竜殺しっぽい誰かの話。 作:焼肉ソーダ
学校行って、バイトして、帰って寝る。
そんな黄金サイクルを日々繰り返す俺の前に、
「おい。ツラ貸せ、アッシュ」
───なんか、とんでもなく怪しい魔術講師が立っていた。
アッシュは にげだした!
しかし まわりこまれてしまった!
「逃がさないぜえ~?」
へっへっへ……と俺が女子だったら変態呼ばわりされても文句の言えないような形相で俺をひっ捕まえるグレン先生。
しかしよくよく聞いてみると、どうやら普通に頼み事があっただけらしい。仕方がないので話だけは聞いてあげることにした。
で、そうして聞いた話を総合すると、こうだ。
「……要するに……金がないから、飲食店でバイトしてる俺のツテで賄いを食わせてもらおうって?」
「そうッ!! た~の~む~よ~、俺とお前の仲だろ~?」
どんな仲だ、とツッコミたくなるのを我慢して、馴れ馴れしく肩に腕なんか回してくるグレン先生から離れる。
「頼む、この通り! 明日なんとか金が入らないか色々試してみるからさぁ、なっ?」
「……ちなみに、なんでそんな困窮してるんですか? 一般的な給料日は先週だったと思うんですけど」
「未来への投資……かな」
「ギャンブルか……」
「なんでバレたし」
そりゃあ、うちの店で『ギャンブルで粘りに粘って最後に大負けした可哀想な新顔』っていう噂が立っていたからである。
まあ、まさかグレン先生のことだとは思わなかったが。世間って案外狭いもんだなあ。
「はあー……しょうがない。一回だけですからね」
「おお……! いやあ、恩に着るぜアッシュ! なんせ昨日からもう腹も財布もすっからかんでさぁー、どうしようかと思ったよね」
「奇遇ですね。俺はこのロクでなしをどうしてくれようかと思ってます」
はっはっは───としばらく笑いあうこと数秒。
その日、学院の一角でお互いを罵り合う魔術講師と男子生徒の姿が目撃されたのであった。
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そのさらに翌日。
我ら二年次生二組は、来る『魔術競技祭』の代表メンバー選出の真っ最中だった。
魔術競技祭とは、名前の通り魔術を使って生徒同士が競い合うという……まあ、前世で言うところの体育祭だ。
違うのは、先ほども言った通り魔術の腕を競うことと、学年別であること。そして、参加メンバーが任意で決められることくらいなものである。
生徒にも向き不向きがあるし、大抵はそういった生徒一人一人の傾向を見て担当講師が出場選手を決めるのだが……ここに問題があった。
こともあろうに、この魔術競技祭、競技間で生徒の使い回しが可能なのだ。逆に、一度も参加させないこともできる。
で、そうなると当然成績優秀者が使い回され、成績下位者はただ成績優秀者を眺めるだけの大会になるのだ。
毎年セオリーだというこの悪慣習がいつからできたのかは知らないが、少なくとも去年の魔術競技祭はセオリー通りフィーベルやギイブル、ナーブレスがひたすらあちこち走り回るという、『成績優秀者を応援しようの会』だった。祭りとはなんだったのかと言いたくなる有り様である。
さらに、優勝クラスの担当講師には特別賞与が与えられるからなのか、それとも栄誉を求めてなのか。理由は知らないが、先生方は優勝を狙って容赦なく成績優秀者を使い回そうとする。
そうなればもうどこのクラスも成績優秀者同士の戦いになる。
今年もどうせそうなるだろうというのが大方の予想だったのだが、今回に限っては肝心のグレン先生が『あ? お前らの好きにしろよ』とたいへん投げやりなお言葉をくださったので、昔の『みんなでがんばる』という雰囲気に憧れているらしいフィーベルが必死に全員で参加しようと頑張っているのである。
んがしかし、さらに間の悪いことに今年は女王陛下が賓客としてやってくるらしく。
「女王陛下がいらっしゃるというのに、わざわざ無様を晒したがるやつなんていないってことさ」
というクラス屈指のクール系ぼっちことギイブルの一言が表すように、みんなのやる気はドン底だった。
助けてグレえもん……なんて思いながらあくびを噛み締めていると。
「話は聞かせてもらった───!」
来た。
というか、来てしまった。
満を持して登場した、『好きにしろよ』とすべての決定権を放棄したグレン=レーダス大先生様(自称)が───!!
「ややこしいのが来た……」
もう少し本音を隠そうねフィーベルさん。
しかしグレン先生はド直球なフィーベルの台詞にもめげず、なんかよくわかんないテンションでよくわかんないことを口走りよくわかんないエフェクトを撒き散らしながらよくわかんないキメ顔でドヤっている。
はて、昨日の今日で一体なにが?
