参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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標的68 再会

「レイちゃん…結構強引な手に出たね。でも自分勝手過ぎないかい? それはつまり、君のエゴってことだろ?」

「…そうなのでしょうね」

 

 

 レイはユニに死んで欲しくなかった。

 運命(さだめ)なんてものにすり潰されて欲しくはなかった。

 彼女に、己が掴むことの叶わなかった幸せを、手にして欲しかった。

 

 そして綱吉達が、友達が負う瑕が一つでも少なくなればいいと願った。

 一つでも多くを失わずに済むようにと、立ち回ってきた。

 

 それでも、この行動はどうしようもない程に身勝手なのだろう。

 けれど、これが最善だというのも、絶対的な事実だ。

 

 

「大空のアルコバレーノのユニはもういない。その役割も運命(さだめ)も、私が全て持って()()

 

 

 レイがユニから、彼女の役目を引き継いだという事実は揺らがない。

 白蘭の野望の最後のピースは、今この瞬間からレイになったのだ。

 

 

 小さく、胸に抱え込んでいるレイにしかわからない大きさで、おしゃぶりの中の歯車が音を鳴らす。

 

 歯車を回す動力こそ、彼女の命。

 回れば回る程、レイという存在は消滅に近付く。

 

 この音が鳴らなくなった時、きっと彼女は───。

 

 

「ん〜、でもおトクになったと思えばいいのかな? レイちゃんにも興味あったし、おしゃぶりと一緒に手に入るなら別にいっか♪」

 

 

 予想通りにブレない反応を返した白蘭を睨み付けると、彼は唐突に腕に入れる力を強めた。首を絞められた綱吉の体から力が抜け、額の炎が音を立てて消える。

 

 

「ホラ、これでここには僕ら二人っきり♪ レイちゃんはおしゃぶりに炎を捧げてるんだから動けないし、そもそももうそんな力も残されていないだろ?」

 

 

 図星を指され、レイはじりじりと後退(ずさ)った。

 

 腹立たしいことに白蘭の言葉は正しい。今の彼女はロクな抵抗ができない。

 おしゃぶりを奪われてしまえば、今までの全てが水の泡だというのに。

 

 

「…さあ、どうでしょう。少なくとも、君を黄泉路に引きずり込むくらいのことはできます」

 

 

 精いっぱいの威嚇として、愛剣を片手に握る。

 

 振るうことはできない。もうそんな余裕はない。

 それでも、何もしないことだけはレイの誇りが許さなかった。

 

 

「強がっちゃってー♪ 何もかも無駄だよ。アルコバレーノの復活にも時間がかかる、それより先に僕が君を手に入れる方が早い」

「その通りだ。お前を倒すのはアルコバレーノじゃねぇ。オレの生徒───ツナだ」

 

 

 癪に触る白蘭の声を断つように、そんな言葉が響いた。

 

 似ても似つかぬ別人の声だというのに、そこに込められた信頼だけは、レイの家族(ファミリー)が彼女に向けたものと寸分の狂いもなく同じ。

 

 

「ツナの死ぬ気をなめんじゃねえ。第一勝てるかどうかなんて言ってんじゃねーぞ。ツナ、お前は白蘭を倒さなきゃなんねーんだ」

「このご時世にド根性精神論かい!? それに、レイちゃんを止める訳でもないときた!!」

「これがオレのやり方だ。それにバカにすんじゃねー。レイはもう止まらねえ、そういう目をしてやがる」

 

 

 リボーンの射抜くような視線に、レイは口元に笑みを浮かべる。

 感心したような、安心したようなそれこそが答えだ。

 

 未練があろうと、恐怖があろうと、予測した未来は変わらない。

 だからレイは冷酷に、大切な彼らにとって最も優しい道を選んだのだ。

 

 

「そんなバカげたこと、させると思ってるのかい?」

 

 

 こちらに手を伸ばした白蘭の背後から、咳き込む音が聞こえる。

 音の源が誰かなんて、わかりきっていた。

 

 

「レ…レイちゃんは…お…お前に…渡さ…ないぞ…」

 

 

