竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
未プレイなのに眼鏡がクソという情報だけはなぜかよくわかるようになった。
というかいつの間にかUAが20万突破してた……いつもありがとうございます。がんばります。
……夢を、見ている。
それは懐かしい日々の記憶。誇らしい姉がいて、目が離せないけど大切な友人がいた昔の記憶。五年前、終わりを告げた私の暖かな春の記憶。
あの頃の私は……つらかったけど、なにか輝くような決意を胸に頑張っていたような気がする。
それがどうして、こんなことになってしまったんだろう。
───ありがとう、イヴ。あなたに託すわ───
───普通の毎日ってやつがさ。俺は───
夢の中で、遠い遠い思い出が浮かんでは消える。
───下らぬ理想は捨てよ。貴様の価値はイグナイトの栄光、ただそれだけだ───
キラキラした宝物が、ドロドロした低い声に汚されて、覆い隠されて、なにもわからなくなる。
頭に走る鋭い痛みで目を覚ました。夢の中で見ていたものはその痛みでかき消えて、大切だったはずのものが泥に沈んでいく。
とんでもなく眠たかった。なにも考えたくなかった。なにもかも見なかったことにして、ただこの眠気を誘う沼に浸っていたかった。……足音と、広い背中。背負われているらしい、と思い出した。
とくん、と音が聞こえる。……揺らぐ意識で左手を伸ばそうとして、肘から先がないことに気が付いた。
もう手が届かないのだと。
そう言われているようで、悲しかった。
(……寒い、なぁ……)
すぐそばに温もりがあるのに、どうしてか
……せめて。生きていることだけでも感じたくて。起こしかけた頭を預けて、背中から聞こえるリズムに耳を澄ませる。
───私が、何度でもあなたに教えてあげる。
鼓動に紛れて、そんな声が聞こえた。
(ねえ……なにを約束したの? 私は……なにを決意したの……? 教えてよ……アッシュ……)
小さく押し殺した涙が、瞳に滲んだ。
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学院内はひどい有様だった。
医務室に無数の怪我人がいたから、なにかに襲われたのだろうとは思っていた。こっちを見なくなったイヴを預けて、一人でひび割れた学校を歩く。
中庭に出ると、紅い紅い空の下、不気味な魔力が蠢いていた。その周りには見知った顔が大勢、張り詰めた表情でそれをじっと見守っている。
詳しい話は聞かされてはいなかったから、ここが渦中であったのだろうということしかわからない。わかるのは、クレーターの中心になにか、得体の知れない生き物がいるということだけ。
「……見覚え、あるなあ」
その姿に、ではなく。その得体の知れなさに。
少し前、どこぞの遺跡で相手取った魔人に、それはよく似ていた。
「我は汝……汝は我……今こそ、我と汝の魂はここに融合し───汝は、我とともにこの現世に蘇る! いざ───ッ!!」
「……ダメだ、状況がさっぱりわからない……」
いや、いつものことと言えばそうだが。
なにがどうしたらラスボスっぽいやつが突然ペ○ソナみたいなことを言い始めることになるのかコレガワカラナイ。
「アッシュ!?」
「……。……ああ、レイフォードか」
一瞬、誰かと思った。
別に忘れたんじゃなくて、記憶を引っ張ってくる機能が壊れかけてるだけだ。どうせどっかの誰かのデータを引きずり出したせいだろうし、俺の頭がバカになったとかではない。記憶そのものは灼け焦げても、記憶容量までぶっ飛ばした覚えはない。……この騒動が収まる頃には、その機能は元に戻っているだろう。
まあ、その頃には俺はもう違うカタチになっているだろうけど。
元からどこにもいない人間だ。別になにが変わることもないだろうさ。
「……大丈夫?」
「身体のことを言ってるなら、まったく全然問題ない」
すごく元気だよ俺。これが最後だからと張り切っているのかもしれない。……そんな殊勝な人間ではないか。
ああ、そうでなければ消える寸前のロウソクにも似ているか。ははは、我ながら的確な例え。
こっちがそんなバカを言っている間にも、中庭でペル○ナごっこやってたラスボス(仮)は得体の知れない魔力を垂れ流しながら徐々に闇に吞まれていく。
