そしてそれ以前に、レイ・オルテンシア・イヴは遺した側である。
「雪のリング、ジェラルド・サルトーリ
設置されたスピーカーを通してチェルベッロの言葉が届くや否や、ジェラルドを中心に膨れ上がった怒気が破裂するように叩き付けられる。
同時にスノー・ハリケーンタービンが起動し、視界が半ば奪われた。
吹雪に隠れ、襲い掛かってくるジェラルドを、必要最低限の動きで躱す。
とにかく、まずはスノー・ハリケーンタービンを止めなくては。
爆殺されるのはゴメンだ。
槍を避け、指を鳴らす。
叩き付けていた雪が音もなく降り積もる。
暴風が緩み、やがてそよ風よりも微弱になって、機械が完全に停止する。
静かに微笑んで、凍りついたように動かないジェラルドへと手を伸ばした。
飛び
「なんっ……なんで、なんでお前が…!!」
喘ぐように漏れた言葉の意味はわからない。だが大方
最早聞く価値すらないそれには反応を返さず、左手を右腰に添えた。
吹雪が一瞬蘇り、収束する。
私の愛剣たる、白銀の
僅かに
同時に今まで完全に抑えていた殺気が場に溢れ、呼応して降り積もった雪が狂ったように宙を舞い踊った。
ぺろり、と乾いた唇を舌で湿らす。
それが、合図の代わりになった。
「ッ───!!!」
飛ぶように、ジェラルドが駆ける。
その勢いのまま槍が突き出され、即座に薙がれた。
「───今のは比較的よかった。褒めてあげよう」
「ッ!!!?」
ジェラルドの頭を、背後から撫でる。
引きつった顔で振り返った彼の瞳が、彼の槍の上に膝を抱えるようにして立つ私を映した。
さすがの私でもこの状況でバランスを保ち続けるのは至難の業なので、軽く蹴って空中で二回転。互いの武器が届かない距離をとって着地する。
さて。時間制限は実質なくなったとは言え、あまり長引かせるとどんないちゃもんをつけられるかわかったもんじゃない。
剣を握る手に力を込め、地面を蹴る。
それだけでジェラルドの懐に飛び込み、刃の峰を使ってヴァリアーの観覧席のすぐ側の壁に叩き付けた。
かなり痛みがあるはずなのにそれでも槍を手離さず、よろめく体を支えて立ち上がろうとするジェラルドは、近付いて来た私を見て息を呑んだ。
彼が驚いているのは何故だろうか。
原因は私のことを守るように唸る
動揺を誘うため再び
ここは合わせてしまうべきなのだろうが、もう一仕事残っているんだ。
頭上へと掲げた剣を突き、薙ぎ、払う。
一見めちゃくちゃに見えるそれは、ある目的を達成するために必要な過程だ。
チン、と小さな音を響かせ、剣が鞘へと納まる。
その音に反応するように、細かなガラス片が私達を避けて降り注いだ。
スノー・ハリケーンタービンと同時にスピーカーを壊したため耐爆ガラスに遮られ聞こえなかった騒めきが蘇り、いつもと同じ沢田君達のそれに表情が緩む。
「…
「そうだ。何の用だ、雪の守護者」
ジェラルド君がリングを奪われた以上、彼に雪足る資格は無い。それをすぐに理解した彼に呼ばれたのは、もう二度と呼ばれることはなかったはずの、私の座った椅子の名。
感じた一抹の歓喜には蓋をして、確かに王者の風格を持つ彼を見上げる。
「ヴァリアーの掟に反することになるとはわかっているが、頼みがある。───彼を、生かしてくれ」
「何故だ」
「彼はまだ若い。これから経験を積み、もっと強くなれる。その才能を一度の敗北で摘み取るのは損害であると、私は思う」
「…何を対価にする」
「今の私は人間関係などの立場上、沢田君寄りの存在だ。
もし、君が沢田君と戦い、彼を
沢田君の観覧席から聞こえる喧騒が一層大きくなった。大丈夫だ、これは絶対に履行されることのない約束。そうとわかって、私は彼を利用しているのだから。
ぼかして伝えたが、二人が戦うのは大空戦でのこと。今の状況では起こり得ない戦いだ。
暴君でこそあれど頭は悪くない
「一つ、忠告しておこう。
───頼りなく見えても、彼は確かに『大空』だ」
至極当たり前のことではあるが。なんと言っても私が認め従う、唯一無二の
…血、と言えば。
「それと、世の中には血より濃い水も存在する。そういうものの方が案外美味だったりするものだよ」
今度は動揺に顔を歪めた
目に見えて混乱している彼の傍らに転がった槍を拾い上げ、くるりと振った。
「…いい槍だな。百年以上の時を経ながら、尚輝きを失わない逸品だ」
「当たり前だろ、初代の頃から大切にされてきた槍だ。初代雪の守護者にも傷を付けたんだからな」
反射的に言葉を返した彼の頭を、膝を突いてポンポンと撫でる。
そうだな。確かにその通りだ。
「なら、君はこの槍に見合う男になれ。
───いつか、私を討ち倒せるくらいに強くなれ」
「は、何言って」
「冗談でも酔狂でもないぞ。君はこれからだって強くなれる。君を負かした私が保証する。
