参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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プロローグ  いつか謳われる、彼らと彼女の日々
標的1 非日常と日常の狭間


 バケツの水で汚れた雑巾を濯ぎ、水気を切るため固く絞る。

 冷水に浸したせいで感覚がなくなってきた両手を振り、ガラスに視線をやった。

 

 

 拭き掛けのガラスに映るのは、少しクセのある焦げ茶色(ショコラブラウン)の髪を顎の先で切り揃えた横髪から繋がるようにレイヤーカットを入れつつ腰まで伸ばす、所謂(いわゆる)ウルフカットのようにした深海色(ブルーダイヤモンド)の瞳を持つ6歳程のお人形さんのような少女…私である。

 

 何の因果か、私は遥か遠い未来の日本に生きたJKの記憶を持ったままで、この世に生を受けた。

 

 

 本棚にぎっしりと詰まった古書が放つ独特の匂いと、明かり取りの窓から差し込む光。今日も変わらず維持されている自分の城に、私は溜息を吐いた。

 

 ここは落ち着く。

 

 物心つく前に両親を亡くした私は、祖父が経営する古書店…つまりこの店の居住スペースに、祖父と住んでいた。

 そう、住んで“いた”。

 

 祖父は一年前、60手前でぽっくり逝った。

 唯一の肉親である祖父が死んでしまい、寂しい思いをしてるかというとそうでもない。その後、色々あって騒がしい面々と否応なしに付き合うハメになったから。

 

 

「レイ! 今日も来てやったぞ!!」

「来てくれ、なんて誰も頼んじゃいませんが」

 

 

 騒々しくドアを開けたのは、色こそ違えど来孫にまで隔世遺伝するツンツン(ヘア)と、意志の強そうな橙色の瞳が印象的な青年。

 

 

 因みに、レイというのは私の名前…レイチェルの愛称だ。

 イタリアだとラケレ、になるはずの名前だが、何故なのか英語由来の表記と音で通っている。名字も同じく。私の先祖は、元々この地にいた訳ではないらしい。

 

 

「レイ、偶には外に出たらどうだ? ここに篭ってるからそんなに細いんじゃないか?」

「ここは一応私の店なので。私がいなきゃお客さんも来ないんですよ、ジョット君」

 

 

 受け答えをしつつ、窓ガラスの水拭きを再開する。何を当たり前のことを言っているのか、とジョット君に冷ややかな視線を向けるのも忘れない。

 不機嫌に睨まれたというのに、彼は何故か嬉しそうだ。これが噂に聞く『大空』なのか。

 

 

 そう、『大空』なのだ。

 

 

 私の隣でニコニコしながら私の様子を眺めている青年は、とあるジャンプ漫画の主人公、の高祖父の父。私が前世、死ぬ直前にハマっていた漫画『家庭教師(かてきょー)ヒットマンREBORN!』の登場人物。

 

 主人公・沢田綱吉がいずれ継ぐのだろうイタリア最大規模のマフィア・ボンゴレファミリーを自警団として組織した、ボンゴレI世(プリーモ)・ジョットその人。

 

 

 ……最初会った…というか見かけた時は、何の冗談かと思った。思いっきり頬っぺたを抓って涙目になった記憶がある。

 

 だが、彼ら…つまり自警団ボンゴレの面々が存在しているのは揺るぎない事実。

 

 だって教会の前を通れば究極! の声が聞こえるし、時折公家の格好をしているのにござる口調な青年が龍笛コンサートを開いている。現実じゃなければ何なのか。

 

 

 にしたってなんで初代? 何故原作じゃない? と思ったこともない訳ではないが、そもそも私の原作知識は29巻で終わっている。今後どうなるかもわからないのに介入することはできない。十中八九傍観に徹していた。

 

 

 補足すると、私が生きていた時代、リボーンは既に完結していた。

 

 だが私がリボーンを知ったのは、就職して一人暮らしを始めた兄に要らない漫画をもらった友人の布教から。ついでに言うとこの友人も兄が揃えていた単行本を読んでリボーンにハマったという。

 

 その友人に漫画を借りた私は、未来での主人公と白蘭の最終決戦が途中でぶった切られたことで焦り、一刻も早く続きを読むために横断歩道を走って渡る途中で、信号無視のトラックに轢かれて短い生涯を終えた。結局のところ未来での戦いはどうなったんだ、アルコバレーノは復活したのか。