やだ……すっごく中二病……。
「で、アレなに?」
「わかんない。敵」
「わかりやすいな」
今はなにが起こるかわからないから離れて警戒しようの時間らしい。あれか。ニチアサの変身シーン的な。
ああいうのって邪魔しちゃいけないのがお約束だもんね。
そんなふざけたこっちの内心など露知らず、ラスボス(仮)が闇に包まれて……しばらくしてから、その闇を払うように内側から何者かがゆっくりと姿を現す。
漆黒の全身鎧。それを覆う緋色のローブ。フードの奥にはバイザーが覗いている。
……。なんか闇落ちしたレッドかなにかみてえだな、という感想は飲み込んだ。
「うん、これはラスボス(確定)だな……」
あまりにも人間を超えた存在感に、ハーレイ先生なんかは貴重な頭髪を自分でむしりそうになっている。おやめなさいな、自分で自分を削るのはあとで自分が虚しくなるだけですよ。俺が保証しよう。
呆然としている間に、推定ラスボスはこれまた得体の知れない呪文を唱えた。呼応して、空に紅い稲妻が走る。……やがてその稲妻が形作ったのは、船。紅い箱舟。ともすれば太陽に見えないこともない不気味な威容。
闇落ちレッドがなにかをしたことは明らかだ。どうせロクなことではあるまいが。
───みんな動かないらしいので、一番槍をもらうことにした。
たん、と地面を蹴って『
周りからなにやってんだとでも言いたげな視線が突き刺さるが、構わない。今後のことは今後の俺に丸投げだ。
敵が持つ装備は盾と槍。
「───へえ」
ガキン、と。
その気になれば神の編んだ結界でさえ斬り裂いてみせる、と微かに覗き見える記録が語る竜殺しの魔剣と、ローブに包まれた二人目の魔人の身体がかち合った。
あまり力を籠めるとこっちが壊れそうだ。
『ほう。我が無敵の肉体に触れてなお砕けぬか』
キェアアアアアアシャベッタアアアアア!
いやまあさっきまで中の人が喋ってたし喋るだろうけど───身体から剥離しつつある思考回路でそんな風に思いながら、攻撃の手は緩めない。
一旦離れて、天高くに長剣を放り。
すごいな。これ、かなりの業物なはずなんだが。
一気に『引き上げた』せいで、切れ味というか強度もかなり上がってるはずなのに。折れたり曲がったりしていないのは、仮にも英雄の武具である矜持、といったところか。使うのが俺でごめんなさいね。借りパクだけが取り柄なんだ、俺。
空高くに放り投げた剣が手元に戻ってくる。さっきから一度も避けていないのは、あれか。
事実、こちらの攻撃は一度も通っていない。魔術で殴りつけてみても同じコト。あまりにも頑強すぎて、あらゆる害意が通用しない。
存在として、ソレはただ、強い。
『如何にも。我が肉体は不滅の
「……元人間が吠えるものだな」
これをこうしてこうじゃ、とばかりさっきまで持っていた装備がごしゃっと素手で魔人に砕かれる。自分より弱い武具を使う理由がないとかなんだとか。
剣を振るう。途中から、我に返ったらしい周囲の人々が同じようにしてその力を揮い始める。
グレン先生が、魔術で強化した拳を。
いつの間にか合流したフィーベルが、風の刃を。
ハーレイ先生とツェスト男爵が、圧倒的な魔術を。
レイフォードが、いつもの見慣れた力任せの剣技を。
アルフォネア教授が、いつかの遺跡調査でも使っていた剣を。
だが───その悉くが、弾かれる。
拳はひしゃげて、刃はそよ風のように魔人を撫でるだけ。超絶技巧をもって揮われる魔術は傷付けるには至らず、魔人に触れた金属は鋼であれ
やっだあ、あれなんてチート?
前よりもするりと自分の記憶であるかのように出てくる情報に若干戸惑いつつ、まあいいかと剣を握り直した。
なぞることもできなくなって、その必要もないはずの今、どうして戦おうとしているのかはよくわからないが。まあ、いいや。そういうことも、あるだろう。
「もう止めてくださいッ!!」
戦いを止めたのは凛と通る声だった。
その場の全員が目を向けると、そこにいたのは金髪の少女。……ああ、ティンジェルか。
「あなたの目的は私でしょう!? 私だけを殺してください……! みんなにはもう、手を出さないで……ッ!」
───。
今、すごい聞き捨てならないセリフが聞こえたぞ?
