「本当に行くんだな?」
「くどい。大丈夫だと言うのは何回目ですか?」
日が暮れた並中の校庭で、ディーノ君が念押しのように今までも尋ねた言葉を重ねるのに呆れた顔を作って返す。
足下には、並中に来る時にはソリを引いていた氷の犬が我関せずと言った顔で侍っている。
「夜闇に紛れるためにこんな時間まで待ったのです。街は通らず空から一直線に向かうし、そう心配する必要はないでしょう」
私の騎乗する犬はスネグーラチカで創られたもの。正確には炎を使用している訳ではないから、レーダーに捉えられることもない。
リングも加工を経ているからかレーダーでは捕捉できず、もう一つ言うなら炎の波長も例がないものであるため、わざわざ採取し登録しなければレーダーに映らないという、とんでもないステルス性能を誇っている。透明人間みたいで私としては嫌なんだが。
反対するための意見を潰されたディーノ君は、苦い顔で頷く。
「くれぐれも気を付けるんだぞ」
「無論です」
ディーノ君の言葉に笑うと、不意に雲雀君が近付いてきた。
何をするでもなく、ただ黙って目の前に立つ。
雲雀君の意図が読めず、僅かに首を傾げた刹那。
唐突に、ぐいと顔が引き寄せられた。
後頭部を抑えられているのだろう。互いの距離は吐息が掛かる程に近い。
「ちょっ………いきなり何を!!」
頭を思い切り振って、雲雀君に手を離させる。
それでもまだ近付いたままの彼を睨んだ。
そんな私の目の前で、雲雀君はフッと嗤うと左腕を掴み、軽くひねり上げてきた。
「ようやくボロが出たね」
その足下から意識して立てたのだろう、ザリ、と砂を踏む音がして。
視線をやった私は、息を呑んだ。
ブーツを履いたその脚を、雲雀君がしっかりと踏んでいたのだから。
「どういう…レイ、お前……」
「鈍ってる…という域じゃないね。もう感覚すら無いんだろ?」
青灰色の瞳に射竦められ、表情を歪めて黙したまま目を伏せる。
それが、雲雀君の言葉を肯定する行為に他ならないとわかってはいるけれど。
「そんな…いつから」
「少なくとも、メローネ基地を攻略した時にはこの状態だったと思うよ」
目を見開いたディーノ君が思わず、と言った様子で零した言葉に、雲雀君が答えを返す。
その様子を見て、体の力を抜いた。
この状況では追求は免れないからだ。
まあ黙っていられるなら黙っていたい、くらいのことではあるが、このタイミングとは。
京子ちゃん達がマフィア云々を知ってからはきちんと説明して、幻覚も解いていた。人は見慣れてしまえばそれを異常だとは思えなくなる。
それを狙っていたんだが…まさか、雲雀君に勘付かれるとは。基本こちらに干渉して来ないからと想定を甘くして、他にリソースを割いたのが裏目に出た。
「…何故気付いたのですか」
「安心しなよ、確信が持てたのはチョイスの会場で、君が
私の腕を吊り上げたまま、雲雀君は不敵に笑った。
対する私は、自分でも苦々しげな顔をしているとわかる。
レーダーには感知されないのをいいことに、今までずっと半開匣状態を保ってきた。
雲雀君はあの混乱の最中、仔狼の方だけが双剣になっていたことに気付いたのだろう。そこから分割構造に思い至り、そしてそんな物を組み込まなければならない理由に辿り着いた。
思い当たる節があったのだろう、呆然とした草壁君が疑問を口にする。
「レイさん…まさか、
「その通り。既に両脚の太腿と両腕の二の腕までは麻痺しています。痛覚どころか触覚も碌に機能していません」
自嘲するような乾いた笑いが、辺りに響いた。
メローネ基地で戦ったのがかなり響いたようで、攻略中はきつかった。神経を侵されているにも関わらず、よくもまあここまで誰にも悟らせずに戦えたものだ。
この場の面々の中で、比較的冷静さを保つスクアーロ君が口を開く。
「その
「ええ。元々、この時代の私もそのつもりだったようです。渡されたらすぐに開けろと指示されていたので、その通りにしました。その後は随分楽をさせてもらいましたよ」
雲雀君に放され、ひらりと振った手の指先にまで、氷の蔦は絡み付いている。
怪しまれることを承知でそれを許容したのは、そうでもしないと取り繕えないレベルだったから。
