竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
時刻は零時を回って少し経った頃。学院の大会議室。
そこには、大勢の人間が集まっていた。
「───状況をまとめます」
《法皇》のクリストフが、大机の上に様々な資料を広げながら言った。
それはクリストフがこの短い時間で調べ上げた情報をまとめたものであり、同時にこれから行われる作戦会議において重要な鍵でもある。
「グレン先輩たちの提言から、ひとまずあの空に浮かぶ敵性構造体は《炎の船》、と呼称します。さて……まず、フェジテを囲む結界ですが、
淡々と述べられる状況は圧倒的な絶望感を伴って、その場にいる全員の心を淀ませた。
【メギドの火】。そう呼ばれた術式をどうにかしたと思ったら、実はそれは【メギドの火】ではなくて、しかも【メギドの火】を発動するために溜め込まれていたマナを使って学院を襲撃した
しかも明日の正午には、フェジテは《炎の船》により放たれる本家本元の【メギドの火】で滅ぼされる───それが、ナムルスから提示された彼らの現実でありタイムリミットだった。
正確には、そのタイムリミットはグレン(と、その裏で厄介な天の智慧研究会を引き付けて撃破した二名)の活躍により生み出されたものであるが……絶望的なことに変わりはない。
「しかし……《炎の船》内部にはやはり解呪不能の空間歪曲結界が張られ、我々の技術力では突破できません。それだけでなく、多数の空戦用ゴーレムまでもが配備されており、そもそも近付くことすらままならない……というのが現状でしょう」
「……つまり、詰みか?」
「はい。今、この状況では……学院が保有している飛行魔術の魔導器を用いて乗り込んだところで、有効な手立てはありません」
悪い冗談だ。【メギドの火】だけでも厄介だというのに、その上攻略不能な城塞とは。
数名の例外を除き、その場にいる全員がやはり鬱屈とした表情で押し黙る。
唯一の救いは、《炎の船》そのものはあの魔人を倒せば消えるということ。だが、そもそもそこに至る道のりが無理難題ばかりという本末転倒な話であった。
「ふぅむ……つまり、足りんのは空戦能力と空間歪曲の突破方法、そしてあの完璧無敵の魔人を打倒できる手段っちゅーことか」
数名の例外のうち一人、バーナードが顎髭をさすりながら言った。
今バーナードがまとめたものは、どれか一つ用意できるだけでもとんでもない偉業だ。
しかし、現状学院側が用意できる戦力は───元特務分室のグレンや最近メキメキと実力をつけているシスティーナ、異能を持つルミア、
「……連れていくだけなら、できるぞ」
暗い雰囲気の中で、セリカがぼそりとつぶやいた。
「……ああ、空なら私がどうにかしよう。邪魔くさい空戦戦力も、私なら突破できる。ついでに、数人なら一緒に船に連れて行ける」
「なぬぅ? 本当かねセリカ君? 君ならば、あの空飛ぶ船に迫ることができる、と?」
「ちょいと時間はかかるがな。……うん、どう急いでも明日の正午までかかるんだ」
「ダメじゃん。その頃には【メギドの火】で我々は学院ごとボカーン、なんだがセリカ君?」
「そう言うなよ学院長ー。ほら、一回くらい【メギドの火】を耐えられれば間に合うじゃん?」
「いやいやいやいや」
無茶を言わないでくださいとばかり、リック学院長が頭を抱えた。しかしそんな無茶を宣うセリカは、さっきからチラッチラッと意味ありげな視線をハーレイに投げかけている。
「あぁー、一回くらいどぉーにかなんないかなぁー?(チラッ)
あのクソうざい【メギドの火】を一発ぐらい耐えらんないかなー?(チラッ)
なぁー、ハーレイ? お前さあ、心当たりとかないの? なぁー、ハーレイ? なぁー? なぁー?(チラッチラッ)」