 

 

「なあ、レイ。やっぱりもう一度考え直してくれないか?」

「嫌と言ったら嫌です。何なんですか、ここのところ勧誘してこないと思ったら」

D(デイモン)が諦めずに続けろ、と言ってきてな」

 

 

 それを聞いた私はヌフフと笑う南国果実を包丁で滅多刺しにするところを想像する。ああ、スッキリした。

 

 

「大体、なんで私なんかを。今のボンゴレならそれなりに名のある参謀を引っこ抜くくらいはできるでしょう」

「それをやると禍根が残るだろう。街を守るための自警団が街を危機に晒すようなことになりかねん」

 

 

 正論だ。

 私だってわかっている。彼らは自分達のためであっても、この街を悪戯に危機に晒すようなマネはしないと。

 

 

「…私なんかを作戦参謀に据えずとも、ボンゴレには頭の回る人がいるでしょうに。G(ジー)さんとか、D(デイモン)君とか、後アラウディ君とか」

「あいつらは主戦力でもある。いざという時は戦場に出ることになるからダメなんだ」

 

 

 これまた正論。

 そのくらい、少し考えればわかることだ。

 

 

「オレは、オレ達はお前がいいんだ。信用が置けて、フリーで、指揮能力も確かでオレ達のこともよく知っている。それにもしもの時は一人でも街を守れるお前がいいんだよ」

「過大評価が過ぎます。私はそんな大層な人間じゃありません」

 

 

 肩に手を置いて顔を覗き込み、強く言うジョット君。

 それを躱す私は、振り子時計をチラリと見て唇の端を僅かに吊り上げた。

 

 今回も、時間稼ぎは成功したようだ。

 

 

 ドドドドドッと石畳の道を駆ける音が聞こえて、次いで勢いよくドアが開けられる。

 

 

「ジョット!! やっぱりここか!!」

「げっ、G(ジー)…」

 

 

 般若の如き形相で怒鳴ったのは、顔に炎のような刺青を入れた赤髪の青年。

 彼こそはボンゴレI世(プリーモ)の右腕にして幼馴染、嵐の守護者のG(ジー)さんだ。

 

 大慌てで店の奥に逃げようとしたジョット君の襟首をひっ掴んで逃走を阻止したG(ジー)さんは、こっちを見るとフッと笑った。

 

 

「いつもいつも済まねぇな、レイ」

「いえいえ、G(ジー)さんもいつも通りの時間に来てくれてありがとうございます」

 

 

 ジョット君がここに来るのは最早日常のこと。それ故に、彼がボンゴレ本部の執務室から抜け出して、G(ジー)さんがそれを見つけて駆けつけるまでにどのくらいの時間が掛かるかも把握済み。

 私は、G(ジー)さんが来るまでジョット君の勧誘を何だかんだと理由を付けて躱すだけでいい。楽な仕事だ。

 

 

「…前から思ってたんだが、なんでこいつが“君”なのにオレは“さん”なんだ?」

「尊敬できるかどうかの違いですよ」

 

 

 ジョット君は思いつきで行動し、今のように仕事をサボったりもする。対するG(ジー)さんは常に真面目で部下への思いやりに溢れたいい上司。

 百人中百人が揃ってG(ジー)さんの方が尊敬に値すると言うだろう。ボスとしてどうなんだジョット君。

 

 

 呼び分け基準にショックを受けているらしいジョット君にお説教を垂れながら本部へと引きずって行くG(ジー)さんを見送ると、私も奥の居住スペースに引っ込む。

 

 えっちらおっちら水と雑巾の入ったバケツを運び、水を流すと雑巾を綺麗な水で濯いだ後で定位置の手摺に掛けた。

 

 

 お昼ご飯は軽く済ませようかとキッチンに行って、野菜やハムを挟んだサンドイッチを作る。

 

 店のカウンターと同じくらいにお気に入りのソファに座って食べようと、トレイに飲み物と一緒に乗せて移動した私は、リビングのドアを開けたところで固まった。

 

 簡単に言うと…招かれざる客がいたから、だ。

 

 