いつか私を倒したら、その時は…───
───君が『雪』になるのだ」
いつか、そんな日がくればいい。
個人的な願望を含んだそれに茫然としているジェラルド君を置いてフィールドから離れ、沢田君達の方へと足を向ける。
途中で我慢ならなくなったのか、いつものトリオが走って来た。
「レイちゃん!」
「やあ、沢田君に獄寺君、山本君。こんな遅くまで学校に残って、非行かい?」
「んな訳ねーだろが!! お前、一体どーゆー…」
「まーまー、落ち着けって。レイにも色々あんだろーし、生きてたんだからいいじゃねーか」
こんな状況でも変わらぬ遣り取りに、笑みを零す。
だが、今は日常ではない。日常に浸食した、非日常の真っ只中だ。
その証明のように、遅れて駆けてきたディーノ君の肩に乗るリボーン君が私へと愛銃を向けた。
「リ、リボーン! 何してんだよ!」
「いいんだ、沢田君。リボーン君の立場からして、私を警戒するのは当然のことなのだからな」
家庭教師へと訴える沢田君を手で制し、くりくりとした瞳を見つめる。
彼は私の周囲を調べ上げていた。そして積極的に騒動に巻き込む形で私という個人を見定めていた。
その末にある程度の信頼を得たのも全て、私の計算尽くだとは思ってもいないだろうが。
「もうそのつもりもないだろうが、誤魔化しは無しだぞ。雑な言い訳に騙されてやる程、私は安くない」
「レイちゃん、まさか…!」
「ああ、君達がマフィアだということか? とっくの昔に気付いていたが?」
息を呑む音が幾つか聞こえた。特に沢田君は、クラスメイトであり京子ちゃんの友人である私に、決して知られたくはない事実が知られていたとあって、かなり動揺している。
「…いつからだ」
「おかしいと思ったのは、持田先輩の一件から、かな」
リボーン君が、初めて沢田君に死ぬ気弾を撃った件。
見る間に顔色を悪くする彼らの最悪の想像を払い除けるべく、言葉を続ける。
「安心しろ、京子ちゃんも花ちゃんも…このことは一切知らない。怪しんではいるだろうがな」
彼らの顔に安堵が滲む。
だが、それは束の間だ。いずれ知ることになる。きっと、“こちらの事情に
そうなった時には、できる限りのサポートはすることにしよう。もうどうせ私もタイムトラベルを経験するのは確定事項だろうからな。
はっきり言うと面倒さに苦々しくなる。マシュマロ好きの狂人を倒せとか、それどんな無理ゲーだ。
「レイ。その異能…スネグーラチカは生まれつきか?」
「ああ。剣技も自衛のために手に入れた」
「そうか……」
やはりスネグーラチカのことも知られていたらしい。しかも名前まで。
しかし、問うてきた声に必要以上の険しさと敵意は無い。殺意なんて以ての外。
私の答えを受けて黙り込んだリボーン君は、既に私に敗北を喫しているとは知らないのだろう。
今後も何か問われることはあれど、必要以上の探りは入れられまい。
リボーン君に対する印象操作は完璧。芋蔓式に現ボンゴレに私の正体がバレる可能性も限りなく低くなったことをその言動から確認し、今度は沢田君と目を合わせる。
「沢田君、私は雪の守護者になってしまった訳だが、留意してもらいたいことがある」
「えっ、何…?」
「私は君の
毅然とした態度で言い切った途端、騒然となった。
「どういうことだ松崎!」
「てめー10代目を裏切る気か!?」
血気盛んな二人が叫び、一人はダイナマイトを構えた。ボスに仇なすのならこの場で討つのも厭わないということだろう。
そんな獄寺君と笹川君はスルーして、沢田君に向けて言葉を続ける。
「無論、この戦いで君の味方として戦うことに異存はない。今後もできる限りで力になる。どうだろうか」
「えっと…オレは別にいいよ?」
「10代目!?」
「や、だってマフィアのボスとかオレには向いてないと思うし…レイちゃんもそう思ったから言ったんでしょ??」
おい
「いや、そうではない。
「えっ……!?」
済まない
「なら、ツナをボスにできない理由は何だ?」
「ツナはオレ以上にスゲー奴だぜ?」
「ディーノさんに山本、何言ってるの!?」
意見してきた二人の瞳に険しいものはない。恐らくディーノ君はこれまでの行動から、山本君は本能的に私に害意がないと悟っているのだろう。
「私には既に、全てを捧げた
仕えたくない、の方が正しいが。
この身を剣として捧げ、心を預けた。
ただ一人、ジョット君にしか私は仕えない。
それでも剣を執ったのは、胸に抱き続けた譲れぬ
こんな私を、みんなは赦してくれるだろうか。
まっすぐに沢田君を見て、言い切った言葉の返答を待つ。
「そっか…」
「いいのか、ツナ?」
「いや、だって…レイちゃん、その人のことが本当に大切だって顔してたから」
よし、