訝しむ生徒───主に俺とフィーベルだが、を尻目に、グレン先生はダァン! と片足を教壇に乗せ───
「俺が総指揮を執るからには全力で勝ちにいくぜ? 覚悟しておけよ、お前ら。遊びは一切ナシ、容赦もナシだ。だが、その代わり……絶対に優勝させてやる。俺に任せろ」
と、なんだかちょっとカッコよく見えないこともないセリフを吐いた。
誰あれ?
フィーベルとアイコンタクトで通じ合う。肩をすくめられた。
そのジェスチャーが意味するところはつまり、『ワケわからん』。
(なんだって急にやる気に……あ、もしかして特別賞与狙いとか? あり得る)
「おい、白猫。リストよこせ。……ふむふむ。ほーん、なるほど……」
グレン先生はフィーベルからひったくった競技種目リストを延々と眺め、たまにちらちらこっちを見ていたが。
「よし、わかった」
とうとう選出メンバーが決まったのか、キリっとした顔で教室を見渡した。
まあ、全力で勝ちにいくってことは、例年通り成績優秀者の独壇場ってことだろうし俺には関係なさそ「決闘戦には白猫、ギイブル、それからカッシュな」───おや?
そこで疑問に思ったのは俺だけではなかったらしい。決闘戦はスマッシュなブラザーズよろしく相手をK.O.するか場外に吹っ飛ばすかのどちらかで勝敗が決まる、魔術師の大好きな『決闘』を模した競技だ。当然、人気も難易度も得点も高い。
なので、例年ここは成績順に上から三人。うちで言うならフィーベル、ギイブルときたら次はナーブレスが選ばれるのが定石なのだ、が……カッシュの成績は俺とどっこい、つまりクラスの中ほど。間違っても決闘戦に選ばれるよーな面子ではないのだが……。
「納得いきませんわ!」
案の定、選考から外れたナーブレスのブーイング。
がしかし、それに対するグレン先生の返答は「だってお前うっかり娘じゃん」。これにはクラス一同頷かざるを得なかった。当のナーブレスだけがむきー、と常のフィーベルのように嚙みついていたが、代わりに『暗号早解き』はお前の独壇場だ、と言われて気をよくしたのか、渋々納得したようだ。
で、次々と発表されるメンバーは、意外なことに一人も使いまわされておらず、全員が必ず一回はいずれかの競技に出場していた。
カッシュの一件で覚悟というかそんな予感はあったが、なんと俺の名前もちゃんとあった。マジか。
しかしみんながざわつきながらも先の一件で大幅に株を上げたグレン先生の采配に従う方向でまとまりかけていたそのとき、はーやれやれみたいな雰囲気で立ち上がる影があった。
トレードマークのように輝くレンズ。人呼んで『孤高(笑)のメガネ』───そう、がり勉らしく成績優秀なギイブル=ウィズダンくんである。
「全力で勝ちにいく? そんな編成で笑わせないでください。いつから先生の全力はお遊戯レベルになったんですか?」
「む。なんだギイブル、ずいぶん自信ありげだな……これよりも勝率の上がる編成があるのか?」
「……本気で言ってるんですか? 魔術競技祭といえば、成績優秀者ですべての種目を固めるのがセオリーで、どのクラスもやってることでしょう」
ちっ、ちっ、ちっ、ぽーん。
三秒経たずにギイブルの言葉の意味を理解したらしいグレン先生がいやらしく笑ったのを俺は見逃さなかった。あれは単純に『使い回し可能』というのを知らなかったとみた。さしずめ、今現在グレン先生の脳内では全種目でボロぞーきんのように使い回されるフィーベルがいることだろう。
だが残念だったなグレン先生。たぶん今まさに『じゃあ編成を組み直そう』とか言おうとしているあなたよりも先に、そのフィーベルが動いているのだ。
「みんな、よく考えてよ! あのグレン先生……『あの』グレン先生が、全員で勝つためにこんなに必死になって組んでくれたのよ!?」
ここでグレン先生、なにかを言いかけていた顔のままで固まる。ワンアウト。
「みんなの得手不得手を考えて、みんなが活躍してくれるようにちゃんと考えてくれたのに……それでもみんな、まだ尻込みするの!?」
グレン先生、密やかに冷や汗を流し始める。ツーアウト。
「第一、女王陛下の前で無様を晒したくないからって勝負を捨てるなんて……それこそ無様だって思わないの!? 正々堂々、精一杯頑張った結果を陛下にお見せすることのどこが無様なのよ! それに、先生は絶対優勝させてやるって言ってくれたのよ!?」
どんどん上がるクラスの士気に反して、どんどん青ざめていくグレン先生。
「───みんなでやってこそ意味があるのよ! ですよね、先生!?」
トドメのようなフィーベルの言葉。
満面の笑みで、最大限の信頼を乗せたそれに、グレン先生は───
