竜殺しっぽい誰かの話。   作:焼肉ソーダ

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就活! 内定!!
ただし原稿は終わらん!!!!


52.終幕に手向けを

 ───退屈そうに笑う男だと、思った。

 

 息抜き、というよりは息継ぎのような時間。きっといるだけでよかった。彼の方がどう思っていたのかなんて知らないけれど、少なくとも私にとっては数少ない安らげる時間だった。

 友達と見る景色は楽しくて、眩しくて、嬉しくて。

 

 だから今でも後悔している。

 

 お互いにもっと良い時間なんて求めなければ、今でも、彼は、どこかで笑ってくれていたんじゃないのかと。

 笑わないよりは、きっと、その方がずっと良かったはずなのに───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 がらり、と瓦礫を押しのけて立ち上がる。どこかで感じたような既視感に軽く頭を振った。……ああ、そうか。そういえば、今年の初めに似たようなことがあったような気がする。

 腕は少しだけ痺れていたが、動かすのには問題なさそうだ。軋む感覚があるのでもしかするとヒビくらい入っているかもしれないが、折れてないなら問題ないだろう。丈夫な方だと思っていたのだが、それでもこの威力となると、改めてイヴたちに当たらなくて良かったと思う。

 やり方が拙かったのか、人的被害と校舎の破損は最低限に近くはできたもののこっちが被害を被ることになってしまった。わずかに咳き込む。別に血がついていたりはしなかった。十二分に継戦可能だと判断して戦力評価を更新した。

 

「───、───! ───!」

 

 遠くで声が響いているが、衝撃のせいなのかうまく聞き取れない。

 それにしてもとんでもない隠し球があったものだ。なるほどあんなものがあるのなら、大抵の都市はひとたまりもないだろう。(おお)きさはそのまま脅威になる。

 (おお)きい=強くて怖い。以上、人類にとってはわかりやすいことこの上ない方程式である。それに抗しうるのが戦士、ひいては英雄なのであろうが、あいにくと自分では中途半端な結果しか導けない。───不甲斐ない。英雄本人であったなら、このような後れは取らなかっただろうに。

 

「───バカ! 起きろ! そんなところで寝てるんじゃないっ!!」

 

 ようやく明瞭に聞こえた声で現実に引き戻された。混乱の隙に乗じて舞い込んできたのだろうゴーレムが一体すぐそばで砕けていた。剣を振り抜いた体勢になっているところを見るに、やったのは自分らしい。無意識のうちに破壊していたとは我ながら常人離れしてきたと思う。……存在を騙る自分でこれなのだ。本家本元がどれほどのバケモノだったのかは想像もしたくない。

 前を見れば、なんとも言えない表情で罵倒を飛ばすイヴの姿があった。

 よかった。どうやら、ちゃんと無事だったらしい、と自分でも無意識のうちに胸を撫で下ろした。

 

「バカ、ほんとバカ! なんだってあんなのを真っ正面から受け止めようとしてんのよ! 下手したら死ぬところだったわよ、このポンコツ!!」

「……ああ、ええと」

 

 意識がまだ混濁しているのか、多少緩んだ状態になってしまう。それはよくない。まだ戦いは終わっていないのだから、再現に徹しないと───だけどもう少しだけ、最後の余韻に浸っていたいような気持ちもある。自分もまだ未熟だとため息が漏れた。そんなもの、資格も理由もないというのに。

 それどころではないと頭を振って、戦場を見渡した。ほんの少し前、唐突に現れた巨人はいまだに健在であり、そこかしこで拳を振り回して暴れている。校舎が壊されるのも時間の問題だろう。結界の維持もどこまでできるか。

 

 目の前にいるのはイヴ一人だけで、他の生徒の姿は見当たらない。どうやら撤退に入ったらしい。おそらくは他の校舎も同様だろう。苦々しい顔で撤退するクラスメイトが容易に想像できるが、普通の人間にしてはよくやった方だろう。声をかけることはしないしできないが、きっとすべてが終わった後にでも先生が言ってくれる。

 士気の下がった現状では最善手だろうと思うのと同時、ついさっき転んでいた二人を思い出す。大きな血の跡も凄惨な死体も見当たらないということは、おそらくは無事なのだろうが。

 

「……そうだ。……ナー……ナーブ……、……あー、あの二人は?」

「……無事に逃げたわよ。あんたのこと、心配してたわ」

「そう、か」

 

