参謀殿は子供扱いがお嫌い。   作:鏡鈴抄

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未来編、最終話です。
後書きは例によって補足説明等を満載にして活動報告の方に昼前に出します。ご覧いただければ幸いです。


標的72 夜明け後の未来(世界)にて

「お、子供のあいつらが過去に帰った代わりに、この時代のこいつらが装置から目覚めたんだな」

「ところで」

「ツナは何処行ったんだ?」

「ああ、一足先に地上(うえ)に行ってるよ」

 

 

 そんな会話を聞きながら、私は静かに伸びをした。

 

 地下とは言え、直接外と繋がっているから空気は外のそれ。

 久々に感じる、外。非7³線(ノン・トゥリニセッテ)に侵される心配もなく、こうして呼吸ができることがこんなにも幸せだとは知らなかった。

 

 

 作戦の只中に何があっても調整が効くようにと、“スケジュール”にはわざと数カ所穴を開けておいた。入江君が無理でも、10年前の己がその穴を埋め、逐次軌道修正をしてくれると信じていたから。

 

 無論それ以上に通過すべきポイントがあることも確かだが、過去の己や友人達は…否、並行世界(パラレルワールド)の幼い自分達は、それもきちんと通過し、そして成し遂げたのだ。

 己の存在が消えていないという事実が、その絶対的な証明。

 

 

「おはよう、レイ」

 

 

 身体中に斬り傷を作った我が夫が、囁くような声で言う。

 

 その指を飾るのは、今や遠いかつて、“彼”がその力を十全に振るうための相棒だったリング。

 家族の(よすが)の一つがようやく戻ってきたことに、目を細める。

 

 

「…おはようございます、恭弥君」

 

 

 そう答えても指先で頬を撫でるばかりで、いつものように抱き締めないのは、血が付着しないようにと気を使っているからだろう。

 

 

(変なところで気を使いますよね)

 

 

 思い返せば彼は“昔”からこうだったか。因みに、私にも幼い頃からの癖の一つや二つはある。尤も、それを正確に把握しているのは目の前の彼くらいなものなのだけれど。

 

 そんな恭弥君の気遣いなぞ知ったことかと、その首に腕を回して抱き着いてやる。

 私以外が見てもわからない程度に狼狽えながらも、無理に引き離そうとしない辺りがとても彼らしい。

 

 

 ………あたたかい。胸から心音が微かに聞こえる。生きている。

 

 共に歩む愛おしき日々は続いていく。

 何に脅かされようと、今度は己の手で守ることができる。

 

 

 その事実が何とも嬉しくて胸に頬をすり寄せていると、恭弥君にひょいと片腕で抱き上げられる。

 そしてそのまま外へ出ようとしているのに気付いた獄寺君が声を荒げた。

 

 

「雲雀てめえ、何も言わずに帰ろうとすんな!」

「これ以上は限界のようなので勘弁してやってください、獄寺君。私が後でそちらのアジトにも顔を出します」

「…色々と、主に10代目や入江とのことについて、きっちり喋ってもらうかんな!!」

「わかっていますとも」

 

 

 並盛の街を少し歩き、一番近い出入り口から風紀財団のアジトへと帰還した。

 ミルフィオーレの影響もあり、このアジトが我が家状態なのはあまり笑えない事実だ。私や彼の私室があるエリアは通路に囲まれるように緑が植えられていたりと、ボンゴレアジトよりも生活スペースとしての形が整えられているとは思うけれど。

 

 地下アジトが生活拠点になっているのが笑えない、その一番の理由を思い出して恭弥君の頭頂部に顎を乗せる。こうすれば彼からは絶対に私の顔が見えないので。

 同時にそっと、まだ然程膨らんでいない腹部を撫でた。宿っているのは私と彼の、愛の結晶。我が子には私と同じように、青空の下で育って欲しい。そんな欲深な願いは、どうやら叶いそうだ。

 

 

「どうかした?」

「…この後完璧に仕事が増えるだろうなとちょっと黄昏てました」

 

 