「……お、おう。当たり前だ! てめぇら、黙って俺についてこい! 今年の優勝は、我らが二組じゃあーーーーッッ!!!!」
「「「「おおーーーーッッ!!!!」」」」
───スリーアウト。
完全に場の空気に流されたグレン先生は、逃げ場をなくしてみんなと一緒にガッツポーズをするのだった。
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「……というか、お前らに混じってやるのか。なんか申し訳ないっつーか、混じって悪いなって感じがする」
「気にすんなよ。というか、むしろひと月前の事件で奇跡の復活を遂げたお前なら大歓迎っていうか」
「そうそう。話題性バッチリだよな」
「おま、まだそれ引きずりやがって! やめろ、マジで単純に運が良かっただけなんだってー!!」
しまいには『ガッツがあればなんでもできる』とか言い出すお馬鹿ども×3。
今回、俺と一緒に『グランツィア』をやることになったアルフ、ビックス、シーサーの仲良し三人組である。
俺以外の三人の選出理由は純粋にチームワーク。俺はオマケというか、穴埋めである。カッコよく言うと遊軍。
「お前ら三人はディフェンス。アッシュ、お前はゲリラだ」
「なんか良い思い出がないんですけどその響き……」
ゲリラ豪雨とか。ゲリラ降雪とか。ゲリラテロとかゲリラ【ライトニング・ピアス】とか。
「使い方微妙に間違ってんぞ。ま、要は遊撃───時々攻撃に転じつつ、必要に応じて相手のフィールドを潰す役割だ」
と言いつつ、グレン先生は『グランツィア』のルール説明を見ながらなにやらうんうんとうなっている。
「あー、このルールなら……そうだな。条件起動式によるサイレント・フィールド・カウンターだな。どうしたって地力の差はあるし、お前らより別クラスの方が結界構築は速い。引き分け狙いを装って相手がドデカいフィールドを構築するよう誘うんだ」
ほうほう、と作戦を聞きながら頷いた。
普通にやって勝てないならトラップで仕留めればいいじゃない。
グレン先生の作戦は、早い話がそういうことだった。
といっても、それは馬鹿野郎三人衆に向けた作戦。俺はそのカウンターとやらを悟らせないよう、また相手ができるだけデカい結界でこっちを叩き潰したくなるように立ち回り煽りまくれとのこと。
「ハーレ……ハーゲイ先輩辺りとぶつかればたぶんほぼ確実に通るから心配すんな」
とはグレン先生の言だ。ひでぇ言われようだが概ね同意である。
あの人はプライドがかなり高いっぽいということはこの一年ちょっとでよくわかっている。実力差を見せつけ、かつ大差をつけて勝つために大規模なアブソリュート・フィールドとやらを構築する、という戦法はいかにも取りそうな感じがある。
ともあれ、そういうことなら否やはない。あとは本番に向けて特訓するだけ───
「おい、アッシュ。ちょっとこっちこい」
こちらをちょいちょいと指差してグレン先生。
なんかすごく嫌な予感がするが、この状況で行かないのも不自然だ。まあグレン先生はロクでなしだが悪党ではないし、妙なことにはならな───
───気付いたらその日、バイト先で賄いを作らされていた。
なんでさ。
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学校行って、競技祭の練習をして、バイトして、なんでかグレン先生に賄いを作って、帰って寝る。
そんな黄金サイクルを日々繰り返す俺の前に、
「おい。ちょっといいか、アッシュ」
───なんか、ここ数日でとんでもなく株を下げた気がする魔術講師が立っていた。
「なんですかグレン先生。賄いは店長のご厚意なんで、量とかは俺じゃどうしようもないですよ」
「いや、そうじゃなくて……普通にうめぇし文句なんてねーよ」
じゃあなんだというのか。
ついさっき振る舞ったばかりの賄いにケチをつけるつもりなら容赦なく明日からは見捨てるつもりだったが、しれっと褒められたのでなかったことにした。
「そんな大したことじゃないからそう警戒すんなっての。で、前から気になってたんだが、お前のそれ……どこで習ったんだ?」
「それ? 料理ならバイト先ですけど」
あの店は学院に通う生徒御用達の店で、貴族や名門の出、要するにめちゃくちゃ舌が肥えたやつも時々いたりする隠れた名店だ。最近はエレノアさんっていう美人でやたらオーラがすごいお姉さんも二週間に一回程度の頻度だけど来るようになった。……つまり、まだ三回くらいしか会ってはないんだけど。
さておき、舌の肥えた人間が来るということは必然、料理もそれなりの味になる。俺は基本的に注文を取る係なのだが、手先がそこそこ器用なのを買われてか時々だが厨房に立つこともある。
