「
メローネ基地のとある部屋の前、隊長格であるらしい男がそう宣う。
彼らの服は白、つまりホワイトスペル。ブラックスペル隊長の
「…させない」
突入直前に幻術を解き、前の隊員二人を気絶させたのは、特徴的な髪型の人物。
「六道…骸!?」
「否。我が名はクローム」
黒曜中の改造制服を身に纏い、右肩に白いフクロウを乗せ、手には三叉の槍を持つその少女はボンゴレ霧の守護者の片割れ、クローム髑髏。
彼女に銃を向ける隊員は、しかしクロームを攻撃することは叶わなかった。
冷たい風が吹いた。そう認識したその瞬間、足が、手が、胴が、頭が凍りつく。
「おやすみなさい。もう二度と目醒めませんように」
悲鳴を上げるどころか瞬きする暇すら与えられずに氷像と化したミルフィオーレホワイトスペルの隊員に、嘲るような言葉が掛けられた。
凍てつきそうに冷たい声でその言葉を紡いだ少女は、たった今自身が創り出した氷像を蹴り飛ばして通路の脇に寄せる。
「愚か、あまりにも愚か。敵地に潜入するのが一人だと思うか?」
「レイさん…。やはり、笹川と獄寺はこの部屋のようですね」
敵とは言え辛辣に過ぎるレイの言葉に苦笑した草壁の背負うリュックの中には、ランボとイーピンの姿もある。
「助けなきゃ…う…」
「クロームさん!! 大丈夫ですか!?」
「無理は禁物だ、辛かったらすぐに言ってくれ」
「大丈夫…ありがと、レイ…」
以前から親交があったため、遠慮なく頼ることのできる人物だと思っているレイに、クロームは控えめな笑みを浮かべた。
その笑みに大好きな、それこそ姉のように慕っていた人を重ねたレイは罪悪感に目を逸らし、正面の扉に向き直る。
「…では、やるぞ」
ギュン、と何かを断ち斬る音が響き、目の前の扉が跡形もなく崩壊した。
「何をすればここまでになるんだ…」
「獄寺と
「そうだな。
内壁は焼け、所々が崩れ。設置されているコンテナも損傷が激しい。
「は、晴の人…!」
「獄寺も、息はあります!!」
「そうか。…二人は笹川君と獄寺君を連れて、山本君達との合流を目指してくれ。私も、“やるべきこと”を終えたらすぐに向かう」
穏やかであり、しかして有無を言わせぬその声に、二人は不安げな視線を交わし。
それでもその言葉を告げた少女を信じ、部屋から立ち去った。
十二分に二人の足音が遠ざかるまで見送ったレイが数歩歩き、視線を地に落とした刹那。
その慈しむように穏やかな瞳の色が、冴え冴えとした、冷たい冬の月が照らす海を思わせるものに変わる。
そこはコンテナの影。二人の立っていた地点からは絶対に見えない場所。
そこに転がる一人の男に、氷の刃が突き付けられる。
「預かり物があるんだ。受け取ってくれるね?
