今も私の中核を成す大切な思い出を夢に見て目を覚ますと、そこは自室のベッドの上だった。
おばあちゃんに曰く、学ランを着た黒髪の少年が先導する金髪の外国人の青年に背負われて運ばれてきたとのこと。
となると、意識を失う寸前に見たのはアラウディ君とジョット君ではなく、雲雀君とディーノ君と、そういう訳か。名前、口に出していたような気もする。気付かれていないといいが。
その次の日の学校帰り、私は黒曜のスーパー『スーパーこくよう』に寄っていた。
いつもは並盛のスーパーに行くのだが、ポストに特売のチラシが入っていたので暇潰しがてら足を伸ばしたのだ。
そんなスーパーで、私は想定内ではあるが予想外の事態に遭遇していた。
商品の陳列棚に隠れつつ、通路を覗き込む。
これだと何だか不審者のようだが、断じて違う。私はそういうのを取り締まる側の人間である。非合法な活動だったことは否定しないが。
心の中で言い訳を並べつつ目で追うのは、商品をぼんやり眺めながらレジへと向かう、同世代の少女の姿。
何処となくエレナさんに似た顔立ちと、右目を覆う眼帯。
改造されてヘソ出しにミニスカ、随所に髑髏があしらわれる黒曜中女子制服。
そして目をこすりたくなる南国果実ヘア。
クローム髑髏。六道君の“代わり”である特異体質の少女で間違いない。
証拠に、彼女の腹部からは六道君の幻覚の気配を感じる。
…幻術について学んだからこそわかるが、やはり彼女の状態は不安定だ。
今は安定しているが、何かの拍子に六道君の幻覚を拒絶するようなことになれば、二週間と持たないだろう。
いつだったか
自分で自分の欠損を補うのはアリだそうだが、他者に頼ると遅かれ早かれ拒絶するようになるだろうと。
今クローム嬢の状態を見る限り、その見解に間違いはない。さすがは我が師である。
それでも現状安定していることは事実なので心配無用かと言えば、厄介なことにそうでもないのだ、これが。
レジに並んでいるクローム嬢が持つ買い物カゴに入っているのは、500mlのミネラルウォーターと麦チョコのみ。
夕飯の買い物のために訪れる主婦も少なくはないこの時間帯、それだけを買う彼女は控えめに言って目立っていた。レジを担当している中年の女性なんて二度見している。
安全な水を買っていることは評価しよう。水を飲まないと人は生きられないので。だが食べ物が麦チョコのみとはどういうことだ。ここはスーパー、駄菓子屋ではないし品揃えもしっかりしているぞ。黒曜ランドに調理用の設備があるとも思えんがそこも安心、ここには調理済みのお惣菜もたくさん置いてあるぞ。
そんな私の思いは当然だが届くことはなく。クローム嬢はお会計をしてスーパーから出て行ってしまった。
まあ、仕方がない。現ボンゴレとの関係を断とうとしている以上、下手に関わる訳にもいかないし。お節介から素性がバレるなんてヘマはごめんだ。
と、そう思っていたのだけれど。
「………えーっと。君、私に何か用かな?」
「……」
いざ帰ろうとしたところ、目の前に現れたクローム嬢。
尋ねるとコクリと首肯が返される。
うーん、面倒なことになってきた気がするぞ。
◇
「…明らかに歓迎されていないんだが、帰ってもいいだろうか」
「クフフ、そう言わずにゆっくりしていってください」
結論から言うと、面倒なことになった。
あの後クローム嬢に先導され、辿り着いた先は彼女らの根城・黒曜ランド。因みにクローム嬢は終始無言で、気まずいったらなかった。
そして現在、彼女らが主に生活拠点としているらしい沢田君と六道君との戦いの場で、クローム嬢に憑依した六道君と向かい合っている。
後方には城島君と柿本君。二人とも警戒を解かず、何ならすぐさま襲いかかれる態勢を維持している。
六道君も三叉槍を携えているし、誰がどう見ても歓迎されてないだろ、これ。
この状況の何が面倒って、六道君がわざわざ私と関わりを持とうとした理由がわからないことである。
彼との契約をいい感じに利用しようとしていることを見抜かれたのならまだいい方、
