竜殺しっぽい誰かの話。   作:焼肉ソーダ

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二周年記念日に更新!! ヨシ!!
というわけで無事に二周年を迎えました。いえーい。
知り合いに二周年企画の案を聞いたら別ルートが気になると言われ、

「いや、たぶんつまんないよ? 順当に手が付けられなくなって順当に全員死ぬ」

と答えました、焼肉ソーダです。

大丈夫、本編はちゃんとハピエンになります。信じて。とらすとみー。


58.Lost days, No sign of you.

「貴様には心底失望したぞ、イヴ」

 

 室内に響く、重い声。

 

 その声が向かう先は、床に倒れ伏した私だった。

 

「わざわざ私が、直々に必要な情報を与え、さらには《炎の眼》の使用許可まで与えたというのにこの体たらく。イグナイトの青い血を引くからと目にかけてやっていたが、所詮はその程度か。この出来損ないめ」

「…………」

 

 言葉も出ない。頬や脇腹を襲う鈍痛は関係ない。ただ単に、言い返すべき言葉が見つからなかっただけのこと。

 今回、私は失敗できない任務であるにも関わらず、目的を果たせないどころか成す術もなく嬲られていたところを助けられる醜態を晒した。

 

 あげく、本来の目的であった裏切り者───ジャティス=ロウファンには結局まんまと逃げられてしまったのだから、()()の叱責は至極当然のものだった。

 

「…………」

 

 俯いたまま、なにを言うこともなくただじっと父上のお怒りに耐え続ける。

 書き起こしてみればいかにも苦痛にまみれていそうなものだったが、不思議と苦しみはなかった。

 

 特務分室のみんなに秘匿して、フェジテに潜り込んだときの焦燥も。

 ジャティスを取り逃がしたとき、あれだけ強く感じていた恐怖も。

 

 痛みもなにも感じない。

 心がどこかに置き去りになってしまったよう。

 フェジテから戻ってきた私は、どこもかしこも空っぽだった。

 

「……まあ、良い。貴様には無能らしく、相応しい席を用意してやった。二度とその顔を私の前に見せるな。当然だが、イグナイトの家名も剝奪だ。《魔術師》のナンバーも返上し、どこでなりと野垂れ死ぬが良い」

 

 抵抗しない私に呆れたのか、満足したのか。父上はひどく不機嫌そうに鼻を鳴らしてそう吐き捨てると、私に対する興味を失ったかのように部屋の扉へと歩いて行く。

 

「まったく……実にくだらん。民間人の少女を助けて好機を逸し、特務分室の面々にも結局は先行が知られて助太刀されるなど……」

 

 ふと、耳に届いた呟き。

 私の失態のことを言っていると理解して、もう一段心が冷え込んだ。

 

 もういい。わかっている。私は無能で、不出来で、誰の期待にも応えられない───約束ひとつ守れない、無価値な女だ。

 だから、それは良いのだ。私がどれだけ悪し様に罵られようと、もはや響くものはないのだから。……だが。

 

「すべてはイグナイトのための踏み台に過ぎんと、懇切丁寧に教えてやったつもりだったが。

 それに目を向けてここまでの失態を演じるなど、イグナイトの風上にも置けん」

 

 ……聞き慣れた言葉だった。聞き飽きたフレーズだった。

 すべてはイグナイトのために。名誉、栄光、称賛の名の付くものはすべてイグナイトのものであり、イグナイト以外のすべては取るに足らない塵芥であると。

 

 ───だけど。

 

「……父上にとって、私は、なんですか」

 

 地べたにへたり込みながら、胡乱な意識が言葉を紡いでいた。

 父上と相対してから、ほとんどはじめて口にした言葉は、私自身無意識に転がり出たものだった。

 

 ここまでに、足蹴にしてきたもの。蔑ろにしてきたもの。……犠牲に、してきたもの。

 私が傷付けた、なによりも大切だったあの日の誰かが、心のどこかを掠めて───。

 

「私は……みんな(あいつ)は。

 あなたにとって、ただの消耗品なんですか……?」

 

 駒でさえなく。

 ただ使い潰すだけの、そんな。

 

「なにを今さら、そんなつまらないことを聞く?」

 

 ───侮蔑と共に告げられた言葉に。

 

 私の思考は、そこでぷっつりと途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 悪夢の中と同じ、胡乱な意識のまま目を覚ました。

 

 気怠さを振り払うように何度か瞬きをしてから、ゆっくりと身体を起こす。安っぽい客室は全面が板張りで、座る場所さえ設けられていない。

 衝撃がモロに伝わる劣悪な環境で数日を過ごした肉体は節々が凝り固まっていて、とてもではないが人の乗るものではなかったと感じてしまう。

 

