竜殺しっぽい誰かの話。   作:焼肉ソーダ

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『竜殺し』の設定とEXTRAの設定のすり合わせをすること、一ヶ月。
『魔法使いの夜』と2部7章に心をボコボコにされること、一ヶ月。
そこからEXTRAゲーム序盤の内容をダイジェストでまとめられるようになるまで、一ヶ月。
卒業研究をやっつけ、引っ越しの準備に追われること、一ヶ月───。

四ヶ月ぶりだな諸君、作者だよ。遅くなってタイヘンに申し訳ない。アニバーサリーは終わったがアニバーサリー記念の番外編だ!
もう一個のIFルートもいずれ投稿するからもう少しのんびり待っていてほしい。ところでアニバーサリー本当にこの二種で良かったのん??

今回は本当に色々なルール、ルート、IFをぶっちぎった『もしかしたら』であるため、多少の矛盾、駆け足感、面白みのなさはお目こぼしいただきたい。ゲームのダイジェストとか二度とやんねー。

───追伸。アッシュ君は出ません。
『なんでこいつが!?』という感想は幾つか出るだろうが、そこはそれ。大目に見てほしい。禁じ手には禁じ手で対応した、ということで。

まじの追記:コロナなった


56.IF/EXTRA:堕天の庭【前】

 

 

 

 

 ───夢を見たことがある。

 

 夢といっても悪夢の方で、眠りの縁での記憶ではなくホントの話だ。

 子どもの頃に一度だけ、嘘のように大きな火事を見たことがあった。

 

 自分は幸い大した被害は受けなかった。火元からかなり遠かったのだろう、家とかそのとき大事にしてた玩具とかが燃えただけで、本当に大事なモノ……家族とか、そういうの、は無事だった。

 自分自身だって、せいぜい軽い火傷を負った程度なものだ。全身が焼けてしまった大勢に比べたら、自分はずいぶんと恵まれていた。

 

 運が良かった。

 だって生きている。少し痛いだけで、今日も世界は続いている。

 見ているだけで殺意と憎悪を感じてしまうような、そんな炎に呑み込まれることもなく。近くて遠い『おしまい』からは、なんの苦もなく逃げ延びたのだ。

 

 ……だけど、それでも。

 

 こんなにもあっけなく生命というものは終わるのだと、燃える景色は告げていた。

 

 それが一度目の悪夢。

 一方的に未来を閉ざされる人たちを助けられる力なんて、ただの人間にはないのだと思い知らされた記憶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────☆───────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶え間なく襲い来る頭痛に耐えながら頭を振る。

 どうにも寝起きのような倦怠感がつきまとっている。深い水底に落ちるような、あるいは浮上するような。行く宛もなく浮遊していたものが重力に絡め取られるような、そんな形容しがたい感覚とともに目を覚ました。

 

 チカチカと視界が明滅する。うまく輪郭を掴めない感覚は、暗いところから明るいところへ連れ出された時に似ている。実際に暗いところにいたわけではなく、もちろんもののたとえではあるのだが。

 手探りで上半身を起こし、眉間をほぐす。ようやく視覚が慣れてきたのか、朧げながら周囲の情報を取得し始める。

 

「……どこだ、ここ」

 

 何度かまばたきを繰り返し、ようやく周囲の景色を把握した。

 見覚えのない空間。半透明の床にはグリッドが走り、まるでタイルが連なっているように錯覚する。いや、実際その通りなのか。はるか遠くには絨毯のような豪奢な赤色が広がっていて、やはり当然のことながら見覚えはない。西洋の城、のような雰囲気ではあるものの、そう仮定するにはあまりにも周囲の景色は異様に過ぎた。

 

 およそ現代では体感しようのないデジタルチックな景色と違和感。肌にまとわりつく、深海のような息苦しさ。見覚えのない、現実感のない空間。いつの間にか着替えさせられたのか、着ているのはこれまた見覚えのない学校の制服。