そのとき料理を教えてくれたのがバイト先の店長なのだが、なんか外に漏らしちゃいけないスパイスの調合方法とかもこっそり伝授してくるもんだからもしかしたらあの人、もう俺をアルバイトから外さないつもりなんじゃないかと最近は疑っている。まあ、核心的な部分は教えてもらってないし、たぶん大丈夫だとは思うんだけど。
「馬鹿、そっちじゃねーって。あー、なんだ……これだよ、これ」
と言いながらグレン先生はおもむろにシャドーボクシング。一通りの型を終えると「これ、どこで習ったんだ?」なんて言ってくる。なるほど、格闘術の話か。なにかと思った。
「別に、そんな気にするほどのことでもないと思うんですけど……帝都にいた頃に、そういうのに詳しい人と縁があって。そんで、何を思ったのか一通り仕込まれたというか」
むしろしごかれたというか。
「……これ、軍隊格闘術だぞ?」
「マジで? ……てことはあの人、軍人だったのかあ……」
元気にしてっかな、バーナードの爺さん。
精神修行じゃー、と言いながら滝に突き落とされたのは忘れない。あの爺さんエロ本読みながらそういうことするんじゃねえよ。どこぞの眼帯忍者かってんだ。……いや、あれは眼帯じゃないか? 序盤しか知らないから記憶が曖昧だ。
しかし肝心の格闘術に適性があったのかなかったのか。教えてもらったのは良いが、最終的には、
『なんつーか、変態格闘術になったのう』
とぼやかれるようなシロモノになってしまったのである。
さもありなん、俺が得意なのは拳闘というよりむしろ剣術なのだ。
生まれ変わり……と素直に言っていいのかわからない生誕を経験してからはや十七年、そっちの才能に恵まれていることに気付いたのは……えーと、何年前だっけ?
理由はなんとなくわかってるんだけど如何せん『なんとなく』しかわからないというか、俗に言う転生特典のようなものだろうかと思いつつも具体的な内容がわかるわけじゃないから困るというか。『そういうことができる』とわかった後に『ああ、これがそういうことか』と納得する程度の感覚というか……。
「ま、そんな感じです」
「ほーん……隠居したどっかのジジイ辺りが教えたのかね」
「たぶんそんな感じじゃないんですかね」
えーい、とこっちもシャドーボクシング的なことをしながらの雑な返事。
今世の俺は実に師に恵まれている。料理しかり、格闘術しかり。……前世の俺とやらの記憶はさっぱりないが、それだけは確実に言えることだ。
問題はなんかネジが外れたっぽいのが多いことだけど。
爺さんは言わずもがなだけど、店長もそこそこ頭イカレてるし。
帝都にいてもフェジテにいてもやべーやつに絡まれるとは……俺の幸運のステータスをA~Eの五段階で数値化したらDくらいまでいくんじゃないか?
「ん、どうした? 急に遠い目して」
「……いやあ、俺の周りって濃い奴が多いなあ、と」
「白猫だけでもやかましいもんなー」
わかるー、とうんうん頷いているグレン先生だが、濃い奴にはあんたも含まれるんだぜとは言えなかった。
いやだって、濃いにもほどがあるじゃないか。
大陸最高峰と名高い
こんな経歴の魔術講師、世界中探してもグレン先生くらいしかいないだろう。場所が場所なら英雄扱いされてたんじゃないだろうか。実態はコレだが。
「……なーんか失礼なこと考えてねえ?」
「気のせいですね」
まあ、件の事件から一か月経つ頃にはその実態も周囲に知れて、クラスの生徒も『実はめっちゃすごい先生』というより『頼れるときだけは頼れる大学の先輩』みたいな気安さで接するようになったのは良いことかもしれない。
グレン先生自身の年齢も、(見た限りだが)俺たちとそう変わらないのも親しまれている理由の一つか。
と、脳内でそこそこ褒めたので許してほしい。……あれ? でもこれ別に許す許さないの話じゃなかったような?
……まあ、考えたら負けってことで。気にしなくて良いことは気にしないに限る。
「ま、いいや。話はそんだけだし、帰っていいぜ。明日も授業だしな」
「うす。……ところで先生、この前言ってたどうにか資金を調達するって話は」
「じゃそーゆーことだから! おやすみッ!!」
「逃げた!?」
ぴゅーん、といっそ惚れ惚れするくらいの逃げ足の速さで逃亡するグレン先生。
それを呆れ顔で見送って、俺はカバンを担ぎ直して大人しく自分の家へと戻る。
───そうして、あっという間に時は過ぎて。
気付けば、魔術競技祭の本番は明日に迫っていた。
原作からのグランツィアのルール変更点:メンバーが四人になった。以上。