「ええい鬱陶しい! チラチラチラチラと視線を投げるな! 構ってちゃんか貴様は!!」
ハーレイの口から『ちゃん』……と戦慄している講師陣を尻目に、ハーレイは至極忌々しそうに懐からなにかを取り出す。
ラザールと戦っていた人間には見覚えがあった。それは、ラザールが持っていたとんでもなく厄介な盾。『エネルギー還元率100%の魔力力場』とかいうふざけたシロモノを搭載した、
アセロ=イエロと化したラザールが素手でリンゴかトマトのごとく粉砕したその破片がどうかしたのだろうか? その場に集った皆がそう考えていると。
「条件付きではあるが……【メギドの火】は、恐らく防げる」
「なんじゃって!? 本当かね、ハーレイ君!?」
「この《力天使の盾》を解析してみた結果だが……ああ、なんとか間に合う。明日の正午までに、このフェジテの空にあの忌々しいエネルギー還元力場を再現してみせよう」
「くくっ……さすがハーレイ、私に噛み付くだけのことはあるな? ま、まだまだ頭の固いひよっこだが」
「やかましい! 誰の頭髪がピンチだって!?」
「いや、言ってねーっすよハーゲイ先輩」
「貴様かああああああ!!」
やかましいのはお前だ、とその場にいる全員の意見が一致した瞬間だった。
だがここに至り、ようやく解決の見通しが立ってきたこともあり、そのバカ騒ぎを諫める人間はいなかった。
「ちっ……まあ、いい。もっとも、クリストフ=フラウル……結界魔術のエキスパートの協力があればの話だが、な」
「ええ、もちろん。僕でお役に立てるのでしたら喜んで。ですがそうすると、次は《炎の船》内部の空間歪曲ですか……」
ここで再び、重苦しい空気が場を支配する。
こればかりはお手上げだ。常識の埒外に存在するセリカでさえ、古代魔術はどうしようもない。
『《炎の船》の空間歪曲? バカバカしい。あんなの簡単に突破できるわ』
「うぉう。……なんだ、ナムルスか」
『なんだ、とはなによ。見てられないから、わざわざ姿を見せてあげた私に対してその態度なの? 先のラザールとの戦闘をやめさせて、正午までのリミットを引きずり出してあげたのも私なんだけど?』
「へーへー、ありがとうごぜえやす、と……で?」
『はあ……』
どこからともなく現れたナムルスは大きなため息をつくと、ここにきての第三者に呆然としている面々をチラリと一瞥してからルミアに目を向ける。
『ルミアの……その子の真の力を使えば、あんなもの紙切れも同然よ』
「……マジか? けど、ルミアの異能は……」
『あなたたちは低レベルだから、その子の力をかんのーぞーふくとやらと間違えてるみたいだけどね。あんなもの、真の力の一端に過ぎないわ』
「……マジか」
同じフレーズを繰り返してしまうくらいには衝撃的な内容だった。
セリカでさえお手上げな《炎の船》の空間歪曲が簡単に突破できる……という発言もそうだが、基本的に魔力や魔術能力の
だがナムルスは具体的に言及する気はないのか、解決策を提示するだけしてあとはだんまりだ。ルミアの能力については信頼できる間柄だけで共有したい、というのはまあ、わからないでもないのだが……肝心のナムルス自身の正体などについては、グレンたちにも一切明かさなかったようにこの場の誰にも教えるつもりはないらしい。
『でも問題はここから。あのおバカなラザールは、確かにアセロ=イエロとは本質的には別人だけど……能力はほとんど一緒。つまり、不滅の神鉄をどうにかしなければ勝ち目はない』
「……だよなあ……くそっ、どうすりゃいいんだ……?」
ナムルスの視線が会議室を一巡してから、とある人物で止まる。すぐ隣で、悔し気に悪態をつくグレンだ。
理由も理屈も不明だが、少なくともグレンは確実にあの魔人を倒せる。
だが、実際どうやってあの絶対不滅の魔人を攻略すれば良いのか───?