 恐怖に震え、それでも顔を上げた綱吉を嘲笑うように、白蘭がその過去を並べ立てる。

 それは、どれも彼が進んで巻き込まれた訳ではないもの。

 

 

「こんなところに連れて来られなければこんな目に遭わなかったって、自分の運命を呪っちゃうだろ?」

 

 

 ああ、確かにそうだろう。

 この未来に来なければ、彼はこんなに苦しまなかっただろう。

 

 けれど。

 

 白蘭が投擲した白龍を受け、ランチアから渡されたリングに助けられた綱吉を見て、レイは目を細める。

 夕焼けの色を宿す双眸が、かつて彼女が見惚れた朝焼けと同じように輝いていた。

 

 

「オレの炎は……お前が支配するこの時代だからこそ生まれた、みんなの炎だ!! 無闇に人を傷つけたために倒されることを、後悔しろ!!」

 

 

 一瞬の瞑目。

 かつても目にした輝きと言えど、それから今までには多くのことがあり過ぎた。

 

 家族を失った。

 かつての帰る場所は変わり果てた。

 長い歳月によって積み上げられた罪業を知った。

 

 夜を彷徨うことに慣れてしまった今のレイに、綱吉の姿は眩し過ぎた。

 

 

「いい気分のところ悪いけど、何の解決もしてないよ綱吉クン!! 結局僕と君の力の差は君が倒された時から何も変わってない!!」

『どうだろうな』

 

 

 声が、響く。

 

 白蘭の嘲笑を断ち切るように。

 綱吉の背を押すように。

 

 レイの、大切な家族の声が。

 

 

『あの子、言ってることがボスと同じだ』

『血は争えないでござるな』

『究極にいい奴ではないか』

『残念です…ボンゴレに不要な、軟弱な思考ですよ』

『興味ないな』

『……てめえの好きにすりゃあいいさ。いつものようにな』

 

 

 各々好き勝手言い合って、当然のように意見がぶつかって。

 緊張感なんて欠片もなくて、気が抜けることこの上ない。

 

 そんな、いつも通りの(いつかと同じ)遣り取り。

 

 

X世(デーチモ)よ…お前の考えにオレも賛成だ』

 

 

 ジョットの言葉に一つ息を吐いたレイは、足を突っ張るようにして立って、胸を張る。

 

 言葉は交わせない。いつもの会話にも混ざれない。

 それでいい。

 

 けれど、レイもジョットの守護者(天候)だから。

 

 

 それは、子供扱いが常だったレイの、小さな意地だ。

 

 泣いてなんてやらない。

 みっともないところなんて見せない。

 

 家族に、余計な心配なんてさせたくはない。

 

 

『オレの真の後継者に力を貸してやりたいが、生憎それはできない。その代わり───』

 

 

 徐々に形造られていくその姿に、おしゃぶり達を強く抱きしめる。

 

 

『───枷を、外してやろう』

 

 

 グローブから浮かび上がる、ボンゴレの紋章。

 

 それを挟んで綱吉と向かい合うのは、彼女達の大空。

 

 

 ボンゴレI世(プリーモ)・ジョット。

 

 ここに彼本人がいる訳ではない。だが、残留思念にしては姿や意思表示が明確過ぎる。

 だからきっと、ボンゴレリングにそれぞれ宿る、彼岸の向こうの彼らとも繋がる思念体。その繋がりが、()()()()()()()()が起きた場合にまで維持されるものかはわからないが。

 

 この場にジョット達が姿を現したのはともかく、そちらの仕込み自体はタルボの手によるものだろうと予想を付け、レイは表情を歪める。

 

 彼女はリングにこのような仕掛けを施した覚えもなければ、こういったものがあると聞いたこともない。

 即ち、彼女がいなくなった後───恐らくはジョットが日本に隠居する前に、仕込まれたのだろうと悟ったからだった。

 

 

「何の遊びだい? 誰なのかな、その男は?」

「ボンゴレファミリーの初代のボス・ボンゴレI世(プリーモ)

 

 

 (トゥリニセッテ)に関してはこの場において随一の知識を持つユニが、ジョットがこの場所に現れた、現れることが叶ったその絡繰を告げる。

 

 

