竜殺しっぽい誰かの話。   作:焼肉ソーダ

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よし一ヶ月間隔は免れた。
今回のは11巻開始までの繋ぎみたいなものなので、ゆるっとふわっとお読みください。
ちなみにこのルートは他にもあるルートの中では最悪よりも三つ四つマシなルートです。


55.Interlude/Ⅰ

 ───戦いは終わった。

 

 そこかしこに爪痕を残しながらも、奇跡的に死者を出さずに三日間の戦争を乗り越えた彼らは、未来の話を───明日を生きるために、共に力を合わせて歩き出すはずだった。

 それが、たったの十数分で崩れかけている。後回しにしてきたツケをここで払えと、そう言われているかのようだった。

 

「どういう……ことですか、セシリア先生……アッシュが、行方不明……?」

「……はい」

 

 暗い顔で俯くのは、アルザーノ帝国魔術学院の保健医であるセシリア=ヘステイアだった。

 彼女自身、ひっきりなしに運び込まれてくる負傷者の対応で手一杯だったのだろう。最低限の汚れを拭うだけに留めた姿は傷こそないもののどこか痛々しい。

 

 その彼女が、わざわざ表に出てきてグレンに言ったのだ。

 『アシュリー=ヴィルセルトは現在、安否不明で行方知れずである』───と。

 

「……亡くなっては、いないはずです。でも、彼は……アッシュくんは一度も医療班のところには来なかったから、自信がなくて」

「いや、セシリア女史の言葉は正しい。少なくとも、死んではいないはずだ」

「アルベルト……?」

 

 犠牲者を出さない───そのために尽力していたにも関わらず、犠牲者一歩手前の人間が出てしまったせいだろうか。

 なんら咎はないはずなのに、力不足を恥じるようなセシリアの言葉に割って入ったのはアルベルトだった。擦り切れた宮廷魔導士団の制服を纏いながらも鷹の如き眼光は衰えず、ただ淡々と言葉を紡いでいく。

 

 ほんの微かに顔を歪めているように見えるのは、錯覚だろうか。

 

「死体が発見されたという報告はない。だが、先の巨人崩壊の前後から行方がわからなくなっている。……こちらでも探しているが、発見報告はない」

「待……待てよ。ただ、敷地内のどっかに紛れてるだけかもしれねぇだろ? ほら、地上もすげぇ大変だったみたいだし、瓦礫の影に隠れてるとか……」

「それは……」

 

 アルベルトがつと視線を逸らす。

 そこには、帰ってきたシスティーナやルミアを取り囲みながらも重苦しい雰囲気に包まれた二年次生二組───アシュリーのクラスメイトたちがいた。

 

 戦いの直後というだけあってその姿はボロボロで、貸し出されたローブにはいくつもの擦り傷や汚れがついている。

 だが、よくよく見ればその汚れは戦闘の余波によるものだけではない。砂埃にまみれたような、そんな汚れもあちらこちらについていた。

 

「……いなかったんです。戦いが終わってすぐ、あいつだけ姿が見えなくて。少し前まで確かにいたのに、いつの間にかふらっと消えてて」

 

 いないことに気が付いたのは戦いが終わってすぐ、イヴが一人で座り込んでいるのを発見したときだったという。

 あの嫌味たらしくて鼻持ちならなくてヒステリックな冷血女でありながら、仕事だけはきっちりこなすはずのイヴが職務を放棄していたというのも気になる話ではあるが───

 

「…………」

 

 肝心のイヴは生徒たちの輪から離れ、一人で俯いている。きつく軍服を握り締める姿は、目を離せばどこかに消えてしまいそうなほど危うかった。

 あれだけ憔悴している姿は久しぶりだ。……時折見せるヒステリーを除けば基本的に自身の弱みを見せようとしないイヴにしては、本当に。なんだったら初めて見るかもしれないと思えるほどに。

 

 その隣ではバーナードとクリストフがなにやら話し込んでいるが、なにを話しているのかまでは聞き取れない。

 ……表情からして、良い内容ではないことだけは確かだが。バーナードに至っては、過ごした時間はともかく教え子の一人が行方不明なのだ。良い顔をできようはずもない。

 

「その……アッシュさんには、危ないところを助けていただいて。そのあとから、姿が見えなかったので……皆さんに声を掛けてみたのですが、芳しくなく」

「それに、なんか様子がなんとなく変だったから……ルミアみたいに、なにか妙なこと抱えてんじゃないかって思って、探したんです」

 