ミルフィオーレブラックスペル・第3アフェランドラ隊隊長───否、ジッリョネロファミリーの雷 ・“電光”の
◆
「聞いた話によると君、ジッリョネロのボスに未だに忠誠を誓っているんだってね? 私も忠義を貫く者だし、普通ならば君のような人間には共感というモノを抱くのだろうね」
敵対ファミリーの構成員、それも瀕死の重傷を負った幹部相手に刃を突き付けつつ、彼女はそう言ってのけた。
ボンゴレ雪の守護者。
あの“絶凍の魔女”が近接戦を得手とするとは聞いたことがないが、年月を経たために戦闘スタイルが変化していたとておかしくはない。
10年も前の過去からやって来ただけあり、目の前の彼女はかの少女とそう変わらない年頃だ。
それでも数週間前に遭遇していたのなら迷いなく交戦していたであろう彼女は、それを知ってか知らずか息を吐く。
「私は、君が羨ましいよ」
その声は酷く平坦で、およそ感情というモノが窺い知れなかった。
『羨ましい』と言葉にしているだけ。
ただ言葉を作り、外界に出しているだけ。
そうとしか思えなかった。
「何か勘違いをしていないかい? 確かに私は情動に少々問題があるが、君を羨んでいるのは本当のことだ」
不満そうな表情を作ってこそいるが、これもまた偽りだろう。眼前の刃は微動だにしていない。
成る程、“魔女”と言われるだけのことはある。
「ハ、オレを、うらやむ?」
「ああ。だって、君は
その言葉は直接的とは言えず、しかし意味を理解してしまえば決して受け入れられないもの。
思わず眥に力を込めて睨み付けると、凍えそうな瞳が見下ろしてきた。
「私は事実しか言っていないよ。まだ間に合う、まだ手遅れじゃない」
君は私とは違う、と言い切った彼女は、再び口を開く。
「目を合わせることも、言葉を交わすことも、寄り添うことも、頭を撫でてもらうことも抱き上げてもらうことも共に歩むことも。
私はもう何一つとして得られなくて、君はまだ可能性がある───それは、ただの、事実でしかない」
冷たく深い、水底のような瞳。
二人の
封蝋に押されているのは、見覚えしかない黒百合の紋章。
上手く呼吸が行えずに喉を鳴らした己を一瞥することもなく、封筒を胸の上に置いた彼女は背を向けた。
「君達の姫君からの預かり物だ。これからどうするかは、君が決めるといい」
◇
事前に準備されていたマップは入江君のお陰で役に立たなくなったが、メローネ基地の仕掛けと一時的なものとは言え全体のマップを知っている私からすると無意味な妨害だ。
黒い部屋にどの
入江君は基地司令としては優秀だ。それは認めよう。だがその分思考は読み易い。奇策を打って博打のような真似をしない、お手本のような優秀さだからだ。
こういう正道を突っ走ってくる奴も面倒と言えば面倒だが、それなら道のど真ん中に落とし穴でも仕掛けていれば面白いようにハマってくれる。
厄介なのはその場のノリや思いつきで作戦を変えてくるタイプ。こちらの戦力が手薄なところをまるで知っていたかのようにピンポイントで突いてきたりするとか、最悪の一言に尽きる。
うん、つまりうちのボスだな。超直感怖い。対処できなくはないけど怖い。
ぶるり、と一度身震いし、耳の
もうそろそろ、雲雀君が入れ替わる時間だ。
アラウディ君も、物は試しと模擬戦で使った戦利品の雲のリングを一瞬で壊していた。そりゃあもう凄い勢いなものだから、この時代で言う低ランクのリングを10個壊したところで強制終了と相成った。彼が戦場に立つ上で、雲のボンゴレリングは必需品だったといえるだろう。
彼と同様にリングが強制使い捨て状態というトンデモなハンデを背負う雲雀君が、マーレリングではないにしろ高ランクのリングを持ち、実力を遺憾なく発揮できる幻騎士に勝てる確率は本当に低い。無いに等しい、と言っても差し支えはない。裏 球針態も、入れ替わりまでの時間稼ぎにしかならないだろう。
まあこの状況で死のうが
二人で幻騎士を相手取り、雲雀君が入れ替わったタイミングで上手く戦線離脱すればいい、と考えてもいた。
しかしこの時代の私の作戦指示により、彼以外の同行者がクロームちゃんに草壁君、それにランボ君とイーピンちゃんだと確定した時点でその作戦はおじゃんになった。直接攻撃力が低い面々を、少なくとも獄寺君達と合流するまで守らなくてはいけないのだから。
きっと、そうするようにと他ならぬ雲雀君に説得されたのだろう。……全く。これだから浮雲って奴は。
考えながら、振り返る勢いを利用して蹴りを放つ。首筋に触れるか否かで静止したブレードに、それは両手を上げて敵意がないことを示しつつ抗議した。
「ちょっと、いきなり何するのさ!!」