 ……なるほど、と一つ頷く。つまりこれは、

 

「またぞろ、なんかよくわからないトコに紛れ込んじまった感じかねぇ……」

 

 呟き、地べたに転がっていたせいか凝り固まった身体をほぐすように伸びをした。相変わらず頭痛はするが、動けないほどではない。今はどちらかといえば緩やかな酩酊感のようなものに変わっている。夢の中にいるような気分だ。試しに頬をつねってみるが、痛いだけでなにも起きない。

 ……と、そこまで反射的に行動してからはたと気付いた。身体が動かせる。腕はあるし足も動く。なんだったら歩くどころか走ることさえ余裕でできそうだ。

 

 いや、そのレベルで驚くほど自分は不自由な身体をしていなかったはず……と自身の驚きに驚きながら記憶を探り、もう一度驚いた。

 

 ───『ここ』に至るまでになにがあったのか、具体的な内容がまったくもって思い出せない。

 端的に言えば記憶喪失というヤツであろう。堂々と宣言できるほどはっきりと欠落しているわけではないが、思い出せない以上はこれ以上に適切な言葉はあるまい。ファンタジーの常套手段に、まさか自分が陥るとは。

 

 しかし考えても考えても、いくら頭をひねっても、今までの自分の動向がうすらぼんやりとしかわからない。いっそ清々しいまでの混乱ぶりだ。寝て起きたら異世界でした、というシチュエーションはこういう気持ちなのかもしれなかった。

 しかしまあ、思い出せないものは仕方ない。言い方は悪いが考えるだけ時間の無駄だ。仕方ないから、考えないことにしよ───

 

「……いや。いやいやいやいや」

 

 なんでのほほんとしてるのさ。緊急事態だろ。なにがあったのか思い出せないのは立派な緊急事態だろ! しれっと流そうとするんじゃない!

 

 セルフツッコミとため息を吐き出してから、深呼吸を繰り返す。

 よくわからないコトが続いて気が動転してるんだろう、たぶん。意外と落ち着いていた気もしたが、純粋に思考回路がフリーズしたせいで考えが回らなかっただけだと思う。なにせ、まともにものを考えること自体が久しぶりなのだ。ある程度は仕方がないというものだろう。

 

 よし、と気合いを入れて立ち上がる。一瞬立ちくらみのようなものがしたが努めて無視する。……訂正、不快感は拭えないが気にしていてはキリがない。微かな痺れのようなぎこちなさはしばらく我慢するしかないだろう。

 視点が高くなれば、自分が今置かれている状況がいやでもわかってくる。どうやら、よくわからないトコロという評価は間違いではなかったようで、柱もなしに並べられた床は見えないどこか遠くまで続いていた。早い話、迷路かなにかだ。……もっとも、これだけ巨大な迷路など、日本どころか世界中を探してもありはしないだろうが。

 

「……とりあえず、出口を探そう……ここ、気持ち悪いし。出られるかはわかんないけど、うん」

 

 三秒だけ考えてから、弾き出された結論に従ってぎこちなく歩き出す。

 久しぶりに自分の足で歩けることに、ちょっとした充足感を覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────☆───────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「広い!!」

 

 うがー、と見えない天井に向かって叫んでから、慌てて口を塞いだ。しまった、と歯噛みして周囲を見渡すが、どうやら妙なものは近付いていないようだ。あまり聴覚は優れていないのかもしれない。恐る恐る口から手を離しても、やはりなにかがこちらへ迫ってくる様子はない。

 ほっと胸を撫で下ろして、改めて肩を落とす。体感一時間は歩いているが、一向に出口らしきものが見つからない。

 

 こう、ずばーんと敵ごと壊しながら進んでしまえたら楽なんだけど───などとも思ったが、実行する手段も無事に済む確証もないためそそくさと頭の隅に追いやる。

 

