参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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標的44 密談

「話には聞いていたが、近接戦闘でもあそこまで戦えたとはな」

 

 

 予想外だった、とでも言うかのように零したラルに、目を細める。

 確かに私は術士寄りの能力を持つが、それに頼り切りにならないようにと気は使っていたのだから。

 

 

 あの時代、術士の水準は現代(10年前)よりは遥かに上、この時代(10年後)の少し下((ボックス)のサポートを差し引くため)と言ったところ。

 とは言ってもそれは平均水準の話で、手品師紛いの小物からリングの炎を幻覚に織り込む中堅、有幻覚を使う上澄みまで()り取り見取りだったが。手品で誤魔化すくらいならちゃんと手品師として生計を立てろ、と思うのは恵まれた者の傲慢だろうか。

 

 そして私にとって一番身近な術士のD(デイモン)君はと言えば、有幻覚も使えれば大鎌での近接戦闘もイケる、言ってしまえば上澄み中の上澄みだ。

 私の師匠は、実は結構凄い奴なのである。髪型と服のセンスと惚気ぐせと若干暴走が多いのと、後は弟子()に過保護気味なのを除けば(まさ)に完璧。…長所が致命的な欠点で(ことごと)く相殺されているのもさすがです、師匠。

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 

 そもそも私が幻術を学んだのは、自衛手段───大切なもの(家族)を守る(すべ)の幅を広げるため。

 平行して雨月君から剣術も教わっていたので、当然ながら戦闘スタイルはその二つを織り交ぜたものとして完成した。

 

 ラルの言葉は、5年以上も使い続け、身に染み付いたそれを放棄せざるを得なくなっている、ということなのだ。

 

 

 リボーン君と雲雀君がトレーニングルームに残って何やら話しているし、沢田君達も各々修業か休息を取っているから、とラルを連れ込んだ大食堂。

 久々に飲む紅茶にミルクと砂糖を入れてスプーンでかき混ぜつつ、首を傾げて問う。

 

 

「この時代の私は、典型的な術士のような戦い方をしていたのか?」

「そうだな。オレも直接会ったことはないが、噂を聞く限りそれで間違いない」

 

 

 答えたラルは飲み物にこだわりがないタイプらしく、エレナさん直伝の方法で淹れた紅茶を口に含んで一瞬目を見張った。ふふん、美味しかろう。

 

 心なしか味わうように紅茶を飲んだラルが、「幻術とスネグーラチカを併用した遠距離戦法で知られている」と言葉を続ける。

 

 

「その一歩も動くことなく敵を凍り付かせ無力化する様から、付いた二つ名が“絶凍の魔女”」

「魔女かー…」

 

 

 昔は悪魔と呼ばれたのに、今は魔女か。

 どちらも私の好みではないが、何か格落ち感が否めないのは何故だ。いや、魔“女”で女であることが強調されたからプラスとするか。

 

 

 いやそれよりも、この時代の私から“剣”という要素が抜けていることの方が問題だ。

 

 

 剣は私にとって王に捧げる忠誠の証であり、雨月君との師弟の絆を示すものでもある。

 それは軽々と手放せるものではない。今の私が双剣の片割れを封じているのは、ジョット君のために振るうとの誓いを破らないためだ。

 

 それを曲げねばならぬ程の何かが、あった───否。在るのだ、今も。

 

 

 手に持ったカップの中の、柔らかい色合いの水面を眺め、溜息を吐く。

 

 この予測について、訊けば雲雀君は答えるだろう。

 恐らくは、喜色を滲ませて。

 

 彼がそれを喜んでいるのは、私室の様子からも窺い知れる。

 文机の脇には半紙が二つの山を作っていて、片方は彼の名前と同じく『弥』で終わるもの、もう片方は欧州(ヨーロッパ)の女性名でも通用しそうな音のもので統一されていた。どうやら、性別もわかっていないのに名前の案を出しているらしい。何をどう考えても浮かれている。

 

 

 ここまで情報が揃えばただの事実確認でしかないというのに、敢えてそれをしない。

 焼きが回ったかと思いながら、再びカップに口を着けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で。わざわざ僕だけ残るように言って、何がしたいんだい? 赤ん坊」

 

 

 二人しかいなくなったトレーニングルームで、雲雀はリボーンにそう問うた。

 いつもの通りに感情の読めない顔で、リボーンは口を開く。

 

 

「……レイは、損得勘定で物事を計ってる。それはお前もわかってるな、雲雀」

 

 

 その言葉に、雲雀は目を細めることで返答とした。

 

 

 人間を動かすのは何も利害だけではない。

 感情や気分。それらは目に見えず、しかし確かに存在し、時には利益以上に人を動かす。

 

 一時の感情に流され、取り返しのつかない事態になった例も数え切れぬ程知っている。

 

 

 だがしかし。

 

