「沢田君」
「レイちゃん!」
京子を迎えに外へ出ていた綱吉が、ハルのいるキッチンから出て来たところに出くわしたレイは、迷いなく彼に声を掛けた。
「…話したんだな」
「うん…やっぱり、二人には話すべきだと思って」
「ありがとう、沢田君」
淡く微笑み告げたのは、自身の警告をきっちりと受け取ってくれたことへの礼。
レイよりも荒事に不慣れで、未熟な彼が決断した。
ならば、綱吉にとって先達であるレイがうじうじと悩んでいい理由はない。
欠かすことのできない、今後への布石として。
また、彼ら
レイには、自身の秘密を一つだけ明かす、義務があった。
「ディーノさん!!」
「よぉツナ、レイ」
彼女がそうなるように仕向けたため当然ではあるが、会議室の中には見事に主要なメンバーが揃っている。
いないのは女性陣とバジル、そして群れを嫌い、入れ替わって以降は一度たりともボンゴレアジトに足を運んでいない雲雀と、彼についている草壁くらいだ。
雲雀達はともかく、バジルの存在は彼の所属機関のこともあり、無視できない。
また、親しい仲でもある女性陣にも、戦闘員非戦闘員の区別なく話すべきだろう。
そんなことをレイが考えている間に、綱吉は彼らに修業の進み具合についてを話していた。
「京子ちゃんにヒントをもらって、少しだけ
「遂に!」
「すげっ!!」
「さすが10代目っス!!」
大空属性の
綱吉の深層心理を反映する部分もあるからこそ、彼がこうして
「んで、レイは…」
「私かい? 京子ちゃんとハルちゃんが納得したのでボイコットはもうお終い、というのを伝えに来たのが一つ」
「他にも何かあるのか?」
リボーンの言葉に頷いた瞬間。
〈ラン♪〉
響いた音に、深青の双眸が見開かれる。
「ジャンニーニ君!!」
「わかりません、何者かに回線をジャックされています!!」
レイの鋭い呼び掛けの意図を察し、手元のキーボードの上で忙しなく指を動かしながらジャンニーニが答える。
その返答に行儀が悪いと理解しつつも舌打ちしたレイは、この通信が誰からのもので、何を目的として行われているのかも知っていた。一連の行動は、あくまで演技に過ぎない。
この事態を防ごうとしていたのなら、とっくの昔にセキュリティの強化でも何でもしている。
〈ランラン♬ ランランランランラーン ビャクラン♪〉
「なぁ!?」
〈ハハハハッ!! どう? 面白かったかい?〉
音を立ててアニメーションが割れ、そしてその下から現れる形で普通の映像に切り替わった画面に映るのは、優雅にパフェを突く白蘭。
現在綱吉達が置かれている窮状の全ての元凶と言っても過言ではない男の姿に、綱吉が叫んだ。
「白蘭!!」
〈退屈だから遊びに来ちゃった。食べるかい?〉
「野郎、おちょくってんのか!?」
眉根を寄せて言う獄寺と同じように、レイも画面の中の仇敵を睨み付ける。
〈なーんてね。本当は“チョイス”についての業務連絡さ〉
「ぎょうむ…れんらく?」
〈ほら、日時については言ったけど場所は言ってないよね。6日後のお昼の12時に、並盛神社に集合」
「!! 並盛で戦うの…!?」
「落ち着け、集合場所が並盛というだけだ」
動揺する綱吉の前に手をかざしたレイが現状で確認できる事実だけを述べると、白蘭の笑みが深くなった。
〈レイちゃんってばやっさしー♪ ……正直、なんでそんなことができるのか不思議なんだよね〉
調子を変えて言葉を紡ぐ白蘭に目を細め、一瞬して見開く。
それは珍しくも作り物ではない、レイの素の表情。綱吉達に話すと決めた矢先に、まさかこの男が先を越してくるとは思ってもいなかったのだ。
無論、数多の
〈だってレイちゃん───この世界にも、そこで生きる人間にも、守る価値なんてなぁんにも見出せてないじゃない〉
白い喉は震えるばかりで、否定の言葉を吐き出すことすらできなかった。
白蘭の言葉は、概ね間違ってはいないから。
この世界の大半に、興味も無ければ価値も感じられない。
どうでもいいもの達に対し、ジョットの志に照らし合わせ、価値を付加しているだけ。
例外は極一部。大切で大好きな家族達と、そして───。
(───待て)
この男は、それに気付いていない。
ほんの僅かだとしても、レイがその煌めきを尊いと思う存在がいることを知らない。
だからこそ、レイのことを気に留めている。
それならば、すべき対応は決まったも同然だった。
「れ、レイちゃん…?」
〈話し過ぎちゃったかな? 取り敢えず、必要な準備して仲間は全員連れて来てね。少なくとも過去から来たお友達は全員だよ〉
言うだけ言って切れた通信に、画面を睨み付けて溜息を吐く。
「……こうなると、沢田君が京子ちゃん達に状況を説明したのは明確にプラスだな」
「…沢田。京子は…どうなった…?」
「ちゃんと、聞いてくれました…」
「そうか。…そうか」
レイが事前に警告していた影響もあるのか、それだけ言って納得した了平は、続いて気遣わしげにこの場の紅一点、彼の妹の友人へと視線を向けた。
「で…レイ。その、だな」
「躊躇しなくていい。…元々、話すつもりでここにいるんだ」
まさか白蘭に先を越されるとは、わからないものだ。
言いながら自嘲するように笑ったレイが、綱吉達に向き直る。
「沢田君。君達と居て、私は楽しそうにしていただろうか」
「え……うん。いつも何考えてるかわからない顔してたけど…偶に、笑ってたじゃん」
