決戦の日。とは言っても、日付が変わったのは数時間前だ。
まだ大地を照らし始めて間もない陽光の眩さを感じながら、待機場所になっている野営場所から戦闘地点の空を眺める。
幾重にも重なり響く炸裂音に、空の色を変える炎。その全ては互いの命を刈り取るための死神の鎌。
焦りはない。ただ状況が何処まで私の望む通りになっているか、確認しているだけだ。
現状、概ね差異はなし。修正は不要。
「クロームちゃん!?」
と、クロームちゃんが駆け出した。六道君到着の報はまだ届いていないのだが、何か感じるものがあったのだろう。
あっという間に木々の狭間へと消える姿に手を伸ばし、釣られたように駆け出そうとする京子ちゃんの肩を抑える。
「京子ちゃん、ここは堪えてください。申し訳なくは思いますが、君を死なせる訳にはいきません」
「でも、クロームちゃんが…!」
「クロームちゃんは無鉄砲に戦場に突っ込んでいくような子ではありません。向こうには味方もいます。多少でも身を守る
言外に『戦い方を知らない京子ちゃんでは生き残れない』と告げると、彼女は俯いて唇を噛んだ。
述べたのは事実でしかないが、かと言って彼女にこんな顔をさせるのが望みだったかと言われれば、そうではない。私やクロームちゃんとは別の方法で、京子ちゃんやハルちゃんも沢田君を支えている。
「京子ちゃん達は、なるべく安全圏にいてください。そうしてくれたら、みんな思いっきり戦えるから」
この背の後ろにいる、守っている誰かのために。それは、とても力が出るものなんだ。
頷いた二人に微笑んで、「私もあちらに向かいます」と沢田君に伝える。
「えっ、レイちゃんも!?」
「押されているだとか、そういう心配はありません。ただ念のため、万一の場合に直接介入可能な場所に移動したいのです。───沢田君、昨夜私が言ったこと、覚えていますね」
「うん。オレは、白蘭を倒すことに集中しろ、でしょ」
それはユニからの情報提供を受け、私が決定した方針だ。
この戦いは白蘭さえ倒せれば終結する。
奴は言ってしまえば将棋に於ける王将であり、チェスにおいてはキングなのだ。
私達は
そして最終的には、同じくキングである沢田君をぶつける。
堂々と
沢田君達までならともかく、
彼らとの協力体制は維持しておきたいのだ。それが巡り巡って沢田君達のためにもなる。
「まるで情報がない雷の
「でっ、でも───」
「大丈夫。何も心配はいりません」
言い募る沢田君に、不安げにこちらを見る京子ちゃん達に、笑う。
君達はみんな揃って、過去に帰る。あの平和で、命が脅かされることもない、君達の居場所に。
それは、私が決定した未来だ。
予測ではない。其処に至るまでには、未だ不確定要素が多い。
けれど、絶対に現実のものとすると、そう決めたから。
◇
木々の向こう、轟音が響く。
もう長いこと、戦闘地点を目指して走っているような気がする。
とは言ってもそれは体感の話で、きっと昨夜の野営場所を飛び出してから5分と経っていない。
と、前方で緑の閃光が爆発した。
(あれは…!!)