「……そろそろ、現実を見るべきだな」
そう吐き捨てたのはアルベルトだ。
システィーナと童話『メルガリウスの魔法使い』を確認していたグレンにそう告げて、なにかを促すようにじっと鷹の瞳が射抜く。
……なにかを、決意したのだろう。グレンは瞳を閉じてから───
「……進言が遅れて、すいません。あいつを倒す手段なら……ある」
強い意志のこもった顔で、そう言って。会議室がにわかに沸き立つ。
これで最低条件は整ったのだ。あとは、具体的な内容を詰めていくだけ。
「……先生?」
だというのに。
会議室内の空気に反して、グレンの顔はどこまでも暗く沈んでいた。
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「アッシュ」
一人、屋上に出ていた彼に声を掛ける。
床に座り込んで、ぼーっと月を見上げていたアッシュは、少しだけ目を閉じてからいつものようにこっちを向いて、よう、と軽い返事を返してくれる。
いつも通りの姿なのに、どこか無理をしているようにも見えた。
「どうした?」
「……話、したくて」
「そうか」
言葉は少ない。それでも良かった。隣に座って、一緒に月を見上げてみる。
白い月に照らされて、紅い船が浮いている。確か……明日乗り込む敵のアジト。
アッシュは地上に残って、空から降ってくる敵を倒す係になるらしい。
……本当は、もう戦わせたくなかった。大事にしていたものから遠ざけたくなかった。……わたしみたいになってしまうと、そう思ったから。
でもわたしじゃだめだ。くやしいけど、だめなんだ。守るとか、守らないとか……たぶん、そういう話じゃないから。
よくは、わからないけど。もっと違う場所。もっと違うズレが、あるんだと思う。
きっと、最初から。
「ねえ」
「ん?」
「……えっと」
しまった。話しかけたのは良いけど、なにを言うべきかは決めてなかった。
律儀なのか、それとも興味がないのか。月を見上げていた目を
なんて言ったらいいんだろう。まだ、わたしは自分の気持ちを伝えるのは上手ではないから、どうしたらいいのかわからない。
けど、やっぱり、なにか言わないといけないと思うから。
「わたし……みんなに、一緒にいてもいいんだって、言ってもらった」
「……ああ」
「イルシアじゃない、わたしを……リィエルを、みんな、受け入れてくれた」
「……ああ」
「だから……だから……えっと……」
人間じゃないと知って。拠り所だった記憶が全部自分のものじゃないと知って。
そんなわたしを、みんなが受け入れてくれたことが、なによりも嬉しかったから。
「約束……してほしい」
「…………」
「どんな風になっても……ここにいて。みんなと一緒にいて」
だから、わたしも───そうしたいと、思ったのだ。
もう間に合わないなら、せめて。
「みんながしてくれたみたいに。……わたし、アッシュがどんな人でも……どんな人になっても。
隣で、一緒に戦いたい」
それが、昔のわたしにそっくりな、このともだちにしてあげられる精一杯。
グレンみたいに、前を向こう、とか。システィーナやルミアみたいに、夢を追いかけよう、とか。
そういうことは、わたしにはまだよくわからなくて……アッシュに、なにが必要なのかもわからないけど。
でも、わたしの知ってる毎日に、これからもずっといてほしい。
……そんな、わたしのわがまま。
『探そうよ。私たちと一緒に』
わたしが、今までの人生で……言ってもらえて嬉しかった、一番のお願い事。
「……ああ」
わたしには、アッシュを笑顔にしてあげるようなことはできない。前に引っ張ってあげることもできない。だって、まだわたし自身前に進み始めたばかりで、どうしたらいいのかわからないから。
だからせめて、一緒にいてあげたい。前を向けるようになるまで。
今までがどうでも、これからは仲間なんだとグレンが言っていたように。
「……だめ?」
隣に座る、ともだちを見上げた。
もう一度目を閉じて。ぽん、と困ったように撫でてくる。優しい手付きだったけど、やっぱりどこかへ行ってしまいそうな感じがして。でも、これ以上なにを言ったらいいのかわからなかったから、じーっと見つめてみた。
