参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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標的70 鎮魂歌(レクイエム)にはまだ早い

「ヒバリッ!! レイ!!」

 

 

 それは、慟哭というよりは咄嗟に仲間の名を叫んだ、と表現するのが相応しい声だった。

 

 

 いつもなら己の名を呼ぶ声には、鬱陶しそうに、少し嬉しそうに応えてくれるのに。

 そんな“当たり前”すら、永遠に失ってしまった。

 

 それを理解する間もなく、綱吉は無意識に地へと降り立っていた。

 目の前にあるのは、散乱した色取り取りのおしゃぶりと、二人の存在の最後の証…コートと、臙脂の腕章が付いた学ラン。

 

 

「あ、ぁ───」

 

 

 腕章に刺繍された、『風紀』の文字が歪んで霞む。

 

 夕焼け色に染まった双眸から溢れた暖かいものが頬を伝って、そこでようやく、綱吉は自分が泣いていることを理解した。

 泣く必要がある現実が、目の前に広がっていることも。

 

 

 守れると、そう思っていた。

 全員で帰れると、信じていた。

 

 あの賑やかで温かい日常が、もうすぐ戻ってくるのだと。

 

 だから、だから───許せない。

 

 

「誰が、二人を殺したと思ってるんだ。

 お前が、こんな世界にしたから……ヒバリは…レイは───死んだんだ!!」

 

 

 目の前の男だけは、絶対に。

 

 

「全く無意味なことをしてくれた!! おしゃぶり付きの彼女は、僕にとって最高のオモチャを与えてくれる存在だってのに!!」

「それ以上レイを侮辱するな!!」

 

 

 綱吉のその叫びに、グローブのクリスタルが、そして大空のボンゴレリングがより一層強い光を放った。

 その中に宿る、大空の怒りを表すかのように。

 

 ───雪花(彼女)が、それを望んだのだから。

 己に、止める権利はない。

 

 彼女の判断に間違いなど有り得ないと、知っている。信じている。

 

 だが、それとこれとは話が別だ。

 彼女の選択を、覚悟を、誇りを侮辱され、黙っていられる道理など───存在しない。

 

 

「消えろ!!!」

「喰らえ!!」

 

 

 橙の炎の奔流がぶつかり合い、そして全てを押し流す。

 

 不釣り合いな程に澄んだ音を立てて、大空のマーレリングが地に落ちた。

 

 

「か…勝ったぜ!!」

 

 

 そう、誰が叫んだのか。

 綱吉の元に、戦いの行方を見守っていた者達が駆け寄る。

 

 

「…ツナ」

 

 

 気力が尽き、額から炎を消した生徒に、リボーンが声を掛けた。

 その琥珀色の瞳は、ただ一点に向けられている。

 

 

「レイちゃん…ヒバリさんも……」

 

 

 綱吉のその呟きに、二人が消えてしまった現実を改めて突き付けられた守護者達は、ある者は唇を噛んで嗚咽を堪え、ある者は泣き顔を見られまいと空を仰いだ。

 

 二人が消え、散乱したおしゃぶり達の前には、ユニが蹲っている。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、レイさん…!!」

 

 

 γ(ガンマ)や太猿、野猿が必死に慰めているが、その涙が止まる様子はない。

 それは京子やハル、目を醒ましたらしいクロームも変わらない。

 

 ───親しいひとの消滅は、彼女らには辛すぎたのだ。

 

 

 斯く言う綱吉達も、まだ何処か現実を受け止めきれずにいる。

 

 ふらりとそこらの木の影から姿を見せるんじゃないかと、心の何処かが思っているのだ。

 そう、ちょうど今目の前を、雲雀が通り過ぎて…。

 

 

「……え?」

 

 

 目をこすり、間抜けな声を上げた綱吉を咎める者はいなかった。

 

 何故なら、彼らにも見えていたのだ。

 自分達の目の前で消えたはずの少年が、ズカズカと彼の象徴でもある学ランを目指して歩く様子が。

 

 

 当然のことながら、その肩に学ランはない。

 もしやそれを取りに戻ってきたのか、と馬鹿な考えが幾人かの頭を過ぎった。

 

 そんな周囲の様子など一切意に介さず、雲雀恭弥は歩を進める。

 

 

「え………ゆ、幽霊!?」

 

 

 そうだとしか思えない存在の名称を、綱吉が叫んだ瞬間。

 

 雲雀は、トンファーを展開して綱吉を睨み付けた。

 

 

「さっきから何だい、沢田綱吉」

 

 

 ひっ、と綱吉はいつもの癖で体を竦ませる。

 その眼前、雲雀の足は透けていない。

 

 

「い…生きてる!?」

「…咬み殺すよ?」

「ヒィ、ごめんなさい!!」

 

 

 不機嫌に落とされた言葉に脊髄反射でそう叫んだ綱吉だが、脳が目の前の現実を受け入れるにつれ、その瞳がじわじわと潤んだ。

 

 肌を刺した眼差しの鋭さも、放たれる殺気も、疑う余地すらなく雲雀恭弥のものだ。

 彼は、間違いなくここにいる。

 

 

「よかった…」

 

 

 本当に、心の底からそう思った。

 

 

「ヒバリ、なんでお前がここにいるんだ?」

 

 

 地面に落ちた学ランを、埃を払って肩に羽織った彼に、リボーンが問う。

 

 さすがのリボーンも、こればかりは理解できなかった。

 あの瞬間、確かに雲雀が消えたと、この場の全員が認識している。

 

 

「…何かに弾かれた、ってところかな。気が付いたら森の中だったよ」

「そうか…」

 

 