間違いない、雷の
耳の
「沢田君、早急にこちらに来なさい! 明らかにまずい、少なくとも我々では対処は困難です!!」
〈!? 何があったの!?〉
「雷の
獄寺君達が
着々と、舞台は整っている。
だからこそ、今この時ばかりは白蘭の掌の上で踊らされるしかないのが本当に、本っ当に不愉快だ。
「チッ、
「レイさん!」
「ジェラルド君に…ディーノ君! 無事で何よりです」
こちらに駆け寄ってきたジェラルド君の向こうにディーノ君の姿を捉えて、一瞬気が逸れる。
それをわかっている訳ではないだろうが、こちらを標的にしてきた触手から逃げ惑った。
正直に言うと、私は体質的な問題からこの場では修羅開匣状態の
この程度で今後の予定に差し障りは出ないと、そしてタイミングの調整にはこの場にいるのが最も適切とわかっていたからこそ、今ここにいるだけだ。
「これじゃジリ貧だ!」
「松崎レイ、何か策はないんですか!!」
「今沢田君が向かっています、彼なら…!」
「ならそれまで持ち堪えねーとな!!」
六道君に応えると、彼の側にいた山本君が明るく言う。
瞬間、光が瞬いたような気がして、視線を空へ向けた。
「───…あ」
「!! あれは!」
「オレ達のボス!!」
我が王の朝焼け色とは似て非なる夕焼け色。その軌跡を空に残しながら、一直線にこちらに向かってくるのはボンゴレ
光が視界を飲む。
一瞬白しか映さなくなった瞳が次に映したのは、
炎を消しながら大地に降り立った沢田君に、歓喜の声が響く。
私も、何も考えずに喜べたらよかったんだが。
残念ながら、そんなことが許されるはずもない。
零地点突破 改とは、吸収した他者の炎を己のものに変換する技。それを使ったにも関わらず、沢田君の炎に何の変化もないというのは十分過ぎる異変だ。
だが、この異変のタネがわかっている身としては苛立つばかりだ。
その炎の量を誇示するように翼を広げた白蘭を、睨みつける。それは一撃で地面に叩き付けられた沢田君も同じだ。
「関係ない。お前が誰であろうと、どんな手段を使おうと───
───ここでぶちのめすだけだ」
未来に来て、たくさんのことを経験して。
今まで以上に厳しい戦いを乗り越えて、強くなった君であれば、きっと勝てる。
君にならば───全てを託せる。
白蘭の
「
それこそ、私が彼に託す最高の武器。
「
だが、相手が悪かった。
同じ
「そんな……ボンゴレ
「落ち着きなさい、ジェラルド君」
ただ戦いを見据え、泣き言を漏らしたジェラルド君を叱咤する。
目の前で、首を絞められた沢田君と白蘭が、炎の応酬を繰り広げている。
…ああ、もどかしい。早く彼の手に新たな力が渡って欲しい。
だが、それに付随する出来事を思うと…このまま、時が止まることを願ってしまう。
ままならないものだ、と苦笑いを一つ零した。
響き渡る、荘厳な鐘の音。
二人の炎の形状も変化した。
大空の炎の結界が、徐々に広がっている。
ユニもこちらに近付いて来ているのが見える。
チャンスは一度きり。失敗すれば、今までの全てが水の泡だ。
橙の炎の壁を見据えながら、背中の方へと手をやる。
掴んだものを引っ張ると、さらりと長い後ろ髪が宙へと舞い広がった。
手の中に残ったのは、紫色のリボン。
このリボンを手にしたのは、
見舞いと称し、私が「おばあちゃん」と呼称することになる相手が持ってきた花束に飾られていたのがこれだったのだ。
何もかも失って、安らぎなど何処にもなかった。
だからせめて、身の回りの些細なことだけでも“いつも通り”にしていたかった。
思い返せば、虚しいことこの上ないひとり遊びだ。縁もゆかりもない物に縋ったところで、何にもならないのに。
だから、もう終わらせる。
何にもならないとわかっていて、それでも最期まで縋る理由はない。
これから、我が王と親愛なる
手を開けばそれだけで風に攫われた布切れの行方を追うこともなく、ただ前だけを見る。
───もし、ただ己の身を飾る目的で彼を象徴する色を身に付けるのなら、彼から贈られたものがいい、なんて。高望みのし過ぎだろう。
微動だにしない私に気付き、駆け寄ってきたジェラルド君の気配に振り返る。
「レイさん! ここも危険です、早く逃げましょう!!」
「…ジェラルド君。君は、本当に立派になりましたね」
私なんかの話を聞いて、憧れて。そんな君が、ここにいる。
それだけで、背筋が伸びる。君の追い掛け続けたものを、穢す訳にはいかないから。
…済まない、ドン・サルトーリ。
貴殿の子孫を、悲しませてしまうかもしれない。
「きっと、彼も喜んでいるでしょう」
「なに、言って…ほら、早く!!」
一向に動こうとしない私の腕を掴もうとした手を、振り払う。
瞳を見開いた彼に微笑んで、指を鳴らす。
途端に体を覆った氷の盾に身を隠して、迫る大空の炎の壁に盾を押し付けた。
熱に溶かされていく氷は修復を重ねて実質的なダメージをゼロにし、徐々に壁を削っていく。
全く、ジョット君のフレンドリーファイアを防ぐべく鍛えた技術がこんなところで役に立つとは。
苦笑して、一層強く腕に力を込め───その壁を突き破り、結界内部へと侵入した。
・とうとうやらかした
体力や炎を温存するため、待ち伏せと乱戦には出場せず。「