参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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標的42 瑕を抱えて

 ふに、と唇の端に触れられる。

 そのままなぞるように移動する指先は酷く優しい。

 

 だがしかし、私はそれを受け入れない。

 

 

「おはよう、雲雀君」

「……おはよ、レイ」

 

 

 拒絶の意思を込めて彼の手を押さえ、目を開けて言うと、いつもより掠れた声で挨拶が返された。

 

 これはご機嫌斜めだな、もう毎朝のことなのに。そう呆れながら上体を起こして、伸びを一つ。

 そして不機嫌に眉を寄せ、枕に半ば顔を埋めたまま起き出す気配のない雲雀君に手を伸ばす。

 

 少しくせのある髪を梳くように撫で、その感触が慣れ親しんだものとは異なることに気付いた。

 

 急いで手を引っ込める。

 私が今、彼に向けた想いは、彼以外に向けるものだから。

 

 

 私が意図的に髪を梳くのを止めたことに気が付いた雲雀君が、不満げに目を細めて言う。

 

 

「…もう少し続けてくれてもいいんじゃないかな」

「この時代の私に強請ってくれ」

 

 

 きっぱりと言い切ると、雲雀君は唇を尖らせた。

 

 子供っぽいのに嫌に似合うその仕草を直視できず、焦点をずらした。

 そんなところまで似ていなくても、いいだろうに。

 

 

 体を起こした雲雀君が、襖を開けて部屋から出て行く。

 私が着替えるからだ、何故そういうところは紳士的なのか。

 

 向こう側から襖が完全に閉められ、彼自身も身支度を整えるために立ち去ったことを気配から確認し、顔を両手で覆った。

 

 

「………バカだなぁ」

 

 

 そう漏らした声は、自分でも驚く程か細く、震えている。

 

 バカだ。本当に、救い難い。

 己を通して誰かを見る視線を知っていながら、同じことをしている。

 

 

 私が好きなのは、私が大好きなのは、私が愛しているのだとこの世界の何もかもに向けて宣言したいのは、たった一人。

 

 家族と一緒にいられるのが一番だったけど、そういう意味で一緒に生きたいのは、一緒に生きたかったのは、一人だけ。

 

 

 左手で、右手ごと彼が遺してくれたリングを包み込む。

 

 

 彼が遺していなければ気付かずに済んだのに、とは思わない。

 気付かなければよかったとは、思わない。

 

 この想い()を捨てようとは、思えない。

 

 捨てた方が楽になれる。

 そんなこと、わかってる。

 

 でも、だけど、それなのに捨てられない。

 

 

 呼吸が続く限り、この心臓が動く限り、私の脳が思考を止めない限り。

 

 彼を想い続けるのだと、そう決めた。

 

 

 でも。でも、それでも。

 

 あんまりにもそっくりで。

 重ねずにはいられない。

 

 もう何かに縋っていないと、立てなくなりそうで。

 誓いすら破る可能性が恐ろしい。

 

 

 この時代の私も、この心の軋みを覆い隠そうと、雲雀君と添い遂げることを選んだのだろうか。

 

 彼以外には抱かないと、そう決めた想いを、偽りの中に注ぎ込んで。

 ()()()()()()()中身のある偽物にして、それを雲雀君に向け続けていたのだろうか。

 

 

 そうだとしたら、責められない。

 

 10年という月日は、決して短くはない。

 私が家族と過ごした時間よりも、遥かに長い。

 

 耐えられなくなっても、限界が来ても、何らおかしくはないのだ。

 

 

D(デイモン)君…」

 

 

 彼からの接触もあの手紙以来ない。立ち位置を考えると、私に手紙を託したことすら奇跡だったのかもだ。

 

 安否確認ができないというのは歯痒くもあるが、少なくとも無事ではあるだろう。

 彼は私の家族の一人。その実力はこの世界で私が一番よく知っている。そう簡単にやられてくれるはずもない。

 

 信じている。

 信じられている。

 

 だから、何も不安に思うことはない。

 

 

 深く息を吐いて思考を打ち切り、身支度を整えてキッチンに向かう。

 いつもは雲雀君と草壁君の分の朝食を作るだけなのだが、この時代の私と雲雀君の関係を知っているビアンキさんに変な気遣いをされてしまったため、今日に限っては私もここで朝食を摂ることになっている。

 

 …ビアンキさんは普通に好ましい部類の人間なのだが、これに関してはもう本当に止めて欲しい。この時代の私の心情はわからないが、私が好きなのは雲雀君ではないのだ。

 

 

 溜息を吐いて、食材を確認。献立を組み立てる。

 

 アジトが和のテイストで統一されているから食材も和食のそれが多いかと思えば、そうでもない。

 

 プロシュットやパンチェッタなどの加工された肉に、加熱調理用のトマトを始めとした欧州(ヨーロッパ)方面(特にイタリア)では一般的な野菜の数々、それから多種多様なチーズやパスタ。パンならフォカッチャなんかもある。

 正直一年半前まで日常的に食べていたものばかりで懐かしさが凄い。この時代の私の好みが反映された結果なのだろうか。

 

 そんな感じで日本ではあまり流通していない、というか一般家庭の食卓に並ぶことが珍しい食材も多く揃っているのだが、何故か芽キャベツだけは見たことがない。別に芽キャベツ料理が作りたい訳ではないので気にしないことにしているが。

