竜殺しっぽい誰かの話。   作:焼肉ソーダ

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難産が続く中、ストックをまた作り始めたので少しは更新ペースも戻るはず……でもこの先本当にどうしようかな、と悩み中の焼き肉です。いっそほのぼの分補給のための番外編でも書こうかしらん。
というわけで結局三ヶ月かかりましたがこれに関してはマジで研究室と就職活動が忙しいのが原因です、はい。暇がねぇ。
読者の皆様におかれましては、気長にのびのびとお待ちいただければ幸いにございます……(平身低頭)


51.膠着する戦い、進展する絶望

 地上でいくら奮戦しようとも、彼らだけではフェジテを守りきることはできない。

 この都市と、そして帝国の未来を握るのは、地上ではなく空を往く勇士たち───すなわち、(セリカ)に乗って古代の英雄の舟へと乗り込んだ愚か者たちである。

 

「くそっ、次から次へとキリがねぇな……!」

「ん。飽きた」

「先生、愚痴言ってないで手を動かしてください! 今の戦力は私たちしかいないんですよ!?」

「わーってらぁ、少しくらい言わせろよ!」

 

 暴風、剣戟、銃声。

 道を埋め尽くす石塊を、あらゆる暴力が粉砕する。

 悲鳴の代わりに呪文が飛び交い、苦悶の代わりに石塊が砕ける音が響いた。たどり着くまでにも数多の困難が存在したのだが、それらはすべて予定調和。どれほど奇跡のように思えたとしても、然るべき人材と然るべき行動、然るべき環境が整っていた以上は当たり前に為されることであってわざわざ語る理由はない。

 さすがにセリカドラゴンを撃ち落とさんと猛威を奮った船の装備が地上からつるべ打ちにされるとは、グレン=レーダス以外だれも考えていなかったのだが。

 

 ともあれ、そんな面白おかしいエピソードを仲間内で共有しながら、グレンたちは第一関門───船への接触に成功した。第二の関門こと空間歪曲───《炎の船》内部に仕掛けられたそれは既にルミアによって突破されている。道中に見慣れた、憎たらしいことこの上ない(正義)の死骸があったことさえ今はどうでもいい。

 関門を突破してしまえば、あとはスピード勝負。いや、地上の戦力が無限ではない以上はじめから速攻撃破が要であったのだが、事ここに至りその必要性はさらに増した。

 それというのも───

 

「ルミア、俺から離れんなよ!? 危ないから妙なことはすんな!」

 

 銃弾を湯水のように吐き出しながらグレンが吠える。荒げられた声が向かう先は、巨大な鍵を携えて通路にひしめくゴーレムへと歩み寄るルミア=ティンジェルだ。

 だが焦燥に駆られたグレンの言葉に、ルミアはただ安心させるように微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ、先生。今の私なら……」

 

 くるん、かちり。

 聖女のように澄みきった穏やかな声音で応えるルミアの手元で、鍵を回すような音が鳴る。

 

 それと同時に、グレンたちの背後に迫っていたゴーレムの悉くが得体の知れない異空間へと追放されていく。

 涼やかな音と共に引き起こされた現象に、グレンの背筋を冷たい汗が伝う。これでルミアが意味不明な力を振るうのも既に三度目。魔術では説明のつかない現象に怯えはない。引き起こしたのがルミアであるのだから、怯える必要などあろうはずもない。

 

「……ほら。私、ちゃんと戦えるんですよ?」

 

 首をかすかに傾けて、にこりと微笑むルミアの顔はいつもと同じ。慈愛と献身に満ちた、天使とすら形容できてしまいそうな笑顔。

 それが、今はなによりも、未知の兵装と現象よりも恐ろしかった。

 

 笑顔でいることが本心から満ち足りていることとイコールだとは限らない。それはもうここまででいやというほどに理解した。理解するのが遅かったとはいえ、それだけは間違いない。

 ルミアの手元にある《銀の鍵》……この超常現象を引き起こしたであろう不思議な〝鍵〟を振るうたびに、ルミアの笑顔は人形めいていく。

 

