参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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標的39 未来と過去、託されたモノ

 とうとう始まった未来での戦い。

 私の入れ替わりは、どうやら雲雀君が並盛に帰還するタイミングに合わせられていたらしい。

 

 既に沢田君達とは顔を合わせ、情報の交換を行っている。

 京子ちゃんとハルちゃんのひとまずの無事も確認済みだ。

 

 合流をとても喜ばれたんだが、彼らは私に信頼を置き過ぎじゃないだろうか。私みたいなのに気を許しても何の得もない、(むし)ろ損しかしないんだが。

 …いや、私という存在の本質が露見していないのはいいことだろう。別に隠そうとして隠している訳でもないが、この状況で明かせば余計な混乱が生まれかねない。なのに私は、何を考えている?

 

 

 閑話休題(話が逸れた)

 

 

 戦いに油断は禁物。この件に関しては穏当に進むはずもなかったが、それにしてもイレギュラーが多い。

 

 一番は私自身の体調不良。非7³線(ノン・トゥリニセッテ)が私にも効くため、容易に外へ出られなくなった。

 素の状態で出れば即座に吐血、日を跨ぐ程その状態を維持すれば生命活動が停止する。どうにもならないことだが情けない。

 

 しかしそれ以上に問題なのは、今私を相手に話す人物と、その話の内容。

 

 

「───という訳で、君達はこの時代(ここ)にいるのさ」

 

 

 10年前よりもっと聞き馴染みがある声が、耳朶を擽る。

 何とも言い難い感情を顔に出さないようにしながら、理解した意を示すため首肯した。

 

 

「さすがに理解が早いね」

 

 

 本来であれば語る必要などない、自分達が立てた計画に関する全てを(つまび)らかにしておきながら飄々とした微笑を浮かべたままのこの男を、殺気を込めて睨み付ける。

 

 

「事の次第はわかった。だがこの状態についてはまるで理解できん。───さっさと離してくれ」

「やだ」

「やだって…」

 

 

 要求の拒否を行動でも示すかのように、腹に回った腕に力が入った。

 剥き出しの(うなじ)にも吐息が吐きかけられ、無意識に体が強張る。

 

 逃げ出したくて仕方がないのに、それでも逃れられないのは体勢のせいなのだ。

 膝に乗せられ、更に腰に手を回され。この状態から逃げることができる猛者もそうはいまい。

 

 

「何もおかしいことは言ってないけど」

「いやおかしさしかないが」

 

 

 即答した私に、雲雀君はこてりと首を傾げる。

 鋭い瞳には甘やかな熱が宿っていて、自然と眉が寄る。

 

 

「僕らは“夫婦”なんだから」

 

 

 僕が君を求めたっていいだろう? と含み笑いと共に落とされた言葉に、目を閉ざした。

 

 

 胸の中、渦巻くのは無数の『何故』。

 

 何故、この男と添い遂げている?

 今我が身を焦がしているこの想いも、10年もすれば消えてしまうのか?

 

 それ以上に理解できない、否許すことができないのが、相手がよりにもよって雲雀恭弥だという点。

 

 全く似ても似つかぬ男なら私も寛容に受け入れられただろう。

 だが何故、彼なのだ。

 

 

 “私”は───遠い幻想(アラウディ君)目の前の存在(雲雀君)を重ねてしまう程に愚かだったのか?

 

 

 

 握った拳の中、爪が掌に食い込み、痛みが己を保ってくれる。

 

 

 意識を逸らすため、先んじて雲雀君が文机の上に広げてくれていた書類に目を通し始めた。

 

 どうやら“私”はこの身を実験素材としていたらしい。

 己のスペックを現時点で十全に引き出せているのか、まだ打てた一手があるのでは無いか、そんなことを思わぬように。

 

 主にスネグーラチカについて書き連ねられている中から、気になるものを抜粋し読み込む。

 

 

『“雪”とは即ち無色透明。何にも染まれず、しかしてそれらの代わりとなる、不確定要素(アンサーティ)

 

 印刷されたその文字の近くに走り書きで、『“私達”は何にも成れず、何にも成れる』と短く記されている。

 

 

「嫌な言い回しだろう? これじゃまるで、自分はただの代替品だと言っているようなものだ」

 

 

 手で私の髪を梳きながら、やれやれと首を振る雲雀君。

 彼にいいようにされながら、ぼんやりと視線を彷徨わせる。

 

 

(…違うんだよなぁ)

 

 

 私は、いなければいけないのだ。

 

 この時代に。

 沢田君達の側に。

 

 無意識領域に巣食う、【命題】を果たすために。

 

 

 代わりなんていないから、ここにいる。

 これっぽっちも、望んでなんていないのに。

 

 代わりなんていないから、逃げられない。

 こんなもの、捨てたくて仕方がないのに。

 

 

 代わりなんていないから、奪われて、失った。

 

 ───守りたかった、何もかもを。

 

 

 そんな絶望しかない思考を阻むように、頭の上に掌が乗った。

 誰のものかなんて、見なくてもわかる。

 