 現場状況から死んでいないことぐらいは理解できたが、そうなると今度はどこに行ったのかという疑問が浮上する。

 無論、無事であるというイヴのお墨付きを信用していないわけではない。だが、『私が引きずってくるから一般生徒はさっさと逃げなさい』と説得されて校舎内へと逆走したウェンディとテレサには、その後の顛末がいまいち読めない。

 

 イヴが役目を放棄した、とは思わない。結果的にはアシュリーが手を出したとはいえ、自分たちを身を挺してかばおうとした人物だ。疑おうはずもない。だが、そうであるのならなおさら姿が見えないことに不安が募る。

 

「そも、生徒には戦いが終われば被害把握のために中庭に集まり、敷地内からは出ないようにと通達していた。それでも見当たらないということは、原型を留めないほどに攻撃されたか……あるいは、こちらの言い付けを破り、自らの意志で去ったと見るのが妥当だろう」

「……じゃあ、最終目撃者の話はどうなってんだよ。聞いた限りじゃあいつ、直近まで一緒にいたんだろ」

「黙秘している。……というより、今のイヴは完全に使い物にならん。聞いてはみたが、知らないの一点張りだ」

「……そりゃ、あの様子じゃあな」

 

 遠目に見ただけでもわかるほどに、今のイヴは生気が抜け落ちている。もし今のイヴと昔のイヴを見比べたら同一人物には思えないだろう───そう思わせるレベルで。

 

 正直、見ていられない。視線を外し、それでもなにか手掛かりがないかと地面を睨みつけて。

 

「そ、そうだ、ナムルス! あいつなら、アッシュがどこにいったかわからないか!?」

『……知らないわ』

 

 苦し紛れの提案が、いつの間にか近くにいた当の本人に切って捨てられる。

 いつもよくわからない情報を落としていくナムルスだ。もしかしたらがあるかと思ったが、現実はただ無慈悲にグレンの目の前に横たわっている。

 

 こうなると本格的に打つ手がない。アルベルトが協力してもなお見つからないということは、またぞろ厄介なことに巻き込まれている可能性が大きい。……そうでないのなら、やはり自分の意志で出ていったのか。

 

 ただでさえここまで無理をさせてきたのだ、これ以上は見過ごせない。

 今まで気付くことさえできなかったとしても、教師としての責任を果たさねばならないのだ。

 

(教師としてどう向き合うべきか、とか、俺にとってあいつはなんなんだ、とか……そんな難しく考えてたのが悪かったんだ)

 

 思い入れなんて関係ないし、そもそも『思い入れ』などという言葉でくくるのが間違っている。

 そんなことは考えてみれば当たり前の話で、ジャティスの言葉に翻弄されたのが腹立たしいくらいだった。

 

 気に掛ける理由なんて、『教師と教え子』というだけで十分だったのに───

 

「……くそ!」

「おい、グレン!?」

 

 驚いたようなセリカの声を振り切り、学校の外へ飛び出そうと足を向ける。

 ようやく厄介な事件に綺麗にカタがついたのに、せっかくルミアが本音を打ち明けてくれたのに、ここで一人いなくなるなんて許されて良いはずがない。

 

『待ちなさい、グレン。勢い任せに飛び出してどうするつもり?』

 

 それを引き留めたのは、半透明の身体でグレンの前に立ちふさがったナムルスだ。

 いつもの退廃的な雰囲気を漂わせたまま、心底どうでもよさそうにグレンのことを眺めている。

 

「決まってんだろ。あのなに考えてんだかわからん野郎を連れ戻してグレン先生のお悩み相談コーナーをするんだよ。内容によっちゃ体罰もやむなしだ」

『見つけるアテもないのに? 非効率的ね』

「ぐ……けど、少なくともフェジテのどっかにはいるはずだろ!? なら……!」

『落ち着きなさい。それで見つかるならとっくに見つかってる。第一、見つけてどうするの? アレが自分の意志で離れたのは明確でしょう。ここまで完璧に姿をくらませているということは、つまりそれだけ()()ということ。……あっちの方は、あなたたちに会いたくないんじゃないの?』

「───っ、それ、は……」

 