 

 

 バランスのいい一汁三菜の朝食を用意し、お膳に並べたところで草壁君が合流。雲雀君の分のお膳を運ぶためだ。

 

 

「いつも済みません、レイさん」

「いや、私も好きに料理が作れるのは楽しいから、気にしないでくれ」

 

 

 気にするべきは草壁君ではなく雲雀君だ。私が今こうやって彼らの食事を作っているのは、雲雀君の我儘が主な原因なので。ビアンキさんの変な気遣いも原因と言えば原因だが。

 

 草壁君は雲雀君と別で食べているのだが、私は雲雀君と一緒に食べるようで、お膳を雲雀君に渡した草壁君は一人で去って行ってしまった。メローネ基地攻略(雲雀君の入れ替わり)と私の胃に穴が開くの、どっちが早いだろうか、と遠い目で考える。

 

 

「今日、赤ん坊が君がどれだけ戦えるか確かめたいって」

「模擬戦か、わかった」

 

 

 朝食を食べながら落とされた言葉に、そう手短かに返した。

 模擬戦、恐らく相手はリボーン君。戦闘特化タイプのアルコバレーノが相手とか最早イジメではないだろうか。私ジョット君の守護者の中で一番の若輩且つ未熟者なんだが。

 

 今の状況ではどうやっても勝ち筋が見えず、私は重い溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 溜息を吐いたレイを、雲雀は横目に見た。

 

 大方、リボーンとの模擬戦が憂鬱なのだろう。

 確かにあの赤ん坊は強い。だが彼女も、軽くあしらわれる程弱くはない。

 

 

 最早神の領域にすら踏み込んでいる頭脳は彼女最大の武器であり、それは彼女自身も理解していて、誇っている。

 だが剣の腕を含めた白兵戦力としては他に劣ると、そういう意識が根差してしまっているようだった。

 

 成長した彼女を知る身からすれば、それは誤りでしかない。

 

 そもそも彼女が他の守護者より劣っていたのは、その幼さ故。

 それが取り払われれば、並び立てる実力であるのは自明の理。

 

 雲雀が小動物と呼ぶ()の大空の来孫やその仲間に比べれば成長の度合いは低いが、そもそも身を守る(すべ)すら知らなかった者の成長具合と比べるのはおかしいだろう。

 

 幼い頃から実力者に囲まれて育った影響なのだろうが、それがこういう風に響いてくるとは、わからないものだ。

 

 

 そんなことを考えて、彼女の手料理を口に運ぶ。

 

 いつもと変わらぬ味。10年以上前から、彼女は料理上手だ。

 今度は焼き菓子の類でも作らせようか。身近にいい手本がいたからか、店で買うようなものを作るのだ。

 

 

 ふと、酷く寒々しい気分になって、無性に彼女に触れたくなった。

 今ここにいる彼女はともかく、この時代の彼女は、到底台所に立って料理をできるような状態ではなかったのだから。

 

 

 非7³線(ノン・トゥリニセッテ)などというふざけた代物は、当然のように彼女を弱らせていった。

 目に見えぬ分対策は進まず、遮断装置でセーフゾーンを作るのが精いっぱい。必然調査にも連れて行けず、このアジトの自室で床に伏せていることが多くなった。

 

 らしくもなく弱った彼女を見た時は、彼女をここまで苦しめる白蘭をこの手で殺せないのが酷く腹立たしかった。

 

 

 そんな彼女が前回雲雀が並盛を離れる折に『今回だけは』と無理を押してでも同行したのは、ただただ雲雀と離れることを恐れた故。

 今まで以上に無理をさせてはいけないことを理解していながら雲雀が拒めなかったのは、彼女の気持ちが痛い程分かってしまったから。

 

 一度、互いに互いを失った。

 その瑕はそう簡単に癒えはしないし、癒えたとしても痛みの記憶は残るのだ。

 

 

「…雲雀君? 何処か悪いのか?」

 

 

 ぼんやりしているのを不安に思ったのか、そう言って顔を覗き込んできたレイに「何でもないよ」と返す。

 

 普段はガラス一枚隔てた向こうにいるように、家族以外の何もかもを同じ瞳で見る彼女の瞳の奥、慈しみの色が仄かに滲んでいるのを見て、安堵した。

 

 

 家族(あいつら)がいなくても、自分が何も言えなくても、彼女は成長しているのだと。




・瑕を抱えて生きている

 幼い頃の経験から『誰かに誰かを重ねて見る』という行為をタブーと認識しており、それ故にメンタルがガリゴリ削られている。
 精神面が変化(成長)しつつあるが、それを自覚していないため『いつもの自分』が取る思考・行動になるよう補正している部分も。


・瑕を抱えて生きていた

 ある日突然消えたレイが、今度はじっくり嬲られるように弱っていくのを見続けなければならなかったため、白蘭への殺意は天元突破している。ボンゴレリングを揃えて対抗する、と他ならぬ彼女が計画しなければ、入れ替わりなんて了承しなかった。
 実は作中で一番長くレイと過ごしているので、彼女に対しての理解度も作中トップ。本質的にやばいことも明確に理解しているからこそ、彼女自身も気付いていない無意識の変化に気付ける。尚理解度ランキングの次点はジョットで、三番手のD(デイモン)はそろそろリボーンやツナに追い抜かれそう。
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