 本当に嬉しいのだ、と語りながら、どこかのなにかがズレていく。

 一度、既に取り落とした既視感。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに愕然としたときのあの感覚に、それはよく似ていた。

 

 彼の時は関わらなかったが故に隠し通された危うさを、ルミアもまた抱えている。だが気づいたところでできることなどなにもない。往々にして運命、世界とはそういうものだ。只人の前にはいつだって、理不尽と不合理が傲岸不遜に横たわっている。

 ……まあ、もっとも。ルミアが歪みを抱えているなどと件の少年に言ったならば、彼は彼なりに考えた上で『ルミア=ティンジェルは歪んでなどいない』と断言しただろうが。

 

「……ルミア。いいか、もう一度言うぞ。その〝鍵〟は、もう使うな」

「でも……」

「でももヘチマもねぇ。いいか、こっちにゃ生意気だが優秀な白猫と、物を壊させたら天下一品のリィエルがいるんだ。お前がそんな不気味なモン振る必要はねぇんだよ」

 

 ほんの僅かな時間訪れた静寂の中で、グレンはルミアの目を見つめながらそう真摯に伝える。

 グレンにできるのは、訴えかけることだけだ。

 頼っても良いと、無理をして戦う必要はないのだと。自分ひとりで、そんなものを背負う必要はないのだと───

 

「でも、先生。私、今までたくさん、いろんなひとに、いろんなものを背負わせてきたんですよ?」

 

 ───その言葉が、届くかどうかは別にしても。

 

「私だけなにもせずにいるなんてできません。戦う力があるんだから、戦わないと。ほら、アッシュ君も言ってたじゃないですか」

「そういう話じゃねぇ! いいか、俺が言ってるのは───!」

「……今まで、私のせいで同じことをさせてきたのに。今さら逃げろなんて、そんな虫の良い話はないですよね?」

 

 かくん、と首を傾げるルミアに、息が詰まった。

 グレンを責めているのではない。ルミアは今までと同じように、責任感と罪悪感から自分が安穏と過ごすことを拒絶している。たとえ周囲が、そうあって欲しいと望んでいても、だ。数年間もの間秘められ、この数ヶ月でねじくれた感情は彼女の心を完全に固定化させていた。

 

「大丈夫。大丈夫です。いつもと同じだなんて、もう言わせません。みんなは、私が守りますから……ね?」

 

 誰よりも一緒にいたが故に、システィーナは声をかけられなかった。

 ルミアが言っていることは、損得勘定だけで言うのなら間違いではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というだけの話なのだと少女は語る。

 

 ルミア=ティンジェルは語らない。

 語るどころか必死に目を逸らしているのだから当たり前だ。

 そしてさらに不幸なことに、彼女の近くには彼女の心を軋ませながらも『平気なフリ』が誰よりも得意だった人間がいた。実際彼がどう思っていたのかなんていうのはわからない。だけどなんでもない自分を装うことだけは自然と上手くなっていった。

 ルミアとて自分がおかしいことくらい理解している。自分を犠牲に周囲を助けようなどというのは偽善であり生物としての欠陥だ。それが周囲に与える影響だってわかっている。自分は間近でそれを強制し続けてきたのだから。

 それでも、今までの代償は、皆に背負わせてきた苦痛は自分が背負うべきなのだと、愚直なまでにルミアは心を固めていた。

 

「ルミア」

 

 それに待ったをかけたのは、リィエルだった。

 相変わらずの無表情に、かすかな焦燥と寂しさを滲ませて。語るよりも行動で示す戦車にしては珍しく、言葉で友に訴えかける。

 

「グレンの言った通りにして。もうそれ、使わないで」

「リィエルまで───」

「いいから」

 

 語る言葉は少なく、その時間さえ与えぬというように再び船内にゴーレムが満ちる。

 だが、それをルミアが駆逐しようとするのを抑えて、リィエルが一歩前に出た。手には大剣。奪うために培われた力で、かけがえのない友を守れるとはなんという幸運か。……だが、リィエルの瞳に戦いへの誇りはない。

