参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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標的58 友達

「……え、それって」

「大事だと、離れ難いと、そう認識している」

 

 

 愚かだと笑ってくれて構わないよ、と宣うレイに琥珀の瞳を見開いた綱吉は、言葉の意味を咀嚼するなり勢いよく首を横へと振る。

 

 それは、綱吉達と過ごした日々が彼女にとって無意味でも、無価値でもなかった証明。

 全てを拒絶するに等しいレイの心にも、彼らの思いは僅かなりとも届いていた。だからこそ、彼女は今こうして()()()()()()綱吉達と向き合っている。

 

 

「勘違いはするな。コレはあくまで、“君達を失わない”ための一手に過ぎない」

 

 

 余計な期待などされないようにそう言いつつも、レイとてわかっていた。

 

 何も言わずとも今後にはさしたる支障もないと知っていながら、わざわざ時間を割いて許可を得ようとする。

 そんな明らかに不要な行為を省くことができなかったのは、彼女が今も大好きだと胸を張って言える、最愛の家族(ファミリー)のみ。

 

 即ち彼らと並ぶ程に、自身にとって綱吉達の存在は重いのだと。

 

 

「つーことはレイ、お前はチョイスに向けた策を練ってるんだな」

 

 

 薄い笑みをリボーンの問い掛けへの答えとしたレイは、視線を綱吉へと戻して再び口を開いた。

 

 

「私は“分析”と“可能性の予測”に長けていてね。実質的にこの世界の全てを知っていると言っても過言ではない」

 

 

 予測。レイのそれは彼女が分析した現在(情報)から編み上げられる故に、常軌を逸した精度を持つ。

 そしてそれを更に予測される分岐点毎に積み重ねることで、彼女は最善の未来も最悪の未来も関係なく、そこまでの選択すら諸共に導き出せてしまう。ジョットが『未来予知に等しい』と評したのは、決して身内贔屓などではないのだ。

 

 誰も失われない明日(希望)と同時に、怨嗟に満ちた生き地獄(絶望)を垣間見る───それが、彼女の日常だった。

 

 

 自身の立つ場所が地獄の釜の(ふち)であると知りながら、希望を語り、明日を目指して駆ける。

 そんな狂気的な所業を正気のままに実行してきたのが、レイ・オルテンシア・イヴという少女だ。

 

 その経験に裏打ちされた自信を感じ取ったリボーンは、確認のための問いを投げた。

 

 

「これから何が起きるのか、白蘭が何をしてくるのかもわかってるのか」

「無論だとも。とは言っても、尋常でなくよく見える目を持っているようなものだ。見えたところで私の手が届く範囲は限られている。手が届かなければ救いようがない」

 

 

 だからこそ、かつての彼女は無意識にそれを補うための選択をした。

 

 蝋燭の火のように儚く消えるモノを、何としてでも守り抜きたかった。何をしてでも失いたくなかった。

 喩え、計り知れぬ程に罪深い行いであるとしても。

 

 それは、無垢な幼子の許された過ち。

 

 けれど此度は、許されるつもりはなかった。

 たった一つの願いを叶えるために、今まで積み上げたものと、彼女の凍てつきひび割れていた心を溶かした時間を代価とする。

 

 それが最善である以上、レイに躊躇いはなかった。

 

 

「だから、そもそも私の手が届かない場所なんてものがないようにする。君達の行いとその結果、あらゆる可能性を予測して、君達が揃って10年前(元の時代)に戻れる、最善の結末へ辿り着かせてみせる。───そのために、私は君達を操り人形にする」

「操り、人形…?」

「言葉通りの意味さ」

 

 

 レイが口角を引き上げる。けれど、その目はまるで笑っていない。

 その笑みに、彼らは悟った。彼女は何一つとして偽りなく、“己にできること”を述べているのだと。

 

 

「道をつけるのは得手とするところなんだ。君達以外の全てを切り捨て、踏み躙ってでも成し遂げよう」

 

 

 綱吉達を無意識下で誘導することで予測される可能性を狭めれば、万が一など起こり得ない。

 選択次第では救えたものを必要な犠牲と切り捨てて、彼らだけを守り抜く。

 

 その全ては綱吉達を10年前へと帰還させる、それだけのために。

 

 

