リングが、青の光を放つ。
柄から水滴が伝うように澄んだ青の炎が広がり、刃先に到達すると勢いよく燃え上がった。
「うん、いい感じだ」
「さすがは山本、飲み込みが早いな」
精神を集中させ、武器である時雨金時に雨の炎を纏わせることに成功した山本を褒める声は二つ。
一人はご存知家庭教師にしてヒットマンのリボーン。
もう一人は、彼と同じく片刃の剣を扱う剣士である雪の守護者・松崎レイだ。
白い半着に紺の袴姿のレイは、お気に入りらしい紫のリボンで後ろ髪を纏めて高く結い上げ、道場の床に正座している。
「レイは修業しねーのか?」
謎めいたところの多いクラスメイトの少女に、山本は声を掛けた。
全快とは行かずとも回復したのなら、誰かしら大人が付いて修業をするだろう、と思っていたのだ。
「私は今の時点でスタイルが完成されているからな、修業はないんだ。逆に君達はどんどんいいものを取り込んでいって、強くなれるさ」
返されたのは予想外の答え。
つまりそれは、彼女が自分達のずっと先…文字通り“別次元”にいることの肯定に他ならない。
だと言うのに、山本は高揚感を抑えられなかった。
嫉妬も何もなく、ただ『挑みたい』と、目の前の少女と思い切り戦いたいと…そう、思ったのだ。
「イイ顔をするじゃないか」
「んなヘンな顔してたか…?」
クスクスと含み笑いを漏らしながら、レイが頷く。
「挑みたくて仕方がない、って顔をしていた。剣士というのはそんな顔をしなくちゃいけない決まりでもあるのかい?」
その言い方に覚えるのは、僅かな引っ掛かり。
『剣士というのは』とは、まるで山本以外の“剣士”を知っているようではないか。
「もしかして、剣士の知り合いがいるのか?」
「ああ、うん…私に、剣を教えてくれた人がね。普段は温厚なのに、いざとなると先程の君みたいに笑っていたよ」
細められた深青の双眸が山本を透かして、遠い何処かを見つめる。
それは、彼女だけが知る思い出。
胸に秘める秘密。
山本はそれに気付いたが、特段何をするでもなく、愛刀を振るった。
それを無理に問い質してまで知ろうとすることは、彼女の
「じゃ、やるぞ」
何の気負いもないその言葉と同時、リボーンの手の銃が連射される。
青の炎を纏ったまま振るわれた刀は、間の抜けた着弾音と共に竹刀へと逆戻りした。
「炎を灯しての時雨蒼燕流は話になんねーな。ペイント弾じゃなけりゃ即死だったぞ」
「たはは…全くだ」
頭をかく山本を見て、立ち上がり、タスキを掛けながらレイが笑う。
「今はまだ、未熟でいいのさ」
一体、それはどんな意味なのか。
山本が首を傾げた刹那、その身に殺気が叩きつけられる。
咄嗟に振るった時雨金時が、氷の刃を受け止めた。
「余所見なんてしていいのかい?」
戦場では僅かな隙が命取りなのだと教え込むように、挑発的な鋭い視線が山本を射抜く。
「
刀を握る手に力を込め、淡い色の刃を押し返す。
その勢いを押し殺せず宙を舞ったレイは、しかし全く危なげなく板張りの床に着地した。
「それならいい。“次”に活かせよ」
その“次”があるのなら。
続けられることのない言葉の先を読み取り、山本は身震いした。
言葉に含まれた意図を読ませ、気付く者にのみその異様さを知らしめる。
だが、それは信頼故の行動だろう。その腹の内を、少しでも知ることを許されているのだから。
レイが踏み込んだ。同時にその左手の剣も突き出されているが、余計な力の入らない、ただ前に進み出ただけのようにすら見える踏み込みに合わせている分拍子が読めず、防御のタイミングが図れない。
それでも何とか
一瞬レイの体から力が抜け、山本のバランスが崩れた隙を狙って薙がれた刃を、寸での所で受け止めた。
レイの剣は、まるで流れる水のように変化する。
リズミカルに打ち込んできたかと思えば拍子を読ませぬ突きを繰り出し、荒っぽく剣を薙ぐ。だというのに達人の域にある者の嗜みか、予備動作はほぼなく、全ての動きが連続している。
それなのに何処か筋が通っている、まるで彼女のような剣技に、山本が生まれ持った才能で喰らい付いていく。
休むことなく繰り返される剣舞。
当の本人達に舞を披露しているつもりはないのだが、そうとしか形容できない美しさを持つそれ。
その只中に在りながら、山本は小骨が引っかかるような感覚を覚えていた。
違和感は二つ。
一つ目は、彼女が左手で剣を持っていること。
レイの利き手は右手だ。一年以上も同じ教室で学んできたのだから、その程度は把握している。
しかし彼女が今振るう
そして時折右手が閃き、何かを掴んでいると言った風に動く。それはまるで、右手にも
片手剣と言えど
もう一つは、彼女の動き。
西洋の、しかも片手剣だと言うのもあるのだろうが、斬り方や突きの仕草は山本が知るものとはだいぶ違う。
だが、ふとした動作に、些細な足運びに、既視感を感じるのだ。
まるで、己の師である父のような。
まるで、己と相対した剣士のような。
彼らを想起させる、朧げで掴めない既視感。
「あっ…」
「勝負あり、だな」
氷の刃が山本の眉間に突き付けられる。
