参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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【小夜曲】
 夜、恋人のために窓下で歌う歌、若しくは演奏する楽曲。


標的69 儚き君への小夜曲(セレナータ)

 原型(オリジナル)のボンゴレリングという切り札により、形勢は一気に逆転した。

 

 全力の8割を出している白蘭に対し、綱吉は未だ5割しか出していない。

 

 

(これなら、きっと……!)

 

 

 最早確実になった勝利に僅かに安堵したレイは、直後に走った痛みに、片膝を突いた。

 杖代わりの剣で体を支え、こほ、と咳き込めば、赤黒い液体が地面を濡らす。

 

 

「レイさん!! お願いです、もう…!」

 

「ハハ、だから強引だって言ったんだよ。大空のアルコバレーノ(ユニちゃん)の代わりになんて、ちょっと特異な体質を持ってるだけのレイちゃんが成れるはずがないんだから。もう体は限界だろ? この分じゃアルコバレーノの復活も無理かもしれないね」

 

 

 幸せになるべき少女の懇願の声も、“似ている”と勘違いしたままの男の嘲笑も、途切れ途切れにしか聞こえない。

 

 

 非7³線(ノン・トゥリニセッテ)だけですら負担になるというのに、そこに短命の呪いを請け負い、更にアルコバレーノ復活のため生体エネルギーを常時放出する。

 元々ボロボロだった彼女の体は、白蘭の言う通り限界をとうに迎えていた。

 

 そして本格的な炎の供給が始まったことにより、絶対零度の炎がその体を包み込む。

 寒さに強くはあるが、それはあくまで人の範囲内。極寒の中生きていける程、彼女は人間離れしていない。

 

 

 おしゃぶりに供給すべき生体エネルギーは、まだ底を突いてはいない。

 けれど供給経路たる肉体は、過剰負荷に耐えられず自壊を始めている。

 

 誰がどう考えようと、『詰み』だった。

 

 

 それでも。

 それでも、諦められない。

 

 否。諦める訳にはいかない、理由がある。

 

 

「だから、なんだと、言うのですか」

 

 

 体が限界だから、何だと言うのだ。

 私のしたことは、全て無駄だったと?

 

 

一振り()がダメになったって、もう一振り()が残っています。ボンゴレの雪(わたし)はまだ、折れていない……ッ!」

 

 

 血を吐くように絞り出された声には、覇気が込められていた。

 上空の白い姿を睨む深青の眼差しには、強い意志が宿っていた。

 

 

 かつて、双の剣に掛けた誓い。

 ()の大空の意志が受け継がれる以上、雪花たる彼女は折れることを、己に許さない。

 

 

 双剣の片割れを受け取った王は最早亡い。

 あの朝焼け色は、もう手の届かないところに逝ってしまった。

 

 けれど、それでも。

 その思いは、夕焼け色を宿す少年に受け継がれているから。

 

 

 その事実を確かめるように、(ヒルト)を握る手に力を込める。

 呼応するかの如く、その体を包む白の炎が一段と勢いを増した。

 

 

「やめろ、レイ!!」

 

 

 聴覚機能が失われつつあるというのに、その声は鋭くレイの脳髄にまで届く。

 これ以上なく身勝手に、自ら命を投げ捨てているというのに、その声は変わらずレイに優しい。

 

 視界が潤んでいると悟られないよう、顔を伏せた。

 

 

 死ぬことは恐ろしくない。

 

 幼い頃から当たり前のように近くにある、可能性の一つだったから。

 その一線を超えた先に、大好きな家族がいると知っているから。

 

 それなのに今は、恐ろしくないというのに厭うてしまう。

 

 

「叶うの、なら……きみたちと、おなじ…あしたが………」

 

 

 紡ぐのは、レイが本当に望んでいたこと。

 

 けれどか細い声は、空の友にも、結界の外の友にも届かない。

 

 

「やめて、レイちゃん、やめて…!!」

「お願いですから…!!」

 

 

 友人達の叫びにも、もう応えない。応えられない。

 

 彼ら彼女らと過ごせるだろう『明日』に、未練がない訳ではないけれど。

 最善の未来へと至ること叶った満足感も、確かに存在した。

 

 友人を一人も取り零さず、自分によく似た、けれどまだ幸福を掴める少女も無事だ。

 

 

(ああ───だから、なのですか)

 

 

 綱吉が白蘭と相対しているところで終わった、セピラの予知した未来。

 何故そんな中途半端な場面で途切れているのか。その疑問の答えが、不意に出た。

 

 きっと彼女は、怖かったのだ。

 

 管理者側である故に、アルコバレーノのこともよく知っていて。

 それに選ばれた己の子孫が、どうなるかわかってしまって。

 

 だから、見たくなかった。

 結果として、見なかった。

 

 

 そして、救われて欲しいと願った。

 

 抱いた想いを勇気を振り絞って告げて、その答えすら得られぬまま死ぬことなど、ないようにと。

 愛するひとと、予知にもない明日を生きていけるようにと。

 

 だから、レイに託した。

 結果として、ユニは救われた。

 

 ユニとは違い、もう()()()になったレイによって。

 

 愛の言葉を告げられることも、その答えを返すことも叶わない少女によって。

 愛するひとは彼岸の住人となり、添い遂げるには命を絶つしかない少女によって。

 