「そんなものは人の行いではないと、恐れてくれていい。そんなことをする者は仲間ではないと、見限ってくれていい。お前など人ならざるバケモノだと、罵ってくれていい。君達にはその権利がある。全て甘んじて受け止めよう。ただどうか、私が君達のために全力を振るうことだけは許して欲しい」

 

 

 揺るぎを知らぬ声と双眸に射抜かれ、綱吉はごくりと生唾を飲み込んだ。

 

 もう、彼にもわかってしまった。

 

 彼女は犠牲を許容する。

 そして今、綱吉達以外を見捨ててでも、綱吉達を生かすための選択をしている。

 

 綱吉達に厭われる可能性も承知の上で、その道を選んだ。

 

 そんな、これ以上ない献身に、綱吉が言える言葉など一つだけ。

 

 

「…オレ達は、何をしたらいい?」

「いや、特に何もする必要は………待て、沢田君」

 

 

 ───今、君は、何を言った?

 

 

 呆然と、見開かれた瞳が目の前の少年を映す。

 その澄んだ深青をまっすぐに見つめ返しながら、綱吉は言葉を紡いだ。

 

 

「レイちゃんがオレ達のために一生懸命なんだって、それくらいオレでもわかるよ。

 

…えっと、だからさ。レイちゃんの好きなようにしたらいいんじゃないかな」

 

 

『お前の好きなようにしたらいい。

 

それが最良だって、オレ達はいつだって信じてる』

 

 

 重なるように耳の奥で響くのは、いつかの優しい声。

 目の前の少年によく似た青年が、かつてレイに告げた言葉。

 

 それに背を押されるように、手を伸ばす。

 

 

「…じゃあ。()()()()()、私のことを」

 

 

 差し出した手が、暖かな両手に包まれた。

 

 

「そんなの当たり前だよ! オレ達『友達』じゃん!!」

 

 

 間近に見える琥珀色の瞳が、その言葉に嘘偽りがないことを示していて。

 

 

「それはオレらも思ってるのなー、なっ獄寺!」

「…失敗すんじゃねーぞ」

「とも…だち……」

 

 

 綱吉が言い、そして山本達もそう思っているらしい彼らとの関係性を、レイは口にする。

 けれど、それを素直に受け取ることはできなかった。

 

 

「………私に、君達と友達になる資格はないよ」

「そ、そんなこと……」

「ある。人より多くのものが見えるからこそ、望ましい結果になるのなら何かを切り捨てることだってした。こんなバケモノ、友達として懐に入れるなんて……」

「っ……そんなこと、言わないで! レイちゃんはレイちゃんなんだから!!」

 

 

 ぱちぱちと、瞬きが繰り返される。

 レイには、今言われたことが、どうしても理解できなかった。

 

 うむ、と綱吉の言葉に頷いた了平が彼の隣に進み出て、口を開く。

 

 

「松崎。自分のことをバケモノだなどと、二度と言うな」

「な、んで。私がバケモノなのはただの事実で」

「そうだとしても!! お前の兄は───極限に悲しむ!!!」

 

 

 よろめいたのは、その声の大きさに驚いたからか、それともその内容がそれ程までに衝撃的だったからか。

 どちらかレイ自身もわからないまま、耐え切れずに尻餅を着く。

 

 

「なに、を言って」

「オレにも京子がいるからわかる。お前の兄はお前のことを心の底から可愛がっていたんだ。可愛い妹が自分のことをそんな風に言って、悲しくならない訳がないだろう!!」

 

 

 否定の言葉は、出て来なかった。

 

 否定できない。

 否定のしようがない。

 

 彼は、笹川了平は、“兄”なのだ。

 立場的にはジョット達と同じで、そう言った意味では彼らの気持ちをこの場の誰より察することができる。

 

 ファミリーの中で最年少であり、何処まで行こうとも“妹”でしかないレイには、反論の余地などあるはずもなかった。

 

 

 了平の言葉を処理できず、もう一度瞬きを繰り返すレイを見て、次に口を開いたのはリボーンだった。

 

 

「レイ。お前は何も感じなかったとしても、自分が切り捨てたと思ったものは忘れてねーんだろ」

「……ん」

 

 

 常ならば有り得ぬ少しの間を置き、レイは幼く頷く。

 

 払った犠牲も、取り零したものも。踏み越えた全ては、今もレイの記憶に刻まれている。

 

 それは到底思い出と呼べるものではなく、ともすれば記録ですらある程に感情というものは含まれない。

 けれど、それでも忘却を許すことはできなかった。

 

