参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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標的47 子守唄(ニーナ・ナーナ)は届かない

 容体が急変したクローム髑髏。

 生死不明の六道骸。

 非7³線(ノン・トゥリニセッテ)に侵されたラル・ミルチ。

 

 

 悪条件がこれでもかと揃う中、それでも綱吉は作戦の決行を決めた。

 

 骸について、非7³線(ノン・トゥリニセッテ)について何か掴めるかもしれない。

 そして何より、 『こんな状況(とこ)、全然似合わない』と。

 

 その言葉に全員が納得したのだ。

 

 

 そして今。彼は『地獄』にいた。

 

 

 トンファーが猛烈な勢いで振るわれる。

 紫の炎を纏ったそれをまともに受ければ、骨折は免れない。

 

 氷の剣と靴底に刃を備えた脚が、しなやかに弧を描く。

 常に急所を外れた箇所に狙いを定めているとは言え、その一撃は十分致命傷になり得る。

 

 一方に集中すれば、もう一方が死角から襲い掛かる。そんな状況で、綱吉は反撃の機を伺っていた。

 

 

 せめてもの救いは、相対する二人───雲雀恭弥と松崎レイが、協力していない点だろう。

 本当の戦場ならば有り得ないその隙を、彼らは意図して作っていた。

 

 だが、手強いことに変わりは無い。

 片や疑うことなき守護者最強の未来の姿、片や未だ実力の底が見えない若き剣士。

 

 

 雲雀が叩き込んだトンファーの威力を殺し切れず吹っ飛ばされた綱吉は、手を頭上に掲げ、グローブから炎が出る勢いのまま蹴りを放つ。

 

 その直線上で剣を構える少女の異変に気付けたのは、一重に彼が超直感(ブラット・オブ・ボンゴレ)を持つが故だろう。

 

 

 ゆらり、と体が揺れ、思いも寄らぬ方へ倒れ込みかける体を支えようと、氷の張った床にエッジが喰い込む。

 咄嗟にホバリングに適した柔の炎に切り替えた綱吉が着地し、それに気付いた雲雀が駆け寄る中、とうとうレイが膝を着いた。

 

 

「…済まない、眩暈がしただけだ」

「や、やっぱりあんまり無茶しない方がいいんじゃ…」

「いや、……? まさか………前言撤回だ。すこし、眠らせて、もら…」

 

 

 言い切れずに意識を失ったレイの体が、重力に従い倒れ込む。

 慌てて腕を出した綱吉に支えられ、細い体が小さく寝息を立て始めた。

 

 

 その少女の安らかな表情に安堵を覚えた綱吉が突然の殺気に振り返ると、そこには(ボックス)アニマルまで展開し、剣呑な光をその鋭い瞳に宿す自身の雲の守護者がいた。

 

 

「…僕の妻だよ。さっさと返してくれる?」

「は、ハィィイイイ!!!」

 

 

 小動物の生存本能か、綱吉は震えながら、それでも迅速にレイを雲雀に引き渡す。

 

 

「…ボンゴレの医療室を貸してもらうよ」

 

 

 研究資料なども保管してある自室に寝かせては、休む間もなくそれらを読み込むことに時間を費やしてしまうだろうから。

 

 そんなささやかな“夫”の気遣いが更なる波乱を呼び起こすことなど、誰も予測できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイが倒れてから数時間後のこと。

 

 新技を試して気絶し、獄寺が資料室の壁を破壊した音で意識を取り戻した綱吉は、こっそりと医療室で眠るレイの様子を見に来ていた。

 

 気絶している間に見た不可解な夢のことを含めて、考えなければいけないことは山のようにある。

 だが、彼個人としては目の前で倒れた友人を優先したかったのだ。

 

 

 彼の母のものとほぼ同じ色の髪を枕の上に広げて眠る少女の瞼が、不意に震えた。

 

 綱吉が誰かを呼ぶ暇もなく、鮮やかな深い青の瞳がその姿を映す。

 

 

「ん……なぁんだ、君か……またサボったのかい?」

 

 

 当たらずとも遠からずな言葉に、綱吉は曖昧な笑みを浮かべる。

 それを見たレイは、一度伸びをすると呆れたように笑って身を起こした。

 

 

「サボりも程々にしてくださいね? 君が書類仕事の類が嫌いなのは理解していますが、それで困るのは私達なんだから」

「え…?」

 

 

 それは、最早拭い去ることが叶わぬ程の違和感だった。

 

 深海色(ブルーダイヤモンド)の双眸は光こそあるものの焦点は合わず、何処かとろんとしている。その視線はまるで、綱吉を通して遠い誰かを見ているような。

 

 言いようのない恐ろしさに後退(ずさ)ろうとした綱吉の服の裾を、レイの華奢な、それでいて剣ダコで硬くなった手が掴んだ。

 

 

「…少し、夢見が悪くて…君達が、いなくなっちゃう夢を見たんだ。とんだ悪夢でしょう?」

 