 どいつもこいつもお優しいことである。それだけの価値が、自分にあるとは思えないのだが。

 ……訂正。派手に吹っ飛んでいった隣人を心配するのは人として当然のことだった。隣人と認められてしまっているらしいことは少々複雑だが、そこはそれ。元々混ざりきれてはなかったのだし、いなかったらいなかったでそのうち綺麗に忘れてくれるだろう。『俺』個人としては、そっちの方が後腐れがなくて良い。

 

 となると、問題は目の前の人間である。

 なぜまだこの場に留まっているのか、いまいちわからない。自分のことは放っておいて、戦うなり逃げるなりすれば良いのではないだろうか。

 それがわからないほど愚かな女性(ひと)ではなかったはずだ。であれば、なにかやり残したことでもあったのだろうか。

 

 どっかの誰かとの約束がない以上、自分を気にかける理由は消えたはずだ。

 そうでなければ、『俺』が今まで頑張ってきた()()()()()

 

 『俺』はず■と、()()が■で/どうで■よくて、す■■壊れ■しまえ■と/守■ない■/戻■て───

 

「…………っ」

 

 思考回路が断線している。脳裏に焔のような緋色がちらついて意識がまたズレ始める。ひび割れるような痛みに頭を振った。

 戦いから少しズレて、なぞる型が崩れただけでこの有様だ。……そもそもの記憶が、うまく思い出せないのもあるんだろう。

 

 崩れるのは良い。別のなにかになるのも気にしない。見え透いた破綻からは目を逸らして、失くしたものを探していくのも構わない。なにがしたかったのかさえわからないのも、まぁ良いだろう。

 だけど肝心の、なぜそうしたのかというきっかけが思い出せないとふと思った。

 帰りたかったのは本当で、取り戻さないといけないと思ったことも間違いではない。でもそれはどちらかといえば『■■■■■』の感情で、『俺』がそれを始めるまでは別の理由があったような気もしている。

 

 まぁ、思い出せないのなら関係ない。思い出す理由がないのだから別に気にしなくても良いだろう。そのはずだ。

 ……言い聞かせると、それでやっと頭痛は治まった。結局それがなんなのかはわからないけれど、こんな時にちらつくなんてきっとロクでもない(大切な)ものだったんだろう。思い出さない方が、たぶん誰にとっても幸せだ。

 

 それに今大切なのは目の前にある問題であって、俺のことなどどうでも良い。

 

「……なら、目下の問題はあの巨人か。巨人というには不細工でニセモノ感が凄まじいが、まぁ、なんとかなるだろ」

「ちょ……待ちなさい、なにを考えてるの? あんた」

 

 剣を握った腕を見咎められたのか、ギョッとしたような顔でこっちに視線を投げてくる。さすがに鋭い。昔から、この視線を誤魔化せた試しがない。

 

「なにって。アレは、誰かが受け持たないといけないだろう」

 

 そして現状、おそらくその役目にもっとも合致する能力を保持しているのは幸いなことに/残念なことに俺である。

 ならば俺がやるのが道理だろう。彼の英雄にできたのならば、俺にできない道理は……いや結構あるけど。それでも、他の誰かがやるよりもマシなはずだ。

 

「逸話はないが、()()はある。ならできるだろう。なに、別に世界を滅ぼす災厄というわけでもない。俺でも十分だ。……たぶん」

「な……んの、話よ!? あんな化け物を相手取ったことなんてないでしょう! それだけじゃない、戦う必要だってない、あんたは、だって、」

 

 ───平和に。穏やかに、充実した毎日を送るためにフェジテへ来たのではないのかと。

 気兼ねなく、笑って過ごせるような、そんな場所を求めていたのではないのか、なんて。

 

「……いや」

 

 彼女はずっと勘違いをしている。

 本当は逃げ出したいんじゃないのかと、なにもかもを放り出すことを期待している。訣別は既に済ませたつもりだったのに、未練がましくそんな希望に縋っている。

 わかっている。そんなことになったのは紛れもなく自分のせいだ。

 優しい(ひと)だと知っていたのに甘えてしまった。彼女のためを思うなら、もっと早くにどこかへ消えるべきだったのに。

 だって自分にはなにも返せるものがない。なにもかも台無しにするしか芸がない。より善い未来を目指すだろう彼女の世界には不要な存在だ。そんなこと、ずっと前から知っていたのに。

 