 

「忘れないことは、責任の取り方の一種だぞ」

「……知ってる。()()()()()()()()()()()()()()から、忘れるなんてしなかったんだ」

 

 

 誰と同じものを背負っているのか、なんて野暮なことは訊かず、リボーンは普段のそれと比べ物にならないくらいに優しく、微かに呆れが滲む笑みを浮かべた。

 

 

「なら、それでもう充分なんだ。なあ?」

「…うん。リボーンの言う通りだよ、レイ姉」

 

 

 リボーンの言葉にフゥ太が続いて、レイは苦笑するように唇を歪めた。

 

 突き放すつもりで引いた最後の一線、だったのだ。

 家族(ファミリー)と同じように大切だからこそ、今度はその関係に名を付けるつもりはなかった。

 

 それなのに───もう、拒む理由も、拒まれる理由もなくなってしまった。

 

 

 だから。

 レイは、未だ繋がれたままの手に、力を込めた。

 

 震える唇を開くのは、偽りで塗り固めた“松崎(レイ)”ではなく、家族の中で一番弱かった“レイ・オルテンシア”。

 

 大切な思い出と共に心の奥底の宝箱に閉じ込めて、独りきりの時だけこっそりと蓋を開けて顔を覗かせていた、甘えたがりで寂しがりの女の子。

 変えることなんてできない、彼女の根底。

 

 

「…私、他にも隠し事してますよ」

「うん」

「話すつもり、全然ないですよ」

「ああ」

「私、おかしいよ」

「おう」

「私、“ひと”でいいの?」

「うむ!」

 

 

 彼らは何も知らない。

 レイの隠し事がボンゴレに関係することも、彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことも。

 

 だからこそ、そんな風に言えるのだと、わかってはいるけれど。

 

 

「私……君達の“友達”でいいのですか?」

「勿論!!」

 

 

 手を強く引かれて、立ち上がる。

 

 

「レイちゃんは、オレ達の友達の女の子だよ」

「でもって一応はツナの守護者でもあるな」

「リボーン!!」

 

 

 チャチャを入れてきたリボーンに食って掛かり、過剰な反撃を喰らっている綱吉の姿に、目を細める。

 すると、頬を熱いものが伝っていった。

 

 覚えのある感覚。これは涙だ。

 

 涙とは、悲しい時に流すものだと思っていた。だが、レイの今までの認識は、間違っていたのだろう。

 涙とはきっと、嬉しい時にも流すものなのだ。

 

 

 きっともう、かつての色鮮やかさを失うことは有り得ないだろう。

 喩えレイが忘れようと、彼らが幾度でも教えてくれるから。

 

 

 頬の水気を袖口で拭い、綱吉達に向き直った。

 

 そして、スカートの裾をつまんで左足を斜め後ろに引き、右足の膝を軽く曲げる。

 ジョットにするよりは丁寧ではないカーテシーは、レイの誠意の表明。

 

 

「私にできる限り───いいえ。私の最善を尽くしましょう」

 

 

 ボンゴレX世(デーチモ)ファミリー───私の友たる、君達のために。

 

 そんな誓いの言葉を内心呟き、雪花は花が綻ぶように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、京子ちゃん達のところに行っても…?」

「む、京子のところへか?」

 

 

 首を傾げた了平に、レイがこくりと頷く。

 

 

「京子ちゃん達にも話してくる。話して、改めてと、友達というものになってもいいか、聞いてみたいと…そう思うのです」

 

 

 友達、と言うのが恥ずかしいのか、頬を染めて詰まりながら言ったレイの些細な変化に、リボーンは口角を上げた。

 彼女の少女らしい外見と声に似合わない男勝りな口調に、僅かではあるが女性らしい丁寧なそれが混じっている。

 

 今まで内心の不安を押し殺し、隙を見せまいと強さを取り繕っていたのだ。弱く繊細な部分を垣間見せるのは綱吉への信頼の証。

 それが恐らく無意識に零されたものだというのなら、変化はより深いとわかる。

 

 

 自身の口調の変化に気付かないレイに、こちらも師の内心を知らぬディーノが声を掛けた。

 

 

「恭弥にも話してやってくれねーか? ここまで来て仲間外れは可哀想だろ」

「不要です。…多分、彼は気付いている」

「え? ヒバリさんが、レイちゃんのことに?」

「何となくかもしれないけれど、それでも確実に勘付いているはずだ。そうでもなければ、この時代の私は彼を伴侶としないでしょう」

「はん………!?」

 