「ティアには最新科学を用いた体の補助機能が搭載されています。元は医療分野において利用されるものですが、今の私は半身不随も同然ですから」
「なんで……何故言わなかった! そんな体じゃ戦闘どころか日常生活すらままならないだろう!!」
至極冷静に己が
怒りに顔を歪めた彼を直視することができず、そっと視線を逸らす。
それは、私が痛みを隠してきたことへの怒りで、気付くことができなかった自分の不甲斐なさへの怒り。
私達の
今回の場合に於いて、ジョット君は私を怒らないだろう。
周囲を頼らなかったことについてはお小言を言ってくるかもしれないが、それすら計画に必要だったのだと知れば、ただ哀しそうな顔をして、私の頭を撫でるのだ。
だって彼は、私を信じてくれている。
私の行動が最善だと、そう信じてくれている。
私も、彼を筆頭に家族の哀しむ顔なんて見たくなかったから、自重はしていたけど。
「明日を、無事に迎えるために」
「明日?」
「ええ。───この時代の私の計画通りならば、明日、全てに決着が着きます」
己の行動は全て、明日のための布石。
明るい未来を掴むためだけに、今私はここにいる。
「だから、沢田君達には言わないでください。これ以上彼らに重荷を背負わせたくない。どうせ明日で全部終わるから、せめてそれまでは」
お願いします、と頭を下げた。
その発言の意図が理解できるからこそ、ディーノ君は押し黙る。
メローネ基地突入作戦の時と同じだ。
どう転ぶかわからない、だからできるだけ士気を下げるような情報は伏せていたい。
これでも私はボンゴレ作戦参謀。ついでに言うなら、ファミリーには情報戦のノウハウを知り尽くした諜報機関の長と、人心掌握に長けたあの時代随一の術士がいる。
情報の取捨選択と、それを心理戦で
「……わかった、ツナ達には黙っておく。勿論リボーンにもだ…恭弥とスクアーロも、それでいいな?」
「…フン」
「構わねぇぞぉ」
果たしてディーノ君は納得し、雲雀君とスクアーロ君も頷いた。
その十数分後、私は森の上空にいた。
少々予定外のハプニングが起きてしまったが、どうやらみんなが仮眠を取る前に間に合ったらしい。
焚き火の灯りを頼りに潜伏場所の窪地を見つけ、降下する。
すぐに気付いて駆け寄って来たのはジェラルド君だ。
「…もしかして、何かありましたか?」
「雲雀君達にバレた。君は黙っていなさい、面倒なことになるでしょう」
長々と立ち話をしていると怪しまれるので、手短かに伝える。
何がバレたのかも察したジェラルド君は、真剣な顔をして頷いた。
「わかりました。あの…ところで、隊長は」
「スクアーロ君なら、ディーノ君達と共に合流することにしたようです」
次の質問の答えをわざとみんなにも聞こえるように告げると、山本君が顔を輝かせた。
スクアーロ君の無事を改めて確認できて嬉しいのだろう。本当に、雨って奴は。
…ズレは山本君の存在と、みんなの怪我の程度くらいなもの。ジャンニーニ君、スパナ君、ビアンキさんはボンゴレアジトに戻ったようだ。
「…ユニ。少し、話がしたいのですが」
「わかりました」
ジェラルド君にも向こうに行ってもらい、ユニと二人、並んで座る。
ついくせで空を見上げると、星が綺麗だった。辺りに民家がないからか、かつてジョット君達と見たものと遜色ない輝きに、頬が緩む。
「星、お好きなんですか?」
「好きなのは星というより、空です。……こんな満天の星空は、懐かしいの。家族と一緒に見た夜空を思い出す」
今より科学技術が進歩しておらず、光が遠かったあの頃。どうしても本部に夜遅くまで残らなくてはいけなかった時に、よくこうして星空を眺めたものだ。
数人でバルコニーに集まって眺めていると、そこに残りのファミリーがいつの間にか加わって、結局いつものどんちゃん騒ぎになったっけ。
「家族、ですか」
「ええ。血の繋がりなんてカケラもない、育ちも性格もバラバラな」
それでも、『家族』と言われて思い浮かぶのはあの八人。顔も覚えていない両親には少々申し訳ないが、きっと刷り込みのようなものなのだと思う。
だって、『家族』として過ごした時間が長過ぎる。
一緒にご飯を食べて、話をして。そうして築いた絆を表す名を、私は『家族』以外に知らない。
