「ミルフィオーレブラックスペルのボス…やはりお前のことだったんだな、ユニ」
「はい、リボーンおじさま。レイさんも…はじめまして、ですね」
「ええ。諸々の手引きをしたのも、この時代の私ですから。はじめまして」
レイのそれを写し取ったかのように酷似した色形の双眸を持つ黒髪の少女に、綱吉は瞬きを繰り返す。
彼女こそ、大空のアルコバレーノ・ユニ。
さりげない仕草で、本当に何でもないようにレイがユニの手の甲に口付ける。
それを微笑んで受け入れたユニは、呆然としているボンゴレの面々に向き直った。
「はじめまして、ボンゴレの皆さん」
その笑顔に頬を染めた綱吉を非難するハルと京子の前にジェラルドと共に立ち、ユニが今まで動くことができなかった訳を聞くレイの表情に焦りはない。
それを見て、この全てが彼女の掌の上で繰り広げられる舞台に過ぎないのだと悟ったヴァリアーの二人と、予めここからの流れを知らされていたリボーンとディーノは、密かに撤退の準備を進め始めた。
「一度だけ訊きます…白蘭、チョイスの再戦をする気はありますか? 私は、ブラックスペルのボスとしてボンゴレとの再戦に賛成です」
「それは僕が決めることだ。君はあくまでナンバー2、全ての最終決定権は僕にある」
事態がこの段階まで至った以上、それ以外の問答は不要。そう知るからこそまっすぐに問い掛けたユニの言葉を、白蘭は遠回しに拒絶する。
その答えに沈黙したユニが、青の瞳を閉ざした。
「───では私は、ミルフィオーレファミリーを脱会します」
計り知れない覚悟の下、ユニはそう告げた。
その宣言の余韻が空に溶け消え、その内容がその場の全ての人間の脳に染み入った頃。
ボンゴレの面々へと向き直り、その中心的な一人に視線を向けたユニが、再び口を開く。
「沢田綱吉さん…お願いがあります」
「え!? お…お願い…!?」
「私を守ってください。
この───仲間のおしゃぶりと共に」
差し出された手にあるのは、赤、緑、藍、紫をそれぞれに宿すおしゃぶり。即ち、ユニとリボーン、そしてラルが持つコロネロ以外の
「勝手に持ち出しちゃダメじゃない、ユニちゃん。それは僕の
「違います…これは私が預かったものです…。それに、貴方が持っていてもそれは
何故なら───おしゃぶりは、魂なくしては存在意義を示さないのです」
瞼を閉じようとも透けて見える程の輝きが、おしゃぶりから放たれる。
それを目にした白蘭は、文字通り目の色を変えた。
「凄いよユニちゃん! やればできるじゃない!! やはり僕には君が必要だ。さあ仲直りしよう、ユニちゃん」
「来ないで! もう貴方には、私達の魂を預ける訳にはいきません」
拒絶の言葉を投げつけられた白蘭は、その瞳を不気味に薄く開けた。
「なーに勝手なこと言ってんの? ───それ持って逃げるんなら、世界の果てまで追い掛けて奪うだけだよ」
かつて己の意志を封じられた経験があるからこそ、その言葉が真実であるとわかるユニはたじろぎ、伸ばされた手に顔を蒼褪めさせる。
その緊迫し、しかし混乱故に停滞していた空気は、一発の銃弾によって引き裂かれた。
「図に乗んなよ白蘭。てめーが誰でどんな状況だろうと、アルコバレーノのボスに手を出すんならオレが黙っちゃいねーぞ」
完全にボンゴレ側であるリボーンによって主が銃撃されたとあっては、忠実な
だが、この場には全てを予測する参謀がいる。仲間が攻撃を受ける可能性は既に予測され、そして防ぐ手立ても百を優に凌ぐ数を考案済み。
「ティア」
己の相棒たる
爆煙が晴れればそこに立つのは、足元に純白の仔狼を侍らせたレイだ。
その姿に、白蘭は言葉を落とした。
「…レイちゃん。何処から、君の計算通りなんだい?」
ユニがやって来たのは、まず間違いなくレイの策だ。
自分が提案したチョイスも、彼女にとってはユニとの合流のためだけの茶番。チョイスの結果など初めから目もくれず、その後の計略すら練ってここに来ている。
こちらが舞台でも見るような、そして演じているような気分でいたが故に受けた被害は大きい。
一体いつから? 何処から自分達は踊らされていた?