 仮称ダンジョン内は謎の生物───いや、生物と呼ぶのもおこがましい物体で満ちている、ただ歩くだけでも危険がつきまとう領域だった。

 それどころかダンジョン自体も妙な閉塞感に包まれていて、動き回るだけで息が詰まる。()()()感じこそしないものの、それにしたって息苦しい。最悪より少しマシ、レベルだ。……身体の重さが取れないあたり、自分自身にも問題があるように思わないでもない、が……。

 それでも一応、一歩進めば新手がいる、などという密度ではない。気をつけて進めば見つからずに移動できなくもなかったのは幸運と言えよう。

 なんとかかんとか、比較的空いている場所を進んだり全力でダッシュしてみたりと色々手を尽くして探索をしてみたが、労力に見合うような収穫はほとんどなかった。

 

 わかったのは、自分がいた世界(場所)とはまた別なのだろうということくらい。

 だがそれがわかったところでなにができるわけでもなければ、そこに帰れるわけでもない。そもそも帰る世界などとっくにないのだから、このよくわからない場所を彷徨うしかないという現状への理解が深まった程度の恩恵しかない。

 ()()()()()()()()は思い出せなくとも、()()()()()ということだけは骨身に沁みている。あまり、深く考えたくはないが。

 

「しっかし……誰もいないし、変なのはいるし、かといって逃げ続けてても出口はないし……つか、三次元立体迷路はキツい……マッピングしないとキツい……」

 

 一番の問題は出口が見えないという点だ。階段のようなものは遠くに見えたが、道中に謎の浮遊する構造体がわんさかいるせいで近付くこともままならない。

 視力は悪い方ではないが、こうも遠いと見るだけで精一杯で、しっかり確認することはできそうもない。

 障害物(エネミー)さえどうにかできればまた違うのだろうが、戦って切り抜けるなんてもってのほかだ。そんなコト、生まれてこの方したこともなければ試みたこともない。見晴らしが良いのも向かい風で、引き付けてから撒いて逃げる、なんて芸当も出来そうにない。もし自分があの未確認飛行物体……浮遊物体? に一人突撃したところで、イイ感じに複雑骨折した死体が出来上がっておしまいだ。

 

 スポーツ選手なんかであったとしてもそうそう抵抗できないだろう。

 剣道部員とかチアリーディング部とかの運動部が華麗に避けたり退けたりするシナリオもあるが、あれはあくまでもファンタジーだからこそ許される暴挙なのである。普通は自分より強いものに立ち向かう気になんて到底なれない。

 

 いわんや、シロウトをや。

 物語の主人公にはなれそうもない。なる気もないが。

 

「……ったく、結局なんだってんだ……。マトモな場所じゃねーのは確かだけど、終わってるってわけでもなさそうだし……」

 

 ぶつくさと、良くもない頭で必死に現状を整理する。

 そもそもの話、自分にわかることはそう多くはない。色々あって、世界にはまだまだ自分の知らない神秘が溢れている……具体的には魔術とか……ということは理解したが、だからって一足飛びにすべてを理解できるわけでもない。

 

 具体的な内容を思い出せないのでは言わずもがな、だ。

 自分としては夢を見ているような状態だったのだから、そういう意味ではきちんと覚えている方がおかしいのかもしれないが。

 

「なんだっけ……剪定……編纂……? 難しい概念並べられてもわかんねーんだけどな……」

 

 夢の中、聞きかじった単語を必死に思い返す。思い返したところでなにがわかるわけでもなかろうが、意味不明には意味不明をぶつけたらなにかわかるかもしれない。わからなかった。

 第一、ナントカとかいう……えっと……なんだっけ……。そう、ナントカいうナントカがナントカでナントカのような……もはや思い出せない通り越してなにを思い出そうとしているのかわからないというか……。

 

「ロスト……えっと……? なんだっけ……いやほんとにわからん……」

『──────!』

「ああ、うん、そうだよな。ほんとに意味わかんねーよな───うん?」

 