 必要最低限の化粧だけが施された顔は、常であればそれでも硬質な美しさを漂わせているのだろうが、今はただ疲れ果てたようなひどくやつれたものだ。

 

 醜い、とまではいかずとも、生気の抜け落ちたような美貌は逆の意味で近寄りがたいものとなっていた。

 彼女を知る人間ですら、一見してその正体には気付かないだろうと思わせるほどに、彼女は憔悴していた。

 

「お客さん、もうすぐフェジテですよ。お貴族さんには貧相な馬車で申し訳なかったですね」

「…………」

 

 嫌味だろうか。御者の顔は見えないのでわからない。

 

 ただ、一つだけ訂正しておこうと口を開く。

 

「……別に。私、貴族じゃないし」

 

 もう、という言葉はつけずに、かすれた声で返答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 大きな郵便物の箱を前に、グレン=レーダスは唸っていた。

 

 目の間にあるのは、しばらく前にセリカの名義でこっそり購入した『複製人形(コピー・ドール)』だ。

 本来ならば、この人形にグレンの行動原理をインプットして自身の代わりに教壇に立たせ、グレン本人は働かずに給金をゲットする……そんなロクでもない企みの中核となるはずだったのだが。

 

「……さすがに今、あいつらをほっぽりだして楽しようとするほどクズじゃねぇよ」

 

 そう嘆息し、開いた箱をまた閉めていく。

 

 ラザール=アスティール───もとい、魔将星アセロ=イエロによる『フェジテ最悪の三日間』から早くも一週間が過ぎた。

 一国を容易く滅ぼすと謳われた怪物を相手にしたとは思えないほど被害は軽微で、修復中の校舎は今日も勉学に励む生徒たちで賑わっている。

 

 復興のためか商人の動きも活発化しており、小さな戦争があったとは露ほども感じさせないまでに今のフェジテは賑わっていた。

 ……小さな、けれど重い被害を被った学院の生徒を除いて。

 

「あれから一週間……結局、無事なのかすら掴めねぇとは……くそ、どういう隠形してんだあいつ。本調子じゃねえとはいえ、セリカまで協力したんだぞ?」

 

 憎々しげな言葉が向かう先はグレンの教え子の一人だ。

 いや、()教え子と言ってしまっても良いのかもしれない。

 

 戦いの終結を機にふらりと姿を消した少年の行方は、今もって不明のままだ。

 溺愛する息子やその教え子、妹分であるリィエルが落ち込んでいるのを見ていられなかったセリカまでもが手を貸したが、結果は惨憺たる有様だった。

 

「グレン。あの囮小僧、実はものすごい天才だったのか?」

 

 と、不貞腐れた顔でセリカが呟くほどだ。

 よっぽど隠密行動の才能があったのか、あるいは幻術に長けていたのか、今日に至るまで手がかりは一つもない。

 もちろん学院にも顔を出していない。数日前までは休学期間だったから良いが、これからも出席しないようなら学院側も対応をしなければならなくなる。いかなる事情があったにせよ、一人を特別扱いすることはできない。その事情さえも不明なのでは尚のことだ。

 

 ……いや、それ以前に彼はこちらとの交流を望んでいるのかどうか。

 わかるのはなにも言わず姿を消した、という事実。それがなにを意味しているのかはわからない。類推することはできても、それが正しいと思うことができない。

 

「……今まで、どういう風につきあってきたんだったかな……」

 

 呟く声には覇気がない。なにをどうするのが『正解』であるのかが、いつまで考えてもわからなかった。

 

 自分はただ、いつの間にか大切になっていた生徒たちが、平穏に笑いあえていれば良かっただけなのに───

 

「……、……よし」

 

 頬をぴしゃりと叩いて立ち上がる。

 今は、他にもやるべきことがある。探すにしたって、家にこもりきりではなんの進展も得られないだろう。

 

「差し当たっては、今日の学校か……」

 

 修復作業もほとんど終わったこともあり、アルザーノ帝国魔術学院は数日前から授業を再開することとなっていた。

 その最中、突如として全校集会が開かれるという通達が全校に伝えられたのである。内容こそ不明だが、正直(推定)『偉い人の長ったらしい上にためにもならない話』など御免被りたいグレンは目の前の段ボールに詰まっている人形にすべてを丸投げしたいのだが、そうもいかない。

 