「…敵対するつもりがないのなら背後から近付くな、ジンジャー・ブレッド」
一応は注意を口にし、足を下ろす。
ミルフィオーレの隊服ではなく魔女風の衣装を身に纏った存在は、このメローネ基地では酷く目立つだろう。まあ私も明らかに浮いた格好なのだが。
ミルフィオーレ第8グリチネ隊副隊長、
その正体は、マフィア界の掟の番人が操る人形。
「各種センサーは切ってあるよ。入江正一も忙しくって、こんな辺鄙なところまでは気を払わない。別のジンジャーが対応してるしね」
「それは助かる」
未来に来てから
故にミルフィオーレに所属するジンジャー越しに連絡する手段を取ったと、そういう訳だ。
「バミューダはかなり焦ってるよ。何せ未だに虹の代理戦争が開催される予兆すらないからね」
「それどころかアルコバレーノの大半が殺され、おしゃぶりも白蘭の手中だ。これでは前提条件が整わない」
尤も、前提条件を壊したアルコバレーノ殺害には目の前の人形も少なからず関与しているのだが。雨のコロネロ、そして霧のマーモン君が死んだ場にこいつがいたことは確定だ。
(明らかな行動のブレ…しかも当人はそれをおかしいと思えていない)
これは完全に思考誘導やそれに類する暗示を受けているだろう。ジンジャーが超高度技術の賜物たる被造物だからこそ、付け入る隙が生まれてしまったと見るべきか。
そしてジンジャーに刷り込まれた思考は、復活させたアルコバレーノの奥義によってマーレリングの封印が行われるのが既定路線だと示している。大空のアルコバレーノは、そのための捨て駒としか考えられていないとも。
目を細め、今の考えが悟られぬようにと言葉を続ける。
「ミルフィオーレのお陰で様々なことがおかしくなっているからな。最悪虹の代理戦争が飛ばされて、運命の日が来るやもしれん」
正確にはミルフィオーレではなく、それを手足とする白蘭が元凶だが。私の胃に著しいストレスが掛かっているのも、これからも掛かるだろうことも含めて。
白蘭のことを想像すると湧き上がってくるこの感情は、憎悪か憤怒か。判別は付かないが…ここまで『濃い』感情を、顔も合わせたことのない相手に抱けるとは。ボンゴレ絡みで、間接的にジョット君達にも関係するからだろうが。
「そっちは、
「いーや、特にはないけど」
と、ジンジャーが何かに気付いたかのように顔を上げた。
「別のジンジャーが沢田綱吉と接触しそうだなぁ」
何かを期待するようにこちらを見やるジンジャーは、口元に笑みを湛えている。
大方、私に沢田君の命乞いでもして欲しいんだろう。
しかし今私がすべきことは、入江君と一緒になって沢田君達を限界までイジメ抜くことなのだ。
悪趣味? こうでもしないと今後の彼らの身の安全が保証できないんだよ。
「手心は加えなくていい。返り討ちにされても文句は言わないでくれ給えよ?」
「……へーえ、なんでこんな無茶してるのかと思ったら、そういうことか」
つまんないの、と吐き捨てたジンジャーが話は終わったとばかりにふわりと浮いて、去っていく。
その背が十二分に遠ざかり、角を曲がって見えなくなったところで大きく息を吐き、壁に背を押し付けたままずるずると腰を下ろした。
足がちゃんと床に着いているのか、あやふやだ。
手も、握っては開くを繰り返すと明らかに不調を
雲雀君からもらった症状を抑える薬も服用しているが、効き目はそれ程でもない。
「後、もうすこしだけだから」
後少し、ボンゴレ
それまで耐えられれば、こっちのものだ。
顔を上げて、天井を見上げる。
青い空が見えないのが、奇妙な程哀しかった。
・暗躍する人
肉体的にはめちゃくちゃまずい。チョイスまで持つかもわからないレベルでまずい。尚雲雀が彼女に服用させているのはあの時にも飲ませた向精神薬なので、効き目があったらそれはプラシーボ効果。
・預かり物を受け取った人
封筒の中身は手紙と、これからについての行動指示。
まだ間に合うと、まだ手遅れではないのだと、羨んでくる少女の言葉を聞いて理解した。故にマフィアボスの守護者よりも一人の男であることを選ぶ。そういう意味でも弟達しか連れていけない。
・操り人形
レイと別れた直後、完成した
おまけ
・潜入方法
「クロームちゃん、幻覚で私達が偵察部隊に見えるようにしてくれ」
「…えっと、声は…?」
「そこは私が声帯模写で何とかする」
「そんなことも…できるの…?」
「ん。昔にな、大切な人に教わったというか、見て盗んだというか」
「(頬が緩むのを何とか堪えている)」←見せて盗ませた
「あー、あ、あー…こんなカンジでどうだろうか(男声)」
「……違和感が…凄い」
「(吹き出しそうになるのを堪えている)」
(恭さんはこんな状況でも楽しそうだ…)