 思考の隙間、なにかおかしな相槌が入った気がして首を傾げる。

 ふと隣を見れば、そこには丸っこい謎の球体がガッシャンガッシャンとパーツを動かしている。

 

「─────────」

 

 現状を確認しよう。

 

 前、道。後ろ、道。左右───よくわからない、けど殺意がマシマシなことはわかる球体。

 ───ターゲット、自分。

 

「あっ───う、わぁぁぁ!?」

『──────!!』

 

 反射的に、思わず情けない悲鳴をあげて走り出していた。

 風を切りながら、球体が体当たりを仕掛けてくる。……ついさっきタダでは済まないだろうと推測した物体が、体スレスレで通り抜けて床にぶつかる。壊れないのが不思議なくらいの轟音を立てながら、()()は再び自分を標的に捉えていた。

 

 背筋が痺れる感覚。これが本能というものだろうか。

 敵に背中を向ける危険など考えもせず、全力でその場を離脱する。

 

「───ッ!!」

 

 でたらめに、出口のことなど考えないままにめちゃくちゃに道を辿った。微かな身体の違和感など気にしてもいられなかった。気が緩みすぎていた、と自戒する。たとえなんとか無事に探索できていたとしても、慣れない場所である以上は気を抜くべきではなかったのだ……!

 背後からはしつこく、逃がすつもりはないとばかりに謎の球体が追い掛けてきている。それこそ機械的に、無機質に、暴力的に、こちらを叩き潰そうと迫っている。

 

 ───殺される。

 

 久しく味わうことのなかった、というか味わったことがあるという経験が信じがたい感覚が警鐘を鳴らす。

 

 このまま此処にいては殺される。惨たらしく消去される。なにが起きているのかもわからないままに終わらされる。

 あるいは、もっと酷い最期を迎えることになるのかもしれない。酷い死に方、というものを想像する余裕はなかったが、漠然とした思いがよぎる。

 

 後先なんて考えずに全速力で走る。道はわからなかったので勘のままに走り続ける。敵がいたはずの道は極力避けはしたが、限界はある。自分の記憶力の良さに今回ばかりは感謝した。

 それでも距離をほんのわずか引き離すのが精一杯で、袋小路に追い込まれてへたり込むまで、そう長い時間はかからなかった。……振り切れた、とは思えない。直に、運命はこの道にまで辿り着くだろう。

 

「はぁ、は───ァ、はー……ッ、くそ、……やっぱ、まとも、じゃねえ……!」

 

 息を切らしながら吐き捨てる。

 

 怖い、と久しぶりに思った。足が震えているのは全力疾走したせいだけではないだろう。

 思えば、今まで遭遇してきたもののほとんどはただ目の前で起きているだけの出来事で、自分が主になって関わることなんてまったくと言っていいほどになかった。……幼少期の火事なんかが良い例で。

 

 ああ、そうか、と他人事のように腑に落ちた。

 

 死に損ねて、消え損ねて、散々あちこちをたらい回しにされてきたけれど。───ようやく、ここが終点になるらしい。

 

「──────……あ」

 

 そこで、もうなにもかもどうでもよくなった。

 

 消えるのは恐ろしいことだ。死んでしまうのも同じこと。それを心底から望めるほど、自分はネジの吹っ飛んだ人間ではない。それでも、そう気付いてしまえば抵抗する気力はあまりなかった。

 

 所詮は有象無象の人間一人。

 消えたところで、なんの問題もないのでは、と。ついひょっこり、いらない本音が顔を出した。

 

 気が付けば、すぐ近くによくわからない構造体が迫っていた。このままなにもせずにいれば自分はあっさりと、それこそ赤子の手を捻るよりも容易く命を落とすだろう。

 例え普通とは違う経歴を辿ってきたとしても、自分自身はどうせちょっと悪運が強いだけの一般人。力で迫られてはどうしようもない。

 ここで終わる。終わらされる。気付けば消えていた故郷や、夢の中の雪景色となんら変わらない。

 お前たちに価値はないと、一方的に切り捨てられる。お前たちの奮闘は不要なものだと、なかったことにされていく。

 