 本当なら今頃、自分は中庭に寝っ転がって『グレン人形』の動作確認をしていた頃なのに……という思考を引っ込めて、ため息を吐き出しながら集会の会場である学院アリーナへと足を向ける。

 

「クソつまらん話とか聞いてる時間があったら、聞き込みの一つでもしてた方が有意義だっつーの……」

 

 ───あれから一週間。二組の面々はなんとか普段通りを装っているが、ふとした瞬間、冷え込んだ沈黙が落ちることがある。

 不在であることが、珍しいわけではなかった。だが、当たり前にあったものが、もう戻らないとわかった上で存在しないと突き付けられるのは、どうしようもない重苦しさを生み出していた。

 

 カッシュなどは自分の働き先でもそれとなく聞き込みをしていたようだが、手掛かりの一つも得られないままなのか、見るからに意気消沈している。

 そのうちに、アシュリーのことは一種の禁句のようにさえなっていた。

 

(特にルミアのやつ、気にしてたからなぁ……)

 

 反対に、意外にもケロリとしているように見えるのはリィエルだ。

 最初は落ち込んでこそいたものの、今はクラスで一番平静を保っている。

 

 正直、もう少し引きずるものかと思っていたのだが───成長したのか、あるいは別の想いがあるのか。

 

「どっちみち、ここでうだうだしててもしゃーねぇよな……」

 

 足で段ボールを脇に退け、クラバットを締め直……そうとして面倒くさくてやめた。

 偉い人の長い話に参加する価値なんぞ塵ほども思い浮かばないが、ここで無断欠席して生徒に闇雲に不安を与えるわけにもいかない。あとこれ以上減給されたくもない。

 

 ぶっちゃけた話、二組生徒としてはグレンが集会に来なくても『まあグレン先生だしなぁ』で済ませるくらいには、グレンの暴挙に慣れているのだが。

 

「うし、行くか」

 

 重たい気分を振り払うようにぴしゃりと頬を叩く。

 

 せめて、いなくなった誰かが帰ってきたときのために、残されたものを守ろう。

 そんな決意を秘めて、グレンは通い慣れた学び舎への道へ一歩踏み出した。

 

 ……その数時間後。

 

 抱いたばかりの決意が、早くも活躍するとは思いもしないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あ……先生、おはようございます」

「……はよっす、先生」

「んあ……セシルにカッシュか。珍しいな、朝早くからなにやってんだ?」

 

 寝ぼけまなこをこするグレンが道端ですれ違ったのは、なぜか私服姿のカッシュとセシルだった。

 二人とも軽装で、とても学院に向かう途中には見えない。しかもカッシュに至っては、夏も終わりかけだというのに半袖だ。

 

 確かに魔術という力がある以上、ある程度の気温変化は凌げるが、それにしたって場違いこの上ない。

 不可思議な光景にグレンが首をひねっていると。

 

「その……ちょっと、ランニングっつーか」

「ランニングぅ? 朝からぁ?」

「わ、悪いっすか」

「いや、悪ぃってこたねーけどよ……」

 

 よくよく見れば、カッシュは半袖な上に汗ばんでいた。セシルの手にも、タオルと水の入ったボトルがある。

 どうやら本当に、朝っぱらから走り込みをしていたらしい。自分は初めて見たが、もしかするとこの一週間で始めたのだろうか。

 

「僕たち、もっと体力をつけようと思って。ここ最近、毎朝学院の周りで走り込みをしているんです」

「体力ねえ……セシルはともかく、カッシュはもう十分なくらい体力あるだろ。お前、リィエルにゃ負けるとはいえクラスでもぶっちぎりで運動得意じゃねえか」

「それは……まあ、自分で言うのもなんですけど、その通りだと思います」

 

 けど、と続ける。

 

「なんつーか、このままじゃだめだよなって」

「!」

「俺たち、先生たちにおんぶに抱っこだったんだって、思い知ったから」

 

 ……そう。

 強くなったという実感はある。グレンのおかげで、今までよりも魔術師としての高みに登れているという実感もある。

 

 だけど、だからといって自分がなんでも解決できるヒーローになれたわけじゃない。

 自分は───燻っていたところに素晴らしい教師に巡り合って、うまくいくことが増えて思い上がっていたんじゃないか?