 簡単な話だった。危惧していたことはまさしくその通りになったのだ。───自分はまた間違えた。目先のものに囚われて、もっと遠くを見据えることができなかった。同じ轍は踏むまいと思っていたが、所詮は俺も同じだったらしい。

 彼女だけではない。この町には、お人好しが多すぎた。

 なら、その責任は取らないといけない。

 

「……もういいだろう。さっさとお前も逃げろ」 

「な、……んで、よ」

「ここにいたって、なんの意味もないだろう?」

 

 既に戦線は崩壊している。生徒たちの屋上からの避難も無事に終わった。未だにゴーレム群は舞い降りてきているが、ここまできたらそんなものはいようがいまいが変わらない。

 だからいるのはせいぜい自分くらいで、それを気にかける理由は彼女にはないはずで。ああ、ならどうして、まだ彼女はここにいるんだろう?

 

「───っ、私、は!」

「…………」

「私……私、は……」

 

 どうしてか口ごもる。そうこうしている間にも巨人は校舎を手当たり次第に破壊している。……魔術にはやはり詳しいわけではないが、結界も保って残り数分だろう。いかんせん動きが鈍重なことと、そもそもの校舎が大きいせいか巨人は南校舎には目を向け直していない。

 それもやはり時間の問題であるだろうが。あの巨人はある意味で平等だ。ただそこに在るものを壊すだけの、見境がないという意味では運命のようなものとも言える。

 

「……、……私、は」

 

 ……破壊音が大きくなってきた。これ以上は見過ごせない。

 巨人の頭部がこちらを捉えた。いや、人間の存在を知覚して狙いを定めたというよりは、まだ比較的破損の少ない南校舎に目をつけた、という方が正しいだろう。弾き返すのは不可能ではないが、大元を絶たないことにはどうしようもない。

 留まってしまったことが過ちだった。さっさと壊しに行くべきだったのに、また間違えてしまった。こうなると判っていたから、俺は『■■■■■=■■■■■■』のことが()()だったのに。そんなことまで、うっかり忘れていたらしい。

 

 だから最後に。

 間違えた先の最後の土産に、彼女の言葉を聞いておきたいと、柄にもなく思った。

 

 技量も器も、足りないものはいくらでもある。理性(英雄)は今すぐにでもあの巨人を破壊すべきだと鉄砲玉のように飛び出したがっている。

 ここから消え去りたくて震えている足を押さえつけて、彼女の内側に言葉が溜まるのをじっと待った。

 少女の言葉はいつかのように、少年の撃鉄を起こすだろう。それがたとえどんなものでも『自分』が留まることはないけれど、元からあってないようなものだ。いなくなったところで誰も惜しみはしないはずだ。惜しまれてしまったら、それこそどうにかなりそうだ。

 

 剣が重たい。そんなことをしている余分はないと諌めるように、太陽の魔剣がひりついている。

 理解(わか)っている。これは己のすべきことではない。今も巨人は校舎を破壊しているのに、そんな会話を交わしている時間などありはしない。そもそも(シ■■■)の道にはそんな余分は必要ないなんていうことは誰よりも自分がよく知っている。

 

 でも、ほら。

 どうせ最後なんだから、少しくらいは安心して行きたいじゃないか───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 それは、例えようもないほどの絶望だった。

 

 御伽噺から抜け出してきたかのような威容。石塊でできた見上げるほどに巨大なヒトガタ。その場に集ったどの英傑の攻撃すら寄せ付けぬ、それはまさしく神話の再現と呼ぶに相応しい光景だった。

 

「一つか二つは隠し球があるとは思うとったが、まさかここまでとはのう……!?」

「喋っていないで手を動かせ、翁。……せめて、生徒たちは逃がさねば俺たちが居る意味がない」

「わかっとるわい! ああくっそ、こんな状況でなけりゃタイマンでやりたいもんじゃが───こっち向かんかい、このデカブツが!」

 

 魔力を練り上げ、巨体を駆け上がってその頭部と思しき場所に拳を叩きつける。一拍遅れて鳴り響く轟音。解放された魔力が、炎の形をとって巨人を打ち据える───が、びくともしない。

 常人であれば胴体が吹き飛んでなお余りあるはずの攻撃を受けた巨人は、目障りな羽虫がいたとでも言うように緩慢な動作で巨腕を振り上げる。だが向かう先は羽虫(バーナード)ではなく、今も聳え立ち【メギドの火】を防ぐ要となっているアルザーノ帝国魔術学院、その校舎だ。

