私を含めたボンゴレリングを持つ六人が並ぶ前に立つのは、跳ね馬ディーノ。今、全体を取り仕切る家庭教師に任命された彼が、それぞれにやるべきことを指示しているのだ。
しかしディーノ君の雰囲気が10年前よりディエゴ君に似ているような。その辺りは年齢が理由なのだろうか。さすがに環境の過酷さが原因だとは思いたくないのだが。
考えているとクロームちゃんに続き、ディーノ君が私の名を呼んだ。
「松崎レイ、お前についてはこの時代のお前から指示があるんだが、お前にも一応確認だ。誰も付かなくていいんだな?」
「ああ、問題ない。必要なことは既に身に付いている」
初代雪の守護者が使った双剣。それ即ち、かつての私の武器。
もう、全部教えてもらった。一つだって忘れていない。
だから、大丈夫。
力強く頷いた私に笑って、ディーノ君は再び口を開く。
「それなら修業をしながらみんなのサポートを頼む」
「了解した」
ディーノ君は頷いた私に微笑むと山本君の名を呼び、そして最後に全体への通達をした。
「修業の説明は以上!! 各自修業場所は自分で選べ。レイとバジルは自分の修業をしながらみんなをサポートしてくれるからな」
「レイはサンドバッグが来るまでだけどな」
“家庭教師の精”なるコスプレをしたリボーン君の発言には心当たりがある。成る程、彼も向かっているのか。
リボーン君の辛辣な物言いに苦笑しつつ、山本君に声を掛けた。
「自主練をするつもりなら、私が相手になろうか? とは言っても、ただ戦うだけになるが…」
「おっ、サンキュ! んじゃ前と同じとこにいっから、時間空いたら来て欲しいのな」
「了解した」
みんながトレーニングルームから立ち去る中、さりげなくベンチに座って一人残る。
「二人とも、出て来たらどうだい? 安心してくれ、私以外には誰もいないよ」
そう声を掛けると、バイクの後ろの壁…と同じ色の布を持って隠れていた京子ちゃんとハルちゃんがおずおずと姿を見せた。
「レイちゃん…」
「済みません、でも、ハル達これ以上のけ者にされたくなくて…」
「わかってる。二人は何も知らないのに、ここまでよく頑張った」
二人の頭を、少し背伸びして撫でる。
例の仕込みブーツを履いていることもそうだが、そもそも私の方が二人よりも身長が高かったりする。
『のけ者にされたくない』───その思いを本当の意味で理解できるのは、同じように善意によって爪弾きにされた経験のある私だけだ。
「私も、できれば二人に今起こっていることを教えてあげたいんだ。でも、こればかりは私一人で判断する訳にはいかない」
「ツナさん達の許可がいるってことですか…?」
「お兄ちゃん、教えてくれるかな…?」
不安そうに顔を見合わせる二人に、少し悪どい笑みを浮かべる。
「それに関しては、私に策がある」
───その結果。
「ツナさん達が話してくれるまでハル達は家事をしませんし、共同生活をボイコットします!!」
私が知る通りに、女子一同のボイコットが始まったのである。
◇
ボイコット開始から丸一日。
大食堂を覗いてみると、男子組がカップ麺を啜っていた。
炒め物を作ろうとして失敗したのか、焦げた物体が乗ったフライパンがコンロに放置されている。…あれ早めに処理しないとダメな奴じゃないか? いやもう手遅れか?
数時間前も洗濯室を泡まみれにしていたし、修業も上手く行っているとは言い難いようだし…全く、世話の焼ける。
「おいレイ、何覗いてんだてめえ」
「もしかして、京子ちゃん達が何か…」
「そんな訳あるか。女の頑固さナメるな」
甘ったれたことを言う沢田君に否定の言葉を叩き付けつつ、テーブルにおぼんをどんと置いてやった。
お盆の上に積み上げられているのは、作り立てでまだ暖かいホットサンド。
「パニーニだもんね!!」
「ぱにーに?」
「イタリアのホットサンドっス」
京子ちゃん達の目を盗み、風紀財団の厨房で作らせてもらったものだ。
チャバタはあったがパニーニメーカーがなかったので、フライパンで代用したなんちゃってだが。
具材は心持ち肉多めにしたから満足感もあるだろう。野菜もしっかり挟んでいるから栄養面も心配ない。
「へえ…」
「極限に美味そうだな…」
何かを期待するように視線を向けてくる沢田君達に、彼らの期待通りの言葉を落としてやる。
「結果が出ているかはともかく、努力はしているようだからな。…差し入れ、という奴だ」
男子諸君が歓声を上げてパニーニにかぶり付いている間に椅子を引っ張ってきて、テーブルの近くに座った。
さすがにカップ麺生活は不安だし、食事は精神状態にも直結する。あまり甘やかすのもよろしくないとわかってはいるが、修業に大きな影響が出るのは避けたい。
故にこその差し入れという折衷案だ。
「で、京子ちゃんやハルちゃんに話す気は今もない、ということでいいのかな?」
「極限にその通りだ!!」
「…やっぱりあんな戦いに、京子ちゃん達を巻き込めないよ」
未だパニーニに夢中のランボ君はさておき、獄寺君に山本君も沢田君の言葉に頷いた辺り、それが彼らの総意なのだろう。
「沢田君…それは、全てを知っているからこそ出る傲慢だ」
「え」
「10代目の何処が傲慢なんだ!!」
「獄寺落ち着けッ!」
椅子から立ち上がった獄寺君は山本君が抑えてくれたので、見開かれた琥珀色の瞳を見つめ返し、再び言葉を紡ぐ。
「巻き込めないと言っているが、この時代に来てしまった時点でもう十分巻き込まれている。