 

「カッシュ……」

「だから、()()()も───」

 

 そこでハッとしたように顔を上げ、ばつが悪そうに視線を逸らした。

 その言葉が指す人間など、グレンには一人しか思い当たらない。

 

「すんません、俺、急ぐんで」

「お、おう」

「じゃ、また学院で」

 

 軽く会釈をすると、そのままカッシュは走っていってしまう。残されたグレンとセシルが顔を見合わせる。そのうちに、手に持ったタオルで汗をぬぐったセシルがぽつりと呟いた。

 

「すみません……カッシュ、やっぱり気にしてるみたいなんです」

「見りゃわかる。……アッシュのことか」

「はい……」

 

 ───アシュリー=ヴィルセルト。

 先のフェジテでの騒乱の際、事件解決に大きく尽力しながら、ただ一人の行方不明者として姿を消した、二組の生徒。

 

 誰にも本心を告げず、どうしてなのかもわからないままいなくなってしまった級友のことがどうしても気掛かりなのだとセシルは言う。

 そういうセシルも、そのことをどう思っているのかはカッシュに付き合っているあたり明白だった。

 

「自分がもっと強ければとか、自惚れてるわけじゃないんです。でも、僕たちが弱かったから、アッシュに負担をかけていたのも事実だから……だから、それが重荷でいなくなっちゃったんじゃないかって」

「それは……」

「体力づくりなんて言ってますけど、結局、頼りっきりだったことを思い知らされて、そんな自分が嫌でじっとしていられなくなっただけなんですよ」

 

 誰も追及しなかった。

 誰も、なにもしなかった。

 どれだけ傷付いていても、巻き込まれても、心配する以上のことをしてこなかった。

 

 ───それが間違いだったと謗るのは簡単なことだ。だけど、間違えたと気付けない間違いはどうしたら良かったのだろう。

 

「気を紛らわせたいだけなのかもしれないですね」

「……お前らが悪いんじゃねえよ。気付いてやれなかった俺の責任だ」

「はは……先生らしいや。じゃあ僕も、そろそろ行きますね。置いてかれちゃいますから」

「……おう」

 

 それじゃあ、と片手を上げてセシルがカッシュの背中を追いかけていく。

 

 残されたもの()は、大きい。いなくなった誰かが思っていたよりも、ずっと。

 

「わかってなかったのか、それともそんなんどうでもよかったのか、どっちなんだろうな……」

 

 右手で瓦礫を弄びながら呟く。

 答えの出ない問いに意味はない。ただ、掠れた声だけが風に吹かれて消えていった。

 

 ため息を一つ。ポケットに手を突っ込んで、憎々しいほどに澄み渡った青空を見上げる───と。

 

「おはようございます、先生」

「おはようございます、グレン先生。今朝も、ありがとうございます」

「ふぁ……おはようさん、二人とも」

 

 広場の向こう、声をかけてきたのは赴任してからすっかり馴染みの顔になってしまったシスティーナとルミアだ。

 システィーナは徹夜でもしたのか若干やつれた顔で。ルミアはいつも通りを装っているが、やはりどこかぎこちなく。

 

(まあ、気にするなっつーのが無理だよな……)

 

 特にルミアは、自分の幸せをやっと許した矢先に起きたこととしてはあまりにもショックが大きすぎた。

 システィーナに叱咤されて普段通りの生活を送ってはいるが、ふとしたときに表情が翳ってしまうようだった。

 

 無理もない。そもそもの発端はどう言いつくろってもルミアであることは変えようのない事実なのだ。

 責任感の強いルミアに気にするなと言う方が不可能だ。

 

「そういや最近、リィエルは一緒じゃないんだな? あいつ、護衛のくせになにやってんだか……ジャティスの野郎にさらわれたばっかだってのに」

「あはは……あのときは仕方ないですよ。それにリィエル、最近は夜遅くまで起きてるみたいで」

「……夜遊びってことか? リィエルが?」

「いえ、夜遊びっていうか……深夜徘徊っていうか。なんでも、最近ルミアのことを狙ってくるやつがめっきり減ったとかで、つきっきりじゃなくてちょっと遠くまで足を延ばしてるみたいです」

「……そういや、アルベルトもさっさと帰っちまったな……」

 

 例の事件から数日も経たないうちに、アルベルトはフェジテを去った。

 あんなことがあった矢先、アルベルトが護衛を外れると言ったときには度肝を抜かれたものだが、結局それが覆ることはなかった。

 

『今のフェジテは安全だ。……不気味なほどに、な』

 

 と、意味深な言葉を残して、アルベルトは帝都へと戻っていったのである。

 

「まあ確かに、最近はおっそろしいくらいに魔術師による犯罪とか聞かねえもんな……」

 

 それだけジャティスが殺し回ったということなのだろうが、なぜか妙に引っかかる。

 本当にそれだけなのだろうかと、勘のようなものが微かに囁いているのだが───その正体は掴めないまま、グレン自身もすっかり忘れ去っていた。

 

