みんなどこにいるかわからないし、歩くのだってこのままじゃ無理だ。

 グレンなら大丈夫だと思う。システィーナもグレンといるならたぶん大丈夫だ。ルミアが心配だけど、さらったってことは死にはしないと思う。たぶん。

 

 でも───ジャティスが、アッシュをほったらかしにしてくれるとは、思えなかったし。なにより、なにかあったらアッシュは逃げない。戦う。戦ってしまう。

 

 それは、わたしと同じ後ろ向きな理由なのかもしれないけれど。どんな理由であれ、きっと逃げることはしてくれない。

 普通のひとは戦ったりなんかしないと、そう言っていたのに。彼は、どうしてか……逃げたりなんてしないのだ。

 

 だから、怖い。

 

 兄さんが死んだとき、わたしはもうどうやって生きたらいいのかわからなかった。なんのために生きたらいいのかわからなかった。死んでもいいとさえ思っていた。生きる理由が一つもなかった。

 

 ……もし。

 

 もし、アッシュがそうなってしまったら───

 

 あの、いつも笑っていたあのひとは、どうなってしまうんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ───少年が一人、歩いていた。

 

 赫色の刃を引きずるように、淡々と歩を進めるその姿は不気味ですらあった。

 

 その一見無防備な背中に、黒い服を着た人間が一斉に跳びかかった。手に持つ凶器は短剣に鎌に鉤爪にと、まるで統一感がない。かつてはイルシア(リィエル)も所属していた天の智慧研究会の暗殺部隊───『掃除屋』だ。

 

 剣を振るう。

 

 仮面をつけた人間の首が、深くその顔を覆い隠していたフードごと宙を舞った。

 

 剣を振るう。

 

 心臓を穿たれた黒づくめの人間が、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

 

 剣を振るう。無心で凶器を振るい、一切の慈悲もなく敵を殺す。

 

 人間の形をしている、だとか。どうして襲われているのか、だとか。そんなことはどうでもよかった。

 

 今重要なのは───コレらが敵であるという、ただその事実のみ。

 

「───……」

 

 片手で記号をなぞる。地面から突き上がった氷柱が無数に湧いて出る暗殺者を逆に殺していく。

 

 首を落とせば死ぬ。心臓を穿てば死ぬ。脳を潰せば死ぬ。

 そうでなくとも、四肢を落とせば動けなくなるし、やがては失血死するだろう。

 

 そうであることを知っている。ずっとずっと昔の話。とうにそれを知っていた。

 

 ならばあとは簡単だ。それを実践すれば良い。

 

 懇切丁寧に嬲り殺す必要はない。今必要なのは命を奪う、ただその結果だけ。過程にまでこだわる必要は今はない。

 

 びしゃり、と返り血が顔に飛んだ。拭う間もなく次の敵がやって来る。

 

 空いたままだった片手に短剣を作り出して、見もせずに投げ放った。跳びかかってきていた人影が、そのまま地面を転がっていく。

 

「───……」

 

 以前よりずっと消費が軽い。竜の炉心も稼働させればそれこそ延々と続けられるだろう。あれは未熟な自分が起動すれば、莫大な魔力を生成する代償に内側から灼かれるような痛みを伴うが───痛覚など無視できるものの代表だ。

 あれは生き足搔こうとする意志があってこそ意味を成す機能。はじめから死んでいるような存在に、それを気にする理由はない。

 

 歩みは止めず、剣を振るう手も止めない。必要がない。必要がないならやらなくて良い。気にしなくても良いことは、気にしないに限るのだ。

 

「───……」

 

 血に濡れたまま、ぼんやりと空を見上げる。

 

 黄昏(終焉)は遠く。されど確かに迫っていた。

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