「済まない。それ、演技なんだ」
何一つとして常と変わらぬ表情と声音で、聞き逃してしまいそうな程に端的に、彼女はそう告げた。
「てめえ、マジで言ってやがるのか…?」
「演技って……いや、確かにボンゴレ式とか言ってメチャクチャだったけど…!!」
「…私、そういうの、よくわからないんだ」
綱吉の言葉を遮るように、レイが言う。
「世界の全てがどうでもよくて、誰が傷付こうが何も感じなくて。大事な人達に会って、彼らと一緒に過ごすまでは喜怒哀楽も知らなかった。
彼らと別れてからはまた何も感じられなくなって、でも一度覚えたモノを忘れるのが怖くて───
忘れたくなかった。
同じように笑えないのが苦痛だった。
だから、かつて記憶したモノを模倣し、状況に当て嵌め演算し、その末に出力した。
凪いだ
常と変わらぬ涼やかな声が紡ぐ言葉は、まるで懺悔のように部屋に響いた。
今までの感情表現、全てが演技だった。
ずっと欺かれていた。
それを知って尚怒りが湧かないのは、彼女の
そしてそれ以上に、他ならぬ彼女自身が己の性質に誰より絶望し、苦しんできたと理解できてしまったから。
「っ……でも!! そうだとしても、レイちゃんがオレ達を助けてくれたのは変わらないよ…!!」
「助けた、ね」
必死に言い募る綱吉の言葉を繰り返し、レイは薄笑いを浮かべる。
確かに、レイの行動には彼らを助ける意図が含まれていた。
けれどそれは、誰より先を見据えるが故に犠牲を看過したもの。
レイには全てを知っていながら、敢えて手を差し伸べなかった局面がある。
それを知らずに重ねられた綱吉の言葉は、当然だがレイの心には響かなかった。
「私みたいなバケモノに気を許したって、いいことなんて一つもない。それは覚えておけ」
「ば、バケモノって…」
「さすがにそれは、卑下し過ぎじゃねーか…?」
「卑下も何も、事実だろう」
ディーノの言葉をばっさりと切り捨てた彼女は、それ以上その話題を続ける意味もないとの判断から、話題を逸らすために腕を組んで机に体重を預けつつ言った。
「まあ、君達のことをどうこうするつもりはないから安心し給え。あいつらも喜ばないだろうしな」
「…あいつら?」
「沢田君には、もう彼らのことは伝えていたと思ったが?」
「…バカなお兄さん達!?」
綱吉の叫んだ言葉に、一斉に彼とレイに注目が集まる。
レイは今まで、一度たりとも家族の話をしてこなかったからだ。知っているのは精々、今の保護者である老婦人との間に血の繋がりはなく、恐らくは血縁が絶えた天涯孤独の身の上であろうということのみ。
「血の繋がりは一切ないが、一応私は九人兄弟の末っ子だぞ」
尤も、年齢が上でさえなければ便宜上でも『兄』とは呼びたくないヘタレもいるのだが、今回に限ってはその辺りの事情は割愛一択である。
気にするのはそこか、と言いたげに呆れの表情を浮かべながらの言葉に、リボーンは元生徒へと視線を向けた。
レイの義兄弟、恐らくは彼女が未だに忠誠を誓う人物も含まれるのであるのだろう八人も、ミルフィオーレのボンゴレ狩りによって犠牲になっている可能性がある。
だが、今までそう言った話はまるで聞かなかった。
かつての家庭教師が何を尋ねたいのか理解したディーノは、深刻な表情で首を横に振った。
ボンゴレ狩りの犠牲者の中に、レイの縁者の名はない。ボンゴレとは無関係に親交のあった唯一の人間は、中学入学間近の時期に彼女を引き取った老婦人だが、数年前に亡くなっている。
しかし安堵はできそうになかった。世界中に勢力を拡大しているミルフィオーレが見つけられないということはつまり、もうこの世にはいないということでもあるのだ。
ディーノが10年前に彼女の剣術の師の所在を確認しようとした時も、既に故人であることを仄めかしていた。もしかするともうその時には、彼女が兄姉のように慕った存在は永遠に失われた後だったのかも知れなかった。
リボーンとディーノの密やかな遣り取りを知ってか知らずか、レイが言う。
「本当はね、君達に話すつもりは欠片もなかったんだ」
「な、んで」
「だって、知らなくても何も問題なかったじゃないか」
知らないのなら存在しないも同然。そしてその状態で上手く回っているのなら、それは存在しなくても構わないものに過ぎない。だから話さずとも問題はない。
微笑んでそんなことを宣う彼女の価値観は、確かに自分達と乖離しているのだと思い知らされる。
けれどそう言い切ったレイは、その笑みを吹き消して言葉を続けた。
「だが、予想外にして想定外、全く想像もしていなかったことに───私は、君達のことを大切に思ってしまっている」
・自称バケモノ
自分の異質さを理解しているからこそ、他者との間に一線を引いてしまう。大事だと思ったものを自分の手で傷付けるのも、拒絶されるのも怖い。
そういう用心深さもお前の長所なのは理解しているが、お前が気を許す程の相手がそんなものを気にする相手だと思うのか?by全く気にしなかったお前のボスより
・他称跳ね馬
まさかそこまで大人数の兄弟がいて、しかも末っ子だとは思ってもいなかった。これまで一度だって妹・年少者らしい面なんて見たことがなかったので。
後日リボーン経由でビアンキが得た情報(初恋の人も故人)を知って頭を抱えることになる。じゃじゃ馬な生徒とその最愛のバカップル具合を浴び続けてきた分、その情報をどう処理すればいいのかがわからなくなるので。