いや、狙いがティンジェルうんぬんってのはもう『またかよ』としか思わないしどうでもいいけど。
まだ死んでもいないクセに、あっさり手放そうとするとは何事だ。お前、俺と違って普通の人間だろうがよ。
『残念ながら、あなたの願いは承諾しかねる。我が目的にはあなたを殺し、フェジテを大導師様の大いなる悲願成就のための生贄とすることも含まれる。故に、あなたの死は前提条件であり目的ではない……理解したならば大人しく死に絶えるが良い、偽りの巫女よ』
長い長い長い。なんて?
なんつった今? 生贄? ほう。生贄ね。
またそれかよ。外道ってのは何回、そういう理由で平穏な日常を脅かせば気が済むんだ。
「よーしわかった。テメェぶっ殺す」
まだ
それにしてもここ最近は苛ついてばっかりだな。カルシウムが足りていないんだろうか。
だがこちらが動くよりも先に、魔人を諌める存在がいた。……異形の翼には見覚えがある。ティンジェルのそっくりさん、初っ端から迷子扱いしてきた不思議ちゃんことナムルスだ。
鍵が出てきたり、世界を呪うような威圧感を感じたりと色々あったが───どうやら、魔人は撤退を決めたらしい。恐らくは一時的な、いわゆる戦略的撤退というものだろうが。
フェジテを取り囲むようにして、真紅の壁が立ち昇る。
結界かなにかのようだ。斬って斬れないことはないだろうが、それでなにが解決するわけでもない。
それよりも、目の前で高笑いしている元人間をぶっ殺す方法を考えた方が幾分か建設的だ。
黄昏に染まる空には
俺が見たのか。それとも
星一つ。
この程度───まだ、温い。
(……おっ、と。いけないいけない。まだ、繕わないと)
温くとも、まあいつぞやの狂人よりはマシだろう。
しかし……不滅。不滅と言ったか。
硬いから硬い、と宣う彼の神鉄は、成程確かに真っ当な武具では殺せまい。必ずしも俺が殺す必要はないのだが、あまり派手にあちこち壊されるのも不愉快ではある。というか、ほっといたらたぶん全員死ぬ。
さて、そうは言ってもコレを殺す手段はどこかに有っただろうか。
いつか見た
そう。例えば、
思い出せ。在るべき場所から弾かれたそのあとで、お前は一体なにを見た?
剪定される世界。故郷と同じ運命をたどる見知らぬ神代。なかったコトにされたはずの、星を焦がす炎の剣。
この身はかつてあった現象を再現する
───観測と記録は既に終わっている。ならばあとは、灰の上に
「……アッシュ?」
ふと、声が聞こえた。
見れば。なにかを握ろうとしていた手を、小さな別の手が引っ張って止めていた。
燻っていた熱が冷えていく。興が醒めた、という声と、バカ野郎、という声が同時に頭を殴りつける。
……わかっちゃいたが、タガが本当に外れている。
どうせこのカタチも終わりだから派手にいこうぜイェーイ、とかはさすがに選べない。
気付けば、魔人はいなくなっていた。未確認飛行物体にみょんみょんと吸い込まれていく様はいっそ面白い。
「……ン。なんだ、レイフォード?」
なるべく、前までの自分を思い起こしながら返答する。
頭が痛い。どこからどこまでが自分だったか……ああいや、もうそんなものはなかったか?
