参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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標的54 誓い、そして葛藤

 久々に踏みしめる、コンクリートの地面。

 (まば)らではあるが、見える人影。

 

 メローネ基地からの帰還より一日。

 私達は、一時的に並盛の地上に出ていた。

 

 勿論、バジリコン君も無事合流済みだ。慌てて作った大量のご飯がとんでもない勢いで消えていくのには畏怖すら覚えたが。

 

 

「レイー、遊べー!!」

「はいはい、何をする?」

 

 

 んっとねー、と頭を悩ませているランボ君を、微笑ましく見つめる。

 少し向こうの砂場には、イーピンちゃんと泥団子を製作中の山本君の姿も見えた。

 

 …“おばあちゃん”は、ミルフィオーレ関係の抗争が激化する以前に亡くなっていたのだと、草壁君に知らされた。

 半ば当然の別れに、浮かべたのは苦笑のみ。

 

 

 少し遊んで、もうそろそろ合流の時間だからと、ランボ君を宥めて十字路へ向かう。

 

 

「山本君、待ち給え」

「ん?」

 

 

 立ち止まり、振り返った山本君の背後。

 彼が渡ろうとしていた横断歩道を、暴走する勢いでトラックが走っていく。

 

 

「うお、危ないのな…あんがとな、止めてくれなきゃ轢かれてたかもだ」

「仲間なんだから、助け合うのは当然だろう」

 

 

 笑って話しながら、考える。

 

 …私は今のトラックにも、横断歩道にも()()()()()()()()()

 一度トラックに轢かれ、横断歩道で死んだはずなのにも関わらず。

 

 

 ジョット君達と共にいた頃から今まで感じ、そして答えを先延ばしにし続けてきた違和感。

 山のようにあるそれを、今一度精査する。

 

 名前も顔もわからない友人。

 欠片も思い出せぬ日常的なあれこれ。

 なのにとあるマンガやそれに纏わることだけが、嫌に色濃い。

 

 

 そこまで考えて、ちらと山本君と、彼の肩の上のランボ君、そして私の腕の中のイーピンちゃんに視線をやる。

 

 

 彼らに関する知識はそこにいない誰かを通して見るような、客観的なものだった。それは確かだ。

 だが同時に、二次元的なデフォルメがされていたようにも、モノクロだったようにも思えない。

 

 ここまで情報が出揃えば、もう答えに辿り着いたも同然だろう。

 

 

 それでも踏み込めないのは、私が現状に甘えているからだ。

 私が彼ら(人間)とは()()()()()()()()()()()()()()()だと、思いたくはないからだ。

 

 ───こんなことを考え、そしてその要素が引き起こす事態すらも今後の予定に組み込んでいるというのに。

 

 

 その後しばらくして、待ち合わせ場所の十字路で合流した時には、京子ちゃんもハルちゃんも、表情が何処か明るくなっていた。…笹川君? 暑苦しさが増していたが。

 

 

「貴方達、他に行きたい所はないの?」

 

 

 ビアンキさんにそう問われ、思わず顔を見合わせた私達が次に目指したのは並中。

 彼らの…否、私達の日常の、象徴たる場所。

 

 

「わ〜、変わんないっ!!」

「10年間増築も改築もされずに…」

「極限に健在だな!!」

「ここまで来ると執念を感じるぞ…」

 

 

 誰のかって? 雲雀君のだよ、そのくらい気付け。

 

 彼が敷地内にいるからか、休みだというのに鍵もかかっていなかった並中に立ち入り、馴染み深い教室の、自分の机に座る。

 

 しょうもないことを話す山本君と獄寺君に笑みを零した沢田君の顔は、輝いて見えて。

 

 

(───よかった)

 

 

 君が、そんな風に笑っていられて。

 

 

 “また、あの時に戻ったら”。

 

 少し待っていてくれ。

 その仮定を、絶対に現実にするから。

 

 

 屋上に移動して、ランボ君を中心に巻き起こった騒動を横目に見ながら、そう誓う。

 