「これは(トゥリニセッテ)の中でも貴方のマーレリングにも私の…いえ、アルコバレーノのおしゃぶりにも起きない、ボンゴレリングの“縦の時空軸の奇跡”」

 

 

 それは、生まれたその時からユニの記憶に焼きついた(うた)が示す真実。

 

『海はその広がりに限りを知らず

貝は代を重ねその姿 受け継ぎ

虹は時折現れ儚く消える』

 

 マーレは『海』、横の時空軸(パラレルワールド)に生き。

 ボンゴレは『貝』、縦の時空軸(過去から未来への継承)に生き。

 そしてアルコバレーノは『虹』、その両方に線ではなく点として存在する。

 

 それこそ、(トゥリニセッテ)であるそれぞれの役割なのだから。

 

 

「悪いけどユニちゃん、その話に信憑性はないなあ。だって僕が初めてパラレルワールドを意識できた時、僕はまだマーレリングを持っていなかったんだよ?」

「それは貴方が、リングに選ばれた適応者だったからです」

 

 

 そうだ。白蘭はマーレリングに選ばれた存在。

 ボンゴレリングの初代保持者(ホルダー)だったジョットと、同じように。

 

 レイが白蘭を警戒していたのも、彼の存在からリングの適応者の厄介具合を知っていたからだ。

 

 

『さあX世(デーチモ)、お前の枷を外そう』

 

 

 意味の理解できないその言葉の真意を、彼は告げる。

 

 

『ボンゴレリングはある時より厳格な継承をするために2つに分割し、ボスと門外顧問の二人が保管することとなった』

 

「ヴァリアーとの戦いの時の形状だ!!」

「真っ二つに分けられた…ハーフボンゴレリングのことだな!!」

 

『だが構造を保つために、同じ(トゥリニセッテ)のマーレリングやアルコバレーノのおしゃぶりに比べ、炎の最高出力を抑える必要があった…』

 

 

 その時には既に、沈黙の掟(オメルタ)によってリングの炎の存在は隠されていたのだろう、とレイは思う。だからこそ、リングの武器としての性能を低下させるような真似がまかり通ったのだ。

 長らく保持者(ホルダー)が不在だった雪のボンゴレリングも、その余波で分割されたと見るべきだろう。

 

 

『しかし、もうその必要もない。お前にならこのリングの本当の意味と、オレの意志をわかってもらえそうだからな』

 

 

 刹那、リングから光が溢れ───その姿を変える。

 

 それは、かつての日々においてレイが目にし続けた、家族達の相棒。

 

 

 しかし、その姿を目にする前に、視界が“黒”に覆われた。

 綱吉達の視線を遮ったのは、黒のマント。その色味を、彼女は知っている。

 

 

「…ジョット、くん……?」

『どうした、オレの雪花。可愛い顔が台無しだ』

 

 

 呆然と王の名を呟くレイとは対照的に、ジョットはからりと笑う。

 先程までの威厳ある姿からすると正反対の表情だが、レイにとっては(むし)ろそちらの方が馴染みがあった。

 

 

 繊細な銀細工で飾られたグローブを嵌める、マントを広げていない方の手が、レイの頭を撫で回す。

 

 頭を撫でられるのが好きだったのだと、彼らと離れてから気付いた。

 甘えていいのだと、そう思えていたことに。

 

 それは偽り。炎で形作ったモノ。

 それでも、再びその温もりを感じられたことが、嬉しくないはずがない。

 

 けれど子供扱いであることも確かなので、緩んでしまった表情を引き締めて口を開く。

 

 

「…私に構う暇があるのなら、X世(デーチモ)に激励でも贈ってあげては如何(いかが)ですか」

X世(デーチモ)なら大丈夫さ。だってほら、お前の友達なんだろ?』

「───ええ、ええ。私の、自慢の友達です」

 

 

 王の来孫で、そっくりさんで、後継で。

 今のレイにとってはそれ以上に、大切な友達。

 

 だから、彼らのために最善を尽くす。

 

 

 そんな末妹の心の中を見透かして、ジョットは『仕方のない奴だな』と苦笑する。

 

 昔から彼の雪はこうなのだ。

 定めた優先順位を絶対に変えず、大切なもののためなら自分のことは二の次。

 