尚、彼を
現門外顧問である沢田家光が城島君と柿本君の保護で精いっぱいだった時点で察して欲しいが、あまりにも色々やり過ぎていて正攻法での出獄難易度がバカみたいに上がっているのである。
よって最下層で大人しくしつつ、
「というか、僕達が連れて行かれたところを見ているのに酷く落ち着いていますね?」
「君が実際に自分の体で現れたなら驚いたかもな。だが、今の君はその女の子…クローム嬢を介してしか動けない。大方こっちの二人を逃すために殿にでもなって、自分だけ連中のところから逃げられなかったんだろう」
バミューダ君からも話は聞いたしな。
いつ敵になるかわからない、みたいな形だとしても、君が
「それを真っ向から宣う胆力には目を見張りますよ。契約に小細工を施したことと言い、やはり手駒に加えたい」
「協力要請をするでもなく手駒にすると言う辺り、君も同類な気がするが」
「クフフ、お褒め戴き光栄です」
この嫌味ったらしい会話の応酬、昔を思い出してテンションが上がってくる。
六道君も六道君でこの応酬を楽しんでいる節があるが、彼の配下の二人はどうやらそうでもないご様子。クローム嬢、というか六道君が憑依するクローム嬢に傷一つ付けまいとしているようだ。さっきから視線が刺さる。
「背後への警戒の仕方が様になっていますけど、何か武術でも習っていたので?」
「家族にある程度の護身術を叩き込まれていただけさ」
嘘でもないが真実でもない、そんな言葉で六道君の問いを流していると、城島君の声が耳に届いた。
「そいつら、マフィアなんら───」
瞬間、体感気温が30度低下。
吐息は白く、空気が冷たく肺と肌を刺す。
いつの間にやら城島君の首に
「おっと、これは失敬」
自分でも白々しいと思う声で詫び、
柿本君が硬直したままの城島君を引きずるようにして私から距離を取り、私と相対するのは六道君のみ。
「………何ですか、それは」
「氷さ。私は生まれついて、冷気を纏うモノを生み出したり操ったり出来るのでな」
問われたからと手の内を晒すなど愚の骨頂。しかし今ここでは、私は六道君達に優位を維持しなくてはならない。
一番簡単なのが、勝てないと、そうわからせること。
わかり易いように、指を鳴らして
「そのチカラ、そして先程の動き…やはり貴女、マフィアでは?」
「そんな訳がないだろう? 私は普通の中学生だとも」
薄く笑って言葉を返す。
嘘ではない。マフィアになんぞなった覚えはないし、私自身並盛に来てからは普通であるようにと努めてきた。テスト全教科オール100点の常連? それは獄寺君もなので。
「では、犬の言うように貴女の家族がマフィア、ということでしょうかねぇ」
一瞬、体感温度が下がった。
頭の冷静な部分が、凄いなと、そう純粋な賛辞を弾き出す。
城島君の発言、そして私の返答から私にとっての逆鱗が『家族をマフィアと言われること』だと察していながら、わざわざそれに触れに来た。
怒らせて情報を零させるのはいい策だ。だがそれは同時に怒りで思考が上手く回らなくなり、後先を考えなくなった相手に酷いしっぺ返しを受ける可能性も孕んでいる。
そのリスクにもどうにか対処する気で、彼は私の逆鱗に触れた。
でもな、六道君。私は作戦参謀、そして雪を司る守護者。そんなチンケな策に乗せられる女じゃないんだよ。
「一度だけ警告しよう。それ以上私の家族を侮辱するな」
別に、私自身はどれだけ貶められたっていい。元々侮られるのには慣れている。私の在り方を変えようとでもしない限り、どんな風評だろうと聞き流せる。
だが、彼らに対しての侮辱は許さない。
確かに今のボンゴレはマフィアだ。それはただの事実だ。けれど、かつてのボンゴレが、私達が揃っていたあの場所が自警団だったということも、事実なんだ。
「侮辱とは、随分とマフィアを嫌っているようで」
「君ら程ではないさ」
互いに笑って、私は創り出した椅子に、六道君はソファに腰を下ろす。
気を許した訳じゃない。本腰を入れて向かい合わなければいけない相手と、そう認識を改めただけだ。