今の私と沢田君の問答は、言ってしまえば未来でのチョイスに向けた特訓開始の直前、今ここでおろおろと私と沢田君に視線を彷徨わせているクロームちゃんが行った意志の表明に等しい。
リボーン君への対策を二重三重に打ってきたと言えど、状況が状況。最悪、物理的に排除に来られる可能性もなくはなかった。
今の様子からしてその可能性は限りなく低くなったと思いたいが、念には念を入れるべきだ。
私はここで沢田君に認められた。
守護者にはならない、つまりはファミリーでありながら完全な味方ではないと宣言したにも関わらず、彼は私を受け入れた。
そんな私を排除したその結果は、最早火を見るよりも明らか。
限りなく遠回しな誘導、出された答えから更に派生する答えであるから、誰もこの問答が私の描いた絵図だとは思っていない。
私が日常的に張り巡らし、そして有事の折には機を逃さず発動させる謀略の糸に気付けるのは、ジョット君くらいなものだ。
彼から私へと問う形に誘導できなくもなかったが、できればしたくなかった。
だってそんなこと、ジョット君達に言われでもしない限りしたくない。
今更何を思っているんだと自嘲していると、小さな靴音と気配が近付いて来た。
「雪の守護者様、よろしいでしょうか」
首を傾げると、リングを合わせてくれ、と頼まれた。それを以て今夜の試合の終結としたいらしい。
手に握り込んでいたリングを月光の下に晒し、カチリと嵌め合わせる。
無骨なデザインの
アラウディ君が守護者就任のお祝いに贈ってくれた指輪。
私が雪である、その証明たるリング。
懐かしい、柔らかな色合いの石を光に透かしていると、不意に違和感を覚えた。
月光が入るように掲げながら、リングの内側を覗き込む。
そしてそれ以外の部分。
細かな傷にしか見えなかったもの同士が組み合わさり、複数の単語になっていた。
心の何処かが警鐘を鳴らす。
見てはいけない、読んではいけない───気付いてはいけないと。
でも、同時に今見なければ後悔するような気もした。
だからそのまま、目を細めて、
「───え?」
「レイちゃん、どうかしたの?」
心配そうな沢田君の声は、耳を素通りしていった。
『ll mio amato Ray』
頭文字が大文字ということは、最後の単語は名前だ。
私の本名───レイチェルの、愛称であるレイ。
そしてその前の単語は、意訳で我が最愛…いや、『僕の最愛の』か。
私がいなくなった後、リングは門外顧問機関で保管されていたとチェルベッロは言っていた。
この件で彼女らに嘘を吐くメリットはない。
タルボ君は変人で仕事も選ぶ。
私がこのリングを大切に思っていたのもわかっているから、下手な相手からの細工の依頼は受けないだろう。
これを彫るようにと依頼できるのは、一人だけ。
喉の奥から、震える声が漏れそうになる。
何故、こんな形で知らなければならなかったのだろう。
彼の想いを。
できるなら、その声で聞きたかったのに。
いつも以上に甘い声で、私に告げて欲しかったのに。
何故こんなことを思うのか。首を傾げるまでもなく、思い至る。
(───私は、君が好きだったのか)
バカばかりのファミリーだったけれど、私もしっかりバカだったようだ。
本当に、救いようもなく愚かしいが───胸の奥底に澱む感情が『恋』なのだと、私はその時、初めて自覚した。
「レイ、大丈夫か? 顔色が悪いぜ」
「何でもないさ。もう帰っても? 君らだってこんな遅くまで起きていたら健康に悪いぞ」
いつも通りに、言葉を返す。
声、震えるな。涙なんて零すな。胸の痛みを隠せ。
『いつも通りの松崎レイ』を、演じ切れ。
「ボンゴレについても詳しく説明しねーとだな。明日、学校から帰る頃に行くぞ」
「ああ、待っているよ」
その日の記憶は、そこで途切れている。
気が付けばその時のまま、ベッドに横になっていた。
掌に跡が残る程強く握り締めたリングの存在が、昨夜の勝負が夢ではないと証明していた。
・ようやく自覚した
よかったね、両想い()だよ!!
・将来を見込まれた
いい感じにまとまったが、レイが耐えられなくなった場合彼女の役割全部押し付けられる可能性が出てきたので普通に貧乏クジ。
・家庭教師
元生徒からレイを保護した時の怪現象について聞いていたので、予想していた節はある。
年単位で張り巡らされてきた蜘蛛糸に絡め取られた。敗因はただ一つ、レイ・オルテンシア・イヴの頭脳を見誤ったこと。
・遺され、遺した側だった
ただ胸の中に秘めてもいられなくて、本当に伝われば
ねえ僕じゃない僕何やってんの? あいつらに知られたら真面目に生命の危機なんだけど。
・雪のボンゴレリング
ジョットの血縁以外を拒む大空のボンゴレリングとは別ベクトルで呪われたリング。
遺された雲から遺した雪への、愛の言葉が刻まれている。