淡く笑みを浮かべると、隣のユニが言葉を零した。
「レイさんが聞きたいのは、私の、私のものではない記憶について、ですね」
「よくわかりましたね。その通りです」
「この時代のレイさんも、私にそれを聞きましたから」
少しズレた帽子の位置を直して、ユニがまっすぐにこちらを見つめる。
「確かに私は母や、祖母の記憶を持っています。ですがそれは、厳密には私の中では記憶では無いんです。誰かの記憶であって、私のものじゃない」
「…そうか。ええ、そうですね」
記憶とは己で体験したもの。その連なり。
そうではないものは、ただの知識に過ぎない。
ユニにとっては母であるアリアや、祖母であるルーチェの記憶。
私にとってそれは、前世の記憶。
ジョット君達と一緒にいた頃から、薄々わかっていたことだけど。
ようやく踏ん切りがついた。
あの、『原作』の知識はつまり───
そしてあの時代には、ユニを始めとする大空のアルコバレーノのように未来予知ができる存在が、一人だけいた。
彼女らの先祖である
ボンゴレリングをジョット君に託したことと言い、マーレリングを代々受け継いでいたことと言い、彼女は
だから【私】の誕生を察知し、干渉することができた。
恐らく、変則的に起こった未来予知も彼女の予知を受信しただけ。【私】という存在に未来予知の能力は組み込まれていない。
そうまでして託してきたのは、私の助けとなるように願ってのことだろう。
けれど、それに付随してきた“生まれ変わった”という認識は、きっと彼女の個人的な欲だ。
何故彼女がそんなことをしたのか、今の私は理解できる。
告げる相手を失くした想いを、それでも
(…遺したかったのですね)
セピラ。彼女にとっての大切な人が、“そう”だったのだろう。
彼女が語った、もう戻れない世界での思い出を、どんな形であれ遺したかったのだろう。
その思いを否定まではしない。けれど、共感はできない。
大切な思い出であるのなら、誰かの目に触れさせて穢すことはしてはならなかった。
事実として、私はこの知識を利用し尽くしたのだから。
きっと、これは他の誰に知られることもない、貴女達だけの思い出であるべきだったのだ。
そうして、気遣わしげな視線を向けるユニに微笑む。
「ありがとう、ユニ」
「お役に立てたのならよかったです」
二人して会釈をし合い、何だかおかしくてクスクスと笑う。
夜明けが来ればこれまでの戦いを凌ぐ死闘が始まるというのに、気分は酷く落ち着いている。
「あ、呼ばれてますよ」
「レイちゃん、
京子ちゃんが呼んで、ハルちゃんが手を振っている。
バジリコン君が
森の方から戻ってきた
ちらりと振り向くと、ユニの隣に
(…大丈夫)
愛しい人とただ寄り添って、温もりを分け合う。
その“当たり前”の尊さを、私は知っているから。
・大事なものはしまい込むタイプ
純リボーン世界産。ちょいちょいあった転生系主人公らしからぬ部分(二月十四日でバレンタインデーを思い出さない、花見をしたことがない、人生二度目にしては精神年齢が幼い等)はほぼこれのせい。
未来予知はセピラの予知がレイに送り付けられていたもの。本来なら見れないはずのものを無理に覗かされるのに近かったため、消耗も激しかった。現代に来てから発動していないのは既にセピラが故人であり、発信源が無くなったから。
彼女自身が大切な記憶を踏み躙られているからこそ、セピラの行いを容認できなかった。
・大事なものは誰かに託してでも残すタイプ
レイに未来の知識を与え、同時に友人が話していた前世の思い出も付随させた張本人。
予知した未来が原作で言うところの29巻までなのは、友人の記憶と辻褄を合わせるためではない。しかしそれとは別に“それ以降”のことも予知しており、その予知こそレイが生を受けた理由である。
・大事なものは親しい人と共有するタイプ
正真正銘の転生者。ミーハーで雲雀推しの友人宅に向かう途中で信号無視のトラックに轢かれ、未来編の結末を知ることができなかった人。
しかし何の因果かリボーン世界の古代に生まれ変わり、同じ種族のセピラの友人となる。時代が時代であり、その上リボーンを読破していなかったため、最期まで自分が愛読した世界に転生したとは気付かなかった。