その答えは美しい笑みと、凍てつく瞳と共にもたらされた。
「初めから───と言ったら?」
口調こそ冗談めかしているが、その声には甘さが微塵も含まれない。
初めから。
つまり、彼女がこの未来に来る時点で、この展開は決定されたものだったのだ。
その事実を突き付けられた白蘭は、幾つもの世界での彼女の在り方を知り、抱いた思いを思わず口にしていた。
「レイちゃん…残念だよ。君と僕は似てるからさ、わかり合えるかなって思ってたんだけど」
しかし、レイは揺らがない。
白蘭とも似通う異常も含めて丸ごと己を肯定された経験は、今尚彼女の根底に深く根付いている。
そしてそんな己を受け入れてくれる友の存在が、最愛の家族を失い、一度埋められたが故に更に歪な状態で露わになった欠落を、家族とは違った形で───それでも確かに、再び埋めたから。
「白蘭。私とお前は似ているのでしょうが…決定的に違います。わかり合うことは不可能です」
「そうかなぁ…何処も違わないように見えるけど」
こてりと、白蘭が首を傾げる。
その“違い”を理解できない男に僅かに、けれど確かな憐れみの目を向けていたレイは、次の瞬間目を見開いた。
「そうだ、レイちゃんだけでも
それは、もう少し時間を掛ければ自分達の違いを理解できる、若しくはレイを納得させられると考えたが故に出た言葉。
しかし、同時に───レイの逆鱗に触れる一言でもあった。
「───…こんなこと、本人達に言うことはもう叶いませんが。…
静かに言いながら、レイはその瞳を閉ざす。
脳裏に甦るのは、何にも代え難い最愛の家族の姿。
兄であり戦友であり同胞だった、愛おしいファミリー。
思い出すのは、『彼女』が芽吹き育まれた、春の陽光のようにあたたかな日々の記憶。
未だ悲哀は尽きず、哀惜は消えず、心は寂寥を抱えている。
それでも、時間をかけて美しく優しい思い出として昇華しつつあるそれは、胸を刺すのではなく暖めてくれる。
本当の兄妹のような愛情をもらった。
大切なものを守る
己を貫く在り方だって、定めたのは彼らがいたからだ。
彼らによく似た、友達を見捨てる?
それは正解か?
否。
否。
断じて───否。
そんな選択肢は、存在すること自体が間違いだ。
「『友達』を見捨てるなんて───私は、彼らに顔向けできなくなる!!!」
双眸を見開くと同時、レイの右手中指、彼女がかつて最愛の青年から贈られたホワイトオパールの指輪───雪のボンゴレリングが強く輝き、一拍後。
轟、と冷気を伴う純白の炎が吹き上がる。
それは、ただの事実だ。
それは、例え
彼女はそう、信じている。
その信頼が裏切られることは有り得ない、とも。
深い青を湛えた双眸で白蘭を見据えたまま、レイは腰の
そして小さく、囁くように、詠うように言葉を紡ぐ。
「─── 我らが大空よ。
今一度、この剣を執ることをお許しください」
誰に聞かせるためのものでもない、たった一人に届くことのみを願った言葉が、彼女以外の耳に入ることなく空に溶けた。
応える声はない。
それでも、きっと届いたと信じて。
「ユースティティア───…
雪を乗せ、風が荒れ狂う。
それは、彼女の誓いの証。
たった一人の大空に捧げ、彼のためにのみ振るうと決めた忠誠の剣。
その片割れたる、焦がれてやまぬ唯一無二に預けることを願う剣。
本来ならば、今の彼女が振るうことは有り得ないモノ。
だがしかし。
今守るべき友が、いずれ己の大空の願いを、現実のものとすると信ずるが故に。