 

 収まるべきところに収まった。

 そうとしか思えない顛末に、レイは薄く苦笑いのような、嘲笑のような笑みを浮かべた。

 

 その、直後。

 

 

「よし! 今です!!」

 

 

 ブレインコーティングにより雨イルカ(アルフィン)に炎を集め、繰り出される渾身の一撃。

 けれどそれも、大空の炎の結界を前にしては無力同然。

 

 

「くそっ、ダメだ!! 一時的な小さなキズしか与えられない!!」

 

 

 それでいい。

 そう霞みがかってきた思考の片隅で、レイは思う。

 

 果てるのは一人で十分だ。

 

 巻き添えなど、許さない。

 彼らが、大切な友人達が、犠牲になるなど…。

 

 

「───これだけあれば、充分だよ」

 

 

 落とされた言葉に、切れ掛けの思考の糸がほんの僅かに太さを増す。

 

 その声は優しくて懐かしくて、そして何より愛おしい。

 けれど、今この瞬間この場所で、聞こえるはずがないもの。

 

 

 ゆらりと、バランスを崩しながらも見上げた先にあるのは、濡羽色。

 

 なのに、どうしてか。

 今の彼女には───それが、柔らかな白金色(プラチナ・ブロンド)に見えた。

 

 同様に、青灰色の双眸は鋭さをそのままに氷河の如きアイスブルーへ。

 その身に纏うものすら、形見も同然になったトレンチコートにしか見えなくて。

 

 

 ───その全ては運命の分かれ目であったあの夜、()()に見たまま。

 

 

 それは終焉を悟ったレイの脳が、無意識下の願望を汲み取り見せた幻か。

 はたまた、死に瀕したことで鋭さを増した第六感が、そこにいるのが他でもない彼であると察知したのか。

 

 どちらであったとしても、彼女の瞳が映す、目の前の存在は変わらない。

 

 

 ───もう二度と聞けない声。

 

 ───もう二度と見れない色。

 

 

 愛し愛され、けれどその想いを告げることは叶わないひと。

 

 想う度泣き叫びたくなる程に恋慕し、しかしてとうの昔にその手からすり抜けてしまったもの。

 

 

 夢幻でしか有り得なくて、けれど絶対にそうだと思いたくはない───彼女が、レイ・オルテンシア・イヴがこの世界で最も愛し、そして焦がれる姿。

 

 

「ど、して」

 

 

 口から零れたのは常ならば有り得ぬ、酷く意味のない言葉。

 有るまじき失態に、思考能力の低下を悟る。

 

 けれど、彼はその問い掛けに応えてくれた。

 腰に手を回され、引き上げるように抱き寄せられて、ずっと聞きたかった声が耳朶を擽る。

 

 

「わかりきったことを訊くね? 君を、独りにしないため…いや」

 

 

 やっぱり忘れて、と乱暴に抱き締める彼に、レイはそっと体を預ける。

 

 

 諦められなかった、優しい温もり。

 もう遠いいつかと、変わらぬ温度。

 

 朧げな感覚を通して伝わるその存在の全ては、生涯愛すると誓い、そして焦がれに焦がれたものと何一つとして変わらない。

 

 まるで欠けていた半身を取り戻したかのように満たされて、とろりと溶けてしまいそうに細めた瞳から、雫が一つ流れ落ちた。

 

 

「ほら、それだから子供扱いされるんだよ」

 

 

 呆れたような口調なのに、頬を拭う手付きは優しくて。

 

 いつに変わらぬその様子に、思わず唇が綻ぶ。

 

 

 聞きたい言葉があった、はずだった。

 

 何かに刻む形で遺され、そして長い歳月の果てに知るのではなく。

 他の誰でもない彼の声で、告げて欲しい言葉が。

 

 

(ああ、でも)

 

 

 ───この温もりを、再び感じられた。

 

 それだけで、もう十分だと思えてしまう。

 それだけで、何もかもが報われている。

 

 

 我ながら、単純なことこの上ない。

 子供扱いだって、今だけは許せてしまえる。

 

 だから、どうか。

 子供のままで構わないから。

 

 どうか───子供じみた我儘を、聞いて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 刹那、役割を終えた白いおしゃぶりが砕け散る。

 

 

 残された闇夜の色だけが、地に落ちた。




・最期に我儘を言ってしまった雪

 ずっと我慢していたのに、泣いてしまった。

 これは人の思いを踏み躙るもので、きっと次会った時にはたっぷり叱られるんだろうけど。
 でも、それでも───


・結局放っておくなんてできない雲

 他の誰でもない己として、そうすると決めた。
 独りで逝かせるなんて嫌だし、独りで遺されるのも嫌。


・実はずっといた霧

 ……………ゑ?
 現実を直視できないししたくない、妹を抱き締めた雲に嫌な予感がしているがそれどころじゃない。
 おいマーレのクソガキ、ちょっとツラ貸しなさい。


・リングの中の大空

 予想はできていたので驚きはない。お前らならそうするよな。これが平時なら雲をぶん殴っていたが、状況が状況だったこともあり、雪の幸せそうな笑顔で帳消しにしてやることにした。
 ただそれはそれとしてツラ貸せマーレの小僧。
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