 

「ルミアが───ルミアも、いなくなっちゃうのはいやだから……」

 

 小さくこぼしながら大剣を構え直し、敵の群れに向けてぶん投げる。

 リィエルの膂力で投擲された大剣は、破砕音を撒き散らしながら奥へ奥へと飛んで行く。どこかで見たような光景が空で再現され、同じように敵が壊れていく。

 

「ほら。わたしも強い。だから大丈夫」

 

 新しい剣を作りながら、むん、とのんきに力こぶを作ってみせる。

 そんなリィエルの様子に多少なりとも気が抜けたのだろう。息を詰めていたシスティーナが、生唾を呑み込んでから魔術を練る。

 

「そうよ、ルミア。あなたにはみんながついてるんだから。ひとりで背負い込まなくて良いの」

 

 努めて優しく、それでいて毅然と、いつものように。

 ルミアが背追い込みがちな子であることは、システィーナが一番よく知っていた。告げた言葉は紛れもない本心だ。だけど、喉に魚の小骨が刺さったような感覚は消えてはくれなかった。

 

 原因は明らかだった。自分の言葉を、システィーナ自身が信じられていないから。だからこんなに心が苦しい。

 なにがみんながついている、だ。窮地であったから、付き合いが短かったから、実力を信用していたから───そんな言い訳を無意識に思い浮かべながら、仲間と、そう呼べる人間を身勝手にも思考から切り捨てた自分に、果たしてそんなことを語る資格はあるのだろうかと思考する。

 

 それでも語るしかない。それしかできることが思いつかない。

 烏滸がましくとも欺瞞に塗れていようとも、同じことを二回も繰り返してはならないのだと、やはり言い訳のような言葉を抱きながらシスティーナ=フィーベルは暴風を巻き起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 空で致命的な取り間違いが起こりかけている中で、地上の状況はほとんど変わってはいなかった。

 

 迎撃、防御、迎撃、防御、迎撃。

 遊撃手を筆頭に、即席の兵士たちはこの数時間で鍛え上げたとは思えぬほどの能力を発揮していた。

 

 その中でもひとつ、戦果が飛び抜けているのは───やはりというか、なんというか。

 

「《こ・の・バカ》ッッッ!!」

 

 そんな怒鳴り声と同時、紅焔が吹き荒れる。

 普段であればゴーレムごとき灰塵に帰してなお余りある威力のそれは、今に限ってはひどく頼りない。

 それでも今代の紅焔公(ロード・スカーレット)として洗練された炎は無機質な兵器を遠慮なしに焼き焦がした。

 

 爆風の中から、人影が煙を切り裂いて現れる。呪文を練るイヴの傍ら、氷柱が突き立ってゴーレムを串刺しにした。いつの間にこんなものを覚えたんだ、と唇を噛む。

 弱くあってほしい───否、それは少し本音とは違っているが、戦いとは無縁の存在でいてほしかったことは確かだ。もし巻き込まれても、どこかで縮こまっていてくれればどれほど気が楽だっただろう。そうしたら、きっと今度こそ■■■(守って)あげられるはずなのに───

 

「進言。火力が不安定すぎる。もう少し落ち着いてはどうか」

「うるっさい、黙ってろこのトーヘンボク……! あんたの助けなんかいらないんだってば! いいから大人しくすっこんでなさい!」

「あの、イヴさん、お気をつけください! 次の波が───」

「ああもう、わかってるわよ!」

 

 生徒の声が終わるよりも早く炎が上がる。遠くからやってきていたゴーレムの一陣が、その爆発でぐらりと傾いだ。……やはり調子が悪い。この距離でなら、余裕ですべて木っ端微塵にしてやれたはずなのに。

 先日のどこかしんみりした会話はどこへやら、イヴは呪文に紛れさせながら罵倒を飛ばしている。肝心の飛ばされている側は、特に気にしていないのか淡々と剣を振り続けている。既に破壊したゴーレムは十や二十ではきかない。

 

「調子が悪いなら素直に退がれ。もとより病み上がりだろう」

「病み上がり云々はあんたに言われたく、───だから、少しは周りに気を遣えってのよ!!」

 

