ボンゴレアジト、
山本君が修業で使っていた道場で、私はジェラルド君と相対していた。
リボーン君の言っていた『サンドバッグ』とは、やはりと言うべきかジェラルド君のことだったのだ。
スクアーロ君に同行する形で並盛までやって来た彼は風紀財団アジトの方に用意した人払いした部屋に辿り着くなり、私に向けて土下座をした。
何でも10年前、リング争奪戦で私に働いた侮辱への謝罪だと。
そう。何を考えているのか、この時代の私はジェラルド君に己が真の名を告げていたのだ。
百歩譲って言うのはいいとしても、それも手紙に書いておいて欲しいところである。
勿論彼も、こんな突拍子もない話を何の証拠もなく信じた訳ではない。
彼の実家の蔵に、私がドン・サルトーリと交わした手紙の一通───しかも彼の子供の名を提案したものが残っていて、そこに私のフルネームの署名があったことが何よりの証拠となったらしい。
そういう訳で予想外のことも起きたが、私はジェラルド君を家庭教師に修業を行っているのである。実質的に師弟関係は逆転しているが、それは言わない約束だ。
横薙ぎに放たれた槍を、上に弾いて逸らす。
彼の突きに沿うようにこちらも突きを放ち、どちらも互いを傷付けることなくただ武器が交差する。
10年経っているのだから当たり前だが、ジェラルド君は強くなっていた。
具体的に言うならドン・サルトーリと張り合えるくらい。私でも情報から予測しての戦闘のタイムスケジュール化は無し、純粋に剣士としての直感のみを使うとなると、油断はできない。
きっと、この10年で色々なことがあったのだ。
リングの炎の使い方を知って、ヴァリアーの幹部になって。その積み重ねが、これ。
彼がそういう風に積み重ねていく理由に私の存在も含まれているのだということが、こそばゆくて誇らしい。
追い掛けるのが性に合っていると、そう思っていたけれど───
───追われるのも、悪くはない。
幾度目か、もう数えていない
人体構造的に少々無理な動きをしたからか、腕と脚に絡む氷が諌めるように振動を伝えてくる。
わかってるさ、でも無茶はするものだ。
私みたいなのは、特に。
今も私の動きに、ジェラルド君は付いて来ている。追い付こうと、追い掛けている。
少しずつ、私と彼との間の距離が縮んでいくのがわかる。
勿論私だって、ただ追われているだけじゃない。追い付きたいのは、追い掛けているのは、私も同じ。
だから時折、一気に引き離す。何かを掴んで、一気に伸びる。
その度に灰色の瞳をきらきらさせるジェラルド君に、私も口の端を軽く上げる。
詰まるところ、彼はまだ追い掛けていたいのだ。
追い付きたくなくて、追い抜きたくなくて。
それまでの猶予がまだあることに、目指す場所にはまだ遠いことに、喜びを感じている。
私も、そう。
子供扱いは嫌いだし、並び立っていたい。
でも同時に、まだ彼らの妹でいられることに喜んでもいた。
矛盾している。
でもその矛盾を許容してこその人間だと、私は思うのだ。
チリリリリ、とセットしておいたストップウォッチが音を鳴らすのに合わせて、互いに飛び
「あっと言う間ですね、2時間なんて」
「本当に。ほら、これを飲みなさい」
経口補水液のボトルをジェラルド君に渡し、タオルで額に滲んだ汗を拭う。
集中はいいことだが、適度な休憩もまた必要不可欠。
そういう訳で2時間毎にストップウォッチを鳴らし、その都度休憩を取るようにと決めたのだ。
私もボトルを開けて喉を潤し、前々からの疑問を口に出す。
「そのバッジ、この時代の私が贈ったものですか」
「よくわかりましたね!? はい、今年の誕生日に贈ってくださったものです」
話しつつ体を休ませていたところ、エレベーターのベルが鳴った。
縁側に出て廊下を見渡すと、こちらの姿を見とめた京子ちゃんが走り寄ってくる。
「レイちゃん!! と…」
「ああ、京子ちゃんは初対面か…こちらジェラルド君、私の知人です。修業を手伝ってもらっています」
「ジェラルド・サルトーリです、初めまして」
私との初対面時は何だったんだと思うレベルで礼儀正しく挨拶したジェラルド君は、京子ちゃんにも好印象らしい。
変に気を利かせて食事時になるとアジトから出て、山本君とスクアーロ君のところに顔を出しつつ食べているのだが、この様子だと今日からは押し切られて一緒に食べることになりそうだ。
「京子ちゃん、何か用かな」
「あっそうなの!! レイちゃんのスーツを作るから、採寸をしたくって」
え、スーツ? 私男じゃないぞ??