 ああ、と頷きと共に出された声には納得の色が乗っている。貴方も知ってますもんね、一つの組織を潰した後の激務。

 正直どんな強襲作戦よりもきつい。私の徹夜最高記録・6徹も止むに止まれず三つ程敵対ファミリー飲み込んじゃった時のものだ。冷静に考えると9歳の子供が保持していていい記録ではない。

 

 そして今回はそれに加えて諸々の死者蘇生というか事実改変の把握まで含まれている。これは忙殺確定。予測してはいたが本当にそうなると死んだ目になるしかない。

 情報は多くて困ることはないので、非入れ替わり対象のボンゴレ関係者のみならず、ジッリョネロファミリー(元ミルフィオーレブラックスペル)含め、白蘭の死によって離散しつつあるミルフィオーレ構成員からもできる限り聴取をしたいところではある。後者はほぼ捕虜の尋問になりそうだが。

 

 

 ……誤魔化しのために咄嗟に出した言葉で、芋蔓式に見たくない現実を直視する羽目になってしまった。らしくもないミスをする程気が抜けてしまうのは、このひとが相手だからだろうか。

 少々面白くなくてふわふわの短い髪の毛を触って遊んでいると、恭弥君がさりげなく進路を変えた。

 

 

「こら、貴方が行くべきはそちらではなくこちらでしょう? 医務室で手当てして来ないと部屋に入れませんからね」

「…送っていくだけでも」

「ダメです、ほら降ろしなさい」

 

 

 今の自分が分類すると重傷者だと理解していながら自発的に治療を受けようとしないの、本当に貴方の悪いところですよ。まあ今回は私が抱き上げられて甘えてしまったのも原因だけど。

 

 入れ替わり間際の幻騎士との戦闘で負った怪我の手当てを恭弥君に受けさせている間に、私も自室に戻る。

 過去の己が、何かしらの情報を残している。そう確信しているからこその行動だ。

 

 

 文机の上には何もない。

 となると次は、和箪笥の隠し棚。

 

 凹みにリングを押し当てようとした時、体感で数週間前、入れ替わり以前にこのアジトに滞在していた頃にはなかったものを見つけた。

 

 

 縦長の六角形を押し当てた傷だ。

 

 その特殊性故に破壊されることもなく、私の左薬指を飾っているリングではなく、事実改変により戻ってきた他の守護者のそれ。

 

 

(まさか)

 

 

 疑惑が確信に変わるのは殊の外早かった。

 

 隠し棚の書類の一番上に滑り込まされた、一枚のメモ。

 明らかに己のものとわかる筆跡で残された書き置きには、

 

 

 

色々と助かった。どうか元気で。

 

P.S. D(デイモン)君のこと、任せた

 

 

 

「……シモンとの合流、延期にした方がいいでしょうね」

 

 

 向こうのボスも沢田君に会いたがっていたのに、と唇を歪ませる。

 

 だが状況が変わった。

 正直なところ、付け入る隙が多々あった白蘭よりも厄介な相手だ。

 

 やりそうなことにも想像が着くので対処は容易いが、それは向こうとて同じこと。師弟というのは協力してこその間柄で、敵になれば互いの手を事前に知っている分泥試合になる確率が上がる。

 

 

 それでも対処するのが私であるのは事実なれど、これからは大事な時期でもある。

 

 身内なのだから自分達の手でケリを着けたい、というのは個人的な願望だ。

 それができずとも沢田君達に迷惑を掛けない形で終えたいが、それが困難であることなど考えずともわかる。現ボンゴレの面々も今の私の状態は周知の上だ。確実に止められるだろう。

 

 よりにもよって、一番面倒なのが真っ先に知らせるべき相手だという現実に溜息を吐いた時、部屋の襖が開けられる。

 

 

「何見てるの」

 

 

 彼以外に断りもなしにこの部屋に入れる者はいないので当然と言えば当然だが、部屋に入ってきたのは恭弥君だった。

 着流し姿の袖口からは、怪我の手当てを終えた証明のように腕に巻かれた包帯が覗いている。

 

 無言で書き置きを差し出すと、消えつつある文を読み取った彼の顔から表情が消えた。

 

 

「…どういうこと? まだ“いる”のかい?」

「そのようです。全く、酷い置き土産を残してくれまして…」

 