 となると、アルコバレーノではないが故に弾かれたと言う線が濃厚だろうか。

 何しろ相手は(トゥリニセッテ)、自分達の理解が及ばない事態が起こったところで何もおかしくはない。

 

 考え込むリボーンを他所に、雲雀はその場に片膝を突き、地面に落ちたままのコートを見つめた。

 

 

「…説教が、必要みたいだね」

 

 

 何とも言えぬ感情が込められた言葉が、もういない少女の耳に届くことなく風にかき消される。

 

 

 幾らそれが最善だと言えど、自ら死を選び。

 挙句、共に逝きたいと望んだにも関わらず突き放した。

 

 本当に、どうしようもなく我儘な子供だ。

 

 それ以外にも、問い質さねばならぬことはある。

 ───特に、(アラウディ)の記憶にもしかと刻まれた、あの禍々しい炎について。

 

 

「…お前、あの人のこと」

 

 

 戦慄く唇を無理やりに開いてそう言ったジェラルドを雲雀は一瞥し、そして視線を背ける。

 

 

「体が碌に動く状態じゃないのは昨日知ったよ。…後3ヶ月しか生きられないとかは、聞いてないけど」

「そんな…ッ」

「ならなんでここに来させた!?」

「済まん、オレのせいだ…」

 

 

 獄寺の叫びに顔を歪め、昨夜の時点で気付けなかったと謝るディーノ。

 その様子を横目に見ながら、呆れたように溜息を吐いた。

 

 

「…止めて聞くような()じゃないんだよ、昔から」

 

 

 最愛の家族(ファミリー)のためならば、それ以外の全てを(なげう)つことを厭わない。

 

 雲雀が()()()()()幼き日から、彼女はそういう風に生きていた。

 甘えたがりで寂しがりな少女は、大切なものを守るためだけに自身の全てを費やしていた。

 

 

 その道が正しいと、それが最善だと、わかってしまうから。

 だから、躊躇いなど持たずに突き進む。

 

 その歩みは、止めようと思って止められるものではない。

 

 尤も、雲雀自身理解はできても、納得してやる気は更々ないのだが。

 

 

 そんな雲雀の呟きに、綱吉はこの時代での彼とレイの関係性を思い出す。

 レイが明らかに受け止め切れておらず、(むし)ろ拒絶していたために話題に出すことはなかったが、10年経った二人は結ばれていたのだ。

 

 今の雲雀も彼女にそう言った想いを向けているのは、先程の行動からも明白だった。

 けれどその淡い想いは、最早実を結ぶことは叶わない。

 

 相手は異なれど同じような感情を抱く綱吉は、だからこそ、その辛さも容易に想像できてしまった。

 

 

「勝ったは勝ったけど…もうこんなメチャクチャで……本当に……勝った意味なんてあったのかな…?」

「大アリに決まってんだろ、コラ!!」

 

 

 現実の残酷さに、零した本音。

 それが己や仲間達が積み上げてきた全て、そして何より彼女の命を懸けた献身を否定しかねないものであるとは痛い程理解している。

 

 けれど思わず零れてしまった言葉は、力強く否定された。

 

 答えなんて求めていなかった、あるはずがないと諦めていた問いへの返答が、全く予想外の人物からもたらされる。

 世界最強の赤ん坊・アルコバレーノが、遂に復活したのだ。

 

 

「…ユニ、辛いとは思いますが…」

「はい…」

 

 

 ユニは(フォン)に促され、γ(ガンマ)の手も借りつつ立ち上がった。

 頬へと流れる涙を手で乱暴に拭い、そして綱吉達を見つめる。

 

 まるで、それこそが遺された己の果たすべき責務だとでも言うかのように。

 

 そして彼女が告げたのは、白蘭が倒された場合に世界に起きる影響、そして彼女が命懸けでもアルコバレーノ復活を成そうとした理由。

 

 

「持ち主を失ったマーレリングの力は無効化され、それにより白蘭がマーレリングによって引き起こした出来事は全て…全パラレルワールドのあらゆる過去に遡り、抹消されます」

「マーレリングも我々アルコバレーノの最大奥義で封印し、もう二度と悪用されることがないようにするのです」

 

 

 それでも。

 幾ら犠牲が無くなろうが…レイが、優しい雪の花が帰ってくることはない。

 

 わかりきった現実が虚しく、(むご)い。

 

 

 視線を落とした時、声が響いた。

 

 

〈あー、あー、マイクテス、マイクテス。よろしい? ……ええ、では始めましょう〉

 

 

 女の声だ。

 凛とした、酷薄でありながら慈しみも感じるような柔らかな声。

 

 綱吉達は、その声に覚えがあった。

 

 

「え…?」

「レイ?」

 

 

 有り得ない。

 

 だって、この声の主は、今さっき消えてしまったのに。

 

 

 疑問の声を待っていたかのように、一人の女性の姿が宙に浮かび上がった。

 

 艶やかな焦げ茶色(ショコラブラウン)の髪をロングウルフカットにし、深海色(ブルーダイヤモンド)の瞳を怜悧に細めた女性。

 

 

〈久方振りですね、幼き我が友人諸君〉

 

 

 10年後のレイが、嫣然と微笑んでいた。




・雪

 いきててほしい。だから、ごめんなさい。
 最期の気力を振り絞って、夜の炎を使った。転送地点は昨晩の野営場所。学ランは肩に触れていただけなのもあって残ってしまった。


・雲

 君、置いて逝くのが癖になってるの?
 まさかの死に別れ(二回目)に微妙にSAN値ピンチ。今度こそは、と行動したのにキャンセルされたのも追加ダメージになった。説教はしたいがそれとは別でやべー連中(復讐者)との共通点があることについても問い詰めたい。









・雪(10年後)

 いつかの宣言通り、立派なレディになった。
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