 

 レイとしては事実を述べただけのようだが、真正面から伴侶だの何だのと言われるのは健全な男子中学生には刺激が強い。

 だと言うのにレイの頬は白いまま。この時代の自分のことだと割り切っているにしても割り切り過ぎている。伴侶とは何の恥ずかしげもなく宣えるのに、友達と言うことには躊躇いを見せるレイは、確かに彼女が言う通り何処か人とズレていた。

 

 

「チョイスに向けての準備は、大丈夫なんだろーな」

「無論です。必ず君達を10年前(元の時代)に返してみせよう」

 

 

 獄寺の言葉に断言を返したレイが、微笑む。

 浮かぶのは嘲りでもなく、憐みでもなく、慈しみでもなく。ただ穏やかな笑み。

 

 今までとは全く異なるそれに一瞬動きを止めた綱吉達に対し、レイは首を傾げ、思い出したように言葉を続けた。

 

 

「食材にも余裕がある、食事のリクエストをするように。できる限り応えると約束します」

「あ、うん、ありがとう」

「それじゃあ、食堂にいるから。何かあったら呼びなさい」

 

 

 いつもの通りに焦げ茶色(ショコラブラウン)の髪をなびかせ、颯爽と去って行く彼女の背を見送り。

 綱吉は己の手に、視線を落とした。

 

 彼女と繋いだ手。彼女を、引っ張り上げた手。

 

 

 レイは、いつだって強く凛としていた。

 メローネ基地を強襲するかどうかで綱吉が悩んでいた時、彼女自身が言ったように、前を歩いているのが一番当て嵌まっていた。

 

 そんな彼女が、自分達に弱いところを見せた。

 隠していることもできただろう自己の異常性を晒してまで、綱吉達を10年前に帰そうとしている。

 

 ほんの少しだけだ。彼女が言っていたように、未だ語られていないことは山のようにあるのだろう。

 

 けれど。それでも。

 

 

「………ようやく…並べた、ってことなのかな」

 

 

 前ではなく、隣に。

 信頼するに足る、友として。

 

 

「極限にそうだろうな!!」

「どっか距離があったけど、それもなくなるといいのな」

「男と女なんだし、そこまで期待すんなよ」

 

 

 綱吉の言葉を受け騒ぎ始める面々に、空気を引き締めるようにリボーンが言った。

 

 

「レイにばっか頑張らせんなよ。幾らあいつと言えど決まりきった状況をひっくり返すのは無茶だ。お前らの成長も込みで策を練ってるはずだからな」

 

 

 その言葉に思わず顔を見合わせて、そして力強く応える。

 彼女の信頼に、応えるために。




・末っ子

 大切だからこそ突き放そうと最後の一線を引いたのに、それすら踏み越えられた。そして兄という弱点を突かれた挙句に全肯定されて、ようやく自分の弱いところを押し込めるのではなく、見せていけるようになった。
 これからは友達を隣で支えつつ、以前と変わらず家族を追い掛ける。


・友達

 超直感の為せる技か、パーフェクトコミュニケーションでレイの壁をぶち破った。このあと冷静になって、あれもしかして今まで友達だと思われてなかった…? と少しショックを受ける。
 フゥ太が黒曜の一件に巻き込まれたのも防ごうと思えば防げたのかも、とは察しているが、リボーンも加えてのやり取りで本人が区切りを付けたこともわかっているので口に出すことはない。


・お兄さん

 学校の先輩としてでも、同じ守護者としてでもなく、妹を持つ一人の兄としての言葉をぶつけた。あの場には一人っ子か弟しかいないので、彼にしか言えない言葉だった。
 人との差異はあれどここまで立派に育ったのは、彼女の言うところのバカな兄達に可愛がられてきたからだろうと察している。


・兄貴分

 リングの中で絶賛スタオベ中。よくやった!! いやホントマジでよくやってくれたX世(デーチモ)!! お前ら(雲と霧)もちょっとは見習え!!!
 結果的にはこうしてこれ以上ないくらいに上手くまとまったと言えど、接触少ないし諸々黙り過ぎなので次会ったらジャーマンスープレックスを仕掛ける所存。覚悟しとけよお前ら特にD(デイモン)…!!
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