 ……だけど、それはもう、どうしようもないことだ。

 終わったものを取り戻す術はない。かといって、終わる前に奮闘する力もない。

 

 そういうものなのだ、この世界は。

 因果応報、努力をしたものが報われるというのは間違いではないが、努力をしたから報われるというわけでもない。

 

 だが今は世界の命運が絡んでいるわけでもない、自分で自分の道を選ぶ至極当然の状況。それでさえ、自分ではどうしようもない気がして───

 

 ───遠く。

 消えていく景色を、見た気がした。

 

「……くそッ!」

 

 悪態をついて、袋小路のさらに奥へと走っていく。

 逃げ道はない。当たり前だ。どこへ行っても行き止まりなのは今に始まったことじゃない。

 それでも足を動かして走る。ギリギリまで、人生に執着するように。

 

 ……いや、執着、は正しくないか。間違ってもいないけれど、これはどちらかといえば寂しさだ。

 決して埋まることのない喪失の穴。その存在に気付いた途端、座して死を待つのがバカらしくなっていた。

 

 もし、自分がここで死んだら。

 ダメだ。それはあまりにももったいない。

 

 歯を食いしばって、弱音を世迷い事に変換する。

 どっちもどっちだが、後者の方がまだやる気にはなる。

 

 ……そうだ。

 終わるのは良い。

 だけど、もしここで自分が死んでしまったら。もう自分しか覚えていないものが、本当に無かったことになってしまう。

 

 それはダメだ。それはいくらなんでも寂しすぎる。

 もう帰れないことぐらいわかっているなら、せめて……!

 

「───死ん、で、良い、とか! 死んでも、言わねぇ、けど!」

 

 奮い立たせるために声を張る。そんなことでなにが変わろうはずもない。(終わり)は無慈悲に、無機質に迫っている。

 わかっていたことだ。わかっていたはずのことだ。

 諦めない───違う。諦めているけれど、それでも。

 

 なにか一つでも、残したいものがあるのなら───

 

「……ここで! 死んだら!

 ()()だけ残っちまった、その意味がなくなるだろうが───!!」

 

 そんなもの、最初からどこにもないのだとしても。

 それでも、残ってしまったモノとして。

 

 ここで死ぬのは癪だと、恐怖に理由をこじつけて前を向いて───

 

 

 

 ───その叫び、しかと聞き届けた、と。

 

 そんな声と共に、自分を消し去るはずのものが一瞬で燃え尽きた。

 

 

 

「な───……!?」

 

 突然のことで絶句した自分を誰が責められよう。

 もとより、魔術やらなにやらとは無縁の人間である。目の前でビックリ炎上ショーが繰り広げられればそれは驚くというものだ。

 

 それと同時、左手に熱と痛みが走る。

 これ以上妙な事態が増えるのは勘弁してくれ、と思いながら視線を移せば、そこにあるのはやっぱり妙な、よくわからない模様のようなもの。

 

 タトゥーを入れた覚えはないし入れるつもりもなかったのだが、これはいったいどういうことであろうか。

 そろそろ理解が限界───と、そう思ったのが理由ではあるまいが、鋭い痛みに一瞬で意識が断線しかける。

 

 みっともなく尻餅をついたままの自分の目前、人影が揺らめいた。

 それはこの場に似つかわしくない、なんとも幻想的な光景で───

 

「───問おう」

 

 涼やかな声。この事態にも動じず、ただ敵を消し去ったモノの言葉が、一人きりだった自分へと向けられる。

 

「おまえが、アタシのご主人(マスター)か?」

 

 ───()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、実に調子外れの浮かれた声で、真面目くさったセリフをぶん投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────☆───────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白野さん、その角を右に! そちらに反応があります!』