 レイは人間らしさを著しく欠いた精神性故に、その欠陥を持たず。

 逆に人並み外れた頭脳を持つが故、他者のそれを容易く勘定に入れてしまえる。

 

 

 どんな判断をすれば誰の信頼を得られ、逆に誰の不興を買うのか。

 どのような選択が一番こちらの損害が少ないのか。

 

 全てを見通し、利益と損失を徹底的に計算し尽くし、その上で進む未来を選び取る。

 

 それができたからこそ、彼女は吹雪と謳われた。

 

 

 雲雀恭弥は、彼女自身を除く世界の誰よりも、彼女の成したことを知っている。否、憶えている。

 

 だからこそ、リボーンの言わんとするところは理解できた。

 

 

「万が一の事態になった時、あの()が沢田綱吉達を裏切らないかが心配なんだね?」

 

 

 包み隠すということを知らないような雲雀の言葉に眉を寄せ、しかしその通りの懸念を持つリボーンは頷いた。

 

 

 天秤が綱吉達の側に傾いていれば、何も問題はない。

 綱吉達に着いていることが、それ以外の選択よりもレイにとっての“得”が多い限り、彼女が綱吉達を裏切ることはない。

 

 だが、その天秤がもう片方に傾けば。

 彼女は当然のように敵対すら選択肢に入れるだろう。

 

 

 その時レイが躊躇うかどうか、綱吉達とのこれまでが彼女にとって如何(いか)程の重さなのかが、リボーンにはわからない。

 これまでの関わりの中で、彼女を繋ぎ止められるだけのものを見つけることもできなかった。

 

 故に、雲雀に意見を求めている。

 

 そこまでを理解した雲雀は、一つ息を吐いて言葉を紡いだ。

 

 

「あの()はね、元々空っぽだったんだ」

 

 

 虚。がらんどう。精いっぱい人間的(好意的)に見ても、精巧にヒトを模したお人形。

 それが、彼の記憶の中で一番古いレイの姿。

 

 

「そもそも空のままで生まれてしまったのか、それとも彼女自身の資質のせいで、満たしていたものが何処かへ行ってしまったのかはわからないけど」

 

 

 そのどちらが正しいのか、雲雀は愛する彼女に問うたことはない。

 問うたところで、彼女は淡く微笑むだけだろう。

 

 

 万知と呼ぶに相応しい頭脳。

 それは彼女に、致命的に欠落した精神を取り繕う(すべ)を与えた。与えてしまった。

 

 家族と出会う前の彼女の言動の全ては『そうすれば丸く収まる』という予測の上に成り立つ演技であり、そこに彼女の意思は介在しない。そしてそれが『どうしてそうなるのか』も、本質的に理解しているとは言い難かった。

 彼女が真の意味で彼女として動くようになるのは、とある大空がお節介を焼くようになってから。

 

 せっかく手にした“人らしい情動”も、『家族(最愛)』という存在を介したモノだったが故に、10年前の彼女にとっては見本(サンプル)以上の意味を成さなくなってしまっているが。

 

 

「それを少しずつ満たしていった果てに、この時代のレイがいる」

 

 

 それでも、かつての彼女とは決定的に異なる。

 

 色鮮やかなあの日々を愛おしく思う限り、彼女がボンゴレX世(大空の後継)を敵とすることはないだろう。

 物事の善悪の基準も、まっとうな倫理観も、何一つとして持たぬ彼女にとっての絶対の“善”こそが、()の大空の理念であり、また最愛の家族からの教えなのだから。

 

 

「この時代のレイは、少なくとも表向き沢田綱吉の守護者として完璧な振る舞いをしていたよ。あの()もこの時代のレイと変わらない。君が余計なことをしなければそうするはずさ」

「表向き、か」

 

 

 リボーンの立場からすると、それでも手を出さない、という判断をするのは難しいのだ。

 

 表向き従っているのなら骸と同じような立ち位置だが、一度綱吉に敗北した骸と異なり、レイの実力はリボーンとも渡り合うレベル。

 『雪』を冠するのなら頭脳戦にも長けるだろう。

 

 

 レイの半ば作為的な行動によって積み上げられてきた信頼は強固だ。だがそれをもってしても、世界最強のヒットマン(リボーン)という砦を陥落させるまでには至らなかった。

 

 それを察した雲雀は、言葉を重ねることを選んだ。

 

 

「…あの()、割と情深い性格(タチ)だから。まだ気付いてないみたいだけど、沢田綱吉達のこともちゃんと大切に思ってるよ」

 

 

恐らく、核となっているのは彼女が唯一と定める大空()の理念だろう。

 

 弱きを、守られるべきを、守る。

 

 彼女は自己の非人間的な側面を抑制するためのロールモデルとしてではあるが、律儀にその言葉を守り、他者を慈しむ姿勢を崩さなかった。

 それが慈悲深いとまで語り継がれているのは、完全に想定外だったようだが。

 