 頑固で可愛い、彼の7番目の天候で、末の妹。

 

 

『お前は、それで後悔しないんだな?』

「当たり前でしょう。───これが、最良の未来への道なのですから」

 

 

 喩えそこに、己がいないのだとしても。

 友のため、当然のように己の未来を差し出した妹に、兄はただ微笑むことしかできなかった。

 

 何を言うでもないジョットを見上げたレイは、少しの逡巡ののちに口を開く。

 

 

「ジョット君は、後悔していますか」

『……レイ?』

「ボンゴレを創らなければよかったと───そう、思っておいでですか」

 

 

 レイの問いに、ジョットは目を見開いた。

 

 ボンゴレ。

 彼が組織した自警団だったモノ。

 

 血で血を洗うような争いと、そうして得た富を積み上げて。

 いつの間にか、かつて思い描いた理想とは真逆の有様になってしまったモノ。

 

 

 創らなければよかったなどと思ったことはないと言えば、嘘になってしまう。

 

 目の前の末妹の失踪から、歯車は狂っていった。

 夢物語を理想とした己にも、血を流し続けるボンゴレにも失望した。

 

 こんなことになるくらいならと、かつての幸福を否定した。

 

 

 けれど。

 始まりを冠する守護者として、その業の一切をジョットと同様に背負う少女は、淡く微笑んだ。

 

 

「本当は、あの日々の否定など誰にもして欲しくないのですが…君がどう思おうと、君の自由です。それを咎める権利は、私含め誰一人として持ち得ません」

 

 

 拗ねたように言ったレイは、ただ、と言葉を継いだ。

 

 

「君に救われて、あの場所で無二の家族を得た幼子がいることは、忘れないでください」

『───』

 

 

 刹那、思い出されたのは出会いの日。

 薄暗い古書堂のカウンターの向こう側、ただ黙って椅子に座っていた幼く、それ以上に空虚だった彼女の姿。

 

 あの頃の面影など感じさせない、強い意志を宿す瞳でジョットを見上げ、レイは言葉を重ねた。

 

 

「あの日々は、無価値でも、無意味でもないのだと───それだけは、覚えていてください」

『ああ───そうだな。そうだった』

 

 

 朝焼け色の双眸を細め、ジョットは頷く。

 

 

 憎悪も悲嘆も絶望も、数え切れぬ程に積み上げられた。

 

 けれど───それでも。

 

 この少女があの日々で成長し、そして今ここにいる。

 それは確かに価値あることであり、意味あることだった。

 

 

『ありがとう、レイ。オレのただ一人の雪。───オレは、お前を誇りに思うよ』

 

 

 ジョットの言葉に一つ瞬きをしたレイは、くしゃりと泣きそうに表情を歪めた。

 

 守れなかった。

 役割を果たしきれなかった。

 

 故に彼女はここにいる。

 

 

 それでも尚、彼女の大空は彼女のことを『雪』と呼んだ。

 そればかりか、ただ一人の雪と、誇りに思うと。

 

 視界が滲む。

 その声に、その言葉に、噓偽りなど有り得ないとわかるから。

 

 

 もう一度、わしゃりと頭をかき混ぜた手の熱が離れる。

 

 それでいい。

 それだけで、最期まで雪らしく在れるから。

 

 

 綱吉の側に移動したジョットが、綱吉の肩に手を置いて。

 

 

『マーレの小僧に、一泡吹かせてこい』

 

 

 彼らしい激励の言葉を残して、消え去った。




・雪

 ボスからの接触は予想の範疇と言えばそうだけど、それでも十分驚いている。
 得たのは王からの変わらぬ信頼。友の勝利への道は既につけた。ならば───私も、やり遂げるしかありませんね。


・大空

 レイの意思を尊重し、子孫達に関係を知らしめるのはやめにした。
 昔から大事なものを優先するところがあったので、妹が最善の結果のために犠牲になる道を選んだことに驚きはない。
 プラスマイナスがゼロにならなくても、プラスが否定される訳ではない。少なくとも、彼は妹の成長を否定したくない。
 ───で。こういうことになった訳だが、お前はどうしたいんだ? オレの雲。
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