 向かい側の屋上で黒い人影が金髪の人物に襲い掛かったのがちょうど見えて、思わず笑ってしまったのは秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 財宝を守るための隠し部屋に通じる、扉。

 

 未来の自分のアジトだという施設に、草壁の案内で帰還してから10分足らず。

 雲雀は、鍵もないのにそういった印象を受ける襖の前で立ち往生していた。

 

 

 そうは言っても、材質が他と違う訳ではない。

 何の変哲も無い襖。違いは、描かれているのが“雪景色”だという一点のみ。

 

 たったそれだけでこの向こうに誰がいるのか想像が付く程度には、雲雀恭弥は己のことを熟知している。

 だからこそ彼は、何の躊躇いもなく開け放っていいはずの襖の前で立ち往生しているのである。

 

 

「きょ、恭さ…」

「何」

 

 

 拒絶としか言いようのない言葉を投げられ、草壁の額に滲む冷や汗の量が増した。

 

 10年以上前から雲雀を支えてきた彼は知っている。

 とある事がきっかけとなるまで、雲雀とこの襖の向こうの部屋の主人の関係は何とも言い難く、しかしお世辞にも良好とは言えぬものであったことを。

 

 

「行っていいよ」

 

 

 有無を言わさぬ声色の言葉に従い、去った草壁の姿が完全に見えなくなった頃。

 

 雲雀は、襖を開け放った。

 

 

 そこには、彼が予想した通りの少女がいた。

 ただし、文机に突っ伏して、安らかな寝息を立てて。

 

 

「……」

 

 

 気が削がれたと言わんばかりに肩を落とした雲雀は、全く遠慮なく文机に歩み寄り、腰を下ろした。

 何をしていたのか、文机の上にはガラスのように透明な、大きいものでも小指の先程しかない歯車が散らばっている。

 

 和で統一された部屋に合わせたのか、行灯型の間接照明が照らす艶やかな焦げ茶色(ショコラブラウン)の髪を、片手で弄ぶ。

 

 

 髪が伸びたなと、そう思った。

 顔立ちも大人びて、子供らしさが削ぎ落ちていると、そう思った。

 

 ディーノの話では既に一ヶ月以上もこの時代で過ごしているというが、彼女の姿を最後に目にしたリング争奪戦の時と比べても変化は然程ない。

 それでもそう思ったのは、今よりも幼い彼女の姿が、雲雀の記憶に焼き付いているからだろう。

 

 

 昔は、今より余程子供らしい振る舞いをする()だった。

 バカにされていると思っていたのか、子供扱いは嫌いで…けれど頭を撫でられると、心の底からの安堵を瞳に滲ませて笑うのだ。

 

 いつから、あの笑顔を浮かべなくなったのか。いつから、彼女は子供でいられなくなったのか。

 答えはわかり切っている。家族が誰一人としていない世界に放り出された時だ。

 

 

 雲雀恭弥は知っている。

 

 彼女のもう一つの…否、本来の名を。

 

 

 本当は、憶えていると言った方がいいのだろう。

 

 遠いいつかの、何もかもを。

 

 最初は外部協力者として、次に作戦参謀として。

 そして第七の天候を冠する守護者として、共に歩んだことを。

 

 

 7歳の誕生日に手袋を贈ったこと。

 

 歩幅が短い彼女に合わせ、ゆっくりと歩いたこと。

 

 平和になったら家族揃って花見をしようと、約束したこと。

 

 今は雪のボンゴレリングと呼ばれる、ホワイトオパールの指輪を贈ったこと。

 

 

 彼女に、己の隣で笑っていて欲しいと───そう想っていたことも。

 

 

 けれど、受け入れられない。

 

 それは、雲雀恭弥のものではない。

 

 それは、もうこの世には存在しない一人の男の記憶。

 告げられなかった想いを指輪に刻み、愛した少女から託された役目を全うすべく足掻き、そうして死んだ男の記憶。

 

 

 そう心の底から思えたら、もっと楽でいられただろう。

 

 

 雲雀には、わからないのだ。

 