「まったく、迷宮に未知の動く生体反応だと───本当なんだろうな!」

『間違いありません! 誰かまでは特定できませんが、少なくとも片方はサーヴァントのはずです! 岸波さんたちを裏側に堕とした犯人である可能性もあります、接触は十分注意してください!』

 

 焦ったような桜とレオの声が響いている。

 月の表側に通じると思しき道───仮称サクラ迷宮に乗り込んだ後、戦闘経験が初期化されてしまったアーチャーとアリーナ内部を進んでいたらこれだ。

 

 月の裏側……何者かの陰謀により聖杯戦争から()()()()()きた先で、頼れる相棒(サーヴァント)友人(ライバル)たちと再会し、なんやかんやで脱出の道を探っている最中に飛び込んできた連絡は、到底信じ難いものだった。

 

 得体の知れない拷問室の探索を終えた直後に舞い込んだ、サーヴァント反応の捕捉。それも二体分。自分を観測機器の代用としている以上、そう遠くない場所に。

 付近にはサーヴァントではない生体反応も、それぞれ二つ。───サーヴァント同士の戦闘が行われている可能性が高い、と桜は言った。

 

「───マスター、止まれ!」

 

 アーチャーの声に、反射的に速度を緩める。通路の奥の方、睨み合う四つの人影。武器を構えていない人物のうち一人には見覚えがあったが、もう片方は知らない人物だった。

 ……旧校舎まで逃げることのできなかったマスター、だろうか。データの負荷が大きいのか、汎用の制服を除けば、やはり汎用なのであろうアバターのカラーリングは色落ちしたように薄味だ。サーヴァントと思しき少女の後ろ、令呪があるのだろう腕を押さえながら息を切らして前を───敵なのだろうサーヴァントを睨んでいる。

 

 知らないマスター───少年のサーヴァントであろう少女は少年を背に庇うようにして、狐耳と尻尾を揺らしながらもう一人のサーヴァントの前に立ちはだかっている。だがそもそもの地力が違うのだろう、赤い着物の端々には傷がついていて、あと一押しで倒れてしまいそうなほどに彼女は傷付いていた。

 

「……白野さん以下の、ペーペーの新米にしちゃあ粘ったわね。でもこれで終わり。楽には死ねないでしょうけど、ここまで降りてきた代償だと思いなさい」

「ねえリン。もういいわよね? こいつら、もちろん(アタシ)の豚にしちゃってもいいのよね?」

「構わないわ、ランサー。知らないマスターだし、仮に知ってても容赦する理由もないし」

 

 優雅に髪を払うのは、聖杯戦争の参加者(マスター)───自分のライバルであったはずの少女、遠坂凛。

 その傍らで槍を携えるランサーのサーヴァント……凛のサーヴァントは見たことがあるはずだが、なぜかこのランサーに見覚えはない。赤色を思わせるカラーリングには違和感しかない。たしか、凛のサーヴァントはもっと青かったような───?

 

「……好き勝手、言いやがって、……!」

「ご主人(仮)(カッコカリ)、無理はするな。この程度、我が丸っとドラゴンステーキにして契約完了の前座にくべてくれるワン!」

「……言ってくれるじゃない。(アタシ)を倒す? 召喚ほやほや、まだマスターと名前すら交わしていない貴方が? 笑わせないでちょうだい、それならまだリンと戦りあってた方が楽しめ───」

 

 ランサーの槍が無防備なマスターへ向けられる。彼のサーヴァントらしき少女も健闘してはいるのだが、ランサーの言う通り動きがぎこちない。

 ……圧倒的な経験(レベル)不足。自分とアーチャーよりも未熟であることが見て取れる彼らが逃げる術はなく、一瞬でも目を離した隙に勝敗は決してしまうだろう。

 拷問室で見た、生きながらにして生存価値を奪われ続けるマスターの姿が過ぎる。このまま放っておけば、彼もその仲間入りを果たすことは想像に難くない。そう考えた瞬間、身体が自然と動いていた。

 

 ───ちょっと待った!!