 

 【ルシエルの聖域】を展開するための校舎を破壊されれば、後に待つのは【メギドの火】による一方的な殺戮だ。それは正しく敗北であり、同時に幾百、幾千の命を抱え込んだフェジテという街の終焉でもある。

 

 それだけは許してはならないが、果たして戦線がどこまで保つか。

 長らく感じていなかった冷や汗が背筋を伝う。崩壊は時間の問題だ。これでもし、グレンが間に合わなければ───

 

「全戦域に通達ッ!! これより生徒各位は撤退に入るべし!! 長くは保たん、ペシャンコにされる前に校舎の地下に退避せよッ!!」

「バーナードさん!?」

「繰り返す! 全戦域にいる生徒は学院地下へと退避せよ!! わしらが時間を稼いでいる間に早くしろ、グズグズするな!!」

 

 通信機に怒鳴りつけると、少しでも注意を引こうともう一度ありったけの魔力を込めた一撃を見舞う。さすがに堪えたのか、ほんの僅かに巨体が揺らぎ、石柱のような……否、石柱そのものの腕が微かに勢いを落としながら校舎に叩きつけられた。

 幾重にも掛けられた防護魔術さえ知らぬものであるかのように、数百年の歴史を誇る校舎がその一撃であっさりと崩れる。全体が一気に崩落することはなかろうが、いつまでも耐えられるわけもない。まして生徒に当たったなら───考えたくもない想像に身震いする。

 

 既に数度、巨人は校舎を殴りつけている。一度目だけは被害が少なかった───誰かが魔術でも使って防御に徹したのだろうが、それも何度もできることではないだろう。

 生徒たちを動員して得られる戦力よりも、生徒たちの犠牲の方が大きいと判断したが故の苦渋の判断だった。どの道、校舎の破壊を防げないのなら未来はない。

 クリストフも、バーナードの意図を察したのだろう。絶えず襲い来る小ゴーレムを撃破しつつ、結界の維持に全力を注ぐ。

 

 アルベルトはいつの間にかいなくなっていた。逃げ遅れている生徒のサポートに向かったのだろう。道中でも雷撃が飛んできているのはさすがと言うべきか。

 しかしそれでも、動きは全く止まらない。ツェスト男爵やリック学院長も奮闘してはいるが、そもそもがゴーレムとの戦いの直後で疲弊しているためにどうしても決め手に欠ける。

 

 現状、打つ手なし。

 もう一つか二つ、隠し球があるだろうという想像が最悪の形で的中した。

 

「最初っから出さなかったあたり、趣味が悪いですね……!」

 

 結界の維持率が刻一刻と下がっていることに冷や汗を流しつつ、クリストフがつぶやく。

 初めからこの巨人を動員していたのなら、生徒たちも含めフェジテ組は高い士気でどうにかこうにか巨人をやり込める方法を模索しただろう。途中で小型のゴーレムが放たれたとて、質で巨人に劣るゴーレムが相手では多少やる気を削ぐだけに留まったはずだ。

 甘い攻めで油断させてから苛烈な攻めに転じて士気を削ぎ、追い討ちに本命を投下するという作戦は、なるほど確かに理に適っている。今回は《炎の船》に乗り込んで行ったが、セリカ(短期決戦兵器)が地上に残っていた場合を危惧してのものであった可能性もある。

 

 いずれにせよ、戦線は崩壊した。あとはもう、来るべき終焉に向けて耐え忍ぶだけの作業となる。

 命運ここに尽きた───誰もがそう思いながら、それでも望む未来のために戦いを続ける。

 

 しかし現実はいつだって残酷で、【ルシエルの聖域】の結界維持率は目に見えて落ちている。巨人が現れる前には80%前後を保っていたはずのそれは今や60%を切っていた。このペースでは、数分後には維持限界である40%をたやすく突き破るだろう。

 

「せめて、あの巨人さえいなければ……」

 

 必死に結界の維持に力を注ぐクリストフの顔は苦々しい。戦域に残ったほぼ全戦力を投入して足止めに徹しているが、それでも足止めにすらなっていない。

 対象の規模(スケール)に関わらず存在を消滅させるセリカ=アルフォネア(【イクスティンクション・レイ】)でもいれば話は別だろうが、彼女には彼女にしか果たせない仕事があった。

 