 

 己の発言を意図的に軽くするように、へにょりと微笑んで茶化す。

 その行動は彼女ならやるだろうと容易く想像できるのに、言葉の中身が頭に張り付いてその想像を知らないものに変えていく。

 

 

「あ、安心してください、私は君を置いて逝くつもりは微塵もありません。だって、私の大空(ボス)は君だけですから!」

 

 

 見たこともない、年相応の輝かんばかりの笑顔。

 常より柔らかく、少し舌ったらずな喋り方。

 信頼が透けて見える、無邪気な態度。

 

 その全てが、例えようもない恐怖となって綱吉の心を、体を、雁字搦めにしていく。

 

 

 そんなもの、彼女が自分に向けたことは無い。

 “それ”は、彼女だけが知る『大切なひと達』に向けるべきものだ。

 

 カタカタと震え始めた綱吉を案じるように、レイが顔を覗き込む。

 

 

「顔色がよくない、真っ青。私より君がベッドに入るべきです」

 

 

 強引に、それでも何処も痛めぬようにと配慮した強さで腕を引かれ、綱吉の上半身がベッドに倒れ込んだ。

 

 

「ほら、みんなには説明しておくから。さっさと寝なさい」

 

 

 幼い子供のように唇を尖らせ、先程まで自分が寝ていた布団の中に綱吉の体を半ばまで押し込んだレイは、ベッドから降りるとドアの方へと向かう。

 

 

 “みんな”って誰だ。そんな人はここにはいない。

 

 そう小さな背に言いたいのに、言葉が喉につっかえたように出てこない。

 

 

 どうにもできない絶望感に、綱吉が悲鳴すら漏らしそうになった時。

 レイがドアノブに手を掛けたその瞬間に、救世主は現れた。

 

 黒いスーツ姿で、ドアを開けてすぐに彼女の顔を見るとは思わなかったのか目を見張った雲雀に、レイは瞳を輝かせる。

 

 

「あっ、アラ…んむ」

 

 

 その、弾んだ声で彼のものではない名を呼ぶという行動への、雲雀の対応は迅速だった。

 

 言い切られる前に、手で唇を塞ぐ。

 当人からすれば理解不能の行いだったための困惑の視線も意に介さず、ジャケットのポケットから取り出したピルケースに入っていた錠剤を数粒、その唇に押し込んだ。

 

 

「飲み込んで」

「……」

 

 

 唐突な行動だったためか不満そうな顔で、それでも素直にそれを嚥下したレイの瞳から急速に光が失われ、体から力が抜ける。

 

 そっとその体を支えた雲雀は、その耳許で囁いた。

 

 

「…大丈夫。ここには僕がいる。癪だけど、あいつらもいるよ。だから───安心しておやすみ」

 

 

 ただひたすらに、甘く、優しく。

 悪夢を見た幼子を深く安心させるようなその声色に硬直した綱吉を、いつも通りの鋭い眼差しが射抜いた。

 

 

「…いつまでそこでそうしているつもりだい?」

 

 

 その言葉に意図を察した瞬間飛び退()いた綱吉には目もくれず、再び華奢な体をベッドに横たえ、布団を掛ける。

 

 

「さ、さっきの薬って…」

「ただの睡眠薬さ、即効性のね」

 

 

 これだけは訊かなくては、と決死の覚悟で尋ねた綱吉を見ることもせずそう答えた雲雀の声には、明らかな拒絶の意思が込められていて。

 

 それ以上追求できずに医療室から出ていった綱吉は、その日の夕飯時、偶然にも聞いてしまうのだ。

 

 

「レイちゃん、何だかご機嫌だね?」

「浮かれて前みたいに皿を落とさないようにして頂戴ね」

「もうあんなミスはしないさ。…浮かれてるのは、否定しないが」

「はひ、何かあったんですか?」

「…少し、いい夢を見たんだ。懐かしくて、泣きたいくらいに大切なものの夢」

 

 

 綱吉には、どうしても。そう言ったレイの顔が、見れなかった。




・下手な映画よりホラーな体験をした

 友人が自分のことを自分以外の誰かだと認識しているというホラー展開にSAN値がゴリゴリ削られた。その後の後日談的なものにも削られるが、好きな女の子が作った料理と彼女らの日常風景で自然回復。


・気遣いがやべー方向に作用した

 I世(プリーモ)ファミリーの面々のことは彼なりに信頼しているし、懐かしくも思っている。現在のボンゴレと関係ができて、イタリアに行ってもおかしく思われなくなってからは定期的にレイと二人、こっそりと彼らの墓を訪れては近況報告をしていた。それはそれとしてD(デイモン)は次会ったら殴る予定。
 君の見る夢の全てが、君に優しいものであればいい。


・夢を見た(と思ってる)

 何一つとして覚えていない。クロームからの混線という形だが、ちゃんと丸い装置の夢も見てる。
 ああ、優しい夢を見たとも。優しくて、それ以上に残酷な夢を。
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