 ここらではあまり見ない白金色(プラチナ・ブロンド)の髪が特徴の先客は、(友人曰く)後世にてI世ファミリー最強と恐れられることになる初代雲の守護者・アラウディ君。

 彼はいつものスレートグレーのトレンチコートを何処に置いてきたのか、シャツにズボン、そしてベストという軽装で気持ちよさそうに眠っている。

 

 人様の家に不法侵入した挙句居眠りしている彼。

 ならば、私がそれなりの処置をしたところで咎められる筋合いはあるまい。

 

 

 そうっと近づいて頬っぺたを抓るのは却下。彼の気配察知能力は獣並みだ。前やろうとして寸前で目を開けられ、心臓が止まるかと思ったことを忘れる私ではない。

 

 という訳で、ちょっとズルい手を使うことにする。

 

 

 トレイを左手で持ち、右手を差し出す。ふわりと冷気が渦巻き、一瞬ののちに手の上に浮かんだのは純白の雪玉。

 

 それがかなりの速度で飛んでいき、眠りこけているアラウディ君の顔に命中。

 

 突然の衝撃と雪の冷たさに驚き、跳び起きて顔を振り雪を払う…というまるで猫のような行動をするアラウディ君に、私は笑顔で声を掛けた。

 

 

「おはようございます、アラウディ君」

「…君、遠慮とかそういう言葉を知らないのかい」

 

 

 ゆっくりとした動作で起き上がって歩み寄って来るアラウディ君に、反応が遅れた。

 

 後ろ歩きで退がったものの、背後には壁。

 さすがにご立腹なのか、と追い詰められた私は冷や汗をかいた。

 

 

 と、頭に手が乗せられる。

 

 驚いて思わず顔を上げると至近距離に見える、アイスブルーの瞳。

 

 冬空にも似た澄んだその色に、吸い込まれそうになる。

 

 

 ふと、リボーンの存在を教えてくれた友人が、彼の映像をスマホの待ち受けにしていたのを思い出した。いや、正確には彼と沢田綱吉の雲の守護者・雲雀恭弥の映像だ。確か31巻の表紙だったはず。

 

 ミーハーな友人が待ち受けにするのも納得できる程、今目の前にあるアラウディ君の顔は整っていた。

 

 

 頭の上の手が下へと滑り、髪を梳く。

 

 何をするでもなくそのまま離れた手に驚いていた私は、無造作にトレイの上のサンドイッチが取られるのに反応できなかった。

 

 

「あ」

「うん、美味しい」

 

 

 取り戻そうとした時には、もう一口齧られた後。

 

 何だか無性に悔しくなって、超特急でキッチンに戻った私は、大急ぎで作った新しいサンドイッチを手にリビングに行き、満足げな顔のアラウディ君の隣に座ってそれを齧った。

 

 

「……いずれ返して戴きます」

「わかった。君が気に入りそうなものを探しておくよ」

 

 

 ダメ元で言った言葉に思いがけない返答をしてくれたアラウディ君を凝視すると、「何?」と不機嫌そうな顔をされた。




・いずれ非日常に足を踏み入れる少女

 フルネームはレイチェル・O(オルテンシア)・イヴ。
 自警団ボンゴレが守る街で生まれ育った。肉親はいないが街が平和であることもあり、何とか一人暮らしができている。
 頭がいい。どのくらいかって言ったらある程度の情報さえあれば未来予測して敵も味方も掌の上で転がせるくらいにはいい。その頭脳は人の範疇に収まらない。
 戦略戦術が専門だが野戦指揮官、また白兵戦力としても極めて優秀。作戦指揮が執れる幹部が不在の折を狙った敵対ファミリーの侵攻を水際で食い止めたことがあり、それがきっかけでジョットらボンゴレI世(プリーモ)ファミリーに目を付けられた。全力で固辞する姿勢ではあるが、ボンゴレの面々には情もあるので危ない時には手を貸すのも吝かではない。


・非日常から日常を守ろうとする青年

 作戦指揮としても白兵戦力としても有用な人材であるレイを、他のファミリーに取られる前に確保したい。







 ………というのは、ただの建前。
 己の怪物的な異常性に無自覚な幼な子が、彼女のままでいられるように。いつか壊れてしまわぬように。そんな、お人好しな青年の、ありがちなお節介。
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