「もういい。戦わなくても……いい」
「……いや、それは」
「無理にがんばること、ない」
……うん、すまない。その提案は少し前なら魅力的だったんだが、あいにくと今の俺には必要ないんだ。
気遣ってくれているらしい彼女にそうストレートに伝えるのは憚られたので、頭にぽすぽすと手を置いてうやむやにする。どうしてか馴染むというか、そこはかとない懐かしさがある。もしかしたら『昔』の俺はこういうことに慣れていたのかもしれない。妹とか。うーむ……この期に及んでの新発見……。
「ああ、ありがとうな」
でも手遅れなんだ。そんな顔をされると困ってしまうので、できればこっちのことなんか気にせずいつも通りでいてほしい。
いるのかいないのかわからない。いてもいなくても変わらない。俺は俺のためにしか動かなかったし、重ねるばかりで現実なんざ見ちゃいなかった。
ある意味、自業自得だ。残り滓のクセに思い出せもしないなにかを探し続けて。過去ばかりを見て。なに一つ積み上げてこなかった俺が、正しくこの世界の仲間であるはずもなく。……たぶん、みんなそう感じてるんだろうと思うから、俺のことはまったく気にする必要はないのだが。
「……そう」
ぎゅっと引っ張られた手はなぜか震えている。
「……じゃあ、もう戻ってこない?」
「───……さあ」
その質問は些か答えにくい。
終わったあとの俺がなにを目的にするのかなんて俺にはわからないし、少なくとも学院に在籍する理由はもう消えた。失くした記憶をなぞるためにいたんだから、なぞれないならここにいる必要性は存在しない。
ここを選んだのは偶然。あるいは、魔術というものへの興味もあったかもしれない。『昔』以上に思い出すことのない、十年以上前の記憶。そこにいた俺は確か、『昔』とは違って魔術というものに親しんでいた。
……頭が痛い。思い出せないのではなく思い出すなと言うように、頭痛が加速する。
なんだろう。全ての始まり。燃え尽きた最初の火。それから目を背けたいのか、その記憶だけ固くフタがされている。
まあいいか。
思い出せないものが増えたところで変わらない。
「……ま、とにかく行こうぜ? 奴さんはどうやら逃げたみたいだし、ここにいたって仕方ない」
ひらひらと、片手を振りながらいつものようにポケットに手を入れて歩き出す。
生き残った連中は作戦会議を開くらしく。であれば、第一級戦力のレイフォードはお呼ばれするだろうし。
俺はどうしようかな。医務室に行っても邪魔なだけだし、かといって作戦会議に参加する人間としてカウントされているのかも甚だ疑問だ。
なんせ今の今までその辺ほっつき歩いてたわけだし……あ、血まみれだから尋問コースかもしれないな。そうなればちょっと面倒だ。今のうちに退散、退散───
「待て」
「げ」
がっしー、と首根っこを掴まれる。聞き慣れてしまった声はアルベルトさんのものだ。
そのままズルズルと引きずられ、どこかへと連れ去られる。
「……色々と、聞かせてもらうぞ。アシュリー=ヴィルセルト。倉庫街の件も、路地に転がっていた死体の件もな」
バレテーラ。
ドナドナされる俺にそう言うと、アルベルトさんは情け容赦なく服の襟を掴んだまま校舎内に引きずっていく。
へーるぷ。と思い周囲を見渡すも、みなさんお忙しいようでいらっしゃる。……ダメかー。
レイフォードだけが、もの言いたげにずっとこっちを見つめていた。
────────────────────────
アルベルトに連れられて、どこかへといなくなるアッシュを見ながら。わたしは、どうすべきかを考えていた。
『戻ってくる?』───確認のように聞いた言葉への返事はあいまいで。……帰りたい、とすら言わなくなっていた。
遅かったのかもしれない。……だって、いつも通りに喋ってはくれたけど、どこかぎこちなくて。
……遅い、もなにも。わたしにできることなんて、なにもなかったけど……。なら、わたしはなにをしてあげられるだろう。
「おい、リィエル? なにしてんだ、一回戻るぞ」
「ん……」
グレンの声だ。ひどく疲れた様子で、ぐしゃぐしゃになった手に
きょろきょろとわたしの周りを見回してから、ふと気付いたようにああ、とつぶやいた。
「そういや、アッシュがまたいなくなってんな……あいつ、今度はどこ行きやがった?」
「アルベルトが連れていった」
「……心配か?」
「……わからない」
心配。このざわざわする気持ちをそう呼ぶなら、確かにわたしはアッシュを心配している。
……昔のわたし。なにもかもをなくしても、裏切ってしまっても、みんなと一緒にいても良いのだと……そう教えてもらえる前のわたし。
「……わからない」
……わたしは。どうしたらいいんだろう。
今のわたしは。
「……心配なら、一緒にいてやれ」
ぽん、と頭に手が置かれた。わしゃわしゃと、乱暴に撫でられて髪がぐちゃぐちゃになる。
「なにがあっても、あいつは俺たちの仲間だ。……今までがどうでも、これからは」
「これから……」
「そのために、まずはこのふざけた状況をなんとかしねーとな……頼りにしてるぜ? リィエル」
「……ん。任せて。みんなはわたしが守る」
「その意気だ。……さて、俺は……あいつらに、事態の説明でもしに行くかね……」
いかにも面倒くさそうに、グレンが教室に向かって歩き出す。
その後ろにわたしもついていく。
……わたしに、なにができるのかを考えながら。
とことん対話のチャンスに恵まれない。まあこのまま放置してたら血まみれで教室に出頭することになってたのでどっちみち一回離脱は必要だったけど。