「マフィアが嫌いと言っても、全くの無関係という訳でもないのでしょう?」
「まさか。沢田君達との関わりを除けば無いに等しいよ。まあ自衛のためにと、ある程度のことは家族から教え込まれているがな」
嘘ではなく、しかして真実にも遠い。そんな返答に、六道君は騙されざるを得ない。
だって騙されないと、信じているフリをしないと、私と戦わなくてはいけなくなるから。
ここまでやっておいてアレだが、こういうやり口はあんまり好きじゃない。
どっちもどっちの性悪師弟だが、術士なんて性悪なくらいでいいと思う。幻を見せるのが主な攻撃手段である以上、精神攻撃も常套手段だ。クローム嬢は真面目にレッドデータブックに載せたいレベルの希少存在である。
思考が少し逸れたことで、引きずられるようにスーパーでの心配事が鎌首をもたげてきた。
うーん、放置するしかないと思っていたが、こうなった以上多少の干渉を行うのもアリか。時期が時期だからか、それとも現在の彼らに反抗する力がないと見ているのか、ボンゴレ側の監視も怖いくらいに少ないし。
私の目的、それが果たされる唯一無二の舞台である、虹の代理戦争。
開催までに六道君が
だが、その未来のために多少恩を売るのは、間違いではないだろう。
「ところで君ら…いや、そっちの二人とクローム嬢はここで寝泊まりしている、そうだな?」
「それが何か?」
「では、食事はどうしている?」
目を見張った三人の思考が停止している隙を逃さず、畳み掛ける。
「今のところ駄菓子の個包装しか目につかんし、クローム嬢もミネラルウォーターの他は麦チョコしか買っていなかった。故に問おう、君らはちゃんとしたものを食べているのか?」
「うるへー!! ちゃんと食ってら!!」
「では今日の昼食は?」
「ガム!!」
「そうか、ガムかぁ…」
柿本君にも視線をやると、城島君の言葉が真実だと裏付けるように一つ頷かれる。
次に六道君に目を向けると、彼は明後日の方向に視線をやっていた。心なしか細かく震えてもいるような。
ちょっと微笑ましく見ていると、顔を私の方へと向けた六道君が据わった目でこちらを見始めた。
「貴女の性格的に、そう言うということは何か犬達が食べられるものを持っていそうですが」
「カツサンドならあるぞ」
「何故に?」
「いやぁ、験担ぎにちょうどいいかなと」
笑って、一瞬だけ服の中からリングを出す。
雪の守護者のことは聞いていたのだろう、六道君はすぐに納得の表情を見せた。
「言っておくが、別に関わり合いになってやる気はないからな? 審判を名乗る連中のお陰で勝負に向かう羽目にはなりそうだが、私には彼らのために戦う理由がない」
他にも色々と理由はあるが、それも一つの事実だ。
似ていても、彼らは私のファミリーではないのだから。
まあ私にも私の目的がある以上、彼らにリング争奪戦やミルフィオーレとの戦いで死なれるのは困るのだが。
「……もしも関わり合いになることになったら、クローム嬢のことは気に掛けるだろうけどな」
「おやおや、お優しいことで」
確かにそうかもだ。エレナさんに似ているとは言え、私らしくもない。
そう思っていると、ぽすりと軽い音が響く。
見れば六道君が座っていたソファに、クローム嬢が倒れこんでいた。
成る程、限界だったのか。それならそうと言ってくれればこちらも配慮したのだが…弱みを見せるような奴ではないな。
「う…」
「大丈夫かい、クローム嬢」
もうこの場に六道君はいないと悟るや好き勝手に行動し始める城島君と柿本君を横目に、クローム嬢に声を掛ける。放置状態の買い物袋は
騒々しい背後はスルーし、クローム嬢の体調確認を行う。熱はない、腹部の幻覚も綻びは見受けられない。こちらの声に頷きを返した辺り意識もある。
「カツサンドを置いていくよ。ちゃんと三人前あるから、食べてくれ」
コクリと、弱々しい頷き。
この辺でお暇するかと立ち上がりかけると、袖口をそっと掴まれた。
「あの、クローム嬢?」
「……クローム、で…いい」
「…」