 発声と同時、『正気か君!?』とか言い出しそうなアーチャーを無視して、つい物陰から前に出てしまった。一瞬で周囲の視線が集まる。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………白野さん?」

 

 ……しまった。

 うっかり、なんてレベルではない。不意打ちのチャンスだった……というのは措いておくにしても、あまりにも無策での登場だった。

 だがそれでも、見過ごすわけにはいかなかった。『岸波 白野』はたとえ自身の危機がかかっていても、こういう状況では後先考えずに動いてしまう人間なのだから。

 

「───そう。貴方まで、のこのこ死にに来たってワケ? これっぽっちも嬉しくないけど、歓迎の言葉だけは贈ってあげる。相も変わらず気の抜けた()だ、ってね!」

 

 腰に手を当て、優雅に髪を払う凛。

 その仕草は、記憶が曖昧な自分でも彼女がまさしく『遠坂 凛』だと確信させるに足るものだったが───理解ができない。

 なぜ凛は、こんな場所で見知らぬマスターをいたぶっているのか───!?

 

「なぜ、ですって? 当然、ここは私の城ですもの。不法侵入者は捕まえて、労働力に還元するに決まってるじゃない」

「だ、から、その城とかってなんなんだよ! オレはただ、こっから出たいだけ───」

「今、白野さんと喋ってるの。四流は黙ってなさい」

「ふはは、三流未満ときた! しかしこれに限っては我も擁護のしようがない、なんせご主人(仮)は援護のえの字もしてくれぬからな! が───」

 

 ちらりと、少女がこちらを流し見る。

 

「そこのショコラ(茶色)レッド(赤いの)!」

 

 ───待ってほしい。その面白い呼び方はまさか自分たちに向けたものなのか!?

 

「このままでは全滅必至、口惜しいがウェルダンにする前に我らがガメオベる!」

「それに関しては同意するが、もっとこうなんかなかったのかね! 呼び方!」

「そんなミニマムなことに割く思考容量はキャットにはない! あのイタイタしい自称女王(クイーン)とトカゲにビシバシ鋭いツッコミを入れてるあたり、ひとまず味方と見て良いな!」

 

 ───女王?

 

 首を傾げそうになるが、この場でそれに該当しそうなのは凛しかいない。

 凛が敵対───考えたくもない状況に背筋が冷えたが、そうだ、と返答した。

 

Good(キャッツ)。であれば全面的に信用するぞ、赤いの! ───ご主人(仮)、御免!」

「ぐ、ぉ!?」

「からの───呪相・密天(っぽいやつ)!」

 

 少女が少年の胴をかっさらい、もう片方の手で符のようなものをばらまいた。瞬間、あたりに風が巻き起こり、一時的にアリーナ内にいる全員の視界が封殺される……!

 

「この魔術の腕───キャスターか!」

「残念空気を読んでバーサーカーだ! そして同じく空気を読んだ援護射撃にサンクス! ではゆくぞ、舌が惜しければ黙っていよう!」

「め、目が、回」

 

 それぞれサーヴァントに抱えられながら、凛とランサーのそばから離脱する。

 乙女の腰を片手でひっ捕まえているアーチャーにも文句を言いたいが、この緊急事態では仕方ない。というより、もう片方の少年マスターの方が心配になる。制服の襟を掴んでの疾走は、あの状態では堪えるだろう。

 

「ちょっとーーー! にーげーるーなー!」

「ランサー、ストップ! 騒がないで、鼓膜割れちゃうったら!」

「なによ、リンが追加のオーディエンスとのんびり喋ってるのが悪いんじゃない!」

「んなっ……べ、別に白野さんのコトなんてなんとも思ってないんだから! 勘違いしないでよねランサー、これは強者の余裕ってやつ───」

 