 彼女が健やかに成長していることを喜ぶのが誰なのか。

 その知略に絶対的な信頼を寄せるのが誰なのか。

 

 もう二度とこの温もりを失いたくないと、そう願うのが誰なのか。

 

 

 わからなくて、自分じゃないはずで、なのにそう思うと胸が痛くて。

 

 今だって彼女が呼吸を続けていると、その心臓が自分のそれと同じように動いていると、そうわかるだけで何かが満たされていく。

 その深青の双眸に憂いの色が滲む度に抱き締めて頭を撫でてやりたくて、伸ばしかけた腕を押さえた回数はもう自分でも覚えていない。

 

 

 するりと、彼女の指に輝く指輪を撫でる。

 

 彼女が『雪』である、その証明たるリング。

 一度彼女の手を離れ、そして再び戻ってきた指輪。

 

 贈った当時はサイズが合わなかったはずなのに、今となっては中指を飾っているのが嬉しく思えてしまう。

 

 

 唯一気になるのは、嵌めた指。

 左手の薬指ではなく、右中指を飾っていること。

 

 彼女のことだ、刻まれた言葉にも気付いているだろう。

 だからこれは、きっと願掛け。

 

 

 ───それならば、期待してもいいのだろうか。

 

 この想いに、彼女が応えてくれると、そう期待しても───

 

 

 知らず知らずのうち望まぬ方向へと転がっていく思考を止めたのは、小さな鳴き声。

 文机の向こう側を覗き込むと、小さな白狼が丸まっていた。

 

 

「君……名前は、確かティアだっけ」

「わふ」

 

 

 そうだ、とでも言うように応えた仔狼は、レイの体を回り込んで雲雀の元までやって来るとその手を甘噛みする。

 狼というにはひと欠片も野生を感じられない(ボックス)アニマルに、雲雀も肩の力を抜いた。

 

 しばらく雲雀に対し親愛を示す行動を取っていた仔狼だが、ふとそれを止めるとレイの脚に体を押し付け始めた。

 

 

「何、どうしたの。………まさか、布団まで移動させたいの?」

「くるぅ」

 

 

 今度は唸り声を返事の代わりにされたが、仔狼であるティアに主人を移動させることなどできるはずもない。

 そんなことをするよりはレイを起こす方が効率的だと、雲雀は彼女の肩を揺さぶる。

 

 

「ねえ、風邪ひいても知らないよ………レイ」

 

 

 彼女の名、本名の愛称が、滑るように唇から零れた。

 

 その事実に、眉を寄せる。

 

 けれど、彼女は反応を返さない。

 もうすっかり寝入ってしまっているようだ。

 

 仕方なしに華奢な体を抱き上げ、敷かれていた敷き布団の上に落ち着かせて、掛け布団を掛けてやった。

 間接照明も消して、部屋を暗くする。

 ティアも雲雀の手を一度舐めると、主人の枕元で丸くなった。

 

 むずがるような声を漏らして、それでも眠り続けるレイの頭を髪を梳くように撫で、そしてはたと思い至る。

 

 

 かつての状況と、今の状況の類似性に。

 

 

 いつかのように、朝様子を見に行って、影も形もなかったら。

 

 古い傷を抉る、悪夢でしかないその可能性に、鼓動が速くなる。

 

 

 それでも、雲雀は襖を開けて、用は済んだとばかりに足早に歩き去った。

 

 

 その想いを、認める訳にはいかないから。

 

 ───それが確かに己のものであると、認められないから。




・誓った雪花

 先延ばしにしていたことを考えたが結局後回しにした。チョイス含め今後に一切影響がないとわかるからこその判断。
 夜布団に入った記憶がない。でも朝目覚めると布団の中で眠っていて首を傾げる。


・葛藤する浮雲

 記憶は己のものではない。そう思い込もうとし続けている。では、この想いは? 彼女を想っているのは、誰?
 翌朝、ディーノから朝食時のレイの話が出たことで無事を確認し、ようやく安堵した。───本人は、絶対に認めないが。
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