参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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標的28 だから、嫌い

 何だか妙に無気力になってしまい、並中に行くフリをして朝から街をぶらつく。

 

 リングは懐中時計と同じように首から提げた。時折ベストの上から撫でると、金属の硬い感触がする。

 

 

 人目を避けていると、段々と並盛山が近くなってきた。行く場所を決めていた訳でもないので、そのまま進み続ける。

 道がコンクリートから剥き出しの土へ変わり、やがてそれすらも無くなった。

 

 暇になると本部裏の森に入り、木の実を採ったりしていた私だ、特に躊躇うこともなく奥へ奥へと向かう。

 少し開けた場所を見つけ、木の根元に座り込んだ。

 

 

 上を見ると、色が変わり始めた葉の隙間から秋の空が見える。

 私の瞳より色が薄いそれは、まるで彼の瞳のようで───

 

 

「───ああ」

 

 

 悲嘆に濡れた声が漏れた。呼応するように、辺りの温度が低くなっていく。

 

 霜が降り、氷の結晶が宙を舞い、木の枝から氷柱が下がる。

 徐々に秋の森を侵食し始めたそれを止めるべく、気持ちを落ち着かせる。

 

 

 早くしないと人が来る。そう思えば思う程難しくなっていく制御をどうにか行い、収束させていったところで、人の声が聞こえた。

 

 そう言えば、前にもこんなことがあった。

 あの時は結局どうしたんだったか。

 

 そうだった。確か、ジョット君とアラウディ君が探しに来てくれて───

 

 

 

 ───朦朧とする中、見えた金と見慣れた黒。

 

 

 

 小さく、かつての日のように二人の名を呼んで───

 

 

 ───瞳を、閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャバッローネ10代目ボス・ディーノは後ろについて来る二人には聞こえぬよう、密かに溜息を吐いた。

 

 世話になった家庭教師の頼みを、今回ばかりは表立って味方になれない弟分のためならと引き受けたのが運の尽き。

 話を聞いた時点でわかってはいたが、自分の生徒はとんだじゃじゃ馬だった。実力は荒削りだが申し分ないものの、愛校心が強く並中を離れようとしない。師に校舎から離れさせろと指示された時はどうしようかと頭を抱えた。

 

 宥めすかして戦闘場所を校舎の屋上から付近の山に変更したが、恐らく異変があればすぐ戻ろうとするだろう。そうなっては元も子もないので、教え子である雲の守護者候補にリング争奪戦という出番が回って来るまで、日夜移動しながら戦い続けることになりそうだ。

 

 

 生徒の忠実な部下により、その心配りが丸ごと無駄になる未来など知りもせずに歩を進めるディーノは、目の前で起こる現象に目を細めた。

 

 秋の始まりを感じる木々の葉や枯れ葉の上に、霜が降り始めたのだ。

 

 

「何が起こってんだ…?」

 

 

 答えなど返ってくるはずのない問いを呟き、先へと進んでしまった生徒の黒い背中を追う。

 

 数分して開けた場所に辿り着き、それと同時に足を止めた雲雀の隣に立ったディーノは、息を呑んだ。

 

 

 木の根元に座り込む、焦げ茶色(ショコラブラウン)の髪の少女。

 そして徐々に消えていく、霜や氷柱。

 

 まるで絵画のような光景だが、少女に見覚えのあるディーノはすぐさま彼女に駆け寄った。

 

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 

 グレーのスカートに白いカッターシャツ、黒のベスト姿のレイは焦点の合わない瞳でディーノのことを見たものの、呼び掛けには応じず、その口から吐息のようにあら、やじょっ、と漏らしてその深海色(ブルーダイヤモンド)の瞳を閉ざしてしまった。

 

 

「恭弥」

「わかってるよ。大丈夫なんだろうね?」

 

 

 何があったのかはわからないが、気絶した少女を一人で置いては行けない。

 生徒はたった数日共にいただけでもディーノのお人好しな性格を理解したのか、それとも自校の生徒を放っては置けないのか、ディーノが背負った彼女の肩に自分の学ランを掛けた。

 

 季節外れの霜と氷柱については一旦置いておくと決め、彼女の自宅を知っているらしい雲雀を先に行かせながら、ディーノは山を降りるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───何処かで、子供が泣いている。

 

 泣き喚くではなく、堪えるような、押し殺すような啜り泣き。

 

 

 泣いているのは、私だ。

 己の中に確かに存在する異常に、気が付いてしまったから。

 

 人の意志は侵すべきではないものだと、知っていた。

 それは人が生きる力の源泉であり、各々が揺るぎなく持つべきもの。

 

 

 それは決して、侵してはならないものだ。

 例え、無自覚であったのだとしても。

 

 

 私は自覚なく、人を操っていた。無意識に、盤上の全てを操作していた。

 

 

 それは本来私が気に留めることすらなかったはずのもの。

 思考回路が機械的なそれから決定的に乖離したことを告げる福音。

 【私】という存在に、致命的なバグが生まれた証拠。

 

 けれど、当時の私にとっては、それ以上に恐ろしいもの。

 

 

 気が付いたら、もうそのままではいられなかった。

 本部の部屋から飛び出して、裏手の森に駆け込んで。

 