 セリフを途切れさせて、詠唱。作業のように敵を屠る少年の背後にいた一体の射線がブレて、熱線が空へと打ち上げられた。それに反応するよりも早く、長剣が残像を置き去りに振るわれる。

 投げ飛ばされたはずのそれが不可思議な軌道を描きながら戻ってくるのを見届けるまでもなく、いつの間にか取り出した小剣を撃ち込みながら石塊を足場に宙を駆ける。いつからお前は曲芸師になったのかと言おうとして、遠くでバーナードがまるっきり同じことをしているのを目撃して言葉に詰まった。───あのジジイの仕業か。今度シメよう。

 

「……あ、の、ね。やるなら、もう少し、ものを考えて、戦いなさい」

「ああ、考えている。あの程度の攻撃なら受けても支障はない」

「こっちに支障があるってんのよこのバカ、ポンコツ、朴念仁!!」

「……そこまで悪し様に言われるほど、俺はそちらに負担をかけているか」

 

 負担というのではないが、と言う前に淡々と「うん、それは本意ではないのでこちらのことは気にしなくて良い」と宣う旧友にイヴは盛大に頭を抱えた。

 一ミリも伝わっていない。

 

「だから、そうじゃないっての……!」

 

 こいつ、チームプレイど下手くそか! とイヴが叫ぶ横で、態勢を立て直した生徒たちにより攻性呪文(アサルト・スペル)の一斉掃射が行われる。

 その最中、誰にも気づかれないぐらいにするりと自然に、撃ち漏らしを叩き落としに行く姿を認めてしまい、思わずといった様子でイヴがそれに参加した。

 

 校舎に張り付いたゴーレムを炎で吹き飛ばすのは校舎まで傷ついてしまうのでアウト。ほどほどの威力で叩き落とすか、炎熱系以外の呪文を使わなければならない。やってできないことはないが、面倒くさいことこの上ない。

 そうした意味合いでは、攻撃力もある上に遠近どちらもこなせる彼───アシュリーの参戦は戦力的に頼もしいのは間違いない。……イヴとしては、頼もしいのがまた腹立たしいのだが。

 

「イヴさんの言う通りですわ! 無理はしないでくださいませ……というより、この状況でどうしてそんなに平然としていられますの!?」

「───、? そうか?」

「してるわねぇ。肝が据わってるっていうか……」

「ふむ」

 

 むしろ雰囲気がガラッと変わっていて正直少しおっかない、とはさすがに口にできなかったウェンディとテレサである。

 これでも一年と少しの付き合いくらいはある。様子が若干おかしいことには気づいてはいるものの、しかしよくよく思い返せばそうでもないような気がしてくる。確かに普段、会話の中での反応は大仰だったけれど、なにもしていないときはこれくらい淡白だったような。

 でもやっぱり口調はいつもより数段堅苦しい、がなぜだかあまり違和感がない。違和感がないことが違和感とも言えるだろうが、明確にその違和感の正体を掴もうとするとモヤのようにすり抜けていく。

 

 ……というより、一応指揮官であるはずのイヴがやたらとアシュリーに噛みつくのが解せない。先ほどから、なにかに駆り立てられるように罵倒を飛ばし続けている。

 なにをそんなに気にしているのか、アシュリーがなにかしらするたびに騒いでいる気がする───代わりに、指揮と魔術のキレは格段に増したが。魔術の行使には術者の精神状態が大きく影響する。イヴの戦力評価が向上したということは即ち、それだけイヴが強く感情を揺さぶられているということの証左だった。それが良い方向か悪い方向かは、ひとまずおいておくが。

 

 危険な最前線を受け持つのは自分の役目であるとでもいうように、とにかく前に出て敵を蹴散らすアシュリー。全盛期の派手な火力こそないものの、なんとかそれをサポートしているイヴ。相性は悪くないのか、一時期は遊撃部隊がこぞって集まっていた戦域はいつの間にか安定していた。