 まあそれにしたって、登校中に一緒にいないのは問題だが。

 

 リィエルにはあとで説教をかまさねばなるまい。

 

「お尻ペンペンは犯罪臭がするって言われたからな……もっとイイ感じのお仕置きをだな」

「グレン、顔が怖い」

「ってうおう。いたのか」

「いた。おはよう」

「あ、ああ、おはよう」

 

 いつの間に来ていたのか、すぐそばでリィエルがグレンを見上げていた。

 眠そうな顔は相変わらずの無表情で、なにを考えているのかいまいちわからない。

 

「最近、パトロールしてんだって? なんかあったか?」

「……ん。なにもなかった」

「そりゃ良いことだな……って、お前。なんもなかったからってルミアのことほっぽってんじゃねえよ」

「痛い」

 

 ぐりぐりとリィエルのこめかみを拳で挟んで抉る。さすがのリィエルも、自覚があるのかぶらんぶらんと左右に揺れてされるがままだ。

 

「せ、先生。なにもなかったんですし、もうそれくらいに───」

「だって、いないから」

「───え?」

 

 ルミアに諭されてぐりぐりをやめたグレンの前で、宙ぶらりんのままのリィエルが呟いた。

 

「ここにいてって言ったのに、アッシュ、いないから」

 

 心なしか不機嫌そうにぼそぼそと呟くリィエルの顔は、グレンからは見えなかった。

 ルミアが寂しそうに微笑み、地面に降り立ったリィエルの頭をそっと撫でる。

 

「どこに、行っちゃったんでしょうね。アッシュ君……」

「……悪い」

「ふふ、先生が謝ることじゃないですよ。これだけみんなで探しても見つからないなら、きっと、アッシュ君は私たちに会いたくないんです」

「ルミア……」

 

 言葉は穏やかで、ルミアは微笑んでいるだけだ。

 なのにどうしてもそれが泣き出しそうな顔に見えるのは、どうしてだろう。

 

 ……システィーナがなにかを言おうとして、言葉に迷っていると。

 

「ルミア。それ、やだ。その言い方、やめて」

「きゃっ」

 

 頬を膨らませたリィエルが、小さな両手でルミアの頬を挟み込んだ。ぷにゅ、と柔らかな頬が押しつぶされる。

 目をぱちくりとさせるルミアの目の前、リィエルがいつもの無表情で突っ立っていた。

 

「アッシュはみんなのこと、嫌いなんかじゃない」

「でも……」

「ん。絶対。信じて?」

「……うん」

 

 リィエルの手に自分の手を添えて、ルミアが頷く。

 そのまま、ルミアはいつも通りの微笑みを浮かべて学院へと歩き始める。

 

 なにも言えなかったシスティーナの手が空を切り、所在なげに鞄に伸びる。

 何度か視線を彷徨わせてから、俯いたままで小さい声をこぼした。

 

「……先生。私」

「あ?」

「……いえ、なんでもないです」

 

 それでも結局、なにも言わず。

 先に行ってしまったルミアたちを追いかけて、システィーナも駆け出していく。

 

「……。……はあ」

 

 ガシガシと頭をかきむしって、グレンがその後ろに続いていく。

 

 これからどうすべきかを、堂々巡りのように考えながら。




今回も二周年記念で番外編を書こうと思います(だいぶあとになりますが)。前回の残りと、追加して二種類ほどが候補です。
今回は一行あらすじも載っけとくのでご参考までに!

【アンケート候補】
過去編:とある村のある日の風景
 今はもう誰も覚えていない、どこかの話。
過去編:雨の日、緋色との逢瀬
 始まりの出逢い。迷子と少女の、最初の話。
幕間:料理とバイトと馴れ初めと
 今日もバイトに励む、ある学生と級友の話。
幕間:Cat Cat Cat
 猫を拾ったリィエルの話。
7巻IF:イヴの潜入護衛任務
 会場内で待ち伏せすることにした、素直じゃない魔術師の話。
幕間:風邪は万病の元
 珍しく風邪を引いてしまったアッシュの話。
幕間/Zero:忘却福音
 ───とある迷子の観た、終末の話。

2ndアニバーサリー企画

  • 過去編:とある村のある日の風景
  • 過去編:雨の日、緋色との逢瀬
  • 幕間:料理とバイトと馴れ初めと
  • 幕間:Cat Cat Cat
  • 7巻IF:イヴの潜入護衛任務
  • 幕間:風邪は万病の元
  • 幕間/Zero:忘却福音
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