 遠くの方で、既に視界は晴れたにも関わらず凛とランサーは言い争いをしている。

 そのまま姿が見えなくなっても、追っ手がかかることはなかった。見逃された……というか、逃げ切れたということで良いのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────☆───────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やれやれ。ついに狂ったか、遠坂 凛……とはいえ、今回は救われたな」

 

 校舎に続く階段まで逃げ切ってから、アーチャーが肩をすくめた。

 アーチャーも、あの凛がおかしいことには気付いているらしい。……そもそも凛が本気でこちらを叩き潰すつもりだったら、もっと早くに決着はついていた。凛らしからぬ行動に、今回は救われたと見るべきだろう。

 

 さて、そうなると問題は。

 

「───、───……」

「うむ、ご主人(仮)に代わって礼を言おう。紅茶(アカチャ)が来なければ危ないところであった。この恩義はいずれ物理的に返そう。ミカンとか」

「───……、あ、りが、……」

 

 頭を抑えながら何事かを言おうとする少年。先ほどの逃避行が相当に効いたと見たが……。

 それはそれとして、こちらも無事なマスターに出会うことができてよかった、と告げる。いきなり戦力としてカウントするわけにはいかないが、助けられただけでもアリーナに侵入した甲斐があった。

 

「……マスター? ……あんた、ここについてなんか知ってる、のか?」

「君よりは詳しいだろうとは思うがね。……事情説明の前にひとまず、休息が必要だろう。こちらに我々の拠点がある。そこまで案内しよう」

「拠点……出口、あんのか? ここ?」

 

 疲労困憊、といった様子だった少年がパッと顔を上げた。長いこと迷宮内をさまよっていたのだろう、信じられない、と顔に書いてある。

 表側に戻ることはできないが、安全地帯ならあると返答すると、あからさまにほっとした表情を見せた。その横で、狐耳の少女───先ほどバーサーカーだとカミングアウトしたサーヴァントがうんうんと頷いている。

 

「その通り、ご主人(仮)にはブレイクタイムが必要だ。本来であれば正式な契約といきたいところだが、我は空気を読むキャット(バーサーカー)。まずはしっかり英気を養ってもらわねばな」

「……待て、契約がまだ、だと? それは───」

 

 ───サーヴァントとマスターじゃ、ない?

 どういうことだろうと少年の方を見る。が───

 

「───悪い、限界」

 

 当の少年はふらりと脱力すると、そのまま床へと倒れ込む。

 直前でバーサーカーが抱き留めたが、既に意識はないようだった。ほれ見たことか、と言いながら抱き上げ、こちらに目配せをしてくる。バーサーカーという割に理性的だな、などと思いながらアーチャーと顔を見合わせる。

 

「……どうやら、聞かなければならないことが増えたようだな」

 

 アーチャーの言葉に頷いた。

 未知のマスターとサーヴァント。

 

 果たして、自分たちは無事に聖杯戦争に戻ることはできるのだろうか?

 前途は多難である。

 

 

 




すまない、実は前後編なンだ。他のマスターとの会話を期待していた方々は次回まで待ってほしい。本当は一話だったのが文字数の関係で分割されただけなンだ。
しかし……素のあやつは割と普通の人間だったんだな……。


▼三行でわかる! なにがあったのか解説
・『???』がSE.RA.PH(月の裏側)に漂流。わけがわからないなりに探索、何故かバーサーカーを召喚
・新規サーヴァント反応に駆けつける月の女王とトップアイドル。容赦なく新米マスターとサーヴァントをボコボコにする
・最弱のマスター(♀)&アーチャー、月の女王が別の場所にいる関係で拷問室まで到着。その後戦闘中の↑を発見

▼分岐条件
・『次』に流れ着く先がロクアカ世界ではなくEXTRA世界であること
・直前まで居たのが■■■■■であること
・■■■■■で観測可能状態であること
・CCC事件が起きること
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