 魔術による一斉攻撃の間を縫って飛び交う小剣と長剣に最初こそ生徒たちは怯んでいたが、二組の面々が平然と攻撃を続けているのを見て吹っ切れたらしい。

 

 無論、余裕があるというわけではない。叩き潰されるということがないだけである。

 だが防戦において、叩き潰されないというのは勝利条件に等しい。このままの状況が続けば、まず負けることはないだろう。───この状況が続けば、の話だが。

 

 上空から敵を殲滅する船の主砲と【メギドの火】。地上制圧兵力であるゴーレム群。今でも十分脅威ではあるが、かつて地上を支配した魔人の兵装にしては頼りなさすぎる。……もう一つか二つ、隠し球があると見るべきだろう。

 そうなれば、確実に敗北は必至。《炎の船》に乗り込んでいったグレンたちは無事で済むだろうが、地上が焼け野原になっては意味がない。それは実質的な敗北だ。今回の最終的な勝利条件は、撃滅ではなく防衛なのだから。

 

 現状、確かに戦線は拮抗しているが、それはこの状況を永遠に続けられるという意味ではない。こちらの兵力は人間。否応なしに疲労は溜まるし、魔術を奮うためのマナにも限界がある。そもそも【ルシエルの聖域】を維持できなくなればその時点で詰みだ。それに対して敵の兵力は質こそ低いものの、数において圧倒的に勝るゴーレム群。疲れ知らずな上に残機が不明とくれば、長期戦はこちらが不利だ。

 万が一くらいの確率で、敵兵力が想像よりも少なく、生徒と特務分室だけでどうにか凌ぎ切れる……という可能性もなくはないが、侵攻ペースを見るに可能性は所詮可能性、といったところであろう。

 

「……なによ。まだ敵が増えるって?」

「その可能性は高いだろう。……尤も、そうなったとてこちらにこれ以上吐き出せる戦力はないのだが」

 

 だからこそ速攻で撃破しなければならないのだが、それは空の殴り込み部隊に期待するしかない。つくづく不利な戦場だとため息の一つもつきたくなる───が、それは余分な情動(ウェイト)だ。そもそもその不利な戦況をひっくり返すために戦っているのだから、無駄に士気を下げる振る舞いは好ましくない。

 杞憂であれば良いが、と言葉を吐くのみに留めて剣を握り直す。そうはならないだろうと直感が告げていたが、ひとまずはそれで良いだろう。軍隊を相手にした記憶はあるが、そのときは首領格を真っ先に討ち取ってしまったから今回の戦いの参考にはできな───

 

「……これは、どちらだったかな」

 

 実際にこの身体で軍隊を相手に立ち回ったことはない、と思うのだがなぜかそんな記憶はある。要するに『アシュリー=ヴィルセルト』の記憶ではないはずだが、妙に馴染んでしまっているので正直どっちが自分だかわからない。いや、『自分』などないも同然なのだからどうでも良いことではあるのだが。

 中途半端な感覚は戦闘に差し支えるのだが仕方がない。今にはじまったことでもなし。別に気にすることもないだろう。そんなことより優先すべきことは山ほどある。

 

 もし本当に、敵に追加戦力があるのなら───そろそろだ。

 一旦体勢を整えて、腰のベルトに小剣を引っ掛ける。魔剣はいつでも振り抜けるように構えておき、意識を一段、戦闘用(■■■■)のものへと切り替える。

 

「……嘘でしょ!?」

 

 屋上にいた誰かの叫びは、半ば悲鳴に近かった。

 空の向こうに見えるのは黒い粒。否、それは増援のゴーレムであり。それ自体は幾度となく繰り返されてきた光景だ。

 問題は、その数。今までよりも遥かに多い黒点の数に、今までなんとか耐え凌いできた生徒たちは一気にパニックに陥る。それもそうだろう、今までの士気の高さは『この量なら耐えられる、耐えれば勝てる』という希望が要因であったのだから、その前提を覆すような敵襲があれば当然の如く戦意は揺らぐ。

 