出会ったばかりの女の子を呼び捨てってどうなのだろうか。
私、基本人を呼び捨てにしない派でもあるのだけれど。
少し悩んで、口を開く。
「クロームちゃん、と呼ぶのではダメかな…?」
「私は、なんて呼んだら…?」
「レイで構わないよ」
ちょっと嬉しそうなクロームちゃんにエレナさんを思い出し、少し視線を逸らすと更なる爆弾発言が耳に飛び込んできた。
「…骸様が、これからも度々お願いしますよって……」
「一応確認するが、食事のことだな? …わかった、ちょくちょく何か持ってくるようにする」
貸しにはなるから、と六道君の要求を飲んだ私は、死んだ目で考えた。
これ、アレだよな。
城島君達の食生活への不安とかクロームちゃんが心配だとか、そういうのも勿論あるけど、一番の理由は私への嫌がらせだよな。
結論。
やっぱり術士は性格悪い奴が多い。
◇
ボンゴレリング争奪戦が始まってから毎晩、チェルベッロ機関の二人は私の部屋を訪れ、その日の守護者戦の勝敗と明日の勝負についてを伝えていた。
どれも幻覚で誤魔化してはいるものの、嵐戦の次の日には図書室が爆破の影響を受けており。更に雨戦の次の日は一部廊下が抜けているところがあったため、隠れてスネグーラチカを行使しつつ生活するハメになったのには呆れてしまった。
そして、霧の守護者の戦いが終わり、やって来た彼女らの纏う空気が僅かに硬かったために、私は己の番が回って来たことを悟ることになる。
「明日は、私の出番か」
「はい。明晩11時20分前に、お迎えに上がります」
「了解した」
身軽に去るチェルベッロを見送り、丸一日が過ぎようとする頃。
戦いに向けた準備を終えた私は、ベッドに腰掛けて懐中時計の中の写真を眺めていた。
襟元にはジョット君から贈られた黒いリボンに二枚貝の飾りのループタイ。上着としてアラウディ君のトレンチコートを借りている。お気に入りの紫のリボンも、顔の左横の髪を一房取って結び付けた。
みんなを身近に感じたかった。ただの我儘だ、これじゃジョット君やランポウ君を叱れない。
こうして戦いの直前になってみると、守護者である私が守護者を決定する戦いに挑む、という状況の滑稽さが目について仕方がない。みんなが聞いたらどんな反応をするだろうか。
取り敢えず、ランポウ君は驚いて絶叫する。
アラウディ君は…さすがに興味ないなで済ませず、心配してくれそうだ。彼はそういうとこある。
他のファミリーも、私の身を案じつつ応援してくれるだろう。
懐中時計をコートの中に隠し、クローゼットの中に隠していた編み上げブーツを履いて窓から飛び降りると、庭に音もなく双子のような二人が訪れる。
欠けたリングを手の中に握り締め、静かに笑った。
「では、行こうか」
・
図らずも師匠そっくりな行動をしている。まあ兄妹なので似ててもおかしくはない。
昔だの懐かしいだのと言うことは多いが、それを過去として区切れている訳ではない。区切ろうとして、自分に言い聞かせるためにわざとそう言っている。モノローグで家族との思い出を語る時、昨日のことを話すような瑞々しさなのも区切れていない証拠。
ファミリーのそっくりさんだとか関係なく、割とお人好し。ただ、あくまで表面的なもの。大空のお人好しに救われた結果今の自分があると理解しているから、意識して真似ているだけ。おまけに言うなら『守られるべき弱き者』と定めた者を庇護する姿勢なのも、それがジョットの理念だから。
雪戦に向かうレイの服装はこれです。ようやくここまで書けた…!!
【挿絵表示】
・性悪認定された霧
謎は多いし明らかに一般人ではないが藪を突かなければ信用はできると判断し、探りを入れるのも含めてクロームと親しい仲にさせることに。
彼女が雪の守護者だということについては、素直にツナ達に伝えるのは癪だし「脅されていた」という言い訳も立つので教えない。その辺も予測してわざと言い訳が立つようにしたレイの作戦勝ち。
・希少種認定された片割れ
同世代の同性、しかも骸から親しくするように言われたとあって懐く。