一瞬思考が止まったが、京子ちゃんと私の間の認識の違いを察し、言葉の意味を理解した。
女性がスーツを着るようになったのは、ここ百年程のこと。
百年以上も前の中部イタリアで生まれ育った私にとって、スーツというのは男性の着るものなのだ。
そして理解すると、少しばかり好奇心と、喜びが顔を出す。
私にとって、スーツとはファミリーが来ているものだった。
憧れる大人の象徴というと過言だが、彼らと同じものが着れるというのは、純粋に嬉しかった。
晴れ姿を見せられないことだけが、残念だ。
「オレは隊長達の様子見て来ますんで、お気になさらず」
「ん、わかった。山本君のこともよろしく頼む」
ジェラルド君とは別れ、京子ちゃんとエレベーターに乗って移動する。
「そう言えば、レイちゃんって何か服にこだわりとかあったりする?」
「こだわり、と言えるかはわかりませんが、なるべく露出の少ないものを選ぶようにはしています。後はクラシカルなものとか」
「ふふ、お嬢様みたいでレイちゃんによく似合ってるよ。その喋り方も」
「…また出ていたか? 済まない、無意識だった」
京子ちゃんの言葉に、思わず手で口元を隠した。
並盛に来て数ヶ月経つと、口調は軍人じみたものになっていた。教師など立場上敬意を払っていると見せなければならない相手にしか、敬語は使っていない。
しかしここ数日、その逆の現象が起きている。意識せずに言葉を紡ぐと、何故か丁寧な口調になってしまうのだ。
正直なところ、今までの口調は弱みを見せまいと作っていたものでもあった。ジョット君達と一緒にいた頃には彼らの口調の影響を受けたし、やはり見かけで侮られた時に威圧的な話し方をするのは効果的なのだ。
私自身気付いていなかったが、
「自然に出てくる口調でいいんだよ。距離を取ってるんじゃなくて
「…ありがとう、京子ちゃん。そうさせてもらいます」
そう話しながら、ふと、彼女達に私の秘密を明かした日を思い出す。
『ハルはレイちゃんが友達じゃなくなったら寂しいです!!』
『これからは、ホントのレイちゃんをたくさん見せて欲しいな』
『…レイは…ずっと優しかった……。あれは…全部嘘な訳じゃ…ないと思う…』
そんな風に言われて、私には友達が増えたのだ。
三対一、ビアンキさんやイーピンちゃんも実質京子ちゃん達側で、あれは負けるしかない勝負だった。我ながら何故あんな勝負を挑んだのか。
初めて挑んだ負け戦のことを思い出しながら更衣室のドアを開けると、中にいるのはビアンキさんとイーピンちゃん。先に来ていたらしいクロームちゃんはハルちゃんに採寸されている。
「それじゃあ、採寸の前にボトムスを選んで頂戴」
「選択肢があるのですか」
「ええ、スラックスかタイトスカートか。京子達はプリーツスカートにする予定だから、それでもいいわよ」
うーん、改めて聞かれると迷いが出るな。
動き易さならスラックスが一番だが、ジョット君に泣かれる気がするのでスカートをチョイスするのが無難か?
「クロームちゃんは何にする予定ですか?」
「私は、タイトスカート…」
「じゃあ私もタイトスカートで」
お揃いだね、と二人して笑う。
クロームちゃんはいつものブーツ、私も例の仕込み厚底ブーツとガーターベルトを着用する予定なので、印象は異なるものになるだろうが。
「それならレイは動き易いようにスリットを入れようかしら」
型紙に何やら書き込み始めたビアンキさんを横目に見つつ、京子ちゃんに採寸される。同性とは言え少々気恥ずかしい。
そう言えばこのスーツ、私が知る通りに黒で統一なのだろうか。
「…付かぬことを訊きますが、生地は何色の予定でしょうか…?」
「貴女やツナ達戦闘員は黒のスーツに白いシャツ、それと黒いネクタイで統一する予定よ」
「な、成る程」
セーフ!! 縦縞模様だったらジョット君とお揃いになるところだった危なかった!!
…いや、私個人としては別にスーツの柄なんてどうでもいいんだが。お揃いでも何でも構わないんだが。
でもさ、お揃いとなると騒ぎそうじゃないか。
主にジョット君と
予測と言うにも簡単に思い描けてしまう、大騒ぎする二人の姿に口角が引きつる。
本当にあの二人はよくわからないことで騒ぎ始めるから。
しかもそこからマジのケンカに発展することも多い上、大抵の場合アラウディ君を巻き込むという。
アラウディ君も交えて話していたのならまだ理解はできるが、わざわざ彼を探して襲い掛かるという工程を経ている時点で理解不能だ。何やってるんだあの二人。
そして守護者の中でも突出した武闘派二人に彼らを凌ぐ実力を持つボスがぶつかり合う以上、被害も甚大。半壊した本部、塵と化した処理済みの書類の山…ウッ頭が。
「レイちゃん、大丈夫?」
「え、ええ…ちょっと頭が痛いだけですので……」
一瞬よろめいて額に手をやったのを見た京子ちゃんを何とか誤魔化したところで、はたと思い至る。
…黒いスーツ、アラウディ君も着てたな?
・落ち着いた色合いのワンピースやスカートがお決まりだった
末っ子なので(年齢的には年上でも)知己の子孫、という目上として可愛がれる相手は新鮮。ジェラルドは同じ立場であるツナやディーノとは違い、レイの正体を知っているので遠慮なく世話を焼いている。
口調が昔のものに戻るのが少し恥ずかしい。微妙に変化があるのは、接する相手が後輩だと自覚もしているから。
自分がブラコン気味なのは認めるが、家族(特に大空と霧)もまたシスコン気味なのは全く理解していない。愛されている自覚はある。
・黒のスーツにスレートグレーのトレンチコートがお決まりだった
何故か死亡フラグ(ただしギャグ)が積み上がっていくが本人に今のところ自覚はない。
・ヴァリアーの隊服がお決まり
レイの正体を知った結果ただのファンボーイと化した。彼女のもう一つの秘密も知らされている。
憧れの存在に稽古を付けてもらえるのが嬉し過ぎてずっとニコニコしている。