 凍りついていく木々を虚ろに眺めながら、座り込むこと数時間。

 

 

「こんなところにいた…!」

 

 

 最初に私を見つけたのは、ジョット君。

 

 近くにいたのか、アラウディ君も駆け寄って来る。

 彼の慌てた様子を見たのは初めてで、こんな時でも冷静な頭の何処かで珍しいな、と思った。

 

 

「みんな心配してるぞ、早く帰ろう」

 

 

 ジョット君の言葉に、いやいやと首を横に振った。

 

 

「何がそんなに嫌なの」

 

 

 素っ気なく、でも僅かに心配の色を滲ませて言うアラウディ君。

 私なんかのためにそんな顔をしなくていい。私には、君に心配される価値はない。

 

 

「私、ずっとずっと、みんなに酷いこと、してました」

「…気付いたのか」

 

 

 苦しそうな顔で言ったジョット君に、特に疑問は生じなかった。

 彼の持つ超直感が察知するのは何も戦いに関してだけではない。些細な違和感さえあれば、私の成していたことにも気付くだろう。

 

 

「それより早く火に当たりに行こう。手が氷みたいだよ」

「だって私、みんなのことを」

「そんなことはどうだっていい。重要なのは、力の振るい方を間違えないことだ」

「アラウディ…」

 

 

 呆れたようなジョット君の声も、耳を通り抜けていく。

 

 ただぽかんと目と口を開けて、目の前の家族の、冬空のような瞳を見つめていた。

 

 

「……うん。極論ではあるけど、アラウディの言うことは正しい」

「でも、ジョット君」

「ちょっと考えてみよう。お前はそれで、オレ達を窮地に追い込んだりしたか?」

「…するわけ、ないじゃないですか」

「ならそれでいいだろ」

「でも、でも………だってぇ」

 

 

 自分でも、何と言えばいいのかわからなかった。

 こんな気持ちになったのは初めてで、上手く言葉が出てこない。

 

 

「レイ。オレはな、それもわかっててお前をファミリーにしたんだ」

「っ」

「せっかくの機会だし、オレがいつも思ってたことを言おう」

 

 

 何を言われるのかわからなくて、怖くて。

 首を竦める私の顔を覗き込んで、目を合わせて、ジョット君が口を開く。

 

 

「お前の好きなようにしたらいい。

 

それが最良だって、オレ達はいつだって信じてる」

 

 

 言葉はすとんと、心の中に落ちてきた。

 

 その信頼は本物だと、私は知っているから。

 

 

「ほら、それならなぁんにも問題ないだろ? だから帰ろう、な」

「…はい」

 

 

 こくりと頷くと、宙に浮く体。

 抱き上げられて、頭を撫でられる。

 

 

「子供扱い、止めてください」

「んー、お前はまだ子供だからなー」

「…いつか絶対エレナさんみたいに素敵なレディになって、ギャフンと言わせてやります」

「楽しみにしてるよ」

 

 

 信じていると、そう言われた。

 

 だから、信じることにした。

 

 

 自覚してしまえば、無意識にファミリーを操ることはなくなった。

 

 そうしたら、私だけじゃどうにもならないことは想定以上に多くて。

 自分の無意識の影響力を恐れたのは、一瞬。

 

 信じているから、躊躇なく頼った。

 盤上の何もかもを操るのは、本当にどうにもならない時の最終手段。

 

 みんなで助け合って、補い合ってこそのファミリー。

 だけど、頼る度に思うようになった。

 

 

 みんなに、私は並べているのかって。

 

 同じものを見れているのか、同じ場所に立てているのかって。

 

 

 だから、子供扱いが嫌いだった。

 

 早く、みんなに追い付きたかった。

 

 

 今の私は、子供扱いなんてされることはない。

 当たり前だ。だってX世(デーチモ)達も、私と同い年の子供なんだから。

 

 その当たり前を認識する度に軋む心を隠すのにも、もう慣れたけど。

 

 

 でもやっぱり、ちょっとだけ、恋しいよ。




・子供扱いが嫌いで、恋しい

 元々動力源・家族(ファミリー)なところがあった上に時の流れを突き付けられて、何もかもどうでもよくなった。
 最後の回想は雪の守護者就任直前の出来事。最初はただ意地を張っていただけだった。だけど様々なことを経験するうちに、その言葉は裏にたくさんの意味を含むようになった。それを察していたのは、ファミリーにも極僅かしかいないけれど。

 参謀殿は、家族に追い付きたい。並び立ちたい。
 だから───子供扱いが、お嫌い。


・末妹が可愛い

 レイのメンタルの安定を最優先にしていた。回想の件をきっかけにレイがその頭脳を制御していく方向に舵を取り、同時に言動の端々から垣間見える人外じみた部分も控えめになっていったので安心していた。
 ただ、この時言った言葉が言葉だったために、元々心の大部分を占めていたファミリーの存在の重みが更に増してしまったことには気付けなかった。あの時あの状況では最適解ではあったものの、未来での別離の可能性を考えると絶対に言ってはいけない言葉だった。


・雲候補

 いつかの自分と、そのボス(自称)を呼んでいると察して、でも答えなかった。
 …素敵なレディになるんじゃなかったの、と彼女の墓の前で思った回数は、もう本人も覚えていない。
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