 そうだ。実際のところ、グレンたちがここまで焦る明確な理由などどこにもありはしない。

 これは早い話が感情論であり、そしてどうするべきかの答えが出ていない以上は意味のない、場当たり的な行動とすら言える。

 

「で、でも、こんなタイミングで行方知れずなんて、ナムルスさんは心配じゃないんですか!?」

『別に。肩入れする理由もないし』

「おま……っ」

 

 あんまりといえばあんまりな台詞に、思わず目を剥いた。確かにグレンとセリカ以外にはどこかツンケンした態度のナムルスだが、ここまで無関心を貫いているのは予想外だった。

 意味不明な女だが、悪いやつじゃない。そう思っていたのに……と、そんな無言の非難を感じ取ったのか、居心地悪げにナムルスが身じろぎする。

 

『……勘違いしないで。無理に探す理由がないというだけで、別に死んでほしいとかそういう風に思っているわけじゃないから。それに、どうしてそうしたのか(ホワイダニット)、がわからない以上見つけるのは無意味な行為だわ。あなた、なにが不満かわからない相手をどう説得するつもりなの?』

「……それは……けど、それでも!」

『言わんとしてることはわかるけど、無駄よ。そんなことより、生き延びたことを喜んで、その活力を明日に繋げた方がよっぽど建設的だわ』

 

 一方的に言い捨てて、ナムルスは口を閉ざす。

 

(……心当たりが、ないでもないけど。それじゃああまりにも救いがない。

 いるべき存在じゃないって、自分でもわかっていることがどれほど苦しいかなんて、そんなの───)

 

 自らの腕を抱いて感傷に浸る。ずいぶんと妙な状態になっていた彼にとって、ナムルスの思うそれが正しいのかどうかはわからないけれど、いずれにせよ事実は変わらない。

 だが、それをグレンたちに伝える理由はなかった。わざわざ孤立させてしまうような情報を渡す必要はない。なにより、それを伝えたところでどうにもならない。原因が解決できるものならそれでも良いだろうが───恐らく、既に『原因』はどこにも存在しない。

 

 ナムルスは彼の全てを理解しているわけではないが、多少の来歴と状態くらいは察している。その上でこれを選んだのなら……それを選んでしまうまでに、どれほどのものを諦め続けてきたのだろう。

 

「……どうして……なん、でしょう」

「ルミア……」

「やっぱり……私の、せい、なのかな。散々巻き込んだから、もう、いやだって……こと、なのかな」

 

 青い顔で、今にも泣き出しそうなルミアをそっとシスティーナが支えた。

 今まで迷惑をかけてきた皆に受け入れてもらえた───その喜びと、改めて彼らと共に生きることを決めた彼女にとって、この結末はあまりにも酷だ。

 

 自分は救われたのに、同じような気持ちを抱えていたのだろう少年は一人きりになってしまうなんて───

 

「私、やっぱり、ここにいたらだめなんじゃ……」

「───ルミア。それ以上は言わないで。いくらなんでも、本気で怒るわよ」

「ぅ……」

 

 ルミアの手を取り、システィーナが真っ向からルミアを諭す。

 どんな思惑があって彼がいなくなったのか、とか。やはり、頼るだけ頼ってほったらかしだった自分たちに愛想を尽かしたのか、とか。考えることはたくさんあるけれど、ようやく手に入れた親友の本音と安寧を崩してしまうことだけは許せない。

 

 ……思うところが、ないわけではない。むしろありすぎてなにもわからないぐらいだ。

 自分たちはなにかを間違えたのか。頑張ればなんとかなるという希望に浸りすぎていたのだろうか?

 

 答えのない問いが延々と頭をループするだけで、なに一つ理解も進展もしない思考回路にフタをして、システィーナは親友を支え続ける。

 

「……くそっ。みんなで打ち上げしようって、言ったじゃねぇかあのバカ……!」

 

 だん、とカッシュが拳を崩れかけた壁に叩きつける。

 やたらとひっついていたリィエルを除けば、二組生徒の中で最もアシュリーと親しかったのは間違いなく彼だ。それ故に、思うところがあるのだろう。

 

「なんか悩み事があるなら、そう言ってくれれば───」

「……し、信用、されてなかったってこと、なのかな。わ、私たちと一緒にいるのが、実はすごく嫌だった、とか……」

「ンなわけねぇだろ!? ……そんな、わけ……」

 