 宥めるような優しい撫で方は、アラウディ君のそれとそっくりで。

 

 少しだけ現実を忘れて、その手に甘えていると、ひょいと抱き上げられた。

 

 

「…ぼーっとするなら、布団でするんだ。そのまま眠ってしまったっていいから」

 

 

 そうして布団に寝かされる。…別に、眠くなんてないんだが。

 

 けれど、そのまま雲雀君が部屋から出て行ったことは僥倖だ。これで好きに動ける。

 

 

 “私”なら、今目を通した以上の書類を持っている。

 それは間違いない。

 

 後は、それを何処に隠したか。

 

 

 布団から起き出して、文机の傍に置かれた和箪笥に近寄り、様子を確かめる。

 基本的には黒漆で塗られ、螺鈿細工が華美になり過ぎない程度にちりばめられている。怖いので値段に関しては聞かない方向で行こう。

 

 横面の隅から順に見ていくと、壁に着いている方の下の隅に、凹みと引っ掻き傷を発見した。ビンゴだ。

 

 傷に関しては一旦置いておき、凹みに合うだろうものを押し当てる。

吸い付くように合致したのは、雪のリング。

 

 

 微かな音を立てて外れた背板を取り外すと、最上段の上の狭い空洞に、紙の束が纏められていた。

 

 

 一番上の手紙の封を開け、斜め読みすると、驚くべき事実が判明した。

 なんと、シモンファミリーが現代に至るまで存続しているというのだ。

 

 コザァート君が発見した聖地に移り住んだシモンファミリーは、今現在白蘭の魔の手から逃れるため、一時的にマフィアとしての立場を捨て一般市民に紛れているとのこと。

 こうなると私の予測も外れたか? 何にせよ、存続しているということだけで喜ばしい。

 

 

 頬が緩むのを抑えられぬまま、その下に書かれた文字列に目を通した私は、大きく息を吐き目を伏せる。

 

 

「確かに、これが一番だな」

 

 

 ありとあらゆる面から未来の私の提案を見て、それが最善策であると断定する。

 これは忙しくなりそうだ。

 

 他の紙束はボンゴレ(ボックス)の資料やら、黒百合(ジッリョネロ)の紋章が封蝋に押された手紙。さすがは私、手抜かりも隙も油断もない。今後必要になる情報が全て纏められていると言ってもいい。

 ただし、これを使い切る勢いでないと事態の結末を望むところに着地させられない、ということでもあり。

 

 

「上手くやるつもりではあるが…仕事が山積みで頭が痛くなるな」

 

 

 今日はもう休むか、と立ち上がりかけると、足元で紙片がはらりと舞った。

 

 

 しゃがんで拾い上げると、文字が書かれているのがわかる。しかし意味を成す単語は一つも無く、怪文書の様相を呈していた。

 

 更にその文字達は、目を通した端からサラサラと空気に解けて消えていく。恐らく、文字を書いたインク自体が霧の炎の有幻覚だったのだ。

 そして、この炎の持ち主は、きっと。

 

 

 すぐさま文机の上のメモとペンを取り、文字を写し取る。

 これを単一換字式暗号の一つ、シーザー暗号に当て嵌め、解読していく。通常のシーザー暗号はシフトする文字は3文字分だが、私達(ボンゴレ)は中心的なメンバーの人数に(なぞら)え、8文字分シフトさせていた。

 

 幾度となく制作と解読を繰り返して来たのを、忘れてなどいない。自分でも驚く程手早く、内容は判明した。

 

 

 

Ho chiesto Vongole

 

 

___ボンゴレを、頼みましたよ

 

 

 

 こんな手の込んだ小細工までして、こんなことを伝えてくる奴なんて、私は一人しか知らない。

 

 

「ししょ……でいも、くん」

 

 

 食い縛った歯の隙間から漏れた声は、どうしようもなく震えていた。

 

 

 君の大切なものを、私は取り零してしまったのに。

 

 君はまだ、私を信じてくれるのか。

 

 

 私なら絶望的なこの状況を打破できると、そう信じてくれているのか。

 

 

「なら、休んでなんて、いられませんね」

 

 

 頬を伝った雫を、指先で拭って。

 

 私はいつものように、策を練り始めた。




・雪

 当然のように計画を知らされたことで動き易くはなったが、それ以前のダメージが重過ぎた。霧からの手紙でどうにか回復し、計画に則って暗躍し始める。
 しかし当の師が生きているはずがないことは理解しているし、彼に師事していた間に術士の禁忌についても教わっているため、現在の彼がどのような存在に成り果てているのかも察している。ただ、現状が猫の手どころか幽霊の手でも積極的に借りたいレベルなので黙認することにした。


・雲

 10年前の嫁が可愛くて仕方がないけれど、だからこそ何も言えない現状が歯がゆい。


・霧

 ずっと様子を伺ってた。ら、何かボンゴレの存続自体危うくなってて慌てて手紙で末妹に発破掛けた。
 弟子でもあった雪のことは可愛がっていたので、彼女がいなくなった後のことは知らせたくない。残念、もう全部察しちゃってるよ。
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