 それでもたかだか数が増えただけだ。そう鼓舞して、生徒たちは戦域に留まり続ける。足の震えは収まっていなくても、退けば多くのものが失われる。

 

『伝令! 敵方の攻勢が激しくなった! 生徒諸君は死なないことを一番に考えて戦え、良いな!』

「承諾した。生徒が防戦に入るなら、その分は俺が削ぎ落とそう」

『は? ちょ、この通信取ってるのもしかしてアシュ坊? いや、おぬしも生徒じゃろうて───』

 

 バーナードの鳩が豆鉄砲を食らったような顔、もとい声をまるっきり無視して通話を切る。意図したわけではなかったが、横合いからゴーレムが迫っていたので仕方がない。周囲が絶句しているような気がするのは気のせいだろうし、実際増員されたゴーレムの対応に追われてそれどころではないので間違いではない。

 

「───ちょっと、どういうことですの!?」

 

 不覚。気のせいではなかったらしい。

 半ば作業になりかけている動作(殴って斬って壊すだけの簡単な仕事)をこなしながら、数瞬だけ言葉を選んで返す。

 

「聞いた通りだ。戦線維持は限界が近い、と総指揮官が判断した。お前たちも無理だと思ったら素直に退け」

「い、いえ、そうではなく……というかゴーレムの頭を砕きながら話をしないでくださいます!? ものすごくおっかないのですけれど!」

「ウェンディ、ウェンディ。落ち着いて」

 

 希望の見えない状況と、それにも関わらず淡々と話すクラスメイトの姿にパニックがピークに達したらしいウェンディがわめき散らす。無理もない。そもそも命をかけて戦うこと自体、平和な環境で生きてきた人間には耐え難いもののはずなのだから、ここまで戦えたことそのものが既に奇跡に近い。

 

 ならやっぱり、ここから先は自分の仕事だ。

 楽しくも嬉しくもないけれど、それぐらいはやらないと割に合わない。ここにいるのは『アシュリー=ヴィルセルト』とは違って立ち向かうことを選んだ人間たちだ。それに報いたいと思うし、尊敬もしている。

 間違いばかりでなにをすることもなかったモノが彼らの生きる道に貢献できるのなら、それは善い事だと正直に思える。

 

「ここで退いたらフェジテが……!」

「ここで退かねばフェジテの前にお前が死ぬぞ。命が惜しいと思えるのなら大事にしておけ、一般人」

 

 どの口がほざくか、というセリフが聞こえた気もするがこれも無視。

 残念なことに一般人からは外れてしまっているので、自分には適用されないのだ。

 

 そう、だからこれで良い。

 

 剣を振るう腕が軽い。現状と利害が一致しているためだろう。いや、この現状さえ()()()()()()()()()()()()()()

 なにがあっても、なにを取り落としても、この戦いだけは絶対に凌ぎきる。

 

 それだけ、それだけが自分の成すべき───望むべき全てであって。

 

 だからきっと、しこりのように残る感覚はただの勘違いだ。

 今までの自分は嘘に塗れていたけれど、自分のしたいことにだけは嘘はついていなかったはずなのだから。

 

 ……どれほど戦っていたのかがわからなくなった頃、中天にあったはずの日が翳り始める。

 一挙に飛来したゴーレムは既に大半を撃ち落とした。これ以上の物量がきたところで、兵士たちを押し留めるものはなにもないだろうと誰もが思った。

 日が翳ったとしても、彼らの意志は曇らず、最後まで戦い抜いたことだろう。

 

 ───不意に、彼らの想像を打ち砕く化け物が現れさえしなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずん、と響く、体を芯から揺るがすような鈍い音。

 

 攻撃、ではない。《炎の船》に搭載されていた対地砲は既にアルベルトによって破壊されている。そも、【ルシエルの聖域】が健在である以上は遠距離からのエネルギー攻撃ではあり得ない。であれば、なにが───

 

「───うそ、」

 

 鈍重な動きで、巨大なナニカが天から校舎を目掛けて落ちてくる。

 

 その段階に至り、ようやく彼らはそれを認識した。

 