 半ば泣き出してしまっているリンの声に一度は荒々しく返して、それもすぐ尻すぼみになる。

 

 この中の誰一人として、アシュリー=ヴィルセルトという人間のことが理解できない。

 楽しかったのか、疎ましかったのかさえも。

 

 裏切られたような寂しさ。ルミアのように、抱えるものに気付いてやれなかった悔しさ。助けてもらったことに、なにも返せない不甲斐なさ。

 そんな身勝手な感情に心がかき乱される。存在感が薄いとか関係なしに、彼もまた仲間だと思っていたことを思い知らされる。

 

 人間関係というのは、利害だけでできあがるものではない。たとえば仮にグレンが教師でなくなったとしても、二組の生徒は全力で彼の助けになるだろう。

 だが、消えてしまってはそれもできない。恩を返すことさえできない。未来を語ることも、これからを共に生きることも───

 

「……案外、そう悲観することもないのかもな」

「ギイブル……?」

「別に、いなくなったからってこんなに僕たちが落ち込む必要はないんだ。そこの……ナムルスさんの言う通り、そんなことよりも生き残ったことを喜ぶべきだね」

「───てめぇ、アッシュが心配じゃないのかよ!?」

「心配してどうなるんだよ!!」

 

 ギイブルの心ない言葉に思わず声を荒げたカッシュの台詞が、さらに荒々しいギイブルの声に遮られる。

 ギイブルらしからぬ気迫と勢いに押されたのか、カッシュがびくりと身を竦ませた。

 

「あいつはなにも言わずに勝手にいなくなったんだぞ!? 自分一人で決めて、誰にもなにも言わないで! そんなやつをどう心配しろっていうんだ!」

「なんかに巻き込まれてんのかもしれねぇだろうがよ!? 今までだって、影でこっそりボロボロになってたのに───」

「だからなんだ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

「───ッ!?」

 

 鋭い一言に、思わずその場の全員が息を呑んだ。

 なにもしてこなかった。それは誰もが共通して持っていた意見であり、仕方のないことだと全員が理解していることだ。

 

 災難に巻き込まれた級友を心配はしても、それでわざわざなにかしてやることは稀だ。

 ───あるいは、そうあるようにアシュリーの方が距離を置いていたのかもしれないが。

 

「今さら、僕たちがなにをできるっていうんだ! 今の状況が答えだろ!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 しん、と空気が冷え込む。誰もがギイブルの言葉に黙り込んでいた。

 どうでもいいから、好きでもないから、嫌だったからいなくなった───アシュリー=ヴィルセルトという人間の内面を理解できる人間がいない以上、そう考えることしか彼らにはできない。

 

 友人だと思っていた。仲間だと思っていた。……だけど、本当に相手もそう思っていてくれたのだろうか?

 一人、影でなにかを抱えていたらしい彼を『いつも通りだから』と気に留めなかった───気に留めることができなかった自分たちを、果たして彼はどう思っていたのか。

 

「……とにかく、僕はもうあいつのことにはノータッチだ。これ以上、あいつの話を蒸し返さないでくれ」

 

 そう吐き捨て、ギイブルがその場を去る。

 

 他の面々も、これ以上言えることはないと諦めたのだろう。沈鬱な表情のままで、まばらにその場を去っていく。

 

 そこに、大いなる脅威を乗り越えた達成感はない。

 失くしたもの、手に入れたもの。その二つを見て、軽々にはしゃげるほど、彼らは人でなしでも薄情者でもない。

 

 失くして初めて気付くこともある、とはよく言ったものだ。

 問題は、それがどうやったら取り戻せるのか、なぜ失われたのかさえもわからないことだが。

 

「……クソ。クソ、クソ、クソ……! なんでだ、なんでこうなったんだ……!?」

 

 ゴン、と瓦礫に額を打ち付けてグレンが自問自答する。

 

 わからない。なにを考えていたのか、どうすべきだったのかがわからない。

 笑って、ただ楽しそうにしている姿だけで十分だったのに。

 

 自分が手を差し伸べることができなかったからなのか。あるいはいっそ、アシュリーという人間に問題があったのか。

 

 理屈で考えたところでどうにもならない。理解できないことはすっぱりと頭の隅に追いやって、なにもかも気にしないことにするのが合理的なのだろう。

 それでも、巻き込んだ者として、本当なら助けにならなければならなかった立場として、そんなことは到底できそうにもなかった。

 