「松崎は京子に話すべきだと考えているのか…?」
「ああ。私が彼女らに現状を説明していないのは、君達に配慮しているだけだ。本当なら今すぐにでも言いたいところだとも」
この配慮は、ある意味では譲歩でもある。
さすがに今まで伏せていて、それを横合いから全て暴露されては堪らないだろうからな。
私の言葉に口を閉ざした沢田君は、一度強く目を瞑ると口を開いた。
「それなら、尚更だよ…もうこれ以上、京子ちゃんやハルに怖いことが起きてるなんて知られないようにしないと」
そういう結論に辿り着くか。
その言葉に目を細め、テーブルの上を確認する。パニーニはもう既に食べ終えた後、落ちて割れそうなものもない。
「それなら、私にも考えがある」
指を鳴らし、彼らに幻術を掛けると同時。
食堂のみならず、
「何なのな!?」
「おい誰だオレの足踏んだの!?」
「済まん獄寺、極限にオレだ!!」
「お、お兄さん距離近いからそんなに大きな声出さないで…!!」
自分でやっていてどうかと思うが、見事な大惨事だ。
予めタイマーをセットしておいた時間ぴったりの消灯と、私の幻術のせいで完全に視界を奪われている沢田君達を避け、事前に居場所を把握していたランボ君を抱き上げる。
ランボ君はまだ幼い。ボイコットの時も私達側に抱き込みたいくらいだったのだ。さすがにこれから沢田君達にさせることに、ランボ君を巻き込めない。
「ぐぴゃっ」
「ランボ君、葡萄のジュースをあげるから、私と一緒に来てくれるかい?」
「!! わかったんだもんね!!」
「レイちゃん!?」
「食料庫に近いエレベーターで待っている。必ず全員揃って来るように」
おぼんも回収して驚きの絶叫を背にさっさとエレベーターまで向かい、葡萄ジュースをランボ君に飲ませつつ待つこと10分。
「遅かったな」
幻術を解除し、何処に誰がいるか程度は把握できるようにした上で、数十メートルの距離だというのに這々の態で辿り着いた沢田君達にそう声を掛ける。
とは言っても大体予測の通り。全員揃って、と条件を付けたためにしつこいくらいに四人がまとまって動けているか確認し、距離が近すぎるために互いの足に躓いたり押してしまったりを繰り返していたのだ。
まだあまりアジトに馴染んでいない笹川君がいたのも、遅くなった原因ではあるだろう。
「てめえ一体どういうつもりだ…!!」
「京子ちゃん達の現状を擬似的に体験してもらおうかと思ってな」
「京子の?」
「擬似的に…?」
疑問を漏らす笹川君と沢田君の横で、山本君は何かに気付いたかのように声を漏らした。
元々山本君は京子ちゃん達に同情的だった。ここまでやればさすがに気付くのだろう。
「君達は白蘭をどうにかできれば過去に帰れると知っている。そこまでの道程の険しさはさておき、ゴール自体は見えているだろう?」
「う、うん」
「…笹川達は、それも知らない、んだよな」
山本君の言葉は、暗闇の中でよく響いた。
息を呑んだ沢田君達に見えないのをいいことにニンマリと笑って、「そうだとも」と意地悪くも肯定してみせる。
「京子ちゃんとハルちゃんはゴールがあるかもわからない真っ暗闇の中を、君達の声と気配だけを頼りに進んでいるんだ。自分が今何処にいるかも、歩いている道がどんな状態なのかもわからないまま、ね」
それがどれだけ不安なことか。
そして、わざと何も知らせずその状況を強制することが、どれだけ残酷か。
ようやく沢田君達も気付いたらしい。
斯く言う私も、二人の気持ちは推測こそできるが明確には理解できない。
ジョット君達は、私に戦術目標のみならず戦略目的まで伝えた上で、作戦を立てるように言ってきていた。
それが、私が最大限の成果を出すための最低条件だと理解していたから。
仲間外れにされた時は、逆に何も伝えられなかった。
少しでも情報を漏らせば辿り着かれると理解していたから。
だけど、頼られない悔しさはわかるから。
そしてそれ以上に、
「二人はその点については特に気にしていないようだが、客観的な視点から言わせてもらおう。今現在置かれている状況を正確に理解していない場合、危険度も跳ね上がる」
話して何かが起こるのではなく、話さないからこそ何かが起きる。
ひゅ、と喉を鳴らしたのは誰か。知らずとも問題はないと、暗闇を見渡して言葉を続ける。
「彼女達に戦う力はないし与えろと言うつもりもないが、現状を正しく理解しているか否かで安全の度合いが変わってくるのも事実だ」
「きょ…京子ちゃん達が、怪我するかもしれないってこと?」
「この状況で、
微かな音がして、
自分達の想定とは真逆の意見に狼狽する四人に微笑んで、ちょうどやってきたエレベーターに乗った。
「私が言ったことも判断材料として、よく考えてくれ。……その果てに君達が話さないことを選択するのなら、私ができ得る限り、二人を守るよ」
・雪花
感情論で平行線になっていたので、そんなの無関係な現実を叩き付けた。互いを思いやるのは尊ぶべきと思っているけれど、それに固執して現実を見れないと道を誤ることがわからない程子供じゃない。そんな風に幼いままでは、生きて行けなかった。
演出にもこだわりはしたが、本人としては判断材料を増やしただけ。あくまで最終的な判断はツナに任せるつもりだからこその最後の言葉。二人を守り切れる可能性が高いのは話した場合だが、もしそうでなくても力を尽くす所存。