「……わかった、わかったから。……覚えておくよ」
それだけ言って、またアッシュは月を見上げた。
なにを考えているのか、わからなかったけど。月じゃなくて、空を見ていたのかもしれなかった。いつもみたいに───
……グレンがわたしたちのことを呼んでいる。
彼はまだ、もう少しだけ一人でいたいらしい。グレンの声を突っぱねて、屋上のふちに座っている。
「アッシュ」
もう一度、名前を呼んだ。
返事の代わりに、ひらひらと手が揺れるのが見えた。
────────────────────────
「……約束、ね」
つぶやいて、空を見上げる。
グレン先生との作戦会議はとっくに終わって、もう夜明けが近くなっていた。
……どんな風になってもここにいて、と。
そうわざわざ言われてしまっては、他に優先するものがない以上守るしかあるまい。俺は忘れっぽいから、忘れないようにしておかないと。
……そう。忘れないように。
「……なにを、忘れたくなかったんだよ? なあ……」
答える声はない。忘れないで、と。そう願い願われて、今まで散々探してきたけれど───結局、忘れたくなかったはずのものは思い出せなくて。
残ったものに執着し続けて、無理くり死んだ心を動かし続けた結果がこれだ。結局、俺は誰で、なにがしたかったんだろう、とふと思う。
色々なものが抜け落ちた俺は、『アシュリー=ヴィルセルト』と完全にイコールではない。でも完全な他人でもない。レイフォードのように、本質的に別人というのもなんだか違うけど、どこかでは正しいように思える。
残骸。成れの果て。なぞるだけのニセモノ。過去を再現し続ける壊れた装置。やっぱり、そういう言葉がしっくりくる。
「……やめよやめよ、ガラでもない」
気が昂っているのだろうか。それとも別の理由があるのか、睡眠欲求はあまりない。
身体のメンテナンスには必須の作業だから、どこかで眠っておかなければとは思うのだが……いかんせん、眠気がないのでは仕方ない。
もう少しだけ歩いたら、その辺で適当に眠ろう。
さて。なにか、やり残したことはあっただろうか……?
「…………」
……それは本当になんとなくだった。
白み始めた空から視線を切って、校舎内に足を運ぶ。向かった先は医務室だった。月明かりに照らされて、緋色が窓のそばに座っている。
扉を押し開けようとして、躊躇う。……さっきの問題がまた脳裏をよぎる。彼女が親しくしていたのはカレであって。……俺が、なにかを語る資格はないような気がした。
なぞっていた頃ならいざ知らず、今の俺は化けの皮が剥がれかけた残骸だ。そもそもこんな早朝になにを語ろうというのか。バカバカしい。
「……アッシュ?」
……気付かれて、しまった。
扉に付けられた小窓から、紫炎色がこちらをじっと見つめていた。
……ガラでもないことをするからこうなるんだ。自分自身に悪態をついて、仕方なく扉を開けて中に入った。
ヘステイア先生は仮眠中らしい。患者に用意されたベッドで死んだように眠っている。……この先生の場合、マジで死にかねないからおっかないんだよなあ。
「……よう。調子はどうだ」
繕う姿に妙なところはないだろうか。少しだけ不安に思いながら言葉を返した。
「……それ、皮肉?」
「滅相もございません。そんなこと俺がすると思うか?」
「……そうね。あんた、バカだものね」
「えっ、そういう理由?」
否定はしないけど。
それに、昔からイヴにはバカバカ言われまくってきたわけだし。今さらカウントの一つや二つ増えたところで変わるまい。
「……正直、絶対後遺症が残ると思ってたけど……むしろ前より調子良いくらいよ。彼女、良い腕ね。軍にも滅多にいないレベルだわ」
「ん……そうか。そりゃ良かった」
本音だった。顔馴染みが無事であるというのは喜ばしい。
窓のへりに腰掛けて、物憂げに外を眺める姿は正直すさまじく絵になっていた。白い月を背景に、左腕を握ったり開いたりしている。窓を挟んで反対側の椅子に腰掛けて、背中を壁に預けた。
「けど……ええ、ダメね。やっぱり、魔力が通らない……はっ、イグナイト失格ね……」
そう吐き捨てるイヴは、右手のひらに小さな灯りを生み出してみせたものの、やはり左腕に魔力が通らない───もとい、魔術が使えないと再確認したせいか、表情が硬い。