「……畜生……いや、まだ……まだ、探せば、どっかに……」

 

 拳を握り締めてから、ふらふらと歩き出す。

 

「待て、グレン。……その状態で探し物なんて無理だ。せめて一日休め」

 

 その腕を、セリカが掴んで止めた。

 ぎり、と歯を食いしばる。セリカの言うことは正しい。今飛び出していったところで、ロクな結果にならないだろう。

 

「けど、俺は……!」

「いーや、無理だ。話題になってるのはあのオトリの小僧だろ? あれぐらいの実力なら街の外に出てたっておかしくない。お前、今の状態でそこまで探すつもりか?」

「……っ」

「つーか、この状況下とはいえそこまでして探す必要があるのか? フェジテにいた天の智慧研究会は壊滅状態なんだろ? なら、ただ少し外の空気を吸いに行きたかっただけかもしれないじゃんか。ほら、わかったら一旦休もう。……あいつにだって一人になりたいときがあるのかもしれないし、な?」

 

 セリカの言葉に悪意はない。ただ純粋に、グレンの身を案じている。

 それに罪悪感を覚えながら、ゆるゆると腕を振り払った。

 

「……悪い、セリカ。すぐ戻るから」

「グレン!」

「セリカ。わたしも一緒に行くから。……あとで、グレンのこと、よろしく」

「あ……アルフォネア教授、私たちも行ってきます!」

「う、うん。すみません、教授! 先生とアッシュ君のことは、私たちが……!」

「お前ら……あーくそ、勝手にしろ! 夜中になる前には戻って来いよ! いいな!」

 

 そう言い残して、四人が街の方へ走り去っていく。

 置き去りにされたセリカが困ったように頭をがしがしと乱し、仕方ないというようにため息をついた。

 

 その日。

 

 四人が日が暮れるまでフェジテを歩き回っても、走っても。

 

 唯一の行方不明者が姿を現すことは、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、ひっどいですねぇ。血と鉄の匂いが充満しちゃって、せっかくの道路が台無しです! あーあ、もったいない。これ、お掃除するの誰なんですかねー? フェジテの清掃員のひと、かわいそう!」

 

 どこかの路地裏。時刻は真夜中。

 フェジテの中でも整備が未だ行き届いていない貧民街の一角に、そんな場違いに明るい声が響いた。

 

 声の主は年若い、少女と言って差し支えのない一人の女性。

 視線の先には二つの死体。もう動かないそれを靴の先でつんつんと蹴る姿とは不釣り合いに、表情は不気味なほどににこやかだ。

 

 地面に転がっている死体は、ほんの数分前まで動き回っていた生き物の成れの果てだった。

 片や、不滅の神鉄と謳われた肉体を持つ魔人。片や、己の死すら欺き暗躍する錬金術師。

 どちらも相応に強敵であったはずであるのに、今やその姿は無惨に斬り刻まれて見る影もない。

 

 もっとも殺したのは少女ではなく、路地裏にいる『もう一人』の仕業ではあるのだが。

 この暗闇の中でも目を引く赫色の刃が、するりと空間に溶けて消えた。どういう原理なのか気になるところだが、お茶らけてばかりもいられない。

 

「はぁー……。あれだけフェジテを騒がせた張本人二人をこんなにグッサリキッチリ殺しちゃうなんて、見かけによらずおっかないんですねぇ?」

「───(いや)。仕留めきれてはいない。如何なる仕掛けかは与り知らぬが、どうも一杯食わされたようだ」

 

 答える声は淡々としている。首を僅かに動かすことで死体を示すと、得体の知れない術式が地面に───正確には、ジャティス=ロウファンの死体を起点にして現れていた。

 慌ててその場から離れて見れば、今しがた斬殺されたはずの死体はずるりと闇に溶けるようにして消えた。気味の悪い光景に、つい「うっわぁ」と素直な感想がこぼれた。

 

 転送魔術の一種だろう。特殊な金属として利用価値があるであろうアセロ=イエロの死骸はともかく、肉体的にはただの人間であるジャティス=ロウファンまで回収されたのは意味がわからないが。

 あるいは、数年前に死んだと見せかけて生き延びていたジャティスである。この死体さえも、後に繋がる舞台装置の一つにすぎず、本人がどこかで糸を引いている可能性も否定できない。