 

 腰を下ろした恭弥君の手が抱き寄せてくるのに逆らわず、体を預けてもうすっかり文字が消えてしまった紙を弄ぶ。

 

 

「この様子だと、幼い私のサポートでもしていたのでしょう。手を下す時間的余裕もないからと、こちらに投げてきたようです」

「ワオ、相変わらず豪胆だね…で、レイ」

「ん?」

「僕が何を言いたいか、わかるね?」

 

 

 いつにも増して低い声と目だけは笑っていない笑顔に、ぴゃっと肩を跳ねさせたのは幼少期からの刷り込み…というより条件反射だと思う。

 成る程さっき抱き寄せて腰に手を回したのは逃亡を防ぐためか、本当に彼相手だと気が抜けるな!!

 

 

 何をされるのかと戦々恐々としていると、恭弥君の体がぐらりと傾いで、胸元に顔が押し付けられた。

 咄嗟に両手で頭を抱き、ツンツンした頭に顔を埋めて抱え込むようにする。

 

 

「…消えるだなんて、聞いてない」

「そこは申し訳ないです。貴方に言うと止められると思いまして」

 

 

 心なしか震えてもいるか細い声に、努めていつもの調子を装い返す。

 

 言葉は事実だ。

 沢田君ですらあの怒りよう。彼のトラウマに掠っていることもあり、幾ら恭弥君と言えど許容できる範囲を超えているとは思っていた。

 

 ただ、そうでもしないと私は彼と共にこれからを歩めない。

 この時代で10年前の私に消えてもらって、それを起点とする事実改変を起こさなければ、私は今度こそ本当に彼を置いて逝くことになってしまう。

 

 そんなことになったら、私は私を許せない。

 だから今、彼を傷付ける道を選んだ。

 

 

 そんな私の考えも、きっとお見通しだろう。10年以上も一緒に過ごしているのだ。

 腹部を圧迫しないようにしながらも逃す気はまるでない、微妙な力加減で回された腕がどうしようもなく愛おしい。

 

 

「幼い私はどうでしたか」

「…前途多難そうだったよ」

「そうですか…」

 

 

 話題を変えるべく落とした言葉に対し、鼻を鳴らした恭弥君はそう答えた。

 レディにあるまじきことだが、思わず唸ってしまう。そう言えば10年前はそんな感じだった気もするが、私の場合は恋心を自覚して、彼の秘密も知らない期間というのがほぼなかったので。

 

 

 ちょうどリング争奪戦が終わってしばらく経った頃、私は倒れたのだ。

 並中の敷地内だったことから恭弥君が手を回して、すぐ病院に連れて行かれた。

 

 二重の意味での告白を受けたのは、その帰り道。

 

 

 この時代に飛ばされた時点で、この未来は存在しないものとなった。

 全てを知る機会を奪った、とも言えるだろう。

 

 だからこそ過去の私は一層拗らせて、また過去の恭弥君も何もかもを話すタイミングを失った。

 

 

 それしか方法がなかったと言え、罪悪感を感じない訳ではない。

 顔を俯かせていると、恭弥君が口を開く。

 

 

「……まあでも、何とかなるんじゃないかな」

「その根拠は?」

「僕と君だから」

 

 

 恭弥君のその言葉に、目を見張った後に笑って。

 

 そうですね、と頷いた。




断章・束の間の幸福、若しくは一途な愛


 腕の中に、愛しい温度はすっぽりと収まった。

 胆礬のような深い青が、見上げてくる。


 君は今、どちらの僕を見ているんだろうか。

 どちらでも構わない、訳じゃないけど。
 今は特別に、咎めないであげる。


 そんなことを思う以上、もう認めるしかないんだろう。

 わかってる。
 わかってた。

 あの“僕”も、確かに僕なんだ。
 全部、思い出しただけなんだ。


 だけど、この想いは僕のものだ。

 今この瞬間、いやずっと前から、僕が懐いていたものだ。


 それだけは誰にも、“僕”にだって渡さない。



 何もかもを置き去りにして、それでも。

 今はただ、腕の中の温もりを感じていたかった。







(このまま、ずっと一緒に)
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