ふっと灯火を消し去ると、バカでかいため息を吐き出した。幸せが逃げますよ、とか言える空気でもない。
「……私、なんのために魔術師やってたんだっけ……わかんなくなっちゃった……」
自暴自棄一歩手前、とでも言えばいいのか。
今のイヴは、放っておいたら世を儚んでどっかに身を投げてしまいそうな雰囲気があった。
……それは、困る。一応、これでも十年近くの付き合いだ。その知り合いがいなくなるのはちょっと嫌だ。嫌だが、やはりかけられる言葉はない。イヴが目指した魔術師。その姿を、俺は知らないんだから。
「……うん。ぶっちゃけ俺も今、なんでこんなに頑張ってるんだか全くわからん」
なので、正直な自分の現状を代わりに話すことにした。
実はもう、戦う理由はこれっぽっちもなかったりする。
日常に固執した理由は消えた。どこかから紛れた、『そうしないといけない』という義務感があるくらいなものだ。
なのに───ずっと。せめて、という言葉だけが、頭の中で反響している。
せめて、なんなのか。答えはやはり返ってこない。
なぞれないのなら、別にまともでいる必要はまるでないのに。どうしてかまだ、残ったカタチからさらに外れながらも戦うことを選んでいる。
守らないといけない。お前はそういうものでなければならないのだと、見知らぬ英雄は語る。だけどそれ以前に、やっぱり義務感じゃないなにかが意識の片隅をひっかいている。もういいじゃないかという声を遮るように、なにかが意識を叩いている。
不思議ではあるけれど、終着点は変わらない。
ニセモノの凡人はいなくなって、ニセモノの英雄があとに残る。
その終わりだけは、変わらない。
……そうして、しばらく時間が過ぎた。ただ外を見ながら、二人して黙っている。
おもむろに、イヴが口を開いた。なにを言おうとしたのか忘れたように、何度か吐息だけがこぼれて。
「……ねえ、アッシュ。……約束、覚えてる?」
───。さて。
今日は、その単語にやたらと縁があるらしい。
覚えている限り。彼女と交わした中で、十年経ってもまだ続くような約束らしい約束なんて一つきりしかない。
なにもかもをなくして、なにを忘れたくなかったのかさえも忘れて、なにを忘れていないのかもわからなかった俺に言ってくれたあの日の光景が脳裏をよぎる。
だから。
「───いいや? ……ほら。俺、忘れっぽいからさ」
……約束。
遠いいつか、ダレカと彼女が交わしたそれは俺のものじゃない。もし彼女がそれを律儀に守らなければ、とか思っているんなら、このまま忘れてしまった方が良いだろう。
だから、これでいい。綺麗さっぱり、後腐れなく、だ。
「……そう」
それで興味をなくしたのだろう。イヴは俺から視線を外すと、またアンニュイなため息をついて抱えた膝に額を乗せた。
「明日の戦いは、どうするの」
「出るよ」
「……引っ込んでればいいじゃない」
「それでもいいんだけどさ。……そこには、いられねえよ」
「……バカ」
「知ってる」
交わされたのは要領を得ない会話だった。……会話とすら、呼べないかもしれない。
そのうちに意識が若干揺らぎ始める。見ればイヴの方も、疲れが出たのかふらふらと舟をこいでいる。さすがに眠気が襲ってきたらしい。せっかくだから、このまま医務室で寝かせてもらおう。起きたらなにか手伝いくらいはできるだろうし。
「ねえ、私……」
ことり、と。
壁に頭を預けて、焦点の合わない紫炎色の瞳が俺を見ている。
「……あなたに。なにを、言わなきゃいけないんだったっけ……」
「───……」
「思い出せたら……そしたら、また……昔、みたい、に……」
……それきり、声は聞こえなくなった。
安らかな寝息だけが、静かな部屋に響いている。
───それでいい。全部、なかったことにしてしまって。いい加減、終わりにしてしまえばいい。
友人が眠るのを見届けて、着替えたあとに羽織っていたコートを肩にかけてやってから目を閉じる。
壁の無機質な冷たさが心地よかった。
「……帰りたい、なあ」
どこにも、帰る場所なんてないはずなのに。
最後に、それだけをつぶやいた。
迷子同盟と大事なものを忘れた幼馴染組