 

「ふ~ん……」

 

 そこまで思考を巡らせてから、改めて少女は路地裏に目を向けた。

 

 目の前にいるのは人相の把握できない青年が一人。

 『我が愛しのあるじ様(マイ・ロード)』の命令により魔術学院に起こった事件……と、役立たず寸前の現・《紅焔公(ロード・スカーレット)》を監視しに来たはずが、妙なジョーカーを引いてしまった。

 

 彼女の主人は、それも込みで彼女に監視を命じたのかもしれないが。

 

(これは確かに、戦力として抱き込めれば相当強いカードになりますねー?

 けど、微妙に厄介、かつ面倒というかぁ……ぶっちゃけ、私の嫌いなタイプのよーな!)

 

 値踏みするような視線をぶつけながらもの思う。

 彼女の『あるじ』はとにかく戦力を欲している。それも、わかりやすく表沙汰になるものではなく、裏で動かせる類のものを、だ。

 

 やたらと戦力を表に出して主張しては無駄な警戒を招く。理想は子飼いの魔術師を国の上層部に潜り込ませておくことだが、それでは政治的に活動はできても裏での活動が疎かになる。

 

 事前情報からして、戦力としては申し分ない。なにより、情報が正しければ『彼』は天の智慧研究会がやたらと執着している人間だ。引っこ抜ければ、かの組織にとっても十分な嫌がらせ……もとい、痛手になる可能性はある。

 従わせる方法など、それこそごまんとある。大抵は権力や特権をチラつかせれば一発だし、そうでなければ人質でも取れば良い───

 

「……で、あなた、これからどうするんですか? こっちも下心アリアリなので、『お手伝い』をしてくれるならある程度は色々とそっちに都合しますよ? ───古巣、戻りたくないんでしょう?」

「───……古巣?」

「いやいやいや、なんですか! その『ナニソレおいしいの』みたいな顔。あなたの古巣ですって古巣。えーとなんでしたっけ? たしか、アルザーノ帝国魔術学い───」

「申し訳ないが、興味がない」

 

 あまりにも感情のない一言に、今度こそ少女は絶句した。

 曲がりなりにも一年以上を過ごした場所に対しての言いぐさも、その言葉の冷ややかさにも。

 

「『(当方)』に確たる目的はなく、この身は只役割に徹するのみ。

 であれば───居るべき場所など有りはしない。『(当方)』は『(当方)』の為すべきを為し続けるまで。……そこに、情などあるものかよ」

 

 硬質な仮面に覆い隠されて、その表情は読み取れない。

 闇の中にあって、なに一つ窺い知ることはできないが、それでも───その語り口に熱はなく。

 

「へぇー。ま、それならそれでもいいですけどぉ……」

 

 あは、と。

 

 月光に照らされたあどけない顔を狂気に染めながら、少女が嗤う。

 

「それじゃ、今後とも仲良くしましょう? ねぇ───」

 

 亜麻色の髪が闇に揺れる。

 媚びるような視線と仕草で、少女は『彼』の名前を呼んだ。

 

 もはや名乗るべき名などないと、そう告げた()()の名称を。

 

 

 

「───剣士(セイバー)さん?」

 

 

 




そういえばもうそろそろこの小説をぶち上げてから一周年ですね。というわけでなにか特別編を書こうと思うのですが、なにが良いかなーと思ったのでアンケートなるもので募集してみます。
上位1本、もしくは2本を書き下ろしたいと思います。基本的に本編に挟み込む余裕のないもの、あるいは知り合いに推されたもの、没√などが候補です。変化球でTwitterなんてのも。
ジャンル・タイトルのみの記載となっておりますので、読みてぇなって思ったものにポチッとよろしくお願いします。
……いや使い方これでいいのかな、緊張するなこれ!

1stアニバーサリー記念

  • 過去編:とある村のある日の風景
  • 過去編:雨の日、緋色との逢瀬
  • 幕間:料理とバイトと馴れ初めと
  • 幕間:Cat Cat Cat
  • 7巻IF:イヴの潜入護衛任務
  • IF√:炎の騎士
  • EXTRA:堕天の庭にて、謎の邂逅を
  • なんでさ:小ネタ&落書き用Twitter
  • そんなことより:本編を書こう
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