一瞬、彼女の姿がふわりと揺れ、それに気を取られたのだ。
当のレイの右手人差し指では、シンプルな指輪が
「私は幻術を使う、と事前に言っただろう? この程度は見破ってもらわないとな」
「あははは…」
打ち合いに夢中になって忘れていた、などと言おうものなら何をされるかわからない恐ろしさに、山本は笑って全てを流すことにした。
それもわかっているのだろうが、レイは粛々と剣を鞘に納める。
その姿勢は優しいようでいて、何処か底知れない。
クラスメイトであり、また共に戦う仲間でもある少女に抱くものではない感情にぶるりと身を震わせた山本は、それを追い払うように口を開く。
「…あのさ」
「何だい?」
「───レイも、時雨蒼燕流の使い手だったりしないか?」
目を見開き、まじまじとこちらを見つめる彼女に、山本は苦笑した。
「いや、何つーか…自分でもよくわかんねーんだけど、親父やスクアーロに似てると思ってさ。なら、もしかしてって…」
「成る程…だが、それは見当違いだよ、山本君」
先程まで殺気を飛ばしていたとは思えぬ穏やかな表情で、レイは語った。
「時雨蒼燕流は永い時に育まれた最強の殺人剣なんだろう? 私は基礎こそ知己に習ったが、それを自分の体力やリーチに合わせて最適化しているんだ。つまり、よりスマートに戦えるようにアレンジしているということになる。なら、幾代もの使い手を経て動きが最適化されているだろう時雨蒼燕流と似通っていてもおかしくない」
成る程、と山本は頷いた。
勿論、レイが隠しているだけでそれ以外の理由があるのかも知れない。だが、筋は通っていると思ったのだ。
「なあ、山本。お前、野球好きか?」
「え? ああ、勿論好きだぜ」
「じゃあ、マフィアは好きか?」
「ん? それってマフィアごっこのことか?」
リボーンから投げられたのは、脈絡のない問い。
困惑した山本はレイに視線を向けるが、レイはただ黙ってリボーンの問いに対する答えを促した。
「まあそーだな。ツナや獄寺のいるボンゴレなんかだぞ」
「あはは! それなら楽しーぜ! ヒバリや骸も同じチームってのがまた有り得なくてな」
何の躊躇いも、気負いもなく。
翳りを知らぬその笑みが、どれ程尊く得難いものなのか、“彼ら”は知っている。
「その笑顔を忘れんなよ」
「ん?」
「君の笑顔は素敵だ、という話だよ」
どうしようもなく美しく、目映いものを見るように、瞳を細めたレイが微笑む。
「修業が完了した時にまだそーやってお前が笑ってられたら、前にも言った通り───
───オレの秘密を教えてやる」
その言葉に、山本は笑った。
面白い、と。
底抜けに明るいその笑みを、レイは見つめる。
その果てにあるのが何であっても彼はそうして笑うだろうと、確信じみたものを抱きながら。
「レイはどーだ? 知りたいか、オレの秘密」
「いや…やめておこう」
何でもないように尋ねるリボーンに、レイは拒否の意を示した。
それは他人のついでに教わるようなものでは無く、知れば今までの全てが水泡に帰す。そして何より───その大半を、知り得ているが故に。
「さあ山本君、休憩は終わりだ。次はもっと粘れよ」
「おう!」
その言葉を皮切りに剣を交わす、二人の剣士。
互いの剣閃はまるで、弟弟子が同門の姉弟子の胸を借りているような───
───よく似た、しかし決定的に何かを違ったものだった。
・実は姉弟子(のような何か)な人
剣の師が時雨蒼燕流の使い手だった。ある意味後継者。やろうと思えば(継承ではない、完全なる見様見真似になるが)型も使える。山本に言ったこともある意味で正しく、師の戦い方を参考に己の剣術を編み出している。
なんで幻術使用してるかって? こっ酷く裏切られる予定の剣士対策です。せめて怪我の程度を軽くするくらいはできればいいんだが。
修業はないが模擬戦の相手はするし、“スケジュール”の調整や今後への備えなども行っているため非常に多忙。こんなに忙しいのは久々だ…!! 自警団時代の
・秘密を教える約束をした人
本命のついでに教えて反応見ようと思ったら拒否られた、悲しい。
剣に関しては専門外なので何も言わないが、何となく似てるな程度には思っているし、レイの姿勢や重心などが片手で武器を振るう人間のそれでないことも悟っている。
・同級生が姉弟子な人
天然故に的を射た発言をすることに定評がある。本人としては「もしかしたら親父の師匠以外にも継承者がいて、その人か弟子が師匠だったのかもなー」くらいに考えていた。さすがに父親の師のそのまた師の…みたいな関係だとは予想してない。普通しない。
レイが何か秘密を抱えていると勘付いてはいるが、そこを突くと今の関係が決定的に変化してしまうとも察している。両手に剣を持たない理由も、彼女にとって譲れない『何か』に端を発するものだとわかったから何も言わなかった。
・音楽好きな剣士
自衛手段を求めた妹分に基礎だけ教えたが、稽古(という名の
さすがに一世紀以上も後の世で同門の少年に指導しているとは思ってない。普通しない。この人はこの人でリングの中で慌ててる…姿が想像できないな。騒ぐ周囲を他所に呑気に茶啜ってるかも。