 不幸なのはその一点。人類は最強のカードを失った。数百年前の魔導戦争のように、英雄がどうにかしてくれるという希望はとうに潰えている。

 無論、あの戦争は英雄と名もなき勇士たちの奮戦と犠牲あってのものであって、たとえセリカがいたとしても自分達がそれに甘えてあぐらをかいてはならない。勝利はそれぞれにとってのベストを尽くして、その先に得るものであるべきだ。

 

 ───故に、幸いなのはただ一点。

 この戦場には、英雄ではなくとも。英雄と同じコトができる、誰かがいた。

 

 だがそれを知るものはこの場にいない。危惧と理解は違う。『彼』がどれほどの無茶をしているのか知っている人間はいたとしても、どれほどの奇跡を起こしているのか知っている人間は一人もいない。

 偶然、それができる人間がそれをできる環境に放り込まれてしまったが故の悲劇。否、これを悲劇などと語る人間はいないだろう。彼は望んで分不相応な力に手を出しているしその結末も承知している。周囲はこれ以上ないほどの戦力と結果を得る。

 利害は一致しているし、世界の危機の前にはたった一人の人間の葛藤など些末事だ。そもそも葛藤さえしていないのだからなにを嘆くことがあるだろう。

 

「……結界維持率、40……39%……くっ、無念です……申し訳ありません、陛下……」

 

 ついに限界を底の方へと突破する。相手方にこちらの状況を正確に把握するだけの能力、設備があるかは不明だが、【メギドの火】を防がれた直後に的確にゴーレム群を投下したあたりから鑑みるに、ほぼ確実に見透かされているはずだ。

 であれば、【ルシエルの聖域】が維持限界を迎えたことも知られていると考えるべきだ。上空に浮かぶ船の中を窺い知ることはできないが、発射までのわずかな時間にグレンたちが敵主将を撃破するとは信じ難い。いくら土壇場の土壇場では大活躍するグレンでも、勝負に持ち込めなければどうしようもない。

 

 グレンなら絶対にあの魔人を殺せる。それは、共に戦った期間の短いクリストフですらよく知っていることだ。

 文字通りの鬼札。あらゆる強者、賢者に勝る愚者の牙。当たりさえすれば確実に殺せる───逆説、戦いが終わらない現状はその一刺しさえままならぬほど悪い、あるいは膠着してしまっているということ。で、あるのなら。

 

「……一歩及ばず、かの」

 

 バーナードが嘆息する。諦める、というのではないが、戦いの方針が切り替わったのは確かだった。守り切るための戦いから生き残らせる戦いへと。雀の涙ほどしかない生存率をどうにか上げる作業くらいしか、今はもう残っていない。

 それでも万に一つの奇跡を祈って、魔術師たちは拳を振り上げ───

 

『───、──────……』

「……っ、南館か!?」

 

 不意に入った通信に、魔術を練り上げる腕は止めないまま耳を澄ます。どうせ撤退報告だろうが、通信が入った以上は聞かねばならない。

 苛烈な戦いの中で破損したのか、あるいはなにか別の要因か。魔導器越しに聞こえる声は掠れて、よく聞こえない。

 

『──────……、───』

「……は? ちょっ、待て、そりゃどういう───」

 

 ギリギリ聞こえるか聞こえないかという音量で言い捨てて、一方的に通信が切断される。

 かろうじて聞こえたのは指令───『戦線放棄してでも』『結界を維持しろ』。解せないのは『戦線を放棄してでも』、という言葉。たとえバーナードがここを離れたとしても、結界を維持するためには魔力だけでなく校舎が健在であることが条件となる。現状の最大戦力であるバーナードが消えれば逆に結界維持率は大幅に下がるだろう。相手とてそれは把握しているはずだ。

 把握した上で、相手はそれを提案している。いや、提案とは違う。半ば以上に確信、あるいは確定事項に近い。『そうしなければ死ぬぞ』という脅迫のようでさえあった。

 

「……あいつ、なにをするつもりなんじゃ?」

 

 それから、もう一つ。

 聞き覚えのある声で、通信機越しの誰かは言ったのだ。

 

 ───『アレは、俺が壊す』

 

 巨人の頭上で【メギドの火】の装填が始まる中で、どこかの誰かはそう言い切った。




思ったより長引いた。多分次くらいで三日間編の戦いは終わるんじゃないかな……。
なんでまだ決着つかないのん?
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