そしてそれ以上に、家族と同じくらいに、友を守りたいから。
「───初代雪の守護者は、その神算鬼謀さ、そして敵対者への容赦なさが広く知られている。
だが彼女はその反面、降伏した敵は同士の一として扱い、敵味方を問わず死者を悼むことを忘れなかったなど、慈悲深さもまた人一倍だったという。
あれこそが、」
「ああ───…深々と降る儚き雪花と謳われた、
他ならぬ本人が今
(懐かしい)
かつてと同じように空気を斬る感覚と、見掛けからすると軽い重み。
艶やかな淡い紅色の唇の端が、ゆるりと引き上げられる。
打撃武器にもなり得る鉄の塊は、幼い彼女の細腕には重過ぎた。
だから中を空洞にして、片手で悠々取り回せる重量に。脆さは幻術の仕組みを応用した修復・自己補完で何とかする。
幼き日の工夫と努力の結晶。他でもない、彼女だけの武器。
王たる彼ではない誰かのために使うのが、途方もない裏切りのような気がして、己の手で封じた剣。
その枷を、まさか未来の己が壊すとは思いもしなかったけれど───それでも。
喩え、王がいないのだとしても。
喩え、永き時の果てなのだとしても。
それでも───その双つの剣こそ、ボンゴレに於いて第七の天候を司る少女が、その力を遺憾なく発揮できる
それぞれの手に携える双剣に、両の靴底に備えた刃。合わせて四つ。
形状や使用方法こそ異なれど、師たる村雨と同様に四の刃を操ることとなった雪花が、ユニを守るように立ち塞がる。
その背に、綱吉が声を掛けた。
「レイちゃん、でも……!!」
「チョイスのことですか? 元々
「な…!?」
「お前、初めからこのつもりだったな…!!」
驚嘆と畏怖が混じる獄寺の声に、レイが心底愉しそうにニヤリと笑う。
初めから白蘭の提案など歯牙にも掛けず、自身の計画のためのピースに貶め、それを以てこちらに有利な結果のみを引き寄せた。
同じ土俵に立つつもりなど更々なく、ただ目的のために踊らせる───それこそ、彼女が冷酷なる吹雪と謳われる所以。
ああまで言ってのけたレイがいる以上、チョイスのことで何を言おうと時間の無駄にしかならない。
ならばと、白蘭はその標的をユニへと切り替えた。
「ユニちゃん、ボスのユニちゃんが裏切ったとして、残されたブラックスペルがどうなっても───」
「まだそんなことを宣う余裕があるとは、驚きました」
呆れが滲む声で白蘭の言葉を遮り、ユニへと顔を向けたレイが告げる。
「安心しなさい、ユニ。君の騎士サマにはちゃんと届けてあります」
「───はい!!」
彼の性格上、弟以外をミルフィオーレとの戦いの場に連れてくることはないだろうが、ブラックスペルの面々の安全ならばとっくの昔に確保されている。
綱吉の抱いた懸念を吹き飛ばすように嫣然と、勝気に笑って見せたレイに、琥珀の双眸が一瞬大きく見開かれて。
「───来るんだ!! オレ達と一緒に!! みんな!! この子を守ろう!!」
次々と応じる仲間の声と、小さく、けれど確かな感謝の言葉に、レイは満足げに微笑んだ。
・取り戻した彼女
相も変わらず兄達への信頼度と理解度が天元突破している。
ちゃんと誓約書を書いた訳でもなく、ミルフィオーレが一方的に言ってきた上にボンゴレ側は誰一人として同意していないので踏み倒し一択。修業期間の確保とユニとの合流のための時間稼ぎができたので言うことなし。鬼畜。
改めて双剣を手にし、担う意味が増えていることに気付く。この剣が忠誠ならば、もう片方は───