 不恰好な石塊を、さらに不恰好なヒトガタに組み上げたような威容。だが目を引くのはその巨大さだ。そびえ立つ校舎をゆうに越える巨きさのそれは、形容するならば神話の巨人のようでさえあった。

 巨人は手のような構造をした部位を固く固く握り締め、自らの器に許された単一機能を以て眼前の障害を排除せんと高く高く振り上げる。

 

 即ち、殴打。

 古来より純粋な暴力として存在してきた能力、ヒトが道具を手にするよりも以前、自然と生きる獣であった頃から親しんできた武器。

 それを、巨人は───ヒトとは比べ物にならない規模(スケール)で、真っ直ぐに南館の学舎へと振り下ろして───

 

「逃げて、ウェンディ───!!」

 

 誰かが逃げながらどだい不可能なことを叫ぶ。後ろには、一人の少女が足をもつれさせて転がっていた。

 拳は寸前まで迫り、もはや到底間に合わない。それに寄り添うように、もう一人の少女が駆け戻り、ただ静かに眼前の死を見上げていた。

 

 誰も間に合わない。この戦場初めての犠牲者を求めて巨人が風を切りながら剛腕を振り下ろす。

 

 普通の戦場なんて、そんなもの。

 普通の世界なんて、そんなもの。

 ただの人間が運命を決めることなんてない。

 ただの選択が世界を変えることなんてない。

 世界を変えるのは、いつだって選ばれた英雄だ。

 安穏とした日常を生きる人間は、そんなごく一部の誰かを知らないままに、その誰かに自分の生命を託している。

 

 だけど御伽噺に語られるような英雄なんてどこにもいなくて、いないものはなにもできない。

 

 だから───せいぜい彼らにできるのは、最後まで終わりを見届けることくらいで。

 優しい人間が、ギリギリ、なんとか、みんなで命を拾えるかもしれないくらいの無茶に走るくらいで。

 

 

 

「──────」

 

 

 

 『彼ら(普通)』でない『誰か(英雄もどき)』は、当たり前のように彼らの目の前で魔剣を振り上げた。

 

 あの巨体に立ち向かうというには、彼の体躯はあまりにも頼りない。たとえこの場に至るまでに数多の死線をくぐり抜けてきていたとしても、確実にただでは済まないだろう。それをいなす確信があるのか、あるいはただの蛮勇か。

 くすんだプラチナに、魔力の輝きが炎のように煌めいている。

 

「待っ───」

 

 誰かが誰かに手を伸ばそうとして、躊躇うように引っ込めた。

 傷つけるばかりの自分になにができるだろうと、その悔恨が彼女の腕を押し留める。

 

 留められることのなかった切っ先と、天より落ちた災厄の拳が激突する。

 

 南館の校舎を、轟音が支配した。




話は変わりますがトラオムクリアいたしました。
シグルドさんと並び、ジークフリートさんが大好きな焼き肉は卒倒しそうになりました。あんなん要塞やん。クリームヒルトさんもベリーグッド……。ただしお迎えはできませんでした……。
『Fateで何か書きたい……欲を言うなら竜殺しで何か……でもジークフリートさんにはジーク君がいるしな……』と始めた拙作ですが、ジークフリートさんにしなくてマジでよかったなと思いました。チートやあんなもん。いやシグルドさんも別方向にチートだけど……。ともあれ、推しが活躍していて大変嬉しい。アスラウグのこともありますし、今後もジャンジャン竜殺しファミリーは仲良くしてるところをマスターに見せつけてほしいなと思った次第であります、まる。
シグルドさんとブリュンヒルデさんの甘々ラブラブカップルを見るたびにそれに比べてうちのアシュくんは、と思ってしまうこともしばしば。原典と二次小説、本物と借り物である以上は比べるべくもないのですが、度々名前や経歴の類似性で話題に上がる例の彼は調べた限りだと色々あったのを乗り越えて女の子とキャッキャうふふしてるっぽいのに……とも思ってしまうのでした。君の漢気や、何処。
根性を見せるんだ。
ほら、ちょうどよく強敵もきたことですし、ネ?
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