それは並盛に来てからも変わらず、(むし)ろ確固たるものとなった。

 

 

 なんと言っても、周囲は彼女よりも弱い者ばかりになったのだ。

 ファミリーの中では若輩と言えど、彼女とて守護者。幼少期を動乱の時代で過ごしただけあり、蓄積した経験は同世代と隔絶している。

 

 庇護する側であり、庇護される側でもあった彼女は、寄る辺を失ったこともあって前者を優先した。

 それは思い出に縋るようなものであり、半ば自身の心の安定を保つための防衛反応だったのだろう。

 

 

 だが、一年以上も続けたその“演技”は、いつからか“本物”にすり替わっていた。

 

 初めて彼女が笑った時も、そうだったのだ。

 

 自分では演技なのかがわからなくて、戸惑って。

 それが自然に出てきたものだと気付いて、泣いた。

 

 

 この時代のレイは自身の変化も自覚していたが、(10年前)の彼女は未だそれを知らない。

 けれど、その片鱗は雲雀にもわかる程に表面化している。

 

 喩え、生来のものではない後付けの優しさだとしても。

 それを抱けたというだけで、もう十分だろう。

 

 

「そーか。なら、今は見守ることにするぞ」

「そうしてくれると、個人的にも有り難いかな」

 

 

 ニッと笑ったリボーンに、雲雀も口角を上げて返す。

 

 一連の流れを、リボーンは話さないだろう。雲雀にも、口にする理由はない。

 当事者たるレイが、この場での会話を知ることは有り得ない。

 

 そこまで考えた雲雀が胸を撫で下ろした時、リボーンが言葉を投げてきた。

 

 

「まさか、お前にそこまで惚れ込む女ができるとはな」

「…そんなに意外かい?」

「ああ」

 

 

 確かに雲雀自身、レイに対しては過保護気味になっている自覚はある。

 そうは言っても、人より大きく重いものを積み上げてきた結果、今の状況に至ったのだから仕方がない。

 

 

 ささやかな幸福と、波乱に満ちた日常と、そして絶望と慟哭と悲嘆と後悔。

 

 その果てに、ようやく掴み取ったのだから。

 

 

 けれど、それをリボーンに言う訳にはいかない。

 それはいずれ、彼の時代の雲雀か、若しくはレイが告げるべきなのだ。

 

 故に雲雀が口にしたのは、事実ではないけれど嘘でもない、そんな答えだった。

 

 

「………酷い殺し文句を言われてね」

 

 

 本当に、何処の誰に教わったのかと問い詰めたくなるような、そんな言葉。

 言われたら参る以外の選択肢がない、お手本のような殺し文句。

 

 その言葉を告げられた日に、明確に今の関係になったのは間違いない。

 

 

「レイの奴、何を言いやがったんだ?」

「教えないよ。どうしても知りたいんなら、君の時代の僕に聞けば?」

 

 

 きっと、違った未来を歩むことになる己も、彼女からあの言葉を告げられるのだろうから。




・守護者最強

 どっちかと言えば追求する側のはずだが、何故か弁護をやっている。
 この後大食堂にレイを迎えに行き、彼女が飲んでいるのが砂糖も入れたミルクティー(疲れている時の飲み物)だったので大慌てで布団に突っ込んで寝かしつけた。好みの微妙な変化が過労サインだと気付いたエレナには足を向けて寝られない。
 この時代のレイと一緒に最終決定案を決めるべく、考え付く限りの名前を書き出している。当のレイに見られたら苦笑されること間違いなし。


・魔女

 ジョット達と会う前は『肯定/否定』程度の意思しか言動に反映していなかったし、それ以上は求められてもできなかった。『いいこと=家族からこうすべきと教えられたこと』というかなり危うい方程式が成立しており、世間一般での善悪は知識止まり。前者はともかく後者は、マフィア界で生きる人間としては至極尤もな認識かもしれない。
 大人ぶって振る舞っているために違和感は出ていないが、肉体的な年齢と精神的な年齢が合致しておらず、その上感情との付き合い方が未熟なため、許容量を超えるとギャン泣きするくせがある。


・家庭教師

 レイの有用性に目を付け、彼女の不安定具合にも気付いたために『彼女が絶対にツナ達の味方でいる』保証を探していた。レイが全力で隠しているのもあって自力では見つけられなかったものの、雲雀の言葉を信用することに。
 雲雀のレイへの態度が10年前と違い過ぎるのについては恋をして変わったと思っている。ただレイが、雲雀の態度を受け止めつつも靡く様子もデレる気配も、彼とこの時代の自分の関係を肯定する素振りもないのが不思議。ビアンキの話じゃ、くっついた当初からイチャついてたはずなんだがな…。

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